デフレ・スパイラル・リスクだけは要警戒、新政権経済対策の機動性に問題あり スピードの時代への機敏対応こそ最重要だが、大胆な規制改革で需要創出を


時代刺激人 Vol. 65

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

民主党政権のマクロ経済対策がやっと動き出した。12月8日に総額7兆2000億円規模の経済対策を決め、景気下支えに踏み出したのがそれだ。きっかけは、11月20日の政府の月例経済報告で、日本経済は緩やかなデフレ状態にある、と「デフレ宣言」したことから、その対策が必要になったためだ。日本銀行が12月1日にデフレと行き過ぎた円高に歯止めをかけるため、10兆円規模の期間3カ月の資金を0.1%の超低利で量的な金融緩和することに踏み切っており、これら財政、金融政策の両面でのデフレ対策がどこまで政策効果を上げるかに、焦点が移ってきた。
 しかし結論から先に申し上げれば、今回の経済対策の規模はそこそこの大きさながら、即効性がすぐに出るとは思えない。それよりも、今回の政策対応で明らかになったのは民主党政権がマーケットの時代、スピードの時代に機動性の面で決定的に弱いことだ。この種の政策はデフレ・スパイラル・リスク、つまりはデフレが悪循環するリスク回避のためには何よりも機動性やスピード性が最重要。ところが現実は11月20日の「デフレ宣言」をした時点で機敏に動いておらず、今回の対策も「宣言」から2週間以上たってしまっているからだ。そこが残念でならない。

2001年に「デフレ宣言」以来、デフレ脱却できないまま今回「再宣言」
 ところで、ご記憶だろうか。政府の「デフレ宣言」は今に始まったことでない。2001年3月に当時の自民党政権が「宣言」し対策に踏み出している。そのころ、日本経済のバブル崩壊の後遺症が長引き、物価が継続的に下落するリスクが実体経済に強まった。そこで自民党政権が強い危機感を持ち、政策対応を余儀なくされた。当時、ケタ外れの財政刺激策をこれでもか、これでもかと繰り返し行ったが、肝心の物価の低落状態になかなか歯止めがかからず、いわゆるデフレ状態は06年6月まで続いた。その代わり大量の国債発行で財政赤字が極度に膨らんだ。金融政策も超低金利政策から抜け出せず、デフレ経済との長い同居生活が続いたのだ。
 だが、ここで忘れてならないことがある。それは、06年6月以降、経済が緩やかに回復したため、デフレを声高に口にすることはなくなったが、デフレ状態は事実上、続いたのだ。というのは、その後の自民党政権のもとで、幾度か「デフレ脱却宣言」チャンスがあったにもかかわらず、問題先送りしたまま、ずっと現在に至っている。早い話がデフレ脱却できずにデフレ状態はなお進行中なのだ。だから、今回の民主党政権の「デフレ宣言」は言ってみれば、01年3月に続く再度の「宣言」とも言える。要は、日本経済のデフレ状態が続いたまま、その脱却がまたまた遠のいた、ということだ。

慢性的デフレ状態は「アラ・ゼロ成長と物価」時代の定着とみるべき?
 もちろん、政策当局としては、デフレ・スパイラル・リスクという、物価が奈落の底に落ちていくように下落を続ける悪循環のリスクだけは、くどいようだが、何としても避けねばならない。そのための政策的な対応は機敏さが必要だ。ただ、これだけ長い物価の低落状態が続き、一種の慢性的なデフレ状態が続くと、われわれとしては、この際、発想の転換が必要になってくるのでないだろうか。つまりは、経済の低成長、いま流行のアラウンド(そのあたり、その前後という意味)で言えば、「アラ・ゼロ成長」、ゼロ近傍のプラス、マイナス成長、それにリンクする「アラ・ゼロ物価」と見ればいい。要は前年比でゼロよりも少し上の小幅プラスか、逆に小幅マイナスの物価状態を与えられた条件としての与件と見て、経済運営していくという発想でいた方がいいのでないか、ということだ。
 日本経済のデフレは、バブル崩壊の後遺症が原因で、とくに金融機関の不良債権処理の対応遅れが金融システム不安を招き、その破たん処理などに追われるうちに、デフレ経済に陥ってしまったと言っていい。そこへ、グローバルな経済がスピードの時代、マーケットの時代のもとで、1つの国や地域の経済現象があっという間に、他の地域に伝播、波及していくフラットな経済の時代になった。とくに、中国やインドなど新興経済国の動き、中でも低コストのさまざまな製品やサービスが低価格を武器に日本はじめ先進国だけでなく世界中に波及し、それが新価格体系をもたらした。その影響をもろに受けたのが当時の日本経済だ。折からのデフレ経済状況のもとで、中国などの低価格の新価格体系は砂漠に水が浸み込むように、経済に浸み込んだ。日本国内の企業にとっては、企業物価やサービス価格を引き上げることで収益確保をといったことは、夢の夢状態になってしまった。

経済の需給ギャップは過去最悪のマイナス7.8%、40兆円の需要不足
 もちろん、それだけでない。日本国内の需要不足も深刻で、これがデフレの長期化を誘発している面もある。内閣府が国内総生産(GDP)をもとに日本経済の需要と供給差を推計する需給ギャップは今年4-6月期時点でマイナス7.8%と言われており、このマイナス幅は過去最低レベル。そして、この需給ギャップは、需要で見た場合、実に40兆円の需要不足状態にある、という計算なのだそうだ。
要は、この需要が高まらないため、物価も勢いを失うどころか、需要喚起のための値下げ競争が活発になり、それが下手をすると物価の押し下げ圧力になってしまうリスクさえ出てくる。しかしマクロ政策面では、放置できなくなり、この需要不足を財政刺激で、という発想になって、かつてはケタ外れの財政資金がつぎ込まれたりする。しかし、過去の政策効果を見た場合、そういったケタ外れの財政資金のつぎ込みは、際立った効果をあげていない。つまりは、需要喚起に財政がどこまで有効なのかどうか、デフレ経済状況のもとで、なかなか見極めがつかないのが偽らざるところだ。だから、冒頭にも述べたが、今回の財政刺激策も、また日銀による金融機関を通じた10兆円の資金供給も即効性はなかなか期待できないように思える。むしろ、ジワリジワリと企業心理などに影響を与え、それが設備投資マインドなどを誘発するのを期待することかもしれない。

省エネのLED電球値下げが需要刺戟の好例、競争のプラス効果を期待
 ただ、これだけデフレ経済の長期化が続いても、経済の先行きが真っ暗で、誰もが浮かぬ顔になり、経済活動も沈滞したままかと言えば、もちろん、そんなことはない。最近も省エネと寿命の長さで話題になっているLED電球が大手電機メーカー間の競争で大幅に値下がりした結果、これが家庭での電気代の節約にもなると、蛍光灯などから需要シフトし、いま、爆発的な需要増になっている。ユニクロが独自のビジネスモデルでコスト削減しながら流行をうまくつかむ低価格の新製品を出して、売上げを伸ばし、収益増を図っている。さらに、大手スーパーのイトーヨーカ堂やイオンも円高還元やキャッシュ・バックの値下げセールをしたら、これが売り上げ増につながっている。値下げで需要喚起するにしても、数量効果が出てこなければ、値下げによる低価格だけが定着し、企業物価のデフレ状況を生み出す結果だけに終わることになるかもしれないが、少なくとも、いま上げた企業の値下げ競争は大きな需要増につながっていることだけは確かだ。
 しかし、ここで、私は言いたいのは、経済のデフレというから、何か経済が委縮するような受け止め方になってしまうが、すでに述べたように、いまの経済は「アラ・ゼロ成長」「アラ・ゼロ物価」の時代で、仮に成長に少し弾みがついたとしても、経済成長や物価の伸びは2%ぐらいか思えば、気が楽になるのでないか、ということだ。経済成長5、6%の経済に持っていかねばならないといったおかしな至上命題をつくったりすると、マクロ政策的に無理が来てしまうのだ。むしろ、今後の人口減少を前提として、日本経済の制度設計を改めると同時に、マクロ経済政策面でも環境にやさしい、そして人口減少に伴って縮小が避けられないマーケットサイズに合わせた経済システムにすることの方が重要でないだろうか。

民間企業も時代先取りチャレンジを、アジア地域統合に関与し拡大内需の発想も
 ただ、それとは別に、規制に関しては、緩和どころか、大胆に撤廃の方向で、新規需要の創出を考える方向に政策を持っていくことも必要だ。タクシー業界に対する規制緩和が思わぬ業界の委縮をもたらし、再び規制の方向に行くチグハグぶりもあるが、今後の規制改革に際しては、こういった事前検証をしながら、規制外しによる新規需要創出をめざすべきだ。需要創出というのは、お上(かみ)にばかり頼るべきでない。むしろ、民間企業の間でも創意工夫やイノベーションでいくらでも需要創出へのチャレンジを行えばいいのだ。
 あとは、私の持論だが、狭い日本国内の内需拡大ではなく、この4文字をひっくり返して拡大内需、つまり世界の成長センターのアジアのそばにいるチャンスを活用して、アジアの地域経済統合に積極的に関与し、アジアの域内地域を日本の拡大内需市場と見て、チャレンジすればいいのだ。その点での需要掘り起こしのチャンスはいっぱいある。こうしてみると、デフレだ、大変だと閉そく状況に陥っていること自体が馬鹿げているということにならないだろうか。

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