ロシアはオランダ病?安易なエネルギー資源輸出依存で産業近代化進まず 官僚汚職消えず政治が権力闘争に走ることも問題、壮大なる途上国か


時代刺激人 Vol. 57

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 最近、9月末から10月上旬にかけて1週間ほどロシアのモスクワでさまざまな分野の専門家に会って話を聞いたり議論するチャンスがあったので、今回はロシア経済の問題を取り上げよう。ロシアは、中国やインド、ブラジルと並んでBRICsという呼称で成長著しい新興経済国として評価されるが、結論から先に申上げれば、米国発の金融・経済危機への対応が不十分だったうえ、オランダ病という病気に陥り自動車、航空機、造船など重点産業の近代化がさっぱり進まないでいる。そればかりでない。地方のみならず中央の官僚組織までが平然と汚職に走り、それを改革すべき政治が権力闘争に明け暮れているため、経済の立ち遅れが目立つのだ。ロシアは壮大なる途上国と言っても言い過ぎでない。

オランダは資源の高価格輸出で黒字→為替レート高→輸入急増で国内産業衰退
 えっ、歴史ある大国と思われていたロシアの経済を蝕(むしば)むオランダ病?それって何だ、という疑問をお持ちの方が多いだろう。このオランダ病というのは、ロンドン・エコノミスト誌が名付けた一種の経済事象のことだ。1970年代前半の第1次オイル・ショックで原油価格が高騰した際、天然ガスの産出国だったオランダで天然ガスの輸出価格が連動して値上がりし、予期せざる大幅な貿易黒字、経常黒字となった。ところがオランダ通貨のギルダーの為替レートが一気に上昇、それに伴う輸入品の急増によって競合する国内産業品が苦境に追い込まれたうえ、為替レート高で一気にそれら国内産業が輸出面で価格競争力を失いバタバタとダウン、衰退を余儀なくされた。この動きが際立ったものだったため、オランダにとって不名誉なオランダ病と命名されてしまったのだ。
もしも、当時のオランダ政府が、資源高による輸出代金の外貨収入をうまくマネージし市場介入によって為替レート上昇を抑えると同時に、国内産業のうち重点産業の構造対策に資金をつぎ込んだりすれば、事態乗り切りを図れたかもしれない。同じことがロシアにも言える。原油、天然ガスの資源価格高頼みのロシア経済が過去、こうしたオランダと同じような局面に立ちながら、問題を先送りして現在に至っているため、ロシアでオランダ病がまん延といった言い方をされてしまっている。

ロシア大統領も「天然資源頼みの原始経済から脱却を」と異例の危機表明
 このオランダ病に関しては、ロシア滞在中に複数のロシア人の経済専門家らからも、強い危機感のある話を聞いた。そして、ロシアのメドベージェフ大統領自身も9月10日、インターネット新聞「ガゼータ・ルー」に「ロシアよ、進め」という問題提起型の論文を発表している。今回一緒に旅行したロシア・ウオッチャーのジャーナリストによると、大統領はその論文の中で、天然ガスや原油など天然資源頼みの原始経済から脱却し経済や産業の近代化を早く進めることが大事である、と主張している。そればかりでない。大統領は同じ論文で、国民病としての官僚の汚職の一掃、さらに2大政党制の定着を図ることで民主的な政治体制にすることも主張している。この一連の問題提起は、前大統領で、ロシアでは依然、隠然たるパワーを維持するプーチン首相の過去の政治の枠組みを批判したものと受け止められている、という。
少し余談だが、実は、私にとってはロシアへの旅は、23年ぶりだ。忘れもしないが、1986年4月26日のチェルノブイリ原子力発電所爆発事故の2日前まで、日ソ経済合同委員会の取材でモスクワにいた。帰国した直後に、世界中を震撼とさせる原発事故が起き、背筋の寒くなる思いがした。当時、旧ソ連は、民主化などペレストロイカを掲げたゴルバチョフ共産党書記長のもとにあったが、その後、旧ソ連が崩壊し現在に至っているのはご存じのとおりだ。

モスクワに高速道路がゼロ、交通渋滞すさまじく中国とは対照的なのは意外
 私にとっては、今回の旅はモスクワだけの1週間滞在だったが、23年ぶりのことだけに、市場経済化したロシアの経済がどこまで変わったか、またモスクワの市民の生活事情は様変わりかなどを見ることに強い関心があった。再度、結論を先に申上げれば、ロシアの改革は、政治が権力闘争などに明け暮れているため、遅れに遅れている。最も驚いたのは、モスクワがロシアの首都だというのに、市内の道路整備が遅れていて高速道路は1本もないうえ、走っている自動車の量が中途半端な数でないため、いたるところで交通渋滞が慢性化していることだ。中国の首都、北京がオリンピック対応だったとはいえ、社会主義と市場経済化を巧みに使い分けて、社会主義の部分で一気に片道4車線の高速道路を市内中心部を起点に放射線状に走らせ、さらにそれをつなぐ環状線の高速道路が6つほどあるという状況とを比較すれば、政治のリーダーシップやエネルギーがロシアと中国とでは向かう先が大きく違っている、ということを知った。
ただ、さすがに23年前の旧ソ連の配給統制時代のモスクワと違って、米国と並ぶ農業国だけに、現代モスクワでは野菜はじめ食料品の豊富さは見事なほどだった。経済危機の影響で失業率が高いため、市民の人たちの顔の表情などに暗さが残るとはいえ、過去と比べようがないほど、自由さにみなぎっている、という印象を受けた。

下斗米教授は旧ソ連型インフラ荒廃が顕著、危機の重畳構造に問題ありと指摘
 旅行でご一緒したロシア政治研究の専門家で法政大教授の下斗米伸夫さんによると、旧ソ連時代からのツケが一気に回ってきていて、とくに旧ソ連型のインフラの荒廃がいたるところで起きつつある、という。今年8月16日に西シベリアのロシア最大の水力発電所、サヤノ・シュシェンスカヤ発電所での事故で80人近くの人が死亡したが、この事故も設備の老朽化がもたらしたものであることは間違いない。下斗米さんによると、危機の重畳構造ともいうもので、旧ソ連崩壊後のエリツイン大統領時代はIMF(国際通貨基金)型の自由化のひずみが出て格差や腐敗が表面化したこと、続くプーチン大統領時代は権威主義のゆがみが一気に出てきた、とくに原油や天然ガスの資源高価格を背景に「強い国家ロシア」を前面に押し出し、結果としてオランダ病ともいえる資源エネルギ―偏重経済をつくってしまったこと、そして今のメドベージェフ大統領時代になって、プーチン首相との権力の「2頭体制」の間げきのもとで指導力発揮ができないまま、グルジア危機や米金融危機のリーマン・ショックなどへの対応に追われて経済改革が進んでいないことーーなどが問題だ、という。

ロシア統合戦略研所長は「政治が権力握り続けることに躍起。選挙制度改革を」
 さて、本題に戻って、オランダ病について、もう少し述べよう。ロシアで会った独立系総合戦略研究所のオレグ・ヴイカンスキー所長は、私が「オランダ病など問題の所在が明白なのに、ロシア政府がほとんど対応できていない、というのは、戦略性がないということに等しい。克服策はどうすればいいとお考えか」と聞いたことに対して、「ロシアにとって、今の状況を変える力がない。政府、もっと言えば政治家は、経済を救うよりも権力を握り続けることに躍起になってしまっている」と述べた。そして、政治体制について、「今の与党統一ロシアが近々行われるモスクワの選挙に関しても、口封じのような形で野党の対立候補の立候補を、理由にならない理由をつけて立候補登録させないのが問題だ。旧ソ連時代よりも悪くなっている」とし、選挙制度を変えるべきだという指摘だった。

問題抱えていても原油、天然ガスの資源続く限りは経済改革は後回し?
 しかし、これでは半永久的に政治腐敗などが続き、経済改革は後回しになりかねないリスクをはらんでいる、と言える。だが、メドベージェフ大統領が問題指摘したようにロシアは天然ガスや原油など天然資源頼みの原始経済ながら、資源が続く限り、強気でいられるところが問題なのだ。最近のメディア報道では、ロシアは原油と精製した石油製品の輸出量が2009年後半にもサウジアラビアを抜いて世界トップに躍り出るという。それどころかロシアは、天然ガスでも圧倒的な優位に立ち、今や原油版の天然ガスOPEC(石油輸出国機構)創設に強い意欲を持っている。ただ、原油のようにスポットや先物などさまざまな形態の取引があって、生産あるいは価格カルテルを組むことができるのと違って、天然ガスの場合、顧客企業などとの長期契約取引なので、天然ガスOPECをつくっても優位に立てる保証はない。それがわかっていても、資源にあぐらをかき、経済改革を後回しにし、オランダ病対策を講じないところが最大の問題だろう。

2009年ロシア経済はマイナス7.5%見通し、カギは原油価格上昇の危うさ
 ところで、オランダ病に関連して、下斗米さんは、面白いことを述べている。1998年のロシア債務不履行、ルーブル通貨切り下げ危機という非常事態の際、結果として、ルーブル急落で相対的に輸入品価格が割高となって輸入代替産業が立ちあがったこと、しかも翌年ぐらいから原油価格が大きく上昇したため、外貨収入でロシアの財政が潤い、危機が危機でなくなったこと、結果としてオランダ病が克服できた、という。今回の米国金融・経済危機のあおりで、IMF(国際通貨基金)見通しではロシアの2009年の経済成長率がマイナス7.5%と4カ国の中で最悪の数字となっている。現に今年上半期はマイナス10.4%に落ち込んでおり、仮に下半期に持ち直してIMF予測に近い数字になるとしてもマイナス成長に変わりがない。今回の旅行で専門家らに聞いた限りでは経済がさらに落ち込む二番底はない、という点で一致していたが、その主たる根拠は原油価格の動向、端的には値上がりすれば、という点だ。それによってロシアの内需が回復するばかりか、外貨収入増だけでなく税収増などで財政が潤い、同時に政府や中央銀行の金融危機対策で民間企業部門のバランスシート調整が進み、信用収縮、端的には期限超過債務という借金未払い問題が好転する可能性も出てくる、というのだ。しかし、その処方箋が原油価格上昇という資源価格高期待だから、何とも不安定な状況に変わりがない。

98年危機時と今回とではルーブル下落率に差、輸入代替効果が限定的に
 いずれにしても、1998年危機の時はその後の原油価格急上昇で経済が一気に好転したが、今回の危機局面では、そこがどうなるか、全く見えていない。しかも1998年危機の時と今回とではルーブルの為替レートのうち、インフレ率を加味した実効実質為替レートで見た場合、今回の場合の下落率が小さいことも意外に重要なファクターだという。みずほ総研主任研究員の金野雄五さんによると、かつては40%近いルーブルの下落率で、それによって輸入代替効果が広範な製造業品目で起きたため、1999年の製造業の急回復の原動力になった。早い話がオランダ病は通貨安で危機乗り切りを図れた。ところが今回の危機局面では中央銀行の政策対応の遅れも手伝ってルーブル下落率が2008年11月から2009年2月までの3ヶ月間で16.3%にとどまった。このため、輸入代替効果が限定的で、このことが製造業の生産減少を深刻化させている、という。
少し専門的な話になってしまったが、要は、今回の金融・経済危機局面では、ロシアは相変わらず原油や天然ガスの資源価格高に安易に頼り、その輸出で得た外貨収入を国内の自動車や航空機、造船などの産業の近代化に向けられず、オランダ病という病気に陥ってしまっている、という現実に変わりがない、ということだ。みなさんは、このロシアの現実をどう受け止められるだろうか。やはり、失礼ながら壮大なる途上国と言えまいか。

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