オバマ米大統領の演説、首都に集まった200万人を感動させる凄味 新政治リーダーに課題山積、でも人、組織、そして国を動かすパワーに魅力


時代刺激人 Vol. 22

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

米国の若き新大統領バラク・フセイン・オバマ氏の就任演説は、聞く者の心を強く打ち感動させる、スケールの大きいものだった。ジャーナリストの仕事柄、多くの政治家、企業人などのさまざまなスピーチを聞く機会が多いが、その私にとっても、今回のオバマ大統領の就任演説は、聞くに値(あたい)するものだった。
冒頭に、こんなメッセージがある。「米国全土に広がる自信の喪失。それは、米国の衰退が不可避で、次の世代は目標を下げなければいけないことにつきまとう恐怖だ。これらの難問は間違いなく現実のものだ。短期間では簡単に対処できない。しかし、アメリカよ、それは解決できる」と。
病める米国、自信喪失の米国、経済危機のがけっぷちに立たされている米国だけに、オバマ大統領の前途は誰もが見るように多難だ。しかし、演説を聞いていると、この新政治リーダーの存在が人を動かし、組織を動かし、そして国を動かすのでないかという期待感がある。ひょっとしたら、米国は、このリーダーのもとで求心力を強め、これから時間がかかるにしても、時計の振子と同じように大きく反対方向の「米国再生」方向に振れていくかもしれない。

就任演説に集まり興奮する人たちの熱気は「米国再生」への期待?
 首都ワシントンはマイナス7度という、凍てつく寒さがあった。それにもかかわらず、何と200万人という前例のない数の人たちが首都ワシントンに全米各地から集まった、というのだ。この政治ドラマの歴史的な現場に、という理由だけで200万人も集まるというのはすごいことだ。
とくに、これまで人種差別などで苦しんできた黒人が多く集まり、米国で初の黒人大統領の誕生を素直に喜んだが、白人、ヒスパニック、アジア系米国人などさまざまな人たちも、人種の壁を越えて「CHANGE(変革)」意欲に燃える若き黒人リーダーのこの演説に耳を傾け興奮する姿、その熱気が、実況中継するテレビから伝わった。
 成熟した国家では情報通信、とりわけテレビの普及もあいまって、多くの人たちは仕事を抱えていることを理由に、就任演説の現場には足を運ばず、テレビの映像で新大統領の誕生を見る、というケースが多い。とくに日本では、政治不信も加わってか、そういう状況が想定される。
ところが、テレビの中継報道を見て、本当に驚いた。日本の国会にあたる連邦議会議事堂前からパレードが行われるペンシルベニア通り、そしてホワイトハウスに至る道はびっしりと人、人、人で埋め尽くされている。しかも、黒人だけでなく白人の多くも特設の大型スクリーンに映し出されたオバマ大統領の演説に聞き入りながら、大きくうなずくだけでなく盛んに拍手を送っている。白人主導の社会にさっそうと登場した若き黒人リーダーにすべてを託すという、米国のような人種差別の激しい国では考えられない光景だ。間違いなく既存の枠組みから離れて新しい枠組みをめざそうということへの熱気とも言える。

宗教や言語の多様性は米国の弱みではなく、むしろ強みと言い切る強さ
 ところで、オバマ大統領の演説について、もう少し述べたい。
オバマ大統領は演説の中で、米国の多様性は弱みでなく強みだ、と述べている。「私たちの国はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、そして無宗教者からなる国家だ。世界のあらゆる所から集められたすべての言語と文化に形作られたのが私たちだ」と。仏教徒が抜けているのは重要でない。あらゆる宗派の人たちが1つの屋根の下で同居することの重要性を強調しているのだ。
 次期大統領に決まった際の演説でも「若者と高齢者、富める者と貧しい者、民主党と共和党、黒人と白人、そしてヒスパニック、アジア系、アメリカ先住民、同性愛者とそうでない人など、この国が寄せ集め(の集団)でなく、(さまざまな力を結集して変革を起こす)アメリカ合衆国だというメッセージを世界に伝えた」と述べている。
米国の多様性は下手をすると、さまざまなものがバラバラになり互いに反発のエネルギーだけが増殖されて社会不安に発展するリスクにつながりかねない。しかしオバマ大統領は危機的な経済状況のもとで、むしろ、一体感を演出することで、その多様性を弱みでなく強みにしていこう、としているのは間違いない。

演説の次のようなくだりも印象に残った。「私たちが今日、問わなくてはならないことは、政府が大き過ぎるか、小さ過ぎるかではなくて、それが機能するかどうかだ。まっとうな賃金の仕事や、支払い可能な医療・福祉、尊厳をもった引退生活を各家庭が見つけられるよう、政府が支援するのかどうかだ。答えがイエスなら前に進もう。ノーならば、そこで終わりだ。私たち公金(税金)を扱う者は、賢明に支出し、悪弊を改め、外から見える形で仕事し説明責任を求められる。それによって政府と国民との信頼関係を再構築することができる」と。

「オバマ演説は言葉の力そのもの」「ついていけば明日はよくなると思わせる説得力」
 クリントン元大統領以来、米国大統領の演説や会見などの同時通訳してきた、という東京外語大教授の鶴田知佳子さんが、1月22日付の朝日新聞の「私の視点」欄で、同時通訳者という立場での専門家から見たオバマ演説を書いておられる。
いくつかポイントをつく点があるので、引用させていただこう。「オバマ大統領は若々しくさっそうとしている。バリトンの声はよく響き、間(ま)の取り方もうまい。だが、彼の演説の一番の特徴は言葉の力そのものにある」「雄弁さと巧みなレトリックは、下手をすると大衆をあおるような演説になりがちだ。しかし彼の場合、そうはならない。語り口はクールであり、激こうしたり叫んだりすることがほとんどない。自己陶酔に陥らず、むしろ常に聴衆を見ている。抑制した話し方が、かえって説得力、信頼性を増している」と。
そして、鶴田さんは最後に「この人についていけば明日はよくなる、と思わせる説得力、そして聞いている人たちを自分も(米国社会という)統一体の一部と思わせる力だ」と述べている。

日本の政治リーダーから感動的なメッセージ受け止めた記憶ないのが残念
 政治リーダーにとっては言葉の力、演説でのメッセージ発信の持つ力は最大の武器だ。オバマ大統領の演説を聞いていると、この新政治リーダーの存在が人を動かし、組織を動かし、そして国を動かすのでないかという期待感がある、と冒頭に申上げたが、力強いメッセージ、感動的な言葉に接すると、人間は限りなく気持ちが高揚し奮い立つもので、その意味では、いま逆境にある米国の人たちは、この若き黒人リーダーに自分たちの運命を託してみよう、という気持ちになっているのだろう。
日本の国民は最近の政治リーダーから、オバマ大統領と似たような感動的なメッセージを受け止めた記憶がないのが残念だ。それが日本の閉そく感をさらに強めている、とまでは言わないが、世代交代が進み力強い政治リーダーが生まれることを望むしかない。
 今回は、角度を変えて、オバマ大統領の就任演説にからめて政治リーダーの演説、メッセージ発信の重要性を指摘したかったのだが、オバマ大統領にとっては、これからが勝負だ。スピードの時代、マーケットの時代、グローバルの時代というもとで、オバマ大統領が「米国再生」のために果敢に政治決断し実行していくか、その取り組みをウオッチしていくしかない。

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