農水省は国民や納税者よりも、どう見ても役所防衛、身内労組が大事 人事政策トップ秘書課長自ら違法な組合ヤミ専従問題で資料改ざんは異常


時代刺激人 Vol. 31

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

霞が関の農林水産省でまたまた、国民の信頼を失墜させるような事件が起きた。今回は、地方の農政機関まで含めると巨大な行政組織である農水省の人事政策の頂点に立つ秘書課長が、国家公務員法で禁じられている「ヤミ専従」問題について、調査資料を改ざんして「ヤミ専従」がゼロである、とメディア取材に対しウソの説明をしていた、というのだ。これは間違いなく官僚体質にかかわる問題で、人事政策トップの秘書課長自らが国民や納税者のことよりも、まずは農水省という役所の利益、組織を守ること、そして労働組合配慮を優先させるためにルール違反もやむなし、との感覚でいたということに他ならない。
 納税者の視点を持ち出したのには、もちろん理由がある。国家公務員の給与支払いに関しては、国民の税金である予算を当てているが、「ヤミ専従」は、給与をもらいながら無許可で労働組合活動に専念するもので、国家公務員法では禁止しており、言ってみれば違法な税金使用。年金問題を取り扱う社会保険庁でも、この「ヤミ専従」が明るみに出たため、厚生労働省は昨年12月、違法行為していた社会保険庁職員16人、その上司24人を背任容疑で東京地検に刑事告発した。国民の貴重な税金を間違って使っているとの判断からの告発だが、今回の農水省の事件は、そういった意味で、秘書課長が、納税者の国民よりも役所利益や組織の防衛の立場に立って行政を司っている、としか思えない。

石破農水相は看過できず更迭人事したが、問題の根は深い
 さすがに石破茂農水相は看過できないと、この秘書課長と担当官の2人を更迭した。しかし石破農水相は昨年9月就任以来、農水省内部に若手官僚を中心に改革チームを組織し農水省の行政組織改革、そして農政改革に取り組んできた矢先のことだからショックも大きいのだろうが、言ってみれば行政、そして官僚の体質そのものに構造的問題がある、ということだ。そこで、今回は、農水省の問題を中心に霞が関の行政官庁、官僚に共通する問題を取り上げてみたい。
まずは、今回の農水省秘書課長の「ヤミ専従」問題に関する調査資料改ざんの話を、ご存じない方もおられるだろうから、簡単に触れておこう。インターネット上の農水省ホームページにある3月26日の井出道雄事務次官の「無許可専従問題に関する資料改ざん」での記者会見部分を読まれたらいい。
現場重視の私にとっても、いつもタイムリーに現場に駆け付けるなどということは到底できないので、行政官庁の場合、ホームページ上の大臣会見や事務次官会見などでチェックする。マーケットの時代、スピードの時代に財務相や日銀総裁などの言動が金融マーケットなどに大きな影響を与えることがあるので、こういったインターネット上の記者会見内容は重要な意味合いを持つ。ところが、この井出事務次官の記者会見内容は、次官自身の発言が組織を守る側の発想があって歯切れ悪いうえ、メディアの突っ込みも足りないため、全体としては何ともかったるく、ダラダラ記者会見で、何ともいただけない。

官庁労組への気配りに問題、井出次官が「国民本位の業務を」と言っても説得力なし
 問題はこういうことだ。要は農水省の現場で「ヤミ専従」の実態がある、との告発メールが人事院に投げつけられたのがきっかけ。連絡を受けた農水省秘書課が全国46の地方農政局・事務所などにいる全農林労組の組合幹部を対象に調査したら、142人に、その疑いがあった。そこで、農水省秘書課は組合側に事前通告して再調査を行ったら48人に減っていた、そして組合側に事前通告して3回目の調査を行ったら、長時間にわたって無断で席を外していたりする「ヤミ専従」はなぜかゼロになった。そして、この問題をひそかに取材していた読売新聞に対して、秘書課長は調査の日付けを改ざんしたりして「48人のヤミ専従の疑いがあると見られたが、問題はなかった、ゼロになった」とうその説明をした、というものだ。
秘書課長は全農林労組との間で緊張関係をつくりたくないと判断したのか、調査日などはすべて事前に連絡している。この問題では、全農林労組に話が聞けていないので、いい加減なことは言えないが、常識的に考えて、本省の秘書課から問い合わせが来るとなれば、現場で口裏を合わせるように、という行動に出ることは容易に想像できる。
 しかも産経新聞が3月20日付の朝刊で報じたところによれば、栃木農政事務所で4年前の2005年10月、コメ検査をめぐる不祥事でボーナスなどの減額を受けた職員30人に関して、農政事務所幹部が組合側の補てん要求に対して、トラブルで業務に支障が出るのを恐れて懇親会などのために積み立てていた「部課長会費」から現金54万円を支出して充当していた、という。官庁労組への気配りが優先され、官僚としては本末転倒だ。
井出次官は記者会見で「国民本位の業務を行わなければならない国家公務員として、あってはならないこと」「我が省の中枢の秘書課長で、次官としても最も信頼する課長職ですから、そういう人が私に断りなく、大それたことをしているなんて、つゆ思いませんでした」「食品偽装などを(担当官庁の立場で)暴いていて、その本家本元が偽装や偽造していたのでは話にならないのではないか、というご批判に対しては、頭を下げるしかありません」という言葉に終始した。何ともレベルの低い話だ。

農水省官僚体質には「前科」、三笠フーズやミートホープ不正告発でも後手後手
 それにしても農水省では、こういった行政や官僚体質の面で「前科」があり過ぎる。際立った問題で言えば、昨年9月に事故米でのずさん処理が発覚した問題が1つ。米粉加工の三笠フーズという悪質企業が、農薬やカビ毒で汚染されていた工業用の外国産米について安く払い下げを受けたあと、食品加工用に転売して巨額の利益を得ていた問題だが、福岡農政事務所が現場チェックに行きながら、お座なりの立ち入り検査で不正を見抜けなかった。腹にすえかねた関係者から不正指摘の告発があって、やっと問題の根の深さが浮き彫りになったが、行政対応が後手後手だったことに大きな課題を残した。
もう1つは、食肉処理会社ミートホープの食品偽装事件だ。その会社の元役員が農水省の北海道農政事務所に内部告発したのに、あとでわかったことだが、北海道農政事務所担当者が放置していた。その元役員は優柔不断で問題先送りの行政対応に我慢ならずメディアに持ち込んだ。メディアの独自取材で問題が表面化した途端、行政は一転、批判を恐れて事後的に対応し立ち入り検査し、初めてミートホープの食品偽装が経営者の確信犯的な許されざる行為で、消費者を欺いていたことが判明している。
 霞が関の行政官庁のうち、農水省、厚生労働省、国土交通省といった巨大な現業部門を地方に抱える行政機関にとっては、労組との問題はセンシティブな領域であることは間違いない。現に、厚生労働省傘下の社会保険庁の年金記録記載漏れ問題は、古くは電子計算機導入問題をめぐる労組と行政側の対立が遠因であると言われている。今回の問題も背景を探れば、その問題に及ぶが、より本質的な問題は、霞が関の行政官庁は、どの目線で行政を行っているのかだ。それは言うまでもないことだが、国民目線であることは当然だ。

行政は「パブリック」概念を大事に、供給先行型の企業成長・国家成長は過去の話
 日本の制度設計を社会システムデザインという観点で見直そうと、今、友人たちと社会システムデザイン研究所を組織して、手始めに医療制度改革の問題に取り組んでいるが、友人の松田学さんが極めて興味深い問題提起をしているので、ご紹介しよう。 松田さんによれば、官と民という2つの軸に加え、パブリック、つまり「公」の世界を組み立てることがこれから重要。民が自らの選択で「公」を支えるとともに、そこに、市場とは異なる論理で価値を創造していく営みが、次の社会の設計として不可欠だ、という。そして日本の新たなシステム設計は、「官」、「民」、「公」を水平的に組み合わせるのではなく、「市民社会」を基盤に置いた「公」を上位に置いて考えていくことが大事だ、という。
私も、この松田さんの考えに共鳴しているが、松田さんの説にからめて、今回の問題を考えた場合、行政官庁が言葉としてパブリック概念を改めてしっかり受けとめ、行政を進める際の発想や行動規範などを、市民社会に基盤を置くことだろう。それは納税者としての国民や市民に対しても通じることだ。そういった意識行動でいけば、役所という組織だけを守ることに躍起となったり、官庁労組に気遣いしている状況でなくなる。
それに戦後、これだけ長い時間がたってくると、かつてのような供給先行型の意識行動、政策判断が時代遅れであること、市民目線、国民目線が重要だということがわかってくるはずだ。

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