日本が東アジアで取り残される?「アジアと早期にFTA」は掛け声倒れ 中国、韓国は市場拡大益を最優先、国内農業保護にこだわらずFTA締結


時代刺激人 Vol. 96

 最近、アジアで、それも日本の近くで地殻変動が起きつつあるな、と思わず感じたのは、かつて政治、軍事面で敵対していた中国と台湾が6月29日に経済協力枠組み協定に調印したことだ。協定は、中国と台湾が双方ともWIN、WINの関係になるように、互いに経済協力の枠組みをしっかりつくろう、というものだ。ひと昔前までは、中国が1つの中国論にこだわり台湾を武力介入で併合することも辞さずだったし、他方で台湾も中国共産党政権を敵視し大陸反攻を口にする関係悪化の時期があった。その意味で、これはまさに地殻変動だと言っていい。日本政府は、この動きをどこまで読めていたのだろうか。

そこで、今回は、この経済協力枠組み協定が中国と台湾で取り交わされたことの意味をじっくりと考えたい。それと同時に、世界の成長センターのアジア、とりわけ中国、韓国、日本が大きな経済圏を持つ東アジア地域で、地域経済統合につながる自由貿易協定(FTA)、あるいは経済連携協定(EPA)が急展開しつつあるのに、なぜ日本の取組みが遅々として進まないのか、そこをぜひ問題にしたい。下手をすると、2国間でのFTAにとどまらず広域FTA締結がどんどん進み、そこでも日本の決断遅れによって取り残されてしまう、という最悪のシナリオになりかねないのだ。正直言って、デフレに苦しむ日本が、世界の成長センターから取り残されるリスクは重大だ。

中国は台湾と経済協力枠組み協定に調印、香港含め「2012年対策」が狙い
 中国、台湾の双方に精通している友人の専門家などの話を聞くと、中国の思惑が先行している。中国は2012年の台湾総統選挙を視野に置き、中国との関係強化、融和路線を進める馬英九総統の再選のバックアップのためには、今、経済協力枠組み協定を結んでおけば、選挙時の2年後に大きな経済効果が出てきて、台湾の人たちにとって中国との融和政策は意味があった、と実感させることが可能、との戦略的な判断があったという。
そればかりでない。この2012年は、香港で行政長官と立法議会議員の2つの選挙がおこなわれる重要な年。香港では選挙制度改革をめぐって、香港民主派が1989年の天安門事件以来、中国政府と対立してきたが、今回、中国政府が民主派の改革案を受け入れ事態は急展開し、民主派との関係改善が図られつつある。中国は選挙をしても親中国派の議員が多数派となる布石を打つ必要があると譲歩すると同時に、台湾よりも7年も先行する中国と香港との経済貿易緊密化協定の実を上げ、一体感を強めようとしたのは間違いない、という。

中国は農産物で市場開放、逆に台湾には農産物、労働とも開放を要求せず
 このうち、本題の中国と台湾との経済協力枠組み協定に話をしぼろう。今回の協定では中国側の気遣いは相当なものだ。最大の焦点の関税引き下げに関しては、中国側が台湾の267品目に対して、ほぼ2倍の539品目にまで認めている。とくに台湾の関心品目の農業産品18品目はじめ、漁業産品、産業機械、自動車部品、自転車、鉄鋼、医療機器などに関しては門戸を開放している。そればかりでない。中国側は、台湾に対して農産物輸出の市場開放を求めなかったばかりか、労働市場に関しても要求しなかった。中国と台湾の市場規模の差を考えれば、早い話が「大人の協定」であることは間違いない。

中国は台湾の「香港・マカオ化」によって一国二制度化をめざす?
 私なりに考えてみると、この底流には多分、中国が台湾との経済協調を第一義にして融和を図り、いずれは台湾の「香港・マカオ化」、つまり一国二制度化をめざそうとする狙いがあるのでないかと思う。そして、その先には中国が台湾の再統一を考えるのか、あるいは一国二制度状態にして、シンガポールなどを含めた「大中華圏」の実現という現実的な選択をするのか、いずれかがあることは間違いない。 そのためにも、中国にとっては2012年の台湾総統選挙で中国との融和派の馬英九総統の再選は重要命題であり、バックアップ体制をとるべきだとの判断に至ったのが、今回の歴史的な経済協力枠組み協定の締結でないかと思う。しかし、台湾の独立派の巻き返し攻勢は当然、予想されることで、事態の推移を見守るしかない。

ただ、今回の中国と台湾との経済力枠組み協定の締結で、台湾は早くもシンガポールとの間で今年中に同じような経済協力協定の締結に向け、協議に入ると発表している。これは極めて意味がある。台湾としては、中国との関係改善をきっかけに、今後、海外で台湾の認知をしてもらうことで、一種の「日陰の身」から晴れて海外で動き回ろうという考えがある。問題は、中国がどこまで容認するかだが、2012年問題、さらに将来の一国二制度化を考えれば、柔軟に対応していくのでないか、と私は考える。
それに、現実問題として、中国にとっては、台湾のさまざまな経営資源は今や中国の沿海部を中心に欠くことが出来ないもので、あとで述べるアジア全体を視野に入れた広域FTA戦略の展開上も、台湾には重要な役割を担わせたい、という判断があるのでないかと思う。そういった意味でも、今回の経済力枠組み協定の締結は、戦略的な判断が色濃く伴う地殻変動と言っていい。

日本のFTA締結が遅々として進まないのは国内農業市場開放がネックに
 さて、ここから本題の日本のFTAへの取り組みだ。結論から先に言えば、多くの方はご存じのはずだろうが、日本がFTAはもとよりEPAに関しても、遅々として締結が進んでいないのは、国内農業保護が優先されているからだ。だから、これまで締結が行われたシンガポールなどいくつかの地域や国との締結は大半が農業の市場開放が大きなテーマになりにくい所ばかりだ。

歴代の旧自民党政権は、農業が大きな票田、支持基盤だったため、農業政策に関しては自由化対応を含め政策が後手後手に回ってしまい、結果として、今のようなグローバル化の時代には対応に窮するばかり。政権交代した民主党政権も同じ課題を背負っている。今のところ、民主党政権は、農家への戸別所得補償制度の導入をとっかかりに、局面打開を図ろうとしているが、参院選での民主党大敗に伴う政治のねじれ現象で、農業政策のみならず、あらゆるマクロ政策が身動きとれない状況に陥り、とても大胆な局面打開の政策展開が期待できない悲しい状況になってしまっている。

農業も6次産業化で競争力つく、農業保護優先であらゆるチャンス犠牲は疑問
 しかし、私が全国の農業生産者の現場を歩き回って、いろいろな人たちの取組みを見ていると、農業生産法人化を通じて企業経営手法を取り入れて改革に取り組んでいる事例、さらには第1次産業を中心に、市場流通に頼らずに第2次、第3次の産業分野まで主導的に経営展開する「6次産業論」を実践して、儲かる農業を実現しているたくましい先進モデル事例が成功しており、十分に競争力がつき始めている。
 もちろん、FTA締結をきっかけに、中国が台湾に対して、台湾の強みである農業への配慮もあってか中国農産物市場の開放に応じたように、日本が今後、中国や韓国などとのFTAでは何らかの農産物市場開放は避けて通れない。関税の引き下げも大きな課題になる。当然のことながら、人件費などコスト面で競争力に欠ける日本農業は、安い農産物が流入してきた場合、厳しい競争を強いられる。

その場合、政治が、海外の農産物との競争に耐えるどころか、勝ち抜くための構造改革に取り組めばいい話だ。農業保護のために、あらゆるチャンスを犠牲にして、FTA問題の先延ばしをすることはない。それどころか、日本農業はモノによっては、はるかに大きな付加価値をつけた輸出競争力があり、十分に対抗できる部分もある。この機会に、日本農業の本格改革に取り組むのは、まさに政治の決断だろう。

アジアは広域FTAで成長拡大に弾み、デフレ日本が取り残されるリスク回避を
 それよりも、中国と台湾との経済協力枠組み協定締結で、韓国が強い危機感を持ち、とくに中国市場で台湾と厳しい競争を強いられるとの判断から中国とのFTA交渉に乗り出すという。すでに韓国は、日本よりもずっと先行して、米国やEU(欧州連合)とのFTA交渉を終えて、今や一気に、米国やEUとの貿易自由化による市場拡大のメリットを享受しようとしている。
もし中国と韓国との間で中韓FTAが締結に及べば、東アジアで中国、韓国、そして台湾を含めた大きな共同市場が出来上がり、貿易自由化を背景にした経済交流が進む可能性が高い。中国や韓国はそろって、FTAによる市場拡大のメリットを優先し、課題を背負うそれぞれの国内農業に関しては、別の構造改革で対応しようとの考えなのだ。日本が国内農業保護にこだわってFTAやEPAに踏み切れないのとは対照的だ。

はっきり言って、これら中国や韓国とASEAN(東南諸国連合)、インドとの広域FTAも、その先に見えてきている。アジアは着実に広域市場づくりをめざして動いている。鳩山由紀夫前首相が昨年の政権担当時に提案した東アジ共同体構想は、今や、どこへ行ってしまったのか、という感じになっていて、とても残念だ。日本よりも農業の比重が高いアジアの国々が、リスクをとりながら踏み出していることを考えると、日本は、自らのデフレ脱却のチャンスとの発想でもってFTAやEPAに踏み出し、同時にアジアの地域経済統合に向けてのリーダーシップをとる努力が必要だ。そうでないと、本当に取り残されてしまう。みなさんは、この点、どう受け止められるだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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