時代刺激人 Vol. 177
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
中国で最近、起きている政治のさまざまな動きは、ずばり興味津々だ。中国経済を定点観測している中国ウオッチャーの私から見ても、それらの動きは、政治の世界の権力闘争とは違って中国の政治、そして経済や社会の地殻変動につながる動きのように見える。
重慶市トップの解任はサプライズ、権力闘争の臭いがぷんぷん
もう1つ、北京中央の政治がからむ動きで、中国内外の関心を集めているのが北京、上海、天津と並ぶ国の直轄都市、重慶市の共産党トップ、薄熈来書記が最近、解任された問題だ。汪洋氏と並んで、次期共産党指導部入りが有力視された1人だから、大きな話題になったが、薄熈来氏は妻の汚職容疑で検察の取り調べも受けている、というから驚きだ。こちらは間違いなく権力闘争の臭いがぷんぷんする。
メディア報道でご存じだろうが、薄熈来氏の部下で、重慶副市長かつ公安局長だった王立軍氏が今年2月、四川省成都の米国総領事館と接触したため、亡命騒ぎが取りざたされ、一気に政治問題化した。いくつかの報道を総合すると、王立軍氏は薄熈来氏指示のもと、大胆な暴力団排除で功績をあげた半面、地下で北京中央などの政治家とつながる暴力団の反発を招き、しっぺ返しを食らう恐れが出たため、自身の身の安全を考え、亡命に走ろうとしたのでないか、という。
急成長による都市化で重慶市の社会不安材料が山積、
権力闘争どころでない
そんなことよりも、重慶市は数年前に現地を訪れた際に、いろいろ取材した問題、端的には冒頭に述べた急速な都市化に伴う新たな社会不安材料が随所に出てきているのに、こんな権力闘争につながることに政治エネルギーを費やしていていいのか、と思う。
その問題は、中国国内でも成長センターの1つになった重慶市ながら、周辺農村からの人口流入も加わって、今や本来の戸籍人口をはるかに上回る3200万人というケタ外れの巨大都市となっている。東京の人口1300万人から見れば、その大きさが塑像できるだろうが、問題は、流入人口に対応する道路や交通網などハードのインフラのみならず医療や教育などさまざまなソフト部分にあたる社会インフラが、数年前の時点でも目を覆わんばかりのひどい現実だった。広東省の鳥坎村の問題も重要だが、急速な都市化に追い付けない社会インフラの未整備が新たな社会不安問題に発展するのは目に見えている。文字どおり権力闘争どころではない現実があるのだ。
5年に1度の共産党大会の「政治の年」に成長率危機ライン8%割り込む
こういった中で、3月14日に閉幕した中国全国人民代表大会(全人代)では2012年の中国の経済成長率目標を7.5%と、実に8年ぶりに7%台に引き下げた。中国の財政政策、金融政策のマクロ政策運営がいま、実に難しいかじ取り状況のため、やむを得ず成長政策の軌道修正を余儀なくされたのだが、私は、この数値目標に別な問題意識を持っている。
かつて中国の専門家の間では、中国が社会主義と改革開放の相矛盾した考え方でもって13億人の巨大人口をまかなう経済政策、社会政策などを推し進めるには「8%成長」が絶対に達成すべき成長率水準、逆にこのレベルを割り込むと、農村部の巨大人口を養っていけないばかりか、都市化に伴うさまざまな課題も克服できず社会不安を引き起こしかねない。このため、8%成長は危機を回避するばかりか、維持しなければならない絶対ラインというのが共通した考え方だった。
それをあえて引き下げざるを得なくなったのだから、その面でも、今年は中国ウオッチが必要だ。本来、中国では5年に1度の共産党大会の年は経済成長目標に関して、新指導部を鼓舞させるため、高め成長のはずにするのだが、そうできないところに苦悩があるように思える。となればますます権力闘争どころではない?
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