時代刺激人 Vol. 60
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
今年8月の総選挙での民主党圧勝によって政権交代が実現したことで、日本という国が新しい政治の枠組みのもと、閉そく状況に終止符を打ち、経済社会が再び活力を取り戻してほしい、といった気持ちが私には強かった。今もその気持ちは変わらない。しかし、率直に言って、今の民主党政権に関しては期待半分・不安半分というところがある。その不安部分が、今回取り上げる日本郵政の社長人事で表面化した、と思っている。
脱官僚依存の新しい政治、現役および過去官僚を含めて天下りのあっせん全面禁止を標榜(ひょうぼう)していた民主党政権が、日本郵政の社長に、こともあろうか旧大蔵次官OBの大物を起用したうえ、その決定に至る手続きがこれまた、実に不透明で、到底、国民の共感を得るようなものでなかったかためだ。早い話が、前自民党政権の政治手法と何ら変わるものがなく、新政権への期待を裏切るものになりかねないと言ってもいい。
参院での安定過半数確保最優先のための国民新党取り込み策に無理?
その原因をつくったのが亀井静香郵政改革・金融担当相の判断だ。今回の日本郵政の社長人事だけでない。銀行の貸し渋り・貸しはがしに対応する中小企業や個人の借金返済猶予(モラトリアム)法案もしかりだ。このいずれについても、民主党政権は政策決定のプロセスを限りなく透明性の高いものにするはずだったが、亀井郵政・金融担当相はそれに逆行することを平然かつ強引に行っている。あとで申し上げるが、参院での安定過半数確保という政治の思惑で国民新党、そして社民党と連立を組んだこと自体に無理があったのでないだろうか。鳩山由紀夫首相自身の政治姿勢が問われる時期が意外に早くやってくるのでないかという気がする。
さて、日本郵政の社長人事に関しては、すでに新聞などメディアの報道で、よくご存じだろう。おさらい的に申し上げれば、小泉純一郎元首相の自民党政権の「官から民へ」という構造改革路線に沿って、旧郵政事業の民営化が進められ新たに誕生したゆうちょバンク、かんぽ生命、日本郵便など4社を包含するホールディングカンパニー日本郵政の西川善文社長(元三井住友銀頭取)に辞任を求め、10月21日に、後任社長に元大蔵事務次官で、東京金融先物取引所社長の斎藤次郎氏を決めた。
この新社長人事のニュースを知った時は、本当に驚いた。というのも、政権交代したとはいえ、郵政民営化の大きな流れを逆行させる必要はないこと、また日本郵政自体が「かんぽの宿」問題はじめ、いくつかマネージメントの問題が問われたことによって、その経営責任に1つの区切りをつける首脳交代人事が必要になったとしても、政治介入してまで強引にやるべきでないこと、またその後任首脳人事に関しては、民間企業の現場経験を持つ人材の起用が望ましいこと――などが必要と思っていた。
民主党がかつて日銀総裁人事で反対しながら一転財務OB起用は首尾一貫せず
ところが新社長に就任した斎藤氏は、旧大蔵省時代から指折りのやり手官僚だ。私が毎日新聞経済記者時代に旧大蔵省を担当した際の有力な取材先の1人で、当時、まだ課長時代だったが、そのころから問題意識の希薄な政治家や先輩官僚を遠慮なく批判すると同時に、自らは鋭い問題意識でもって財政政策のあるべき論を打ち出す人だった。取材していて、いろいろな意味で刺戟的であり、個人的にもよくつきあわせてもらった
その斎藤氏は、中枢の主計局長などを経て旧大蔵次官にまで上りつめたが、当時の細川連立政権時代に政権の中核にいた小沢一郎現民主党幹事長(当時は新進党)らと画策した国民福祉税導入が問題を呼んだ。その後の自民党政権のもとで、国民にとって重要課題の増税政策について、十分に議論せずに有力政治家と謀(はか)ってコトを進める手法は問題と批判され、一時は不遇の時代を過ごした。その問題意識や人物をよく知っているだけに、私としては、取り上げにくい面があるが、この斎藤氏の日本郵政社長就任には、率直に言って首をかしげざるを得ない。その理由をいくつか申し上げよう。
民主党はもともと、官僚の天下りについて、前の自民党政権時代から現役、過去官僚とも事実上の封印を主張した。そして日銀総裁人事に関して、元財務省次官 OBで、日銀前副総裁だった武藤敏郎現大和総研理事長の総裁就任案を福田康夫政権(当時)が国会に提案した際、当時の民主党が天下り反対の主張に沿って退けたのは有名な話。これ以外に、当時の政権が繰り出す財務官僚OBの日銀総裁、副総裁人事案にことごとく反対した。このため、中央銀行の総裁、副総裁ポストが空白のままという異常な状態が続き、当時の内外のマーケットは、日本の政治に対して強い不信感を抱いた。その官僚OBの中でも、ある面で象徴的な存在である斎藤氏を今回、日本郵政社長に選んだこと、しかも斎藤氏と小沢民主党幹事長とが互いに深い関係にあること――などから、民主党は言行不一致と言われかねない、という問題もあった。
田中秀征氏は「官僚天下りあっせん禁止主張を事実上ほご?」など4つの疑念
そればかりでない。もっと本質的な部分で首をかしげざるを得ないことが多いが、政治評論家の田中秀征氏が10月24日付の朝日新聞オピニオン欄で、極めて的確な問題提起をしている。私の疑問をほぼ代弁してくれているので、ぜひ、引用させていただこう。
田中氏の疑念ポイントは4つある。1つが「民主党が声高に唱えた脱官僚依存は何なのか、本当にそれを追求するつもりがあるのか」、2つが「民主党がマニフェスト(政権公約)にうたった天下りのあっせん全面禁止が、なし崩し的にほごにされるのでないか」、3つが「鳩山由紀夫首相がこれだけ大事な人事について何の条件もつけずに亀井郵政改革・金融担当相に任せた。今後も主要な人事に、首相が責任を持たないのでないか」、そして4つが「重大な政策に関する説明責任のあり方」という点だ。
私は、この4つの疑念のうち、とくに鳩山首相がこれほど重要な人事案件に関して、亀井郵政改革・金融担当相が担当大臣だったとはいえ、任せきりで、発表の前夜に電話報告を受けた際、鳩山首相が「話を聞いた際には『いわゆる元官僚ではないか』と驚いた」ということ自体に驚きを隠せない。それに、重大な政策に関する説明責任のなさ、もっと言えば、政策決定過程の不透明さがあるという点もおかしいと思っている。とくに、なぜ亀井郵政改革・金融担当相がかかわる案件に関しては、それが集中しているのか理解に苦しむ。民主党政権は政策決定過程の透明性、情報開示に関しては、いろいろルール化しているはずだったのに、いったいどうなっているのか、ということだ。
亀井郵政・金融担当相はモラリアム法案などで「首相とは一致」と譲らず
この政策決定過程の透明性がすっきりしていないという点に関しては、亀井郵政改革・金融担当相が打ち出したモラトリアム法案でも、それが言える。亀井郵政改革・金融担当相は連立政権を組んだ時点から、国民新党のマニフェストで「困窮する中小零細企業の経営資金の返済について、最長3年間の支払猶予制度を新設する」と政策に盛り込んでいること、鳩山首相とは総選挙前から一致しているし、連立合意でも政策一致していることを盛んにアピールし、自分が担当大臣なのだからすべて決めるのは当たり前と譲らない。
問題は民主党の大塚耕平副大臣ら政務3役、さらには国家戦略室、関係大臣協議などの場を十分に活用せずに、半ば担当大臣の力を誇示して政策決定しているフシがある。このモラトリアム法案に関しても、大方針を自分で決めてから大塚副大臣や政務官に具体的検討、財務省などとの調整を指示しているところもあり、政策決定過程の透明性を全面に押し出した民主党政権とも思えない。
今回の日本郵政の社長人事に関しても、日本郵政はコーポレート・ガバナンスの観点から社長ら役員人事に関しては、社外取締役を中心に構成される人事指名委員会で本来、決めるという手続きになっているのに、亀井郵政改革・金融担当相はルール無視だった。そして事後的に、その手続きを踏んでいるが、形式論に終始してしまっている。
冒頭に、私は、今の民主党政権に関しては期待半分・不安半分というところがあるが、その不安部分が、今回取り上げる日本郵政の社長人事で表面化した、と書いた。この不安部分の最大のポイント部分は、国民新党代表の亀井郵政改革・金融担当相の存在でなかろうか。
鳩山首相の政治的指導力が問われる、連立与党と政策矛盾出れば解消も選択肢
民主党は総選挙で地滑り的な勝利で衆院を確保しても、肝心の参院では社民党や国民新党の数の力に頼らないと、安定政権となり得ないという厳しい現実がある。今後、民主党としては、政策面で国民新党や社民党と政策面で大きな開きがあっても目をつぶらざるを得ないのか、あるいは最悪の場合、政策面でスジを通して連立の枠組みを解消するかどうか、今回の亀井郵政・金融担当相の問題で、早くも大きな壁に遭遇する情勢だ。その意味で亀井郵政・金融担当相の存在は新政権にとっては何とも危うい存在だ、というふうに思えるが、いかがだろうか。
その点で、私は鳩山首相の毅然としたリーダーシップ、政治的な指導力が次第に問われてくるような気がする。参院での安定過半数を意識して、国民新党や社民党との連立にこだわるうちに、次々と政策矛盾が露呈して、鳩山首相が優柔不断の姿勢でいたりすると、今度は世論調査での内閣支持率の低落という形で有権者、国民の厳しい評価を受ける事態に追い込まれかねない。その意味でも、鳩山首相が、必要に応じて、政策面で指導力を発揮することが重要だ、もっと言えば、連立与党との間で、仮に政策矛盾が出れば、連立解消ですっきりと民主党固有で臨む、ということも選択肢になることを申し上げたい。
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