秋葉広島市長がネット上で記者不在の選挙不出馬発表したのはとても残念 「メディアは信用置けない」が理由、でも説明責任拒み一方通行発信は問題


時代刺激人 Vol. 118

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 広島市の秋葉忠利市長が2011年1月4日、インターネット上の動画投稿サイトの「ユーチューブ」に、「広島市長不出馬会見」と題する14分50秒の動画を投稿し、その中で4月の統一地方選で行われる市長選には出馬しないと表明、言ってみれば一方的な情報発信だけを行って記者会見を拒んだことが大きな話題になった。

この秋葉市長の行動の真意はその後、1月7日の産経新聞とのインタビューで明らかになった。つまり「テレビや新聞は、1時間話しても使われるのが数秒、数行にしかすぎず、私が伝えたいことがほとんど伝わらない」「一部のマスコミは、自分のつくったストーリーに合わせてコメントを利用する。信頼が置けない」というのだ。そして秋葉市長は「選挙への出馬、不出馬について記者会見をしなければならないという必然性はない。それ自体、市長の職務でない」と述べたが、本音は「(ネット上の動画投稿サイトならば)自分の伝えたいことをカットなしに伝えることができる」という点にあるのは間違いない。

菅首相、小沢民主党元代表もネット・インタビュー志向、ノ―カット・編集なしを好む
 そういえば最近、民主党の菅直人首相が1月7日にニュース専門のネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」という番組に出演して、「生(ナマ)の私の姿を伝えたいと思って出ました」と言ったあと、インタビュアーの学者の質問に答える形をとった。この番組内容は、ネット動画配信サービス「ニコニコ動画(ニコ動)」でも流された。そればかりでない。政治とカネのあり方が問われている小沢一郎民主党元代表も同じく昨年11月以降、続けて3回、「ニコ動」に出演し、やはりインタビュアーの質問に答える形で、自らの主張を繰り返したが、その場で「ネットはありのままの情報を伝達してくれるのがいい」と述べている。

ここまで申し上げれば、問題の所在が何かはおわかりいただけよう。秋葉広島市長、菅首相、小沢民主党元代表はそろって、「既存メディアは、自分たちの言いたいことを正確に、すべて伝えていない。その点、ネット上の動画サイトなどは、ありのままにノ―カット、編集なしで伝えてくれるのがいい」という点で共通していることだ。

秋葉広島市長にメディア不信があったとしても「会見せず」はやはり行き過ぎ
 そこで、今回は「時代刺激人」ジャーナリストの立場で、新聞やテレビ、ラジオなどの既存メディアの報道姿勢が指摘どおり偏りがあったり、また正確に報じていないのかどうか、逆にネット上の動画サイトならば国民、有権者に政治家らトップリーダーらの主張すべてが正確に伝わるのか、メッセージや主張が大きな広がりをもってマスコミュニケーションという形で波及すると期待していいのかどうか、という問題を取り上げてみたい。

毎日新聞、ロイター通信という国内メディア、外資メディアという2つの既存メディアにいた私の経験を踏まえて、かつ、インターネットが既存のメディアと異なる新しいメディア媒体であることを認めたうえで、結論から先に申し上げよう。秋葉広島市長、菅首相、小沢氏のうち、秋葉市長の場合、動画投稿サイトで菅首相らのようにインタビュアーの質問に答えるという形をいっさいとらず、記者会見自体を拒み、ワンサイド、一方通行の形で情報発信して「不出馬会見」としたのは、明らかに行き過ぎで、トップリーダーのとる行動ではないと思う。

秋葉市長が記者会見の際、インターネットメディアも同席させれば問題解決だった
 メディアにかかわる記者もピンからキリで、優秀で切っ先鋭い記者もいれば、問題意識がなく御用聞きのような質問しかできない記者もいる。とはいえ、そうした記者の質問をすべて遮断するため、会見に記者をいっさい介在させずに、ネット上の動画サイトを使って一方通行なメッセージ発信だけ行って、「私は会見した」というのでは、「あの市長は、『メディアは私の伝えたいことをいっさい報じない』ことを理由に、自分の都合のいい情報だけを伝えようとしただけだ。リーダーとしての説明責任を果たしていない」と批判されても抗弁出来なくなる。

率直に言って、秋葉市長は被爆都市の広島市長という特異かつ重要な存在で、しかも過去に大きな業績を残した人だ。その秋葉市長が多選によるマンネリズムを嫌って、あえて今回は出馬せず、となれば、それ自体がニュースなので、ここは記者会見を行って市民や有権者、それに広島に関心を持つ全国の人たちに伝える責任があったはず。
私に言わせれば、既存メディアの報道姿勢に問題があり不満ならば、今回、記者会見にネットメディア、フリーランスのジャーナリストらを同席させ、自由に、かつ会見すべてを即時に情報発信させるようにすればよかったのだ。その際、ポイントはネットを常時、丹念に見ている人たちはそう多くないかもしれないので、事前にネット上にアナウンスをして、「ぜひ、ご覧を」とアピールしておけばいいのだ。そうすれば、秋葉市長の重要メッセージを既存メディアが報じていないかどうかも、一目瞭然となる。

北川元三重県知事も「公人として客観的な判断に耐え得る報告する義務がある」
 この問題に関して、取材を通じて知り合い友人づきあいの元三重県知事で早稲田大学大学院公共経営研究科の北川正恭教授は1月17日付の毎日新聞で、こう述べている。
「秋葉広島市長が動画サイトで一方的に都合のいいところだけを話すやり方には疑問を感じる。政治家の出処進退では、国民の代表として聞いている報道機関の質問に真摯(しんし)に答える必要がある。会見では自分の意に沿わないような質問が当然出るだろうが、公人としては客観的な判断に耐え得る報告をする義務がある。だから、政治家は自分の都合のいいことだけを話しても説明責任を果たしたとは言い切れない」と。
メディアの報道姿勢にいろいろ不満や言い分があるにしても、北川教授が言うように、政治家やトップリーダーは向き合って、しかもその場合、メディアと質疑応答しているのでなく、メディアの後ろにいる国民や有権者、一般の人たちと会話しているのだと割り切ること、そしてもっと重要なのは、メディアが記事にせざるを得ないような強烈なメッセージを発信することだ。それは説明責任にも通じることだ。

メディア嫌いの佐藤首相が1972年にテレビカメラに向け最後の異常会見
 そのことで、ふと思い出したのは、私が毎日新聞経済記者時代の1972年、今でも鮮明に憶えているが、佐藤栄作首相(当時)が首相官邸での最後の記者会見で、「新聞は報道が偏向している。嫌いだ。テレビは(カメラに訴えれば)真実を伝えてくれるから、(記者不在で)直接、国民のみなさんに最後のあいさつをする」と、今回の秋葉市長と同じような一方通行の情報発信を行ったことだ。
私は首相官邸の現場にいたわけでなく、異常な会見を食い入るようにテレビで見た。佐藤首相が大きな目でギョロッとにらみつけるように、そして吐き捨てるように、記者団に対して「君らは会見場から出て行ってくれて結構。私はテレビカメラを通じて国民のみなさんにあいさつする」と述べたのが印象的だった。もちろん、これでも首相なのか、政治リーダーとして見識が問われる、恥ずかしい行為だと思ったことは言うまでもない。

メディアの側にも反省点多い、記者クラブに安住せず調査報道など独自取材を
 さて、ここで、秋葉市長らから批判の対象になっているメディアの報道姿勢に関して、述べておく必要がある。率直に申し上げて、メディアの側にも問題が多いのは事実だ。時々、メディアの現場での記者会見に出た場合、質問力がないのか、問題の所在を十分に把握していないのか、あるいはライバル他社に手の内を明かすような質問をしないようにしているのか、定かでないが、どうでもいいような中身のない質問とか、突っ込みの足りない質問があり、がっかりさせられることがある。それを受けての報道ぶりも、「問題意識がないから、この程度の記事しか書けないのだなあ」という場合もある。
もとより、逆に、この記者はなかなか鋭い、よく勉強していると感心するケースも多い。ただ、総じて言えば、今の政治の劣化と同様に、メディアの現場の質の劣化も間違いない事実だ。私は、個人的には記者クラブ制度が記者をダメにしていて横並び取材、状況に流されやすい取材という悪い状況をもたらしているので、この制度を必要最小限のものにして、むしろ、記者クラブに安住せず、メディア向け発表ものにも頼らず独自取材を重視するシステム、調査報道取材などに特化して、競争力をつけることが大事と思う。

ネット上では「新聞がネットでの市長表明の全文を報じればいいでないか」との声も
 ところで、今回、秋葉広島市長のネットの動画投稿サイトを使った一方的な情報発信に関して、ツイッターやブログなどでの「つぶやき」をネット上でみると、賛否両論だった。そのうち今回の秋葉市長の行動を容認しメディア批判するもののうち、いくつか興味深いものを挙げよう。たとえば「マスコミは『説明責任』がお好きなんですね。『ネットを見られない人への説明責任を果たしていない』というなら、新聞が全文を掲載すればいいだろうに」という。
また「秋葉広島市長がYOU TUBEで不出馬表明したことを、マスコミが叩いている。しかも『ネットが見られない人はどうする?』という『市民の声』を引用して。広島市民のみなさん、ネットのYOU TUBEっていうだけで、テレビで流さないのはテレビ局自身ですよって言いたいです」などがそれだ。逆のコメントは、私が申し上げたようなものも含めていろいろあるが、総じて言えば、ネットのオピニオンをしっかりと受け止めよ、新聞など既存メディアだけがメディアではない、といった立場が多い。

ソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)が既存メディアの世界を変える?
 確かに、ネットの広がりはすごいものがある。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のうち、米国の「フェイスブック」は実名でコミュニケーションするネットワークで、今や世界中で5億人の利用者がいる、という。日本国内のSNSとは比べようがない広がりだが、こういったネットワークを通じて、新たなメディア発信が進めば、確かにメディアの位置づけが変わってくる。この5億人の人たちが現場で見たもの、聞いたものを「ニュース」という形で情報発信していけば、既存の新聞やテレビとは異なる情報発信力を持つ。
私が、新聞社に入った時には、ジャーナリズムや報道に携わる者の重い責務といったものを叩きこまれ、それを使命としたものだが、ネット上のブログやSNSなど、既存のメディアとは異なる情報発信のシステムは今後、新たな世界をつくっていくだろう。秋葉広島市長や菅首相はどこまで、そのあたりを見抜いて情報発信しようとしたのか、あるいは単なるメディア批判からネット志向に走ったのか、定かでないが、情報を受け止めるメディアの世界が今や新たなネット媒体の登場で、大きな変革を迫られつつあることは確かだ。

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