浜岡原発全面停止の経営判断は評価できる 安全確保を最優先、福島事故の教訓活きる


時代刺激人 Vol. 134

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

中部電力が、原子力発電所(原発)の安全性確保を最優先にすべきだという国民の強いニーズに応え、静岡県御前崎市の太平洋岸に立地する浜岡原発の安全対策完了までの2~3年間、原子炉3基の運転を全面的に停止することを決めた。東京電力福島第1原発事故の教訓が、こういった形で活きる結果になった。素晴らしいことだ。経済ジャーナリストの立場で見ても、危機管理を重視した経営判断であり、率直に評価したい。

もともとは、菅直人首相から5月6日、「30年以内にマグニチュード8クラスの東海大地震が起きる可能性が87%と切迫している。防潮堤など中長期の安全対策が完了するまでの間、原発運転を全面停止してほしい」との政治の要請があったことが出発点だ。とはいえ、中部電が要請から3日間に2度の臨時取締役会を開いて議論し、早期決断に踏み切ったのは危機感の表れと言える。

間違いなく東電事故の学習効果、他電力への波及を期待
 中部電の水野明久社長は5月9日の臨時取締役会後の記者会見で「原発への不安が高まり安全最優先の基本を貫くべきだと考えた。安全強化は、長期的には利用者や株主の利益につながる」と述べた。原発の安全性に対する国民の不安や疑念が高まっているため、そのリスクが経営に与える影響を重視したことは間違いない。東電福島第1原発事故が他の電力会社の経営に与えた学習効果とも言える。今後は他電力への波及を期待したい。
 菅首相が浜岡原発の全面運転停止の緊急要請というニュースは、私が北海道に農業取材で出張していた際、現地の新聞報道で知った。瞬間的に、ビッグニュースだ、と思った。
 浜岡原発は太平洋岸に立地し、かねてから東海地震リスクとのからみで安全性確保は大丈夫か、という懸念が言われていた。私は130回コラムで、東日本大震災の余震リスクが消えないうえ首都圏での震度の大きさが中途半端でないため、首都東京大震災も現実味を帯びてきた、と書いたが、その時、東海大地震リスクにまで踏み込むかどうか悩んだ。最終的に、問題が拡散してしまうと考え、思いとどまったが、当時、浜岡原発にマグニチュード7や8クラスの巨大な地震や津波が起きたら東電福島第1原発と同じリスクが発生するのでないか、という不安は消えなかった。

浜岡第3号機の運転再開に中部電は当初意欲、最後は政治に譲歩?
 その点で、中部電の今回の経営判断は危機を敏感に先取りというふうに見えるが、現実は違っていた。原子力安全・保安院が行っていた浜岡原発3号機の定期検査終了後の運転再開問題に関し、中部電は最近、静岡県など自治体にも了解をとりつける考えを打ち出していた。私の見方では東電福島第1原発事故で原発の安全性が論議を呼んでいたうえ、浜岡原発の「想定外の大津波リスク」が消えていない段階で、中部電は火に油をそそぐような問題提起を、よくやるな、という感じがあった。
 その経営判断が180度も変わったのは、何だったのだろうか。安全対策となる防潮堤の投資額は膨大で、負担が経営圧迫要因となる、目先、夏場の電力需要のピーク時に対応する供給電力の確保も不透明、東電への電力融通も厳しくなる、株主への説明責任を果せるかといった点で悩んだのは間違いない。しかし、中部電の経営陣の背中を押したのは他にある。原発不安が高まる中で、政治要請に反発して突っ張るよりも政治に恩を売って安全対策後の運転再開での国の支援を確保した方が得策と見たのは否定できない。それと原発の安全性確保に経営のカジを切った方が長い目で見てプラスとの判断だろう。

政治もやればできる、政治が動かなければ原発全面停止は引き出せず
 それに加えて、今回の政治の動きは興味深い。東電福島第1原発事故以来、国民の間に広がっていた不安を取り除く方向に、政治がやっと動いた、と言える。この菅政権の政治判断は国民受けを狙ったもので唐突すぎる、といった批判も出ているが、今回ばかりは、政治が動かなければ、中部電の原発全面停止の経営判断を引き出せなかったし、実現もしなかった。その意味で、政治もやれば、できるではないか、と言いたい。
 ただ、朝日新聞などの報道によると、菅首相は4月下旬、首相自身が任命した原子力専門家の内閣官房参与らを集めた意見交換の場での意見がヒントだった、という。「浜岡原発が東海地震の想定震源域内にある」「原発事故が起きた場合、風向きによっては首都圏に放射能漏れに発展する」などだ。加えて、5月下旬にフランスでG8サミット(主要8カ国首脳会議)があり、日本の原発事故を踏まえて原子力安全対策が大きなテーマになるため、逆算して5月上旬に菅政権の政策メッセージを打ち出す必要がある、との外交的かつ政治的な思惑があった、という。

菅首相の政治的な思惑が見えることや説明責任に欠けるのは問題
 そんな矢先、菅首相が記者会見で中部電力への緊急要請の根拠にした「30年以内にマグニチュード8クラスの東海大地震が起きる可能性が87%と切迫している」という政府の地震調査委員会の予測結果を手にした。あとは私の推測だが、菅首相は「これはうまく使える」と判断したのでないだろうか。
 つまり、東電の福島第1原発が、東日本大地震や大津波で原子炉4基に壊滅的な打撃を受けたが、菅政権の初期対応のまずさが事態を深刻化させた批判を浴びている。この際、政治が危機を先取りする形で中部電に浜岡原発の安全対策を求めるアクションをとれば、政権への評価も変わる、と判断したようにも思える。
 政権批判が強いことにいら立つ菅首相が国民受けを狙ったのでないか、という批判はメディアの論調に根強くあるのは事実だ。こういった政治的なパフォーマンスの度が過ぎると、内閣支持率回復狙いなのか、とみられてしまったり、あるいは政治的に孤立した政治リーダーが陥りやすい部分で政権末期のあがきだ、といったことになりかねない。

政策決定に至った過程よく見えず、「ブラックボックスだ」との批判も
 今回の菅首相の政策決定判断で「またか」と気になる点がある。それは民主党が前の自民党政権と違って売り物にしてきた政策決定の透明性、議論公開や情報開示などが菅政権になってからは、ほとんど見られないことだ。菅首相の独断に近いのでないかという点が多々ある。とくに菅首相の消費税率引上げ案はじめ、党内論議を経ないでトップダウンで政策決定する癖がある。今回も同じだ。その点に不安を感じる。
 現に、日本経団連の米倉弘昌会長は5月9日の記者会見で、中部電への突然の浜岡原発の全面停止要請に関して「民主党政権は結論に至る思考の過程がブラックボックスだ。唐突感が否めない」と述べている。そのとおりだ。誰もが菅首相に不安を感じる点だ。
 政策的に影響が大きく、重要度が高い場合、日本のようなコンセンサス重視の社会では、その決定過程での議論が意味を持ってくるし、政治リーダーの方向づけがポイントになってくる。菅首相は、この政策決定の透明性を全面に押し出すことが今後の課題だろう。

2030年までの原発を軸にしたエネルギー政策の見直しが必要
 さて、今回の中部電の浜岡原発の全面運転停止に関しては、菅首相や原発担当の海江田万里経済産業相が記者会見で、将来の大地震・大津波に備えての防潮堤建設など安全対策の確保が狙いであること、他の原発には連鎖的に波及させていく考えがないことなどを述べており、そこは素直に受け止めよう。
 それよりも問題は、菅政権の原発政策を含めたエネルギー政策がいったいどうなるのか、なかなか見えてこないことだ。具体的には、民主党が昨年6月に打ち出した新経済成長戦略の中でのエネルギー政策展望では、2030年までに原発の新増設を増やし、エネルギー供給の30%だった原子力の比率を50%に引上げる、という原発傾斜の政策見通しを出している。
 これらの原発傾斜の政策を見直すのか、抜本改変するのか、菅政権は問題先送りしてしまっている。東電福島第1原発の安全確保は最優先課題であることは間違いないが、同時に、平行して、中長期的なエネルギー政策、とくに原発政策の見直しが必要だ。
 そうしたら菅首相が急遽5月10日に記者会見を行い、2030年までの計画を白紙に戻すことを表明した。これは一応、評価できるが問題はどう対応するか、その中身だ。

最悪状態の原発事故レベル7の引き下げ策、安全の証明も未だに課題
日本国内のみならず世界中の国々が大きな危惧を抱いている日本全体の原発の安全性確保に関する証明、説明が何としても必要だ。レベル7の最悪状態に至った日本の原発の安全の証明はとりわけ重要だ。
 日本はフランスと並んで、原発の安全管理技術では文字どおりの「先進国」との位置付けがあったが、今回の東電福島第1原発事故で地に落ちてしまったのだから、ゴルフで悪条件からの脱却を図るリカバリー・ショットのような、誰もが納得する包括的な安全対策を示す必要が絶対に必要だ。この点に関しては、原発事故処理に追われて、やれていない部分であり、最重要の大きな課題だ。
 その点に関連して、気がついたことだが、これまで日本の原発の安全性に関しては、止める」「閉じ込める」「冷やす」などを含めた5重の防護壁があるので、絶対に大丈夫、というのが電力会社から、私のような経済ジャーナリストが受けた説明だった。

原発事故の学習効果は多い、供給先行型の企業成長見直しも重要
 ところが、今回の東電福島第1原発事故で、電源を止められてしまったり、あるいは冷却用の水が確保できなくなったりしたら、それだけでリスクが高まり、水素爆発などを含めた原発非常事態を誘発することがわかった。考えようによっては、熱波などによる異常渇水が続いたり、あるいは外部から電源を切るテロ行為があったり、さらには航空機を原発めがけて墜落させるテロ行為に対して、本当に安全策を講じたと言えるのかどうか――など、際限なくリスクが高まっていることに、本当に対策が打てているのかも不安だ。
 今回の東電福島第1原発事故で日本中の国民の間で定着したのは脱原発、言ってみれば過剰な原発依存はリスクであるということ。そして、風力や太陽光、地熱発電など持続可能な安全エネルギーは自然任せで、膨大なエネルギー需要を安定的にまかなえないなどと冷ややかに見ること自体が間違っていたこと、真剣に活用策を考え直すべきだということなどだ。早い話が脱原発の大きな流れだ。これも東電福島第1原発事故の学習効果であることは間違いない。
 それに、電力経営体制そのもののあり方も、この機会に、競争原理の導入を含めて、本格的に議論するべき時期に来た。ある面で供給先行型の企業成長パターンを問い直す時期だ。

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