期待ムード先行のアベノミクス カギは大胆な産業競争力強化


時代刺激人 Vol. 213

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

アベノミクスと言われる安倍新政権の経済政策は、過剰な期待感が先行しているとはいえ、「これまでとは違うな」といったムードを醸し出している。株式投資を生んで株価が上昇、これまでの行き過ぎた円高の円安方向への是正によって輸出企業を中心に企業収益の改善効果をもたらすなど、実体経済に心理的な明るさを生み出しているのは事実だ。このまま一本調子でいくとは、とても思えないが、弾みがつけば好循環というシナリオもあり得るかもしれない、といった感じを多くの人に抱かせつつある。

金融大胆緩和に危うさ残るが、産業成長戦略で成長センター生み出せ
 ただ、私自身は、経済ジャーナリストの職業柄、モノゴトを楽観視せず批判的に見る癖がついており、アベノミクスの「3本の矢」のうち、金融の大胆緩和には、依然、危うさを捨てきれないでいる。
 というのも、企業の現場に手元資金が滞留したままで、実物投資への資金需要も出ていないため、大胆に金融緩和しても金融機関の現場では貸出に回らず、行き場のないマネー増をもたらしかねない。とくに日銀が政府の増発国債について長期国債買入れ役を強いられるうえ、インフレ目標2%実現の重い荷物を背負ったままで終わるのでないかと。

 しかし、同じ「3本の矢」のうち、新政権の産業競争力会議が打ち出す成長戦略に関しては、私は積極的にやるべしと賛成の立場だ。デフレギャップを解消しない限り、また元の木阿弥になりかねないので、今度こそ、産業の成長戦略を大胆に打ち出して新規の需要創出、成長センターづくりを進め、雇用機会の創出につながる政策を打ち出すことだ。

6月に成長戦略策定は遅い、スピード感必要、官僚主導の事務局に民間プロを
 新政権は、全体の成長戦略を6月までにまとめる、という話だが、もっとスピード感を持って、4月ぐらいから戦略実現の具体化に踏み出す、といったやり方をしないとダメだ。
 そればかりでない。先日聞いた関係者の話では、官僚組織が、大胆な規制改革の提案を行う産業競争力会議の民間議員の動きに警戒姿勢を見せ、自分たちの政策領域に手を突っ込まれて規制の枠組みが瓦解するのを恐れて理屈をつけて抵抗している。しかも、官僚主導の事務局に民間のプロ意識のある専門スタッフを入れることにも抵抗している、という。

 これまで歴代の政権が何度となくデフレ脱却をめざして経済成長戦略を掲げてきたが、いずれも、絵に描いた餅に終わり、下手すると、成長戦略作文競争だけだった、というのが現実だ。しかもそろって短命政権で、持続力がなかったので、実効を伴わなかった。その意味で、アベノミクスを掲げる安倍新政権の本気度が試される。

コマツの坂根氏らデフレ下で企業収益引き上げた経営者の戦略活用を
 その点で、新政権が産業競争力会議に、民間の現役のタフな企業経営者を参画させたのは、率直に言って、なかなかのアイディアだと思っている。
 これまでは政権の経済成長戦略というと、必ずと言っていいほど、経済産業省が中心に巧みに構想を打ち上げ、首相官邸につくった民間有識者会議のメンバーの名前を借りて成長戦略を作り上げる。しかし、官僚主導の事務局が行政機関の省益や権限を維持しながら、財政資金を使って政策実現を図る、というパターンばかり。規制を大胆に打ち破って産業のさまざまな分野に新成長センターをつくりだす発想は決して生まれてこなかった。

 私が個人的に尊敬する建設機械大手、コマツの坂根正弘会長といったメンバーがいるのは心強い。デフレ経済下で、アゲインストな状況を克服しさまざまな経営戦略によって、企業収益を最高益に持っていった実績がある。あとは、政治が既得権益に固執する官僚の抵抗を抑えて、民間議員の大胆な成長戦略を政策面で後押ししていけばいいのだ。

農業も成長産業候補、企業の農業参入と同時に既存農業が大胆な経営手法導入を
 そこで、今回は、私の現場取材体験を踏まえて、農業の成長戦略を具体化すれば、農業が十分に成長産業になる、ということを実例挙げて述べてみたい。
 新政権の産業競争力会議の民間議員が最近、農業の成長戦略に関して、共同で政策提案を行った。提案のうち、企業の農業分野参入に関して「株式会社形態の農業法人の全面自由化」を打ち出している。農業の潜在成長力を掘り起こして、成長産業に持ち込むには企業の農業参入に道筋をつけ、企業の経営手腕を活用すべきだ、というのがポイントだ。

 私は、この提案に関して、全く異存がない。これからご紹介する事例も、建設業からの農業参入で、見事、成功したケースだ。しかし、私は、その前に、既存の農業の現場がまず、農業に経営管理手法を取り入れ、農業者自身が家族労働から脱皮して農業法人化、株式会社化を進めて農業経営にあたることが必要と思っている。

農業者自身で株式会社経営を、6次産業化どころか10次産業化の発想が必要
 と同時に、以前のコラムでも申し上げてきた6次産業化を大胆に進めることが必要だ。つまり、1次産業の農業が卸売市場流通に頼らず、自身で主導してマーケットリサーチして売れる農産物づくりを行い、産直で新販売ルートを探す。流通や消費者のニーズを見極めながら、カット野菜など2次産業にもかかわり、さらには自前のレストランや直売所をつくって3次産業にも手を染める。1次+2次+3次を足した6次産業化だ。

 私は、この6次産業化の先に、4次産業を加えて10次産業化シナリオを考えるべきだ、と本気で思っている。言葉の遊びではない。要は、農業現場の大自然の場に消費者の人たちを引き込んで、とれたて野菜や畜産物でゆっくり食事を楽しんでもらい同時に観光や農業体験など農業ツーリズムをリンクさせることを4次産業化と勝手に言っているだけのことだが、ビジネスモデル化したら、面白いのでないかと思っている。大事なことは、独自の経営手法で、市場流通に頼らず、農業経営に広がりを持たせることだ。

建設業から参入し日本一うまいコメづくりで実績挙げる高山の和仁さんは好事例
 これら既存の農業が自助努力で農業を成長産業に持っていくのと合わせて、新政権の産業競争力会議が提案する企業の農業参入について述べたい。既存の農業にとって、それら企業はライバル、好敵手となるが、身構えて守りの壁をつくるよりも、むしろ新規参入してきた企業農業と連携したり競争することで、農産物消費市場の拡大をめざす、とくに新興アジアの新興富裕層や中流所得階層の上の階層をターゲットにした農産物輸出戦略づくりも互いに知恵を出し合うようにすればいいのだ。

 さて、本論だ。私が今回、ぜひ紹介したいのは、取材で出会った岐阜県高山市の株式会社和仁農園社長の和仁松男さんのケースだ。今も建設業との二足のわらじ経営ながら、農業経営と両立させているところがたくましい。しかも農業参入12年で、うまいコメづくり日本一をめざした結果、最近5年連続して全国食味コンクールで、トップランクを続け存在感を示している。成功ポイントは、土木の工程管理や原価管理などを農業経営に積極導入したうえ、うまいコメづくりのための創意工夫のチャレンジがあることだ。

和仁さんは当初、農業参入障壁の厚さで苦闘、耕作放棄地対応が評価されず
 和仁さんは2000年ごろ、地方の公共事業先細りのもとで、建設業を維持しながら新たな事業展開を考えねばならない、という典型的な地方の建設、土木企業の経営ピンチに直面した。しかし農業参入のきっかけは当時、飛騨高山で地域の兼業農家などの高齢化が進み、耕作放棄地が増えて「うちの農地を何とかしてくれないか」と耕作依頼が多く、見るに見かねて引き受けざるを得なくなり、農業に参入したことだ。

 高山さんによると、建設業から農業に参入には参入障壁があり大変だった。当初は地域内の耕作放棄地の再生や耕作の受託だった。2005年にリース特区による特定農業法人への認定をめざして事業展開したが、企業の農業参入を阻む壁が依然として厚く、耕作放棄地以外の、耕作できる優良農地への法人参入が認めてもらえず大変だった、という。

農業に土木工程管理など徹底した経営管理手法を導入して成功
 興味深いのは、そこからだ。和仁さんは、農業に経営手法を導入した。とくに土木工事の管理手法を使って、厳格に工程管理、コスト管理、品質管理、そして安全管理を農業の現場に取り入れた。たとえば土木の工程管理の手法の一つに頭(あたま)落としという、端的には、ある膨大な作業量を5人でどう分担して効率的にやるかを考える管理手法で、作業の平準化のことだが、これを導入したことで、農作業がぐんと効率的になった。

 極めつけは、和仁さんがさすが企業経営者らしく、経営目標を持ったことだ。具体的には、誰もが日本一のうまいコメだと認めてくれるようなコメをつくろうと、食味を最優先にしたコメづくりを考えた。和仁さんは「今の日本農業に欠けているのは徹底した経営手法の導入だと思っていましたので、私の場合、買ってもらえるコメ、売れるコメは何かということ、それが食味を最優先にしたコメづくりでした」という。

専門の農業者が顔負けするような、さまざまな経営手法の導入は見事
 そこで、和仁さんは、慣行農法とは違う独自の農法にチャレンジした。つまり多収穫米、多収量米をめざす慣行農法とは一線を画した独自農法、言わば自立できる農業でいくしかないというもので、その一つが、作付け時期を慣行農法の5月中旬から1か月ずらして田植えし、それに合わせて稲穂の出る出穂期や刈取り期もそれぞれ9月、10月中旬に変えるやり方が1つ。それと、自社育苗に徹し、種もみの段階から自社育成して、タネは自然交配して劣化を防ぐため、塩水選という作業も導入した。企業経営者のすごさだ。

 堆肥づくりも重要で、和仁さんによると、今は連携企業の奥飛騨エコセンターに委ね、高山市内の旅館20軒から出る生ごみ、豆腐屋のおから、米ぬかなどにオガ粉をまぜて発酵させて有機堆肥にしている。その堆肥をトラクターで、刈取り後の田んぼに大規模に入れるが、年を越して雪が降ると、微生物が食べていく。堆肥はこの段階で肥料ではなくて土壌改良剤になっている、というのだ。

異業種からの農業参入12年で5年連続うまいコメづくり評価はすごい
 これらの努力が実って、和仁農園はコメの全国食味コンクールで5年連続入賞を得た。正確には全国米・食味分析鑑定コンクールで、2007年度、08年度、10年度、11年度に総合金賞、2009年度に特別優秀賞を受賞した。2012年度はダイヤモンド褒賞という功労者表彰だったが、今年もまたチャレンジする、という。

 非農業の建設業から参入して、まだ12年間で、これだけの実績を残せる、というところにすごさがある。和仁さんは特別の凄腕の経営者というよりも、建設業の土木管理技術などを農業に応用したり、日本一のうまいコメづくりをめざす経営者意識のすごさだ。既存の農業にとっても大きな先進モデル事例だ。学ぶことが多い。企業の農業参入に背を向けるよりも、一緒に刺激し合い、競争することで互いに成長センターにすることが必要だ。

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