TPP対応で農業をぜひ成長産業に 次々に先進モデル例つくって波及を

 日本がアジア大洋州での広域の自由貿易経済圏に入るかどうか大きなカギを握る環太平洋経済連携協定(TPP)の多国間交渉が7月15日からマレーシアで始まり、25日までのロングラン交渉となる。各国の温度差、競争力差が異なるうえ、国益もからむので、タフな交渉になるのは間違いない。
そんな中で、遅れて交渉参加する日本は、米連邦議会での日本承認手続きが終わる23日以降に交渉参加となる。現地で待機中の日本側交渉団も、いざ参加をめぐる交渉が始まった際、どんな立ち位置で交渉に臨むか、また関税撤廃の例外品目の問題に議論が及んだ場合、日本側の交渉カードをどのタイミングで切るかなど、緊張状態が続くことだろう。

北海道・浜中町農協は間違いなくモデル例、
企業連携で株式会社化して農業経営
そこで、今回のコラムではTPPがらみで大きな焦点となる農業の問題に関して、日本が守りにこだわるか、攻勢に転じるかの問題を考える際のヒントになる人の話を取り上げるので、ぜひみなさんなりに、日本農業の方向付けの手掛かりにしていただきたい。
最近、現場取材した農業者のうちで、さまざまな取り組みやチャレンジを行う頼もしい存在がモデル事例になる。北海道の釧路と根室の中間地域にある浜中町農協の石橋榮紀組合長だ。TPPをめぐる情勢に対応できるよう生き残りをかけて、といった悲壮感など持たず、攻めの農業展開を行って成功している点が素晴らしい人だ。

私の考えでは先進モデル事例の担い手がどんどん全国で輩出し、各地の農業者がそのモデル事例を見てTPP対応へのバネにし、攻めの農業ビジネスモデルの全体像をつくりあげていけばいいと思う。そうすれば燎原の火のごとく全国にモデル事例が波及し大きなパワーが現実化する。その意味で、日本農業を成長産業に押し上げる秘訣は、それら先進モデル事例をどんどん作り出すことだ、と時代刺激人ジャーナリストなりに考える。

農協組合長の石橋さんはシュンペーター流の創造的破壊論者、
攻めの農業に徹す
今回取り上げる石橋さんは、若いころの農協組合員時に酪農経営現場で個性を発揮し、青年部活動でもいい意味で暴れたそうだが、その後、マネージメント手腕が評価され農協経営にかかわって現在に至っている。組合代表理事、つまり組合長に就任したのが1990年なので、現在まで23年間もトップの座にある。現在73歳だが、年齢を感じさせない指導力や見識、行動力があり、それが他の追随を許さないのだろう。

取材していて問題意識の鋭さに興味を持ったのは、既存の農協組織の経営手法に対する強い不満や反発にはスジが通っていることだ。要は、全国の多くの農協が金融や購買、共済といった農協組織の維持のための営業に比重を置き過ぎて本末転倒であり、組合員農家向けの営農指導に力を注がなければ、農協そのものの存在感が問われるというのだ。
石橋さんは、農協の組織病を鋭く分析し、農協組織が時代の変化を積極的につかみとらず、ひたすら守りの姿勢に入れば、地域社会から孤立するだけだという。いわば経済学者シュンペーターばりに、創造的破壊に積極チャレンジし、攻めの農協経営によって実績をあげるべきだという考えなのだ。

2009年に企業に働きかけ株式会社「酪農王国」を設立、
企業の工程管理も導入
具体的には、石橋さんは酪農比重の高い浜中町農協の経営に関して、全国に先駆けて1981年に酪農技術センターを立ち上げて品質管理に力を注ぎ、強み部分を確立した。その一方で、企業の農業参入を積極的に受け入れ、企業の効率的な工程管理を学び組織強化に活かした。さまざまな形で時代先取りの農協経営を行ってきた点がすごいところだ。

この企業の農業参入、とくに農地保有に関して、全国農協中央会などは冷ややかな対応を変えていないが、浜中町農協はそこが全く異なる。石橋さんが主導し、2009年に農協と地元企業などの共同出資で、株式会社「酪農王国」というユニークな名前の企業を立ち上げ、大規模な酪農の農場経営に乗り出して成果を挙げている。企業との共同経営は当時、北海道のみならず全国でも初めてで、画期的だった、というから先見性がある。

ホクレンや全国農協中央会は石橋さんを異端者扱い?でも実績すごく口出しできず
北海道内の農協の連合組織、ホクレン農業協同組合連合会、さらには全国組織の全国農協中央会も一時、石橋さんに関して、組織の枠組みから外れた異端の人という扱いだった。しかし石橋さん自身は、お構いなし。企業の農業参入に道筋をつけると同時に、企業の活力を巧みに活用しながら、農協や企業が連携して地域社会のフレームワークをつくる地域再生モデルをつくり上げた。関係者の話を聞いたところ、組合員農家や地域住民の高い評価を受けていたので、農協中央としても口出しできないのが現実だった、という。

農協組織は既得権益擁護に走るばかりか、票田をバックに農業族議員を懐柔し、また霞ヶ関農政もコントロールしようとするなど、日本農業の改革や変革に待ったかける岩盤のような抵抗勢力だと批判される。私から見ても、その批判は当たっている。TPPへの対応1つをとっても、農協組織が瓦解しかねないことを恐れての守りが本音で、本当に農業者のためになっているとは考えにくい。その点でも石橋さんは農協改革者と言っていい。

福井県のJAたけふも農協改革論者、
組織から離れ独自の活動で収益上げる
少し話が横道にそれるが、7月17日付の毎日新聞朝刊で興味深い記事が出ていたので、引用させていただこう。福井県越前市の地域農協、JA越前たけふの富田隆組合長が「農家のための農協」を掲げて、肥料は飼料メーカーからの直接仕入れ、コメも系統農協出荷に委ねず消費者への直接販売に切り替えた。とくにコメに関しては台湾など海外への輸出にも取り組んだ。要は、上部組織の県経済連、さらに全国組織の全国農協連合会(JA全農)のルートを離れて、独自の購買、さらにコメなど生産物の販売に乗り出すことで、無駄な手数料支払いのコスト管理を厳密化し、収益向上につなげた、という。

浜中町農協の石橋さん、それにJAたけふの富田さんといった組合長は、率直に言って、農協組織が今や大組織病に陥ってしまい、農協本来の営農指導や組合員農家本位の購買や販売に携わっていない、という強い危機意識のもとに独自行動に動きだし、それぞれ成果を挙げているのだ。こういった農協人がいるのは、素晴らしいことだ。
TPPに関しても、議論のポイントとして大事なことは、日本農業を関税の壁で鎖国化した場合のメリットとデメリットがどうなのかをはっきりさせること、また農業を対外開放したことのメリット、デメリットも詰める必要がある。

TPPで関税撤廃となれば打撃が大きいが、
生乳では勝ち残れるとの自負
浜中町農協の石橋さんの話に戻そう。数多くある日本の農業分野で、今後、日本がTPP参加交渉で、仮に10年後の関税撤廃を余儀なくされた時に競争力の面で劣勢が避けられない、と見られているのが酪農だ。とくに日本の酪農は、乳牛のエサとなる飼料について、トウモロコシなどの配合飼料を海外に委ねざるを得ず、最大の弱み部分だ。
その弱み部分に加えて、ニュージーランドのような酪農生産国ではケタ外れの巨大牧場で生乳を加工してバターやチーズの大量生産を行い、コスト競争力の安さを武器に日本市場をターゲットにしている。そこをどう守りの対応をするか、そこは政治の問題であることは間違いないが、競争力の差は歴然としており、どう対抗力を持つかだ。

その点で、石橋さんの取り組みがやはり先進モデル事例だと思ったのは、浜中町農協が徹底した品質管理で強い競争力を確保している点だ。石橋さんによると、新鮮な生乳に関しては、品質の良さ対策をとっていれば、輸送距離などの面で外国産に対しては100%勝てる、というのだ。

米高級アイスクリームメーカーや横浜乳業メーカーが品質管理技術にほれ込むほど
実は、その品質管理技術への長年の取り組みが高評価を得て、浜中町農協は神奈川県の中堅乳業メーカー、タカナシ乳業と連携して全量納入すると同時に、高級アイスクリームで有名な米国系ハーゲンダッツの原料の一手引き受けを行っている。多くの酪農農家の悩みは生乳の販売先の確保だが、浜中町農協の場合、その心配が全くないのだ。

石橋さんによると、米メーカーは日本でサントリーと提携して、ハーゲンダッツのブランドで国内販売しているが、アジア市場の成長性を見込んで製品化を考え、原料調達先を求めて日本全国を歩き回った。その結果、浜中町農協の科学的な品質管理技術を見てほれ込み、躊躇なく決めた。ハーゲンダッツは世界ブランドなのに、原料の調達先は米国、フランス、そして日本の三つだけ。あの酪農強国のニュージーランドも入っていないことを知り、磨きをかけている品質管理技術に、ますます自信を深めた、という。

米メーカーには中国市場向けアイスクリーム輸出もさせろ、
と要求する自信経営
 石橋さんは、すでに述べたようにニュージーランドのような酪農王国との競争に関して厳しい対応を迫られることを否定しないが、「鮮度や品質面での生乳では浜中町農協は独自に培った強みがあり、それに磨きをかけることだ」という。面白かったのは、石橋さんが 「攻めの酪農という点では、中国市場に日本産のハーゲンダッツを輸出させろと米国メーカーに要求している。彼らのグローバル戦略では、アジアのアイスクリームはフランス産を活用している。しかし品質をチェックしたところ、間違いなく日本産、浜中町農協産の原料が勝っていた」という。こういった自信が、新たな競争力を生み出していくのだろう。

浜中町農協にこれだけ力があれば、第1次産業の酪農が自前の加工、流通までにかかわり、企業経営農業の6次化産業の戦略シナリオもあったはずでは?と聞いたところ、石橋さんは「北海道は自給率200%の生産地だが、首都圏のような大消費地がないので、6次化産業シナリオはない。むしろ優れた品質力を強みにした生産地であった方がプラスだ」という。自身の立ち位置をしっかりと見極め、強みを徹底して伸ばす経営方針なのだ。

全国の農業者が先進モデル事例づくりに取り組めば農業は成長産業になる可能性
今回、先進モデル事例として紹介した浜中町農協の事例は、酪農専業農協として、品質管理技術で強みを発揮し、米高級アイスクリームメーカーに「すごい」と思わず評価させる技術力を売りにする一方で、農業参入に意欲的な企業と積極的に連携することによって、工程管理技術のみならず、さまざまな経営ノウハウを吸収して企業経営農業に踏み出している点が先進例だと考える。

しかも石橋さんの経営判断で、太陽光発電もかなり早い時期に導入している。石橋さんによると、エネルギーの地産地消、それに割高の電力料金のコスト削減などの必要性から太陽光発電を導入した。国の固定価格での買い取り制度がスタートするかなり前からの導入だったが、乳牛の牛舎で活用する業務用対策が主なものだ」という。
繰り返しだが、こういった北海道の地域専門農協でも存在感を示すチャンレンジしており、全国の農業者がぜひ先進モデル事例づくりにまい進し、TPPを逆に活用し、新興アジアへの輸出にもつなげてほしい、というのが私の考えだ。

メコン経済圏諸国の現場レポート 経済に勢いあるが、課題は山積、日本は積極支援を

 いま政治不安が高まるタイで、経済にも影響が出てきて、先行きが大いに気になるが、経済自体は労働力不足が深刻で、失業率がわずか0.5%と完全雇用に近い状態だ。こんな話を聞かされたら、誰もが思わず身を乗り出して「本当なのか?」と聞き返すだろう。しかしこれは間違いない現実だ。
 完全雇用という言葉は、率直に言って経済学の教科書の世界を除けば、ほとんどの国で厳しい雇用不安の現実が続いており、「死語」になった、と思っていた。中でも金融システム不安に苦しむ欧州スペイン、政治不安で混乱が続くエジプトは若者を中心に失業率が2ケタのひどさだ。それらからすれば新興アジアのタイの現実はすごいと言っていい。

 そこで、今回から3回ほど、私が昨年11月にタイ、カンボジア、ベトナム、ミャンマーのメコン経済圏諸国、それにシンガポールを取材した調査旅行の話をもとに、最近の情勢を補強取材して新興アジアの現場で何が起きているかを集中的にレポートしてみたい。

政治不安のタイは意外にも労働力不足で
失業率が0.5%の完全雇用状態

まず初回は、冒頭の完全雇用状態にあるタイで、現インラック政権が過去に政策的に打ち出した最低賃金引き上げが引き金になって、タイのみならずメコン経済圏全体にさまざまな問題をもたらしている点を取り上げよう。
 日本では政府が民間企業の賃上げに政策的な介入など出来ず、むしろ社会政策的な意味合いで、賃金の下支えのために最低賃金額を決めているが、新興アジアの場合、日本と違って、政府の政策判断が企業現場に大きな影響を及ぼしている。

 タイ政府が最低賃金水準を政策的に引き上げると、出稼ぎ労働の形でタイに集まっているカンボジア、ミャンマー、ラオスなどの国々の人たちの賃上げにつながり、それが起爆剤となって、各国に燎原(りょうげん)の火のごとく賃上げが波及する。ここ数年のタイ政府の連続的な最低賃金の引き上げで、メコン経済圏の経済が間違いなく活性化した。しかし半面で、同じメコン地域にさまざまな問題を引き起こしつつある。

タイ政権の最低賃金引き上げ政策が
労働者所得増を通じ個人消費拡大に寄与

現タイ政権のインラック首相は実兄のタクシン元首相時代からの方針である政権基盤の確立のための貧困層への政策優遇策、端的には農民の所得補てんのために、市場実勢を超えた価格でのコメの政府買い上げ、そして労働集約的な企業の労働者の所得確保のための最低賃金引き上げの政策を打ち出した。
 当時、タイでの取材で聞いた話では、このうち、コメの高値買い上げは、財政負担を伴う上に政府米の在庫保管料の増大を通じて財政圧迫要因となって、政権側には重荷になっている。ところが、賃上げに関しては政権にプラスに働き、とくに労働集約的な産業・企業の多いタイで、賃上げが労働者の家計所得増を通じて個人消費の増加をもたらすと同時に、中間所得階層づくりにもつながった、という。
 賃上げのプラス効果はそれにとどまらなかった。最低賃金引き上げが、全国一律実施の政策だったため、タイ北部などの農民のうち、出稼ぎ労働に出ている人たちにとっては、コメの買い上げに加えての出稼ぎでの賃上げで、家計にダブルのプラスに働いた。インラック政権にとっては、この点が政治的な狙いどころだったのだろう。

周辺国にも賃上げ連鎖をもたらしたが、
カンボジアでは政治不安を引き起こす

 しかしタイの最低賃金引き上げ政策は、市場経済のもとで、すでに述べた周辺国への賃上げ連鎖を及ぼしたが、問題はそれにとどまらず、政治的な影響を与えてしまった。とくにカンボジアでは最低賃金引き上げをめぐって地元企業の現場でトラブルがエスカレートし、フン・セン政権を揺るがす問題に発展したのだ。
 カンボジアで聞いた話では、フン・セン首相が昨年2013年7月の総選挙で、当時のタイの最低賃金(米国ドル換算で月額345ドル)に到底及ばないものの、月額61ドルから80ドルへの引き上げを公約したが、日本企業などが操業するプノンペン経済特区で女子工員確保のために月額100ドルを出す企業も出ていて、現地企業労組は最低賃金の一段引き上げを求めるデモを行い、それが先鋭化したため、政治不安に発展したという。

カンボジアのフン・セン政権にすればタイ政権は
『余計なことをしてくれた』?

最近、カンボジアの一部企業の労組関係者が、賃上げ要求デモで逮捕された人たちの釈放への協力を求めて、米国やフランスの現地大使館に駆け込もうとしたため、フン・セン政権が強硬姿勢に出て逮捕者を出す事態に及んだのもその1つだ。
 ミャンマーはじめ他の国々でも似たような最低賃金引き上げを求める動きに発展し、それぞれの国で政治問題化しつつあることも事実だ。タイのインラック政権が保身のためにとった政策が市場経済化のもとで、周辺国に一気に波及し各国の政権を揺るがす問題に広がりつつあるというわけだ。
 カンボジアのフン・セン政権からすれば、ASEAN各国は互いに加盟国の政治には不介入が原則のため、引き金となったタイのインラック政権に対しモノ申すことはできないが、「余計なことをしてくれた」といった反発が根強く存在するのは言うまでもない。

2015年のASEAN地域経済統合を前に、
ASEAN全体で共通課題にできるか

これらメコン経済圏諸国を含めたASEAN10か国は、2015年12月に地域経済統合、市場統合をスタートさせ、加盟国間の関税率の撤廃、通関業務のスムーズ化など経済的な国境を取り外し、ヒト、モノ、カネの自由な往来を促すことによって、新たに域内10か国、6億人による巨大地域経済圏をめざそうとしている。そんな重要な時に、1つの国の最低賃金引き上げ政策で、周辺国が右往左往している現実に対し、ASEAN全体でどう立ち向かうのか、共通課題にして何か対応策を講じる動きに出るのかどうかだ。

 私個人は、ASEAN地域経済統合に弾みがつき、ASEANが新たな成長センターとなってくれることを期待すると同時に、日本がさまざまな分野で本格連携をすること、そして第233回コラムでも提案したASEANとの連携軸をもとに現代版三国志的な戦略展開を日本、米国、中国の3か国間で行うべきだと思っている。

タイの最低賃金引き上げが引き金になり
周辺国との生産ネットワーク化が進

 私がメコン経済圏のタイ、カンボジア、ベトナムをつなぐ南部経済回廊を陸路、クルマで走り、いろいろ見聞したいくつかの問題のうち、地域横断的な生産ネットワーク化の問題も、今後、さらに広がりを見せることで、どういった展開になるかが関心事だ。
 具体的に申し上げよう。タイの最低賃金引き上げ問題をきっかけに、企業経営の現場では賃金コストアップにどう対処するかが大きな経営課題となり、メコン経済圏で最大の産業集積地のタイでは、日本企業のみならずタイなどの企業が相対的に賃金レベルの低い周辺のカンボジア、ラオス、ミャンマーに分工場をつくる動きが活発化し、生産ネットワーク化が進んでいるのだ。

 この動きはタイ、とくに首都バンコク周辺に立地している企業がここ1、2年ほどの間に急速にとった企業行動だ。バンコクには日本企業を中心にアジアで突出した産業集積があり、タイの地元企業を含めて、その集積メリットを享受しているが、タイ政府の連続的な最低賃金引き上げによって賃金コストが上昇したため、やむなく相対的に賃金が割安なカンボジアに分工場をつくり、1次、2次処理の工程をカンボジア工場に委ね、最終工程をタイの本来の工場に運び込んで完成品にするというやり方をとり始めた。もちろん、生産拠点をカンボジアやラオスなどに移す企業も出てきている。

水が高きから低きに流れるのと同じ行動パターンだが、私が現地カンボジアで出会った日本企業のみならずタイや中国の企業などもなだれ現象を起こすように、活発に取り組み始めていた。当然、生産ネットワークをいかに効率的に運営管理するか、分工場から親工場への半製品輸送の物流をどうするかなど、新たな問題が数多くあることがわかった。

カンボジア進出の日本企業は中国の反日ドラマの影響で
女子工員確保に苦労

カンボジアの首都プノンペン市内につくられた外国企業誘致のためのプノンペン経済特区に日本企業が進出し立地しているが、その1つ、自動車部品のワイヤハーネスなどを製造する住友電装の現地法人、SUMI(CAMBODIA) WIRING SYSTEMSの幹部から興味深い話を聞いた。
 「女子工員の確保が最重要課題だ。プノンペン周辺では確保が難しく、遠隔地に足を運ばざるを得ず、ラオス国境地域まで工員募集の説明会などのためのキャラバン隊を2013年だけで10回、送り込んだ。しかし言い知れない苦労があった」という。
 最初は、にわかに信じがたいことだったが、中国がカンボジアのローカルテレビで反日の映画やドラマを流し、それがカンボジア住民に「日本人は危険だ」というイメージが定着していたため、難航した。そこで、工場ですでに働く先輩女子工員や地域のリーダーの寺院の高僧らにバックアップしてもらい、日本不信の払しょくに努めたというのだ。

日本企業関係者
「カンボジアは外資100%OKの半面、電力インフラなどに課題

また、別の現地日本企業関係者は「カンボジア政府が、カンボジアに進出し立地する外資に対しては、現地企業との合弁を条件にするといった出資制限政策をとらず、100%外資の資本進出OKとしたので、タイでの賃金高騰対策でカンボジアへの立地企業が増えたことは事実だ。しかしカンボジアは電力を隣国ベトナムやタイに依存し自給体制が出来ていないうえに停電リスクあるなど、インフラ面で課題が山積し、トータルコストで見ると、進出メリットがあるかどうか、悩ましいところだ」と述べていた。

 タイ、カンボジア、ベトナム、ミャンマー、ラオスのメコン経済圏諸国は、南北、東西、そして南部経済回廊という形で地域横断的な国際道路網でつながっており、ASEANの地域経済統合で関税撤廃の「関税同盟」がうまく機能すれば、市場統合の効果はぐ~んと出てくるのだろうが、現実問題としては、日本企業関係者が言うように課題山積だ。このあたりが、すでに述べたように、まさに日本の出番だと思う。

中国リスクでASEANに生産拠点移しても
「タイ・プラス・ワン」の新たな課題

しかし、興味深いのは、中国経済に噴出するさまざまなリスクを回避するために、日本企業が、和製英語の「チャイナ・プラス・ワン」、つまり中国に生産拠点を残しながら賃金水準を含めて相対的に企業立地のメリットがあるタイやベトナムなどに分工場をつくって生産ネットワークを広げる動きをとった。企業によっては中国から生産拠点を親日国が多いASEANに移すところも出てきたが、今度は「タイ・プラス・ワン」という形で、産業集積メリットのあるタイだけでは新たなリスクが発生すると、今度はメコン経済圏諸国に生産ネットワークを広げざるを得なくなった。

 しかし、くどいようだが、日本は、地域経済統合に踏み出すASEANとの本格連携によって、各国がこれまでの経済国境を取り外して市場統合に向かう際に抱えるさまざmな課題、とくに地域横断的なプロジェクトで協力し、日本の存在が不可欠だ、頼りになる兄貴分だ、という印象を植え付ける行動が大事だ、と思う。

消費税増税は条件付きで先送りを 「15年デフレ」脱却最優先が先決

安倍政権は今、政策判断の大きな岐路にさしかかっている。「税と社会保障の一体改革」にからむ消費税率引き上げを予定どおり2014年4月、そして15年10月に2回実施して、社会保障改革の枠組みをしっかり担保すると同時に、財政健全化に向けての日本の国際公約を間違いなく果たす、という点を内外に強くアピールするか、あるいは政権が経済政策課題として掲げるデフレ脱却の実現を最優先にし、アベノミクス政策を軌道に乗せるまでの間、消費増税を先送り、もしくは引き上げ税率を圧縮して対応するか―という点だ。

 この問題は、生涯現役の経済ジャーナリストを広言している私にとっても、避けて通れない問題だし、とても興味あるテーマなので、ぜひ、今回は、消費増税をどうするかの問題を取り上げたい。

アベノミクス政策効果出たのはチャンス、
消費税率アップに耐え得る強い経済めざせ

 まず、結論から先に申し上げよう。私自身にとってもどう政策判断するか、苦渋の選択だが、1998年から始まった日本経済のデフレに終止符を打ち、日本がデフレ脱却を果たした、ということを内外にアピールできるようにすることが先決だと思う。日本経済を長く苦しめた15年デフレにおさらばすることが大事だ。

 そのためには、現在のアベノミクス政策の効果が出てきたチャンスを生かすべきだ。とくに「第3の矢」の産業競争力強化政策の具体化に取り組み、岩盤と言われる規制部分の大胆な改革に踏み出して新規の需要の創出策などを矢継ぎ早に行うことだ。それによって、消費税率の引き上げに十分に耐えることができるような日本経済に、もっと言えば二度とデフレ経済に逆戻りすることがないような日本経済に持ち込むことが先決だ。

消費税増税は2段階上げではなくて
毎年1%ずつの小刻み上げで影響を最小限に

 これでおわかりいただけるかと思うが、私は、消費税率引き上げに関しては、デフレ脱却を最優先にし、その脱却のめどがつくまで、一時、先送りするしかないという立場だ。ただし、ここは重要な点だが、その際、安倍政権は、「税と社会保障の一体改革」、そして財政健全化への取り組みを促す消費税率の引き上げに関して、条件付き、とすることだ。
 この点を、安倍首相は記者会見で、内外に向けて明確にメッセージ発信を行い、日本は公約をしっかりと守り、「税と社会保障の一体改革」、そして財政健全化には間違いなく取り組むことを約束する、というべきだ。

 その条件付きというのは、こういうプランだ。具体的には2014年4月からの3%、2015年10月からの2%、合計5%の消費税率アップに関して、消費税法を改正して2014年9月から毎年1%ずつ、計5年間、時間をかけて引き上げることで実体経済へのマイナス効果を最小限にとどめるようにする。また低所得者向けの軽減税率に関しては、別途、検討する、という案だ。消費税率引き上げスタートを2014年9月としたのは、現時点から1年後であれば、アベノミクス政策の政策効果も挙がるだろうから、その時点で、デフレ脱却を宣言したらいいという考えからだ。

「税と社会保障の一体改革」や
財政健全化を担保する消費増税上げは重要

 私個人は、すでに、以前のコラムでも消費税率引き上げに関して、もろ手を挙げてではないが、やむを得ないとの立場でいた。
 その理由はこうだ。今後、高齢化の「化」がとれる日本の高齢社会に対応して、社会保障制度を再設計して世界の先進モデル事例にすることが重要だが、そのためには「税と社会保障の一体改革」で安定した社会保障財源を確保しなくてはならないことが1つ。

 そして同時に、デフレ長期化で税収が落ちた分を補うための国債増発が世界でも突出した借金体質になってしまっている現実に対し、何とか歯止めをかけて財政の健全化に道筋をつけることが何としても必要だ。それによって、グローバルな金融市場で日本はギリシャとは違うぞという信認を得ることだ。そのためには消費税率の引き上げ、消費増税はやむを得ない、と考えだ。

日本不信を倍加させる「公約破り」は
あり得ない、実行するが、ご猶予を、というだけ

 とくに、「税と社会保障の一体改革」は旧民主党政権時代に当時の野党の自民党、公明党の3党で合意した事項であり、政治公約になっている、また財政健全化に関しても消費税率引き上げによって巨額の財政赤字の削減に取り組むことを国際公約している。もしこれら公約を破ることになれば、日本の政治に対する内外の不信を倍加させることになりかねず、実に悩ましい問題であることは間違いない。

 しかし、私はここで、あえて申し上げるが、「税と社会保障の一体改革」の問題を先送りし、財政健全化の国際公約もあいまいにする、といった考えは全くない。これらの政策課題に関しては、間違いなく取り組むべきだ。だが、いま、政策実行の優先度をどこに置くかと、言えば、私は、デフレ脱却を最優先課題にすべきだ、という考えだ。

「長期デフレで若者に経済成長への
執着心なくなった」という早大教授指摘は深刻

 日本経済を長く萎縮させ、活力さえ奪ってきた長期デフレがまだまだ続くことを甘受するのは、率直に言って、もうたくさんだ。15年のデフレは長すぎた。消費者の立場で言えば、モノの値段が安いことはありがたい。しかし逆に、企業のサイドからすれば、企業物価が上がらず、国内でへとへとになるまで果てしない値下げ競争を余儀なくされた結果、収益力が極度に落ちて、コスト削減のために度重なるリストラを行わざるを得なくなった。その結果、優秀な技術者が押し出されるように韓国や中国のライバル企業に再就職し、技術流出で大騒ぎせざるを得ない状況だ。

 そればかりでない。以前、コラムでご紹介したのをご記憶だろうか。早稲田大学の深川由紀子教授が嘆いていたように、早稲田の若い学生は長いデフレを当たり前のものと受け止め、経済成長に対する執着心が全くなくなってきたことも見逃せない現実だ。そういった点から申し上げれば、アベノミクス政策効果で、実体経済に上向きの予兆が出ている状況を大事にし、一気にデフレ脱却にアクセルを踏むべきだ。その間、消費税率引き上げによる財政健全化の公約に関しては、しばしご猶予を、と頭を下げればいいのだ。

安倍政権の責任で消費増税実施の
最終判断するというが、見極め判断は大変

 さて、安倍晋三首相、菅義偉官房長官が9月末から10月初めにかけて、安倍政権の責任で、自民党、民主党、公明党の3党合意に伴い2014年4月からの消費税率引き上げをどうするかの最終判断を行うと明言している。率直に言って、この1か月間は、安倍首相らにとどまらず政策担当者、それにその政策判断を探るメディア関係者にとっては、実に息苦しい日々が続くことだろう。

 政策判断の最大のポイントは、消費税法の附則18条にある景気条項に照らして、国内総生産(GDP)の名目、実質成長率や物価の動向、とくに個人消費など内需の動向を総合的に見極め、「(消費増税の)執行停止を含め、所要の措置をとる」かどうかの判断を下すということになっている。

4-6月GDPは年率2.6%成長だが、
6四半期マイナスの設備投資判断が難しい

 すでにメディア報道で、いくつかの経済指標を見ておられるので、ご存じだろうが、8月12日に公表の2013年4-6月期の実質GDPは3四半期連続のプラスで、年率換算2.6%だった。個人消費と輸出に支えられてのプラスながら、民間設備投資が6四半期連続のマイナスとなる前期比0.1%減の上、全体の伸びがは市場予測の年率3.6%を下回っている。
 ただ、内閣府が8月1日に公表した政府の景気判断を示す「月例経済報告」では、「着実に持ち直しており、自律的回復に向けた動きもみられる」という前月の判断を維持した。興味深いのは、7月の物価判断で「デフレ状況が緩和しつつある」という部分に関して、8月判断は「デフレ状況でなくなりつつある」としたことだ。しかし、9月後半から10月初めにかけて公表の経済指標で実体経済の「温度」がどの程度か、消費増税に耐え得るものかどうかで、内閣の最終判断が決まる。

1997年の橋本政権時の消費増税が
マイナスに働いた「教訓」をどう見るか

 メディア報道で時々、取り上げられるので、ご存じかもしれないが、今回の消費増税の実体経済への影響度合いを探るうえで、過去の「失敗の教訓」が参考になる。1997年4月に、時の橋本龍太郎政権が財政再建とからめて、消費税率3%から5%へと引き上げたが、景気が失速し1997年4-6月期の実質GDPが前期の年率プラス3%から一気に年率ベースでマイナス3.7%まで落ち込んだことだ。
 しかも、当時、アジア通貨危機でアジア経済が混迷したのに加え、日本では旧山一証券や旧北海道拓殖銀行の大手金融機関の経済破たんにとどまらず金融システム不安が一気に表面化し、企業マインド、消費者マインドが悪化して実体経済を悪化させた。

 当時、毎日新聞から転じたロイター通信で現場取材していた私は、そのころのことをよく憶えている。橋本首相は強気の政治家で金融自由化策を盛り込んだ金融ビッグバン、財政再建に大胆に取り組み、消費税率引き上げに関しても実体経済への影響は軽微と実施に移した。それが予想外の景気失速をもたらし、橋本首相が顔色をなくしたのが印象的だ。

アジア通貨危機、国内の金融システム不安が
消費増税と重なり合ってデフレに

 政府は2011年になって、当時の消費税増税のマクロ経済に与えた影響という政策分析の報告書を出したが、そこでは、消費増税がその後のデフレ、不況の原因とは言い切れない。むしろアジア通貨危機や国内の金融システム不安が原因で、とくに金融機関が不良債権回避のために貸し渋りなどを行ったことが原因だとしていた。
 確かに、1997年は金融危機などでさまざまな問題が起き、それが実体経済を下押ししたのは事実。しかし、消費増税で5.2兆円の税負担増、特別減税終了で減税効果がなくなったこと、年金保険料の引き上げ、医療費の自己負担増などが同時集中的に重なって国民生活にしわ寄せとなったことがデフレ経済への引き金を引いたのは間違いない。

 1997年当時と現在の2013年のマクロ、ミクロ経済環境とを比べた場合、現在の方が消費増税のインパクトは相対的に小さいかもしれない。しかし、2014年、2015年の2段階での連続的引上げなので、マクロ経済への影響度合いに関しては慎重な見極めが必要だ。私としては、アベノミクス政策で少し景気上向きの予兆が感じられるので、まずは「第3の矢」政策を大胆に、切れ目なく実行に移して、15年デフレに終止符を打つことが先決との判断を変えない。消費税増税にトラウマがあるわけでないが、消費税率引き上げに耐える経済にすることが先決でないだろうか。

東電原発事故「人災」説は鋭い 「原子力ムラ」の枠組み改革を

世界中を震撼させた東京電力福島第1原発の事故は、東電が主張する想定外の津波などによる自然災害ではなくて、事前に何度もシビアアクシデント(過酷事故)対策を講じる機会があったのに、それを怠った「人災」だ――と総括した黒川清さんは今や話題の人であり、ご存じのことだろう。メディアで報じられているとおり、東電原発事故の調査を行った国会事故調の委員長だ。黒川さんは7月5日に衆参両院議長に対して最終報告書を提出し、役割を終えたので、任務を解かれる形となっており、正確には前委員長だ。

国会事故調は政府事故調に比べ数々のハンディキャップ背負っての
調査活動

 この国会事故調は、国会議員の専門調査能力に限界があるということで、国会が超党派で民間の大学教授や弁護士、コンサルタントはじめ原子力の専門家などに委ねて、政府から独立しての独自調査を委嘱した文字どおり、憲政史上初めての専門調査組織だ。

 調査の後ろ盾となる議員立法の国会事故調法では、国政調査権という「伝家の宝刀」が与えられたが、対極にある政府の事故検証委員会である政府事故調が昨年5月以降、1年2か月間の調査を行って7月23日に報告書提出予定なのに対し、国会事故調は法案づくりに手間取って、スタートが昨年12月だったうえ、6か月をめどに報告書提出という制限を加えられたため、かなりのハンディキャップを背負いながらの調査だった。

黒川さんは調査現場を陣頭指揮、行動力や問題提起力はすばらしい
 しかし、黒川さんは75歳という年齢を感じさせない精力的な行動力で調査現場を指導し、640ページにのぼる膨大な最終報告書のリーダーシップをとった。東大医学部卒業後、古い医局制度に反発して米国に渡り、米UCLA教授などを歴任したが、本業の医学者にとどまらず、その行動力、人脈形成力、問題提起力によってグローバルベースでも著名な日本人だ。帰国後、日本学術会議会長としても活躍したが、昨年の原発事故直後から、国会が、政府から独立して事故調査と同時に政策提言を行う民間専門家による調査組織をつくるべきだと主張したら、自身で国会事故調委員長を引き受ける羽目になった。

 実は、私自身が昨年末、黒川さんから依頼を受け、メディアコンサルタントの立場で、国会事故調にフルにかかわり、その活動ぶりをそばでずっと見ていたので、率直に言えるが、掛け値なしに、黒川さんがいなければ、今回の最終報告書のメッセージのような「事故は人災によるもの」といった大胆な結論を引き出せなかった、と思う。そこで、今回のコラムでは、この国会事故調問題を取り上げてみたい。

「福島原発事故は終わっていない」は的確、
3.11並み大地震あれば恐ろしい事態に

 黒川さんは、これまで「日本が原発事故でメルトダウンした」といった形で、ポイントをつくキーメッセージを巧みに発信できる人だ。今回の最終報告書の「はじめに」の冒頭部分でも、「福島原子力発電所事故は終わっていない」と、簡潔に、ワンセンテンスの文章を書いて、鋭く問題提起した。このメッセージは的確だ。
 福島第1原発の事故現場はいまだに惨憺たる状況だ。強濃度の放射能がある原子炉の中に入ることもできず、ロボットによる遠隔操作などでこわごわと状況を探るのが現実だ。水素爆発で無残にも壊れた建屋も、原子炉や格納容器を十分かつ完璧に覆う機能を果たせていない。建物地下の構造がどうなっているか、いまだ確認できない部分もある。

 もし昨年の3.11クラスの大地震、大津波が再度、襲ってきた場合、この無防備に近い原発施設はどうなるか、想像しただけでも恐ろしい。政府は昨年12月、原発事故の収束宣言を行ったが、まだレベル7(セブン)という最悪の事故状態の解除には至っていない。黒川さんが述べるとおり「福島原子力発電所事故は終わっていない」のは明らかだ。

「事故当時の政府、規制当局、
東電はシビアアクシデントへの対応怠り人災だ」

 黒川さんの「はじめに」でのポイント部分をもう少し引用させていただこう。
「『想定外』、『確認していない』などというばかりで、危機管理能力が問われ、日本のみならず、世界に大きな影響を与えるような被害の拡大を招いた。この事故が『人災』であることは明らかで、歴代および(事故)当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人々の命と社会を守るという責任感の欠如があった」と。

 さらに「日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。世界は厳しく注視している。この経験を、私たちは無駄にしてはならない。国民の生活を守れなかった政府はじめ原子力関係諸機関は社会構造や日本人の『思い込み(マインドセット)』を抜本的に改革し、この国の信頼を立て直す機会は今しかない」とも述べている。まったく、そのとおりだ。

東電が主張する「想定外の津波」説にはくみし得ない、
大津波予測にも対応せず

 ここで本題だが、私が国会事故調の公開での参考人聴取、端的には東京電力の勝俣恒久前会長、清水正孝元社長ら首脳OB、原子力安全・保安院の深野弘行院長、寺坂信昭元院長、さらに広瀬研吉元院長ら官僚の現職およびOB、そして菅直人前首相、枝野幸男経済産業相ら事故当時の首相官邸にいた政治家の聴取、さらに非公開で調査に携わった人たちの話などを聞いたことを踏まえて、巨大な原発事故を二度と引き起こさないための教訓は何かを考えた場合、結論的には、国会事故調の最終報告書のメッセージとほぼ同じだ。

 要は、東電が主張する「想定外の津波」説にはくみし得ないこと、津波1つとっても過去に大きな津波予測の数字が出ていたのに、それらの予測が現実化した場合を想定してシビアアクシデント対策を講じていなかったこと、原発は多重防護壁で守られており事故が起きるはずがない、という原発安全神話にこだわり過ぎたこと――などによって事故が引き起こされた、と言わざるを得ない。
 現に、国会事故調もヒアリング調査などによって過去、現原子力安全・保安院、原子力委員会などの規制機関、さらに東電がリスクをうかがわせる予測数値があったのに、いますぐ対応する必然性、現実性がない、と問題先送りしたことが油断を生んだ、と見ている。

国会事故調は「東電が稼働率低下や株主代表訴訟で不利になることを懸念」と指摘
 最終報告書は、この点に踏み込んで鋭く指摘している。「歴代の規制当局および東電経営者が、それぞれ意図的な先送り、不作為、あるいは自己の組織に都合のよい判断を行うことによって、安全対策がとられないまま3.11を迎えたことで事故発生した」と。

 さらに「委員会調査によれば、東電は、新たな知見にもとづく規制が導入されると、既設炉の稼働率に深刻な影響が生じるほか、安全性に関する過去の主張を維持できず、訴訟などで不利になるといった恐れを抱いており、それを回避したいという動機から、安全対策の規制化に強く反対し、(業界団体の)電気事業連合会(電事連)を介して、規制当局に働きかけた」とも述べている。

最終報告書で指摘の「規制の虜」説を見て、
私は思わず「なるほど」と腑に落ちた

 特に、最終報告書が指摘した「規制の虜(とりこ)」論は、私自身、思わず「なるほど、腑に落ちる、と思った。この考え方は、ノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大のジョージ・スティグラー教授の理論をベースにしたものだ。

 最終報告書では「本来、原子力規制の対象となるべきであった東電が、市場原理が働かない(地域独占事業体構造の)中で、(原発技術などの専門技術)情報の優位性を武器に、電事連などを通じて歴代の規制当局に規制の先送り、あるいは基準の軟化などに向け強く圧力をかけてきた」、「歴代の規制当局と東電の関係は、規制する立場とされる立場の『逆転関係』が起き、規制当局は電気事業者の『虜』となっていた。その結果、原子力安全についての監視・監督規制機能が崩壊していたとみることが出来る」という。

大学時代の序列がそのまま東電、大学、原発プラントメーカー、
官僚の順に投影

 私がこの「規制の虜」の話で、「腑に落ちる」と思ったのは、以前のコラムで紹介した話、またエネルギー関係の取材をしていて東電の人材力、組織力などのすごさなどと奇妙に一致するからだ。このうち、前者の話は、電力や官僚の複数の関係者に以前、聞いた話だが、東大の原子力工学の卒業生の成績トップランクの学生は東電へ、二番手は大学に残って教授をめざす、三番目が三菱重工など原子力プラントメーカー、東電以外の他電力、そのあとのランクの人は官庁へ就職するという形で、官庁が常に低いランク付けにあった。このため、自然に原子力ムラのヒエラルキーが民間優位で出来上がっており、東電の原子力・立地本部の技術者はいい意味でも悪い意味でも力を誇示している、というのだ。「規制の虜」の枠組みの素地がわかっていただけよう。

原子力ムラの枠組みにくさび、
互いに緊張関係をつくってなれあいを避ける?

 原子力ムラと呼ばれる特殊な枠組みには、主力の東電を軸に、規制官庁の原子力安全・保安院関係者、原子力関係のアカデミアの学者、研究者、さらに族議員的な政治家、そしてメディアも加わり、相互依存関係ができていたばかりか、一種のなれあい状況もあったのだろう。そこに、国会事故調が指摘する「規制する立場とされる立場の『逆転関係』が起き、規制当局は電気事業者の『虜』となった」という枠組みが深く組み込まれた。そのあおりで原発のシビアアクシデント対策もおろそかになったのだろう。

 率直に言って、国会事故調の最終報告書を踏まえれば、この原子力ムラの枠組み改革に踏み出さない限り、悲惨な原発事故がまた起きる可能性がある。要は、東電と規制機関、さらに政治家、学者などの間に、常に緊張関係を持つような枠組みをどう作り出すかだ。

国会事故調の7つの提言、中でも独立の民間中心の第3者専門機関を
 国会事故調の最終報告書では、二度と事故を引き起こさないために、7つの提言を行っている。いずれもポイントをついているので、紹介させていただこう。
 1つは、国民の健康と安全を守るために、原子力規制当局に対する国会の監視機能を強化するために常設の監視委員会を国会内に置くこと、2つは緊急時の政府や自治体、事業者の役割や責任を明確にするため、政府の危機管理体制を見直すこと、3つが原発事故で避難を余儀なくされた人たちの健康や安全、生活基盤を回復するため、政府の責任で対策を講じること。
 4つは、政府と東電など事業者との間に緊張関係をつくるため、接触などに関するルールづくり、相互監視体制をつくること、5つが、すでに具体化が進んでいる新規制機関に関するもので、高い独立性、透明性などを確保すべきだということ、6つが原子力法規制を大胆に見直しすること、そして最後が、国会内に、原子力事業者や行政機関から独立した、今回の黒海事故調のような民間の専門家からなる、たとえば「原子力臨時調査委員会」(仮称)のような機関をつくることを挙げている。
 今回の国会事故調の最終報告書が生かされるかどうかは、こうした提言のフォローアップにかかっている。とくに、7つめの委員会組織はコトあるたびに創設する必要がある。

面白くなってきた温暖化ガス削減問題、日本は環境先進国アピールのチャンス 産業界も時代先取り必要、かつての米マスキー法排ガス規制克服の先例を

地球温暖化に歯止めをかけるには各国はどう対応すべきか、ややオーバーに言えば地球の運命を決める国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)が12月半ば、デンマークで行われる。日本は2020年時点での地球温暖化ガス削減目標について、30年前の1990年比換算で25%削減という数値目標を打ち出し、突出しているが、他の国々が今回、どう対応するか、興味深いところだ。
 そこで、結論を先に申し上げれば、この際、日本は、ハードル高いこの削減案を国際公約だと強く宣言すること、そして今後、省エネ技術、環境改善技術に一段と磨きをかけ、中国など経済成長のためにエネルギー多消費で環境に弊害の多い国々に対して惜しみなく技術提供することを大胆にアピールすればいい。
 要は、日本が世界各国の関心事であるCOP15で、どの国もが及び腰になっている地球温暖化ガス削減目標について、踏み込んだ提案を行い、それを国際公約にして自らに対しても負荷をかけることで、日本をアピールする絶好のチャンスだ。
 先進国は、文字どおり先を進んでいるという意味もあるが、誰もが簡単に取り組めない重い課題を克服すれば、本当の意味での「環境先進国」「課題克服先進国」と評価を得る。国際世界で、日本は、政治ではほとんど評価を得たことがなく、また強みだった経済も最近は、ほとんど評価の対象になっていない。しかし環境がらみでの省エネ技術や環境防除および環境改善の技術では先を走っており、今回、厳しい課題にチャレンジして、その課題克服に成功すれば、本当の意味で「先進国」という国際的な評価を受けることになる。そういった意味で、重い課題にチャレンジする意義は十分にある。

小沢環境相「問題は待ったなし、COP15会議は何としても成功に」
 つい最近、数人の人たちと一緒に小沢鋭仁環境相に会うチャンスがあった。そう言っては失礼だが、以前ならば、環境相ポストは、それほど多忙でなく、インタビューなどで会うにしても時間的な余裕があった。だから、ジャーナリストの側も時間を気にすることなく、いろいろなことで議論もできた。ところが、今回の小沢環境相とのインタビューは国会開会中だったこと、COP15に向けての準備もしなければならないことなどもあったが、30分を過ぎると、大臣秘書官が次の会合への時間を気にし始め、こちらも落ち着かなくなる始末。裏返せば、時の人でもあるとはいえ、環境相として重大な政策判断をせざるを得ない立場にある、ということなのだろう。

 その小沢環境相は、COP15について「地球温暖化問題は待ったなしの状況にある。何としても会議を成功に導かねばならない。日本としては、最低限、先進国の地球温暖化ガス削減目標、途上国の削減行動、そして測定・報告・検証の方式、それに途上国支援の4つについて政治合意し、期限を決めて法的拘束力のある文書をつくらねばならないと訴えている。その着地点に至るようにがんばる」と述べた。民主党政権内部でも、よく勉強し問題意識も、またフットワークのよさもあり、評価している人だが、いざ、グローバルな課題に、しかも各国が利害をもろに全面に押し出す中で、どこまでリーダーシップをとれるのか、気がかりだが、日本にとっては、重要な交渉のキーマンだ。

問題は世界の排出大国、米国と中国をどう削減交渉に巻き込むか
 今回、COP15目前のギリギリの段階で、やっと米国と中国が相次いで2020年までの削減目標を公表した。米国が2005年比で17%だ。しかし1990年比で言えばわずか3~5%という。えっ、その程度かと思わずがっかりしてしまうが、専門家によると、まずは数字を出してきたことを一歩前進という。難しい国だ。また、中国は国内総生産(GDP)あたりの二酸化炭素(CO2)排出量の削減を2005年比で40~45%と打ち出した。これもまた、なかなか意味深長なのだ。一見して数値目標として、数字が大きそうだが、他方で、経済成長に伴って、総排出量が増えることを許容しているという。わかりやすく言えば、仮に中国がいまの年率8%前後の高い成長を続けていくと2020年の目標年度のGDPは2005年の3倍になる。このため、今回の方針どおり、二酸化炭素(CO2)排出量の削減を最大の45%減らしても、排出量は全体的には2005年比で70%も増える見通しだ。

 問題は、これら世界の排出大国の米国と中国をいかに削減交渉に巻き込むかだ。日本のいくつかの新聞は、見出しだけを拾えば「G2(米国、中国)が動いて世界が動く」、さらに「米中の削減目標、COP15への追い風だ」「温暖化ガス削減交渉、米中が主役狙う」といった評価でいる。かつて京都議定書づくりに際して、各国の思惑が露骨に現われ、足並みがそろわなかった。具体的には米国は議定書の枠組みには応じられないと離脱、また中国は議定書では削減義務を持っていないとしてカヤの外にいた。しかし世界で排出量トップの中国、第2位の米国の2カ国だけで、世界の排出量の40%を占める。環境にまったくやさしくない国だが、その排出量がケタ外れに大きい2カ国があえてCOP15に加わったのだから、世界の大きな流れを変えられる、G2が今やそれぞれの決意と行動で世界を引っ張る時だ、と持ち上げる新聞もあった。

京都議定書から12年、時代変化のもとで米国、中国、インドの意識が変化
 私は、見方が違う。京都議定書という形で何とか地球温暖化問題に世界の目を向けさせた1997年から12年たったいま、世界中の国々の環境問題に対する危機感が大きく高まり、他人事のように考えていた国々も当事者意識を強めざるを得なくなってきた。だから、今回のようなCOP15にも否応なくコミットせざるを得なくなってきた。環境改善に国益主張のナショナリズムは通用しないどころか、そんな主張をすれば、国際社会で相手にされなくなる時代になったのだ。まさに、時代は、米国や中国にモノ申し、これらの国も対応せざるを得なくなっているのだ。
 確かに、さまざまな環境悪化の問題がグローバルに広がり、しかも水際で止められる時代でなくなった。早い話が日中2カ国間で言えば、中国の黄砂被害などが大気の風に乗って日本に押し寄せるときに、日本が発生源の中国に対策を求めるといったレベルを越えて、むしろ、日本が中国の黄砂対策に技術協力などのサポートをすることで自国への被害の波及を抑えることが必要になってきたのだ。あるいは環境問題国際会議に中国を引っ張りこんで対策を迫ると同時に、周辺国のみならず多国間の問題解決システムの構築と同時に、そのシステムに中国を巻き込む時代になった。

 そればかりでない。京都議定書以降の大きな時代変化は、中国やインドなどの新興経済国の台頭だ。人口の多さが経済成長の制約要因だったこれらの国々にとって、人口に消費購買力をつけ、巨大な消費市場にすると同時に、製造業の立ち上げによって輸出主導の経済で弾みをつけたが、その急成長に伴って、一気に環境悪化問題が表面化した。京都議定書当時、中国やインドは、地球環境の悪化は欧米先進国がもたらした問題であり、われわれに地球温暖化ガス削減を求めるのは筋違い、と反発してきた。しかし、今回、自分たちで自助努力で取り組まないと、いずれブーメランのように跳ね返ってきて、社会的コストを償わねばならなくなること、また経済・金融危機への対応をめぐってG20などのグローバルレベルでの国際会議に組み込まれるうちに、中国やインドは、ある一定の責任を果たすことが自分たちの存在感を強めることにつながる、むしろ積極的なコミットが世界の流れを自分たちの土俵に引っ張り込むチャンスとも考えてきた。今回のCOP15に対して、中国のみならずインドも削減の数値目標を出すようになったのは、そういった背景があってのことだと見た方がいい。

宇宙人的な鳩山首相の個人的アピールと冷ややかな受け止め方はまずい
 さて、ここで、日本がどうするかだ。冒頭で申し上げたとおり、日本が今回のCOP15で、地球温暖化ガス削減目標について、鳩山由紀夫首相が提案した25%削減目標は国際公約であることを強くアピールすること、そして環境がらみでの省エネ技術や環境防除および環境改善の技術で磨きをかけ、技術レベルで立ち遅れている国には積極的に技術協力を行うことを約束することだ。そして、それらによって、日本は「環境先進国」「課題克服先進国」と評価を得るように仕向けることだ。
 その場合、問題は日本国内の対応だ。国内では、宇宙人的な鳩山由紀夫首相が勝手に国連演説の中でアピールしただけのことで、政治家としての意気込みを伝えただけのこと、現実問題として、1990年比換算で25%削減という数値目標の実現に向けて費やすエネルギー、費用などを考え合わせれば、無理があるうえ、経済成長を阻害する、といった冷ややかな主張がある。

 しかし、私は意見が異なる。少なくとも総選挙で国民は圧倒的な支持を与え、それに伴う政権交代で誕生した鳩山首相があえて重い課題に挑戦したのだから、国民のみならず産業界、経済界も、むしろ目標実現に向けてチャレンジすることが必要だ。そうでなければ、海外からは、日本って、国民が政治的支持した指導者の足を引っ張る奇妙な国だと言われかねない。

日本は環境技術提供によってアジアを世界の環境にやさしいセンターに
 それよりも、この問題を「環境先進国」「課題克服先進国」へのチャンスと捉え、踏み込んだ努力をすべきだ。その点で、われわれはいい学習対象がある。1970年9月に米国で法制化されたマスキー法、大気汚染防止法だが、その関連で自動車の排気ガス規制に関して、基準を満たさない自動車メーカーの車の販売を認めない、というもの。端的には排ガスに含まれる一酸化炭素などを1970年型車比で10分の1以下にする規制だった。 ご記憶だろう。ホンダ自動車が排ガス規制クリアするCVCC(シビック)エンジンを必死のチャレンジで誕生させた。当時、開発チャレンジを渋っていたトヨタ、日産といった主要大手自動車メーカーが追随し、ゼネラルモーターズ(GM)など米国の自動車ビッグ3を驚かせたばかりか、一気に日本車ブームにした問題だ。今回、日本はホンダの先例にならって、逃げ腰ではなくチャレンジしてみることだ。

 さきほどの小沢環境相は「日本の省エネ技術は圧倒的に強い。アジア諸国との勝負は、今までは価格競争でしかなかったが、今後は、環境技術という競争要素が加わる。鉄鋼や電力などの産業界もぜひ、がんばってほしい」とエールを送った。その場合、冒頭に述べたように、むしろ、積極的に環境技術を技術協力の形で提供し、アジアを世界の環境にやさしい地域のシンボル的存在にする。その先端を日本が走るようにすればいい。
 それから、うっかりしていたが、エネルギー消費量の多い一般家庭、つまり国民1人1人も同じ課題を背負っている。1970年のマスキー法規制クリアへのチャレンジにならって、再度、チャレンジが必要でないだろうか。

米国は「傍若無人国家」になるのか 次期大統領の米国第一主義に危うさ

米国次期大統領にトランプ氏が決まってから、予想されたことだが、その言動に、世界中が振り回されつつある。「米国を再び偉大な国に」と叫ぶのは理解できるとしても、「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)を全面に押し出し、人種差別や移民排除、保護貿易などを平気で声高に口にしており、このままでは米国が「傍若無人国家」となりかねない。

 日本など同盟関係にある国々にとっての危惧は、トランプ氏の登場で、米国が長年かけて世界に浸透させた人権主義、自由経済主義、法制度による国際秩序、多元主義などが今や空中分解しかねないことだ。それどころかリーダー国としての力の喪失で、世界が混とんの世界に入ってしまう危惧が強まるリスクもある。何ともこわい話だ。

「トランプ氏は価値共有に無関心、
交渉による商取引がベース」とイアン・ブレマー氏

 そんな矢先、米国地政学専門家、イアン・ブレマー氏の分析を聞くチャンスが最近、あった。指導的な力を発揮できるリーダー国が不在になる時代の国際政治・経済リスクを「Gゼロ後の世界」(日経新聞出版社刊)で鋭く指摘した人なので、米大統領選で現実化したおかしな状況をどう見るか、とても関心があったが、結果は予想どおり、手厳しかった。

 「不安定なGゼロ時代の始まりだ。米国第一主義のトランプ氏の登場で、パックス・アメリカーナ(米国の力で成り立つ世界平和)は1945年に始まり、2016年の米大統領選で終わった、と歴史教科書に書かれるだろう」
 「トランプ氏の発想は不動産取引で培ったトランズアクション(交渉による商取引)がベースだ。相手と価値観共有とか共通価値を持つ、といったことをベースにしない。米国にとって最も有利な条件を提示、高い価格をつけてくれる相手にのみ関心がある。同盟関係にある国々は、米国との共通価値基盤が崩れるので、パニックになるかもしれない」と。

不動産売買発想で国際政治・経済・外交を仕切り、
敵・味方感覚で相手区別はこわい
 現実問題として、トランプ氏は米大統領としては型破りだ。トランプ自伝(ちくま文庫刊)を読んだが、イアン・ブレマー氏が見たとおりの人物像で、見識を持った企業家というよりも、不動産売買の発想で国際政治、経済、外交などを取り仕切るリスクが強い。しかも気が短くて、あらゆる人物を敵か味方かの感覚で整理してしまう。世界のスーパーパワーと言われた米国のトップリーダーがこの調子で傍若無人だと、間違いなくこわい。

 最近出会った感情制御技術研究の世界的な専門家で、同時に多彩な能力を持つ光吉俊二さんがトランプ氏を評して興味深い指摘をした。「単純なことに置き換えないと民主主義には勝てない。トランプ氏は『米国エスタブリッシュメント層は、20語以上の英単語が必要とするが、大多数の国民は単語4語以上をこなせない』という点を鋭く見抜き、MAKE AMERICA GREAT AGAINの短いフレーズでアピールし、有権者の人心をつかむ巧みさがある」と。とはいえ、そのトランプ氏は大統領選時から、ツイッターを使って短い文字で対立候補クリントン氏を攻撃し、しかも当選後もメディアを敵視して記者会見を行わず、ツイッターでワンサイドの政治メッセージしか流さない、というのは異常だ。

経済グローバル化のあおりで
米国中西部の製造業を中心に中間層に貧困リスク

 それにしても、なぜ米国に、こんな型破りの大統領が誕生する事態になったのだろうか。私も含めてジャーナリストは、大統領選予測を誤ったことについて、率直に反省しなくてはならないが、根深い米国経済社会の深刻度を見抜けなかったこと、メディアがワシントンのエスタブリッシュメントを取材ソースにし過ぎた点が大反省、と言えそうだ。

 トランプ氏は逆に、その米国ミドルクラス没落を政治テーマにした点に鋭さがあったのかもしれないが、米国西海岸の大学で教授職にある日本人の友人から教育現場の米国人の現実を聞いて、政治の手が及んでいない現実に驚いた。
 友人によると、米国の白人高卒労働者は、経済グローバル化のあおりで時給や日当ベースで賃金レベルの低いメキシコや中国に仕事を奪われ、雇用機会を失って貧困生活を余儀なくされている。中西部のラーストベルト(さびついた鉄鋼などの工業地帯)の製造業が中心だが、他の地域にも広がっている、という。

友人の米国大学教授「トランプ氏が何かで失脚しても
第2、第3トランプ氏待望論」

 それだけではない。白人の高卒の若い失業者は就職資格を得るために大学入学に必死で、学習塾に通ったりする。しかし仮に大学入学しても高額の学生ローンを抱えての大学教育へのチャレンジとなるうえに、学力の低下が目を覆うほど。教授の立場で現場を見ていると、ハングリー精神があって学力もある中国系、韓国系、インド系の学生がいないと、今や専門ゼミを含めて授業が成り立たないほど。このため、白人大学生は就職時の仕事に関しても、それら中国系学生らにいい仕事を簡単にとられてしまう、というのだ。

 その友人教授は「社会で落ちこぼれた形の人たちの潜在的な不安、ストレスレベルは非常に高く、次第に、既存の社会構造や格差を生むグローバル資本主義を嫌悪、逆に現在のシステムでエリートになったエスタブリッシュメントの人々を敵とみなす。そんな中で、自分たちの怒りを最も理解してくれているのがトランプ氏だった、ということだ」と語る。
 この点で、トランプ氏はしたたかだった、と言える。つまり、タフなビジネス交渉術で不動産王にのしあがっただけに、製造業現場の白人貧困層の怒りを巧みに政治テーマにし、そのために反グローバリズム、アメリカ・ファーストを全面に押し出せば勝てると判断したのだろう。友人の教授は興味深いことを付け加えた。「トランプ氏支持の人たちの怒りは強く根深い。仮に、トランプ氏が何らかの形で失脚することがあっても、第2、第3のトランプ氏が必ず現れ、これら怒れる人たちの問題に対応せざるを得なくなる」と。

「誰がアメリカンドリーム奪ったのか
――貧困層へ転落する中間層」の本もすごいルポ

 ここで、私は以前読んだ「誰がアメリカンドリームを奪ったのか?――貧困層へ転落する中間層」(朝日新聞出版刊、上下刊)の本のことを若干、追加したい。米ニューヨークタイムズ紙の記者時代からピューリツアー賞など有名な賞を受賞したジャーナリストのヘドリック・スミス氏が書いたもので、いくつかの製造業現場を丹念に数年ごとに定点観測して変貌ぶりを克明にチェックした結果を描いており、極めてインパクトが大きい。

 その本では、「エコノミストは、(経済のグローバル化で)仕事から放り出された人々がいずれ戻ってきて、もっといい仕事に就くと主張している。そこで、私は、それを確かめることにした。(以前訪問した)オハイオ州ウースターの工場をラバーメイド社が閉鎖してから6年後、2004年に、私はそこを再訪した。ほとんどが前よりもひどい暮らしをしていた。(中略)ラバーメイドに18年勤めたシルビアン・グリーンと妻のロイスは、慈善事業と公共の支援なしには生き延びられなかったはずだ。ラバーメイドでは2人合わせて8万ドルの年収があったのに、その後、連邦政府の支援があっても、2人の年収は半減した」といった調子だ。

トランプ氏の「100日計画」は
事実上の景気刺激盛り込んだトランプノミクス政策

 ヘドリック・スミス氏はこの本の中で、アメリカンドリームを取り戻すための10段階の戦略を盛り込んだ「国内マーシャル・プラン」を提案している。1)老朽化した米国の交通網を現代化し500万人雇用創出のため、新官民パートナーシップを創設、2)イノベーション・科学・ハイテクの研究促進、3)製造業の復興、関連して米国製品を買うバイ・アメリカン運動を起こす、4)米国の税制をもっと公平にしミドルクラスに恩恵を与える、5)中国に公平な貿易を要求――などだ。

 今回、トランプ氏も、来年2017年1月20日の就任後に真っ先に行うという100日計画をすでに公表しているが、それによると、1)年4%の経済成長をめざし、子供2人の中間層の家族向けに所得税35%の減税、法人税は35%から一気に15%へ引き下げ、2)企業の海外移転を阻止するための関税を導入、3)10年間で1兆ドルのインフラ投資の実施、4)医療保険制度「オバマケア」の修正もしくは廃止、5)メキシコ政府の負担でメキシコ国境に壁を建設、場合によって一部地域はフェンスも設置、6)北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉、もしくは離脱の意思表明、7)環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明――などとなっている。

もろ刃の剣の景気刺激策、財政赤字に加え
ドル高で米国企業の輸出競争力ダウンも

 この100日計画は、トランプ政権の経済政策などを占う手がかりであることは間違いないが、金融市場は、このうちの所得税・法人税減税や10年間で1兆ドルのインフラ投資に反応し、景気刺激のトランプノミクスと先取りしたため、株高、ドル高が進んだ。
 しかし、エコノミストに限らず、私も当然のごとく指摘したい点だが、このトランプノミクスともいわれる経済政策はもろ刃の剣で、一連の減税政策や公共投資には裏付けとなるケタ外れの財政資金が必要で、これまでGDP(国内総生産)に占める財政赤字比率が健全レベルに戻っていたのが再び反転し、大幅な財政赤字を招くのは間違いない。同様に、ドル高に今後弾みがつけば、米国企業の輸出競争力は急速に弱まるのは目に見えている。

 これに似た現象がかつてのレーガン大統時代の同じ景気刺激策、レーガノミクスだ。当時は現在よりも、米国経済は大きく低迷し活力を失っていたため、積極財政は経済活性化につながったが、その後、ドル高が高進によって、海外からの輸入メリットの半面、それが貿易赤字を生み、それに財政赤字、経常赤字も加わってトリプル赤字に追い込まれた。とくに行き過ぎたドル高是正のために日本円など主要通貨に調整圧力を加えるプラザ合意が主要先進5か国(G5)財務大臣会合で決まり、日本円は急速な円高に追い込まれ、円高対策のための財政・金融政策がちぐはぐになり、経済混乱に追い込まれたのをご記憶かと思う。それらの引き金になったのがレーガノミクスだった。

次期政権が保護貿易政策含め
傍若無人な政策行えば政治や経済の混乱必至

 今回、もしトランプノミクスといった政策が進められた場合のリスクは、レーガン政権時と違って、米国経済が比較的、堅調であるため、景気刺激策がどういった結果を生むかどうかという点、さらに金融市場が先取りした株高、ドル高のうちドル高に関しては、今後、米国の追加利上げ政策などが行われれば、さらに新興国からドル資金が米国に向かい一気にドル高に弾みがつく恐れがある。
 そういった中で、トランプ次期政権が保護貿易主義に走って、メキシコや中国からの地米輸出品に高関税をかけると同時に、米国企業にそれらの国々からの撤収と合わせて米国内に生産拠点を移せと強引な政策をとった場合、このドル高が響いて、米国企業の輸出競争力が落ちているだけに、せっかくの雇用創出のための政策が裏目に出て、米国に戻った企業でリストラが行われ、新たなリスクを生む、といった事態も想定される。

 そんな状況下で、トランプ次期政権が傍若無人な政策を次々に行えば、さらに政治、経済混乱も起きるのは間違いない。TPPに代わって、米国としては二国間での自由貿易取り決めも選択肢で、完全なる保護貿易主義に走るわけでない、とも言われているが、このあたり何が起きるか、全く読めないのがトランプ次期政権だ。ウオッチが必要だ。

なぜ原発周辺住民は取り残される? 事故時に国、東電とも緊急避難連絡怠る

<最初に、おわびしなければならない。毎週書いている時代刺激人コラムを4月下旬から2回にわたってお休みさせていただいたことだ。よほどのことがない限り、私はコラムを書き続けることが大事と、日ごろから健康に留意するように心がけているのだが、この時期に運悪く、2つの問題が重なって起きてしまった。
1つは、不節制をさらけ出すような痛風の再発があり、痛み止めで対応したものの、一時は歩くのも大変だったこと。もう1つは右頸動脈の血管狭さく、早い話が血管のパイプが詰まって放置すると脳こうそくや脳血栓になりかねないため、手術が必要で、入院したことだ。いずれも早期対応で何とか回復できたが、この間、身動きがとれず、コラムをお休みさせていただいた。この場をお借りして、重ねて、おわびしたい>

二本松市と会津若松市で避難住民の人たちから
生々しい現場の実態

今回は、東電福島第1原発事故で突然、避難を余儀なくされた原発立地自治体の福島県双葉郡大熊町、そして隣接する原発周辺自治体の浪江町の人たちの話を取り上げたい。
4月21日に同じ福島県内の二本松市に避難した浪江町の人たち、そして22日には会津若松市に避難した大熊町の人たちに、それぞれ事故直後の危機対応から現在までの避難生活状況を聞くため、国会の東電事故調査委員会が開催した公開ヒアリング会合があった。

そこで、私は再発した痛風の足を引きずりながら、現場重視の精神で、話を聞きに行った。事故直後の実態をいろいろ聞いてみると、メディア報道で伝わるものとは違って、意外な事実も多く、それを踏まえて、新たな問題意識も生じる。現場で確かめることの重要性だ。現場に行く価値が十分にあったので、時代刺激人目線でレポートしてみる。

重大リスク情報や緊急避難連絡が十分に行われず、
半ば放置同然

結論から先に申し上げれば、大地震、それに続く大津波によって原発サイトで全電源喪失というあり得ない事態が現実化し、原子炉の炉心溶融のリスクが高まったこと、爆発回避のためにベント(排気)の形で放射能を大気中に出さざるを得なくなることなどが起きていたにもかかわらず、原発と半ば隣り合わせでいる大熊町、浪江町の人たちには、その重大リスクの情報連絡、それに伴う緊急避難連絡が、国、県、東電のいずれからも十分に行われず、半ば放置同然の状態だったことだ。

問題は、同じ原発立地もしくは周辺自治体で情報連絡に格差を指摘する声があったことだ。東電の原発が立地する大熊町に対しては、さすがに国や東電からの連絡は比較的あった。それでも後で述べるように、その大熊町でも情報連絡が遅すぎるという声が多かったが、問題は、隣接する浪江町が厳しい状況下に置かれたことだ。直接立地の自治体でない、という理由からなのかどうか、情報連絡にかなりの格差があったようだ。現に、今回の公開の場での意見交換では、とくに浪江町の人たちから、不満が噴出していた。

浪江町長「バンソウコウ落ちても通報に来た東電が
肝心な時に対応ゼロ」

論より証拠。まずは、町長ら行政サイドの人たち、そして住民の人たちの声を紹介しよう。緊急避難連絡の点で不満が強かった浪江町の馬場有町長はこう述べている。
「1年前の3月11日夕方に、福島第1原発で爆発事故につながる問題が起きているなど、想像もしていなかった。平成10年(1998年)に県や東電と安全協定を結び、原発に何か問題が生じたら、すべて連絡する、という協定内容だったはず。ところが町当局には通報や連絡が事故当初、全くなかった。大変な事態というのはテレビを見て知った。事故当日の早い段階から連絡があれば、もっと迅速な避難対応が行えていた」と。

さらに、馬場町長は興味深いことを述べた。「協定にもとづいて、東電は平時には、ほぼ毎日のように、たとえばバンソウコウが落ちた、というだけで連絡をしてきた。それが肝心の事故が起きた際にはいっさい連絡なしだ。原発サイトからは歩いてでも町役場に来ることができる距離だというのに、信じられない」という。バンソウコウの話は笑いで済まされない。肝心な時の危機対応ができなかったのだから、浪江町の東電不信は強まる。

国のSPEEEDI情報知らされず、
住民は放射性物質の風向き方向に避難

また、同じ浪江町の行政区長会の鈴木充会長が述べたSPEEDI情報連絡なしに対する反発も、いざ現場で聞いていると、身につまされる。鈴木さんは「国のSPEEDIのデータ公表が行われなかったため、浪江町の住民は、放射能の高い方向に向けてどんどん避難してしまい、長時間、放射能汚染にさらされる結果となった。原発事故処理も重要だろうが、最優先されるべきは原発周辺の住民の生命だったのでないかと言いたい」と。

このSPEEDIは、今回の原発事故で、その存在がすっかり知れ渡ったが、もともとは、原子炉爆発など緊急時に放出される放射能の拡散状況がどうなるか、原発周辺の地形や風向きをもとに予測するシステムのことだ。
今回の場合、炉心溶融に伴うリスク回避のため、首相官邸や東電福島第1原発の現場判断で、格納容器内の放射性物質を原子炉の外に排気するベント作業を行ったが、それによって放出される放射能の拡散状況を原発周辺の自治体や住民に公表するかどうかがポイントだった。ところが、所管する文部科学省が公表を遅らせて大問題になった。

福島県当局でSPEEDIデータ消失事件、
情報が必要な浪江町に届かず

SPEEDIに関しては、まだ、問題があった。私が福島入りした4月21日付け朝刊の福島民報や福島民友の地元紙で、「福島県当局、SPEEDIデータの電子メール65通を誤って消去、住民避難に活用できず」といった見出しで大きく報じていた点だ。情報管理の面で何ともお粗末な話なのだが、要はこういう話だ。

昨年3月12日夜に、福島県庁内に設置のSPEEDI専用端末が大震災直後から不具合で受信できなくなっていたため、県の原子力安全対策課が、SPEEDIに関与する財団法人原子力安全技術センターに対して、パソコンの電子メールで福島第1原発事故に関する放射性物質の拡散試算データを送ってほしいと要請し、データ受信した。
ところが、担当者間のコミュニケーションがうまくいっていなかったため、何も聞かされていなかった職員が電子メールの受信容量を大きくするため、SPEEDI関係のメール86通のうち65通を誤って消去してしまった、というのだ。緊急避難中の当時の浪江町にとってはノドから手が出るほどほしかった情報であったのに、ここでも見放されたのだ。

「東電が原発は安全というのならば、
電力消費地の東京につくれば、、、」と辛らつ

浪江町の住民が会場で手を上げて窮状を訴えたあとの発言がズシリと響いたので、ご紹介したい。「東電はこれまで、われわれに対して、『原発は絶対に安全で、事故などは決して起きない』と言っていたが、そんなに言うのならば、(電力消費地の)東京につくればいいでないか」という言葉だ。鬱(うっ)積とした不満の発露だが、なかなか辛らつだ。

原発安全神話と合わせて、国、そして東電は地元への利益還元という形で補助金を通じての財政支援を含め、さまざまな支援を行ってきた。消費地の大都市で拒否反応にあうリスクを回避して原発建設できるメリットは何ものにも代えがたく、支援はある面で当然との発想だろう。一方で、原発立地町村など地元自治体も財政面で潤う。住民だって同じだ。原発サイトでの雇用の場を得るのみならず、所得確保もできる。まさに共存共栄だ。その枠組みが今回の原発事故で大きく崩れてしまい、上述のような不満の発言となったのだ。
同じ二本松市の会場で、浪江町の住民の1人も「国だって、東電と同様に責任は重い。さまざまな情報を得ておきながら、それらの情報を伝えず、われわれを見殺しにした。何も信頼、信用できない国家になってしまってはダメだ」と手厳しかった。

国は原発立地の大熊町への避難バス手配早かったが、
「7時間の空白」に不満

次に、会津若松市での大熊町当局や住民のヒアリングのことも述べよう。こちらも現場に来なくては知りえない問題が数多くあった。原発が立地する自治体だけあって、確かに、国や県、東電の情報連絡度合いは、隣接する浪江町とは格段の差があるのは事実だった。しかし驚いたのは、国土交通省が茨城県のバス会社のバスを避難住民輸送用にチャーター契約して、いち早く、大熊町に対し、それらのバスを送り込んでいたことだ。

大熊町行政区長会の仲野孝男会長はヒアリングの中で、「私が3月12日午前4時半に、避難連絡に従って大熊町の第2体育館へ行ったら、茨城ナンバーのバスがずらりと来ていて、運転手さんによると、7時間前に茨城県から来た、という。裏返せば、7時間前の3月11日午後9時過ぎには原発事故が判明していたのだ。そんなことならば、もっと国はわれわれに緊急避難指示を出していてくれればよかったではないか。7時間の空白は大きい」と述べていた。確かに、そのとおりだ。

「東電社員の奥さん連中が避難場所にも
集会場にも姿見せず違和感」との声

ただ、大熊町の石田仁生活環境課長が公開会場で述べた事故当時の課題点のうち、興味深かったのは、原発事故時の代替司令塔となるはずのオフサイトセンターが原発サイトと同様、機能マヒに陥ってしまったことだ、という。石田さんによると、オフサイトセンターの電源が確保できないため、関係者が集まってのテレビ会議も立ち上げられなかった。町役場では衛星電話も非常時対応で1台、配備していたが、なぜか接続ができず、すべてがちぐはぐだった、という。

また、現場でしか知り得なかった話のうち、興味深かったのは、石田さんが「地元勤務の警官の子供が親から話を聞いていたのか、3月11日午後9時の段階では大熊町から逃げていた」という話を持ち出したら、仲野さんが「東電の社員の奥さん連中も同じだ。早々と原発事故情報を聞いていたようで、彼ら東電の奥さん連中は避難場所や集会場などにはまったく誰の姿もなかった」と、違和感を述べたことだ。確かに、原発立地住民の人たちを置き去りにして、立ち去ったとなれば、東電も別な意味で問われよう。

周辺住民の安全確保や緊急避難対応などが
今回の原発事故の教訓の1つ

今回のコラムで取り上げたのは原発立地の大熊町、それと隣接する原発周辺自治体の浪江町の2つの自治体、そして住民が経験した予想もしなかった数々の現実だ。これらの人たちの話を聞いていると、今回の東電原発事故の教訓は計り知れないほど大きい。  大熊町の住民が言っていた言葉で印象的だったのは、「政府は、本当に正しい情報を、われわれ現場住民に伝えているのだろうか、不信感が拭い去れない。SPEEDIデータの公表の遅れ1つとってもそうだ。1年たった今でも政府への不信感は消えておらず、引きずっている感じだ」と。なかなか重いメッセージだ。

原発爆発事故から26年間の長きにわたって後遺症が続くチェルノブイリの教訓を踏まえると、まずは原発周辺住民への機敏な情報連絡、さらには放射性物質にさらされるリスク回避のために、緊急避難指示を的確に行うことなど、被害にあいかねない人たちへの目線が改めて重要だと思える。これも教訓の1つであることは間違いない。

東芝利益操作とガバナンス欠如は大失態 トップ企業がなぜ?再発防止策は可能か

 (海外に2週間ほど、出張取材で出ていたため、コラム掲載が遅れてしまい恐縮です)

 電機最大手、東芝の歴代3社長が、経営トップとしてあるまじき行為ながら、それぞれパソコンやインフラ関連など社内の主要事業部門に対し、日本国内や海外企業向けの外部への誇示のためなのか、あるいは資本市場対策のためだったのか、いずれにしても大掛かりな利益操作を指示していたことが東芝の第3者委員会調査で判明、しかもその利益水増し額が何と1562億円の巨額に及んだため、それら3社長は7月下旬、引責辞任に至った。メディア報道ですでにご存じのとおりだ。
 リーディングカンパニーとして経団連会長など財界トップを輩出し、グローバルビジネスの世界でも勇名を馳せている東芝だけに、取り返しのつかない大失態だ。

 長年、経済記者として現場で企業取材にかかわった私にとっては、驚きを通り越してあきれ返るばかりだ。とくに、東芝のような文字どおりのリーディングカンパニーのトップ企業で、なぜ、経営トップの露骨な利益操作指示が堂々とまかり通るのか、そればかりでない。幹部を含めてエリート層の多い中堅層までが異論をさしはさまずに長年、その指示に従ってなぜ、利益操作という許されざる行為に加担していたのか、まさに大組織病も来るところまできた、と言っていい。そこで、今回は、この東芝問題をぜひ取り上げたい。

「目標達成せよ指示はどこの企業でもある」と
言っていた東芝関係者も今では沈黙

 知り合いの東芝関係者は当初、私に対し「利益目標を明示して、経営努力で実現し達成せよ、といったトップの指示はどの企業でもよくあることだ。メディアが問題視するほどのことではない」と高をくくっていた。しかし、東芝という企業の構造的な問題になっていることが次第に明らかになるにつれて、その関係者も、すっかり口をつぐんでしまった。

 まさか自社の信頼していたはずの経営トップが歴代、利益操作にかかわるどころか、「チャレンジだ」と現場幹部に指示どころか、業務命令のような形でけしかけていたとは思いもよらなかったのだろう。
 東芝は、重電機では日立製作所、三菱重工とならんで、また家庭電気製品ではパナソニックなどと激しい競争を繰り広げながら、独特の存在感を持っており、現場取材していたころは、優れた、辣腕のリーダーが多かったので、その企業動向には常に関心を持っていた。あとでも申し上げるが、日立製作所がかつては官僚ならぬ民僚組織で、しかも内向きの発想が多くて歯がゆい思いをしていたころ、東芝は、対照的に経営トップら幹部リーダーに自信があるからか大胆な発想で発言を行い、面白い企業だなと思った。それだけに、今回のことは思わず「えっ、本当か」と言わざるを得ないほどだ。

中堅企業経営者は
「私たちが東芝と同じことをしたらその瞬間に市場淘汰だ」

 先日、出会った中堅企業の経営者が「私たちの企業レベルで同じことを行い、それが発覚したら、その瞬間に取引先のみならず金融機関からは締め出しを食い、あっという間に市場淘汰されて、企業の命運もそれまでとなるのは間違いない」と語った。確かに、そのとおりだ。
 さらに、その経営者は「かつてオリンパスでさえ、粉飾決算で厳しい制裁を受けたが、まさか東芝の場合、大企業で、社会的な存在であり、影響力も大きい企業だけに、社会的なペナルティは与えにくいなどと、関係当局などは問題をあいまいにすることはないのでしょうな」とも述べた。
 その発言には、凄味があった。確かに、大企業に比べて、いつも厳しい企業間競争のみならず市場での競争にさらされている中堅企業からすれば、思わず「あいまいな形での事態解決は許さない」と言いたくなるのだろう。

東芝第3者委は内部調査で真相解明に至らず、
独立の第3者委に再調査も

 東芝の第3者委員会調査では、いまだに目的や動機を含めて真相を解明できたとは言えない。率直に言って、かなりの分量の報告書、その要約を読んだが、時間的な調査の面で余裕がなかったのか、専門調査員が少なくて、専門分野に踏み込めなかったのか、あるいは東芝という大企業に遠慮して目的や動機の部分をえぐり出すのを躊躇したのか、いずれにしても事例が似たような報告書スタイルになっていて、報告書のボリュームは厚いものの分析、解明の中身に乏しいな、というのが印象だ。

 私が以前、東京電力福島第1原発事故の調査を行った国会事故調査委員会の事務局にかかわり、委員会調査を見ていて、東電や政府の事故調査委員会のような内部調査と違って、政府からも東電からも独立して、しかも法的権限をもって大胆に調査を行った。それでも調査を踏まえての報告書作成までの時間がきわめて短期間であったため、プロジェクトマネージメント手法を導入し問題やテーマなども設定し徹底的に調査した、というのを見てきた。
 その点からいえば、今回の東芝の第3者委員会調査は、ある面で東芝から委託されたもので、内部調査にすぎないという弱点があるように思う。問題の重要性に鑑みて、利害関係者、当事者から独立した本当の意味での第3者機関に調査をゆだねて、再度、真相解明に迫る、という方法をとるのも一案かもしれない。

コーポレートガバナンス先取りで
委員会等設置会社制導入したのに機能せず

 とりわけ東芝の場合、グローバル時代のコーポレートガバナンスを先取りする形で、米国で積極的に実施されていた委員会等設置会社という、社外取締役を主体にした委員構成によって経営監視するシステムをいち早く導入していた企業だ。今回、そのガバナンスが全く機能しなかったこと、それどころか監査委員会の監査委員長に就いていたのが歴代、財務担当トップCFOとして財務処理にかかわっていたOBばかりで、彼らが他の社外取締役の監査委員に何も情報開示していなかったことが判明してしまった。これでは、いったい何のためのコーポレートガバナンスだったのかと言わざるを得ない。

 ここまでくれば、下手をすると、大企業不信が一気に高まることを懸念する。私は、東芝問題の再発防止策とからめて、やはり、東芝が2003年当時、ソニー、日立製作所グループ、野村ホールディングスなどと並んで委員会等設置会社を導入しコーポレートガバナンスを先取りする行動をとった企業とは思えない経営トップの行動に今後、歯止めをかけられるのか、という点を問題視してみたい。

ガバナンス専門家久保利氏
「不都合な情報が社外取締役に伝わるシステム完備を」

 いつも辛口のコメントをしながら厳しく問題を指摘することで、私が評価するコーポレートガバナンスの専門家、久保利英明弁護士は毎日新聞の「東芝の不正会計問題でそこが聞きたい」という企画インタビューの中で鋭い指摘を行っているので、少し引用させていただこう。

 久保利氏は、「企業統治(コーポレートガバナンス)で重要なのは、社外取締役の人数などの形式論ではない。まずは、会社にとって不名誉、不都合な情報が社外取締役も出席する企業の取締役会に伝わるシステムを完備することが必要だ」と語った。 加えて、久保利氏は「不都合な真実を堂々と公表する勇気ある取締役や業務の執行者が選任されていることも重要だ。日本は、体制順応型の文化があり、『会社第1人間』が多い。しかし『公的資格』や『正義』、『うそは絶対につかない信念』など、会社よりも大切なものを持ち、独立性を保つことのできる人材の登用が求められる」と述べている。なかなか鋭い問題提起で、私も100%同意見だ。

証券取引等監視委に捜査権限を付与し
刑事罰を重大犯罪並みに、との指摘も

 最後に、久保利氏は再発防止策に関して、こう述べている。「不正を行った企業に対する課徴金を大幅に引き上げることも有効だ。過去の課徴金最高額は16億円だが、利益を水増した額のほんの一部にすぎない。これを水増し額と同額、あるいは倍額に引き上げてもいい。また、証券取引等監視委員会に捜査権限を付与し、刑事罰も重大犯罪並みに引き上げることも検討すべきだ」と。

 なかなか大胆だが、企業の信頼を失わせるような経営トップ自らが関与する利益操作などの不正行為に対しては、それぐらいのペナルティをくらわすことも再発防止という観点からすれば重要なことかもしれない。

新日本監査法人は何を監査していたのかが問われる、
監査法人制度そのものに問題

 今回の東芝の問題で、多くの専門家が指摘していることだが、新日本監査法人という大手の監査法人の「罪」は大きい。私も、この問題が表面化した際、監査法人はいったい何をしていたのだろうか、とすぐに思った。ご存じのように、監査法人は、企業から財務監査の委託を受けると同時に、もう1つの顔であるコンサルティング業務の面で利害が反する行動をとらざるを得ないことがある。

 ずっと以前から問題指摘されてきたことで、監査法人が企業監査する場合、ファイアウオールのような情報の壁を監査法人自身の内部につくるシステムができていたら、問題ないが、その点が実にあいまいなままだ。
 とくに、新日本監査法人はオリンパスの粉飾決算問題でも当事者の監査法人だったので、今後、問われることが多い。

東芝の今後の再発防止策は至難のワザ、
市場は厳しく見て株主代表訴訟もあり得る

 今後の問題は、今回の利益操作が表面化して、早くも米国で巨額の株主代表訴訟が起きた。グローバル企業となれば、こういったコーポレートガバナンスが全く効かなかったことに伴う損害が株価下落などに出れば、そういった株主代表訴訟という形で出てくる。9月に新たに発足予定の東芝経営陣は、再発防止策をしっかりとつくらないと、米国の株主代表訴訟のような形が波状的に襲ってくることも覚悟しなくてはならなくなる。

 しかし再発防止策といっても、大組織病に浸りきってしまった東芝の場合、正直言って至難のワザだ。まだまだ、ウオッチが必要だ。

女性視点がビジネスを変える 山口 絵里加(ビジネスウーマン # 23)

いま注目のビジネスウーマン

ビジネスの世界になくてはならない女性の力。そのトップを走るパワフルなビジネスウーマンの方々に、自身のお仕事や価値観についてお話しいただきました。

出会って頂いた方に感謝
感謝の気持ちをもって行動し続けることが大切

「一人でやってみたら?」その一言で決断
起業しようと思ったのは21才の時です。
もともと、スポーツ選手やアーティストさんの方々のサポーターとして、スポーツトレーナーになることを夢見てある治療院へ入れていただき、結果、スポーツ選手やいろんなアーティストさんのケアを実際に担当させてもらうところまでいくことができたのですが、自由人な性格の私にはそこの会社のやり方というものがあわずにストレスとなっていました。

自分はこうしたいという意見があるけども、その意見がなかなか通らない・・・

そんなときに相談した方がいたのですが、その相談した方の一言で私の運命は変わりました。

「一人でやってみたら?」

その人の一言で私は決断しました。

また、そんなときに美にも興味を持ち始めていて、いろんな方法でケアできる環境を作っておきたいと考えた私はバリ島に行きアロマトリートメントやフェイシャルの資格を取得。

その後に起業したというわけです。

いま注目のビジネスウーマン 門田 由貴子(ビジネスウーマン # 20)

いま注目のビジネスウーマン
ビジネスの世界になくてはならない女性の力。そのトップを走るパワフルなビジネスウーマンの方々に、自身のお仕事や価値観についてお話しいただきました。

 

人には誰にでも「その人に合った役割」がある

 

自分がやりたいことと、会社から期待される業務の方向性が
徐々に乖離している感覚があったため、コンサルタントとして独立

小学生のころから、「自分は将来どのような大人になるのか?」が一番の関心ごとで、職業研究を始めていました。

漠然と「いずれはフリーランス、もしくは独立起業したい」と思っていました。

その流れで、20代に「キャリア・カウンセリング」という職業を知り、「キャリアカウンセラーとしていずれは独立したい」と思うようになり、30代で勉強や資格取得を進めながら、独立の準備をしてきました。

就職して、企業に対する業務革新コンサルティングや経営改善指導などの仕事を担当するうちに、「自分に合っている仕事だ」と感じるようになりました。

また、クライアント企業からは個人指名で仕事が発注される機会が増えていたので、企業に所属している意味合いが薄れていました。

そこで 自分がやりたいことと、会社から期待される業務の方向性が徐々に乖離している感覚があったため、コンサルタントとして独立することを決意しました。

仕事の根源にあるのは、
「成長したいと願う人をサポートする仕事」

独立当初は、「企業の一員である」という束縛から解放された喜びで一杯でした。

そのため、「それまでずっと、やりたいのにできなかったこと」「いずれやりたいと思っていたこと」を、片っ端から着手しました。

寝る時間が惜しいほど、やりたいことが満載の楽しく充実した期間でした。

現在も、基本的には上記の延長線上にあります。

様々な種類のことに着手して、実際に経験してみることで、自社の事業ドメインや方向性を徐々に絞り込んできています。

コンサルティング、研修、カウンセリングなどの仕事の根源にあるのは、「成長したいと願う人をサポートする仕事」です。

このため、クライアントの目標が達成できたとき、問題解決した時、自己実現・夢の実現などの瞬間を共有すること、クライアントの昇進昇格や事業の成功などの報告をもらうことは、何よりの報酬となっています。