時代刺激人 Vol. 59
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
鳩山由紀夫首相の提案した「東アジア共同体」構想が、ラッド豪首相提案の「アジア太平洋共同体」構想と一緒に、10月25日にタイで開催の東アジア首脳会議(サミット)で歓迎かつ評価され、サミット議長声明にも盛り込まれた。日本は、これを外交儀礼と捉えずにチャンスと受け止め、実現に向けてアクセルを踏むべきだ。肝心の鳩山首相の「東アジア共同体」構想の具体的な中身がよく見えないのだが、私の場合、はっきりしている。日本は東アジア「経済共同体」という形で、政治抜きの経済にしぼった地域経済統合、地域共同体づくりを進めるべきだ、と考えている。
私は、この「時代刺戟人」コラムでは、アジアに対する日本の積極的なコミットに強いこだわりを持っている。実は、第33回で「アジアは世界の成長センター、日本は今こそ内需拡大に積極協力を」、また第50回で「アジアでASEAN(東南アジア諸国連合)軸に共同経済圏化進む、ハッと気が付いたら日本はカヤの外?」というテーマで書き、いずれも日本がアジアの中に入って中心的な役割を果たすべきだと主張している。エッ、またかと思われるかもしれないが、今回は、鳩山首相の提案する「東アジア共同体」問題にからめて、もう少し踏み込んだ話をしたいので、ぜひ、おつきあい願いたい。
第50回コラムでアジアの問題を取り上げたのは、ASEANが7月13日にASEANの枠組みに属さないインドとの間で自由貿易協定(FTA)を結び、2010年1月の協定発効をきっかけに、消費人口17億人という巨大な経済圏を実現させた時だ。その数日後、ASEANはタイでの経済閣僚会議で、今度は経済連携協定(EPA)、つまり貿易自由化に限定せず投資やサービスなど幅広い経済連携を盛り込んだ協定づくりが可能かどうかの検討にも入った。これらの動きを見て、私はアジアで間違いなく地殻変動が起きつつある、とみた。ところが、当時の日本の政治は相変わらず内向きだったため、警鐘を鳴らす意味で「ハッと気が付いたら日本はカヤの外?」という事態になるぞ、と指摘したのだ。
東アジア首脳会議で2つの広域自由貿易地域検討に踏み出した点を重視すべき
しかし、そのわずか3ヶ月後の10月開催の東アジア首脳会議で、アジアはさらに前に進んだ、と言っていい。今回の東アジア首脳会議は7月のASEAN、つまりタイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーのメコン経済圏の枠組みにインドネシア、マレーシア、フィリピン、ブルネイ、シンガポールを加えた東南アジア10カ国に日本、中国、韓国、それにインド、豪州、ニュージーランドの合計16カ国の首脳による会議だが、冒頭にあげた「東アジア共同体」構想の評価と言った問題もさることながら、実質的な前進として2つの広域FTA構想を政府間で協議することで合意した点だ。つまりASEAN+3(日中韓3カ国)を想定した東アジア自由貿易地域(EA FTA)と、今回集まった16カ国すべてを対象にした包括的経済パートナーシップ(CEPEA)の2つへのチャレンジだ。
これら16カ国の首脳による東アジア首脳会議での動きをとらえて、私が、政治および軍事抜きの経済に限定した東アジアの「経済共同体」づくりに向けて日本が主導的なアクションを、と申し上げたのには、当然、理由がある。つまり、これらの国々は、さまざまな政治的な利害、さらには軍事的な問題で衝突もあり得るが、こと経済に限定すれば利害が一致する可能性が高い。今回の首脳会議で2つのケタ外れの大きな自由貿易地域づくりについて、互いの政府間で協議することで合意している。とくに前者の東アジア自由貿易地域は、2国間、多国間で入り混じって存在するさまざまなFTAを広域の自由貿易地域という形で一本にまとめようというもので、もし実現すれば、画期的なこととなる。
日本が戦略的に経済共同体づくりをリードすればその存在感はアジアで飛躍向上
ASEAN+3のうち、ASEAN内部のいくつかの小さな国々にとって、関税障壁という経済の垣根が低くなった分、いろいろなモノが流入し自国経済がダメージを受けるリスクはある。しかしその半面、自由貿易地域という枠組みを通じて、ASEANにとっては日本や中国などの巨大消費市場にアクセスができるのだから、間違いなくメリットは測り知れない。それに、これらの国々にとって、これまでは米国が巨大な輸出先だったが、米国発の金融、経済危機をきっかけに、米国経済の落ち込みが続き、不安定な状況にあることを考え合わせれば、東アジア自由貿易地域を一気に自らつくりあげることの意味は極めて大きい。
その機会を日本が巧みに、かつ戦略的に活用して、東アジア自由貿易地域づくりにとどまらずアジア全体の地域経済統合、地域経済共同体という、一歩踏み込んだ経済の枠組みづくりにコミットすれば、日本の存在感、プレゼンスは間違いなく飛躍的に高まるぞ、というのが私の主張だ。
日本は、これまで前自民党政権のもとでアジアとのFTAに関しては、どちらかと言えば、国内の農業保護とのからみで影響が出かねない国などとのFTA締結を先送りしてきたのが現実。民主党政権になって、鳩山首相が「東アジア共同体」構想を提案したものの、肝心の東アジア自由貿易地域づくりにつながる包括的なFTAに踏み込めるかどうか、政治判断が問われている。
中国はASEANとの投資協定締結でFTA完結させ、アジア戦略を着々進める
それとは対照的に中国は、農業はじめさまざまな国内問題を抱えながらも、大胆にFTA締結に踏み出している。とくに今年8月、ASEANとの間で投資協定締結にこぎつけ、過去2004年のモノ、07年のサービスに関するFTAと合わせて、中国はASEANとのFTAを事実上、完結させた。中国としては、欧米先進国が主導する世界貿易機関(WTO)の枠組みでさまざまな拘束を受けるよりも、ASEANとのFTAによってアジア全体に、自らの市場を主導的に開放し、いずれは人民元決済も可能にするようにする布石を打つ狙いであることは間違いない。そこには中国の強烈な対アジア戦略が見えてくる。韓国も同様に積極的で、アジア以外では米国とのFTAに続いて、欧州共同体(EU)との間でも今年10月15日に仮調印にこぎつけ協定発効から3年以内に90%以上の工業製品などの関税を撤廃する勢いだ。
河合アジア開銀研究所長が東アジア「経済共同体」づくりで4本柱を強調
そこで、本題の日本の東アジア「経済共同体」実現に向けての話をしよう。その点に関して、私がメディア・コンサルティングでかかわっているアジア開発銀行研究所の河合正弘所長が、この「経済共同体」について、4本柱を主張されているので、ぜひ参考にさせていただこう。河合氏は、1)アジア地域のインフラを整備し切れ目ないアジアづくり、2)貿易や投資などの経済連携協定(EPA)の締結、3)通貨・金融システムの安定(アジア地域での多国間通貨スワップ・システムのチェンマイ・イニシアチブ、アジア債券市場、ACUというアジア共通通貨単位を通じた為替安定システム)、4)その他アジア地域公共財の提供(気候変動、環境・エネルギー、自然災害、感染症などでの広域協力システムづくり)の4つを挙げている。
そして、河合氏は、日本と中国とのEPAをテコにASEAN+3ないしはASEAN+6で広域的なEPAづくり、つまり貿易自由化に限定せず投資やサービスなど幅広い経済連携を盛り込んだ広範なEPA協定づくりを主張している。それをもとに、日本は民間貯蓄をアジアのインフラファンドなどへの投資に回すこと、日本の強みである省エネ、環境技術を駆使してアジア版グリーン・ニューディールに積極協力すること、アジア共通の課題である医療や年金、教育など社会部門保護の強化に先駆的に取り組むこと、アジア域内での通貨、金融システム安定に積極協力すること、今後の米ドル安に備えた為替レートの域内協調のためにアジア共通通貨単位による為替安定システムづくりに積極コミットすること、これらの積み重ねが東アジア「経済共同体」につながる、という主張だ。
民主党は政権交代に伴い積極的かつ戦略的なアジア「経済共同体」プランを
私自身、アジア開銀研究所にかかわっているからというわけでないが、この河合氏の主張には100%賛成だ。自民党政権時代に、麻生太郎前首相が「アジア経済倍増計画」構想を打ち出した。その際、アジアのさまざまな地域の開発計画などをつなぎ合わせ一体的に広域インフラの整備などを進めれば、成長の起爆剤になっていくので、日本としては、アジアの広域インフラ整備に民間投資資金が向かうように2兆円の貿易保険枠を設ける、と構想を打ち上げた。しかし、政権交代してからは、この「アジア経済倍増計画」がどうなったのか、はっきりしない。むしろ、鳩山首相が新たに打ち出した「東アジア共同体」構想にアジア各国の首脳たちの目が向いている感じだが、政権交代したとはいえ、中身のある計画であれば、日本国内と違って、対アジア、あるいは対世界への日本の公約という意味合いがある場合には、うまく活用すればいい。何も前政権のもの、官僚がつくったものだからと毛嫌いする必要はない。ただ、政権交代したのだから、民主党政権としては、新たな枠組みづくりに積極的に踏み込むべきことだけは確かだ。
このうち鳩山首相の「東アジア共同体」構想に関しては、過去にマレーシアのマハティール首相(当時)が「東アジア経済圏」構想をいち早く打ち上げたし、小泉純一郎元首相が2002年に「東アジア・コミュニティ」構想を表明、それらに連動する形で日本国内でも「東アジア共同体」構想が民間でも大いに問題提起された。にもかかわらず、いま、なぜ東アジア首脳会議で再び、クローズアップされるかだ。政治や軍事がからむと、この構想は時期尚早と大きく遠のくが、こと経済に限定すれば、にわかに現実味を帯びる。その理由は簡単だ。いまアジアが世界の成長センターとなり、米国発のグローバルな金融、経済危機のもとでも、アジアは中国を中心にプラス成長を続けている。アジアはグローバル経済危機の影響を最小限にとどめて成長する中で、1つの結論を出しつつある。つまりアジアは独自に広域の自由貿易協定づくり、経済連携づくりに踏み出せば、欧米経済に頼らずとも成長を続け得る、という判断なのだ。
日本フードサービス協会長の「アジアに日本食市場拡大を」のメッセージもヒント
だから、日本は、河合氏が主張するようなシナリオに沿って、東アジアの「経済共同体」実現に向けて主導的な役割を果たせばいい。とくに、私は、日本が、日本国内の狭い内需をどう拡大するかの発想ではなく、アジアの地域経済統合を視野に入れて、それら広域アジアの域内内需を活用する「拡大内需」の発想でもって経済政策を進めればいいのだと思う。
その点で、最近、私がかかわった日本フードサービス協会の国際シンポジウムで、田沼千秋日本フードサービス協会会長が「人口減少という避けて通れない日本の現実のもとで、外食産業が国内の縮小化する内需のパイをめぐって競い合うよりも、日本の食文化が定着しつつあるアジアに日本食市場拡大を求める発想が重要になってくる」と述べた。まさに、私が言う「拡大内需」の発想だ。こうやって、ちょっと発想を変えれば、一気に、世界が広がってくると思う。いかがだろうか。
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