川内原発再稼働前にもっとやることある 「5層の防御」策で「安全の証明」が先決


時代刺激人 Vol. 248

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

九州電力の川内原子力発電所(原発)1、2号機が国の原子力規制委員会の新規制基準に適合した、とのアナウンスが7月16日にあったのはご存じだろう。これをきっかけに安倍政権は、原発再稼働に向けてぐんと舵を切った。

九州電力の川内原子力発電所(原発)1、2号機が国の原子力規制委員会の新規制基準に適合した、とのアナウンスが7月16日にあったのはご存じだろう。これをきっかけに安倍政権は、原発再稼働に向けてぐんと舵を切った。安倍首相がかねてから原子力規制委の安全基準について、東京電力福島第1原発事故の教訓を踏まえた「世界最高水準の安全規制」と述べており、このハードルがクリアとなれば、政権としては、あとは原発立地自治体、住民の最終判断を待つのみだ、と前傾姿勢でいるのは、ほぼ間違いない。

「新規制基準に適合」は5層防御すべてに至らず、
法改正し国が避難対策で対応を

しかし私は、政府がこれまで安全対策上、封印してきた原発の再稼働に問題について、今回の川内原発問題をきっかけに踏み出す前に、もっとやることがある、と言いたい。
結論から先に申し上げよう。原子力規制委が下した「新基準に適合」は、国際原子力機関(IAEA)が原発事故防止のために多重防護安全策として求めた「5層の防御」のすべてに万全とはなっていないのだ。とくに第4層の過酷事故対策がまだ不十分、第5層の事故時に放射性物質が原発敷地外に漏れ出ないようにする防災対策、それに住民避難対策に至ってはもっと問題が多い。中でも住民避難対策は現行法上、自治体まかせになっていて財政負担が大きくて対応しきれないという自治体もあり、何とも危なっかしい状況だ。

そこで、私はこの際、国が法律改正して、第5層部分の原発事故に伴う防災対策や住民避難対策に関しては、自治体任せにせず、国が責任を持つことを明確にすべきだと言いたい。この点は極めて重要なポイントだ。原発再稼働前に誰もが納得する「安全の証明」が重要で、そのためにも国が前面に出て、多重防護安全策をすべてクリアすべきだ。

東電の官僚的な大組織病体質が
「第4層防御」の過酷事故対応を遅らせ事故に

私自身は、反原発の立場ではない。しかし、私は東電原発事故調査を行った国会事故調査委員会(当時、黒川清委員長)にチャンスがあって事務局にかかわった中で、東電のさまざまな現実、さらには事故が引き起こされた現実を知り、考えさせられた。
かつて毎日新聞の現役経済記者時代に取材対象だった東電は、さすがリーディングカンパニーという部分も多かったが、国会事故調の現場で東電に接した人たちの話を聞くと、東電は官僚以上に官僚的で、いわゆる民僚体質が強く、事故を引き起こした責任を感じてすべてをオープンにするというよりも、聞かれたこと以外は、いっさい答える必要なし、といった形で真相解明へのカベが厚かった、という。まさに大組織病体質だった。

これが高じて、原発事故の遠因となったのが、当初の想定以上の津波大予測が出ても、経営は問題を先送りし、結果的に原発稼働率維持を優先させて対策を講じなかったため、津波による全電源喪失に無防備となった。IAEAの「5層の防御」の第4層の過酷事故対策の遅れに帰する問題だ。

「国策民営」原発の事故対策は
民間に経営責任求めると同時に国も責任体制必要

その意味で、今回の原発再稼働に向けての動きの中で、優先課題として対応すべきなのは、「国策民営」の原発に関しては民間の電力会社に厳しい過酷事故対策を求めると同時に、国も防災対策、住民避難対策に関しては国が電力会社や自治体に任せず、国が最終責任を負うという新「5層の防御」体制を作り上げることだ。
なぜ、こんなことを申し上げるかと言えば、今回の川内原発に対する原子力規制委の田中俊一委員長が記者会見に関して、誰もが奇異に感じたことがあるからだ。それは、田中委員長が「新規制基準に適合していると判断した」と審査合格理由を述べながら、一方で、これによって川内原発再稼働に際して安全上の問題は確保されたのか、という質問に対しては「安全とは、私からは申し上げられない」と述べた点だ。

田中原子力規制委員長の
「安全とは、私から申し上げられない」との発言の真意

東電原発事故の教訓として、はっきりしたことは「原発は絶対に安全。事故など起きるはずがない」という絶対安全神話が無残にも崩れたこと、原発事故は今後、起きるものだという前提でさまざまな事故対策、安全確保対策をとるべきだということだった。
とはいうものの、原子力規制委がかなりの長期にわたって入念に審査した結果なのだから、誰もが当然、「安全のお墨付きを与えた」と思うのが当たり前だ。ところが、田中委員長が記者会見で「安全とは、私からは申し上げられない」という言い回しをしたので、じゃ、誰が安全を担保してくれるのだ、ということになりかねない。

当時、英字紙が海外に向けてどう報じたか、私なりにチェックしたところ、記事を日本語に訳せば、「原子力規制委が川内原発1、2号機に関して、東電原発事故の教訓をもとに設定した新安全基準に合致したので、安全との判断を下した」となっていた。原子力規制委として安全は確保されたとは断定できないが、一応、安全審査の基準を合格した、という意味不明な言い方では記事にできないから、英字紙としては、まず事実関係として「安全審査に合格」と書かざるを得なかったのだ。

田中委員長の歯切れの悪さは
「第5層の防御」対応に関与できない苛立ちが原因?

田中原子力規制委員長の歯切れの悪さは何にあるのか。それはIAEAが求めた多重防御の安全対策、つまり第5層の防災対策、住民避難対策に関して、原子力規制委が踏み込めないことに起因するのだ。すでにメディアが厳しく指摘している点だが、日本の場合、現行の災害対策基本法では原発事故に伴う防災対策、住民避難対策はすべて自治体の問題とされていて、今回の原子力規制委の審査からは対象外となっているのだ。このあたりがタテ割り組織の弊害のようなものだと言っていい。

原発事故を回避するための多重防御、深層防御と言われるIAEAの「5層の防御」は国際的にも共通のコンセンサスだ。この多重防御は、原発サイト内では原子炉の炉心に損傷や溶融などの重大事態に発展しないように地震や津波、さらに今回の川内原発で言えば火山爆発などへの防備対策を行うと同時に、非常用電源の確保などに万全を尽くすこと、もし原発事故が起きた場合、作業員の被ばくを避けるとともに放射性物質の外部への流出を防ぐこと、仮に外部への放射能の放出を余儀なくされた場合には周辺住民の避難対策を速やかに実施することなどだ。

米国では原子力規制委が原発事故対応の
防災、住民避難計画を規制対象に

国会事故調時代に私が知ったことだが、米国の場合、このIAEAの多重防御策への対応が原子力規制委、国、電力事業者などでしっかりと対応することが義務付けられている。とくに日本では自治体任せになっている原発事故時の住民避難対策に関しては、連邦政府機関が対応することになっている、際立っているのは、米原子力規制委(NRA)の役割部分で、原発事故など緊急時の防災計画、住民避難計画がすべて規制対象になっていることだ。
今回の川内原発審査でも、米原子力規制委ルールでいけば、田中委員長ら原子力規制委が最悪の事態にも十分に対応できる形になっているかどうかチェックし、そのOKが出ない限り原発再稼働も認めない、というのが米国のIAEA「5層の防御」対応なのだ。
田中委員長が今回の川内原発に関する記者会見で、原発再稼働判断について、「(電力)事業者、地域住民、政府の合意でなされる」と述べ、原子力規制委の機能は、安全絡みの適合基準を待たすものだったかどうかチェックするだけだと言外に、原発再稼働の判断までは責任を負う立場にない、という姿勢を見せたが、ここが米国との決定的な差だ。

日本がタテ割り組織の弊害で法改正困難ならば
立法府がアクション起こせばいい

そこで、私が冒頭に申し上げた第5層の原発事故に対応する防災計画、住民避難計画に関して、自治体任せを止めて、国が前面に出て、国主導で対応できるように災害対策基本法を改正することがポイントになる。同時に、原子力規制委員会設置法も、これに合わせて見直しを行い、米国のケースのように、原発稼働もしくは再稼働にあたって、原発事故など緊急時の防災計画、住民避難計画がすべて規制対象にする、というふうに改正することも重要だ。
これらの点をめぐっては、行政の縦割り組織の弊害で、何も事態が動かない、といった最悪の道に至るリスクがある。そこで、申し上げたい。立法府の出番があるではないかと。要は議員立法で法改正に踏み出せばいいのだ。

立法府は未だに行政監視機能を果たせずにいるのは問題、
議員立法で法改正を

私は、国会事故調にかかわった関係で、国会議員の東電原発事故調査の原因究明、その後のフォローアップに関して、つぶさに見てきたが、結論から先に申し上げれば、立法府の行政府監視機能が十分に機能していないことだ。
衆参両院は2011年秋に政府事故調や東電事故調のような内部調査では東電原発事故の真相解明に至らないとし、国会が憲政史上初めて、政府や電力事業者から独立した調査機関をつくるべしと、全会一致で国会事故調法にもとづき立ち上げた。当時、国会で主導的役割を果たした塩崎恭久自民党代議士が「立法府が国会事故調をきっかけに今後、行政府監視機能を高めていく」と豪語したのを今でも鮮明に憶えている。あの発言はどうなったかと問いたい。

自民党の塩崎政調会長代理は
「第5層の防御」策に積極対応を

その塩崎氏は、現在、自民党政務調査会(政調)会長代理という、自民党サイドの政策立案決定組織のNO2という要職にある。たまたま塩崎氏が7月17日付朝刊の日経新聞の「原子力規制委安全審査のあり方は」という企画でインタビューに応えて述べた部分があるので、引用させていただこう。
塩崎氏は、原発事故に対応する住民の避難計画づくりが自治体任せで、国の関与が乏しい、という批判をどう受け止めるかとの点について、こう述べている。「(米国の積極対応に比べて)日本では自治体任せの色合いが濃く、国の対応が不十分だ。2年前に規制委を設置する法案をつくった際、原発そのものの安全性を確保する仕組みづくりに精いっぱいで余裕がなかった。国の関与を強化する政府での検討作業もあまり進んでおらず残念だ」と。
失礼ながら、塩崎氏は、国会事故調立ち上げで与野党を引っ張り込んで全会一致で国会事故調を立ち上げ、その後も立法府の行政監視を声高に主張してきたのだから、第5層の防御策に関する国の関与に関して、他人事のような言い方をせずに、立法府主導で、端的には議員立法で法改正に踏み出すべきだ。

アジアで日本は何もせず口ばかり「NATO」と言われている、
国会は毅然と対応を

今、新興アジアの現場で、日本が何と言われているかご存じだろうか。最近、東南アジアから帰国した友人の話に思わず苦笑してしまったが、日本はNATOで、ライバル視する中国、韓国に比べて対応が遅すぎる、というのだ。このNATOは、欧州の北大西洋条約機構とは無関係で、「NO ACTION TALKING ONLY(実行が伴わず、口だけ)」ということだ。アジアの現場にいる日本人は、ビジネスチャンスが多いのに、官僚組織も企業も東京におうかがいをたて、会議、会議の連続で、なかなか結論を出さない、と、アジアの人たちは見ているのだ。国会はこの時こそ、原発対応で毅然とすべきだ。

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