時代刺激人 Vol. 256
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
中国が米国、ロシアのみならずアジア、太平洋の21か国・地域の首脳を北京に招き11月10日、11日と開催したアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議は、ジャーナリスト目線で申し上げれば、各国首脳のさまざまな思惑がこもり、かつ主導権争いが目立つ会議だったと言える。
中国が米国、ロシアのみならずアジア、太平洋の21か国・地域の首脳を北京に招き11月10日、11日と開催したアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議は、ジャーナリスト目線で申し上げれば、各国首脳のさまざまな思惑がこもり、かつ主導権争いが目立つ会議だったと言える。
というのも、主催する中国自身にとって、海洋覇権を含めた「強大国」誇示の動きに対するASEAN(東南アジア諸国連合)や日本、米国からの警戒心や反発を払しょくする必要がある一方で、アジアの新リーダーの存在感アピールという点が最重要。他方で、日本は会議の場を利用して日中、日ロ、日米、日韓首脳会談の実現、中でも凍結状態だった日中首脳会談の実現が政治・外交課題だった。
米国やロシアも同じく中国とのつかず離れずの関係維持しながらも、リーダーの立場をめぐって中国とせめぎ合いがあった。それに、韓国は中国と米国との間に挟まれたサンドイッチ状態の中で中国傾斜を強めているが、米国、さらにはロシアが自身の動きをどう見ているのか、値踏みも必要などがそれだ。
工場の一時操業停止や北京乗り入れ車の
走行半減指示などの強引な対策が効果
しかし今回のコラムでぜひ書きたいのは、実はこうした思惑いっぱいの首脳会議のことではない。中国共産党政府が、APEC首脳会議開催にあたって強権発動し北京に青空を人為的に創出させたことだ。つまり権謀術数渦巻く首脳会議のカゲで、意外に見過ごされがちだった環境問題にスポットを当てようということだ。
大気汚染の元凶だったPM2.5(微小粒子状物質)を取り除くため、中国政府は工場の一時操業停止や北京に乗り入れる自動車に関して排気ガス抑制のため偶数・奇数車の交互走行指示といった、さまざまな対策を講じた。おかげで北京に青空が一時的によみがえった。北京の市民にとっては、強引な規制を受けて不満がいっぱいであるのは間違いないが、同時に、待望した青空を目にすれば、我慢したかいがあった、というところだろう。
だが、首脳会議の夜に、大量の花火が打ち上げられた。雰囲気を盛り上げる演出だったのだろうが、その映像を東京のテレビニュースで見て、私は驚いた。北京市民のみならず北京周辺地域の住民にまで、たき火やわらを燃やす野焼き、爆竹鳴らしなどはいっさい禁止と命令を下し、市民生活を徹底的に抑え込んでいながら、ひどい話だと思った。首脳会議のための特別措置だ、と開き直ったのだろうが、市民に強い不満が残ったのは事実だ。
「APEC後、工場は損失取戻しで一斉稼働、
汚染再発リスク懸念」と松野氏が指摘
現場取材重視の私も、今回ばかりは現場には行けなかったので、中国にいる友人にEメール連絡で情報収集した。そのうちの1人、精華大学・野村総研中国研究センター理事・副センター長の松野豊さんが興味深い話をしてくれたので、少しご紹介しよう。
「北京市民は大気汚染を極めて問題視している。1か月前も重度汚染状態が続いた。外国人が妻子を帰国させるとか、中国人の金持ちが北京脱出をしている、といったうわさが流れたため、中国政府も当時、危機感を強め、APEC対策も兼ねて、それまでの対策に加え、古い車の走行禁止など10か条に及ぶ対策を打ち出し、財政支出も大規模に実施した。APECで青空が戻ったのは工場の一時操業停止や自動車の走行量半減の指示など、国家行事優先の無茶な対策を打ち出した結果だ。北京市民は、対策を打てば青空を取り戻せるのだ、という実感を持っただろうが、恒久的にできるとは誰も思っていない。むしろ、APEC終了後は、操業停止を命じられた工場が損失を取り戻すために一斉稼働するだろうから、かえって重大な大気汚染になるのでないか、と市民は心配している」と。
北京オリンピック時に私も「青空創出」を実感したが、
中国環境汚染はその後本格化
中国共産党政府による強権発動による首都・北京の青空「創出」作戦は、今回に始まったことではない。2008年8月の北京オリンピックの時から始まっている。その7か月前の1月に、中国の省エネ問題調査取材で、私の先輩ジャーナリストと2人で北京に滞在した際、当時はPM2.5よりも、やや緩やかなPM10という基準値が議論の対象だったが、冬場の北京ながら1日も晴れ間がなく、どんよりして空気も重い感じがした。
私は帰国して成田空港で久しぶりの快晴に接して、空が青いというのはいいなと実感したが、そのあとの北京オリンピックで今回と同じ対策の結果、青空が実現した。当時、東京でテレビを見て北京滞在時との差を実感しただけだが、強権発動のすごさを感じた。
しかし中国の環境汚染が深刻さを加えるのはそのあとだ。北京オリンピック直後の2008年9月に、米国で大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破たんし金融システム不安に発展、いわゆるリーマンショックが世界中を震撼させた。当時、中国共産党政府は4兆元(円換算約72兆円)にのぼる巨額財政資金を使って公共投資を中心に景気対策を行ったが、成長のひずみともいえる環境汚染や公害問題が本格化した。その後遺症が今も大気汚染はじめさまざまな形で続いているのだ。
中国は経済大国誇示するならばそれに見合う
「責任大国」としての環境対策を
そこで、私は先に、中国の大気汚染など環境対策に関する問題提起したい。結論から言えば、中国はPM2.5に象徴される大気汚染に関して、周辺国の日本や韓国などに大きな影響を及ぼしている。中国は急速な経済成長を志向した結果、さまざまな環境破壊を引き起こしたため、危機意識をもとに、遅まきながら対策を講じつつあることは認める。
しかし、中国のアクションにはスピード感がない。速やかに、さまざまな対策を大胆に打てば、今回のAPEC首脳会議で見せたような形で効果が出てくる。問題は有事になった時に、あわてて実施するのでなく、平時から対策を計画的に講じることが必要だ。中国は、国内総生産(GDP)世界第2位の経済大国を誇示するのならば、それに見合った「責任大国」として、大気汚染はじめ環境対策を実施してほしい、ということだ。
日本もこれまでも中国に対し、日本自身の強みである環境制御技術、省エネ技術などを対中供与してきた。しかし中国が本気で取り組むならば、日本は世界の成長センターになり得るアジア全体の環境対策の意味合いもあり、中国を含めたアジア全体に対し、環境問題先進国として積極協力するし国際的な監視モニター役も務める気概で臨むと言いたい。
李克強首相は今年3月
「深刻化する大気汚染に宣戦布告」と言ったが、、、
中国共産党政府が対策に乗り出したというのは、2014年3月13日、中国国会にあたる全国人民代表大会終了後の記者会見で、李克強首相が「中国は深刻化する大気汚染に宣戦布告する」と強い表現で語った点だ。社会不安が政治不安になるリスクが高まったため、重い腰を上げたと言っていいが、問題は本気度で、それを監視する必要がある。
李克強首相は具体的には「昨年(2013年)、総合的な大気汚染対策を打ち出したが、すでに161都市でPM2.5の濃度を検出した。この数値は途上国で最も多い。環境悪化の現状に対し、政府は規制と同時に対策を強める。2014年に関してエネルギー消費を3.9%減らす。二酸化炭素(CO2)を排出する石炭2億2000万トンの消費削減に相当するが、違法行為があれば強力な手段と規制で徹底的に処罰する」と当時、述べた。
李克強首相が言及した中国の総合的な大気汚染対策は、昨年9月公表の「大気汚染防止行動計画」がそれで、具体的には今後5年間で北京や天津のPM2.5濃度を25%削減する。とくに汚染物質の排出源の鉄鋼業など国有企業を対象に排出削減目標を課す。中央・地方政府、国有企業など社会全体で4年後の2017年度までに総額1兆7000億元(円換算約29兆円)超の対策資金をつぎこむ――などとなっている。しかし私が中国共産党政府の本気度にこだわるのは過去、法改正したり、それに伴って計画や対策を打ち出しても、その場をとりつくろうだけのもので、着実な成果を挙げていなかったからだ。
中国の「責任大国」論は早く豊かな大国になること、
そのためには成長が必要の考え
中国にいる友人は興味深い話をしている。「共産党政府には、経済成長を抑えてでも人民の生命を守るという発想はない。持続的な経済成長が止まれば、あらゆる社会問題が噴出し社会不安から政治不安に拡大し国が崩壊するからだ。だから、政府は、環境汚染を制御しCO2(二酸化炭素)も抑制しエネルギーも節約する努力を続けるが、同時に経済成長も持続させる、という政策判断だ。初めに成長政策ありきだ。これは譲れない」という。
さらに、私がこだわった「責任大国」論に関しても、その友人は鋭い指摘をしている。「中国政府や共産党のエリート層の『責任大国』に関する概念が全く異なる。中国は早く豊かな強国になりたい、それが出来て初めて周辺国に対して責任ある国家になる、という論理だ。つまり、中国が主体となってアジア全体を豊かにすることが重要なので、中国はそのためにも成長政策によって豊かになる必要がある、という発想だ」と述べている。
中国が短期間の急成長政策の結果、PM2.5など大気汚染やさまざまな問題で周辺国に迷惑を及ぼしているのでないか、という指摘に対しても、これまでの先進国の資源浪費、さらには先進国が中国への資本進出などで環境問題を中国に持ち込んだのであって、迷惑を蒙っているのは中国自身だ、という被害者意識が先行するので注意が必要だ」と述べている。となると、日本としては、あまりギリギリと中国を追い詰めず、大国意識をくすぐりながら、環境政策対応で応分の責任を果たせ、と責任論を展開することなのだろうか。実に悩ましいところだ。
米中首脳会談で温室効果ガス削減新目標?
実現すればすごいがまずお手並み拝見
このあたりの原則論は、これまで中国が国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で主張していた論理と同じだが、今回のAPEC首脳会議終了後に行われた米中首脳会議で、ちょっとこれまでと異なる事態になった。米中首脳が地球上の温室効果ガス削減の新たな目標づくりで合意したのだ。これは正直言って、ビッグサプライズだ。
具体的には、米国は2025年までに2005年比で温室効果ガスを26~28%削減すると公表。同時に、中国も2030年ごろまでをCO2排出のピークとし、中国国内のエネルギー消費に占める石炭、石油など化石燃料以外の燃料の比率を約20%とする目標を掲げたのだ。しかも、米中両国首脳会議の共同声明で、世界の3分の1以上の温室効果ガスを排出する米国と中国という2大排出国が、世界の気候変動問題で主導的な役割を果たす時代に来た、と言及している。
習近平中国国家主席が、もし本気で気候変動問題で米国と一緒に主導的な役割を果たすと踏み込んだのならば、さきほどの手前勝手な中国の「責任大国」論から、一歩も二歩も踏み出すことになる。となれば、PM2.5問題を含む大気汚染はじめ、さまざまな環境破壊問題に関しても、中国は「責任大国」の責任を果たす必要が出てくる。過去に、これらの話では、期待先行で裏切られることが多かったが、米中首脳会談で、まさに「瓢箪から駒」状態となったのならば、こんなにハッピーなことはない。とはいえ、まずはお手並み拝見というところだろうか。
AIIBに加え、BRICS5か国による新開発銀行誕生、今後は開発金融摩擦も
ただ、現実問題として、今回のAIIBと先行して、今年7月に中国、ロシア、ブラジル、インドなど5か国によるBRICS新開発銀行が動き出している。この開発金融にかかわる新銀行もAIIBと同様、具体的に、どんな運営、事業形態になるのか、はっきりしない。
しかし中国が他のインドやブラジルなどと一緒に、仮に、世界銀行やアジア開発銀行などによる戦後の地域開発金融機関体制などに対する戦後レジームへの挑戦、新たな対抗軸の構築を全面に押し出して、アクションを起こした場合、政治的な思惑が強い実効性の弱い金融機関だと突き放してもいられない。それどころか、既存の世界銀行やADBなど地域開発金融機関との間で開発金融の手法をめぐって、深刻な摩擦が起きる可能性さえある。
貸し込み競争で開発金融基盤が損なわれる事態回避のため、
日本が先進事例を
私自身は、日本の外交戦略軸としては、以前から、2015年12月のASEAN地域経済市場統合をきっかけに、ASEANとの連携軸を強めるべきだという考えでいるが、その面で今後、ASEAN向けプロジェクトをめぐって、今回の中国主導のAIIBなどと開発金融の現場で摩擦もあり得るかもしれない。ただ、その場合、AIIBがインフラ融資の、いわゆる貸し込み競争に陥って、開発金融の基盤を損なうようにしてしまいかねないことだ。そのためにも、日本はADBで培った開発金融ノウハウをベースに、途上国向けのインフラ融資などが健全に運営され、それぞれの国で発展の軸足になるようなモデル事例をつくり、AIIBなどに事例説明していくリーダーシップが必要だ。いかがだろうか。
関連コンテンツ
カテゴリー別特集
リンク