今や貧困問題は最大の政治かつ社会問題、放置は許されぬ 政治は早急に雇用創出目標を、「農業再生で雇用の受け皿」


時代刺激人 Vol. 20

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 昨年末、大都会・東京のど真ん中にある日比谷公園で聞きなれない「年越し派遣村」という名前の「村」が開設された、とのテレビのニュースを見て、とても衝撃を受けた。「村」に集まった人たちは突然の「派遣切り」で職場ばかりか、今まで住んでいた会社の寮からも追い出され、行き場を失って寒空の下で年越しをせざるを得ない人たちだった。
 テレビで、ボランティアの人たちが炊き出しで湯気の出ている食事を振る舞うと同時に、テントでの休息用にと、寒さよけ毛布などを手渡している映像が映し出され、それがまた胸を打つ。地震などの突然の災害で被害にあった人たちとは違って、経済失速状況の中で突然、否応なしに行き場を失って途方に暮れている人たちが対象になっているからだ。
このニュースを他の場所で見ていた似た境遇にある人たち、口コミで伝え聞いた人たちが続々と日比谷公園に集まってきた。当然、臨時寝泊りのためのテントなどの数が足りなくなってしまう。そこで、年明けの1月2日に「年越し派遣村」の村長であるNPO法人、自立生活サポートセンター「もやい」事務局長の湯浅誠さんらが政治に働きかけた。さすがに舛添厚生労働相もこれを見過ごすわけにはいかないと、日比谷公園から目と鼻の先の厚生労働省の講堂を失業者の人たちに開放した。行政も動かざるを得なかったのだ。

麻生首相が「年越し派遣村」で「派遣切り」の現実に接すれば政治不信は薄れた
 結論から先に申上げよう。これら派遣労働などで働いていた人たちが突然、企業の都合でいとも簡単に切り捨てられホームレス化して公園のベンチなどで寝泊りを余儀なくされたりとか、ネットカフェで疲れた身体を休める間もなく朝方から新たな職探しのために動き回らざるを得ない、といったことは明らかに異常事態だ。
豊かさを背景に成熟した国家になったと政治家が自負していた日本で、今や貧困問題が、社会問題であると同時に政治問題になってきている。政治がこういった状態を放置することは許されない。
 内閣支持率が急降下している麻生首相は、政治家得意のパフォーマンスでもって、居酒屋で若者たちのサークルに合流して気勢を上げたりとか、下町の店にぶらりと入ってテレビカメラを意識しながらお年寄りの客に声をかけてポーズをとる。
しかし、私に言わせれば、麻生首相が冒頭の日比谷公園の「年越し派遣村」に飛び込んで派遣切りの現実にしっかりと耳を傾け「この現実は看過できない。日本の政治指導者として、貧困問題を放置せず、今すぐにも手をつける」といったことを約束すれば、政治に対する不信の目も少しは薄れたかもしれない。

社会活動家の湯浅さんは演出家、行政を動かす「計算」「戦略」があった?
 それに比べてNPO法人、自立生活サポートセンター「もやい」事務局長の湯浅誠さんの活動には敬服する。今回の「年越し派遣村」の問題は、私の勝手な見方だが、活動家の湯浅さんには「計算」あるいは「戦略」があったのでないかと思う。
早い話が、年越し、そして新年という日本人が一時的にせよ、お祝い気分にひたるタイミングを狙いメディアを通じて厳しい現実を浮かび上がらせる、国民のだれもが知っている日比谷公園を使って、派遣労働や非正規雇用の問題などを行政課題にする厚生労働省に揺さぶりをかける、衆院総選挙を控える政治に対しても「国民はあなたがたの行動をじっと見ていますよ。貧困問題に真っ正面からの取り組みを期待していますよ」という無言のメッセージを出そうとしたのでないだろうか。なかなかの演出家であり、戦略家だ。
 この湯浅さんの著書、「反貧困」(岩波書店刊)という新書版の本がベストセラーになっている。湯浅さん自身、東大大学院法学政治学研究科博士課程を途中で止め、1995年、つまり14年前から、自らホームレス支援活動に乗り出してNPO法人のほかに反貧困ネットワークの事務局長などを兼務している。

日本は一度転んだらどん底まですべり落ちてしまう「すべり台社会」
 かつての学生運動のアジテーターのような反体制の活動家とは全く異なる。既存の労働組合の労働運動リーダーなどとも、もとより違う。市民や住民の中に入り込んで、自ら先頭になって活動しながら静かに市民レベルでのネットワークをつくりあげていく。間違いなく新しいタイプの社会活動家であり、社会派リーダーだ。
「反貧困」はぜひ読まれたらいい。「一度転んだらどん底まですべり落ちていってしまう『すべり台社会』の中で、『このままいったら日本はどうなってしまうのか』という不安が社会全体に充満している、と感じる」と湯浅さんは述べている。
さらに、「私たちは大きく社会を変えた経験を持たず、(中略)社会連帯を築きにくい状況にある。しかし他方で、アメリカ合衆国のように貧富の差が極端に激しい社会に突入することには、多くの人が抵抗感を持っているはずだ」「『このままではまずい』と『どうせ無駄』の間をつなぐ活動を見つけなければならない。そうした活動が社会全体に広がることで、政治もまた貧困問題への注目を高めるだろう」と。
この最後のくだりを読まれて、私が言った「湯浅さんは新しいタイプの社会活動家であり、かつ演出家、戦略家だ」という意味がご理解いただけよう。

「雇用の保険」など抽象論ではなく「300万人JOB創出」といった具体的数字を
本題に戻って、政治がどういったアクションを取るべきか。実は、そのことで申上げたいのは、欧米の政治は、実にリアルに問題対処しており、これを見習うべきだ。たとえばオバマ次期米大統領は2年間に300万人の雇用創出、正確には300万人分のJOBを生み出すという言い方をしている。そして政権スタートと同時に、それに見合った具体策をこれから打ち出す。ところが日本の政治家は、ほぼ間違いなく官僚の作文をそのまま使い「雇用の確保」「雇用不安の解消」といった抽象的な言い方ばかりなのだ。欧米がすべてベストとは思わないが、こと、失業問題、貧困問題に対する政治の取り組み姿勢に関しては、欧米の方に力強い期待が持てるような気がする。いかがだろうか。
 そこで、最後に、政治は問題になっている製造業派遣制度の見直しなど取り組み課題が多いが、私はJOBの創出という点で、1つの提案をしたい。
農村高齢化に伴い耕作放棄地が増えるなど荒廃懸念が強まる日本の農業再生のために、さらには日本の食料自給率向上のために、冒頭の人たちに、農業の現場で働く場を提供し農業の新たな担い手になってもらうことだ。

農業の担い手確保や食料自給率向上ともからめ農業の現場に就業機会を
 当然、後継者がいない農家に入り込んでも給与の支払いでカベにぶつかる問題が出かねないので、受け皿となる官民合同の組織をつくり、そこが就職あっせんから、さまざまな生活バックアップの仕事を行う。政治がバックアップする形で所得補助もする。
それに合わせて、企業の農業への新規参入も大胆に認める。今ある農業生産法人ともども株式会社あるいは法人組織にして、農業をアクティブなものにする。第1次産業の農業が主導して第2次の製造加工、さらに第3次のサービスや流通までを結ぶ第6次産業の発想でいけば、他産業で仕事をしていた人たちの力量が生かされるかもしれない。
 農業は発想を変えれば、さまざまなビジネスチャンスがある。今回の問題をきっかけに農林水産省が農林畜産、そして漁業の後継者含みで、若者や失業者の人たちに就業機会を提供する、という「田舎で働き隊」事業構想を打ち出している。1年間の派遣期間というが、もっと大胆にやればいい。
貧困の問題が、こういったことで100%解消されることはない。しかし少なくとも、今回の景気失速をきっかけにした企業の現場での「派遣切り」問題で大きく政治、そして社会問題になった貧困問題に、政治がまず真っ正面から大胆に取り組むことが必要だ。

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