雇用の「三方よし」がある社会へ!「とらわれず」進める手法は「社内国会」
株式会社パソナグループ
代表取締役 グループ代表
南部 靖之
今日本は少子高齢化に伴い労働人口の減少化が危惧されている。その一方で派遣切り、リストラといった雇用問題が顕在化している。日本の経済を左右する労働と雇用の問題。その中で新しい働き方の提案で革命を起こしている賢者がいる。パソナグループ率いる南部靖之である。雇用革命による人材派遣業、その成長戦略に迫る。
蟹瀬ナビゲーターの蟹瀬誠一です。
白石白石みきです。
蟹瀬働くっていうことは私たちにとってはね、こう日常的な当たり前のことなんですけども、まあ今回の東日本大震災が起きて働くっていかに大変か仕事を見つけるってことがいかに大変なことかっていうのを実感しています。
特にそれだけじゃなくて今不況がずっと続いてますよね。そうすると白石さんのように若い人たちがなかなか仕事を見つけられない。深刻な状況ありますよね。
まあそうした中でこれからどういう風に日本の雇用を変えていけばいいのかあるいはどういうのが適正なのかそういうことをですね、あらためて今じっくりと考えてみるときじゃないかという気がするんですね。というわけで今回は雇用人材派遣という観点から起業した会社に焦点を当てましてベンチャービジネスが変革する雇用働き方、そしてそのベンチャースピリットこれを見ていきたいと思います。
白石はい、それではさっそくゲストの方をお招きいたしましょう。株式会社パソナグループ代表取締役グループ代表の南部靖之さんです。よろしくお願いします。
南部よろしくお願いします。
白石はい、よろしくお願いします。あのこの番組では企業の変革を象徴する3つのキーワードで進行させていただきます。南部代表最初の変革そのキーワードは何でしょうか?
南部「社会の問題点を解決する」。
蟹瀬さあ、どういう解決方法があるのかね、伺ってまいりましょう。さて南部さんは大学生の時に起業されてますよね。これなんかきっかけっていうか思いっていうのはあったんですか?
南部これはね、ちょうど就職活動なかなか決まらないんですよね。もうどうしようかなと思ってね。それで50社、100社と回ってもういいかと思っていたらね、僕の親父がね、「就職どうだった」と。「ダメダメ」っていったらね、何か感じたことはあるかって、思ったことはあるかと聞くもんだから。「いろいろあるよ」って。それで「それはなんだ」って言われたものだから、僕は僕以上に女子大生が大変だと。その女子大生以上に会社に入った女性たちもみんな、なかなか大変だけれども、辞めた後がもっと家庭の主婦の再就職が難しいとこういう話をしたんですよね。そしたら親父がねそれ自分で何かこう解決してみたらどうだと。僕は「えーっ!」と思った。冗談でしょと。
では「NPOでやるから」と思ったら、親父が「NPOはダメだ」と。「どうしたら?」っていったらね、いや、「すごくいいんだけども、こんないいことをやりますからお金ください、もしは支援してくださいっていえばその範囲でしかできないぞ。だから会社を起こして自分で得たその会社、資金を持ってやりたいことやれ」と。こういうことで、学生の時に会社起こすことを決めたんですよね。
蟹瀬じゃあそのお父さんの一言というのは一番大きな要素だったわけですね。
南部大きいですよ、ものすごく大きい。
蟹瀬その当時のことがやっぱり今の仕事の基盤になってると。
南部そうですね、僕の親父が言うには、「会社というのは利益と社会貢献とこう両輪あいまって車は前に進むんだ」と。だからまず関西、僕の親父も大阪・神戸で関西人だから。「三方良しというのを知っとるか」、というわけ。
南部3方って、何だろうなと思ったらね。
南部一方は売り手良し、と。そのまた一方は、買い手よしと。もう一方は、まあいわゆる社会よしと。それでみんながWin-Winというか、こういう状態であるべきだ、そいうことを頭に入れとけということでした。それで僕は事業を起こそうと、こう決意したんですよね。
蟹瀬そこから、その派遣というコンセプトも出てきたわけですよね。
南部就職活動しながら、人事のいろんな方々に聞いてみたんですよ。なぜ雇わないんですかと。今忙しいから、暇になったら会ってあげようというわけです。ゆくゆく聞くと企業には忙しい時期と暇な時があると、にもかかわらず、ずっと一人の人を正社員で雇わなければならない。学生の自分から見れば忙しい時期だけ雇えばいいのになと。
蟹瀬一番合理的ですね。
南部そう、合理的ですよね。そこからこの仕組みを考えたんですよね。
蟹瀬今年は東日本大震災が起きました。南部さんは阪神大震災もご経験なさって、一つの仕事においての、あるいはご自身の感覚においての、改革のきっかけになったという風に伺ったんですけども、そのあたりちょっと教えていただけますか?
南部改革って言ったら16年前になりますけどもね。僕はやっぱり世の中というのはほんとにあの頃ってリストラ、リストラで。
大会社がリストラすると、銀行がお金を貸そうと。リストラするとエクセントカンパニーだと、こういう風に言っていたわけですよね。でも僕は逆に、阪神大震災の場合は雇用しなければならない、ということからですね。
南部労働集約型ビジネス、これをどうすればいいだろう、どういうものが雇用をいっぱい生むかと、雇用することに挑戦したんです。地震の後に西武デパートさんが神戸から撤退をしたものですから、そのあと僕は引き受けてデパートを作ったり、それからちょうど神戸と大阪を結んでた定期船があったんですよ。レストラン船。
南部これを譲り受けて、神戸の湾をずっとクルージングしながら食事をするという。そこで雇用をもっと生もうと。それから1坪ショップとかね、何かワゴンで売ってもいいから、そこで雇用を生むとかね、そういう形で雇用創造に挑戦してましたね。
雇用の仕組みをいろいろ考えてみたけれども、やっぱり法律ってものがある。我々は神戸で斡旋という許可なかったから。だからやっぱり労働省の方からそういうことしちゃいけない、と。無料でもダメなんですかとやりとりして。みんな困っているのにって、いやダメだとか・・・。その中で自分でできるデパートを作って雇用しようとかね、苦肉の策ですよね。
蟹瀬今回の東日本大震災の場合は、そうするとどういう形で就業支援というんでしょうか、そういう形がでできたんですか?
南部最初の頃は、ワークレスキュー隊といいました。それからボランティア隊を組んで、我々の者が現地に行って、現地だけではなく日本中の仕事のお世話を紹介をする、ほかにも悩みの相談ですよね。子供がいる、あるいはご両親が年を取った方々を抱えている、あるいは兼業で農業をやりながら、など。
それをずっと1対1で聞きながら仕事に就いてもらうことを考えていたんですよね。今はもう長期戦ですからね、それ以外のいろんなことを考えています。たとえばね飛び地政策とか。
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