世界の新成長センターはACI経済 BRICsよりも隣接経済連携が魅力


時代刺激人 Vol. 163

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

米国経済停滞の長期化にとどまらず、ユーロ経済圏の国家債務危機の一段の深刻化といった形で先進国経済の落ち込みがひどい。そればかりか、この経済の落ち込みがグローバル化の時代に金融マーケットなどを通じてリスクや危機の連鎖となって、あっという間に世界中を駆け巡り、グローバルレベルでの経済下方リスクを増幅させてしまっている。

現に、急成長を続けていた中国やインドなどの新興アジア経済にも波及してきた。無理もない。輸出先市場としての欧米の経済が落ち込めば、中国などの輸出が鈍化するのは当然のこと。そればかりでない。将来成長を見込んで新興国経済に投資してきた欧米の投資マネーが、自国経済の足元の損失穴埋めに大わらわとなり、投資マネー引き揚げの動きとなったため、その投資を当て込んでいた新興国経済にも間接的に影響が及んできたのだ。

欧米のシステム危機で、世界の成長センターの経済地図が塗り替わる
 ユーロ危機などで欧米経済は制度疲労もからみシステム危機に陥っており、世界に及ぼす激震度は相当なものだが、このあおりで、世界経済に一種の地殻変動的な動きが起きた。端的には成長センターが欧米先進国経済から新興国経済へと着実に移動している。しかし経済地図がすんなり塗り替えられたとは言えず、事態が複雑になってきたことが問題だ。
要はリスクや危機の連鎖が予想以上にハイスピードで進み、それが新興諸国の成長経済に波及したため、今や先進国経済の落ち込み度が心配と同時に、巻き込まれた新興アジアなどの成長センターの経済減速がどこまで続くかが焦点となってきた。新成長センターが腰砕けにならないようにすることが何としても大事だ。グローバル経済リスクに対し、どこで、そしてどのように歯止めをかけ得るのか、コトが簡単でないだけに苦悩が続く。

そんな矢先、私がメディアコンサルティングでかかわるアジア開発銀行研究所、それにアジア開発銀行、朝日新聞社の3機関の共催で、なかなか興味深いテーマのシンポジウムが11月30日午後、東京で開催された。テーマは「ACI経済の勃興と日本の進路」というものだが、私は仕事上、シンポジウムのアレンジに関与したこと、そこでの議論が冒頭から申上げる問題につながることもあり、今回は、その中身をぜひ、ご紹介したい。

ACIはASEAN(東南アジア諸国連合)+CHINA+INDIAの頭文字
 時代刺激人ジャーナリストの問題意識で言えば、今回のコラムのテーマは「世界の新成長センターはBRICsよりもACI経済」となり、そして日本がデフレ脱却、大震災からの復興、原発事故リスクという重い課題を背負いながら、このACI経済と、どうつきあうか、成長を取り込めるか、という点だ。

やたらにローマ字が並んだが、BRICsはご存じのように、新興経済国のブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字をとった名称だ。もともとは、米投資銀行ゴールドマン・サックスが、彼らの戦略投資のターゲットに顧客の投資家を呼び込むため、意図的につくりあげたキーワードだが、それらの国々が、彼らの思惑どおりに急成長をしたため、いつの間にか時代の先を見る戦略ワードになってしまった。これに対するACIはASEAN(東南アジア諸国連合、インドネシア、ベトナムなど10カ国加盟)、CHINA(中国)、そしてINDIA(インド)の頭文字をとった地域のことだ。

デフレ脱却、大震災復興など課題いっぱいの日本は
ACI経済にどうコミット?
 アジア開銀、その戦略シンクタンクのアジア開銀研究所が、カバーする地域経済にアクセントを置くため、これらACI経済という括(くく)りで取り上げたのだろう、という見方もあるかもしれない。しかし、私のジャーナリスト感覚で言えば、中国とインドに、ASEANをリンクさせた問題意識は鋭いと見る。
BRICsの場合、隣接する中国とインドを別にして、壮大なる途上国のロシア、そして潜在成長力を秘めながらも未知数の部分が多いブラジルがからみ、経済レベルでも、また地域的にも絞り込みやリンク付けが難しい。

その点、ACI経済は、新興経済国として先行する中国、インドに、ASEANという地域的に隣接し自由貿易経済圏(FTA)連携で先行の中国などとも経済交流が進む10カ国を加えたもので、これらが生み出す広域経済圏の相互経済連携効果、経済波及効果は極めて大きい。そこに、関税障壁など経済規制を取り外した自由貿易経済圏が実現すれば、間違いなく新興経済の成長センターになり得る、と考えるからだ。

TPPは地域拡散が弱みだが、ACIと最終的に統合すれば経済効果は大
 私が、世界の新成長センターという意味で、BRICsよりもACI経済へ、と申上げた意味がおわかりいただけよう。要は、成長センターという場合、地域が互いに隣接して、その経済波及効果も大きいと見込める国や地域が互いに経済連携をさらに進めて、広域自由貿易経済圏につなげればセンター効果がぐんと大きくなる。
環太平洋パートナーシップ(TPP)経済圏は、仮に実現しても、関係する国々が広範な地域に拡散している点に弱さがある。しかし、私はACIとTPPが最終的に統合することが理想だと思っている。

161回コラムでも述べたように、今後の広域経済圏づくり、広域経済共同体づくりは時代の流れだ。それを考えた場合、TPPとASEAN+3(日本、中国、韓国3カ国)や+3(その3カ国にインド、豪州、ニュージーランドを加えた6カ国)は決して対立しあうものでない。むしろ日本がTPPにもASEAN+3もしくは+6の双方にかかわっており、双方に影響力を持つ日本が広域経済圏づくりで主導的な役割を果たせる絶好のチャンスだ、という主張は変わらない。その点で、将来のTPPとACIの連携や統合を考えた場合、ACIに深くかかわる日本が、その仲介役を果たすのは極めて意味がある。

ACIのGDPは20年後に世界全体の27%シェア、1人当たり所得も3倍に
こういった目線で、冒頭のACI経済と日本の進路に関するシンポジウムのことを申上げよう。まず、基調報告をしたアジア開銀研究所の河合正弘所長によると、ACI経済の20年後、つまり2030年時点の国内総生産(GDP)が世界全体のGDPに占めるシェアが何と27.7%に及ぶ、という。アジア開銀が今後20年間に見込むACI経済全体の年率ベースでの平均成長率6.9%をもとに弾き出したものだが、1人あたりの平均所得も2010年時点の2773ドルから20年後には9165ドルと3倍に上昇し、この地域経済の大きな課題だった貧困からの脱出の可能性が高い、という。

しかし、河合所長は同時に、このACI経済について、経済成長に伴い中所得層が急拡大し、都市化のテンポも早まる結果、道路や鉄道網などの物的なインフラのみならず医療や年金、教育といった社会的なインフラの整備が追いつくかどうか、また消費需要の増大に合わせてエネルギーや食料の供給力が伴うかどうか、その場合、グリーンエコノミーの形で環境配慮の経済社会づくりが実現できるかどうか、さらに所得格差の広がりが現実化した場合の社会システムづくりが可能か、といった課題に直面する、という。

河合アジア開銀研所長
「日本はACI経済の質を高める投資などで寄与を」
 そこで、シンポジウムのテーマの1つでもあった日本がACI経済にどう取り組むかという問題がポイントになる。河合所長は、ACI経済が今後の急成長に伴って抱える医療や水問題など社会的なインフラニーズに対応するため「生活の質を高める投資や環境改善のためのグリーン技術提供などで貢献、同時に日本の優れた人材の提供など、さまざまな連携を行い、成長の成果を共有することが必要だ」と述べた。全く同感だ。

これを受けてのパネルディスカッションでは、パネリストの1人で国際的にも知名度の高い中国社会科学院の余永定教授は「中国経済はかつての日本同様、先進国経済を視野に追いつき追い越せの手法で世界レベルのGDPも2位に躍り出た。これまではそれでよかったが、今後のことを考えると、イノベーションをどう経済に取り込めるのかどうかがカギだ。自動車生産1つとっても中国国内での生産台数が増えているが、保有特許はまだゼロに近い。資本進出してきた欧州共同体(EU)など外国メーカーに依存しているのが現実だ」と述べた。そして、教授は、日本が中国経済の先導役だけでなく、省エネ技術や環境対応などでコーディネーションしてくれることを望む、と述べた。

ACI経済パネリストの対日姿勢に変化、
リーダー期待でなくパートナー感覚
 インドやタイ、さらにインドネシアからの専門家も似たような問題意識で、日本のACI経済へのコミットを求める発言があった。ただ、長年、中国を含めてアジア経済の動向をウオッチしてきた立場で言えば、これまでと違って、ACI経済のこれら専門家の発言も変わってきている、という印象を受けた。
具体的には、ACI経済のそれぞれの国には成長に伴う所得格差の拡大や社会的なインフラの制度に未整備などさまざまな問題があるのは間違いない現実で、どう克服するかどうかという重い課題を持っていることは事実。
ところが、ASEANからのパネリストの1人、タイの元財務相、チャランポップ・スサンカーン氏は「ASEANにとって、日本は中国、韓国と同様に重要な存在だ。東アジア3カ国の成長と切り離しては考えにくく経済連携を望む」としながらも、日本にはASEANのパートナーとしての役割を期待するという。言ってみれば、兄貴分とか、アジアのリーダー国としての期待度とは違ってきたのだが、経営運営に余裕や自信が出てきた表れかもしれない、と感じた。

ソニー元CEO、出井さん
「日本がアジアの投資を呼び込む魅力プロジェクトを」
 そこで、ぜひ、ご紹介したいのが同じパネリストのソニー元CEOで、現在、クオンタムリープ社長の出井伸之さんの発言だ。結論から先に言えば、日本は、新興アジアの国々の企業や投資家が思わず投資をしたい、あるいは国家ベースのファンドが投資したいと思うような、端的にはアジアから投資を呼び込むようなプロジェクトを立ち上げることだ、そうした海外、とりわけ新興アジアの勢いがある国々が思わず魅力を感じるプロジェクトづくりは、そのまま日本自身の再興につながっていく、というのだ。

さらに、出井さんは「日本は戦後復興に始まる高度経済成長までの成功体験にこだわってしまい、新興アジアの新たな動き、変化に対応しきれないようでは成長センターから取り残される。今は、日本がどういう国をつくるのか、ということを強く打ち出す必要がある。新興アジアと共に、みんなでスクラムを組んで行く、との姿勢が最重要だ。日本が本気で頑張れば魅力ある国になっていけば、自然にアジアにも貢献できるし、アジアも日本に注目し投資もしてくれる。アジアとともにイノベーションが大事だ」と述べた。
率直に言って、日本はこれまで先行して成熟経済国家だから、日本の成功モデル事例をアジアに示せば、という、言ってみれば「上から目線」の発想がなきにしもあらずだった。しかし出井さんは企業経営者の発想で、ずばり、それじゃダメだ、日本がアジアにとって魅力ある国になるように自己改革をすることが新興アジアと共生出来る道だ、という。なかなか鋭いポイントだ。
なお、シンポジウムを共催した朝日新聞社が12月5日付の経済面で、ACI経済と日本の問題を大きく取り上げているので、ぜひ、ご覧いただきたい。

関連コンテンツ

運営会社

株式会社矢動丸プロジェクト
https://yadoumaru.co.jp

東京本社
〒104-0061 東京都中央区銀座6-2-1
Daiwa銀座ビル8F
TEL:03-6215-8088
FAX:03-6215-8089
google map

大阪本社
〒530-0001 大阪市北区梅田1-11-4
大阪駅前第4ビル23F
TEL:06-6346-5501
FAX:06-6346-5502
google map

JASRAC許諾番号
9011771002Y45040