日本の食文化は間違いなくソフトパワー、もっと戦略的な強みに 佐賀のルール破り和牛持ち出しは非常識、食材・食品輸出には課題山積


時代刺激人 Vol. 29

海外では今や日本食が大変なブーム。とくにスシがSUSHIという名称で広く受け入れられ、モスクワでは中国料理店よりも、スシ店を中心に日本食レストランの数が多いというのだから驚きだ。これまで一般的だった「健康食」に加え、最近は「おいしい」「安全」が大きなポイントになっている。日本食には隠し味を含めて奥深いものがあるが、日本の食文化は漫画やアニメとともに優れた伝播力などがあり日本のソフトパワーと言ってもよい。技術革新力などと並んで日本の戦略的な強みの部分ともいえる。この際、日本は、その強みの部分をおおいにアピールすべきだ。
 ところが、この問題をいろいろ調べてみると、日本が日本食文化、そして日本食そのものを世界に誇れるものにするには、意外に解決すべき問題や課題が多いのだ。たとえば、海外で展開する日本食文化の担い手で、かつメッセンジャー役ともいえる日本食レストランの抱える問題も数え切れないほどある。そればかりでない。農林水産省が日本産食材のもとになる農産物の輸出を2013年に1兆円にするプロジェクトを掲げているが、食品の安全性に絡んで認定が必要な HACCP(ハサップ、危害要因分析にもとづく必須管理)といった法制度への取り組みが遅れるなど、輸出に向けた行政対応の遅れも無視できない。

実は、最近、日本食の国際シンポジウムのプロジェクトにかかわり、いろいろなことを見聞するチャンスがあった。そこで、今回は、ぜひ、ソフトパワーにすべき日本の食文化にはどういった課題があるか、チェックしてみよう。

佐賀牛PR用なので、イスラム教の「ハラール」証明なくてもOKと独断
 まず、愕然とする話から始めよう。東京新聞「こちら特報部」が調査報道によって3月10日付け朝刊でスクープした「佐賀県、イスラム認証不備のまま日本の輸出検疫証明も受けずにUAE(アラブ首長国連邦)へ佐賀牛肉を不正持ち出し、日本総領事公邸などでの食材PRに使用」という見出しの記事だ。同じジャーナリストとして、この「こちら特報部」の取材力、問題意識はとても評価しているが、今回の問題は、和牛輸出に必死ゆえの佐賀県のフライングでは済まされない根深い問題がある。
 その報道によると、佐賀県が、高級な和牛ブランド肉という位置づけで佐賀牛をオイルマネーで潤う中東湾岸諸国へ積極的に売り込むため、2008年11月、アラブ首長国連邦の受け入れ条件を満たさず、かつまた日本の検疫も受けずに、佐賀県の担当職員の手で15キロの牛肉を手荷物に入れて持ち込んだ、というものだ。アラブ首長国連邦はイスラム教国なので、牛肉の持ち込みに際しても条件が厳しい。食べること自体がご法度の豚肉とは明確に区分された処理場で食肉用に処理されるべきであること、さらにイスラム教徒の職員が祈りをささげた「ハラール(合法的な)」牛肉であることが重要なのだ。宗教戒律が経済行為にも影響を及ぼしているのだが、日本から輸出する場合、アラブ首長国連邦が認めたイスラム団体の発行する「ハラール証明書」、さらに日本政府発行の感染病に汚染されていないことを証明する検疫証明書が必要なのだ。

ところが今回の場合、イスラム団体から、佐賀県の食肉センターが牛肉と豚肉の処理設備に明確な分離壁がなかったため「ハラール認定」ができない、と待ったがかかっていたという。にもかかわらず佐賀県側は、日本総領事公邸での単なる食材PR用のものでビジネス業務用でないから大丈夫だろう、との判断で持ち込んだ、というのだ。
しかし、ここで問題がある。日本は海外の日本食ブームに乗って、10年前の1999年ごろには米国や東南アジアなどに対して最大310トンの和牛肉を輸出していたが、口蹄疫、そして狂牛病(BSE)発生で輸出ストップ状態に追い込まれていた。国内の畜産農家には大打撃だったが、その後、BSEは問題なしとなり、2005年12月に日米合意で対米輸出が再開、そして香港、カナダも輸出OKとなった。中国、台湾、シンガポール、アラブ首長国連邦、欧州共同体(EU)などには輸出解禁を要請中だが、未だに進展が見られない。つまり問題になったアラブ首長国連邦は、佐賀県の強い輸出意欲とは別に、政府間ベースでは完全にゴーサインになっていない。佐賀県の勇み足が歴然だ。

海外の「日本産食材や食品使いたい」ニーズに「待った」かける4つの壁
 さて、私が最近かかわったNPO法人、日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)の国際シンポジウムの絡みで興味深い話があるので、それをお話しよう。シンポジウムに際して、海外展開する日本食レストラン企業のうち、500社を対象にアンケート調査、そして現場経営者のヒアリングを行い、課題抽出に努めた。日本産の食材や食品をどの程度使っているか、そのうち日本からの輸入割合、現地調達のウエートはそれぞれどのくらいか、ぜひ輸入調達したい日本産食材や食品は何か、輸入したくても難しいものがあるとすれば、何が障害、壁になっているか、政府への注文や要望は何かーーなどを聞いた。
 結論から先に言おう。海外の日本食レストランは、日本食ブームに乗って和牛肉や米、まぐろなど魚介類、ゆず、すだち、生わさびや京野菜など日本産の食材や食品を使いたい、輸入したいーーが多かった。しかし、それを阻む4つの壁が重くのしかかっていて、思うように輸入調達ができない現実があるのだ。
4つの壁は、1)日本食レストランが航空貨物などを使って急いで輸入することで価格が結果的に高くなってしまう価格の壁、2)物流にさまざまなネックがあり、十分かつスムーズに日本産食材や食品を手に出来ない物流の壁、3)日本政府と外国政府との間の法制度上の問題、とくに欧州共同体の食品の安全性に絡んでEU認定が必要なHACCPといった法制度の壁、4)国際マーケットでの商品市況や為替などの変動といったマーケットリスクの壁、現時点では為替の円高の壁だ。

EUのHACCP制度が障害でかつおぶしなどを輸入できず、日本政府が対応の声
 ここでは、第3点の法制度の壁にしぼろう。実は、海外の日本食レストランは、この問題を最もシビアに受け止めていて、現地の各国政府に対する不満よりも、むしろ日本政府が積極的に行動しないことに対する不満が強い。とくに、食品安全や食品衛生という観点から、外国産の農産物、とくに種(タネ)のある野菜、それに原産地証明がない水産物の輸入に対して規制を加える欧州共同体のHACCP承認制度に苦しむ日本食レストランが極めて多いのが印象的だった。
欧州共同体のHACCP承認制度のあおりで、どんな問題があるかというと、欧州の日本食レストランは、日本食のベースになるかつおぶし、あるいはゆずなどが制度にひっかかって日本から輸入できないのだ。
欧州で日本食材・食品を取り扱う企業の経営者は「日本では、かつおぶしの使用を制限、もしくは禁止にしているというわけでない。むしろ安全面で何も問題視していない。それなのに、なぜ、欧州では輸入することすら認めないのか理解に苦しむ。日本政府が日本の水産加工業者にHACCP承認をとりつけるようにバックアップすれば済む話だ」と強い不満を漏らしている。
別の日本食レストラン経営者は「われわれもEUの食品安全に対するこだわりに反対ではない。むしろ、それはそれで重要なことだ。ただ、現場から見ていて、日本の政府サイドが、国内農業の産業保護との絡みか、受身の姿勢になりすぎていて、輸出マインドがほとんどない、輸出に対応する相手国の法規制にどう対応するかといった意識に欠けているのでないか。だから、輸出促進と掛け声はいいが、いざ、われわれのような海外で日本産食材を必要としている輸入サイドの実情把握ができていない。だから分析も不十分、対策の手も行き届かず、ということになる」と述べている。

海外の日本食レストラン、実は中国、韓国系経営者が80%以上という現実
 ところで、日本食文化の担い手の問題として重要な点がある。海外では日本食ブームに乗る中国系、韓国系の企業が実質的に日本食レストランを買収などで手に入れて経営し、現地調達した野菜や魚、肉に調味料をつけ日本食の味を出して売っている面がある。現に、米国にある約1万店の日本食レストランは、日本人経営者が後継者不足、調理人確保の困難さなどを理由に、身売りして経営権を手放し、約80%に及ぶ店が中国系あるいは韓国系米国人の手で経営されている。シンガポールでも同じで、3000ある日本食レストランの90%は中国系シンガポール人が経営、残りがわずか日本人だという。
そうしたレストランは、日本産食材・食品の日本からの輸入には必ずしもこだわらない。むしろコストや採算重視からすれば、日本食レストランの看板を掲げていても、実体は日本食まがいの食べ物になっている現実がある。もちろん、中国系、韓国系の日本食レストランにすべて問題があるわけでないが、われわれが、日本食文化はソフトパワーといった部分にこだわりを持つならば、海外の日本食レストランの経営実態などをしっかり見極め、日本食文化を定着させるにはどうしたらいいか、端的には中国系のレストランの経営者や調理人の人たちに日本食文化、その背景にある調理技術、衛生などにまで気を配る文化などを伝えていく、といったことを、真剣に考える時期に来ているのでないだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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