「異質との積極交流でジャパン・イノベーションを」――韓国学者の提言は貴重 経年劣化したシステム見直してバージョンアップも、とても参考になる鋭い指摘


時代刺激人 Vol. 97

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 これは面白い、と思わず読んでしまった本が最近、ある。それは韓国の経済学者の魏晶玄さんが書かれた「日本再生論」(エンターブレイン社刊)という本だ。米国ワシントンでは、経済に勢いのある中国や韓国の動向を探るセミナーが研究者らでいっぱいになるのに、日本セミナーは閑散としていて1980年代の日本研究の熱気はどこへ行ってしまったのだろうか、という話を以前、米国シンクタンクから帰国した友人から聞いてがく然とした。閉そく状況に陥って活力がなくなった日本から学ぶものはない、ということなのだろうかと思いながらも、日本って、まだ捨てたものじゃない、よく見てくれよ、と言いたくなる。それだけに、しっかりとした日本分析をもとに、日本の再生へのアドバイスをしてくれる外国人が出現すると、思わずうれしくなる。

そこで今回は、経済ジャーナリストの目線で「なかなかポイントをつく指摘。素晴らしい」と感じさせる魏晶玄さんのメッセージを引き合いにしながら、日本の企業再生、産業再生の問題を考えていきたい。著者の魏晶玄さんは現在、ソウル中央大学経営学科准教授で、47歳の中堅学者だが、もともとは日本での生活体験が長く、東京大学大学院でも博士号を取得し、日本と韓国の間の架け橋役をめざす人だ。
いくつかあるメッセージ・ポイントの核心部分は「日本は素晴らしい文化を持ち合わせている。しかし今こそ海外の異質文化との積極交流でジャパン・イノベーションを図るべきだ」、「日本が誇りにする完璧なモノづくりをベースにした社会システム、オペレーション・システムを、激動のグローバル社会という新時代に合わせて最適化し、経年劣化した個所を見直してシステムそのもののバージョンアップする時期に来ている」などだ。

等質性と組織力で渡り合ったモノづくり日本には今や多様性が課題とも
 これだけでは、メッセージがちょっとわかりにくいかもしれないので、いくつか本のポイント部分を引用させていただこう。
「グローバル社会、とくにインターネット上の仮想世界が新しい秩序を生みだしつつある今、日本にはいくつかの対応が考えられます。1つは、旧来のメンタリティに基づく社会構造そのものを変えること、もう1つは社会システムの変革とともに、『新時代』に必要な人材を育成していくことです」、「日本人はこれまで同一民族、同一の価値観のもとに結束を固め、組織力で世界と渡り合ってきました。鉄鋼、繊維、自動車などモノづくり立国として等質性を大きな武器にして、経済大国への道を歩んできました。ただ、その背景をなす社会システムそのものは気付かないうちに日々、リニューアルされています。顔も人格も見えない、そして国境も人種も関係ない仮想社会がインターネットを通じて確立していきつつあるのです。その中で、(さまざまな異質とのチャレンジ交流など)多様性こそが日本人にとって真っ先にクリアしなければならないテーマです」と。

日本型の官僚支配的な組織ではイノベーションは起こりにくい、変革は進まない
 魏晶玄さんはさらに言う。「社会不安が広がれば広がるほど、『リーダー待望論』の声は大きくなるものです。昨今の日本はまさにその状況にあります。未曾有の金融危機によって、経済的な先行き不安感が広がるなか、与野党ともに腰の定まらない政治状況が続いているし、高齢化社会へ突き進みながら年金、医療、介護などの社会保障に対する疑問や問題点はいっこうに解決の糸口が見えてきません。このような閉そく感が世の中にまん延しつつあるのも、現在の日本に真のリーダーが存在しないからでしょう」と。

そして、「この問題を根本的に解くカギはやはり、リーダーが『異質』(部分と)数多く交流することにあります。そういう環境の中で、情報をコントロールし判断力を養っていくしかありません。資質ある人間には子どもころから出来るだけ『普通とは違う経験』を重ねさせるようにすることと同じです。これは火急を要すると同時に、20年後、30年後の社会を見据えて取り組まねばならない重大テーマです」と魏晶玄さんは述べている。

要は「個人よりも組織を優先させる社会構造によって大国になった日本。しかしインターネットを軸にIT(情報技術)時代に突入して以来、そのシステムは機能しなくなってきた。権限の振り分けをはじめとする組織の仕組みそのものを根本から見直す時期に来ている」と。さらに、「日本型の官僚支配的な組織ではイノベーションが起こりにくい。議論が段階を踏むうちに、その前提が陳腐になるほど、スピード化が進んでいる。最終的にはリーダーが強烈な指導力を示さなければ変革は進まない」と。ここでいう官僚には民間官僚の「民僚」の部分も含まれているのは言うまでもない。なかなか鋭い指摘だ。

日本企業もコマツの中国人トップ起用などグローバル対応が少しずつ進展
 ここで魏晶玄さんが盛んに言う異質部分との交流は、いろいろある。インターネット上を通じて、互いの顔が見えなくても英語など多様な言語を駆使してタフにビジネスチャンスを探っていくこと、しかもそれをマーケットの時代、スピードの時代に加えてグローバルの時代にフレキシブル対応できるようなリーダーづくり、組織づくり、そして社会のシステム変革につなげていくこと、また海外から優秀な人材の受け入れをどんどん進め、場合によっては経営の中枢に抜てきする「人材開国」を行うと同時に、海外でも現地化を進める、とくに日本企業の海外現地法人では経営にパートナー感覚で外国人人材の登用を図ること――などで日本企業がグローバル企業化していくべきだ、という。

そういった点では、90回目のコラムでユニクロのファーストリテイリングや楽天が、日産自動車など先行する企業に続いて社内の英語公用化に取り組んだ話を評価したが、日本企業もグローバル対応で危機意識が芽生え、世界と本気で競争する気になってきた感じがしている。言語コミュニケーションにとどまらず、マネージメント人材に関しても踏み込んだ国際人材の活用を期待したいが、建設機械メーカーのコマツは中国市場戦略の一環として、中国にある数多くの現地法人のトップについて、中国人の優秀な人材に経営をゆだねる大胆な方策を打ち出している。
また日本板硝子も「小が大をのみこむ」形で英国の大手企業を買収しながらも、経営トップには英国人を起用すると同時にマネージメントシステムも日本仕様ではなくグローバル仕様でいく、といった形で、今や日本企業のグローバル対応が着実に進みつつある。しかし魏晶玄さんが「日本再生論」で問題提起している点は、われわれが日ごろ、見過ごしていたり、忘れていた点がいくつかある。自分たちの立ち位置を考え、次への戦略展開を考える意味で、とてもヒントになる。興味をもたれた方には、ぜひ一読をお勧めする。

ロボットの解釈が日米で異なるのは面白い話、日本はむしろ時代を先取り
 ところで、魏晶玄さんの本の中で「おやっ」という形で思わず引き込まれた面白い話がある。それは、ロボットの解釈が日本と米国とでは基本的に異なる、という点だ。魏晶玄さんによると、米国ではロボットはあくまでも人間の手によって作り出された奴隷的な存在であり、役に立たなくなったら廃棄処分の対象。また発達したロボットは自分たちの立場を脅かす「敵」とみなすなど悪者としてのイメージが定着している。ところが日本人はロボットを「友だち」として扱う。一緒に仕事する仲間であり、楽しさを分かち合う相手なのだ。だから、自動車工場で働く溶接ロボットについて、米国では「1号、2号、3号」と数字で識別するのに対して、日本では「アキラ」「ハナコ」といったちゃんとした人間の名前をつけている、という。
ロボットと人間の関係では、日本人はいい意味でのパートナーシップを築こうとしている。だからこそ、ロボット開発の分野で日本は世界をリードし、グローバル化の先頭に立っている。欧米的な思想のもとでロボットが大量生産されたら、そこには大きな「文明の衝突」が発生するかもしれないが、モノづくりで先行する日本は、グローバル化が進む国際社会の中で逆に先進例になっている。
キリスト教文化の浸透した欧米では、あらゆる概念が二分法によって区分けされ、天使と悪魔、善と悪、正と邪といった形で、ロボットに関しても共存するという発想がない。むしろ、米国などが日本の優れた発想を見習う必要がある、と魏晶玄さんは指摘している。
戦後、日本では「アメリカナイゼーション(米国化)」が進み、結果として、効率性や合理性などのメリットを享受し自分たちの生活の中に取り入れ、それが当たり前になってきた。今、経済面で新興国の中国やインド、インドネシアなどでは同じような米国化が社会の中に浸透し始めているが、魏晶玄さんが言う、日本がグローバル化の過程でさまざまな異質との出会いがある中で、日本の持ついいものを新興国などにアピールして欧米にない国際社会文化を作り出す担い手になることも案外、重要なことかもしれない。

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