「日本には対外戦略がない」、外務省OB田中均氏が官僚や政治家に鋭く問いかけ 菅首相の「ロシア大統領の国後島訪問は暴挙」発言、戦略踏まえてのものかと批判


時代刺激人 Vol. 122

今の日本にはハッキリ言って政治、経済面での外交戦略がなさすぎる――外務省官僚時代に北朝鮮との交渉などで手腕を発揮し存在感を示した現日本総研国際戦略研究所長で、日本国際交流センターのシニアフェローの田中均さんが最近、経済産業省傘下の独立行政法人、経済産業研究所で、「官僚の方々に問う――日本の対外戦略」というテーマで、冒頭のような刺激的かつ挑戦的な問題提起を行った。
「官僚の方々に対外戦略を問う」というテーマ設定が、経済ジャーナリストの好奇心をそそるものだったので、さっそく聞きに行ったが、これがなかなか興味深いもので、ジャーナリスト的に言うと、実に面白かった。そこで、今回は、田中さんの問題提起を出来るだけ多くの人たちで共有したらいいと考えるので、このコラムで取り上げてみたい。

現役時代に戦略実現に向け努力を、という気もあるが、中身はとても刺激的
結論から先に言えば、話の中身はとても刺激的で、興味深かったが、田中さんの話を聞いていて、そこまで明確な問題意識を持っておられるならば、現役官僚のころから、戦略実現に向けてもっと大胆に取り組んでほしかった、と言いたくなる部分もあった。しかし全体は、今でも十分に参考になるし、むしろ活用されてしるべき問題提起が多いので、ポイント部分を紹介しながら、何が今の日本にとって戦略課題かを考えることにしよう。

まず冒頭に、田中さんは「鳩山由紀夫前首相は、沖縄の普天間基地の移設問題で『最低でも県外に、願わくば国外に』と発言して波紋を投じた。しかし十分な戦略があっての発言だったのだろうか。さらに菅直人首相が最近、日本での『北方領土の日』に、昨年11月のメドベージェフ・ロシア大統領の国後島訪問に関して『許し難い暴挙だ』と発言し、ロシア側を反発・硬化させた。これも戦略判断があっての発言だったのだろうか。私には、残念ながら、いずれも十分な戦略があってのものだったとは思えない。これは民主党政権だけの問題ではない。その前の自民党政権時代にも似たような問題があった」と述べた。率直に言って、この問題意識については、私もまったく同感だ。

「戦略のなさは政治家だけの責任でない、官僚にも問題、責任放棄すべきでない」
この刺激的な問題提起に関して、田中さんは「日本はアジアの中核にあり、(多くの国々からは)十分な戦略を踏まえた上での日本の行動が問われ、同時に期待もされている。しかし戦略判断は、政治家だけの問題ではない。官僚も、政治家が十分な戦略構築が出来るようにバックアップしなくてはならない。その意味で、官僚は政治家に責任転嫁してはならない。そして職場放棄、責任放棄もしてはならない」と、政治家の戦略判断なき言動を批判するだけでなく、現役官僚にも厳しいプロ意識を求めた。
その際、田中さんは「戦略というのは、ビジョンでも構想でも、アイディアでもない。一定の目的に向けての方途だ。そして、戦略については必ず結果を出さねばならない。それは政治家だけの問題ではなく、むしろ官僚が問われる問題だ」と指摘した。

戦略形成に4つのポイント、とくに目的達成に向け「大きな絵を描け」が重要
田中さんによると、戦略構築には4つのポイントがある、という。具体的には、1)十分な情報を常に持ち合せているかどうか、とくに情報の収集や分析が出来ているかどうか、2)戦略目的に向けての確信があるかどうか、3)目的達成の方途のために大きな絵を描かねばならないが、描けているかどうか。外交戦略を構築する際、対外的には相手がいること、その相手が何を考え、どういった戦略判断でいるのかの分析が必要だ、4)構築した戦略を実現するためには、どういった力を活用するかが重要だ、という。

確かに、外交の場に限らず、どんな場合でも戦略を練る場合には、複数の相手を対象に、あらゆる出方を想定しながら、こちらの考え方や目的の実現に向けて、どういった手段で、また手順や工程はどうするかなどが必要であることは言うまでもない。その意味でも、田中さんが言う「大きな絵を描く」ことが極めて重要だ。

日米経済摩擦での「大きな絵」、米国の力を活用し日本の市場開放図ることだった
田中さんが「大きな絵を描く」例としていくつか挙げたうち、印象的だったのは、日米経済摩擦をめぐる対米交渉での戦略対応だ。田中さんは1985年、交渉の日本側窓口の責任者とも言える外務省北米2課長ポストに就いて交渉にあたった。当時、日米間では摩擦対象分野は自動車、半導体はじめ医療機器、電気通信など広範な分野に及んだが、田中さんの「大きな絵」は、経済大国になっていく日本の市場をよりオープンにしていくことが重要と考え、米国からの外圧をうまく活用して市場開放、規制緩和を大胆に推し進めるべきだと考えたことだった、という。

講演では「外圧利用しただけと言われるかもしれないが、米国の力をうまく活用することが日本の戦略だった」と述べた。外務省退職して数年後の2009年の著書「外交の力」(日本経済新聞出版社刊)で、当時の戦略判断について、「米国の力をテコにして日本国内を変え、市場を開放して日本経済を強くする。逆に、市場開放で当然の責務を果たすことによって、米国に対して対等な関係を主張することもできる。つまり、外交と国内改革は表裏一体だと考えていた」と書いている。田中さん単独の戦略判断ではなかっただろうが、交渉リーダーとしての腕力であり、結果的に米国とは26の協定締結にこぎつけている。

世界でどう地殻変動が起きているか見定め必要、新興アジアにパワーシフトも
そこで、田中さんは、日本の今の対外戦略を考える場合に、世界でどのような地殻変動が起きているかを見定めることが必要という。そして、「日本は、これまで『西側の一員』として外交を推進してきた。とりわけ日米同盟を基軸に置いて無難に過ごしてきた。しかし今やその位置づけを変えるべき状況にあるように思う。とりわけ日本の周辺を見わたした場合、新興アジアが急速に台頭するなど、世界が多様化し、パワーバランスも変わりつつある」という。
その戦略構築のもとになる変動要素として、田中さんが挙げたのが3つ。1つは、富が西から東へ、先進民主主義国から新興国へと移行している現実を見据えること、2つは世界の求心力構造が大きく変わってきたこと、とくに新興国が温暖化問題での対応が象徴的だが、先進国に対し途上国としての権利を主張し肝心の義務を避ける現実が強まっていること、3つが世界の経済成長に関するもので、成長センターが東アジアに移ってきて、欧米先進国も今や東アジアの内需拡大への依存構造が強まってきたことだ、という。

「日本は量的な大国ではなく技術力を強化し先進性を高めた質の高い国めざせ」
田中さんはこの3点を踏まえた日本の戦略について、講演でさらに言及したが、自著「外交の力」で的確な指摘をしているので、少し引用させていただこう。「中国やインドといった(新興アジアの)人口大国に比べての日本の優位は、明らかに国家としての先進性だ。(中略)日本は量的な大国ではなく、その技術力を強化し、あらゆる面で先進性を高めた質の高い国としての国力を維持していく以外に道はない」という。
また「能動的に政策を展開していくためには、政策判断の基準になる座標軸が明確でなければならない。座標軸に沿って政策を実現する戦略が必要になる」「強い米国を軸とする西側諸国と協調するという基本戦略だけでは不十分となっている。(むしろ)弱まった民主主義先進国主導体制自体を再構築していく必要がある。また世界の政治経済構造の変化の源と言っていい東アジアで、日本にとって好ましい秩序を構築する戦略が必要になる」と。

これら外交政策にからめて、今後のポイント部分のうちで、なるほど戦略的な発想はこういうことともリンクする、という点があった。田中さんによると、2012年が実に難しい年になるため、前年2011年は重要な年で戦略対応をすべき年になる、という。

2012年は米国、ロシアの大統領選、中国政権交代があり2011年こそ重要
要は、米国とロシアで相次ぎ大統領選挙がある、また中国で胡錦涛主席から習近平次期主席候補への政権交代がある、さらに北朝鮮が2012年を目標年次にする「強盛大国入り」をどうするのかーーなど、日本の戦略構築に重要と考えられる出来事が控えている。とくに米国やロシアは内政に大きな比重をかけ、場合によっては保護主義的な動きも台頭する。日本を含めた他の国々は振り回されるリスクが急速に高まるのは間違いない。
そういった点で、2011年はそれらリスクや変動に対応できるような外交戦略のフレームワークづくりに力もエネルギーも費やすべき重要な年になる、というのが田中さんの考えだ。確かに、言われてみると、2012年は国際政治のみならず経済面でもさまざまな課題が噴出する予感がする。その意味でも、政治の劣化が叫ばれる民主党が内向きの政治に浸る余裕はないし、ましてや田中さんが指摘するように霞ヶ関官僚群がしっかりとした対外戦略を構築し、政治に提示することが必要になってくる。

中国を含めた東アジアに関する日本戦略も大事、日本が軸のパートナーシップ
また、田中さんは、中国を含めた東アジアについての日本戦略にも講演で言及した。要は、日本の戦略の基本は、東アジア地域で中国が脅威とならない状況を作り出すことだという。諸外国が、今や高成長を背景に大国主義化する中国に対して、どう対応するかによって、中国も変わる可能性は十分にある、という。その場合、日米を基軸に日米安保体制を維持することが重要という。つまり中国への軍事的な抑止力を担保していくためには東アジにおける米国の軍事プレゼンスが必要で、その点で日米安保体制が大事というのだ。

ただ、田中さんによると、中国とも信頼関係をつくっておくことが大事で、日、米、中が協力し合える枠組みづくりをめざすと同時に、中国プラス5、つまりインド、インドネシア、韓国、豪州、ベトナムの5カ国をからませたパートナーシップも重要だ。その場合、決して中国を囲い込むような状況づくりではなく、むしろ日本が軸になってのパートナーシップづくりだという。

政治家も官僚も内向きになっている時間的な余裕はない、戦略軸構築を
そのからみで田中さんは、「日本はしっかりとした東アジア戦略を構築し、すべての力を活用していくことが重要だ。そうでないと、日本は東アジアでリーダーシップをとれない」と述べると同時に、話題の環太平洋経済連携協定(TPP)について「政策連携の枠組みも極めて大事だ。東アジアだけでなく太平洋にも連携の輪を広げておくという意味で、TPP参加は必要だ。TPPがピリオドで終わってはならない」と述べた。この点は、私も同じ意見で、中国とのからみでTPPを通じた経済開国は必要だが、同時に、東南アジア諸国連合(ASEAN10カ国)プラス中国、日本、韓国の3カ国の地域経済統合も同時にめざすべきだ。TPPとは決して対立軸に置くべきではない。

こうしてみると、政治家も官僚も内向きになっている時間的な余裕はなく戦略軸をしっかりもってほしいと言わざるを得ない。いかがだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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