時代刺激人 Vol. 18
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
米国経済は間違いなく100年に1度の非常事態にあることがハッキリした。米国の中央銀行にあたる連邦制度準備理事会(FRB)が12月16日に、政策金利の誘導目標を1%から一気に「0-0.25%」へと大幅に引き下げを決め、ついに米国の金融政策史上で初めての金利ゼロ時代に入ったからだ。バブル崩壊後のデフレ経済脱却に苦しんだ日本が2001年3月から06年までゼロ金利政策をとったが、世界のマネーセンターである米国が金利ゼロ経済に突入するというのは、全く意味が違っていて、波及度からみても、影響は計り知れない。
米FRBのゼロ金利政策導入、デフレ回避で「政策総動員」決意表明は異例
米国金融政策当局が、昨年9月からわずか1年間で実に5%も政策金利を矢継ぎ早やに、かつ大胆に引き下げたのも異常だが、FRBが今回、金融政策決定会合である連邦公開市場委員会(FOMC)後の声明で、「景気回復と物価安定のため、あらゆる政策手段を総動員する」とも宣言したのも異例だ。要は、米国経済がデフレ・スパイラルに陥らないように、打てる手は何でも打つぞ、というもので、金融政策当局としては、なりふりなど構っておれない、というすごい決意表明だ。
さて、今回は、金融・経済危機にあえぐ米国が今後、どういった政策をとるのかを探っていくうえで、1つの選択肢として「頼みの綱」にするのが、ひょっとしたら中国でないかという問題意識を、私は持っており、それをレポートしてみたい。
次期オバマ政権の経済政策はさまざまなものが想定される。ただ、このうち、対中国政策がどんなものになるか、まだはっきりしないが、結論から先に申上げれば、米国は、中国に対して、これまで以上に為替面で人民元高への調整を求めるとともに、中国国内の消費を活発化するための積極的な内需振興策をとることで、中国が世界の成長センターの役割を担うべきだ、ということを強く求めるのでないか、という気がしている。
中国の巨大内需市場が持つ成長エネルギーを活用して米国の再生狙う?
ルギーを活用して、自ら危機的状況にある米国経済の再生につなげようというもくろみがある。その場合、米国は、中国に対して、すでに民間企業ベースでかなり巨額の直接投資を行ってきており、中国が新たに進めるであろう大胆な内需拡大策に乗って、これまでの投資の果実を摘み取ると同時に、さまざまなプロジェクト投資面での恩恵にあづかろうという考えがあるのでないだろうか。要は、中国頼みによって、米国自身の再生を図る、というところがポイントだ。
実は、この見方は、それほど的外れではない。私の長年の友人である日銀OBで、現在、外資系証券クレディ・スイス証券経済調査部長兼チーフ・エコノミストの白川浩道さんも同じような見方でいる。
白川さんによると、中国政府は、すでに米国発の金融危機に関連して、2年がかりで総額4兆元(円換算50兆円強)の事業規模の大型経済対策を行う方針を打ち出している。新規事業は1兆元程度だが、それでも中国の国内総生産(GDP)を3ないし4%程度、押し上げる効果が期待できる。
そこで、白川さんは「米国は、この巨額の財政出動による内需拡大策に強い関心を示し、米国の再生に結びつけようとする可能性が高い。その具体的なやり方として、『第2のプラザ合意』によって、中国に人民元の切り上げを求め、中国国内への影響や混乱を避けるために内需刺激策の拡大を求めるのでないか」というものだ。
1985年「プラザ合意」では米国の巨額貿易赤字救済で日本にしわ寄せ
この場合、キーワードの「プラザ合意」というところがポイントだが、この合意は1985年に主要5カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)で、巨額の貿易赤字に苦しむ米国経済を救済するため、ドル高を是正しドル安に誘導するとともに、逆に巨額の貿易黒字を抱えていた日本の黒字是正のために円高方向に調整することを決めた。極めて主要国、とりわけ米国の思惑が錯そうする合意だった。
当時、日本は1ドル=240円から一気に120円台にまで円高が進み、あおりで円高不況懸念が台頭した。このため政権の座にあった中曽根康弘首相、竹下登蔵相(いずれも当時)は財政・金融政策の総動員で内需拡大策に取り組まざるを得なかった。
今回の「第2プラザ合意」「新プラザ合意」というのは、かつての日本に迫った為替調整、内需拡大策をいま、米国が中国に求めようとするのでないか、という問題意識だ。
これだけをとると、中国が、金融・経済危機にあえぐ米国の救済の役回りを負わされるわけで、とりわけ人民元高への誘導に関しては、人民元高がもたらす中国の国内経済混乱に強い反発心を持つ中国政府が容易に応じるシナリオでない、ということは想像できる。
中国はいまや世界トップの米国債保有高を武器に逆に米国をけん制?
ただ、ここで見落とせないのが、過去、米国と中国両政府間で続いている米中戦略経済対話の存在だ。北京とワシントンで1年に2度、経済閣僚が一堂に会して文字どおり、経済問題に関して、密度の濃い戦略対話を行っている。今年も12月4、5日と、米国が金融・経済混乱のさなかにあるというのに、北京で5回目の会合を開いた。
今回の北京での米中戦略経済対話では、中国側代表の王岐山・副首相が「米国が実体経済と金融市場への対応に関して、米国にある中国の金融資産などの安全をしっかりと守るように希望する」と注文をつけている。
中国政府が2兆ドルに及ぶドル建て資金の運用に関して、米国債を大量に買い上げ、いまや08年9月末時点で5850億ドルの保有高になっている。米国と安全保障面で同盟関係にある日本の5732億ドルを追い抜きトップに立っている。中国政府としてはドル急落などで米国債が大きく目減りするリスクを避けるように、米国政府にクギをさすと同時に、けん制したわけだが、米中間では、こういったことが平然と議論できる関係にあるのだ。
そこで、米国は、こういった状況下で、自らの金融・経済危機からの脱皮のために今や米国の財政赤字のファイナンス(融資)の面倒まで見てくれている中国を「新プラザ合意」のような形で中国が嫌がる人民元高に追い込み、最後は、その国内対策のための内需拡大策を求めることが可能なのだろうか、現実的なシナリオと言えるのか、という疑問になってくる。
中国は国内が不安定だけに「新プラザ合意」と無関係に内需振興が必要
ただ、中国も今、国内にさまざまな問題を抱えている。胡錦濤中国国家主席は12月18日の改革開放30周年の記念式典での演説で、最近中国国内で頻発しているデモや暴動、汚職、格差問題など改革・開放政策のひずみ部分に関して、危機感を示している。
その一方で、肝心の経済に関しては、これまで10%、11%の2ケタ台の高い伸びを続けた経済成長が失速し始め、社会不安などを引き起こしかねない一種の危機ラインと言われる8%を死守できるかどうかがポイントになっている。
それだけに、中国政府が打ち出した向こう2年間に総額4兆元の内需振興を軸にした大型景気対策に関しては、米国が金融・経済危機対応のために、中国頼みでコミットしてくるか来ないかは別にして、中国自身が今述べたような中国の国内事情から対応せざるを得ない。
米国個人消費10兆ドルの落ち込みを誰がカバーするかも重要課題
ただ、世界経済全体の視点でいくと、米国のGDPの70%以上を占める個人消費約10兆ドルの5%が落ち込んでも、世界経済には大変な「穴」が開いてしまう。たかが5%と言っても、5000億ドルという需要の落ち込みは小さな国のGDPに相当するぐらいの規模であり、この空洞化部分を誰が埋めるかとなれば、極めて重要で、その意味で中国が財政出動によって内需振興し、それを求めて米国を含めた国々が中国向けに輸出を行うことで経済が潤うというシナリオは極めて重要でもある。
その意味で、中国が「新プラザ合意」という形で米国を含めた主要国から人民元高への誘導を求められた場合、それを拒むかどうか別にして、中国にとっては、国際経済社会でリーダーシップをとる役回りになった場合、人民元高という選択肢は重要なポイントになる。
ところで、こういった米中戦略経済対話の延長線上で「新プラザ合意」などの議論が出ているときに、日本はまったくカヤの外に置かれているな、とさびしく感じるのは私だけだろうか。
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