時代刺激人 Vol. 201
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
最近10月8日付の毎日新聞文化欄「経済への視点」に、中国経済を分析したなかなか読みごたえのある投稿があった。評論家の中野剛志さんが書いた「中国成長神話の崩壊」というテーマの話だ。中国ウオッチャーの経済ジャーナリストの立場で言えば、率直に言って、面白い切り口だ。ぜひ読まれたらいい。
折しも中国が尖閣諸島国有化に反発しIMF・世銀東京総会欠席で
対抗措置
折しも、48年ぶりに東京で開催になった国際通貨基金(IMF)・世界銀行の年次総会に、中国が何と財政相と人民銀行総裁の欠席を通告してきた。理由は尖閣諸島の領有権問題に関して、日本政府が閣議決定によって国有化したことへの対抗措置だ、という。率直に言って、課題山積の重要な国際会議をボイコットしてまで領有権問題にこだわる中国政府の行動はビッグサプライズであると同時に、国際社会の担い手になりきれない国だ。
中野さんの「中国成長神話の崩壊」の問題提起にうなずく面もあっただけに、今回のコラムで、中国政府はメンツをかけての領土問題よりも、中国国内の経済悪化を心配した方がいい、領土問題にこだわっている状況じゃないよ、という視点で問題を取り上げたい。
中野さん
「中国は先進国でも対処困難な世界経済危機の直撃受けて深刻」
中野さんの分析は、結論部分から先に言えば、こうだ。「中国は資本主義化してから日が浅いというのに、グローバル経済に接続され、不況対策の経験に乏しく、景気対策が有効に機能する環境にもないのに、先進国ですら対処困難な世界経済危機の直撃を受けた」「中国経済の減速が著しいが、これは単なる不況ではなく、かなり深刻な構造問題だと認識しなければならない。(中略)中国の成長神話は終わった。時代が変わったのだ」という。
中国の成長モデルは、中野さんの分析では「賃金を抑えて競争力を維持し、国内消費を抑えて投資に偏重し、輸出主導の成長を追求してきた。そして素材や中間財を輸入し、加工組み立てした最終製品を欧米に輸出し、稼いだ貿易黒字は国内に還元せず、海外投資に向けてきた」「この成長モデルは、一方的に輸入する巨大な消費市場がなければ成り立たない。それが米国であった。だが、米国の消費が旺盛だったのは、住宅バブルのおかげにすぎなかった。(中略)米国の住宅バブルが崩壊し、2008年のリーマン・ショックで欧米が深刻な不況になれば、当然の帰結として、中国、そしてアジアの成長も終わる」という。
リーマン・ショック対応で4兆元財政出動したが、
ユーロ危機でまたボディブロー
中国は、2008年当時、公共投資を中心に4兆元というケタ外れの財政資金をつぎ込んで景気刺激策、内需拡大策を講じ、成長に弾みをつけた。しかし同時に、不動産バブルを引き起こしてしまい、それを抑えるための金融引き締めで一転、景気減速に追い込まれるなど、ちぐはぐなマクロ経済政策に終始している。そこに、新たにユーロ危機が加わり、対欧州輸出のウエートが際立って高い中国経済にボディブローとなった。
アジア開発銀行が最近公表した2012年の中国経済見通しでは4月時点での8.5%成長を大きく下方修正し、7.7%への減速予測だ。そこで、中国政府は再度の公共投資による財政出動を決め、内需拡大のために1兆元を投じる計画でいる。2008年当時よりも人民元高で、最近の為替レート1元=12円だが、このレートで計算すると、円換算で12兆円にのぼり、4年前の円換算48兆円投資に次ぐ巨額の財政出動だ。
「公共投資で内需刺激しても中国は家計消費比率低く消費拡大につながらない」
この公共投資に関して、中野さんの話に、ポイント部分がもう少しあるので、引用させていただこう。
「公共投資により国内消費を刺激するといっても、中国のGDPに占める家計消費は35%以下でしかない。しかも、教育や社会保障の公的資支出が不足しているため、家計の貯蓄率が高く、消費が拡大しにくい。また、所得格差が大きいことも内需拡大を妨げている。中国が消費を拡大するためには、賃金を上げて所得を増やし、不平等も是正する必要がある。しかし賃上げは競争力を減殺するので、容易には認められない」と。
中国経済が、日本経済と違って決定的に弱みとなっている部分は、この内需構造にある。日本の場合、個人消費はGDPの60%前後を占めており、高度成長期にはこの消費購買力が強さを発揮し、消費需要増を見越した企業の設備投資も呼び込んで経済を押し上げた。しかも貯蓄率が高くても消費に転じる柔軟さがあった。今は日本もデフレ長期化で所得増が見込めず、消費に弾みがつかないが、中国とは大きく異なる強み部分だった。
国有企業中心に過剰投資が設備能力や在庫の過剰を生み、
値崩れ・収益悪化へ
中国の場合、国家の社会主義部分と、改革開放による市場経済化での資本主義部分とを巧みに使い分けて経済運営を行ってきた。不況対応になると、国家の社会主義部分が全面に出てきて4兆元規模の公共投資中心の財政出動を大胆に行う。地方政府もこれに呼応して、共産党政府の強さを誇示して住民の土地を強制的に取り上げ、国有企業などに売却、そこで得た資金で大型開発プロジェクトを進めるが、各省間で似たようなプロジェクトが相次ぎ、重複投資になって投資効果が上がらない。
それどころか、国有企業を中心に、過剰投資が設備能力の過剰を生み、それがそのまま製品の過剰、在庫過剰から値崩れを起こして企業収益の悪化をもたらす。そればかりでない。生産調整や需給調整のために、設備廃棄といった問題にとどまらず、社会主義国家の弱み部分ともいえるリストラの形での人員整理、さらに賃上げ抑制に手をつけ、社会不安要因を抱え込む。同時に、国有企業に先を競って融資した国営の4大銀行を中心に、金融機関が不良債権化した負の資産の処分に苦しみ、政府も金融システム不安という時限爆弾の対応を余儀なくされる。この構造問題は、いまだに改革の手がつけられていない。とくに国有企業改革は民営化に向かわず、利権がらみで新規の国有企業が増える悪循環だ。
中国は国内消費抑え投資を偏重して輸出主導、という成長モデルを
変える必要
中野さんが「中国成長神話の崩壊」でポイントにする「国内消費を抑え投資に偏重し輸出主導の成長を追求」「素材や中間財を輸入し加工組み立てした最終製品を欧米に輸出、稼いだ貿易黒字は国内還元せず海外投資に」という枠組みは、最大の輸出市場だった欧州、さらに米国が、経済危機長期化で低迷しているため、ボディブローになってきている。
あわててテコ入れを図った中国政府の内需拡大策も、すでに述べたように、公共投資主導の景気刺激策のため、1兆元の財政出動をしても、過剰投資、過剰設備、過剰在庫といった「過剰」がついて回り、その挙句が、「また来た道」ともいえる悪循環に陥る。 こういった点で、私も、中野さんの指摘する「中国成長神話の崩壊」という説にうなずけるし、この問題解決に対して、大胆に手をつけないまま、尖閣諸島の領有権問題でIMF・世銀総会への出席までボイコットする状況でないだろう、と思う。中野さんはこの新聞投稿でもっと踏み込み「中国政府は、国内の不満をそらすため、対外的に強硬な姿勢をとらざるを得ない。尖閣諸島問題は、起こるべくして起きたのだ」と述べている。
中野さんの脱グローバル化は賛成しがたいが、
日本の内需掘り起し論は異存なし
中野さんは経済産業省OBで、この10年間、ずっと評論活動を続け、最近、「反官・反民――中野剛志評論集」(幻戯書房刊)、柴山桂太氏との対談集「グローバル恐慌の真相」(集英社新書)などを出している。ジャーナリストの好奇心で、今回のような新聞投稿をもとに面白い発想だなと思うと、私は関連の著作を読んで、その人なりを知ろうとする。
ただ、今回、中野さんの著作を読んでみて、微妙に立ち位置が違うな、という部分があった。脱グローバル化だ。新聞投稿の最後部分でも「日本は積極的な財政金融政策によって内需主導の経済構造に転換するしかない。日本は少子高齢化するので、外需を獲得するしかないと信じている人が未だに多いが、獲れる外需など、もはやどこにも存在しない」とある。内需掘り起しには異存ないが、脱グローバルの道を進め、という考えはない。中国を突き放す必要はないし、新興アジアの中軸となるASEANについても、新たな潜在成長マーケット掘り起こしに日本が積極協力し、「外需」を日本に取り込めばいいのだ。
共産党中央は社会不安に過敏、
都市化に伴う政策課題に取り組めないまま
話を元に戻そう。以前のコラムでも申し上げたが、中国ウオッチャーの立場で見ると、中国共産党は社会不安に過敏になっている。その不安の芽はいっぱいある。上海万博効果も手伝って、巨大な人口移動が都市に向かい都市化に弾みがつくが、肝心の都市部には鉄道や道路、住宅など都市インフラの整備が遅れるうえ、都市戸籍を持たない人たち向けの医療や年金など社会インフラもさらに未整備だ。所得格差など格差に対する不満が内在化しており、共産党幹部の汚職や不正蓄財の問題が表面化すると、社会不安は共産党批判に発展しかねない問題をはらんでいる。共産党北京中央が最も懸念するのはそこだ。
温家宝首相らが今年春、中国広東省の寒村での地方共産党幹部の汚職や腐敗に対する住民の反発の顕在化が、共産党政治への否定につながるリスクを懸念し、現場に出向いて民主化選挙を容認した。
ところが最近の北京からのメディア報道では、インターネットでの検索機能に制限を加えている、という。たとえば習近平・次期国家主席候補が2週間も中央政界から一時、姿を消したのが背中の負傷だと噂された問題で、最近、中国版ツイッターでアクセス数が断然多い「微博」に「法律規制と政策により検索結果は表示できない」という画面表示にして、政治家がらみの問題では規制を加えてきた、という。
次期習近平政権は内需主導モデルに切り替え、
社会不安解消につなげられるのか
こういった中で、中国経済の成長率が減速している。11月に開催予定の共産党大会で次期政権の座に就く予定の習近平氏が仮に、実体経済を踏まえ、2013年の経済成長率目標を今年の7.5%からどこまで引き下げるのか、悩ましいところだろう。これまで中国の専門家の間では、社会不安が起きて共産党批判になるような事態を回避するには「8%成長」が絶対ラインと言われていたのが、すでに崩れているからだ。
成長率1%は100万の雇用創出、という見方があって、8%成長によって、800万人の新規雇用創出が可能になるとの判断のようだが、最近の大学新規卒業者数である約700万人の就職を確保できる状況にないだけに、不安感を広げる成長目標の引き下げは次期政権にとってもリスクだ。
ましてや中野さんの指摘する「中国成長神話の崩壊」が現実化して、輸出主導、輸出特化の成長モデルを内需主導に切り替えざるを得ない場合、所得格差是正のための累進税率の導入、あるいは低所得階層の底上げのための最低賃金引き上げ、新規雇用機会の創出、国有企業改革を大胆に進め民間主導経済に持っていけるのかーーなど、課題を挙げたらキリがないほど多い。新たな成長神話を作り上げるのは、並大抵のことでは無理だ。
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