時代刺激人 Vol. 109
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
「ここには、アホな人たちばかりが集まっていま~す」――今年10月下旬、神奈川県小田原市で開催の「第3回ローカルサミット~小田原・箱根こゆるぎから始まるいのち甦(よみがえ)るまちづくり~」に誘われてイベント参加した際、司会者が盛んに、この「アホ」という言葉を連発するので、何のことだろうかと思っていたら、次第にわかってきた。「熱(あつ)く惚(ほ)れる」の「あ」と「ほ」を取り出して「あほ」と言ったのだ。聞きようによっては、「アホ」「バカ」の「アホ」のことを言っているように、思わず錯覚してしまいかねない。何とも人騒がせなことだと思ったが、地域活性化プロジェクトの1つ、小田原ローカルサミットには、それほど「あつくほれる」人たちの熱気があった。
そこで、今回は、さまざまな地域活性化に向けてのチャレンジや試みが全国で行われている中で、「時代刺激人」ジャーナリストの立場で見ても、これはなかなか面白い着想のプロジェクトだなと思うこのローカルサミットを取り上げてみたい。
上からの発想、日本経団連の経営者らの過去の成功体験とは無縁の取組み
ローカルサミットというと、おおげさなものに聞こえ、全国各地の自治体のサミット(首脳)らが集まった会合のことか、と思われそうだが、それとは、まったく縁遠いものだ。サミット最後のまとめの部分の一部を紹介すれば、イメージがおわかりいただける。
要は、このローカルサミットは、地元小田原の人たちを中心に全国から集まったさまざまな人たちの地域活性化のためのイベントだ。その集約部分での言葉は、「上からの行政の発想でなくて、また日本経団連の経営者たちが過去の成功体験を語り合うような発想でなくて、地域のさまざまな人的、物的資源のよさを見直し、地域のひとたちが自分たちの町や村を手づくりで、そして地域に根差した新たな成功モデルになるようなものをつくりあげていこう。今回のローカルサミットで、小田原モデルのようなものをつくりあげ、それを日本全体に、さらには世界の地域活性化のモデルにしていこう」という内容だ。
ローカルサミットで「いのちを活かすものづくり」など11テーマ、小田原評定も
サミットは、前夜祭を含めて3日間にわたった。私は運悪く、最後の日のまとめセッション「G11(イレブン)小田原評定」の部分にしか参加。しかし発表などを聞いて、なかなか興味深いものがあった。11のセッションでは「いのちを活かす『ものづくり』」とか「いのち輝く『商い』」、「いのちをつなぐ『金融』」「いのちを生かす『食』」「いのちを育む『農林水産』」といった形で、すべてに地域の人たちの生活につながる「いのち」をテーマにディスカッションしている。最後は、それらをどう評価するかという点で、地名につなげ「小田原評定」としたようだ。
たとえば、このうちの「いのちを活かす『ものづくり』」セッションでは、どんな議論があったのだろうか。報告によると、「地域に素晴らしい伝統工芸品や特産品があっても、コスト高で値段が高く、中には嗜好品になってしまっていて生活の現場に入っていけるものになっていない」「もっと持続可能なものづくりが必要だが、どうすればそれが可能になるか考えるべきだ」「ハイテクと伝統技術の融合でもって、思わず消費者が手にしてみたくなる、買ってみたくなるモノづくりが必要でないか」「市場づくりも重要だ。それに経営が長続きするようなビジネスモデルづくりが重要だ」「つくり手の側にも、消費者ニーズをしっかりと探るマーケットリサーチ能力が必要だ」などの意見が出た、という。
高知県馬路村ゆず事業化のようなマーケッティング、ブランディングを課題に
私は報告を聞いていて、柚子(ゆず)の事業化に際して、地域をあげて取り組んで成功した高知県の馬路(うまじ)村をイメージした。確かに、セッションの議論のポイントは、特産品をうまく地域全体の事業にしていくためにはマーケッティングやブランディングの戦略をどうするか、あるいは消費者に高い評価を受けるうま味などの工夫をどうするか、コスト管理をどうするか、誰がリーダーになって事業化を進めるか――といった点に及んでいる。その点で、地域ぐるみで取り組んだ成果が全国ブランドに広がった成功例の馬路村のゆず事業のような取組みの仕方は、今回のローカルサミットのターゲットになっているのだろう。
この小田原ローカルサミットは第3回とあるように、最初は北海道の帯広市、続いて愛媛県松山市の宇和島市で、それぞれ地域の活性化、都市の消費者との連携などをめざしたイベントを行い、今回が3回目のものだ。すぐに明快な結論が出るようなことではないが、地域活性化のモデル事例になるような取組みをしていこう、というところに、時代刺激人ジャーナリスト的にも興味をそそられるものがあった。 しかし、ここまでならば、これまでいろいろな地域で悪戦苦闘している地域おこし、地域活性化や地域再生のプロジェクトの域を出ない。ところが、このローカルサミットは、仕掛け人たちに、そのレベルを越えるチャレンジがある。そこをぜひ、ご紹介しよう。
仕掛け人は日銀OBで、場所文化フォーラム代表の吉澤さん
仕掛け人の1人が日銀OBで、現在、場所文化フォーラム代表の吉澤保幸さんだ。この場所文化フォーラムという組織の問題意識が、帯広や松山・宇和島、そして今回の小田原でのローカルサミットのベースにある。
吉澤さんによると、このフォーラムは、自然の景観や歴史、言葉、食、生活様式など、言ってみれば風土のようなものを含めて、それぞれの地域が持つ場所の価値、場所の持つ文化的なもの、端的には場所文化というものを、地域の人たちだけでなくさまざまな人たちが再認識して、その素晴らしさを実感し、それどころか地域と言う「居場所」を誇りにしていく手助け、サポートを目的にしている、という。
地域でしっかりと資金循環する仕組みづくり、「場所文化」の核が広がれば成功
そして、ここからが重要なのだが、吉澤さんによると、国や自治体などの補助金に頼らなくとも地域でしっかりと資金が循環していくような仕組みづくりを構築すれば、地域の人たちは自分たちの場所文化に誇りを感じて、点から線、そして面へと広げていく。さらに帯広、松山・宇和島、小田原という形で、全国10か所ほどの場所文化の核をつくっていけば、下からの地域活性化、地域再生が機能し、日本中に広がっていく。いずれは日本にとどまらずアジアにも広げたい、という。
この場所文化フォーラムには、地域の人たちだけなく問題意識を持つ企業関係者、大学教授、地域デザインをする建築家、造園家、銀行関係者などが軸になって活動する。毎月1回程度、勉強会を行うと同時に、今のようなインターネットの時代にはEメールなどで情報交換、場合によっては情報共有していく。また「場所文化を感じる、気づく、見つける」場所探しのツアーも年間3、4回行ってきた、と吉澤さんは述べている。
LLCとLLPという枠組みがポイント、プロジェクト応援の志民たちも出資参加
場所文化フォーラムのイメージは総論では何となくわかるが、具体的にどうするのか、どんな仕組みづくりにするかが、とても気になる。まさに、そこがポイントだ。吉澤さんによると、新会社法で設立が可能になったLLC(合同会社)とLLP(有限責任事業組合)をうまく活用している。ちなみに、このLLCは、出資者が出資額の範囲でしか責任を負わない有限責任であること、しかも内部自治原則という形で、組織ルールが厳しくなく、むしろ自由裁量をベースに話し合いで物事を決めて行くことなどが特徴。LLPも事業組合的な組織なので、産学などの事業連携や共同事業などに適している。いずれも吉澤さんらのプロジェクト展開には最適で、考えようによっては、プロジェクトを長続きさせる仕組みづくりとも言える。
吉澤さんによると、2003年8月に場所文化フォーラムのメンバーらが中心になって立ち上げ、そしてLLCはレストラン「とかちの、、、」立ち上げ時の2007年に設立した。ここには各地域のプロジェクトに共鳴する志のある人たち、つまり「志民」も出資参加する、さらに地域の金融機関も外野のファンドの形で加わる。そしてつくりあげた「場所文化志民ファンド」が地域のコミュニティビジネス、シャッター街化 した中心市街地の再開発プロジェクトの支援、さらには地域文化を再興させようというレストランや飲食店の人たちの「屋台村」プロジェクトの支援も行う。
LLCが東京丸の内の「とかちの、、、」レストランに出資、事業益は他に投資
吉澤さんらが、2007年に東京丸の内にオープンさせたレストラン「とかちの、、、、」は帯広市のローカルサミットで中心的な役割を果たした十勝地方の野菜生産農家、畜産農家などの安全で安心な食材をベースに、場所文化フォーラムと連携する山梨県甲州市勝沼のワインなどを提供するレストランだ。言うまでもなく、この場所を活用して、十勝地域と東京などの都市の人たちとの間で、食を通じた出会いの場にしていく。それよりも重要なのは、LLCから、このレストランに出資する。店の事業収益はLLCに貯めて、十勝地域以外の地域活性化のプロジェクトにも再投資する。出資者の投資のリターンは、「志民」通貨といって、食事券などで還元する。もちろん、LLCのメンバーはすべて了解済みのことだ。
吉澤さんは日銀時代の逮捕事件を克服し地域再生で再出発
こうした場所文化フォーラムのアクションがきっかけになって、十勝地域はじめ、いろいろな地域で、プロジェクトに呼応する形で農業生産法人や地域企業などが新たな連携組織を立ち上げている。また、行政なども応援の形でサポートに回っている。ローカルサミットも、ある面で、こうした動きに地域が受け皿どころか、同時進行の形で呼応している。私から見ても、生き生きした動きに見える。ぜひ、「時代刺激人」ジャーナリストの立場でも役割を担って応援したいと思っている。大事なことは、日本の地域が閉そく状況に陥って身動きがとれないなどと嘆いているよりも、こういった新しい動きをサポートすることで、あるいは連携の輪に加わることで地域活性化が機能してくると思う。
ところで、吉澤さんは、日銀のエリート官僚の1人だったが、12年前の1998年の日銀旧営業局証券課長時代、接待汚職事件にからんで収賄容疑で逮捕された。そして日銀を退職したあと、税理士の資格をとって、再出発を図ると同時に、地域活性化のプロジェクトにかかわった。吉澤さんにすれば、日銀時代の逮捕事件に関しては、複雑かつさまざまな思いがあるのだろうが、大事なことは、こうして新たな出発で見事に再生し、地域の活性化に尽くしている。ここは素直に評価していいのでないかと、私もプロジェクト応援している。
関連コンテンツ
カテゴリー別特集
リンク