小惑星探査機「はやぶさ」の貴重な成功、科学技術立国に活かすべきだ 宇宙開発への政策判断、技術ソフトパワー力向上につなぐマネージメント必要


時代刺激人 Vol. 112

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 日本が打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」の成功というのは、知れば知るほどすごい快挙だ。なにしろ7年間という長い宇宙での航海で、故障などさまざまな難題、トラブルを抱えながら、そのつど何とか切り抜けて地球帰還をめざし、最後は大気圏に再突入した段階で摩擦熱によって燃え尽きてしまう。しかし「はやぶさ」はその前に、日本の研究陣が待望していたカプセルを地球に向けて投下することを忘れなかった。そのカプセルの中には宇宙の微粒子が入っていて、今後の研究成果に世界中の期待が集まっている。ドラマチックな地球帰還だが、まさに日本の技術力のすごさを見せつけた、と言っていい。

実は最近、この「はやぶさ」の技術開発にかかわった関係者の話を聞くチャンスがあった。そして、それに刺激を受けて、プロジェクトマネージャーの宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授の川口淳一郎さんが書かれた「はやぶさ、そうまでして君は――産みの親がはじめて明かすプロジェクト秘話」(宝島社刊)、さらにノンフィクション作家の山根一真さんの「小惑星探査機はやぶさの大冒険」(マガジンハウス社刊)を読んでみた。その結果、科学者や研究者、さらに極限状況にでも耐えられるようなカプセルの機器開発に加わったモノづくりの現場の技術者の人たちの苦闘などを知ると、日本はいま、閉そく状況に陥っているとはいえ、日本というのは、ゴルフでいえばリカバリーショットが打てる力を十分に持っている、捨てたものでないと思った。率直な気持ちだ。

総指揮官の川口さんにとっての苦悩、「はやぶさ」行方不明で運用停止判断も
 前線の総指揮官とも言えるプロジェクトマネージャーの川口さんの苦悩ぶりがよく伝わる部分がいっぱい著書の中にある。たとえばこんな部分もある。
「無事に帰還させるためには燃料漏れを止め、『はやぶさ』の姿勢を安定させなくてはいけません。ところが事態は急転します。それまでの燃料漏れで化学推進エンジンの燃料、ヒドラジンがすべてなくなっていたのです。しかも根元のバブルそのものが壊れていて二度と開くことはありませんした。想定していた中でも最悪の事態でした」「一般企業と同じで、JAXAも新年度の予算を検討することになりますが、行方不明の探査機を運用するコストは、真っ先に削減対象にされかねません。全システムが停止し行方不明になった惑星探査機が再発見されたことなど、前例がありません。『はやぶさ』に対して運用停止の決定が下されても、何の不思議もない状況でした」

46日目に突然、SOS信号が管制室に届いた時には感動したと川口さん
 ところが地球から3億キロのかなたの宇宙で行方不明になった「はやぶさ」のSOSが文字どおり奇跡的に川口さんらに届く瞬間のくだりもすごい。「最悪、運用停止という言葉も頭の片隅に残しながら管制室で作業にあたっていました。そんな折、電波が届いたのです。担当のエンジニアがモニターをチェックしていると、電波を監視しているスペクトラムアナライザーが示す雑音の波形のなかに、1か所だけ、上に伸びている線スペクトルが出てきました。雑音と一緒に入って来る紛らわしい他の電波かもしれない。でも、ひょっとしたら、、、。そう思って詳しく調べることにしました。(中略)「『はやぶさ』からのものと思われる電波が受信されました。安定しています」というのです。しばらく、声が出ませんでした。「確認したのか?本当に間違いないのか」。電波は切れ切れにしか受信できていませんでした。燃料漏れがよほど激しかったのでしょう。(中略)通信途絶から46日目。最初は信じられませんでした。でも、担当スーパーバイザーが間違いなく確認したのです」と。

科学技術立国づくりへの戦略的チャレンジを、官民挙げ研究開発投資絶やさずに
> こういった形で、川口さんの一喜一憂ぶり、苦悩が一転、歓喜に変わったりするという感動のドラマが、著書の随所に描かれている。ぜひご一読を勧める。ただ、私が、今回のコラムで取り上げたいことは、実は別にある。「はやぶさ」の貴重な成功の裏にはさまざまな課題もあるが、この成功体験を活用して、日本が科学技術立国づくりに戦略的にチャレンジするという政策判断を強く打ち出し、同時に技術革新力をソフトパワーにするためのマネージメントの確立が大事だ、ということを申し上げたい。もちろん、その場合、政府はもとよりだが、民間企業も科学技術力を高めるための研究開発投資にエネルギーを注がざるを得ない。

私は10回目の科学技術立国に関するコラムでも少し言及したが、財政状況が厳しくなると、政治家も官僚も結果がなかなか出ない基礎研究などについては、実に冷ややかになり、せっかくの長期的な成功の芽を摘んでしまうリスクが出てくる。ある大学の研究者が以前、「国も財政状況が厳しいためか、開発研究の助成について3-5年で結果を出してくれとうるさい。要は、予算を出す側が成果主義を求める。しかし科学の研究なんて、すぐに結果が出るわけじゃない」と述べていたのを思い出す。

ポスト第3期科学技術基本計画に期待したいが、政権不安定で先行き見通し難
 政府の科学技術・学術審議会は1年前の昨年2009年12月に「我が国の中長期を展望した科学技術の総合戦略に向けて――ポスト第3期科学技術基本計画における重要政策」というのを出した。しかし率直に言って、民主党政権が厳しい財政状況に加えて、政権基盤が不安定なために、どういった政策展開になるか、まだ見えない。
ポスト第3期計画の前の2006-10年度の第3期計画では、研究開発予算を25兆円想定していた。しかし少し古い数字だが、計画期間の07年度だけを取り出しても、日本の研究開発予算が3.5兆円止まりなのに対し、米国が円換算で17兆円、中国が10兆円とケタ外れに多かった。財政状況が厳しいとはいえ、日本の戦略的な強みのソフトパワーでいえば、技術革新力のもとになる科学技術の研究開発予算にはしっかりとした戦略判断が必要になるべきだ、と思う。

米国や中国は山中京大教授のiPS細胞発見での後追い研究で巨額資金投入
 そのからみで、ぜひ申し上げたいことがある。経済の高成長を背景に、急速に大国主義化しつつある中国は先端技術への取組みに関して後発国のメリットを活用して急速な追い上げを行い、そのために財政資金を大胆に支出している。その1つの例として、世界で初めてiPS細胞を作り出した京都大学の山中教授の研究に対する後追いのすごさだ。
文部科学省現役官僚の伊佐進一さんが北京の日本大使館勤務時代に中国の科学技術を同じ専門家目線で見てまとめた「『科学技術大国』中国の真実」(講談社現代新書刊)で鋭く問題指摘している。それによると、中国科学院動物研究所と北京生命科学研究所が2009年7月、マウスの皮膚細胞からiPS細胞を作製し、細胞から世界初となるマウス個体を誕生させた。このニュースは、ライフサイエンス分野における中国の実力を世界に知らしめるのに十分。日本は、iPS細胞を初めて作り出した国であっただけに、後発の中国に先を越されるのかとショックが大きかった、という。

日本は研究開発投資などでの戦略かつマネージメントの判断力が欠けている
 とくに伊佐さんが問題視するのは、科学的な大発見で先発した日本の研究を後追いする米国や中国のやり方のすごさだ。「山中教授の世紀の大発見から、各国の熾烈な競争が始まった。米国は、日本の10倍の資金を投じてiPS細胞の実用化に向けた研究を開始した。中国も多くの研究員を動員してiPS細胞の研究に取り組み始めた。そうした中で、中国の研究所がついにマウスの皮膚細胞から作りだしたiPS細胞からマウス1匹を丸ごと作り出した」と。
しかし、この米国や中国の後追いを批判出来ない。むしろ、日本が考えねばならないのは、山中教授の大発見に対する政府や民間のバックアップ体制に課題を残している。はっきり言えば、米国や中国はiPS細胞発見が今後のライフサイエンス分野に革命的な変化をもたらすとの判断から、惜しみなくフォローアップ研究に巨額資金を投じているのだ。私は科学技術の投資に対するマネージメント判断が日本には決定的に欠けている。ことiPS細胞研究でいえば、基礎研究の後の応用研究では米国や中国はぐんと先を行きそうだ。戦略判断、マネージメント判断が重要という意味がおわかりいただけよう。

ノーベル賞化学賞受賞の根岸さん「競争が大事。評価にさらされて成長」と指摘
 ところで、今年のノーベル化学賞を受賞された米パデュー大学特別教授の根岸英一さんがとても鋭い指摘をしておられる。12月7日付の朝日新聞オピニオン面での「世界の舞台で戦う」というテーマでの特別インタビューで述べておられる点だが、根岸さんは「何よりも競争が大事。競争、客観的な評価にさらされて人間は成長していくものだ」「失敗に対して次の手が打てるかどうかも大事だ」といった点を強調されているのだ。
科学技術立国への日本の取組みについて参考になるので、少し引用させていただこう。
「競争の舞台は世界です。世界最高の先生が日本にいるならいいが、(現実はそうではないので)行くなら海外です」、「人間の本当の力を引き出し、(次代を担う)優秀な学生をさらに伸ばすには何より競争が大事です。競争がないと、客観的な評価を通して本当に何が自分に向いているのか、自らを見つめる機会がないのです」と。
また、根岸さんは「国が(財政の厳しい状況のもとで)予算の配分を見直し、よしあしを厳密に見て行くための仕分けは必要なことです。ただ、総額を減らすのは問題です。歴史を見れば、栄えた国はどこも化学や科学に力を入れてきています。研究は大きな視野から見ると、利益を生むもので、より多くの研究費を投じた方が、より利益も上がります」とも述べ、国の科学技術への財政資金投入の重要性を強調されておられる。

小惑星探査機「はやぶさ」の貴重な成功は、われわれ日本人に大きな自信を与えた。限られた予算のもとでも、開発や研究の現場の人たちのさまざまな努力、情熱、エネルギーをつぎ込めば何とかなるものだ、という自信にもつながった。しかしそうした自信が大きな継続したパワーになっていくためには、政府や民間あげての科学技術立国に向けての大きな人的、物的投資判断が必要になる。そうでないだろうか。

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