中国の高速鉄道事故処理には唖然 体制批判恐れての急ぎ収束は異常


時代刺激人 Vol. 146

中国東部で7月23日夜に起きた高架橋上での高速鉄道の追突事故は、死者40人、負傷者200人の大惨事のうえ、追突した前4両が高架橋から転落するすさまじいもので、メディアの現地報道を見ていても「ひどい」の一語だった。しかし、中国が世界に向けて「独自技術による高速鉄道システム」と誇った直後の事故だっただけに、私に限らず多くの人が「エッ、なぜだ。絶対安全システムだったのでないのか」と、驚いたと思う。

問題は、そのあとの事故処理にあった。本来ならば、大事故だけに、被害者救出を最優先にして時間をかけると同時に、事故の再発防止のために、何が原因だったのか、運転士のヒューマンエラーなのか、それとも運行システム自体の問題だったのか、原因究明に乗り出すのが当然のはず。ところが事故後の中国政府の対応は、体制批判を恐れてのものとしか思えない事故処理ぶりが目立ち、むしろ、そちらの動きに唖然としてしまった。

事故翌朝の解体車両の埋め込みはお粗末な証拠隠し?
とくに事故の翌日早朝に、事故現場の証拠隠しでないかと思わざるを得ないような、解体した事故の先頭車両を、地中に堀った大きな穴へ埋め込んだことには、これまた驚いた。普通の常識では、まずは被害者の徹底捜索に時間をかけ、それと原因究明のための現場保存、現場検証こそが最優先課題のはずだ。私の毎日新聞駆け出し記者時代、事故現場で警察がロープを張って立ち入り禁止にしての現場検証で、取材制限されたのを思い出す。これほどの大事故ならば、列車の運行をストップさせ、大がかりな現場検証をすべきだ。

ところが今回、事故から数時間後の早朝に現場にたどりついた朝日新聞特派員が先頭車両を解体して穴埋めしている現場を目撃し、それを記事にした。その記事はとても迫力があったが、同じく現場にいた中国メディアの報道も「証拠隠滅でないか」という批判にエスカレートした。
鉄道省当局は、その批判の強さに、あわてて埋めた事故車両を掘り返したが、車両の一部はすでに解体されており、事故調査で苦労するのは間違いない。それにしても、証拠隠しだったにしては、多くの民間人が見ている中での行為だけに、お粗末な行為だ。なぜ、そんなばかげたことをしたのか、という疑問が湧いた。

「中国独自の技術」が裏目に出て政権に苛立ち起きて問題噴出
私の推理は最初、こうだった。中国政府の人命軽視、安全軽視の対応は大問題だが、「中国独自の技術による高速鉄道」をアピールしていた手前、今回の問題で胡錦涛政権自体の体制批判に発展するのを恐れて、早く事故収束を図ろうと躍起になった、このため事故で亡くなった遺族への多額の賠償金提示、そして念書を書かせて一件落着にしてしまおう、という、あせりや苛立ちがかえって、さまざまな問題を噴出させてしまったのではないか、ということが1つ。

それと、現場を統括する鉄道省の対応にはもっと問題が多かった。彼らは自己保身と同時に、極めて現実的な行動パターンにこだわり、事故原因の調査などで数週間の空白時間が生じ、あおりで運休といった事態をメンツにかけても避けることに躍起だった。このため、すぐにも現場復旧させて、高速鉄道は何事もなかったように走っていることを国の内外に見せたかったのでないか、と。

専門家は中国政権内部のドロドロした権力闘争がからむとの説
ところが中国人の大学教授や専門家、また日本の中国ウオッチャーの専門家に聞くと、事態はもっと複雑で、私の推理は甘いものだった。要は、胡錦涛政権内部でドロドロとした権力闘争がからみ、政権中枢が、今回の事故をきっかけに高速鉄道を統括する鉄道省に巣食う共産党幹部人脈にメスを入れられるかどうかが大きなポイントだ、というのだ。

まず、拓殖大学客員教授で、日本に帰化した中国人の石平さん。今回の高速鉄道事故後はいくつかの民放テレビに出演し、「温家宝首相は今回、事故現場に駆け付けて遺族に弔意を述べ、事故原因の徹底究明を約束したが、彼はもともとパフォーマンス政治家と言われていて、その言動が巧みだ。それよりも、彼が、現場を取り仕切る鉄道省の責任問題に言及しており、それを聞いていて、共産党の体制批判に及びかねないため、鉄道省に責任を押し付けたな、と感じた」と述べている。

胡錦涛政権が江沢民・前主席派閥に手を突っ込めるかがカギ
石平さんは今回の事故の数日前に会った時には、胡錦涛政権の不安定性を述べていたが、さきほどのいくつかのテレビ番組では、さらに興味深い話をしている。
「鉄道省の背後には人民解放軍、それに江沢民・元主席の派閥人脈がある。今年2月に江沢民・前主席の側近の1人、劉志軍・前鉄道相が汚職で逮捕されている。今回の事故責任追及で、胡錦涛政権が江沢民人脈の派閥に手を突っ込めるかどうかだ」というのだ。

胡錦涛主席、温家宝首相の現政権は、2012年に政権交代し、副主席に選んだ習近平氏にバトンタッチすることになっているが、「権力闘争が微妙にからみ、胡錦涛主席は今回の高速鉄道事故を政治的に利用し、場合によっては江沢民人脈につながる習近平氏と次期トップの座を争った李克強国務院副総理に次期政権を、という思惑があるようにも見える。まだまだ目が離せない」と日本の大学で研究を続ける中国のある教授は述べる。ただ、その教授は「微妙な時期なので、自分の名前は出さないでほしい」というから驚きだ。

政権側は一時、鉄道省人脈の切り崩しでメディアの批判報道も容認
また、私がおつきあいしている中国問題の日本人専門家は、もっと生々しい分析をする。それによると、胡錦涛主席――共産党青年同盟グループが、江沢民・前主席――習近平副主席――太子党連合と対決するため、今回の高速鉄道事故での民衆の怒りを利用しながら、鉄道省の鉄道建設利権につながる江沢民一派のひどさ、そして人命軽視の事故処理を徹底してたたくことを決め、メディアを味方につけるため、批判報道も大目に見て攻勢に出たと見るべきだ、という。

ただ、その専門家によると、江沢民・前主席派閥をこの機会に一掃出来るか、と言えば、コトは簡単でない。その派閥グループには重慶市の書記ら有力政治家、ペトロ・チャイナやシノペックという国営石油につながる産業人脈、人民解放軍首脳など、隠然たる力を持つネットワークがある。このため下手をすると、しっぺ返しを食うリスクがあるので、見極めが難しい、ともいう。

2人の張氏はかつてSARS隠ぺいに関与、いずれも江沢民派
毎日新聞時代の友人で、今、専門編集委員として中国ウオッチャーの金子秀敏さんが書いた7月28日付の毎日新聞コラム記事が興味深い。それによると、今回の高速鉄道事故現場で指揮をとった張徳江副首相は、共産党広東省委員会書記という地方トップの座にあった2002、3年ごろ、中国を襲った感染症の新型肺炎SARSの広東での病気流行を否定し、メディア報道を規制して隠ぺいにかかわった疑いがある、というのだ。
その後、SARSは北京に飛び火し、香港、台湾、東南アジアにも広がり、中国の無為無策ぶりが国際的に非難の的になった。当時、SARS問題を担当した衛生省トップの張文康衛生相は2003年4月の記者会見で「SARSはすでに抑制されている」と流行の事実を否定した直後に、北京で国連機関の外国人職員がSARSで死亡し、解任された。

金子さんによると、このSARS隠しに関与した2人の張氏はいずれも江沢民・前主席派閥だった、という。そこで、「中国では、重大問題に真っ正面から取り組んでリスクをとるよりも、情報や報道を規制して問題を隠ぺいしたほうがリスクが少ない。これが中国流政治だ。鉄道省の官僚が、証拠を埋めて事故の痕跡を消したいと考えたのは、中国的には不自然でない」と書いている。ここがポイントのところだ。

「事故原因の信号システムが日本製だったら天文学的賠償請求も」
もう1つだけ、現代中国を見るうえで、参考になる話がある。中国で企業展開する小島衣料の小島正憲社長は、今年7月中に北京などでエスカレーターが逆走して中国人に死傷者が出た事故と、今回の高速鉄道事故とを絡めて興味深い指摘をされている。

結論から先に言えば、エスカレーターはいずれも米国などの外国メーカー製だったので、中国当局がすぐに運転停止を命じ、関係する中国各都市のエスカレーターの全基の点検も同時に指示した。そして安全が確認でき次第、運転再開を命じた。しかし、逆に設計に欠陥があった場合には使用停止と同時に、賠償を求めるケースもあった、という。
ところが、今回の高速鉄道のシステムや技術は、日本やドイツから導入した技術を巧みに活用したあと、国威発揚もあって自前の独自技術を誇示した手前、その国産技術の優れものぶりを示すためにも高速鉄道事故の原因究明よりも、まずは運行再開を急ぐ、という方針をとらざるを得なかったのだろう、という。
小島さんは「今回の事故原因でないかと言われている信号システムが、もし日本製だったら、インターネット上で反日の嵐が吹き荒れていただろう。そればかりか、日本の会社は全責任をとらされ、天文学的な賠償を請求されただろう」と述べている。

中国は世界注視の中で今こそ安全重視、安全経営への取組み必要
大事故からわずか1日半後の7月25日午前には、平然と何事もなかったかのように、平常通りの運行に戻してしまった。その後、信号トラブルなどで、運行が正常にはなっていない、との報道もあるが、メディア報道でご存じの被害者捜索打ち切り後に、2歳の幼女が奇跡的に見つかり、無事救出されたことも驚きだった。人命救助優先よりも、まずは運行再開という鉄道省当局の判断は、中国国内のみならず、海外からも大きく問われた。

私に言わせれば、中国政府は、世界中が注視している今こそ、安全重視のため、最優先で事故の原因究明を急ぎ、大量交通システムの安全経営に対する果敢な取り組みを示す、という重大な点を行うべきなのだ。
しかし、そういったことよりも、今、述べた専門家の見方のような権力闘争がからんでいて、事故原因の究明などは2の次、3の次になっているとしたら、もっと大変なことだ。
高成長に伴っての経済大国を誇示し、そして大国主義を標榜する前に、まずは足元を固めた方がいいのでないかと言いたくなる。いかがだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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