TPP対応で農業をぜひ成長産業に 次々に先進モデル例つくって波及を


時代刺激人 Vol. 222

 日本がアジア大洋州での広域の自由貿易経済圏に入るかどうか大きなカギを握る環太平洋経済連携協定(TPP)の多国間交渉が7月15日からマレーシアで始まり、25日までのロングラン交渉となる。各国の温度差、競争力差が異なるうえ、国益もからむので、タフな交渉になるのは間違いない。
そんな中で、遅れて交渉参加する日本は、米連邦議会での日本承認手続きが終わる23日以降に交渉参加となる。現地で待機中の日本側交渉団も、いざ参加をめぐる交渉が始まった際、どんな立ち位置で交渉に臨むか、また関税撤廃の例外品目の問題に議論が及んだ場合、日本側の交渉カードをどのタイミングで切るかなど、緊張状態が続くことだろう。

北海道・浜中町農協は間違いなくモデル例、
企業連携で株式会社化して農業経営
そこで、今回のコラムではTPPがらみで大きな焦点となる農業の問題に関して、日本が守りにこだわるか、攻勢に転じるかの問題を考える際のヒントになる人の話を取り上げるので、ぜひみなさんなりに、日本農業の方向付けの手掛かりにしていただきたい。
最近、現場取材した農業者のうちで、さまざまな取り組みやチャレンジを行う頼もしい存在がモデル事例になる。北海道の釧路と根室の中間地域にある浜中町農協の石橋榮紀組合長だ。TPPをめぐる情勢に対応できるよう生き残りをかけて、といった悲壮感など持たず、攻めの農業展開を行って成功している点が素晴らしい人だ。

私の考えでは先進モデル事例の担い手がどんどん全国で輩出し、各地の農業者がそのモデル事例を見てTPP対応へのバネにし、攻めの農業ビジネスモデルの全体像をつくりあげていけばいいと思う。そうすれば燎原の火のごとく全国にモデル事例が波及し大きなパワーが現実化する。その意味で、日本農業を成長産業に押し上げる秘訣は、それら先進モデル事例をどんどん作り出すことだ、と時代刺激人ジャーナリストなりに考える。

農協組合長の石橋さんはシュンペーター流の創造的破壊論者、
攻めの農業に徹す
今回取り上げる石橋さんは、若いころの農協組合員時に酪農経営現場で個性を発揮し、青年部活動でもいい意味で暴れたそうだが、その後、マネージメント手腕が評価され農協経営にかかわって現在に至っている。組合代表理事、つまり組合長に就任したのが1990年なので、現在まで23年間もトップの座にある。現在73歳だが、年齢を感じさせない指導力や見識、行動力があり、それが他の追随を許さないのだろう。

取材していて問題意識の鋭さに興味を持ったのは、既存の農協組織の経営手法に対する強い不満や反発にはスジが通っていることだ。要は、全国の多くの農協が金融や購買、共済といった農協組織の維持のための営業に比重を置き過ぎて本末転倒であり、組合員農家向けの営農指導に力を注がなければ、農協そのものの存在感が問われるというのだ。
石橋さんは、農協の組織病を鋭く分析し、農協組織が時代の変化を積極的につかみとらず、ひたすら守りの姿勢に入れば、地域社会から孤立するだけだという。いわば経済学者シュンペーターばりに、創造的破壊に積極チャレンジし、攻めの農協経営によって実績をあげるべきだという考えなのだ。

2009年に企業に働きかけ株式会社「酪農王国」を設立、
企業の工程管理も導入
具体的には、石橋さんは酪農比重の高い浜中町農協の経営に関して、全国に先駆けて1981年に酪農技術センターを立ち上げて品質管理に力を注ぎ、強み部分を確立した。その一方で、企業の農業参入を積極的に受け入れ、企業の効率的な工程管理を学び組織強化に活かした。さまざまな形で時代先取りの農協経営を行ってきた点がすごいところだ。

この企業の農業参入、とくに農地保有に関して、全国農協中央会などは冷ややかな対応を変えていないが、浜中町農協はそこが全く異なる。石橋さんが主導し、2009年に農協と地元企業などの共同出資で、株式会社「酪農王国」というユニークな名前の企業を立ち上げ、大規模な酪農の農場経営に乗り出して成果を挙げている。企業との共同経営は当時、北海道のみならず全国でも初めてで、画期的だった、というから先見性がある。

ホクレンや全国農協中央会は石橋さんを異端者扱い?でも実績すごく口出しできず
北海道内の農協の連合組織、ホクレン農業協同組合連合会、さらには全国組織の全国農協中央会も一時、石橋さんに関して、組織の枠組みから外れた異端の人という扱いだった。しかし石橋さん自身は、お構いなし。企業の農業参入に道筋をつけると同時に、企業の活力を巧みに活用しながら、農協や企業が連携して地域社会のフレームワークをつくる地域再生モデルをつくり上げた。関係者の話を聞いたところ、組合員農家や地域住民の高い評価を受けていたので、農協中央としても口出しできないのが現実だった、という。

農協組織は既得権益擁護に走るばかりか、票田をバックに農業族議員を懐柔し、また霞ヶ関農政もコントロールしようとするなど、日本農業の改革や変革に待ったかける岩盤のような抵抗勢力だと批判される。私から見ても、その批判は当たっている。TPPへの対応1つをとっても、農協組織が瓦解しかねないことを恐れての守りが本音で、本当に農業者のためになっているとは考えにくい。その点でも石橋さんは農協改革者と言っていい。

福井県のJAたけふも農協改革論者、
組織から離れ独自の活動で収益上げる
少し話が横道にそれるが、7月17日付の毎日新聞朝刊で興味深い記事が出ていたので、引用させていただこう。福井県越前市の地域農協、JA越前たけふの富田隆組合長が「農家のための農協」を掲げて、肥料は飼料メーカーからの直接仕入れ、コメも系統農協出荷に委ねず消費者への直接販売に切り替えた。とくにコメに関しては台湾など海外への輸出にも取り組んだ。要は、上部組織の県経済連、さらに全国組織の全国農協連合会(JA全農)のルートを離れて、独自の購買、さらにコメなど生産物の販売に乗り出すことで、無駄な手数料支払いのコスト管理を厳密化し、収益向上につなげた、という。

浜中町農協の石橋さん、それにJAたけふの富田さんといった組合長は、率直に言って、農協組織が今や大組織病に陥ってしまい、農協本来の営農指導や組合員農家本位の購買や販売に携わっていない、という強い危機意識のもとに独自行動に動きだし、それぞれ成果を挙げているのだ。こういった農協人がいるのは、素晴らしいことだ。
TPPに関しても、議論のポイントとして大事なことは、日本農業を関税の壁で鎖国化した場合のメリットとデメリットがどうなのかをはっきりさせること、また農業を対外開放したことのメリット、デメリットも詰める必要がある。

TPPで関税撤廃となれば打撃が大きいが、
生乳では勝ち残れるとの自負
浜中町農協の石橋さんの話に戻そう。数多くある日本の農業分野で、今後、日本がTPP参加交渉で、仮に10年後の関税撤廃を余儀なくされた時に競争力の面で劣勢が避けられない、と見られているのが酪農だ。とくに日本の酪農は、乳牛のエサとなる飼料について、トウモロコシなどの配合飼料を海外に委ねざるを得ず、最大の弱み部分だ。
その弱み部分に加えて、ニュージーランドのような酪農生産国ではケタ外れの巨大牧場で生乳を加工してバターやチーズの大量生産を行い、コスト競争力の安さを武器に日本市場をターゲットにしている。そこをどう守りの対応をするか、そこは政治の問題であることは間違いないが、競争力の差は歴然としており、どう対抗力を持つかだ。

その点で、石橋さんの取り組みがやはり先進モデル事例だと思ったのは、浜中町農協が徹底した品質管理で強い競争力を確保している点だ。石橋さんによると、新鮮な生乳に関しては、品質の良さ対策をとっていれば、輸送距離などの面で外国産に対しては100%勝てる、というのだ。

米高級アイスクリームメーカーや横浜乳業メーカーが品質管理技術にほれ込むほど
実は、その品質管理技術への長年の取り組みが高評価を得て、浜中町農協は神奈川県の中堅乳業メーカー、タカナシ乳業と連携して全量納入すると同時に、高級アイスクリームで有名な米国系ハーゲンダッツの原料の一手引き受けを行っている。多くの酪農農家の悩みは生乳の販売先の確保だが、浜中町農協の場合、その心配が全くないのだ。

石橋さんによると、米メーカーは日本でサントリーと提携して、ハーゲンダッツのブランドで国内販売しているが、アジア市場の成長性を見込んで製品化を考え、原料調達先を求めて日本全国を歩き回った。その結果、浜中町農協の科学的な品質管理技術を見てほれ込み、躊躇なく決めた。ハーゲンダッツは世界ブランドなのに、原料の調達先は米国、フランス、そして日本の三つだけ。あの酪農強国のニュージーランドも入っていないことを知り、磨きをかけている品質管理技術に、ますます自信を深めた、という。

米メーカーには中国市場向けアイスクリーム輸出もさせろ、
と要求する自信経営
 石橋さんは、すでに述べたようにニュージーランドのような酪農王国との競争に関して厳しい対応を迫られることを否定しないが、「鮮度や品質面での生乳では浜中町農協は独自に培った強みがあり、それに磨きをかけることだ」という。面白かったのは、石橋さんが 「攻めの酪農という点では、中国市場に日本産のハーゲンダッツを輸出させろと米国メーカーに要求している。彼らのグローバル戦略では、アジアのアイスクリームはフランス産を活用している。しかし品質をチェックしたところ、間違いなく日本産、浜中町農協産の原料が勝っていた」という。こういった自信が、新たな競争力を生み出していくのだろう。

浜中町農協にこれだけ力があれば、第1次産業の酪農が自前の加工、流通までにかかわり、企業経営農業の6次化産業の戦略シナリオもあったはずでは?と聞いたところ、石橋さんは「北海道は自給率200%の生産地だが、首都圏のような大消費地がないので、6次化産業シナリオはない。むしろ優れた品質力を強みにした生産地であった方がプラスだ」という。自身の立ち位置をしっかりと見極め、強みを徹底して伸ばす経営方針なのだ。

全国の農業者が先進モデル事例づくりに取り組めば農業は成長産業になる可能性
今回、先進モデル事例として紹介した浜中町農協の事例は、酪農専業農協として、品質管理技術で強みを発揮し、米高級アイスクリームメーカーに「すごい」と思わず評価させる技術力を売りにする一方で、農業参入に意欲的な企業と積極的に連携することによって、工程管理技術のみならず、さまざまな経営ノウハウを吸収して企業経営農業に踏み出している点が先進例だと考える。

しかも石橋さんの経営判断で、太陽光発電もかなり早い時期に導入している。石橋さんによると、エネルギーの地産地消、それに割高の電力料金のコスト削減などの必要性から太陽光発電を導入した。国の固定価格での買い取り制度がスタートするかなり前からの導入だったが、乳牛の牛舎で活用する業務用対策が主なものだ」という。
繰り返しだが、こういった北海道の地域専門農協でも存在感を示すチャンレンジしており、全国の農業者がぜひ先進モデル事例づくりにまい進し、TPPを逆に活用し、新興アジアへの輸出にもつなげてほしい、というのが私の考えだ。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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