スクープ狙い、タイムプレッシャー、功名心などがメディア誤報を生む 日本テレビ「真相報道バンキシャ!」問題は氷山の一角、再発防止の抜本策なし


時代刺激人 Vol. 30

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 「架空工事を受注したように見せかけ、岐阜県庁職員に200万円の裏金を振り込んだ」との発言を大々的に報じた日本テレビ「真相報道バンキシャ!」のスクープ報道が、実は発言をうのみにした裏付け取材なしの誤報だったことで大騒ぎになっている。2007年に関西テレビ「発掘!あるある大事典Ⅱ」でねつ造問題が発覚してテレビ報道の安易さが問題になったが、メディアの現場に長くいた私に言わせれば、テレビの世界に限ったことでなく新聞社でも同じ問題がある。報道現場は、未だに再発防止に関して抜本策を講じきれないでおり、いつ問題が再燃してもおかしくない組織的な病理があるのだ。
 こう申し上げると、「そんなバカなことはない。報道の使命は厳しい規律と責任感に裏打ちされたものであるべきはず。十分な裏付け取材もしないでスクープ報道に明け暮れているということなど、許されるべきことでない」といったご批判を受けそうだ。もちろん、報道の現場で日夜、必死でがんばっている大多数の人たちにとっては、こういった誤報騒ぎはとても迷惑な話。しかし現実問題として、名前の間違いや数字のケタ間違いといった単純ミスが日々の新聞の「おわび」や「訂正」の形で後を絶たないが、それ以上に問題なのは、錯覚や思い込みだけでなくタイムプレッシャー、ライバル意識、功名心が高じてのスクープ狙いが原因の構造的な誤報リスクがいつも存在することだ。

ネット情報サイトの書き込みに「脈あり」と取材したが、肝心の裏付け取材怠る
 何が報道の現場で起きているかをレポートする前に、今回の「真相報道バンキシャ!」の誤報問題に関して述べておこう。日本テレビが記者会見で明らかにしたところでは、岐阜県の元建設会社役員が昨年11月上旬、インターネットの情報サイトに「岐阜県内で談合がある」と書き込んだのを、日本テレビの下請け製作会社スタッフが見つけて取材を始め、元役員に当たったところ、脈ありと見て番組で取り上げることになった。ところが肝心の振り込んだといわれる通帳チェックや岐阜県当局への内容確認を怠ったこと、とくに県当局に対しては証拠とおぼしきものを提示したりすると証拠隠滅されるリスクがあると考え、あいまいな取材に終始し結果として確認や裏付け取材を怠った、という。
 日本テレビの報道局長は記者会見で「最後の詰めが甘かった」と言い、また引責辞任した久保伸太郎社長は「情報が(報道するに)値するものかどうか、取り上げるなら、どう取材を進めるべきなのかといった(取材の)すべての過程に問題があった」と反省の弁を述べた。そして久保社長は、報道局の幹部から証言者から「虚偽の証言だった」との報告を受けた時点で「この程度(の取材)で番組が出来ているのかと思われかねず、問題の重要性を感じて辞任を決意した」という。

メディアの現場に組織病理があるのに「失敗の研究」せず問題を先送り
 しかし、日本テレビには事後対応でも問題があった。社長辞任会見に関して、やり直し会見をせざるを得なくなったのだが、理由は、最初の会見に関して取材記者を1社1人と制限し、同時にカメラ取材を禁止したためで、他のメディアからの猛反発を受けて3時間後に再度、同じ会見をするというお粗末さだった。読売新聞経済部記者を経験している久保氏は、現場の広報まかせにしていたのかもしれないが、メディアは、取材する時には報道の自由を主張して取材先に鋭く迫るのに、いざ、おわびの記者会見など守りに入ると、信じられないほどの頑なさを見せる。企業のガバナンスを問題視し新聞紙面で正論をぶつけるのに、自らの新聞社の経営スキャンダルになると、ひたすら情報開示を拒む問題姿勢と同じだが、今回の日本テレビの対応には問題が多すぎた。さらに問題なのは、誤報に至った原因は何だったのかの検証、そして再発防止策の公表を行っていないことだ。
 さて、今回、取り上げたいことは、メディアの現場には誤報に至る組織病理があり「失敗の研究」、そして対策が必要なのに、分秒を争う時間勝負の世界の中で、メディアは結果として、状況に流されてしまい、病根を取り除く努力ができず仕舞い、そして問題先送りしてしまっていることだ。なぜ誤報が起きるのだろうか、と思われるかもしれない。メディアも完璧なことはあり得ず、起こるべくして起こる場合もあるが、誤報には、実はさまざまなタイプがある。

朝日新聞長野総局の若い記者による新党づくり「軽井沢会議」ねつ造も深刻
 まず第1は確信的な誤報。ねつ造、虚報など、いろいろあるが、確信犯的に行う誤報は最悪だ。古くは朝日新聞の「地下潜行中の伊藤律共産党幹部独占インタビュー」(1950年)や同じく朝日新聞の写真報道「サンゴ汚したK・Yってだれだ」(89年)が代表的だ。最近では05年に朝日新聞長野総局の若い記者が、本社の政治部からの取材依頼に対応して新党日本づくりの問題で田中康夫長野県知事(当時)と国民新党の亀井静香代議士(当時)が軽井沢で会談した、といううその情報メモをねつ造し、それをもとに大きく報道して誤報となった問題も記憶に新しい。この若い記者は「魔がさした」という弁明だったが、一種の病理で、深刻な問題だ。
 続いて第2は錯覚や思い込み、勘違いによる誤報。これは枚挙に暇(いとま)がないが、センセーショナルだったという点では毎日新聞の「グリコ事件の犯人取調べへ」(89年)や読売新聞の「3幼女殺害で容疑の宮崎勤のアジト発見」(89年)がある。 第3としては、スクープ狙いの功名心による誤報。今回の日本テレビ「真相報道バンキシャ!」報道も、その部類に入るだろうが、米国ワシントンポスト紙の「8歳の少年薬物中毒に陥ったルポ記事」が有名。駆け出しの記者が敏腕記者の評価を得たいがための功名心、結果としてピューリッツアー賞受賞にまで至り、審査した側もだまされたが、経歴詐称から調査が始まり誤報発覚となった。米国のようなジャーナリストのハングリーさが、バイタリズムの源泉になっている社会では一歩間違うと誤報の落とし穴があるのだ。

若い記者の勉強不足は無視できず、座標軸ないうえ「病んだ」記者いるのも問題
 第4はタイムプレッシャーによる誤報だ。新聞社では夕刊、朝刊の締め切り間際に起きるリスクがあり、かつて時事通信が北朝鮮からの拉致被害者の帰国報道で大誤報したのが典型。これ以外には、海外情報など確認がとれない中で、大丈夫だろうという安易な見切り発車による誤報がある。古くは大韓航空機墜落事故、三井物産マニラ支店長の誘拐事件報道などがそれ。
さらに恥ずかしいのは、ジャーナリスト、とりわけ若い記者の勉強不足、消化不良による誤報も無視できない問題。これなどは日常的に起きるリスクだ。情報が洪水のように流れ、それに振り回されることも遠因だが、私に言わせれば、記者が座標軸をしっかりと持つことが大事だ。取材するに際に思い込みではなくて、先行きの見通し感をしっかり持ち、もしその見通し判断に誤りがあれば、躊躇なく座標軸を変える柔軟さを持つこと。それさえしっかりできていれば、情報洪水にもうろたえることないはずだ。
 テレビ局の記者は層が薄く、新聞社のように、いろいろな意味で鍛えられておらず、取材力に欠けるところがあるので、今回の日本テレビ、あるいは関西テレビの誤報、ねつ造問題を起こす素地がある。しかし、今、新聞社の現場でも驚くべきことは、精神的に「病んだ」記者が増えているという現実も無視できない。笑い話みたいだが、ある新聞社の地方支局の若い記者が高校野球の取材に出かけて帰ってこないので、携帯電話で連絡したら「野球部の監督がこわそうなので、取材できないでいる」という。同じように成績優秀で入社した若い記者をいざ現場に出すとストレスかタイムプレッシャーでか、アパートの自室に引きこもって出社拒否症に陥った、という話も聞いた。ひと昔前と違って、「病んだ」記者が増えているのも、誤報を生み出す遠因となりかねない。

取材競争の現場抱えていると全社挙げての再発防止研修を行えない悩み
 こういった話を聞けば、メディアはなぜ、誤報をなくすために組織的な訓練や研修、あるいは再発防止策を講じないのか、といった批判になりかねない。しかし実態を言えば、メディアの現場で誤報など問題が起きた場合、始末書を書かせたり、配転もしくは休職処分、給与カットなどで対応するか、現場指導する立場にあるデスククラスの研修で終始する。結局、全社を挙げて、再発防止のための大研修、特訓プログラムなどを実施するというのは、取材競争している現場を抱えている悲しさから、無理なのだ。だから、事実上、問題先送りのようになってしまい、抜本策を講じられないのだ。
 ただ、この点で、私は評価しているのは、朝日新聞がさきほどの長野総局の情報ねつ造、誤報事件をきっかけに、本社の編集局の大組織改革に取組み、また記者の「コード・オブ・コンダクト」という形で守るべきルールづくりを徹底し違反すれば厳しい処分をする、といった改革に踏み出したことだ。とくに組織改革に関しては、政治部や経済部といったセクショナリズムの弊害をなくすため、部の壁を取り外し取材グループ制にして風通しをよくしようとしたことだ。朝日新聞の友人によると、まだ道半ばという話だが、まずは再発防止のために目に見えるアクションをとることが大事だ。いかがだろうか。

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