メコン諸国現場レポート最終回 強国誇示の中国にASEANが異例の結束 地域統合への布石が明白、日本の出番だ


時代刺激人 Vol. 243

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

 7回にわたってお届けしたメコン諸国現場報告は、今回がいよいよ最後となる。そこで最終回は、ASEANが2015年12月の地域経済統合をきっかけに、本当に経済成長に弾みがつくのか、さまざまな国々の集合体であるASEANが世界の成長センターに向けて1つになり得るのか、また日本にとってASEANとの戦略的連携は可能なのだろうか、といったことに関して、現場の動きを踏まえて、ぜひレポートしてみたい。

 

 7回にわたってお届けしたメコン諸国現場報告は、今回がいよいよ最後となる。そこで最終回は、ASEANが2015年12月の地域経済統合をきっかけに、本当に経済成長に弾みがつくのか、さまざまな国々の集合体であるASEANが世界の成長センターに向けて1つになり得るのか、また日本にとってASEANとの戦略的連携は可能なのだろうか、といったことに関して、現場の動きを踏まえて、ぜひレポートしてみたい。

ASEANは課題山積で先行き不安材料多いが、
経済成長志向で一致の意味大きい

まず結論から先に申し上げれば、加盟10か国間で政治的、経済的に極めて大きな温度差があり、しかも発展途上部分から先進的な部分までが混在してさまざまな課題や問題を抱えるASEANの先行きに不安材料があるのは、間違いない現実だ。
しかし、これまでのレポートどおり、ASEAN10か国は、こと経済成長志向という1点に関しては、大きなまとまりを見せ、地域経済統合によるヒト、モノ、カネの自由な往来の実現に向けて、CONNECTIVITY(連結性)をキーワードに必死で取り組んでいる。今や新たな地域共同体づくりをめざして、少しずつ結束力を強め、世界に向けて存在感を見せつつあるな、というのが今回、私がメコン諸国を歩いた際の実感だ。

ASEANが中国に対決も辞さずの姿勢は驚き、
国際社会にも存在感アピール

そういった意味では1967年の発足当初のタイ、フィリピン、インドネシアなど5か国による反共産主義国家連合というイメージは現在、全くない。それどころかベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーといった社会主義体制を標榜する国々を抱え込み、巧みに内政不干渉原則を維持し、同時にイスラム教、仏教など宗教や異文化も容認しながら、経済成長の実現という1点で不思議に足並みをそろえつつあるのだ。

そのASEANが最近、これまで脅威の存在として、つかず離れずの関係維持で臨んでいた中国に対し、一転して、一致結束し対決も辞さずの強い姿勢を示した。これは驚きだった。しかし、これは私だけでなく、国際社会も同じで、メディア報道も、強大国を誇示する中国に、欧米諸国も手を焼く中で、弱い立場にあったASEAN10か国が結束して立ち向かった意味は大きい、とサプライズと受け止められており、ASEANが国際社会に存在感をアピールしたのは間違いない。

南シナ海での中国の動きがASEAN首脳会議直前だったことでASEANも強く反発

そのサプライズは、すでにメディア報道でもご存じのように、中国が一方的に領有を主張する南シナ海の西沙(パラセル)諸島近海で、ベトナムの了解なしに海底石油掘削作業を強行したため、それを阻もうとしたベトナム船との衝突事件が1つ。さらに南沙(スプラトリー)諸島でもフィリピン漁船との間で起こした衝突事件の2つに対し、ASEANがアクションを起こしたことだ。

いずれも、ASEANがミャンマーで開催した5月10日のASEAN外相会議直前の動きだったため、ASEANを強く刺激し、中国への反発を強める結果になった。それどころかASEANは外相会議、それに続く11日、12日のASEAN首脳会議、とくに首脳会議を総括する議長国ミャンマーの議長声明で、中国の行き過ぎた動きに警告に近い「イエローカード」を出したのだ。

中国と国境線接するミャンマー、ラオスや援助欲しいカンボジアも脅威

議長声明で「南シナ海で現在進行中の事象に深刻な懸念を表明する」「武力の行使や威嚇をせずに自制して、領有権争いを平和的手段で解決するようにすべての関係国に要請する」と、中国を名指しで非難することを避けたものの、明らかに中国に対する警告だった。しかもASEANが地域の安全保障問題で、中国を強く意識して緊急声明を出したのは明らかに異例なことだ。

中国に対して、これまでASEAN、とりわけ陸のASEANと言われるメコン経済圏諸国は、タイを除いて、中国からの援助資金ほしさの外交姿勢もあってか、正面切って中国に文句をつける力がなかった。とくに中国と国境線を接してさまざまな利害のからむミャンマー、ラオス、また中国からの援助が多いカンボジアは中国とはコトを荒立てたくない、という姿勢でいたが、今回の外相会議、首脳会議ではASEAN結束を優先させた。このことが意味するものは大きい。

中国はASEANや米国まで半ば刃向わせる結果になり、
虎の尾を踏んだ?

一般的に、多くの途上国は、国外に敵をつくって国内の結束力を強める手段にするケースが多い。ところが今回の場合、中国が尖閣諸島に続いて、今度は南シナ海でも領有権を主張して紛争の火種を作り出したため、ASEAN10か国を刃向わせる結果になった。中国国内に、いま、さまざまな社会不安が政治不安にエスカレートしかねない問題があるので、あえて中国の外に国民の不満のガスを吐き出させようとしたのだろうか、もしそうだとしたら、成算のない外交リスクの大きい賭けだな、と思ってしまう。

ただ、米国はフィリピンとの新軍事協定をきっかけに、再びアジアの地域安全保障にコミットし、中国をけん制する動きに出てきている。現に、今回の南シナ海での中国のベトナム船への行動に対して、米国が中国に対して「挑発的で、攻撃的な行動を深く懸念する」と抗議した。石油資源開発という海洋権益への行動は、中国が領有権確保の口実にするためのものか、見極めがつかないが、ASEANの反発のみならず米国までも引っ張り出す結果になった時に、中国は「虎の尾」を踏んでしまい、中国自身が孤立化の道に至るということを気づかないのだろうか、とさえ、感じてしまう。

地域経済統合でASEANにバラ色の世界誕生するとは思えない、
政策対応にも遅れ

さて、最終回のテーマに話を戻そう。ASEANは2015年12月に地域経済統合のスタートを切るが、関税率の撤廃や国境の税関業務のスムーズ化など「経済国境」を一気に引き下げることで、ヒト、モノ、カネの自由な往来が大きく進み、経済成長に弾みがつく、といったバラ色の事態がすぐに現出するとは、失礼ながら、誰も思っていない。

現に、すでに以前のレポートでも述べてきたとおり、自動車の輸入関税1つをとっても、2018年まで大幅引き下げを猶予し、その間にベトナムなど一部の国の国産自動車産業の本格立ち上げを支援する、といった形にしている。しかしベトナムはロシアと同様、産業政策目標を掲げながらも、現実の政策対応が遅々として進まず、外資依存の自動車産業にとどまる可能性が高い。

だが、成長への執着心強く新たなライフスタイル願望が
ASEANにチャンスもたらす

こういった事例は挙げれば、いろいろある。しかし、私は少し楽観主義者でないかと批判されるかもしれないが、陸のASEANのメコン諸国、とくに陸路の南部経済回廊を歩いただけでも感じたのは、どの国も課題山積ながら、日本と違って、経済成長に対する執着心が極めて強く、新たなライフスタイル願望も強い。消費購買力を見ても、中間所得階層が着実に育ちつつあるな、という印象を受けた。この動きが、2015年の地域経済統合をきっかけに、ASEAN10か国全体に広がっていく可能性が高い。6億人の巨大な人口規模を抱える経済が貧困に区切りをつけ、域内消費を軸に成長志向の強い地域になるのでないかという期待を感じさせた。

かつて日本が、1970年の大阪万博で国民の新たなライフスタイル願望によって、多くの国民がテレビ、冷蔵庫、洗濯機の「3種の神器」と言われた消費財購入に目を輝かせ、それを背景に大量生産・大量消費の枠組みが定着して一気に高度成長に弾みがついた、ということをご記憶だろう。いま、ASEANでは地域や国によって、もちろん温度差があるが、これに似たような状況が随所に見受けられる。

6億人の巨大人口の消費力は魅力、
経済統合で地域横断的なプロジェクト展開も

日本の場合、これが狭い日本国内だけの広がりでしかなかったが、ASEANの場合、すでに申し上げているとおり、6億人の消費市場を含めた広範な広がりがある。とくに各国間の「経済国境」が引き下げられ、しかも地域横断的なプロジェクト展開がどんどん進む可能性が高い。
端的には道路、水道、送電線など各国にまたがるプロジェクトへのニーズが広がり、それに伴って共通のモノサシ、例えば道路1つとっても右側走行にするかどうか、自動車の運転ハンドル、さらに交通管制システムを統一するかどうか、必要な部材や部品の共通化を進めて自動車生産のみならずさまざまな関連のすそ野産業の効率生産につなげていくかーーなど地域経済統合に伴うニーズが新たな需要創出のみならず、各国間の行政システム、政策決定にもプラスに作用する。物流センターなどに関しても各国間で重複投資する必要がなく、道路網や消費地の兼ね合いで基幹になる地域に設定する、といったことも地域横断的プロジェクトの典型だ。

日本はASEANとの戦略的連携が必要、
中国や韓国にない「強み」部分に十分活路

さらに、以前のレポートでも申し上げたが、メコン諸国だけをとっても都市化に伴う人口の都市集中が進み、それに伴う道路や水道など物的インフラのみならず、医療や教育などさまざまな社会インフラへのニーズが急速に高まってきている。にもかかわらず中国の地方の大都市と同様、これらインフラの整備が遅れて、問題を引き起こしている。 また、人口の高齢化対応の問題もある。ASEAN各国間ではタイなどのように急速な人口の高齢化が進み、その政策対応の遅れが問われる国、その一方で、まだ高齢社会化対応は必要なく、むしろ経済成長実現が先決という国まで、まちまちながら、医療にとどまらず介護、それに年金などの社会保障の制度設計が緊急課題になりつつあることも事実。

これらの点に関しては、日本は中国にも韓国にもない「強み」部分を持っている。間違いなくASEANのニーズに対応して、期待にもこたえられる。以前もレポートした点なので、ご記憶いただいているかもしれないが、中国や韓国にはモノによっては、価格競争の面で太刀打ちできない分野もある。しかし技術力に裏打ちされた高品質の製品、さらにそのメインテナンスでは日本は圧倒的な強みを持っている、と言っても過言でない。同様に、都市化に対応したさまざまなインフラシステム、医療や教育、介護、年金などの制度設計に関しても同じだ。日本にとって、ASEANとの戦略的連携は十分に可能だ。

ASEANと日本の問題に関しては、今後も定点観測した問題をもとに随時、コラムで取り上げていきたい、と思っている。

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