週刊新潮は休刊か廃刊でケジメを、大誤報はメディア不信につながる 編集長名「誤報検証」は取材力のなさ証明、確認取材不足や事実誤認は致命的


時代刺激人 Vol. 34

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 新潮社発行の週刊新潮の早川清編集長が4月23日号で「朝日新聞『阪神支局』襲撃事件で『週刊新潮』はこうして『ニセ実行犯』に騙された」と誤報を認め、なぜそうなったかの検証記事を書き、メディア関係者のみならず一般読者に衝撃を与えた。2009年2月5日号から4週間にわたり掲載した「私は朝日新聞『阪神支局』を襲撃した」との実行犯の手記がセンセーショナルだっただけに、それが実は誤報だった、というのは驚きだ。
しかし週刊新潮の問題処理はひどすぎる。週刊誌のお騒がせジャーナリズムのスジの悪さが浮き彫りになる。最近、日本テレビの「真相報道バンキシャ!」の岐阜県の裏金問題に関するスクープ報道が、実は告発発言をうのみにした裏付け取材なしの誤報だったことが判明したばかり。こういったことが重なれば、一般の人たちからメディアは救いようのない存在だとメディア不信につながることが一番こわい。
このコラム30回目でも「スクープ狙い、タイムプレッシャー、巧妙心がメディアの誤報を生む」と問題指摘したが、今回の週刊新潮の報道は4週にわたっていて、その間、当事者の朝日新聞からも報道内容に関して疑義が提起されていたにもかかわらず、「報道がすべて」といった形で対応し強気の姿勢を崩さなかった。それだけに、今になって「私たちは騙されていた」というのは、全くいただけない。週刊誌といえども報道の立場にあるだけに、自分たちが被害者といった位置づけは情けないことだし、許さるべきでない。
私は、新潮社がこの際、責任をとる形で、まず、問題記事を全部訂正し抹消しておわびするという出版社としてのけじめをすると同時に、「週刊新潮」を休刊もしくは廃刊にする毅然とした責任の処し方が必要だ、と思う。

元米大使館職員からの指示されたくだりから雑記記事に違和感
 率直に申し上げよう。朝日新聞「阪神支局」襲撃事件に関しては、私は、朝日新聞と毎日新聞と新聞社が違えども同じ新聞記者経験のある人間の立場からもショッキングな話で、いったい誰がそんなことを、という強い憤りを持っていた。しかし警察当局が徹底した捜査をしても犯人が特定できず、そのまま時効になってしまった難事件。それだけに、実行犯の手記が出た週刊新潮の最初の記事の時は週刊誌の調査報道のすごさかなと、むさぼるように読んだ。
ところが、次の2週目の号で、元米国大使館職員に指示された、というくだりを見てから、犯行動機に稚拙さがあるし、週刊誌報道そのものがうさんくさい感じがあるな、という印象を持った。そして朝日新聞が、この手記を書いた島村征憲氏から週刊新潮に届くかなり以前に、同じような獄中からの手紙をもとに、網走刑務所で島村氏本人に面会して裏付け取材した結果、お騒がせの虚言だと断定した、という記事を載せた。そこで、週刊新潮の報道は信ぴょう性がなく、どうも誤報であることは間違いない、と確信した。
 早川週刊新潮編集長のおわび記事によれば、朝日新聞の抗議だけでなく右翼関係者からも島村氏の言動についておかしい、との連絡があったという。さらに、元米国大使館職員からも、「島村氏と会ったことはあるが、借金の申し入れに応じただけで、犯行指示などあり得ない」と抗議があった、という。最終の4号までの間、いったん休載して、事実関係を再度、検証する時間的な余裕があったにもかかわらず、メンツがあったのか、無視して報道し続けたのは何ともおかしな話。

手記書いた島村氏の否定発言になぜ一時休載し事実再確認作業しない?
 極めつけは、島村氏が毎日新聞などのインタビュー取材に応じ、手のひらを返したように週刊誌での手記とは大きく異なる発言をしていることだ。具体的には「自分は朝日新聞阪神支局襲撃事件当時、北海道にいて、現場には行っていない」「(手記には「私が襲撃した」とあるが、との問いに)週刊新潮記者に『私が質問しますから、このとおりに答えてください』と紙を渡され、テープで録音されながら書いてあるとおりに話した」「最初の記事を見て怒り狂って記者の頬をはたいた。『言ってもいないことを、納得できんぞ』と。だけど、引っ込みがつかなくなった」「後悔なんてもんじゃない。乗ったおれはバカだけど、乗せたやつはもっと許せない」と。
これに対して、週刊新潮編集部の立場もあるので、この島村氏の開き直りともいえる発言に関しての反論コメントをつけておこう。早川週刊新潮編集長は、おわび記事で「島村さん、あなたが『自分は実行犯でない』と周囲に語っている、との情報がある。本当に、そんなことを言ったのですか?」と聞いたところ、島村氏は「ない。天地神明に誓って、そんなことは言っていない」と即答した。しかし、その後も島村氏が他のメディアに「想定問答を読まされただけ」などという事実無根の発言を行っていることには、怒りを通り越して呆れるほかない、と述べている。
このコラム30回目でも書いたが、メディアにとって、スクープ記事によって真実を暴いたり、制度の根幹に重大な問題があることを指摘することは報道機関の使命であり、取材に携わる記者にとっては最も血沸き肉踊る瞬間だ。しかし、そうしたスクープ報道の誘惑や巧妙心狙いなどが先行して、肝心の確認取材を怠り、その結果、さまざまな関係者を傷つけたり迷惑をかけるような事態に陥ることは厳に慎まねばならない。その意味で確認取材は極めて重要なことだ。

「週刊誌の使命は真偽がはっきりしない段階にある事象や疑惑を報道」は間違い
 早川週刊新潮編集長は、おわび記事で「(編集長という立場で)取材班に最初に伝えことが2つある、という。「島村氏はニセ者だという前提で取材し、すべてを疑ってかかること」「確たる証拠がなければ記事にしないこと」の2つだった、という。その判断は極めて正しい。問題はその取材姿勢を貫けたのかどうか、やはりスクープの誘惑が根底にあり、あいまいな部分を確認しきれないまま、大丈夫だろうという気持ちが先行したとしか私には思えない。
というのも、早川週刊新潮編集長は一方で、おわび記事の最後の部分で「週刊誌の使命は、真偽がはっきりしない段階にある『事象』や『疑惑』にまで踏み込んで報道することにある」と述べている点に、今回の誤報に至った最大の問題があるのでないかと思うからだ。つまり、この発言を見る限り、週刊誌報道は、真偽がはっきりしない段階にあっても、ある面で問題提起の形で取り上げればいい、という安易さと危うさがある。これは明らかにお騒がせジャーナリズムだ、と言われても仕方がない。
 コラム30回目でも書いたように、過去には朝日新聞、毎日新聞、読売新聞などのメディアの誤報がいろいろあった。最悪なのは確信犯的なスクープ狙いの誤報だが、確認取材を怠っての誤報もメディアにとって重大な責任だ。

ロイター通信では2ソースからの確認取材を義務付け、速報よりも正確さ優先
 私が毎日新聞から転職したロイター通信で学んだことがある。日常の現場取材で、これはニュースと判断する際、必ず2つのニュースソースからの確認取材をすることを厳しく現場に求めていることだ。首相や財務大臣、日銀総裁が話した場合、ワンソースでも問題ないが、ある取材で担当部局でないところの情報ながらニュース性がある場合、ロイター通信では必ず責任部局の担当者、責任者の裏付けコメントをとることを義務付けた。
えっ、毎日新聞ではやっていなかったのかと言われそうだが、もちろん、そんなことはない。現場記者だけの判断だけでなく現場キャップ、さらには担当デスクも、重要なニュースの記事化に際しては、確認取材を重ねた。
ただ、ロイター通信の場合、常に速報性を求められる通信社の宿命があるが、それに振り回れず、まずはニュースの正確性の確保に主眼を置いた。だからマーケットの時代、スピードの時代、グローバルの時代という時代状況のもとで、たとえば為替の動きをめぐって東京マーケットが終わった段階での当局者の取材のあと、ロンドンやニューヨークのマーケットで一段の変動があった場合、追加取材が常識だった。新たな動きに当局の政策判断が変わるからだ。ことほど左様に、メディアの現場での確認取材は鉄則だ。真偽がはっきりしない段階での報道も、といった早川週刊新潮編集長の編集方針は許されないことだ。
 結論から申せば、早川週刊新潮編集長はおわび記事で、誤報に関しておわびしているが、編集長責任に関しては、後任が近々、バトンタッチするというだけで引責辞任する考えはないようだ。ましてや週刊新潮の休刊や廃刊にはいっさい言及せず、論外といった姿勢で、むしろ自分たちは騙された被害者なのだ、という意識でいる。
これに関しては、日本ではすぐにトカゲのしっぽ切りのように、責任者の処分などで問題の一件落着を図るのはおかしい、という議論もあるのは事実だが、過去に文芸春秋の月刊誌「マルコポーロ」が誤報事件で廃刊処分して、けじめをつけている。一般の読者が今回の問題をどう受け止めるかによるが、私は編集責任を明確にすることも必要だと思う。いかがだろうか。

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