10年前の日本の金融システム危機とそっくり、歴史は繰り返す 米国のみならず世界各国が「日本の失敗」「市場の失敗」研究を


時代刺激人 Vol. 9

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

米国の金融システミック・リスクはとどまるところを知らず、まるで真っ暗な谷底へ落ちていくのでないかという不安に駆られる。金融不安は、いつしか金融危機という表現に変わってしまった。しかもその金融危機は、小生の持論でもある「スピードの時代、マーケットの時代、グローバルの時代」という時代状況のもとで、米国の水際(みずぎわ)でとどまることなく、リスクの連鎖という形でアジア、中東、欧州、そして再び米国へ、という形で地球を何往復もして、世界中を巻き込んでしまっている。
 そこで、今回は、ぜひ申し上げたいことがある。米国の一連の動きを見ていると、日本が1997年から98年にかけて経験した金融システム危機とそっくり同じような道を、いま米国が走っている。歴史は繰り返す、という一語に尽きる。なぜ、われわれ人間は同じ過ちを繰り返すのだろうか、他の事例をもとに学習して失敗を繰り返さないようにできないものだろうか、と思ってしまう。この際、米国、そして他の世界の国々はぜひ「日本の失敗」、そして「市場の失敗」の研究を行うべきだ。

米金融安定化法案の下院否決混乱は住専への公的資金投与時と同じ
 ご記憶だろうか。97年11月に準大手証券の三洋証券が突如、資金繰り破たんした。短期金融市場から資金をとれず、あっけなく経営破たんしたのだが、中堅や中小の証券会社ならいざ知らず、マネーに精通しているはずの準大手証券破たんに衝撃を受けた。それがきっかけで、大手銀の一角を占めていた北海道拓殖銀行が破たん、さらに大手証券の山一証券が自主廃業に追い込まれた。日本長期信用銀行、日本債券信用銀行という長期金融機関も相次いで経営破たんし、一気に歯止めなき金融システム不安に及んだ。
 予兆は既にあった。不動産投機バブルがはじけて資産価格が急落した時点から、土地神話を背景に不動産担保金融を行ってきた日本の金融ビジネスモデルが崩れ、不良債権の多いさが金融システム不安に波及するのでないか、という懸念だった。
その1つが住宅金融専門会社(住専)の経営危機だった。問題がピークに達した95年に、関係金融機関で損失補てんして不足する部分に関して、国が6800億円の財政資金を投入することにした。しかし、税金投入しての金融機関救済をめぐり国会が紛糾した。今回の金融安定化法案をめぐる米国下院での否決をめぐる混乱と全く同じだ。

日本と違って、米国は市場至上主義、自由競争理念が社会のベースにある。それを党是とする共和党政権のもとで、政府が巨額の財政資金をつぎ込んで金融機関を救済するという論理が議論のポイントとなった。とりわけウオール街の大手証券や大手銀行の首脳や幹部は、ケタはずれの年俸を得ていることに対して、反発も強い。そこへ、金融機関トップらの経営責任追及があいまいなまま、不良債権買い取りなどの救済が先行したことに国民の反発が強まり、選挙民の声を無視できない下院議員の否決行動につながったのだろう。

日本は10年前の金融システム不安では98年3月に大手21銀行に対して1兆8000億円、さらに翌99年3月には大手15銀行に7兆5000億円といった形で、公的資金を注入し、金融機関の資本を補てんした。当時、住専に対する6800億円注入で大騒ぎしたのはいったい何だったのかと思うほどだったが、当時、金融システム不安に対する国民の危機感が強まり、容認の方向に急転回したのだ。

日本もかつては米国や北欧にモデル事例を求め必死で研究
 問題は、日本の場合、政策決定が決定的に機動性に欠けていたことだ。とくに政策判断や行動に関しては、政治は与野党とも党利党略に終始、そして政治の顔をうかがう官僚も問題先送り、挙句の果てはマクロ、ミクロ両面で経済は長い、長い停滞、構造不況のトンネルに入ってしまった。言ってみれば、日本株式会社の重役たちが過去の成功体験にこだわったり、その一方で、リスクマネージメントに関して、その意味することはわかっていても行動が伴わなかったことなどが日本の歩むべき道を大きく狂わせた。
 そういった意味で、米国、それに欧州だけでなく中国やインドの新興国なども、日本の失敗事例を徹底的に学習すべきだ。場合によっては、日本が率先垂範して、事例研究になるように、その当時の政策判断のポイント、何が決定を遅らせるきっかけになったか、もっと端的には公的資金に関しても不良債権の買い取りでいくのか、その場合の買い取りの仕組みはどうしたか、何があとでネックとなったか、あるいは資本注入の場合、金融機関発行の株式取得での課題は何だったか、中央銀行の金融政策行動での反省は何だったかなど、いろいろ学習材料を情報開示したらいい。

実は、日本も当時、金融機関の破たん処理や不良債権処理を含めた金融システム不安への対応に関しては、米国や北欧の「先進事例」を必死に学んだ。自民党の政策新人類と言われた人たちも、官僚批判をしていた手前、官僚に政策をゆだねるわけにいかず、当時、外資系証券や銀行にこっそりアイディア頂戴をした。いずれにしても、海外のさまざまな事例、あるいは「失敗の研究」によって、同じ過ちを繰り返さず、しかも、今という時代状況に合った新たな政策を打ち出すことは十分に可能なのだ。

ところで、日本の政府関係者によると、日本は、米国政府関係者に対し、今年2月の主要7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)などの場で、日本の過去の事例を踏まえて公的資金の注入を進言したりした。しかしポールソン米財務長官は、聞く耳を持たなかった。それが今年9月の米大手証券のリーマン・ブラザーズ破たんに伴うマーケットの混乱であわてて方針変更した。さきほど述べた米共和党政権の市場至上主義、政府介入を極力避けるという考えがポールソン米財務長官の考えの中にあったのかもしれないが、結果的に、金融危機の傷口を大きくしたことだけは間違いない。金融システミック・リスク回避を最優先に非常事態行動とすればよかったのだ。

日本は逆に「市場の失敗」、とくに投資銀行モデル破たんを学ぶ必要
 最後に、今回の米金融危機局面で、日本は逆に「市場の失敗」という問題をしっかり学ばなくてはならない、ということを申し上げたい。
とくに、米国の金融システムの中核にあった商業銀行と並ぶ投資銀行のビジネスモデルが今回、完全に破綻している。投資銀行機能を持つ大手証券5社のうち、メリルリンチ、リーマン・ブラザーズ、ベイスターンズ3社が救済統合あるいは経営破たんといった形でマーケットから退場し、残るゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー最大手証券2社も銀行持ち株会社に移行した。早い話が投資銀行、それに証券会社の大手は米国の金融市場から消えてしまった、ということだ。
以前、日本国内では米国の投資銀行モデルを参考に、投資銀行化を求める論調まであった。しかし、7回目のコラムでも指摘したが、マネー資本主義という言葉でくくれるような、あやしげな金融商品が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)して世界のマネーセンターを金融不安に陥れる金融主導の経済の枠組み、というのは、これら投資銀行のビジネスモデルが生み出したものだ。
小生は、マネー資本主義にはもともと与(くみ)しない。投資銀行が悪者だとか、といった形で決めつける考えは毛頭ないが、今回の米国の金融危機をもたらした遠因が投資銀行にあるだけに、日本としても、「市場の失敗」という観点から学んでいくべきだと思う。

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