北海道で「地域を光らせる酪農」に取り組む大黒さん、先進農業モデル例 規模拡大よりも大自然生かす経営が素晴らしい、6次産業化で過疎の町にも利益


時代刺激人 Vol. 72

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

オホーツク海に面した北海道紋別市の隣、興部(オコッペ)町で、広大な北海道の自然相手に放牧スタイルの酪農、畜産をビジネスモデルにしているノースプレインファームの大黒(だいこく)宏さんという夢多い人を今回、取り上げよう。「時代刺戟人」にこだわる経済ジャーナリストの私としては、さまざまな先進モデル事例を紹介することによって、閉そく状況に陥りかねない日本に歯止めをかけるだけでなく、日本もまだまだ捨てたものでないことをアピールしてみたい、と思うためだ。
 大黒さんの酪農への取り組みは、極めて興味深い。他の酪農家のような規模拡大によってコスト引き下げなどのスケールメリットを得よう、というやり方とは大きく異なる。それでいて、川上から川下までのしっかりした一貫経営によって、今や過疎の町となった興部町で年商7億円の企業経営を行えるほどになっているのだ。
具体的に言おう。大黒さんの会社、ノースプレインファームは30㌶の借地を含め95㌶の草地などで150頭の牛を取り扱っている。このうち、さく乳する乳牛、まだ年齢の若い育成牛がそれぞれ50頭ずつ、残り50頭がオランダ産MRIなどの肉用牛だ。「大地も草も牛も人もみんな健康に」をモットーに放牧を主体にした酪農経営で、牧草は化学肥料をまぜず、育種改良した健康にやさしい草を牛に食べさせている。1頭あたりの乳量は6000キロ程度で、年間の出荷乳量も300~350トンぐらい、という。

大黒さんによると、こうして毎日、乳牛からしぼり出した生乳を、製造部門でびん詰の牛乳、バターやチーズの乳製品、さらに生クリームを使ったキャラメル、パン、菓子にする一方、肉用牛に関しては、直営のレストラン向けハンバーグなど肉製品をつくっている。そして、これらを興部町や紋別市など周辺の市町村で地産地消してもらうと同時に旭川市の系列レストラン、また札幌市、京都市の直営店でも販売している。

千葉の野菜生産集団、和郷園と同じ、市場流通に頼らず農業主導で6次産業化
 ここまで申し上げれば、お気づきだろう。このコラム第3回で取り上げた、これまでの農業のイメージを打ち破るような先進野菜生産農家の集まりである千葉県の農事組合法人、和郷園(木内博一代表理事)のケースと同じで、「6次産業化」を進めているのだ。
 この6次産業化は、第1次産業の農業、第2次産業の製造業、そして第3次産業の流通・サービスの3つを足しても、掛け合わせても6つになることから、その3つの産業を結び付けるという意味で、そう言っている。大事なポイントは、第1次産業の農業が主導して積極的にアクションをとり、3つの産業を結び付けるビジネス展開することだ。端的には農業の現場が農産物の付加価値をつけるためにさまざまな加工を行う。そればかりでない。その付加価値をつけた農産物を自らの手で流通の現場のスーパーマーケットや外食産業、さらにはその先の消費者にまでつなげていく経営手法だ。
卸売市場などの市場流通に頼ると、せっかく丹精こめてつくった農産物が市場の需給関係によって、勝手に値段がつけられ、場合によっては買いたたかれたと同じ価格低落状態に追い込まれる。そのリスクを回避するため、和郷園は、農業主導の6次産業化を積極的に進めることによって、農業自体を産業としての農業にして成功した。大黒さんは「6次産業化を意識したビジネス展開ではない」と語るが、ノースプレインファームの経営手法は事実上、酪農版「6次産業化」と言っていい。

酪農先進国ニュージーランドの現場見て、日本は独自の道で行くべきと判断
 大黒さんは北海道の酪農学園大学で酪農を学んだあと、国家公務員試験に合格して公務員になるか悩んだが、やはり自分の生きる道は酪農と決め、大学卒業後、酪農先進地のニュージーランドやオーストラリアに行く。ところが、スケールの点でもケタ外れの規模拡大経営の酪農現場をニュージーランドで見せつけられ、それにショックを受け、こんな国の大型酪農と勝負しても勝てるはずがない、日本には日本のやり方があるはず、それでいくべきだと現在の経営スタイルを作り上げた、という。
 大黒さんはこう言っている。「ニュージーランドには5年に1回ごとに定点観測という形で、酪農現場を見に行っていますが、10年前に200社あった酪農経営の企業数がいま再編統合で何と1社、フォンテラという巨大企業に集約されてしまっています。ニュージーランド酪農が国際競争力を確保するには、それが最適の決断というわけなのですが、日本の酪農は、これでは太刀打ちできません。それどころか、国内市場が席巻される恐れさえ出てきかねません。そこで、日本は独自の道を歩むべきだと思ったのです」と。

日本には日本のやり方がある、という大黒さん。そのやり方とは、地域に合った、自然を活かした農業経営ということだ。大規模経営化によって生産コストを下げれば日本農業は国際競争力を確保できる、打ち勝てるという考え方があるが、大黒さんの場合、規模拡大を図っても、日本の農業の土地条件はじめ生産をめぐる環境の差は歴然で、張り合うこと自体が無理。それよりも、自然を活かした農業経営に徹することが大事。日本農業は、大自然の基本である太陽の光や水、それに土などをうまく活用し、かつリサイクル型農業というか循環型農業でいけば、大きな強みを確保できると思っている、という考え方だ。

「地域を光らせてみたい」「次世代につなげたい」とのキーメッセージはGOOD
 それと、なかなか面白い、と思うのは、大黒さんのキーメッセージは「酪農で地域を光らせてみたい」という点だ。大黒さんは、「過疎化が進み、一見して価値がないように見える場所でも、取組みようによっては価値を十分に生み出すことができるのだということを証明してみたい、それを次世代にもつなげていきたい、言ってみれば、酪農で地域を光らせてみたいのです」という。この「地域を光らせる」という言葉はなかなか含蓄がある。われわれジャーナリストも言葉を大事にするが、大黒さんの場合、それが行動で裏打ちされているだけに、とてもすばらしいと思う。
 ただ、この大黒さんも当初、経営は順調どころか、かなり厳しかった。とくに2001年のBSE(狂牛病)騒動の時には、オホーツク海沿いの佐呂間町で一頭目、続いて猿仏村で二頭目の狂牛病の疑いがかかった牛が見つかり、オホーツクの牛は危険だ、という風評被害が一気に広がったためだ。そうなると手の打ちようがなく、売上高が激減し、赤字決算となり、当時、3億円の売上高に対し5000万円の赤字で、身動きがとれず、経営は本当に苦しかった、という。
しかし、うれしいことに、BSE騒動がおさまってからは、一転、フォローの風が吹いた。とくに、旭山動物園から旭川市中心部へ向かう道路沿いに立地した系列レストランが同じBSE騒動で一時は厳しい状態だったが、旭山動物園のブームに助けられて、また味のよさにお客が戻ってきてくれた。今では、この旭川の系列店のノースプレインファーム本体への寄与度は大きい、という話だ。

オホーツク自然公園構想はフランスの地域自然公園がベースに
 ところで、ここで、ぜひ、述べておきたいのは大黒さんの夢のある話で、オホーツク自然公園構想のことだ。自然公園というと、一般的には自然が豊かな公園というふうに思うが、大黒さんが描いている構想は、そうではない。10年ぶりに訪れたスイス国境近くのフランスの村で見たものがヒントになっている。そのフランスの村では、地域の経営資源ともいえる自然だけでなく、その地域にある農業、林業、工芸、観光、商店などをすべて保護しながら活用し、都市の人たちのグリーンツーリズム、つまり農村との人たちの出会い空間をつくり休息、観光、さらには農業体験などを行う、そういったことを地域全体で計画的に取り組み、地域自然公園と名付けたプロジェクトにしている。その地域ぐるみの自然公園プロジェクトに深い感動を覚え、日本、とりわけ北海道の大自然をうまく活用した新しい地域づくりを実現したい、と考えた。
それがオホーツク自然公園構想なのだが、大黒さんは「オホーツクは本当に豊かな自然がある理想的な土地なので、大自然との共生を図る日本人の心のよりどころとなる安住の地域づくりを、と思っています。私のかかわりでは、その地域にチーズ学校もつくって、みんなが楽しめるチーズづくりも考えていますが、これは実はフランスの自然公園でチーズ学校にかかわっていた人が応援するよ、と言ってくれたのです」という。
 大国さんはロマンチストであると同時に、なかなか行動的だ。いろいろな人たちに働きかけを行ったところ、かなり多くの賛同者が周囲に集まり、2010年2月22日にオホーツク海沿い紋別市で壮大なプロジェクト立ち上げのためのシンポジウムを行うことになった。シンポジウムにはフランスの地域自然公園運動にかかわっている有名なソルボンヌ大学の元学長のジャン ロベール ピットさんを招いて、いろいろな話を聞くと同時に、フランスの経験を踏まえながら、オホーツク自然公園を具体化する場合の課題は何かなどを議論する、という。また、2日後の24日には札幌の北海道大学でもイベントを行い、アピールしたい、という話だ。
日本の農業の現場では、高齢化にともなう耕作地放棄などの問題が噴出しているが、その一方で、今回の大黒さんのみならず、千葉の和郷園などの6次産業化を含め、いろいろと新しいチャレンジが行われていている。面白いビジネスモデルをもとに、しっかりとした経営計画をたててれば、農業は十分に成長産業になる素地もあるように思うが、いかがだろうか。

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