ノーベル物理学賞3氏独占、それに化学賞のダブル受賞はすごい 日本の科学研究が世界水準にあることの証明、日本は捨てたものではない


時代刺激人 Vol. 10

 ワクワクする話が飛び込んできた。2008年のノーベル物理学賞に南部陽一郎氏、益川敏英氏、そして小林誠氏の3氏が10月7日に決まった。日本人が、まるでオリンピックの金銀銅の3つのメダルを独占するような形での受賞で、驚きだったが、翌8日には化学賞で下村脩氏が受賞され二度びっくり。世界中の科学者にとっては垂涎(すいえん)の的のノーベル賞を日本人が一挙受賞というのは、本当にすごい。日本の科学研究が間違いなく世界水準にあることを証明したわけで、胸を張って誇りにしていいことだと思う。
 とくに、日本国内では、米国の金融システミック・リスクがグローバルに波及して大変な危機的状況にある時に、政治が解散総選挙のタイミング探りに躍起となる政局型政治に終始している。その一方で、食品偽装事件や「振り込め」詐欺事件などが起きるといった衰退の兆候が随所に見られる。それだけに、このノーベル賞受賞は、われわれに元気を与えてくれるばかりか、この国は捨てたものでない、という気持ちにしてくれる。

率直なところ、下村氏が、オワン型のクラゲから発光の仕組みを発見し緑色蛍光タンパク質を分離し人間などの細胞内で動く分子にくっつけて細胞観察する、という生命科学の発展に貢献したというのは、ある程度、理解できた。しかし、南部氏ら3氏の素粒子研究は、なかなか理解が及ばなかった。南部氏の「対称性の自発的破れ」が質量の起源を理論的に説明するものだ、と言われても、ウーンと思わずうなるのが精いっぱい。

ほぼ半世紀前の発見を評価するスウェーデン王位科学アカデミーも見事
 でも、もう1つすごいと思ったのは、ノーベル賞選考委員会があるスウェーデン王立科学アカデミーの存在だ。南部氏や下村氏の発見は40年以上も前のもの、益川、小林両氏の共同研究も30年以上も前のもの。ほぼ半世紀も前の発見や研究成果を人類にとっての成果として、今日的に評価しノーベル賞を授与するというのは、見事な見識だ。
いまのようなスピードの時代に、ほぼ半世紀以上も前にさかのぼる、というのは気の遠くなるような話だ。そればかりでない。その間に、さまざまな技術進歩や新たな技術革新があるはず。それを超越して、しっかりと基礎科学研究の成果を評価することを忘れていない。そこがスウェーデン王立科学アカデミーのすごさと言っていい。
 1973年にノーベル物理学賞を受賞された江崎玲於奈氏(横浜薬科大学長)が著書「限界への挑戦」(日経新聞出版社刊)で興味深い話をされている。紹介させていただこう。 「ノーベル賞は国家、人種、信条教義を越えたグローバルな賞です。言うまでもなく科学の研究業績が、それらを越えて客観的評価ができるということが、ノーベル賞のような国際賞を可能にしたのです。賞の選考過程を通じて、必然的に科学の世界では初めて研究業績の評価、ランク付けが導入され、研究の世界に大きな刺激を与える競争を引き起こすことになりました。それが結果的に科学の進歩を著しく促進させました。これこそ、ノーベル賞の最大の功績ではないでしょうか」

「国は研究現場に3-5年で結果出せと成果主義を求める。冗談じゃない」
 ところで、私が、問題提起したいのは、ほぼ半世紀以上も前の素晴らしい研究や発見がノーベル賞の受賞対象になったのは、誇りにすべきことだが、現代の日本の現場はどうなのか、国際的な評価に耐える研究が続けられているのかどうか、という点だ。
 ある大学の研究者の話を聞いて驚いた。「国から研究助成を受け開発研究に取り組んでいるが、国も財政が厳しい状況もあってか、3-5年で結果を出してくれとうるさい。確かに、予算制度が単年度主義で、会計検査院も予算執行がちゃんと行われているかチェックを入れるので、予算を出す側は成果主義を求める。しかしわれわれからすれば、冗談じゃない、のひとことだ。科学の研究なんて、すぐに結果が出るわけじゃない」
国の科学技術などに対する研究開発投資が、研究現場に早く結果を出せと、せかせる成果主義に走っては本末転倒だ。

文部科学省が出した「平成20年(2008年)版科学技術白書」にはサブタイトルがついていて「国際的大競争の嵐を越える科学技術の在り方」とある。
ポイントは、米国がかつて、モノづくり技術を武器にした日本の製造業の急激な台頭に危機感を抱き、官民一体で強力な科学技術政策、イノベーション政策を進めよという「ヤング・レポート」などで競争力回復を遂げたが、いまもそれをベースに世界のイノベーションセンターになっていること、最近は中国など新興経済国が後発のメリットを生かして台頭する大競争時代にあること、このため、日本は科学技術政策に関して、グローバルな視点からの取り組み、世界戦略が不可欠だ、というもの。

科学技術立国めざすにはどうするか、ノーベル賞受賞を機に議論を
 2006-10年度の第3期科学技術基本計画では、研究開発予算を25兆円想定しているが、07年度が3.5兆円にとどまり、米国の17兆円、中国の10兆円には及ばないため、あえて世界戦略が不可欠と白書でアピールしたようだ。
今回のノーベル賞受賞を1つのとっかかりにして、日本の科学技術力をどうするのか、科学技術立国をめざすにはどうしたらいいかを議論すればいいと思う。
 2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治氏は、今回の日本のダブル受賞に関するメディアインタビューで「日本の科学技術政策が時として、実利や経済効果が求められてきている中で、本当に基礎の、(そしてさらに)基礎の科学が認められたことはうれしい。これからの基礎科学研究者を勇気づけるものだ。日本としても自信を持っていい」と述べている。

企業はMOTで技術開発の成果を求めるが、国は科学技術の競争力強化を
 これに対して、ある企業の技術担当幹部は「今回のノーベル賞受賞は素晴らしいこと」と率直に基礎科学研究の成果を評価したうえで、「ただ、企業ベースでいえば、素粒子ではモノを生み出さない、企業としてメシが食えない、という問題がある。われわれの立場では、技術開発に関しては経済効果を求めざるを得ない」と述べている。
確かに、企業の現場ではMOT(MANAGEMENT OF TECHNOLOGY、技術経営)が定着している。要は、研究開発投資を行っても、その研究がどこまで市場価値を持っているか、製品化によってどれぐらいの付加価値を生むか、知的財産を含めた特許戦略ビジネスにつながるか、といった形で、マネージメントと研究開発現場が連携する経営手法だ。企業としては、研究開発投資は成果と無縁ではないのだろう。
 しかし、こと国家レベルみれば、「科学技術白書」でも問題提起しているとおり、米国が世界のイノベーションセンターになり、また中国が成長力を誇示しながら後発のメリットを生かして追い上げてくるのは間違いなく、日本としても科学技術の国際競争力の強化を進めざるを得ない、と思う。  現実問題として、日本の戦略的な強み、弱みを挙げた場合、技術水準、技術力は強みの部類に入っている。問題は、今後、競争力強化する場合、どういった分野を戦略的にとらえるかだろう。まさに、今後、詰めていかねばならない問題だ。

「とてつもないことを考えるのが好き」という南部氏のスケールの大きさは魅了
 ところで、余談だが、南部氏がメディアのインタビューで、40年以上も前の発見がいまになって国際評価の対象になったことの感想を求められた際に、「発見が早すぎたなんて、ことはありません。私は、ずっと先の、とてつもないことを考えることが好きなのです」と述べたのが印象的だ。本当にスケールの大きい人だ。 ただ、日本に帰る予定は?と聞かれたら、南部氏は「ありません。米国で研究を続けます」と。87歳になっても、この元気ぶりだが、研究環境としては米国が抜群にいいということだろうか。となると、人材流出をどう受け止めるかも国が考える問題かもしれない。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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