円高で大変とすぐ海外に拠点移す経営はダメーー吉川さんのアドバイスは鋭い 「韓国サムスンのしたたかなグローバル戦略に対抗力必要」と安易な進出に警鐘


時代刺激人 Vol. 106

 急激な円高による為替面での輸出競争力の相対的な弱体化に耐えかねて、この際、海外に生産拠点を移して事態の乗り切りを図ろう、という日本国内の輸出企業の考え方はわからないでもない。しかし円高は今に始まった話ではない。日本経済はずっと円高局面にある。むしろ円高を克服する企業の競争力をどうつけるか経営面での工夫が必要だ。円高回避のために海外進出と言っても、たとえば中国では中国ルールがあり、ゴルフでつけるハンディ―もいっさいなし。勝てる自信があるのか。それに韓国のサムスンのようなしたたかなグローバル戦略に対抗出来る力をつけておかないと、海外でも負けてしまう――と。

日本企業の安易な海外進出に警鐘を鳴らす鋭い指摘だ。実は、これは東京大学大学院ものづくり経営研究センター特任研究員、吉川良三さんの問題提起なのだ。吉川さんについては、ご存じの方も多いかもしれないが、産業人として波乱万丈の生き方をされている。日立製作所でソフトウエア開発に長く従事したあと、旧日本鋼管(現JFEホールディングス)に転出、そこでのエレクトロニクス開発本部長を経て、韓国サムスンからのヘッドハンティングによって一転、サムスンの常務として開発や企業革新の業務に10年間、携わった人だ。ある面で、急成長を続けるサムスンの躍進の原動力を作り出した人といってもいい。それだけに、冒頭に述べた話に関しても、実に説得力がある。

「日本企業はアジアで勝てるのか」という立場での経営再構築論は興味深い
 最近、吉川さんが「サムスンに学ぶ新時代の経営戦略――日本企業はアジアで勝てるのか」というテーマで講演をされた。経済ジャーナリストの好奇心で以前から会ってみたいと思っていた人だったので、躊躇(ちゅうちょ)なく講演を聞きに行った。そして、講演後もいろいろ追加的に取材の形で話を聞いた。そこで、今回は、私の問題意識とも合致する吉川さんの話を中心に、日本企業のグローバル戦略はどうあるべきか、という点にスポットを当ててみたい。

その前に、経済産業省が今年8月11日から2週間、輸出製造業を中心に200社を対象に行った「円高の影響に関する緊急ヒアリング」調査の結果を見ておこう。調査当時は、現在の1ドル=80円台の為替レートと違って、85円前後のレベルでのヒアリングだ。結果は予想どおり、「大変」というものだった。具体的には対ドルでの円高によって製造企業の60%強が、また対ユーロで50%強が企業収益面で減益は避けられないと回答、この円高が半年以上続いた場合、収益の悪化はさらに深刻化すると大半が答えている。とくにその場合、製造業のうち40%が「生産工場や開発拠点などを海外に移転する」と答えたほか、60%が「海外での生産比率を拡大する」と答えている。

経済産業省の円高ヒアリング調査結果は予想どおり、問題は円高の活用策
 今の円高は明らかに急ピッチ過ぎる。ただ、この円高は、米国経済の弱さに失望してのドル売り、ドル安の裏返しのものであって、日本経済が高い評価を得て円買いされた結果ではない。いわば日本にとっては、意図せざる円高だ。しかしこの経済産業省のヒアリング調査結果に出ているように、日本国内の輸出産業を中心にした企業の間では「大丈夫。この程度での円高など心配ない」と自信を見せる企業は皆無で、ほとんどの企業が程度の差はあれ、大いに危惧していることは事実だ。

私自身も、ずっと以前は、円高の行き過ぎがもたらす経済へのデメリットに危機意識を持っていたが、最近は「通貨には表と裏があるのと同じで、円高にもメリットとデメリットがあり、プラス思考でいくしかない。発想の転換が必要だ」と思っている。第8回のコラムでも、そういった趣旨で書いているので、ぜひ、ご覧いただけばと思う。要は、円高をどこまで容認するかによるが、米国経済の地盤沈下、弱体化によるドル安のツケが円高に来たりするような為替構造のもとでは、円高を逆に活用して経済の体質を強める方向に持っていかなければならないと思う。手をこまねいているだけでは、経済産業省調査のような形での「大変だ」「大変だ」といったお決まりのパターンになるだけだ。経済政策はもとよりだが、企業の経営対応としても、「そんな無策の対応でいいのか」といったあり方が問われかねないことになる。だから、円高を克服しながら競争力を強化する方策を考えることが大事だ。

日本は産業間競争でも海外で負けつつある、と吉川さんは厳しく指摘
 さて、本題の吉川さんの話をもとに、日本企業が、世界の成長センターとなっているアジアに積極進出する場合のグローバル企業経営戦略には何が重要か、という点にしぼって問題を考えてみたい。吉川さんは、自らの日本企業での経験、そして韓国サムスンでの経験を踏まえて、こう述べている。「日本企業の間で『海外での競争では企業対企業レベルで負けている分野もあるが、産業対産業というレベルでは決して負けていない』と指摘する声がある。しかし私が見る限り、そんなことはない。むしろ、日本は産業レベルでもグローバル競争に負けている」という。

吉川さんによると、エレクトロニクス産業で見た場合、経済成長に弾みがついている新興アジアと呼ばれる中国やインド、東南アジアの国々ではエアコン、冷蔵庫、洗濯機が「3種の神器」になっていて、その需要急増ぶりは目覚ましい。この需要層は、いうまでもなくアジアの人口30億人のうち、ボリュームゾーンと呼ばれる中間所得階層8億人で、経済成長に伴って、その数は着実に膨れ上がっているうえ、消費購買力は力強い。ところがこれら3製品に関しては、日本の家電メーカーは、日本国内の需要がピークアウトして買い替え需要しか見込めないと、生産の比重を落としているものばかり。それどころか、新興アジアでは何と韓国サムスン、LG、そしてオランダのフィリップスの3社がこの3製品の大半のシェアを握っているのだ。彼らには新興市場への戦略がはっきりとあり、生産特化しているのだ。日本メーカーは、産業として戦略性の面で負けている、という。

巨大需要を生み出す新興アジアでの企業・産業の戦略展開を考えることが重要
 そればかりでない。吉川さんによると、日本メーカーが生産特化している液晶の薄型テレビなど情報家電と言われる分野に関しても、サムスンやLGなどのメーカーも対抗しているうえ、最近は新興アジアの国々のメーカーが次第に生産力や技術力をつけ始めており、日本メーカーは気を抜けない。ただ、これら情報家電といわれる技術や品質などに裏打ちされる製品分野の普及率はまだ低いので、日本メーカーが価格政策を含めて戦略的に本格参入すれば、十分にシェア確保できる分野かもしれない、という。

ここでのポイントは、世界の大きな潮流という点で見た場合、需要の大きな源泉が新興アジアにあり、これに伴って生産拠点が需要地のアジアに移りつつあること、しかも技術のデジタル化によって、極端な話、どこでも、かつ誰でもがつくれるようになってきたため、当然のことながら需要地のアジアが重要な生産拠点化しつつあること、裏返せば、製品開発や生産、アフターサービスなどさまざまな点で、新興アジアに合わせた企業戦略、産業戦略をとらないと負けてしまうこと、日本が成熟市場で、まだまだ大きな需要が見込めるといった発想でいると、グローバル企業との競争にますます負けてしまう、ということだと、私は理解した。

旭化成前社長の蛭田さんの「ドメスティック・グローバルからの脱却を」と同じ
 そこで、吉川さんは、韓国サムスンがいち早く狭い韓国の国内市場での経営展開をを見限り、新興アジアを含めてグローバルな市場で勝ち抜く企業戦略をたてて実行に移している点を、日本企業は参考にすべきだ、と述べる。この発想は、第89回コラムで紹介した旭化成前社長の蛭田史郎さんの問題提起と同じだ。蛭田さんは「日本の産業の成功パターンは、1億人のうるさ型消費人口の国内市場で勝ち抜き、それを武器に欧米中心の10億人の世界の商品市場に進出しシェアを勝ち取ってきた。しかし今や世界は新興国の消費購買力を含めた40億人の市場に急拡大しているのに、日本産業は過去の成功体験をもとに1億人市場での勝利にとどまり、すべてをグローバル基準で対応する態勢にない。私の造語英語で言えば日本産業は早くドメスティック・グローバルからの完全脱却が必要だ」と。

吉川さんの話の中で興味深かったのは、企業の競争力には「表」と「裏」があり、日本企業は強みの部分を活用しながら多様化しているグローバルな市場のニーズに鋭く、かつ機敏に対応して本来の力を発揮すべきだ、という点だ。この「表」の競争力とは、デザインやブランド売り出し力、マーケッティング力、さらには価格政策力などで、消費者からよく見える表の部分だ。これに対して「裏」の競争力は、品質、それを支える生産方式、企業体質など、どちらかと言えば消費者からは全く見えない部分だ。日本企業は言うまでもなく「裏」の競争力では強みを持っている。

日本企業は海外でハンディ―なしに勝てるグローバル戦略づくりこそカギ
 しかしサムスンやLGといった韓国企業は当初は技術力にも欠ける三流企業だったが、ある段階から、日本を後追いするやり方を止めた。そして、グローバル化という大きな時代の流れ、アナログものづくりからデジタルものづくりの環境変化を鋭くつかみ、新興市場戦略をそこに重ね合わせて、現地のニーズに対応するマーケッティング戦略のたくみさでブランド価値をアピールするという「表」の競争力でもってシェア拡大を図った。この点は日本企業も学習することが大事だ、という。
冒頭で、吉川さんが述べた「円高回避のために海外進出と言っても、たとえば中国では中国ルールがあり、ゴルフでつけるハンディ―もいっさいなし。勝てる自信があるのか。それに韓国のサムスンのようなしたたかなグローバル戦略に対抗出来る力をつけておかないと、海外でも負けてしまう」という点がわかるような気がする。みなさんはいかがだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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