アジアで ASEAN軸に共同経済圏化進む、ハッと気が付いたら日本はカヤの外? 中国やインドが先行し意欲的、日本は内向きに陥らずアジアでリーダーシップを


時代刺激人 Vol. 50

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

日本国内が暑い夏場、国政レベルの政治は政権交代をめぐって総選挙モードに入り、内向きの発想に陥っている中で、アジアでは経済の面で大きな地殻変動が起きつつある。直近の動きで言えば、7月13日に東南アジア諸国連合(ASEAN)が、ASEANの枠組みに属さないインドとの間で自由貿易協定(FTA)を結び、消費人口17億人の巨大経済圏を実現させたことだ。さらにASEANはその数日後、バンコクで経済閣僚会議を開催し、経済連携協定(EPA)、つまり貿易自由化に限定せず投資やサービスなど幅広い経済連携を盛り込んだ協定づくりが可能かどうかの検討にも入った。私に言わせれば、これは間違いなく地殻変動が起きつつあるのだ。
 ところが、そのASEAN経済閣僚会議に、日本は二階経済産業相が総選挙にかかわり、それどころでないと、経済産業省審議官を代理で送る始末だ。アジアの重要な経済の枠組みを大きく変える動きが進みつつある中で、本来ならば中国と並んでリーダーシップをとるべき日本が国内事情で経済担当閣僚を送れません、という。このことが、ASEAN、それに中国、韓国、それにオーストラリアなどの会議参加国に対して、どういったインパクトを与えるか、誰が見ても、あるいは考えても、すぐわかることだ。日本は内向き政治に陥らずアジアで、節目の所で、いい意味でのリーダーシップをとることが重要なのだ。

日本は政治や軍事抜きに経済をベースに地域経済統合に向けての役割が重要
 もちろん、閉そく状況に陥る日本にはいま、国の内外で数多くの課題がある。そうした中で、日本の政治指導者が、あるいは行政が、経済界が、ことさらアジアに目線を据えるべきだとは言っていない。ただ、このコラムの第33回で「アジアは世界の成長センター、日本は今こそ内需拡大に積極協力を」という話を書いたとおり、いま米国発の金融・経済危機が最悪期を脱したとはいえ、グローバルリスクが続いている中で、アジアは世界の成長センターとしての勢いがあり、かつアジア域内での貿易はじめさまざまな経済交流を深めることで、文字どおり成長センターとなる可能性を秘めている。そういった時に、日本が政治や軍事を抜きにして経済だけをベースに、共同経済圏、地域経済統合に向けリーダーシップをとることは1つの戦略だ。そこで、今回は再度、問題提起をしてみたいと思う。
 まず、ASEANとインドとのFTA締結の話から始めよう。今回のFTAは、来年2010年1月に協定が発効する。関係者によると、自由貿易協定という名前が示すとおり、双方の貿易の障害になる関税を限りなく撤廃し、自由に貿易が行えるようにするのが最大の協定締結のメリットだが、約5000の貿易品目のうち、13年までに、その71%の品目について関税を撤廃する、続いて残り9%に関して16年までに撤廃する、となっている。 当然、ASEANとインド双方には国産保護のからみなどで関税障壁の維持、つまり適用除外を求める品目を数多く抱えている。今回の場合、関係者によると、その適用除外品目は双方で489品目に及ぶ、という。具体的には農産物が圧倒的に多いが、同時に繊維製品、自動車部品、家電製品、携帯電話なども含まれている。

インド、ASEANの自由貿易協定締結は双方にプラス、17億人の消費市場誕生
 しかし、双方にとって、このFTAの締結メリットは極めて大きい。08年時点で474億ドルだった双方の貿易額が協定締結後には新たに280億ドルにのぼる経済効果が期待できるというのだ。インドは南アジアでは新興経済国として、急拡大してきているが、足元の国々はパキスタン、スリランカ、バングラデシュといった成長スピードが弱く、ベンガル経済圏などの形で広域経済圏をつくっても広がりがない。
それに対して、成長センターのASEANはタイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーのメコン経済圏の枠組み、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどの国々を含めた10カ国を加盟国に抱える。地域内では経済的な温度差があるにしても、ASEANの外郭には日本、中国、韓国、さらにはオーストラリアなどの大洋州の国々が顔をそろえており、この経済効果は大きい。とくにASEANに日本、中国、韓国の3カ国を含めたASEAN+3でサミット(首脳会議)のみならず財務相、さらに貿易関係の経済あるいは商務担当相の会議が頻繁に行われ、とくに1997年から98年にかけてのアジア経済・金融危機後は、互いに域内での相互依存が強まり、通貨を相互融通するチェンマイ・イニシアチブ制度やアジア債券市場づくりなど経済面での結束が強まっている。
 それだけに、インドにすれば、ここ数年、急速にASEAN傾斜を進めるが、地域的に東南アジア諸国連合の枠組みから外れるため、仲間入りが認められなかった。そこで、今回のようなASEANとのFTAによって、ASEANとの経済的な結びつきを強めたのだ。しかし同時に、ASEANにもインドという巨大な消費市場は魅力。インド、ASEAN双方の人口を合わせると、17億人の消費人口を抱える巨大な市場となる。いわばこれら地域を拡大経済圏に見立てれば、域内だけで輸出入の貿易が進み、その経済効果ははかり知れない。ある意味で、ASEANにとっては、主たる貿易取引先だった米国の経済回復が遅れ、それがそのまま対米輸出の落ち込みに響いても、今回のインドとの巨大な域内市場取引で、間違いなく経済は潤う。
ASEAN内部のいくつかの小さな国々にとっても、関税障壁という経済の垣根が低くなった分、いろいろなモノが流入し自国経済がダメージを受けるリスクはあるものの、半面でASEANという枠組みを通じて、インドという巨大消費市場にアクセスができるのだから、メリット、デメリット料方があるにしても、間違いなくプラス効果は大きい。

ASEANはEPAでも積極姿勢、日本が総選挙で経済産業相欠席は残念
 さて、こうしてみると、世界の成長センターとなり得るアジアは、ASEANを軸にFTAなどの自由貿易経済圏が出来上がりつつある。もちろん、日本や中国がカウンターパートにいる場合にはASEANが主導的にコトを運べる状況でないが、いまはASEANは中国とは04年11月に、韓国とは05年12月に締結している。肝心の日本は、これら中国、韓国から数年遅れで08年4月にASEANとFTAを締結した。これに今年2月のオーストラリア、ニュージーランドとのFTA、そして今回のインドのFTAという形で、ASEANを基軸にみれば、巨大な自由貿易市場が出来上がりつつある。この持つ意味合いは大きい。
 そうした中で、ASEANは今回、EPAについても、同じ枠組みで貿易自由化に限定せず投資やサービスなど幅広い経済連携を進めようとしている。この EPAは、日本が早い時期に提案し、今や時機到来とばかりASEANも乗り気になっているのだが、まだ、FTAに比べて投資面などでそれぞれの温度差があり、進展度合いが遅い。
しかし、考えようによっては、日本が、こういった時にこそ、主導的に動くチャンスだ。それだけに、総選挙を理由に経済産業相自身が参加せず、経済産業省審議官が対応するというのは、何ともいただけない。

麻生首相が掲げた「アジア経済倍増計画」は国内政局混乱で進展せず?
 日本は、麻生首相が今年4月、日本記者クラブでの会見で2020年までにアジアの経済規模を今よりも倍増させる、という「アジア経済倍増計画」構想を発表した。この構想は、当時の麻生首相の言葉を借りれば、「アジアは21世紀の成長センターだ。この4年間で、人口が1億3000万人も増え日本と同じ人口規模の国が誕生するペースだ。それら人口の中核となる中間所得層が着実に増えつつある。その中間層が安心して消費拡大に取り組めるように、社会保障などのセーフティーネットの充実、教育の充実などが必要だ。日本でかつて、池田勇人内閣が所得倍増計画を打ち出し、高度成長経済へのきっかけをつくった。そこで、日本としてはアジアの内需拡大によって経済を2020年に倍増することをめざし、対等の立場で応援していきたい」と。
麻生首相は会見で、インドのムンバイ――デリー産業大動脈、メコン川流域諸国によるメコン総合開発、インドとメコンをつなぐ産業大動脈、さらにインドネシア、フィリピンなどのBIMP広域開発といったさまざまな地域の開発計画などをつなぎ合わせ一体的に広域インフラの整備などを進めれば、成長の起爆剤になっていく。日本としては、アジアの広域インフラ整備に民間投資資金が向かうように2兆円の貿易保険枠を設ける、と述べた。
しかし、その後、政局が大きく混乱し、この「アジア経済倍増計画」構想も、一気に進展する状況でない。日本の政治のアジアに対する真剣度、本気度が問われるところだ。こうしたなかで、中国やインドは間違いなく、国内にさまざまな課題を抱えており、外部に国民の目を向けさせる狙いもあるのかもしれないが、これらFTAなどに関しては、極めて積極的で、先行している部分も多い。ハッと気が付いたら、日本だけが取り残されていたということは、すぐには考えにくいものの、政治が内向きになり、心ここにあらずのような経済外交姿勢では間違いなく中国やインドにリードされていく。その点が何としても気がかりだ。

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