震災被災者対策で「公益」発想を 仮設住宅で「四川方式」活用も


時代刺激人 Vol. 137

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 大地震、大津波、そして東京電力福島第1原発の爆発事故という3つの大問題が折り重なるように集中し、日本、そしては世界中を震撼させた東日本大震災。「3.11」から間もなく3カ月がたとうとしている。時間ばかりがどんどんたつのに、被災地の現場は遅々としていて、大きな進展がみられない。みんなが運命とあきらめずに黙々と復興・再興に取り組んでいるのに、なぜ進まないのだろうかと時々、苛立ちを覚える。
でも、日本は過去、何度も苦境を乗り越えた不屈の精神力を持っている。歴史の教科書でも学んだように、日本は太平洋戦争での敗戦のあと、焼け野原から必死で戦後復興に取り組み、見事に復興した実績がある。今回もピンチをチャンスに、と思っている。それでも遅々として進まないのは、レベルの低い政治に原因があるのだろうか、あるいは戦後の供給先行型のシステム、タテ割り型の行政を含めた巨大組織のシステムに問題があるのだろうか――などと考え込んでしまう。

石川教授「四川省は仮設住宅の外にある共同食堂での団らん重視」

そんな矢先、今回の被災地復興と今後の高齢社会の在り方を考えた場合の1つのモデル事例になるな、と思った話が1つある。ご紹介しよう。東大大学院で都市工学分野の教授、石川幹子さんが中国の四川省震災復興計画にかかわられた際の事例だ。ポイントは、公益というか、パブリックの部分をうまく活用しながら被災者対策にあてるという考え方だ。
石川さんによると、中国は2008年5月の四川省震災時に、世界中が震災対応を注目していることもあってか、被災者向け仮設住宅に関して、数万戸分を極めてスピーディに建てた。日本ではなかなか考えられないことだが、中国の場合、社会主義と市場経済を巧みに使い分けて、急成長しており、こと大震災に関しては、社会主義を全面に押し出して、国家権力、省政府の権力を駆使して大胆に進めるので、素早いのだろう。
 ところが、石川さん自身が思わず「これは日本で、仮設住宅を建てる事態になった場合の参考になる」と考えたのは、どの仮設住宅にも食堂、トイレ、シャワーなど浴室を個別には置いていない。それらは、すべて共同の施設にして一種のコミュニティー広場の施設にしてしまっている。それぞれの被災者が必要な場合には、その施設に出向いて、被災者同士で顔を合わせながら過ごすシステムなのだ。

被災者が孤独死に陥ったり自殺に走らないための中国独自の予防策

石川さんが「日本にもモデル事例になる」と判断されたのは、みなさんも、たぶん、おわかりと思う。つまり、中国四川省の仮設住宅は、被災者の中には、震災で家屋倒壊したうえ財産をすべて失ったこと、近親者をなくし自分だけしか生き残っていないことなど、極限の不安、茫然自失の状況に追い込まれて孤独感だけが深まる人たちが多い。
そこで、中国独自のやり方だが、仮設住宅の中で悶々として落ち込まないように、共同の食堂や談話室などコミュニティー広場の施設で、同じ境遇にある人たちと語らったりする場をつくることで、孤独死や自殺に陥らないようにする一種の予防策というのだ。
 一見して、プライバシーも何もない、被災者にはかえって不自由を強いるのでないかという見方があるかもしれない。とくに若い人たちには自由なプライバシー空間がほしい、食事やトイレまでみんなと一緒という生活はかえってストレスだ、と反発もあり得る。この点は、社会学の世界で科学する対象かもしれない。

高齢者が集中している東日本大震災でのPTSD対策にもヒント?

石川さんの話を聞いていて、私も同じ思いだが、今回の東日本大震災の被災者を見ていると、圧倒的に高齢者が多い。今の日本の震災対策としての仮設住宅の場合、台所、トイレ、浴室まで完備されているため、避難所での狭い空間でプライバシーもないまま、不自由な生活を強いられた被災者の人たちにとっては、仮設住宅は極めて便利だ。
 しかし高齢者にとっては、次第に先行き不安感が出てきて、気が滅入ったり、思いつめて精神的に不安定になるリスクがある。いわゆる心的外傷後ストレス障害(PTSD)リスクで、これらの対応には、この中国式のコミュニティー広場づくりなどで問題解決を図るのは1つのヒントだ、と思う。
大震災の復興が長引けば長引くほど、被災者の人たちの精神的な、心的な疲れはどんどん強まっていく。それだけに、行政だけでなく民間の医師や看護師、ボランティア団体の人たちの対応が極めて重要になってくる。

阪神淡路大震災時、高齢者の声がケアハウス型仮設住宅の実現に

そのことで思い出したことがある。133回コラムで「阪神・淡路大震災の教訓が活かされず」という話を書いた際に、紹介した時事通信記者の神谷秀之さんの著書「現場からの警告――日本の危機管理は大丈夫か」の中に、これに似た話がある。
当時の神戸市担当者が、被災者ニーズに合うような仮設住宅建設をめぐりステロタイプの仮設住宅しか認めない厚生省(現厚生労働省)とやりあって、現場優先の「地域型仮設住宅」方式を実現させたが、その時のポイントは、高齢者たちのちょっとした声だった。
 神谷さんの著書によると、ある高齢者が避難所で寝泊まりした際、「みんな一緒に集まって談笑する生活が女学校以来の楽しさだった」という話を耳にした神戸市の担当者が、食事・入浴付きの老人マンション形式の仮設住宅版ケアハウスにすれば高齢者介護対策にもなるし、復興後に、そのまま市の福祉施設になる、と考えた。
ところが集合住宅型仮設住宅は当時の厚生省社会・援護局、ケアハウスは老人保健福祉局と担当が異なり、タテ割り組織のカベが邪魔して身動きがとれなかった。最後は厚生省の大臣官房が裁断を下し、仮設住宅版ケアハウスが認められた。高齢者の女性が語った避難所での「女学校以来の楽しさ」を仮設住宅にまで持ち込めないか、との現場判断だった。

宮城など被災県では仮設住宅建設進まず、民間賃貸住宅を対象に

民間の住宅建設会社の幹部の話によると、今回の東日本大震災では、国土交通省が被災者用の仮設住宅の建設資材を発注確保、県が住宅建設を指揮するが、問題は、被災した地域の自治体が仮設住宅の建設用地の手当てに予想外に手間取ることだ。なにしろ、津波などで被害を受けた地域はがれきの山で、未だに撤去が進まない、内陸部の土地は意外に用地の確保スペースがなく、とくに平地が少ないことが難点で、建設も遅れるというのだ。
 このため、自宅を失った被災者がやむにやまれずに、民間の賃貸住宅に入居するケースが増えたため、県の自治体が非常時対応の形で「みなし仮設住宅」として認め、国と協議し、災害救助法を柔軟解釈して家賃補助を認めた。そうしたら、あっという間に、「朗報」と広がり、賃貸住宅起業の間では新たな需要創出チャンスとなった。ただ、公的な仮設住宅の絶対数が必要であることに変わりなく、国や県、市町村では必死の対応に駆けずりまわっている現実に変わりはない、という。

石川さんは四川大震災での自治体間のペアリング復興連携を評価

冒頭にご紹介した石川さんは、「四川省震災復興計画で、むしろ日本がモデル事例として参考にしてもいいな、と思ったのは、中国各地の自治体が四川省内の自治体と個別にペアを組んで支援連携するペアリングだ」と述べている。そして石川さんは現在、日本政府にも働きかけてペアリング復興支援を日本でも定着させるべきだと地道に活動されている。
 確かに、いま東日本大震災で被災した地域の自治体を応援するため、阪神淡路大震災での経験をもとに関西の自治体が広域連合を組んで現場対応している。これはこれで、素晴らしいアクションだが、全国の自治体が義捐金などで貢献するよりも、四川省のペアリング復興支援で姉妹都市を結んで人的、物的支援交流するのは重要だ。
 今回のコラムで、ぜひ申し上げたかったのは、パブリックの部分をうまく活用しながらの被災者対策だ。いま「公益」議論のポイントは、被災地での復興にあたって私権を制限して公益優先でいくべきでないかといった点にある。しかし、今回の仮設住宅事例でみたように、今後の高齢者対策のモデル事例になるようなものもある。その場合、パブリックの視点をどう織り込んでいくかだ。この点はいかがだろうか。

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