「成功につながる失敗」とは?三自の精神から始まるクリエイティブな革命たち
キヤノン電子株式会社
代表取締役社長
酒巻 久
目まぐるしく変化する社会情勢。そんな時代にこそ、その先を読み、己の信念と緻密な戦略のもと、大胆な決断をくだす賢者たち。
人生のさまざまな局面で、彼らは何を考え、どんな選択をしてきたのか。
親会社のキヤノンから、再建を任されたキヤノン電子株式会社の酒巻久。独特のアイデアと手法で、次々と改革を行った、その戦略とは。
酒巻大失敗といえば結果でいえば、パソコンが大大大失敗で……。
蟹瀬パソコン?
酒巻ええ、最初につくったのが今でいうマルチメディアのなんでもできるというパソコンをつくったんですよね。そこでいつも失敗事例として書かれるぐらい見事な失敗で(笑)。それはなぜ失敗したかというと、早過ぎるということは失敗の原因なんですね。
蟹瀬時代のニーズよりもちょっと早過ぎた?
酒巻早過ぎて売れないんですね。で、遅過ぎても売れないんです、当たり前ですけど、ちょうどいいときが最高なんで、その早過ぎる事例としてNAVIというのが出されて、それが自分でやって一番失敗した例ではそれですね。
で、それを今度、今Appleですけど、スティーブ・ジョブズさんがNeXTというコンピューターに、同じような考え方でやって、「これをどうだ?」と言ってきたんですが、上層部は当然反対して、そんなものには参加しないと言っているんですけど、それをいろいろ説得して、300億のお金を使ってそこを一緒にやったんですが、結果的には全部なくなりましたね。
蟹瀬要するに300億の損を?
酒巻出させたわけですね。
蟹瀬見事に出したと?
酒巻そう、どうせ出すなら大きいほうがいいだろうと。
津島さらっとおっしゃいますけどね。
蟹瀬ビル・ゲイツさんなんかともお仕事なさってたって?
酒巻もうずっと一緒でですね。
酒巻最近はあまり行かないですけど、3年ぐらい前に彼と約束してて、それで私もゴルフ場へ行っていて忘れてしまったんですよ。アメリカ、カリフォルニアでゴルフに行ってしまってて、その日約束があるのを忘れてまして。そして、電話がかかってきて、「どうしたんだ?」って言われて、「いや、ゴルフやってて」と言って。
蟹瀬天下のビル・ゲイツに対して。
津島はい(笑)。
酒巻で、怒ってしまって「俺をすっぽかすやつはアメリカだと大統領ぐらいだぞ」って言われて、それっきりお互いに口きかず。冗談ですけどね。
蟹瀬だけど、どうなんでしょう、失敗から学ぶことってよくあると言われますよね? 実際に酒巻さんが、いろいろそういう会社にとっては損を出しているわけだけれども、そこから学んだものというのはあると思うんですけどね。
酒巻失敗というのは、自分でプランをして、将来こうじゃないかって自分で考えて、それにどういうふうにアプローチしていけばいいかって、そういうものを全部自分でやって失敗したやつというのは、不思議と学習効果があって、次は成功へ行くんですね。で、一番、失敗でも言われて嫌々ながらやったら、言われたからやったという失敗は、次の失敗、また次の失敗にいくんですね。
自分が積極的に動いたその失敗というのは、役に立つんですね。ですから、NeXTでも失敗してますけど、ではそも失敗というのはアメリカ人と付き合うときとか、それから早過ぎるとだめだっていう、そういう意味ではかなりそこからたくさんのものを得て、それから後の研究開発には相当役に立ってますね。
蟹瀬キヤノンという会社はどうなんですか? 失敗に対しては、非常に、今お話を伺っていると寛容な企業なんですか?
酒巻キヤノンは、その先ほど言った、私がわがままで言っても通るというぐらい寛容なのと、失敗というのはどっちかというと勲章だと言っているんですよね。で、今の会長もそうですが、その前の社長、その前の社長も、私は、会議で、こういう失敗をしました、こういう失敗をしましたって、でも今は社長をやっていますというのが大体あいさつだったんですね。
蟹瀬(笑)。
酒巻自分がアイデアを出して先進的なものに挑戦して失敗したというのは、必ず意味があるものだと思うんですよね。勲章として評価が上がるんですよ、キヤノンの場合は。もっともいけないのは、人を真似して失敗、人のやったやつを真似をして失敗した場合は、これは徹底的に叩かれてしまいますね。だから、その失敗の質をちゃんと見極めて、要するに前向きにやってるかどうかっていう、世の中にないものに挑戦してるかっていう、そのところを見ているというのが一番大事です。
蟹瀬キヤノンには行動指針というのがおありだという話を伺っていますけど、具体的にはどういうものなんですか?
酒巻これは初代の創業者がつくったものです。
酒巻三自(さんじ)の精神というので。
蟹瀬サンジ?
酒巻三自って、三つの自覚ですね、
酒巻自発、自覚、自治という三自ですね。なんでも自分で自発的に行動しなさい、命令を受ける前に動いて。動いた後は今度は自分で、今やっていることが正当かどうかというのを自分なりに自覚しろということですね。
蟹瀬あと、学歴なんかもあんまりこだわらない会社ですね?
酒巻ええ。キヤノンはこれ、会社に入ると、入った途端に学歴がなくなります。
酒巻要するに、会社に入って何年いたかというのと、経験係数というのがあって、その数だけしか出てこないんですね。だから大学出てるのか、中学校なのか高校なのかというのが一切人事の上では出てこないようになっているんですね。
蟹瀬いわゆる実力主義?
酒巻実力。だからかなり若い学歴に関係なくてかなり上のほうにいっている人って多いですよね。
蟹瀬それと僕は面白いなと思うのは、健康第一主義というのもあるんすって?
酒巻ええ。初代の創業者の御手洗毅(みたらいたけし)さん、その方が一番掲げているのは健康第一主義。で、昔の人だと知っているんですけど、GHQって言うと笑う人がいますが、要するに占領軍のあれですが、それは違うんですよね。
Quickly Go Homesで、とにかく早くうちへ帰れと言われた、会社にガタガタしてるのはあほだっていう、そういう表現ですね。終わったら早くうちへ帰りなさいっていう。健康でいるために早くうちへ帰って、家族とちゃんと楽しんで、また来なさいという、そういうのが意外と基本的な発想ですね。
蟹瀬そういう意味では先駆的ですよね。
津島そうですね。
蟹瀬今は割と日本の企業はそういうふうに向かってますからね。
酒巻そういう意味では先代、歴代の社長というのは意外とそういうのは先駆者ですね。
キヤノン電子の本社社長室。キヤノン時代から普段は立って仕事をしている酒巻。
また、社員も立ちながら打ち合わせ。さらに、工場の研究部門にはいすもなく、立ちながら仕事を行なっている。
この理由はなんなのか? 業績アップに関わっているのか。
津島この後、酒巻さんは、キヤノン電子の社長に就任し、社内改革を行います。1999年、キヤノン電子株式会社代表取締役社長に就任します。2004年、売上高経常利益率が12倍以上にアップ。そして2006年、連結売上高1,000億円突破、事務用品費を就任時から75%削減ということです。
蟹瀬子会社の社長になれと言われたとき、まずどういうふうに思われました?
酒巻一番最初に思ったのは左遷ですね。
蟹瀬そうですか。
酒巻ああ、俺も左遷かって(笑)。
蟹瀬経営状態よくなかったわけですよね?当時は。
酒巻そうですよ(笑)。
蟹瀬今、言葉で左遷とおっしゃってるけども、自分にとっては大変なチャレンジになったんだと思うんですよね。
酒巻安定してるっていうのが若いときから嫌いなんですよね。要するに、一回できたものを守るっていう姿勢が私の体質に合わないんです。ですから、そういう意味では上のほうがそれを見てて。
蟹瀬あいつにやらせてみようと?
酒巻あいつ左遷ってどうせ言うだろうけど、どっちみちいいところへ行けば遊ぶに決まってるからやらせてみようって、そういう形だと思うんですよね。
蟹瀬しかし、企業を再建っていうときにはいろんな方法がありますけれども、相当酒巻さん変わったことをやられた、あるいはドラスティックなことをやられたと伺ってます。具体的にはどういうことをやられたんですか?
酒巻いろいろやろうという計画がありましたけど、会社の中というのは組織が大きくなると、一番怖いのは投書なんです、中傷誹謗なんですよね。で、厳しいことをやれば、必ずそれに対して反発して今、メール社会ですから躊躇なくメールで来るんですね。
蟹瀬いろんな悪口が出てくるわけですよね。
酒巻悪口がですね。それを、御手洗会長に「私がキヤノン電子へ行くのはいいけど、とにかく3年間はどんなことの中傷がきても絶対に見ないでください。それが条件です」と言ったら、それ本当に守ってくれて、いまだに守ってくれてますけどね、見ないで。それでやる際は後ろを抑えておかないとやれないんです。そこで、何をしたかっていうと、遊んでる社員を、まず働かせるようにした。
蟹瀬だけどそれ、口で言うのは簡単ですけど、なんか具体的方策というのはあったんですか?
酒巻遊んでいるかどうかというのを見つける仕組みをつくらないといけないんですね。で、私も幸いにしてコンピューター長い間やっていますので、コンピューター上で見つけるソフトをつくってですね(笑)。
蟹瀬(笑)そうなんですか、そんなソフトがあるんですか?
津島できるんですね?
酒巻もう販売していろいろやってますから。
津島ええ!?
蟹瀬こいつは遊んでる、こいつはちょっと頑張ってるとか?
酒巻分かりますね。企業の中でその組織が成果が上がってないか、上がってるかというのは、下の人ではないんです。私もつくづく思いますけど、生産本部長というのはキヤノンでしたら全世界の工場を見るわけですよね。
そうすると何万人という人間を見てますから、キヤノン電子のところの誰がどうやってるとか、そういうのを全く知らないと、それと現場の人と付き合ったことがないんですよ。
そこで、キヤノン電子に行って最初に口をきいたのが、工場の人なんですよね。仕事がどんどん減ってく、他の会社に流れていくと、仕事を一生懸命やっているのを見て、この人たちをなんとかしてあげたいっていう気持ちが第一番目に思いましたね。それで管理職見ると、この野郎、蹴飛ばしたいなと思うぐらいふざけてると、それをどうやってチェックしようかというので、管理職でコンピューターを使ってない人はいませんので、そのコンピューター上のログといって履歴、これをやれば何をしていたのかすぐにわかるわけです。
蟹瀬なるほど、チェックしてしまえばですね。
酒巻ええ、全部わかるわけですね。
蟹瀬そうか、そういう意味では怖い社会になっているわけですね。
酒巻今は怖いですよ。今、パソコンを誰かが立ち上げますね。そうすると立ち上げた途端に私のところのチェック用のパソコンが同じものが出るんです。
津島ええ!?
蟹瀬そういうログがもう入っていってしまう?
酒巻はい、完全に。
蟹瀬だけどそのハードウェアの部分ありますけれども、やっぱり大事なのは意識改革ということだと思うんですね。
酒巻そうです。それで、働かない、うまくいかないようになる理由は何かといいますと、結局管理職が部下の動きをよく理解してないということなんですね。で、一番理解してないのが、古いタイプの人が、若い優秀な人の能力を過小評価してることなんですね。
それを全部チェックして、「あなたは過小評価してますよ、もうちょっと評価を上げないと仕事量が少なくて駄目ですよ。もしそれがわからないんだったら他に移ってください」っていう、そういうやり方がやっぱり一番効きましたね。
蟹瀬それはだけど酒巻さんから、例えば仕事をよくしてない管理職に向かって、どういう形で話されたんですか?
酒巻そのデータを見せて「この野郎!」とは言わないですよ(笑)冗談で言っているだけで、そんな言っていたら後で問題になってしまいますから。
全部そのデータを持ってますから、あなたはこういう指示の仕方でやると、人間がこれだけ遊んでいますね。今の人の能力というのは、あなたの能力の大体倍以上の能力を持ってる人がほとんど会社に入ってきてるから、自分が思った仕事の4倍ぐらいの仕事を与えるように頑張ってくださいと話しますね。
あとは、この課の中でどれだけの仕事量があるかを把握しなさいといって、その把握ができないんだったら管理職を辞めてくださいと、どっちかといえばそういう言い方ですね。
で、その把握をしていれば、それに対して個人の能力がわかれば割り算すれば何人必要かがわかりますよね。
蟹瀬今のような話し方をされると、やっぱりそうかなと納得してしまいますね。
津島うなずきますね。
蟹瀬決して声を荒げるという、そういうことではないわけですね。
酒巻ないんです、それはやらないですね。これを荒げても決して進まないんですね。
蟹瀬それと、会議なんかは立ってやる会議というのを導入されたと?
酒巻これがですね、改革っていうと鞭持ってビシビシ、さあやれ!さあやれ!って、おまえ俺の言うこと聞けというのは大体失敗するんですね。で、要は自分で気が付かさせるように、自分が間違っているんじゃないか、自分が何をしたら会社に貢献できるというのを、今やっていることと何をやればいいかって、それを気が付かさせることなんですね。
で、その気付かせることを若い人から始めたら、この若い人間が、今会議で時間を食っている、場所探しをしている。で、立って会議をやれば場所探しもそれも要らないじゃないかと。
蟹瀬狭い所ですね。
酒巻狭い所で済むし、いくらでもできるじゃないかっていうので私のところにあがってきたんですよね。で、私も立って会議をやるとはやった経験がありませんので、おまえたちがやるならいいけど、組合問題にならないようにだけやっておいてくださいというとこでね。
工場全ての部署で、立って仕事をするのがスタイルのキヤノン電子。そのメリットとは?
岡田立って仕事をしたほうが効率が上がるんですね。無駄な残業はしなくなる、あとは問題が起きたらすぐ手を打つ、そういったことですね。人と人との連携も取れますし、動きが非常に速くなります。
いかに生産性を上げたらよいか考えていた酒巻、アメリカで新聞を読んでひらめいた。それは、アメリカのある大学が行った実験で、アイデアを思いつくスピードは立っているほうが30パーセント速かったという記事だった。そこで、工場を回りながらその実験のデータを見せて、それとなく働きかけを行い、社員が検討し取り入れたという。
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