日本の製造業には今が試練の時 超円高嘆くよりも構造問題に目を


時代刺激人 Vol. 172

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 エレクトロニクス、自動車など日本の成長を底上げしてきた輸出競争力あるものづくり産業群の企業決算が最近、急速に悪化したことをきっかけに、メディアの現場報道は危機感をあおっている。

エレクトロニクス、自動車など日本の成長を底上げしてきた輸出競争力あるものづくり産業群の企業決算が最近、急速に悪化したことをきっかけに、メディアの現場報道は危機感をあおっている。主要な新聞の経済面の見出しを拾い出しても、おどろおどろしい表現が目立つ。「ものづくり大国の危機 製造業決算総崩れ 技術優位性にかげり」(読売新聞)、「電機産業 興亡の岐路 世界市場 主導権失う 生き残りをかけ事業再編成を」(日経新聞)といった新聞記事の見出しがそれだ。

超円高などは過去に何度も経験、
むしろ足元揺るがす構造変化の見極め重要

確かに、これら輸出産業の「めぐる情勢」を見た場合、為替1つとっても、デフレにあえぐ日本経済の実体とかけ離れたレベルでの円高によって、否応なしに価格競争力がもぎとられている。輸出先市場の欧州や米国の先進国市場が金融システム不安による経済失速のあおりで輸出額の伸びが確保できない。東日本大震災やタイ洪水などでものづくりの現場での、いわゆるサプライチェーンが寸断された。また、技術開発力の力が落ちたのか、世界の市場シェアをとれる決定的な新製品を生み出せないことなども重なっている。

しかし、こうした業績や収益の悪化はいずれも、過去に何度かあったことで、総悲観に陥る話ではないはず。極端な話、たとえば為替1つとっても、時計の振り子と同じで、円高の行き過ぎの反動がいずれ外国為替市場にやってきて、円安に大きく逆振れするリスクが否定できない。また、欧米経済などがダウンサイドリスクを抱えて、このままズルズルと奈落の底へ落ち込んでいくとも思えない。そういった意味で、一喜一憂する必要はない。むしろ、製造業の将来を揺るがす構造問題がないかどうかの見極めこそが、企業経営に課せられた課題だ。そこへの対応を怠れば、それこそ奈落の底に落ち込むことになると思う。

旺盛な内需消費市場にさまざまな問題、
優れもの企業が消耗戦からどう脱却?

そこで、今回は、前回コラムで何も手を打たなければ超人口減少社会に陥るリスクにからめて、日本の製造業、ものづくり産業に構造問題があるとすれば、どういったものなのか、ぜひテーマにしてみたい。

私からすれば、日本の製造業にはさまざまな課題があり、それぞれの企業がどう課題解決に取り組むか、成功モデル事例をもとに、文字どおりの企業革新力で取り組んでほしい。日本の製造業はまだまだ潜在的なパワーを持っており、衰退の淵にあるなどとは思っていない。ただ、現実問題として、人口減少に伴う内需の先細りに加えて、内需そのものが成熟社会の消費構造に新たな問題が出てきていること、そうした旺盛な内需とは違った日本の市場構造のもとで、優れものの企業が、エネルギーをすり減らして消耗戦を繰り広げるリスクの問題が出てきている。まず、この現実にどう対処すべきかが課題だと思う。

蛭田さん
「成功体験もとに1億人市場での勝利にとどまっていてはダメだ」

ずっと以前の89回コラムで取り上げた旭化成前社長の蛭田史郎さんの話を、ご記憶かどうか、わからないが、今回の私の問題提起にぴったりなので、再度、ご紹介したい。蛭田さんが経済産業研究所セミナーで「ポートフォリオ転換の経営から見たケミカル産業の将来」という話をされたのを、たまたま聞くチャンスがあって、経済ジャーナリストの感覚から言って、いま日本の製造業が直面する問題はこれだ、と思った。

蛭田さんは「これまでの日本の産業の成功パターンは、1億人のうるさ型消費人口の国内市場で勝ち抜き、それを武器に欧米中心の10億人の世界の商品市場に進出しシェアを勝ち取ってきた」という。確かに、そのとおり。しかし蛭田さんは「今や世界は新興国の消費購買力を含めた40億人の市場を軸に急拡大しているのに、日本産業は過去の成功体験をもとに1億人市場での勝利にとどまっていて、経営資源のすべてをグローバル基準で対応する態勢にない」と指摘した。今や当たり前ともいえるが、なかなか鋭い分析だ。

蛭田さんはグローバル市場でシェアとるように事業の枠組み替えを提案

そして、ポートフォリオ転換の経営、というセミナーでのテーマにからめて、蛭田さんは、「日本産業が1億人の日本国内市場で勝ってもドメスティックな勝利にすぎない。ポートフォリオ転換の経営からすれば、今や40億人のグローバル市場を対象に、すべての事業の枠組みを組み替え、世界でのシェアをとる戦略展開が必要だ」というのだ。

率直に言って、企業にはそれぞれ固有の特性があり、すべての企業がこのビジネスモデルで一気に地方区や国内区から一気に、国際区に行ってグローバル競争の場でシェアをとる、という戦略転換が可能かどうかむずかしいだろう。しかし間違いなく、大きな流れはグローバル競争に比重をかけざるを得ない。あとは個別企業のマネージメントの判断だ。

私が、蛭田さんの話の中で、とても興味を持ったのは「日本産業の過去の成功パターンが、1億人のうるさ型消費人口の国内市場で勝ち抜き、それを武器に欧米中心の10億人の世界の商品市場に進出してシェアを勝ち取ってきたが、もはや、その成功モデルにこだわっている時代でない」という部分だ。

先細る内需に1業種5、6社がしがみつくように消耗戦の競争は考えもの

日本の製造業の現状を見た場合、エレクトロニクスしかり、自動車しかり、化学しかり、どの産業を見ても、5ないし6つの企業がひしめき合って熾烈な競争を繰り広げている。
いずれも優れものの企業ばかりで、「わが社だけは勝ち残る、生き残る」と言いながら、激しい競争に巻き込まれている。
しかも、その競争は、バブル崩壊後の失われた10年、そして20年と長く続くデフレ状況のもとで、表現悪いが、ユニクロ型、あるいは牛丼チェーン型の低価格競争に、まるで蟻地獄のように吸い込まれてしまい、利益を上げきれない不毛の闘いに終始してしまっている。

言うまでもないことだが、中国など新興国で低い賃金労働でつくられた製品が日本市場に輸入され、それが国内企業の製品価格を押し下げていることも大きい。日本のデザインを中国などに持ち込み低コストの現地生産でつくりあげた製品を日本に輸出するユニクロのようなビジネス展開の企業の影響もあるが、中国などの現地企業も、日本の成熟市場をターゲットに安値の輸出攻勢をかけていることがさらに競争に拍車をかけている。日本の製造業企業のほとんどがこの競争に巻き込まれて経営体力をすり減らしてしまうジレンマに陥っているのが現実だ。

1億人成熟市場の消費構造が変化、
大量生産・大量消費型企業には合わない

そればかりでない。日本国内の1億人の内需市場の消費構造にも大きな問題が生じてきた。当然、おわかりだと思うが、高齢化の「化」がとれて、高齢社会化するに従って、大半の高齢層は身の回りにさまざまなものを持っているため、仮にモノに対する購買意欲が出ても、それは買い替え需要でしかない。新製品が出ても、自分には無関係とばかり、見向きもしないケースも多い。

言ってみれば典型的な成熟社会の消費構造に変わりつつある。もちろん、医療や介護がらみで、新たな需要創出のチャンスがあるが、エレクトロニクスや自動車などの大量生産・大量消費を基軸にした企業にとっては、内需の先細りに加えて消費構造に大きな変化の出てきた日本の1億人市場に、いつまでも安住するということは考えにくい、ということをわかってきている。しかし、蛭田さんの問題指摘どおり、過去の成功体験もあって、まだ1億人という巨大な成熟市場の魅力にこだわっているのが現実だ。

かつては品質要求高い消費者に鍛えられて製品開発し
先進国市場でも評価

かつては、この1億人市場が企業にはプラスに働いた。品質要求が高い、また安全・安心を求める消費者のニーズにこたえて、企業側がさまざまな工夫をこらして製品開発を続けるうちに、その製品は着実に消費者の購買意欲をそそって着実に売り上げ増、利益増につながった。企業間での競争も好循環で、品質競争の競い合いがいつしか、海外、とりわけ先進国の成熟市場に輸出しても、需要増につながり、日本のブランド評価も得た。

一方で、新興国市場でも経済成長に伴う都市化、中間層の広がりで、これら品質の高い日本製品に対する需要が見込めた。新興国向けには同じブランド製品ながら、不必要な機能を外して、買い求めやすいように低価格で販売した。いわゆる先進国市場向けにハイエンド、新興国市場向けにはローエンドという価格政策でうまくすみわけができた。

アジア金融危機で1業種2社体制に切り替えた韓国の追い上げで
身動きとれず

この日本の製造業の枠組みに、大きくくさびを打ち込んだのがサムソンエレクトロニクスなどの韓国企業の攻勢だ。すでに以前のコラムでも取り上げたが、彼らは人口4800万人の狭い内需市場を見限って、むしろ経営資源の大半をグローバル市場に移し、ブランド戦略はじめさまざまなマーケッティング手法を使うのみならず、デジタル技術を巧みに活用して、進出先の現地市場にニーズに合う製品を独自に開発して、しかも低価格で売るというビジネスモデルで一気にグローバル市場のシェアを握った。

1997年のアジア金融危機で韓国経済が厳しい危機に陥った教訓のもとに、国家の産業政策の一環で、1業種2社体制に、いわゆる管理淘汰し、逆に過当競争体質に歯止めをかけた。今では、エレクトロニクスで言えば、サムスンエレクトロニクスとLGの2社が国内、そしてグローバル市場の双方でうまく競争しながらプラス志向で活動している。

日本は1億人市場にいつまで安住できるか、
グローバル型、国内型で棲み分け?

議論仲間のある大学教授の友人は「韓国企業の1業種2社体制のような大胆な管理淘汰の産業政策は、日本では到底とりえない。経済産業省がそんなことでも計画しようものなら、総スカンだし、今の経済産業省の行政体質からしても、とる気がない」という。 そして、その友人教授は「それよりも、日本の製造業が、どの企業も自分だけ別とタカをくくって、この1億人市場に安住したままでいるリスクだ。韓国企業みたいに、4800万の人口ならば、狭い内需ということで否応なしに国際区に活路を求めるが、日本企業にとっては、今や1億人市場が中途半端に捨てきれないのが問題だ」という。

私は、蛭田さんの指摘したように、グローバル市場に大きく経営の舵を切る企業が必ず必要になってくるのは間違いないと思う。しかし同時に、その企業の特性からして、徹底した国内市場重視の経営で行く国内型企業があってもいい。いずれにしても、表現がよくないが、管理淘汰はあり得ないにしても、1業種5、6社も存在する状態がいつまでも続くわけがなく、どこかで厳しい自然淘汰の時期が来る可能性がある。その時までに、経営がどういった選択をするかだろうか。厳しい時代に入ったことだけは間違いない。

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