日揮事件の教訓は危機情報の連携 民間が手に負えないリスクは国の出番


時代刺激人 Vol. 211

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 アルジェリアでの日揮人質射殺事件は、いまだに思い出すたびに、胸が痛む。天然ガスプラント建設にかかわった日揮や英国ブリティッシュ・ペトローレアム(BP)がイスラム過激派のテロ攻撃に巻き込まれ、多くの人たちが無残に射殺されて尊い生命が失われたのは悲惨だ。

亡くなった人たちのうち、日揮最高顧問で海外プロジェクトに懸ける心意気の強かった新谷正法さん、人材派遣会社からの派遣という不安定な形でも仕事を求めて海外に出向いた緒方弘昭さんらの新聞記事を読むと、重ねて胸が痛む。とくに、60歳代のシニアの人たちが、遠いアルジェリアの地でプロジェクトに打ち込んでおられたケースが多かっただけに、志半ばというのは、さぞや無念だっただろうと思ってしまう。

冷戦構造崩れ米国・旧ソ連のタガ外れ
日本が苦手な地域紛争・テロリスク急増
米国と旧ソ連の冷戦構造が崩れた結果、まるでタガが外れ、重しがとれたように、世界各地で地域紛争が噴出した。その延長線上にイスラム過激派の引き起こすテロ事件も起きた。今や米国、ロシアを含めた主要な大国の力も落ちてしまい、秩序の再構築が難しい。

当然のことながら、それらの地域紛争やテロリスクは、どれ1つとっても形態が異なり、対応が難しい。時代背景、地域の特殊性はもとよりだが、からみあう民族が互いにぶつける憎悪、根深い宗教の対立などはすさまじいものがあり、島国で、単一民族に近い状況でいる日本人にとっては最も苦手な部分だ。

危機と背中合わせの海外プロジェクト増える中で、
日揮事件から何を学ぶか
 そんな中で、日本企業は、日本国内の内需の落ち込みに背中を押されるようにして、これまで以上に、ますます海外に活路を求めざるを得ない。その海外展開によっては、日本にグローバルな世界でのビジネスチャンス、存在感をアピールするチャンスが間違いなく増えるだろう。しかし、その半面で、危機と背中合わせのプロジェクトに取り組まざるを得ないケースもぐんと増える。

今回の日揮のケースはまさにそれだった。北アフリカのアルジェリアに限らずアフリカは民族紛争に宗教がからむ。それどころかイスラム過激派内部の主導権争いも激化している、という。日本企業にとっては他人事でない。今後、どういったリスクが想定されるのか、そのリスクにどう対処すればいいのか、日揮事件から学ぶものは何なのか、日本が最も苦手とするリスクに真剣に考えざるを得ない。今回のコラムでは、ぜひ、その問題を取り上げたい。

リスク情報の交換や共有の連携システムがどこまで出来ていたか、
検証が必要
 結論から先に申し上げよう。今回の日揮の事件の大きな教訓は、危機情報に関して情報交換したり、情報を共有し合う連携システムがどこまで出来ていたのかどうかだ。
日揮はもとよりアルジェリア政府もイスラム過激派のテロ攻撃に無防備に近かったのか、あるいはリスク対応の準備をしていたが、有効に機能しなかっただけなのかどうか、まだ定かでない。まずは検証が必要だ。

とくに、今回の事件の場合で言えば、アルジェリア政府や軍当局は、イスラム過激派問題に関しては、自分たちの体制にとってのリスクのため敏感で、情報を持っていたのに、日揮やBPなど現地の外国企業とは情報交換や情報共有していなかった可能性がある。

現地日本企業は地元政府、日本政府、旧宗主国の
どこと連携するかも課題
その場合、たとえば日揮は企業防衛上、独自の情報収集ネットワークを持つ必要が出るが、仮にリスクにからむ最新情報を独自入手した場合、アルジェリア政府と情報共有するのか、あるいは日本政府が今後、危機管理のために常設するかもしれない窓口部門と連携して情報共有し、対策を講じるための意見交換をするべきなのか、さらにはアフリカの旧宗主国のフランスや英国などと情報共有する連携システムを持つべきなのか――今回の事件を検証して、教訓を引き出すしかないだろう。

日本企業の海外プロジェクト展開が今後、一段と増える中で、個別の企業が、さまざまな企業リスクに対して自己責任で対応するのはまず第1で、当然のことだ。しかし、企業にとってのリスクもさまざまで、顧客対応の問題、商品のトラブル対応の問題などを別にして、日本企業全体の信用、あるいは共通リスクに波及しかねない問題、あるいは国家間の問題に広がりかねない問題などがあり、海外展開する企業にとっては日本政府とのコミュニケーションパイプを持っておくことは絶対的に必要だ。

国は外交面で責任果たすが、
民間リスクは企業が負えと突き放す時代でない
 同時に、国、つまり日本政府も、海外展開する企業の果たす役割を考えれば、そのリスクをシェアする責任がある。オーバーに言えば、民間企業が国に代わって果たしてくれている役割に応えて、リスクを負担する責任が増大してくる、と言っていい。
企業が私企業の利益追求で海外展開しているのは間違いないが、一方で、日本の経済成長を下支えする役割、また資源確保の多元化を担う役割、日本のグローバルパートナー探しの先兵の役割を果たしていることも事実だ。外交面は、国が責任対応するが、民間リスクは企業が自分たちで負え、と突き放す時代でない。むしろ、さまざまな危機対応面でのバックアップ体制づくりを、もっと本腰を入れて強化すべきだ、と思っている。

安倍政権は事故検証委報告書よりも、
まだ流動化する事件のフォローアップを
そのことを前提に、今回の日揮事件での国の危機対応を見た場合、安倍政権は予想外に対応が早め早めだった。安倍首相自身がアルジェリア首相に電話して人命尊重を求めたり、英国首相にも電話で危機対応に関する情報収集したりするリーダーシップはよかった。経済ジャーナリストとして、アベノミクスの政策に危うさを感じる部分があるが、こと、今回の危機対応では、首相が前面に出て対応したのは、評価できる。

その後、安倍政権は1月29日に事件後初の「アルジェリア人質事件に関する検証委員会」を開き、2月末に検証委報告書をまとめること、3月には危機管理対応の専門家ら有識者懇談会を立ち上げて議論を行い4月に報告書を出すことを決めた。
しかし事態はまだ動いている。イスラム過激派の狙いは何だったのか、警備体制、とくに日本など外国企業への安全確保策はどうだったのか、フォローアップが必要だ。調査プロセスが重要なのに、この面が見えてこない。報告書づくりよりも、今の対応が必要だ。

在外公館の情報収集能力は頼りない、
佐藤優・元分析官クラスのプロは皆無との声

 率直に言って、海外でのさまざまなプロジェクト現場経験のある企業の人たちから異口同音に聞く話で「やはりそうか」というのは、日本の在外公館、端的には大使館の外交官の情報収集能力が決定的に弱く、頼りにならないことだ。ロシア情報収集では敏腕だった佐藤優・元外務省分析官クラスのプロの人材が今や皆無に近い、という。

その佐藤氏がアルジェリアの現場にいたら、どうするかな、という期待感があるが、やはり、まず第1は、イスラムの穏健派や過激派のネットワークに情報収集網を張り巡らすと同時に、アルジェリア政府関係者、地元住民の長老ら地域リーダーとも定期的につきあうこと、情報のテーク&テークでは相手にされないので、ギブ&テークのギブの情報をどのように提供するかなど現地対応が最重要だ。アフリカの旧宗主国であるフランスのみならず英国だけでなく、米国、場合によっては最近、アフリカ進出が積極的な中国などとの情報交換ネットワークをどう構築するかという点も重要になる。

三井グループのイランとの合弁IJPCプロジェクトでも
リスク読むのは厳しかった
 実は、私は毎日新聞経済記者時代に、イラン革命に巻き込まれた三井物産など三井グループ企業の日本・イラン石油化学合弁プラント(IJPC)プロジェクトを現場で取材した経験がある。生命の危険という点では、今回の事件の比ではないが、当時は、日本企業の海外展開プロジェクトとしては、ケタ外れに大きかった。しかし、イラン革命、そしてそのあとに続いたイラン・イラク戦争に巻き込まれ、主力の三井物産は企業グループのリスクとしては限界がある、と全面撤退を決断せざるを得なくなった。

当時、現場にいて取材した記者感覚では、三井グループは合弁プロジェクトの性格上、パーレビ―国王体制下のイラン政府に偏り過ぎて、リスクの先にあったイランのホメイニ師らのイスラム・シーア派の宗教革命の予兆を読み切れなかった。ただ、当時のイランは、安泰と見られたパーレビ―国王の政権基盤が一気に悪化し、亡命を余儀なくされた。そうなると、三井グループにすれば合弁先のイラン政府自体の動揺が著しくなり、事業リスクにとどまらず企業自体のリスクを検討せざるを得なかったが、当時は、企業にとって、リスクをどこまで読み切るか、大きな試練だったことは間違いない。

リスク対応誤れば企業の命運を左右する、
日揮事件は終わっておらず検証急げ
東京電力が世界中を震撼させた福島第1原発事故に関して、東日本大震災が引き起こした大津波による事故で、想定外によるものだったと、事故当時の清水正孝社長は表明したが、その後の国会事故調査委員会の調査では、過去に大きな津波予測があったのに、シビアアクシデント(過酷事故)対応しなかった経営の危機管理上の問題と結論付けた。

企業のリスク対応、危機管理対応は極めて重要な問題だ。ある面で、企業の命運を左右することにもなりかねない。今回の日揮のアルジェリアの事件では、すでに述べたように、日揮自身がイスラム過激派のテロリスクに至る情報を入手し事前に予知出来ていたのか、全く対応できていなかったのか、あるいはテロリスクに敏感なアルジェリア政府や軍当局が情報入手していながら、日揮や英国BPの現地外国企業に伝えなかったために起きた悲劇なのか、いろいろなことが考えられる。まだ検証が出来ていない。
そういった意味で、安倍政権の事故検証委員会は2月末の報告を出す前に、フォローアップを迅速に行い、逐次、必要な情報を開示し、アルジェリア政府とイスラム過激派テロ対策の再発防止に努めるべきだ。

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