時代刺激人 Vol. 54
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
省エネ技術はじめ、さまざまな環境技術面ではアジアのみならず世界をリードする「環境技術先進国」と胸を張っていた日本だが、最近、その日本の先を越すような動きがアジアで起き始めていることを知り、とても驚いた。9月14日に東京都内で開催された「アジアのイノベーション」というフォーラムで、シンガポールのシンブリッジ・インターナショナル・シンガポールCEOのコー・ケン・ホア氏がアジアの急速な都市化に対応して「未来都市としてのエコシティ」と題した報告が衝撃的だったからだ。そこで、今回は、アジアの環境問題で日本が立ち遅れないよう、どういった役割があるか述べたい。
驚くきっかけとなったコー・ケン・ホア氏の「エコシティ」はどんなものか、まずお話しよう。この言葉どおり、エコロジー、環境を重視した新都市開発なのだ。ホア氏によると、いま、アジア、とくに中国では急ピッチで都市化が進み、人口100万人都市があっという間に誕生しかねない状況にある。当然、人口の都市集中に伴い、さまざまな問題が起きてきて、とくに自動車などの急増に伴う排気ガスで大気汚染が発生、家庭ゴミや工場廃水などで水質汚染といった形でさまざまな環境悪化の問題が起きてくる。そこで、ホア氏のかかわる都市再開発などのプロジェクト会社が、中国天津市での環境を重視した新都市開発「天津エコシティ」プロジェクトを引き受け、今年6月に立ち上げたというのだ。
シンガポール政府系企業を活用した中国の「大中華圏」プロジェクトに興味
なぜ、シンガポールのプロジェクト会社が中国の地方都市の巨大開発プロジェクトを請け負うのか、という疑問が起きるが、ここがまたまた興味深いところ。実はホア氏自身はシンガポール政府の経済開発庁幹部として、海外からの投資誘致にかかわると同時に環境ビジネスを手掛けた実績を持つ。そしてホア氏が経営する会社は、シンガポールの政府系複合企業ケッペル・コーポレーションの傘下にあるグループ企業。再生可能エネルギーの利用促進、環境配慮のインフラ整備などの都市づくりを進め、中国では天津市のほかに広州市でも環境配慮型の「エコシティ」プロジェクトを手掛けている、という。
天津市プロジェクトは中国、シンガポールの両政府、それに天津市、その第3セクターの要請を受けたものというが、中国にとっては、シンガポールは中国の華僑が多く、計画力、技術力などで進んでいる華僑系企業を活用した「大中華圏」内の連携プロジェクトという位置づけでいることは間違いない。あとでも申上げるが、この「大中華圏」内の連携プロジェクトという点は、日本がアジア展開するからみで注目しておく必要がある点だ。
環境配慮型の人口30万ニュータウン、川や水路はエコ回廊、太陽光発電も
前置きが長くなってしまったが、日本にとって極めて参考になる「天津エコシティ」プロジェクトの話に入ろう。計画では、10~15年かけて天津市の浜海区内の30平方キロメートルの広大な土地に環境配慮型の人口30万人規模のニュータウンを建設するという。ホア氏によれば、シンガポールの公営住宅をモデルにしていて、いたるところに環境重視の住宅設計にするほか、都市を流れる川や水路もエコ回廊とし、都市交通は環境にやさしい鉄道を走らせるといった形。人口が密集して乱開発状態だったこれまでの中国の都市とは100%違った環境配慮をキーワードにしたモデル都市にするのが狙い。しかも産業区画では製造業だけでなく金融、研究開発などサービス関係企業も誘致するが、太陽光発電はじめエネルギーも環境重視した設計になっている、という。
プロジェクトは今年6月にスタートしたばかりで、計画が先行しており、どう変動していくのか、見極めが必要だが、政府や天津市なども環境配慮型「エコシティ」を強く意識し、再生可能エネルギーの使用率20%、廃棄物のリサイクル率60%、鉄道などグリーン交通90%、グリーンビル100%といった形で約20の環境指標も設けている、という。ここでいう「グリーン」とはたぶん、環境にやさしいという意味合いで使っているのだろう。
環境悪化への対応に苦しむ中国が先進モデル事例づくりに取り組んだ点を評価
中国は、かつての日本と同様、経済の急成長に伴い、さまざまな環境汚染の問題がいたるところで噴出しており、重い課題を背負っている。この中国の環境悪化問題は、中国国内にとどまらず、大気などは風に乗って日本はじめ周辺国にまで影響を及ぼすだけに、国際的にも問われる課題となっている。そういった中で、中国がシンガポールの政府系企業と連携して、急速に進む都市化に伴うさまざまな社会問題に先鞭(せんべん)をつけるモデル的な環境配慮型ニュータウン「エコシティ」建設に着手したというのは、率直に評価していい。
「エコシティ」というのは、中国では初めての試みだが、実は先進、先行例がすでにある。1992年のブラジル・リオデジャネイロでの「地球サミット」で「環境と調和した持続可能な社会づくり」が大きなテーマになったのを受け、ドイツでは「環境首都」コンテストが開催され、フライブルグという都市が「エコシティ」との評価を受けている。そして環境問題に極めて熱心な北欧やドイツなど欧州の自治体では「エコシティ」づくりに向けた取り組みは進んでいる、という。
もちろん、こういった問題は、行政当局といった上から目線での取り組みも必要だが、市民や生活者のサイドからも、そして環境NGOや環境NPOが運動としても必要だ。ところが日本では、どちらかと言えば理念先行で、埼玉県志木市などでまちづくりの一環として取り組みがある程度。
中東アブダビでも「環境都市」計画、一部で世界金融危機の影響受けたのが残念
そういった点で、急に興味がわいてきたので、いくつか調べたところ、中国では広州市のほかに上海近郊の崇明島の東灘地区で「エコシティ」プロジェクトの計画がある。それよりも意欲的なのが産油国のアラブ首長国連邦のアブダビが2006年から計画している「環境都市マスダールシティ」づくり、さらにオランダの首都アムステルダムにつくる「スマートシティ」、ドイツのハンブルグ郊外の環境配慮型ニュータウン「ハンブルグ=ハールブルク」などだ。これらのうち、「ハンブルグ=ハールブルク」はすでに動き出している。それ以外のうち、いくつかは、昨年の米国発金融危機、経済危機の影響で計画が頓挫(とんざ)したものもあるが、間違いなく着実に動き出している。
冒頭のフォーラムで、私は、ホア氏に「アジアでエコシティ・プロジェクトが動き出していることは素晴らしい。100%どころか、120%応援したい」と評価したが、その一方で、「アジアで経済成長とともに都市化が進めば進むほど、農村部からの人口移動が急ピッチで進み、結果として、都市のスラム化が先行してしまう。計画的にエコシティ・プロジェクトを進めるにしても、実体に追いつかない問題があるのはどうすればいいとお考えか」と聞いた。ホア氏は「確かに重要な指摘だが、行政当局が計画的に方向付していくしかない」と述べるにとどまった。
日本は環境技術システム売る工夫を、政治主導の民主党政権のお手並み拝見
しかし、今回、申し上げたいのは、冒頭で述べたとおり、日本は、省エネ技術はじめ、さまざまな環境技術面ではアジアのみならず世界をリードする「環境技術先進国」と胸を張っていたが、いつの間にか、アジアでは時代を先取りする形で動き出していることだ。しかも、中国の場合、シンガポールや香港などの華僑を巻き込んだ「大中華圏」の発想で、仮に人材などの経営資源や技術が中国国内にないとわかると、躊躇(ちゅうちょ)なくアジアの仲間である華僑と連携する機敏さでもって、素早く問題対処しようという動きが感じられる。
アジアにさまざまな環境問題対応のニーズがある場合、日本は、待ちの姿勢でいるのでなく、どんどん積極的に、持てるさまざまな環境技術を駆使してアジアの現場に入り込み、場合によっては技術協力だけでなくビジネスとしても売り込めばいいのだ。とくに、最近思うのは、日本は、個別の技術でその場、その場で対応するのでなく、もっとシステムを、つまり環境技術を体系化してトータルのシステムで対応していけば、大きな強みを発揮するように思えるのだが、いかがだろうか。
民主党政権の鳩山由紀夫新首相が最近、2020年までの日本の温室効果ガスの削減目標について、「1990年比で25%削減」という大胆な数字を打ち出したら、同じく厳しい数値目標を出している欧州から高い評価があった。といっても、日本国内は、まだ10年以上も先の目標値だというのに、ブレーキをかけたり、足を引っ張るような動きがみられるのは本当に残念だ。時代を先取りして、それに向けて積極対応するためにはどうすればいいかを考えることが大事だ。政治主導を打ち出す民主党政権のお手並み拝見だ。
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