原発事故の風評被害が海外で深刻 日本のソフトパワー・食文化に揺さぶり


時代刺激人 Vol. 132

東京電力福島第1原発事故に伴う放射線への不安が、風評被害といった形で、ソフトパワーとも言える日本の食文化にまで影響を与えている。具体的には、日本産の食材を使った料理を売りものにする海外の日本食レストランに、外国人客が、日本食というだけで寄り付かなくなったことに加え、主だった国で、日本からの農水産物輸入について停止措置や安全証明を求める規制などによってボディーブローとなっているのだ。明らかに過剰反応だが、放射能汚染リスクという風評被害がもたらしたのは間違いない。最近、予想外に厳しい状況にあることがわかったので、今回は、この問題を取り上げてみたい。

私は現在、日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)というNPO組織にかかわり、日本の食文化をソフトパワーにしていくため、海外の日本食レストランへの日本産の農水産物輸出の障害克服はじめ、食文化普及のための課題解決への取組みなど、さまざまなプロジェクトを応援している。そのJROが海外の日本食レストランで風評被害などの影響がどう出ているか、電話などでヒアリングしたら、いろいろな問題が噴出し始めていた。

香港のレストラン「日本産の水産物は使っていない」とアピール
 ヒアリング結果のうち、日本食レストランの数がアジアで際立って多い香港では、ある日本食レストラン関係者の話によると、日本産水産物を扱うレストランの売り上げが大きくダウンし、長期化すれば倒産リスクが避けられないという。放射能汚染のリスクがあるという不安感だけの理由で、香港の消費者が寄り付かなくなったからだ。そんなこともあって、中国系の回転すしチェーンの店では、わざわざ「うちの店は日本産の水産物は使っていませんので、安心を」という表示を早々と出すしたたかさを見せている、という。

また、香港系中国人のある経営者は、中国料理の店がもうからないと見て、日本料理店に模様替えして商売したばかりなのに、東電福島第1原発事故後、わずか1週間であっという間にイタリア料理の店に変えて平然と商売している。日本食への根強いブームへの期待で資本投下して開店したが、原発事故で素早く切り換える変わり身の早さだ、という。

英国ではお客が「日本産の食材を使わないでほしい」と注文
 また、英国ロンドンの日本食レストランでは、英国人のお客から原発事故後、「放射能は大丈夫か?」とか「日本産の食材は使わないでほしい」といった異常な要求まで出たほか、いつもなら来てくれる常連客の足が遠のいている、という。

イタリア・ローマの日本食レストランでは、地元メディアが日本での水産物や農産物の放射性物質の汚染ぶりを報じるため、すし店のお客が減るなど影響が大きい。日本食が大好きと言った愛好者までが店に来るのを敬遠しており、日本政府が原発事故は終息したと安全宣言でも出さない限り、客離れは止まらないとの悲観的な声まで出ている、という。米国メディアでも報じたが、米国ニューヨークのスシ・バーでは「このサカナは日本産か、放射能の心配はないか」との客の不安に応えるため、やむを得ず放射能測定器を使って安全の証明をせざるを得ない。明らかに異常な不安ムードだ、という。

風評被害ピークは原発事故評価尺度をレベル7に2段階引上げた時
 その動きがピークに達したのは、日本政府の原子力安全・保安院と原子力安全委員会が4月12日に、原発事故の国際評価尺度を最悪のレベル7にまで、一気に2段階も引き上げた時だ、という。現に、JROの会議に参加したオタフクソースの佐々木直義専務は「最近、中国の上海のスーパーなどを回ったが、中国ではレベル7で一気に日本のマイナスイメージが高まってしまった」と述べている。

風評被害に関しては、いろいろな原因がある。今回の場合、原発事故で放射能汚染が広がるのでないか、という不安心理が日本人の中にも根強いが、情報が極端に不足する海外の国々では、外国メディアが過剰に危機や不安をあおるような情報発信をすると、それだけで不安心理が増幅されてしまう。そして「ちょっと、ここだけの話」といった形で、根拠のない噂を流す動きが加速されて一気に風評被害になってしまうのだ。

「安全な国」「技術力抜群」評価あった日本への不信が風評を増幅
 しかし、今回は、そういったことばかりでない。安全・安心といった点では世界的に強みを誇っていた日本が問われてしまったからだ。端的に言うと、技術力や品質管理力などで、日本は間違いなく世界でも群を抜いている、との国際的な評価があった。その日本で細心の注意を払うべき原発の事故が起きた。しかも事故によって放射能汚染が広がるのでないか、という不安心理が広がっていた時に、日本政府が原発事故リスクを一気に2段階も引き上げ、最悪のレベル7にした。これが決定的だった。

レベル7評価の表明は、日本が原発事故で制御不能に陥ったことを事実上、認めたことに等しい。そればかりか、東電の事故現場で放射線量が多い汚染水を韓国や中国など近隣諸国に事前通報もいっさいせずに海に垂れ流してしまった。日本政府の海外向けリスク情報の発信がただでさえ不十分だと批判が強かったのに、この放射能汚染水の海水投棄に関する周辺国を含めた海外への情報発信欠如で日本不信がピークに達した。「日本は危機を管理する能力のない国」といった評価になってしまったのだ。

中国で「原発事故制御できなければ日本は無能な国」との評価に
 確かに、私の友人の中国人の大学教授は「中国は今、国内の膨大なエネルギー需要を満たすため、原発建設に傾斜しており、日本の原発事故の動向には極めて神経質になっている。だから、中国政府部内では『レベル7は最悪だ。日本は原発事故の制御ができないならば、国際社会では間違いなく能力なし、と見捨てられるだろう』といった日本不信、そして日本を突き放すような声まで出ている」という。

無能呼ばわりされるのは、何とも腹立たしい。しかし現実問題として、東電福島第1原発の事故処理には、まだメドさえついていない。東電が公表した6~9カ月かかるという事故処理の工程表について、科学者ら専門家の一部から「楽観的過ぎるのでないか」といった声を耳にすると、風評被害に拍車がかかりかねないなと懸念せざるを得なくなる。

日本の食文化が原発事故の風評被害で壊されるのは耐えがたい
 しかし、風評被害によって、日本の食文化が壊されるのは、私にとっては、とても耐えがたい。なにしろ、日本の食文化は、これまでは欧米、それに新興アジアで、スシブームなどのように単なる流行現象の1つだったのが、ここ数年、日本食が「おいしい」「安全・安心」「健康的」に加えて、おもてなしの行き届いたサービスがプラスに働き、ソフトパワーという形で日本の戦略的な強み部分にしてもいいほど力をつけてきていたからだ。
 そんな矢先、とてもうれしい話が舞い込んできた。米国で、日本食レストランだけでなく米国の有名レストラングループからローカルレストランまでが加わって、国境を越えた「DINE OUT FOR JAPAN RELIEF」(日本支援のために日本食レストランで食事を)のイベントが3月23日から1週間、ニューヨークで行われ、食事だけでなくレストランでの寄付が何と6万5000ドル(円換算530万円)にのぼり、その義捐金が日本赤十字に送られた、という。

食文化への風評被害対策、日本自身で「安全の証明」が必要に
 ところで、農林水産省によると、日本のすべての食品について輸入停止もしくは安全証明書の発行を要求している国が4月20日現在、18カ国・地域に及ぶ。たとえば中国は福島、宮城、千葉など12都県のすべての食品や調味料は輸入停止、またこれら12都県以外のすべての食品、飼料に関しては日本政府作成の放射能基準適合証明書、生産地の安全証明書が必要、という。
 マレーシアやベトナムに至っては47都道府県のすべての食品に関して、日本政府もしくは指定検査機関の放射能基準適合証明書、輸出企業作成の原産地証明が必要という。放射能汚染リスクなどにかかわらず食品の安全性確保には以前から厳しいEU(欧州共同体)も福島など12都県の食品に関しては政府の放射能基準適合証明書を求めている。言ってみれば、日本政府自身の「安全の証明」が必要だというのだ。

行政機関では放射能検査や証明書発行でたらいまわし
 しかし、肝心の行政機関で、この海外からの「安全の証明」要求に対して、対応ぶりに大混乱があるのだ。農林水産省自身が、現時点ではEUの放射能基準適合証明書発行の要求に対して、当初は、福島や宮城県などの関係自治体だけでなく、それ以外の都道府県も、自治体が証明書を発行すべきだ、といった対応姿勢だった。農薬などにからむ安全性確保に関しては、もちろん業務上、関係するので、対応可能だが、問題は放射能汚染防止やそのリスク評価などに関するノウハウがほとんどなかったため、対応しきれていない。
 食品関係の輸出企業の関係者によると、実態はもっとひどい。ある人は「放射能検査に関して、農林水産省に問い合わせたら、『うちは管轄外だ。原子力安全・保安院を抱える経済産業省が管轄なので、そちらに行ってくれ』と言われ、経済産業省に問い合わせたら、『食品は管轄外なので、検査対象になっていない』と行政のたらいまわしだった」という。また、別の関係者は「現時点で、食品の放射能検査が出来る認定機関は日本国内でわずか10か所しかないことがわかった。認定機関の絶対数が不足して、ここで滞留すれば生鮮食品などは検査待ちの段階で、腐敗したり品質劣化するので、結局は廃棄処分するしかない」という、何ともお寒い状況だ。

最後は政府の「非常事態解除宣言」や「原発安全宣言」が決め手
 こうした行政への不満は、現場の食品輸出企業の間ではエスカレートし、「放射能汚染リスクの問題は非常にデリケートなので、政府が主導的に、しっかりとした対応してくれないと、物事は前に進まない。日本政府自体が情報発信を含めて、信用されていないのが現状なのだから、国際的な評価の高い海外の第3者検査機関の証明で対応するなど、機敏な行動が必要だ」との指摘も聞いた。
 今や、食品だけでなく工業製品まで及んだうえ、原発地域とは遠く離れた愛媛県の今治タオルまでが「安全の証明」の対象になってしまっている。こうなると、やはり、風評被害をなくすには原発現場で安全面で問題はなくなった、という政府の「非常事態解除宣言」や「原発安全宣言」が最終的には必要だ。となると、風評被害の長期化リスクは避けられない、という悲しい状況になるのだろうか。

著者プロフィール

  • 牧野 義司
  • 1943年
  • 大阪府
  • 早稲田大学大学院

今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

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