時代刺激人 Vol. 39
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
省エネ家電製品を買うと「エコポイント」が受け取れ、その「ポイント」を使って、あとで別の省エネ商品だけでなく商品券や公共交通機関発行のプリペードカード、さらに、それぞれの地域での地域おこしグッズと交換できます――政府が追加の緊急経済対策の目玉政策の1つとして打ち出した「エコポイント」制度が5月15日からスタートした。これだけを見ると、政府も面白い経済対策を打ち出したな、と思ったが、興味あって現場に行き関係者の話を聞いてみたところ、付け焼刃、言ってみれば、にわかじこみ、応急的な対策であること、そして問題山積だった。。
結論から先に申上げよう。新たな需要掘り起こし、個人消費喚起という意味では1つのアイディアで、評価する。しかし、仕組みがまだ未完成のまま走り出して課題を残した、という点もさることながら、日本が「エコ先進国をめざす」といった大きな政策の方向付けが、政策の打ち出し当初からほとんど見受けられなかったことだ。率直に言って、政策に方向付けや座標軸がないというのは致命的だ。霞が関の官僚群は、国民の税金を使って、さまざまな政策に取り組む日本のシンクタンクだったはずだが、政策に「志(こころざし)」の部分が見受けられない。霞が関官僚の劣化がとてもこわい。
「エコ」特化は成長にマイナスでなく逆に成長持続要因、起爆剤とアピールを
とくに「エコ」という場合、環境のエコロジーと経済のエコノミー、とりわけ省エネ、節約する、ムダにしない、経済的に、といったエコノミカルといった2つの「エコ」が考えられる。21世紀に入って、こういった「エコ」が1つのキーワードになっている。そこで、日本は世界に先駆けて、これまで経済成長にマイナス要因とみられていた「エコ」が逆に経済成長を持続させ、成長の新たな起爆剤になる可能性もあることを政策的にアピールすべく「エコ先進国をめざす」といった政策目標を明確に打ち出すべきだった。今回のプロジェクトも、その一環にすれば、日本っていうのは面白い国だ、と世界にアピールするチャンスにもなった、と思う。
こう申し上げた理由をいくつか述べるため、まずは、現場をのぞいてみよう。東京有楽町の家電量販店に行ってみた。薄型の地上デジタル(地デジ)対応テレビ46インチ型という大型サイズのテレビが、どんと身構えている。店のセールスメッセージでは「政府のエコポイント3万6000ポイント、リサイクル料の3000ポイント、そして当店独自の20%ポイントが加わり、絶好のお買い得チャンス」と派手派手しい。今回の「エコポイント」は1ポイント=1円換算なので、リサイクル料を含めれば3万9000円分のポイント獲得となる。それに量販店のポイント数を加えれば、確かにポイント数は大きい。もともと量販店間の競争で値引きされている薄型の大型テレビなので、このポイント数でさらに割安感が出ることになる。消費者の購買意欲をそそることは間違いない。
日本経団連の省エネ家電製品購入促進案にヒント得て経済対策に盛り込む?
現に、その量販店の現場責任者の1人は「このエコポイント制度に触発されてか、売れ行きが好調なので、大助かりですよ。とくに、省エネ家電を対象にしているので、われわれも売りやすい」とうれしそうに述べていた。ただ、その責任者によると、「実は当初、政府は夏のボーナス商戦に向けて準備が進めていたようだが、緊急経済対策アピールの意味合いもあって4月10日に早めの発表をした。そのとたんに、お客の間で『何もあわてて買うこともない。制度スタートまで待つか』といった形でエコポイント対象の地デジ対応テレビ、エアコン、冷蔵庫の3商品にばたっと買い控え現象が起きた。このため、あわてて制度スタートを繰り上げたようだ」という。
経済産業省、環境省などを含めた関係者の話を総合すると、もともとは、この省エネ家電品の購入促進策に関しては、日本経団連が景気対策の一環で導入を呼びかけていたのにヒントを得て、環境省が中心になって経済産業省、それに地上デジタル放送対応テレビの普及に躍起の総務省との3省合同プロジェクトの形で踏み出した。政府部内では、欧州で導入の進んでいた電気自動車などエコカー購入促進のための減税に同じくヒントを得て、エコカー助成の枠組みづくりも進んでいたので、これに連動して、政府の追加経済対策の補正予算にのせた。このうち「エコポイント」予算は約3000億円、という。
なぜ冷蔵庫など3機種に絞ったのか、対象家電品を広げれば需要創出効果も
問題は、いくつかある。まず「エコポイント」の対象が、省エネ性能を表す省エネラベルがつき、省エネ度合いが大きい4つ星ないし5つ星のエアコン、冷蔵庫、地デジ対応テレビの3種類のみであることだ。このうち、ポイント数はエアコン、冷蔵庫が価格の5%、地デジ対応テレビだけは10%となっていて、仮に買い替えの場合、これに3000ないし5000のポイント数が加算される。
環境省関係者によると、一般家庭の二酸化炭素(CO2)排出量のうち約70%が家電製品に起因するが、中でもエアコン、冷蔵庫、テレビの3つで約50%を占める。とくにエネルギー効率の悪い旧タイプのエアコン、冷蔵庫などを省エネ機種に切り替えれば、省エネ対策にもなるため、3機種にしぼったという。
しかし、なぜ3機種にしぼり込む必要があるのだろうか。洗濯機やアイロン、掃除機、電球などの家電品があり、まだまだ対象になり得る機種がかなり多い。こういった対象を広げ、「エコポイント」活用によって省エネの意識改革につなげ、合わせて需要創出効果を上げ得る、という政策効果を探ればよかったのではないか。
「エコ先進国」打ち出せば海外の見る目も変わる、特定産業救済批判かわせる
そればかりでない。今回のように「エコポイント」を家電3機種にターゲットを絞り込んだことで、米国発の金融危機に端を発したグローバルな経済危機の影響をもろに受けた家電産業の救済措置のように受け止められかねない。もっと「エコポイント」の対象を家電製品全般に広げるだけでなく、他の産業のエネルギー多消費、あるいはエネルギー効率が悪いと見られている製品にもぐんと対象を広げていけば、そういった批判をかわせたばかりか、冒頭に申上げたような日本は「エコ先進国をめざす」といったキーメッセージとリンクして、日本を見る諸外国の目が変わったと思う。
エコカー助成の自動車重量税などの減税も同じだ。減税対象をもっとほかの環境にアゲインストなエネルギー多消費の製品に広げ、「エコポイント」とリンクさせれば、政府は特定産業の救済に踏み出したのか、といった批判もなくなっただろう。
私に言わせれば、霞が関の行政官庁は縦割り組織になっていて、横断的な、大胆な連携には弱い。互いの縄張り意識と、妙なライバル意識が先行して、しかも利害がからみあって政策調整が必要なテーマでも主導権を握りたがる。結果は互いに水面下で足の引っ張り合いなどで、出すべきエネルギーが半減したり、場合によっては相殺しあったりしてしまっている。だから構想力のあるプロジェクトがなかなか出てこない。
霞が関行政官庁も縄張り意識を捨て、連携して構想力の発揮を
今回の「エコポイント」での環境省、経済産業省、それに総務省の3省連携の合同プロジェクトも、表面づらとは別に、それぞれが思惑で動いている。端的には地上デジタル放送に向けて地デジ対応テレビの普及が進んでおらず苛立ちの強かった総務省は、恰好の普及チャンスと相乗りしただけだ。
国土交通省の高速道路交通システムの有料高速道路でのETC(エレクトロニク・トール・コレクション、俗にノンストップ自動料金支払いシステム)も普及が進んでいなかったのが、高速料金を地域限定で1000円にし、しかもETC取り付け助成をしたところ、一気に利用率が増えた。総務省の地デジ対応テレビの普及も、似たようなところがあって、やや他のプロジェクトへの相乗りといった面が強い。 大事なことは、今回のような「エコポイント」制度に関しても、大きな意味での政策構想力、つまりは日本が「エコ先進国をめざす」政策の一環で打ち出したものとはかけ離れているところが、官僚の劣化が心配、こわいという理由だ。政策官僚は日ごろから、こういった政策課題のために力を貯え、アイディアに磨きをかけているはずでなかったのか、と申し上げたい。
保証書紛失再発行システムを悪用してだまし取られる恐れも
ところで、この「エコポイント」制度は、仕組みが未完成なところが心配なのだが、関係者の話ではいくつか問題が残っている。とくに消費者が製品保証書のコピーと領収書を一定期間後に「エコポイント」事務局に送り、ポイント数に応じて省エネ商品や商品券などと交換する仕組みなのだが、保証書が紛失したと販売店に申し出て、再発行してもらう道筋がついていると、下手すると、それを悪用してだまし取られる恐れがある。今、担当者はそれらの対策にも頭を痛めている、という。
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