大震災被害対応そっちのけでの政争 政治空白つくった政治家の「罪」は重い

 東日本大震災や原発爆発事故による放射能汚染リスクに巻き込まれた人たちの苦しみ、悲しみに背を向けて、政争、もっと言えば露骨な権力闘争に明け暮れる日本の政治の現状に無関心ではおれない。個々の政治家には優れ者もいるはずなのに、それら政治家の「顔」が全く見えないばかりか、彼らがとっている政治行動は思わず目を覆いたくなるものだ。政治家が本来果すべき役割を果さずに政争に明け暮れる「罪」は重い。

どのメディアも取り上げるので、コラムを読んでくださる皆さんは「またか」と思われるだろう。しかし「時代刺激人」を標榜する生涯現役の経済ジャーナリストの私としても、この政治の現実を避けては通れない。率直に言って、今の政治家がとっている行動は、ただただ呆れるばかり。輝くものなど全くなく、ただ、色あせた政治でしかない。だが、ここで忘れてならないのは、政治が何もしなければ、困るのは現時点では被災者の人たちである、という冷厳な現実がある、ということだ。

長谷川氏「被災者の徒労感が絶望感につながる、放置は許されない」
 経済同友会の代表幹事に就任した長谷川閑史武田薬品社長は6月6日の日本記者クラブでの講演で、次代を担うビジネスリーダーの1人として、この憂うべき政治の現状について、鋭い指摘を行ったので、ご紹介しよう。

長谷川代表幹事は「今は、政治家が、トンネルの向こうに明かりを灯すことが大事だ。大震災で被災されている人たちに強まる徒労感、そして疲弊感が、次第に絶望感につながっていく恐れがある。政治家がそれを放置することは断じて許されない」「被災者の人たちの忍耐にも限度がある。遅きに失しても、今そこにある危機に対して具体的な行動をとり活路を見いだすことが政治に課せられた重大な責務だ」と。そのとおりだ。

内閣不信任決議案は菅首相の辞任表明で否決されたが、、、
 6月1日の与野党間の党首討論を終えた直後から自民党、公明党による野党の内閣不信任決議案提出で始まった政争、権力闘争劇はみなさん、よくご存じのとおりだ。だが、話の行きがかり上、少し再現しておこう。

きっかけは、自民党執行部が民主党の小沢一郎グループ、鳩山由紀夫グループの間に広がる菅直人首相への反発、菅おろしの動きで不信任決議案への賛成行動を見込めると判断しての行動だった。だが、翌2日の衆院採決前の緊急の菅・鳩山会談で、菅首相が早期辞任を示唆したことで、鳩山グループが「民主党の分裂につながる行動は避けよう」という鳩山氏の意向を受け入れたため、不信任決議案は一転、大差での否決となった。

菅首相の居座り発言が墓穴、一転して期限付き「大連立」の動き
 ところが菅首相表明の「一定のメドがついた段階で若い層に責任を引き継ぐ」という退陣時期に関して、菅首相自身が3日の参院予算委での答弁で「何かの条件で退陣するという約束には、全くなっていない」と述べ、事実上の居座り発言となった。このため、鳩山氏の「ペテン師だ」発言に発展し、再び政争に及んだ。そして予想外の民主党内外の反発にあわてた菅首相が、ついに夏場までの退陣に言及せざるを得ない事態に至った。結果は自ら墓穴を掘った形だ。

ところが、今は一転して、与野党間での水面下の手探りによって、大震災対応のさまざまな法案、さらに社会保障と税・財政の一体改革など重要政策の実現に限っての期限付きの大連立に向けての動きとなった。これによって菅首相は完全にレームダック状態となってしまった。何ともお粗末極まりない政治展開だが、まだ先が見えない。

被災者「そんなことしている場合じゃないだろう」発言、どう受け止める?
はずっと放置されたままだった。さきほどの長谷川経済同友会代表幹事が指摘したように、被災者の人たちの徒労感、疲弊感がピークに達し、このままでは絶望感に行きかねない状況なのに、与野党の政治家は1週間を政治空白状態にし、何の手も差しのべていないからだ。

そんな中で、東京電力福島第1原発の爆発事故で避難を余儀なくされた福島県の中年女性がNHKのテレビカメラにぶつけた、内閣不信任決議案の衆院採決の模様を見ての発言は胸を打つものがあると同時に、私自身、政治空白をつくっている政治家への憤りを感じた。その発言は「われわれは着の身、着のままで未だに避難生活を強いられている、というのに、政治家はわれわれの現実をわかっているのか。こんな(悲惨な状況の)時に、そんなこと(政争)している場合じゃないだろう」と吐き捨てるように言ったことだ。

なぜこんなひどい政治になったのだろうか、と思わず考えてしまう
それにしても、今の政治は、どうしてここまでひどい事態に陥ったのだろうか。率直に言って、前の自民党政権もひどすぎた。政権末期のころの自民党を憶えておられるだろうか。権力の座にしがみつくこと、政権を握ることだけに躍起になり、日本という成熟国家が次第に衰退という病気を患っているのに、形ばかりの成長戦略などを掲げるだけ。しかも戦略プランはすべて官僚に委ねて、それぞれの政治家は、いわゆる族議員という形で、それぞれの利権領域の畑を耕すことばかりに政治エネルギーを費やす結果になっていた。

ところが、状況に流されているだけの自民党政治に失望した有権者国民が、政権交代という形で選び、緊張感ある2大政党政治の担い手を期待した民主党もこれまた、ひどかった。政権を担えるように、さまざまな政策を準備し、リーダーとなるべき人材もしっかりと育てているのだろうと、正直、私も期待していたが、現実はご覧のとおりだ。

小沢氏のような旧自民党体質を捨てきれない権謀術数の政治家から労組依存体質の強い政治家までが、口ではマニフェスト(政権公約、政策公約)を武器に政策本位の政党を打ち出し、また政治主導で新しい政治を、と言いながら、現実は前の自民党政権と似たような政党だった。政権交代に過大な期待を抱いた有権者や国民がバカを見ただけだ。

友人の官僚OBの民主党、自民党中堅は脱政党・国家のため意識だが、、、
 ところで、民主党中堅の衆院議員で経済官庁OBの友人政治家は「私はいま、選挙区に週末帰って翌週初めに東京に戻ってくる金帰月来の生活を続け、有権者の人たちとの接点を大事にしている。しかし、支持者を含め有権者の民主党への批判、そして私自身への批判もすさまじい。民主党の現状から言えば当然だ。解散総選挙になったら、厳しい選挙を強いられるだろうが、無所属でもがんばる。私にとっては、党利党略に振り回されるよりも、官僚時代に培った国家の危機への対処が政治家になった原点だ」と述べている。

また、同じ友人で、経済官庁OBの自民党衆院議員も、この民主党議員と同じように、「自民党のためというよりも、国家のために自分は何ができるか、そんな発想で新しい政治をめざして取組む」と述べている。旧自民党政権時代、自民党から推されて選挙に立候補した。しかし落選した苦い思い出をバネに、民主党政権の逆風下でもドブ板選挙と言われるほど有権者目線、国民目線で行動する一方で、官僚時代に培った政策意識、構想力などを出して評価を受けて当選した。だから、「官僚時代と同様、身を捨てて、自民党のためというよりも、国のために頑張る」という。

自民党は黙っていても政権転がり込むと見て民主党を利する行動に出ず
 こうした志をまだ持つ中堅政治家に、私自身、期待する部分もある。だが、この2人のうち、自民党議員は「大連立構想」が動き出す中で、自民党の本音部分を指摘している。「今の自民党執行部は目先、大震災の被災者対応で民主党と期限付きでの大連立を組み対応する考えでいる。しかし本音は、解散総選挙になれば、自民党が政権奪取できるのは間違いないと見て、民主党政権の延命につながる行動だけは避けたいという打算がある」という。早い話が、政党の思惑がからみ、またまた政争、権力闘争、あるいは政治的な駆け引きで政治空白が続く可能性がある、というのだ。

ただ、この経済官庁OBの自民党中堅議員は「私個人は、今の自民党執行部の体質を見ていると、できるだけ長く野党を続けるべきだと思う。その間に、かつてのような安易に官僚頼みで政策をつくるのでなく、独自の政策ビジョンを打ち出せるような汗を流しての自助努力が必要だ。そうでないと、またまた権力病にとりつかれ、政権復帰したら以前と同じことの繰り返しとなる」と冷ややかだ。彼自身は「官僚時代に、外から見ていた自民党3役とか、政策部会長らは、いざ自民党議員になって内側から見ていて、こんなにひどい政治家たちなのかとあきれるばかり。官僚をうまく活用することは大事だが、議会人としての見識や指導力が必要だ。それがないと、また元の古い政治に戻ってしまう。私はそれを断固阻む」と述べている。

政治が本当に日本を変えられるか、厳しくウオッチするしかない
 当面、冒頭に述べたように、日本を襲ったまさに国難とも言える大震災、さらには原発爆発事故の影響で苦しんでいる被災者の人たちへの支援、そして復興への取組みが最優先課題だ。そのためには期限付きだろうが、与野党が政治的な利害を抜きにして「大連立」によって、取り組むべき課題にスピーディに対応してほしい。

私は、日本記者クラブでの長谷川経済同友会代表幹事の講演後の質疑応答で、経済界と政治との関係について、むしろ距離を置き、場合によって突き放すような緊張関係を持った方がいいのでないか、といった趣旨の質問をしたら、長谷川代表幹事は「政治家は、日本の国益をどう高めるかを最優先に考えるべきだ。国会議員である限り当然のことだ。経済界はその国益に沿って、政治にモノ申していく」と述べた。さあ、政治は、日本を変えることができるのだろうか。とても託せる状況でないが、厳しくウオッチしていくしかない。

津波被災地で農業再生にチャレンジ 会社組織立ち上げや「植物工場」化も

 「3.11」の大地震、大津波によって、水田や畑が一瞬のうちに被害にあった農業者の人たちが今、必死で復興に立ち上がっているのか、あるいは茫然自失で何も手つかずのままなのか、ずっと気になっていた。
そんな折、大きな津波被害を受けた宮城県仙台市若林区の現場を見て回るチャンスがあり、3人の農業者に出会っていろいろな話が聞けたので、今回は、それをレポートしよう。結論から先に申上げれば、それぞれの人たちは立場を違えども屈することなく農業再生にチャレンジしつつあった。そのうちの2人は文字どおり、一からの出直しなので、言い知れない苦労ぶりが感じられたが、そのチャレンジ精神がとてもうれしかった。

大津波直撃の仙台市若林区は未だにがれき、車が散乱
 まず、現場の状況を説明しよう。JR東日本の仙台駅から車で20分ほど走ると、若林区の被災現場にたどりつく。かなり広大な若林区を突き抜ける高さ4、5メートルの国道東部自動車道の海岸側と内陸部側がまさに地獄と天国の違いといっていい状況だ。高さのある国道が遮断壁となって大津波の行く手を阻んでくれたのだが、大被害に遭遇した海岸沿いの農地は至るところ、がれきが3カ月たった今も散乱したままだ。

流されてきたトラクターや耕運機、さらにはトラック、乗用車などが未だに田んぼや畑の上に放置されている。荒涼たる世界で、地獄絵を見る思いだ。そればかりでない。随所で田んぼの表面が白っぽくなっている。海水の塩分が乾燥した結果であるのは一目瞭然だが、これが塩害となって土壌を浸食してしまうだけに、農業者の人たちには難敵だ。

複合経営の相澤さんはじっとしておれず早くも野菜に挑戦
 最初に出会った相澤直さんは58歳で、専業農家。若林区種次地区で2ヘクタールの稲作とビニールハウス8棟でチンゲン菜などの野菜生産に携わっていたが、今はがれきが散在し、その整地に追われている。三菱商事の企業ボランティアの助けでビニールハウスの金属パイプやがれきを撤去してもらっていて、「とても1人では対応しきれなかったので、助かっている。本当にありがたい」と相澤さんが述べていたのが印象的だった。

相澤さんによると、「3.11」の時は大地震で父親を連れて近くの避難場所に逃げ込んだ。もう大丈夫だろうと自宅に戻った瞬間に、海岸側から真っ黒い津波が激しく押し寄せたため、逃げ場を失って松の木に駆け上がって命拾い。父親も運よく助かった、という。
相澤さんが見積もったところ、被害総額は農機具やパイプハウス、それに得べかりし農業所得を合わせれば4000万円に及ぶ。じっとはしておれないと、畑のヘドロを取り除き、土も山砂に入れ替えて小松菜のタネをまいたら、最近、うれしいことに芽が出てきた。「放射能汚染地区とは違うので、土壌改良しながら挑戦してみる」と力強い話が聞けた。

タクシー運転手の第2種兼業農家、平山さんも壊滅的な被害
 次に出会ったのが同じ若林区の平山正司さん。タクシー運転手を36年間続けながら1.6ヘクタールの水田で銘柄米「ひとめぼれ」を生産する典型的な第2種兼業農家だ。60歳。仙台市で唯1つの海水浴場、荒浜からそう遠くない場所に住んでいたが、大津波の直撃を受けて2階建て住宅、作業場すべてが全壊した。その荒浜はきれいな松林が続いていたそうだが、今は見る影もない。大津波が食い散らかしたようになってしまっている。

平山さんは「私の場合、タクシー運転手を続け、妻も看護師をしている第2種兼業農家なので、すぐに路頭に迷うということはなかったですが、田んぼや畑が壊滅的な被害で、復興するには相当の時間がかかる。でも、専業農家は一時、みんな頭を抱えた」という。

会社組織で大規模経営化へ、大津波が被災集落の背中を押す
 ところが、平山さんによると、事態打開に向けて、新たな動きが出てきた。平山さんも地区役員を務める集落の会合で最近、今後の対策を話し合ったところ、農事組合法人で協業化している8人に約50人の小規模経営の農業者が加わって、会社組織を立ち上げ、120ヘクタールの農地を大規模経営に切り替えていくことでまとまった、というのだ。

はっきり言って、これはグッド・ニュースだ。大津波が農業者の背中をぐいと押した、と言っていい。今までのように、小規模経営で競い合っていては、いつまでたっても成果が出にくい。それどころか、この大津波でトラクターも耕運機もすべてが押し流され、修理費用だけでも莫大な額にのぼるうえ、ローン負担だけが重々しくのしかかっている。
それならば、会社経営に切り替え大規模化でコストダウンを図ると同時に、経営マインドを取り入れて儲かる農業をめざそうというのだ。災い転じて福となすかどうかは今後のことだ。しかし、これまでのような農協頼み、役所頼みから離れ、自分たちで消費者ニーズに対応するマーケットリサーチはじめ、経営意識の芽生えが出たのは素晴らしい。

高速道の壁で助かった「舞台ファーム」は素早く復興支援で活躍
 次に紹介するのは、運よく東部自動車道が壁になってくれたため、奇跡的に大津波災害を免れた若林区日辺で野菜の生産・加工・流通に取り組む株式会社「舞台ファーム」社長の針生信夫さんだ。49歳のバリバリの中堅経営者だ。地域リーダーの1人でもあり、「3.11」当初から、地域の復興支援に精力的に取り組んで活躍している。

実は、私はもともと、日本政策金融公庫発行の月刊誌「AFCフォーラム」の「変革は人にあり」というインタビュー企画の取材で針生さんに会う予定でいたが、経済ジャーナリストの好奇心もあって、被災地農業の現状を取材しようと考え、いろいろ歩き回った。しかし、率直に言って、この針生さんの農業への取り組みは、若林地区の他の農業者にない先進モデル事例になるので、ぜひレポートしてみよう。

針生さんは大地震時、花巻市からとんぼ返りし食材を無料放出
 その前に、針生さんが「3.11」の時に被災者支援で全力投球したことを少し述べておきたい。針生さんは実は、大地震発生当時、仙台から150キロ離れた岩手県花巻市で講演依頼があり、会場に向かう車の途中で地震に遭遇した。直観的に重大事態と判断し、とんぼ返りで引き返したが、積雪6センチの悪天候のうえ、道路が大渋滞で自宅そばの「舞台ファーム」本社に着いたのは翌日12日午前4時。その間、車の中で映し出されるテレビの映像で大津波に襲われた若林地区の、濁流にのまれる1軒、1軒の家が誰の家かがわかったため、身につまされる思いだった、という。

針生さんによると、「舞台ファーム」は大手コンビニの東北地区の野菜など生鮮・加工食品の拠点バックヤードも兼ねていたので、巨大な冷蔵庫にはさまざまな食材が保蔵されていた。そこで、直ちに大手コンビニの了承をとりつけて、すべて地元の被災者向けに炊き出しなどの形で提供した。最初の3日間、ほとんど無料で配った。東部自動車道の反対側に住む農業者らは何も持ち出せないまま、避難所生活を余儀なくされたので、この支援は何物にも代えがたい贈り物だったことは言うまでもない。

6次産業化を実践、千葉の「和郷園」とともに先進モデル事例
 さて、針生さんの経営が農業者の先進モデル事例になる、というのは、農業の6次産業化を一早く実践しているからだ。ご記憶にないかもしれないが、この「時代刺激人」コラム第3回で、先進野菜生産農家の集まりである千葉県の農事組合法人「和郷園」(木内博一代表理事)を取り上げた。木内さんは文字どおり農業のフロントランナーで、農業の6次産業化のモデルにもなっている。

今やこの6次産業化は、農業の現場では大きな広がりを見せている。第1次産業の農業が主導して、第2次の製造業、第3次の流通・サービスにまでかかわりを持つという点で、3つを足しても、掛け合わせても6になるため、正しくは「農業の6次産業化」という。
針生さんの場合、実家が15代も続く農家で、「舞台ファーム」というユニークな名前の株式会社を立ち上げ、野菜生産に始まってカット野菜の製造工程にかかわり、さらには仙台市内で野菜の直売所に出店すると同時に、プロ野球の楽天イーグルスのホームグラウンド野球場や中央競馬会の東京競馬場などで直営の飲食店を出して加工野菜の調理にもかかわるやり方だ。大手コンビニに生鮮あるいは業務用野菜を出荷しているからすごい。

若林区の若手中心に「未来農業研究会」立ち上げ時代先取り
 しかし、私がここで、針生さんを紹介したいのは今回の東日本大震災での復興に際して、極めて意欲的な取り組みをしていることだ。1つは、被災地になった若林地区の40歳以下のやる気のある若手の農業者15人を束ねて「未来農業研究会」を最近、立ち上げた点だ。この研究会では毎月1回、外部講師を呼んで太陽光パネル、新電力システムのスマートグリッドから塩害など土壌改良への新たな対応など幅広く勉強する。

針生さんは「3.11以前の豊かな若林区には戻ることは難しいです。それよりも時代の先を見据える手がかりを研究会で得て、いい意味での問題意識と理論武装を培おうというのが狙いです」という。研究会に参加予定の若者たちは、針生さんの問題提起に呼応して、次代の新農業を見つけようと意欲を持ち始めた、というから、うれしいことだ。
実は、針生さんは10年前に当時、20代の若林地区の若者2人に農業ベンチャービジネスを働きかけ、有限会社六郷アズーリファーム、仙台スカイファームという2つの会社の大株主として今もバックアップしている。そのうちの1人、六郷アズーリファーム社長の菊地守さんは今回の大津波で野菜畑、それに実弟を失ったが、必死でがんばっており、針生さんはさらに支援を続けるという。

大津波で弱かった露地野菜、ハウス栽培に代わり「植物工場」めざす
 それと、この針生さんの今後の取り組みで素晴らしいと思ったのは、時代の先取りもあるが、6700万円をつぎ込んでソーラーパネル付きの植物工場を建設する計画だ。今回の大津波で、露地野菜生産、ハウス園芸の野菜生産がダメージをうけたので、ガラス張りの頑丈な、しかも太陽光を活用しての野菜生産にチャレンジし、若林地区での新しい野菜生産モデルにしてみたい、というのだ。

今、被災地の農業者が抱える課題は、山積している。でも、仙台の有力農業地域、若林区でこういった形で、新たなチャレンジの動きが起きてきていることは、本当にうれしいことだ。ぜひ、応援したいと思う。
私の友人で、外食産業の日本フードサービス協会専務理事の加藤一隆さんが5月の連休を利用して東北の被災地の農業を見て回った結果を踏まえ「外食企業、それに消費者が生産者支援のため、消費者が安定的に消費すると同時に、外食企業も国産野菜をしっかり購入の約束ができるようにすることが大事かもしれない」と述べていたのは、とても大事なことだと思った。

やはり海外の「福島事故」不信強い IAEAは原発保有国に抜き打ち検査

 世界中を震撼させた日本の原発爆発事故に対する国際原子力機関(IAEA)の評価はやはり厳しかった。6月20日開催のウイーンでの閣僚会議で、海江田万里経済産業相が日本の原発事故の経験と教訓を国際社会と共有したい、と表明した。しかし現地発のメディア報道によると、参加各国の最大の関心事である原発事故の収束時期について、日本はハッキリと確約が出来なかったため、日本不信を浮き彫りにする結果となった、という。

IAEAの危機感は無理もない。なにしろ事故から3カ月以上たった今も、東京電力福島第1原発の現場では高濃度汚染水の処理に手間取っており、原発事故の最悪基準「レベル7」を引き下げる状況に至っていないからだ。このため、IAEAは今回の閣僚会議で、原発を保有する全部の加盟国に対する専門家の抜き打ち検査実施を打ち出すと同時に、厳しい内容を盛り込んだ国際安全基準を今後12カ月以内に策定することを決めた。原子力管理にこだわるIAEAにとっては、原発と共生せざるを得ない全世界への強い決意なのだろうが、同時に、日本にプレッシャーをかけようという意図も感じられる。

菅首相は8月6日の広島「脱原発」宣言よりもレベル7引き下げが先決
 そんな中で、首相の座に異常なまでの執着心を見せる菅直人首相が、原爆投下された8月6日に広島で「日本の脱原発」を宣言することにこだわっていて、それが政権延命の1つになっているのでないか、という話を聞いた。複数の民主党関係者が冗談交じりに異口同音に言っているのだが、市民運動家的な発想の持ち主の菅首相なら、あり得ることだ。

しかし、私に言わせれば、そんな見え透いたパフォーマンス政治はどうでもいい。それよりも、東電の原発事故対策をさらに急ぎ、原発事故の最悪基準「レベル7」をいち早く引き下げて安全領域にまで戻すことが先決だ。今回のIAEA閣僚会議を見ていても、国際的な日本不信は根深い。その不信感を取り除くことが何よりも必要だ。それと放射能汚染の被災地から避難を余儀なくされた人たちを早く住みなれた自宅に戻してあげること、さらには「原子力損害賠償支援機構」法案の早期成立だ。政争に巻き込まれて、未だに成立に至っていないのは許されるべきことでない。

中国など原発推進の新興国は成長を最優先、規制強化を警戒
 今回のIAEA閣僚会議での重要ポイントは原発推進を掲げる新興国の安全対策、監督体制の徹底だ。ところが、現地発の報道では、中国はじめ新興国は、原発を積極的に立ち上げ、それによって経済成長に見合ったエネルギー需要をまかなおうとする意向が極めて」強いため、今回のIAEAの規制強化には極めて警戒的だ、というのだ。
経済成長の実現が最優先課題であるこれらの新興国にとっては、原発は、リスクがあってもクリーンエネルギーであり、しかも膨大なエネルギー需要を満たす重要な存在。そんな位置づけでいる新興国にとっては、国際的ながんじがらめの規制で原発稼働に「待った」をかけられるのは迷惑、という姿勢が透けて見える。
しかし、率直に言って、こと原発問題に関しては、ひとたび事故が起きた時のリスクは計り知れない。とくに技術的なノウハウ、専門家人材の蓄積が不足しがちな新興国で仮に今回レベルの原発事故が起きた場合、その国のみならず周辺国などに複合災害をもたらすリスクが十分にある。その点で、新興国の原発がどんな状況にあるか、実態把握が必要だ。

中国は何と2カ月に1基ペースで原発建設し2020年に86基へ
 そこで、今回は、新興国の原発が抱える問題について、レポートしてみよう。とくに最近、中国の原発を含むエネルギー政策に詳しい帝京大の郭四志准教授など専門家らに話を聞く機会があったので、まずは急ピッチで建設を進める中国の原発問題をめぐる課題を取り上げてみる。

専門家の分析情報では、中国は現在、稼働中の原発が13基あり、発電量は1080万キロワット。そして現在、新たに28基が建設中で、同じく発電量が3100万キロワットを見込んでいる。中国政府は、これによって2015年に4000万キロワットのレベルに持ち込む計画だが、その後、さらに45基の原発を新設する予定でおり、これによって2020年には86基、そして8600万キロワットの総発電量にする。平均で2カ月に1基以上を完成させるスピードぶりだ、というから、すごい話だ。それでも中国の総発電設備能力に占める原子力発電比率はわずか5%で、日本の30%とは大違い。

ところが6月25日付の日経新聞報道では、中国は40年後の2050年には原発を400基超まで拡大する長期エネルギー計画をまとめつつある、という。

石炭火力のCO2排出量過多防ぐ環境対策から原発傾斜も
 郭准教授によると、中国経済の成長テンポが速く、エネルギー需要が急増していることが背景にあるが、中国の場合、豊富に産出される石炭への過度な依存があり、石炭火力の比率は70%に及ぶ。ところが二酸化炭素(CO2)の排出量が30年前の4億トンから2009年時点で74億トンにまで拡大し、世界全体の排出量の24%を占める。いわば環境負荷を和らげるために省エネ技術の開発を急がねばならないと同時に、原子力発電のようなCO2を出さないクリーンエネルギーへの代替が重要な政策課題になってきたことも、ここ数年の原発傾斜の背景だ、という。

このため、中国政府は2009年、原発に関しては「積極的開発」から「強力的開発」へと開発方針をレベルアップさせている。そればかりでない。中国は、新増設にあたっては、現在の日本などで原発の主力世代となっている第2世代の原子炉に改良を加えた機種、さらに、東芝子会社の米国ウエスチングハウスの新技術を加えた第3世代炉の導入に意欲的だ、という。そして、最近は国産機種に自主開発にも取り組み、需要の強い中東産油国はじめパキスタン、タイなどアジア新興国への輸出に積極姿勢を見せている、というのだ。

福島原発事故で中国も一転、原発の「強力的開発」から「慎重的開発」に
 ところが郭准教授は「福島の原発爆発事故で、中国の原発政策に微妙な変化が出てきた。原発新増設を推進する大方針には変わりはないが、これまでの『強力的開発』から『慎重的開発』に変わっていくのでないか」と述べている。
というのは、郭准教授が今年5月、1週間ほどかけて中国沿海のいくつかの原発と周辺住民の間で福島原発事故がどういった影響を与えているか探った。住民の間では、間違いなく原発の安全性に対する不安が高まっていたし、放射能汚染の影響が中国にも飛び火するのか、といった懸念を持っていた。

しかし地方や中央の政府に対して反発し、反原発運動に結び付けて行くといった動きにはならない。日本と違って、中国は社会主義体制国家で、原発立地や建設はすべて国家の土地を活用するため、住民が日本のような反原発運動に踏み出すことがない、という。

温家宝中国首相が福島事故後、国内の原発緊急安全検査を指示
 とはいえ、中国当局も強気でいられるはずがない。温家宝首相は福島の原発事故から5日後の3月16日の国務院常務会議で、中国国内で計画中の原発審査手続きを一時凍結すると同時に、国内の原発施設の緊急安全検査を実施するように指示した。当然のことだ。

現に、中国人の友人の話でも、中国の中央テレビはじめメディアがまるで中国国内で起きた原発事故かと思うほど、ほぼ24時間、連続的に放送し、否が応でも事故に巻き込まれた、と述べている。
また、知り合いの早稲田大大学院元教授で、早大中国塾主宰の木下俊彦さんは今年3月29日、上海社会科学院から講演依頼があり、「東日本大震災(M9地震、大津波、福島原発事故)と中国への教訓」というテーマで講演された。大学教員の人たちの関心度は高く、突っ込んだ質疑があったが、大きな流れとしては、原発推進は必要であること、ただし安全性の確保を徹底することの2つだった。それでも福島原発事故が微妙にからんで自国の原発を不安視していることは間違いなかった、という。

中国は原子力開発で40年経つのに原子力基本法などが未だ不備
 さて、経済の急成長に合わせて原発傾斜を強める中国だが、いろいろな原発専門家の話を聞くと、中国には課題が多い。最大の問題は、中国の原子力開発への取組みが40年もたつというのに、中国には未だに原子力関連法、端的には中国の原発の安全管理を義務付ける法制度、国と地方の政府の原発事故対応、さらにもっと広範な危機管理対策などに関する基本法がない、というのだ。これには、さすがに驚いた。

郭准教授は最近の著書「中国のエネルギー事情」(岩波新書刊)で法制度や安全管理体制に関して「放射性汚染防止法」「民用核施設安全監督管理条例」などがあるものの、原子力の安全性の監督・管理に携わるスタッフは現在、わずか300人程度で、今後、原発急増に伴い1000人レベルの安全・険査・管理体制を構築することが不可欠と述べている。

中国内陸部の原発は水不足で冷却水確保に課題残す可能性も
 中国の原発にはまだ、問題がある。東京電力福島原発事故で、地震対応に問題がなかったが、大津波へのもろさが露呈し外部電源が確保できないまま冷却水に事欠き最悪事態の原子炉のメルトダウン問題を引き起こした。実は、中国の場合、大半は沿海部に立地しているが、広大な国のため、一部の原発は内陸部の川に面した地域に立地し、毎年、問題になる水不足が仮に深刻化した場合に対応できるのか、という大きな課題も残している。
最近、郭准教授に会った際に、この水不足問題を聞いたところ、「川の水量が豊富な地域に立地することになっているが、確かに水位が低くなったりしたら問題も出て来る」と述べていた。

こういった中国の原発リスクに対して周辺国が何も懸念しないはずがない。現に、韓国が海を隔てて、距離的にはそれほど遠くない山東省の原発施設の動向に過敏だ、という話を聞いたことがある。ましてや、ベトナム、タイなどメコン河沿いの国々も、同じ不安を抱えていることは十分に想像できる。中国は、高成長に伴うエネルギー需要の急増への対処が最重要の政策課題とはいえ、原発の安全管理での弱みが重大事故に発展しないように厳しいチェック体制づくりを求めたい。

中国が2020年までに86基の原発を立ち上げるというのに、それに対応する危機管理対応、安全管理対策が十分に出来ていない、というのでは、国際社会で大きな問題になる。IAEAが日本の原発事故をきっかけに抜き打ち検査や国際的な安全基準づくりに踏み出したのも、実は中国など新興国対策が狙いなのかもしれない。

東日本大震災でGPSが意外な活躍 今こそ日本独自のQZSS戦略活用を

今回の東日本大震災対応で、とても興味深い話を聞いた。衛星利用測位システム(GPS)の活用だ。大震災当初、目線をちょっと変え、空から見下ろす形で被災地の状況をつぶさに見るだけでなく、道路寸断で支援物資の輸送が遮断されている地域の状況、自動車がまだ走れる地域の状況を情報収集したら、何とさまざまな交通状況が一目でわかり、多くの人にとってプラスだった、という話を聞き、GPS機能のすごさを改めて感じた。

そんな矢先、政府部内にある宇宙開発戦略本部が、米国のシステムであるGPSとは別に、日本版GPSとも言える独自の準天頂測位衛星システム(QZSS)を本格的に事業化するプロジェクトを進めていることを最近知り、思わず興味を持った。いろいろ調べてみたら、その中身がなかなか面白いのだ。災害時に役立つのみならず、産業や生活の分野などで戦略的に活用でき、ケタ外れの需要創出につながることがわかった。時代刺激人ジャーナリストとしても早期に事業化を進めるべきだ、とアピールしたいテーマだ。

米国GPSを補強し測位精度は
10mから一気に1m以下に
準天頂測位衛星システムの「準天頂」という言葉が馴染みのない言葉だな、と思ったら、要は天頂、つまり日本の真上の上空のことだ、という。だから、この測位衛星システムは、日本の上空を通過する軌道に人工衛星をいくつか打ち上げて、衛星が出すさまざまな測位情報を自動車や船舶などの方向づけをするナビゲーション機能に活用したりするものだ。

2010年9月に準天頂衛星1号機「みちびき」の打ち上げに成功し、日本の上空を8の字型で1日8時間、動いている。宇宙開発戦略本部は今、2、3、4号機を相次ぎ打ち上げて測位精度を高める計画でいる。米国GPSの測位精度は約10メートルなのだが、この新システムが実現すれば米国GPSの精度は大きく補強され、一気に1メートル以下、場所によって数センチまで精度が上がるという。日本の技術力はやはり捨てたものでない。

アジア太平洋上も守備範囲、
大津波の予測情報が貴重
今、米国のGPS、欧州のガリレオ、中国の北斗がグローバルレベルで先行し、激しい競争を演じている、という。このQZSSのカバー範囲は日本を軸にアジア太平洋地域の地域限定だそうだが、地震や津波の多いアジア太平洋での測位情報は間違いなく関係諸国にとって貴重だ。私自身、にわか勉強だが、太平洋上のいたる所の海面にGPS波高計などを設置し、海底にある測位計とリンクして大津波の動きなども素早く予測可能になる、という。過去にスマトラ沖大津波で数え切れない死傷者を出した苦い思い出がインドネシアなどにあるだけに、日本のQZSSによるアジア太平洋での測位情報は極めて有効だ。

これによって、日本の存在感が高まるのみならず、その技術力が改めて、高い評価を受けるのは間違いない。この際、日本も国家戦略として推進すべきだろう。国内政治が政争などに明け暮れ、閉そく状況が一段と強まる時にこそ、こういった次代を切り開くシステムを着々と準備しておくべきかもしれない。

コマツが世界中の建設機械の稼働状況などを
GPS機能で把握

このGPSで思い出したことがある。建設機械大手のコマツが「コムトラックス」というシステムを全世界に販売する23万台の建設機械にすべて装備し、GPS機能だけでなく、エンジンコントローラーなどのセンサーから収集した機械に関する情報を通信機能も合わせて活用し本社データセンターで分析解析している。要は、センサーの数値で稼働状況や燃料消費の度合いなどを読みとり、市場の「見える化」を実践しているのだ。

コマツの坂根正弘会長が先見の明で導入したものだが、このシステムは今、中国経済の「体温」を探るのに大いに役立っている、という話を聞き、ビジネスの現場でのGPS活用はこういった形で活かされているのだ、と感心した。
坂根会長が最近、民間の景気討論会でのパネリストとして語った話は、とくに面白かった。それによると、中国国内のコマツの建設機械稼働状況は今年4月まで前年比プラスだったのが、5月に入って一転、マイナスに転じた、という。

坂根コマツ会長
「中国経済は2004年引締め時に比べ軟着陸」
北京中央政府は今、中国国内の物価高に賃金上昇が加わりインフレ懸念が強いため、金融引き締め政策をとりつつあるが、あまり引き締めのグリップを強めると不動産などのバブル崩壊につながりかねず、そろりそろりと慎重な姿勢でいる。しかし、成長志向の強い地方政府の固定資産投資の強さがバブル過熱に発展するのを抑えるため、現場にブレーキをかけており、それが建設機械の稼働ダウンにつながっている可能性もある。

ところが坂根会長は、その討論会で「金融引き締めで建設投資抑制が顕著だった2004年ころは、建設工事にストップ命令が出て、建設機械の稼動は前年比50%ダウンだった。その時からみれば、今回はそれほど心配することはない。中国政府はソフトランディング(軟着陸)で調整を図ろうと慎重対応している」という。このコマツの判断は、すべてGPSを通じての「市場の見える化」によって判断が可能だ、と言いたげだった。

浜名湖で携帯電話での位置情報が
GPS捕捉され無事救助
GPSの活用効果は、数え上げれば、他にもいっぱいある。ごく最近、静岡県の浜名湖で悪天候によって船に乗っていた4人の男女が遭難した際、たまたまその1人が携帯電話で位置情報を発信したら、それがGPSを通じて情報捕捉され、救助船が現場に急行し見事に救助した。1人だけが水にのみ込まれて惜しくも亡くなったが、悪天候のもとで、もしGPSがうまく機能しなければ、4人は無残な結果に終わったかもしれない。その意味でも、GPSが現場の位置情報を正確に捕捉できた効果は大きい。

笑い話のようなことだが、実は、さきほどのコマツの坂根会長によると、建設機械をGPSとリンクさせるシステムを考え付いたのは、たまたま建設機械の盗難防止対策がきっかけだった。つまり建設機械を工事現場から盗んで、郊外の金融機関出張所を壊し自動現金引き出し機(ATM)ごと盗み出す荒っぽい強盗団対策から、機械にセンサーをつけてGPSで動きを捕捉できるようにしたというわけだ。それがヒントになって、中国での稼働状況を見ると同時に、流通在庫もゼロにすることができ、無駄な在庫投資もする必要がなくなった、という。「コムトラックス」システム、GPSさまさまといっていい。

QZSSは日本の技術力の成果、
今後は新社会インフラに
さて、本題の日本独自のQZSSに話を戻そう。宇宙開発戦略本部の準天頂衛星開発利用検討ワーキンググループの委員の1人で長年の友人、日立コンサルティング社長の芦辺洋司さんは「QZSSは、日本の技術力の成果と言っていい。今後は自動車や鉄道など交通機関の運行管理はじめ遭難救助、自動車や携帯電話を使ってのナビゲーションなど、さまざまな分野で活用でき、重要な新社会インフラとなり得る。とくにハードウエアだけでなくソフトウエアも積極開発して、さまざまなサービス事業としてグローバル展開が可能になる」と述べている。新社会インフラという発想はなかなか興味深い点だ。

芦辺さんによると、双方向通信による緊急通信ネットワークの確立が今、1つの課題になっていて、この双方向通信システムが出来上がると、たとえば携帯電話から測位衛星にアップリンクすることで、がれきの下から無事なので救助を、といったことが可能になる。逆に、相違衛星からのダウンリンクによって、津波の恐れがある地域の人たちの携帯電話にいち早く避難メッセージが送れる、という。これも新社会インフラだろう。

米国、欧州、中国が測位衛星で
グローバルスタンダード争いも
GPSはもともと米軍の軍事技術であったことは、十分に想定できることだが、冷戦が崩れたあと、民生技術に移転され、現在のようなさまざまな平和利用にもつながっている。しかし中国は、経済の高成長を背景に大国主義化を強め、測位衛星の北斗を使って、米国のGPS、欧州のガリレオに対抗しながら、グローバルスタンダードを狙っての覇権争いに加わっている、という話も聞く。

政府の宇宙開発戦略本部のワーキンググループ委員、北海道大学公共政策大学院教授の鈴木一人さんは5月18日に開催の「衛星測位と地理空間情報フォーラム」で「国家戦略としてのQZSS」と題しての講演で、「持続可能な測位を生み出すには、独自の測位衛星システムが必要だ。日本が公共財としての測位を提供するのは主権国家としての責務だ」と述べている。日本の場合、米国GPSに全面的に依存しているが、QZSSのような日本独自の測位衛星を開発し、「測位主権」を確立することが必要だ、という考えのようだ。日本は覇権争いとは一線を画し、平和的に新たなシステムづくりをめざせばいい。

官民連携研究会スタートをきっかけに
需要創出にチャレンジを

こうした中で、経済産業省が近々、官民連携で測位衛星利用ビジネスを開拓するため、研究会を組織する、という。新たな需要創出という点で言えば、大きな可能性を秘めており、官民で知恵を出し合えばいい。
そのためにも、宇宙開発戦略本部が計画中のQZSSの2、3、4号機の打ち上げをまずは実現することが先決だ。この3機打ち上げでは1500億円、また補助的な静止衛星も加えた6機打ち上げの場合、2300億円の予算が必要になるという。すべて財政資金に頼らず、民間資金のPFI活用なども一案でないだろうか。とにかく閉そく状況にクサビを打ち込むためにも、チャレンジが必要だ。いかがだろうか。

復興にほど遠い日本漁業の現場 でも宮古魚市場は早い再開で活況

「3.11」の東日本大災害からまもなく4か月がたつ7月1日、チャンスがあって、岩手県宮古市の魚市場など、漁業の現場を見ることができた。大津波で壊滅的な被害を受けた宮古市田老漁港も同時に見た。6月10日、11日に農業の被災現場、宮城県仙台市若林地区を取材したのに続くものだが、日本の漁業の復興再生へのチャレンジがどこまで動きだしているか、ジャーナリスト目線でぜひ見ておきたかったので、貪欲に動き回り、漁業関係者らに話を聞いた。

田老漁港は未だに壊滅状態、
宮古漁協の漁船も大半使えず
結論から先に言えば、復旧には時間がかかっているが、着実に進みつつある。しかし問題は、日本漁業の将来に新たな期待が募るといった復興・再生の絵が描ける状況には、ほど遠いのだ。現に、宮古漁港の場合、津波で壊された建物のがれき撤去などが進み、魚市場も再開されて活況を取り戻しつつあるが、宮古市の3漁協の1つ、田老漁協がある田老港は壊滅的被害で、復旧のめどが立っておらず、荒涼とした世界が広がったままだ。

また主力の宮古漁協も、漁協所属の1030隻のうち150隻が残っただけで、大半の漁船は使いものにならず解体処分だ。漁師の人たちは陸に上がらざるを得ず、沿岸部や近海に水産資源があっても手を出せない状況だ。船主によっては中古漁船の手当てに走り回るが、中古市場が十分に育っておらず、簡単にはいかない、という。

漁船建造に時間かかり身動きとれず、
製氷所などインフラに課題
岩手県漁連が窓口になり岩手県内の漁協に必要な漁船の隻数を求めたら2000隻、宮古漁協だけでも300隻に及んだ。しかし必要な漁船の種類がまちまちのうえに、最近のスピード造船技術を駆使しても、1カ月につくれる漁船は数隻のため、天を仰ぐだけ。

さらに、宮古漁協の場合、漁船や魚市場には必須の氷をつくる製氷所が津波で壊滅状態。わずかに高台の工業団地にある水産加工会社向けの製氷所が助かり800トン、3、4か月分の氷が冷凍庫にあったため、魚市場などへの供給が可能になり、市場再開のきっかけとなった。しかし岩手県や宮城県の漁港の主力の製氷施設がいまだに復旧していない。

このほか岩手県の場合、アワビ、アサリなどの種苗放流、またさけ、ますのふ化放流といった養殖漁が底引き漁業と並んで大きな比重を占めているが、種苗施設が打撃を受け、いわゆるインフラ部分の回復メドがついていない。何とも辛い現実だ。

復興構想会議提言の「水産業復興特区」に
現場漁協は冷ややか
こういった中で、復旧の先にある日本漁業の復興、再生プラン、構想の具体化に「3.11」後の漁業への期待がかかる。ところが菅政権の復興構想会議の提言を受けて、農林水産省が「水産復興マスタープラン」をつくったものの、地元漁協判断に委ねた部分が多く、現時点での現場の漁協の対応能力に温度差があるため、新しいビジネスモデルづくりに発展する動きになっていない。

とくに、沿岸漁業への民間企業の参入を促す「水産業復興特区」に関しては、現行の漁業法では漁協に漁業権が優先的に与えられているが、今回の復興構想会議提言を踏まえ、特区では規制を緩和し、民間企業も参加した法人が漁業権取得に動けるようにした。しかし、宮城県の村井嘉浩知事ら行政当局は積極的だが、現場漁協の反発が根強い。

今回の取材で会った岩手県漁連会長で、宮古漁協組合長の大井誠治さんも「岩手県の場合、沿岸漁業が主体で、極めて零細規模が現実だ。企業が参入してもメリットはないはず」と極めて冷ややかだった。私はむしろ、競争原理の導入によって事態打開、需要創出を図るべきだ、という立場なので、何とか現場から新たな動きが出るのを期待している。

北海道漁連の中国への鮮魚空輸戦略など
先進モデルを学ぶ必要
漁業復興、そして大胆な漁業再生と言っても、現場をベースにせざるを得ないので、現場の漁協や漁業者の中から時代先取りの動き、端的には局面打開のブレークスルーの動きがない限り、将来展望は見込めない。

しかし北海道漁連を見ていると、新興アジア、とくに中国の魚食文化が日本に刺激を受けて大きく変わったのに鋭く目をつけ、中国向け水産物輸出戦略を積極展開している。具体的には毛ガニやカキ、キンキなど8種類の鮮魚を上海のニューリッチの富裕層向けに空輸したり、冷凍魚も現地で素早く解凍して攻勢をかけている。以前、出会った北海道漁連幹部の意欲的な取り組み話を聞いていて、漁協もさまざまだと思った。

要は、輸出コストを加えて現地価格は割高で、ハンディキャップを背負うものの、おいしさ、鮮度維持を含めた品質の高さ、安全性など、日本漁業の強みを武器にしているのだ。今回の被災地の岩手県、宮城県、福島県などの漁協も、それぞれの現地事情があるにせよ、ピンチをチャンスにする絶好の機会であり、北海道漁連の先進モデル事例を学ぶべきだ。

「漁場、魚種で漁業経営が異なる、
岩手は地域特性を活かすしかない」
今回の取材で話を聞いた宮古のある漁業関係者には変革期待があったが、残念ながら現場重視だった。その関係者は「先進モデル事例を参考に、岩手県の漁業を変えるチャンスであることは事実。ただ、それぞれの地域には漁場、魚種などに合わせた漁業のやり方があって、なかなか変えきれない。宮古漁港の立地条件などを考えると、地域特性を活かしたものにならざるを得ない」という。

でも、その漁業関係者は「宮古漁港、魚市場はこれまでならば、盛岡など狭い消費市場をターゲットにビジネス展開していたが、これから三陸縦断自動車道が出来るので、これを視野に入れて、仙台経由、首都圏の巨大市場への鮮魚輸送、冷凍魚輸送をめざす。そのための冷凍施設、製氷所、さらには研究施設などインフラ部分も積極投資が必要になる。こんな発想は、『3.11』がなければ現状維持で終わっていたかもしれない」という。

わずか30分セリで
宮古魚市場はあっとう間に2,000万円取引
さて、せっかく被災地の宮古の漁業現場を見たので、現場の動きをレポートしておこう。宮古の魚市場は、岩手県では比較的早く4月11日にセリ再開となって、活況を取り戻している。宮古市に着いた翌日の7月1日午前7時過ぎに、水揚げされる魚のセリが行われるというので、その日朝早めに起きて、現場に行ってみた。底引き漁船などが魚市場のそばに接岸して、獲れたばかりの魚の水揚げをしていた。

そして午前7時半きっかりに、チリン、チリンというセリ人の鳴らす鐘の音とともにセリが始まった。不思議なもので、魚市場全体に、急に活気が出て来た。プラスチックのかごに入れられたマダイ、カレイ、スズキ、ヒラメ、サバ、イカ、タコ、ウニなどが次々にセリ落とされていく。仲買人はざっと数えて40人ほど。ピーク時は100人ほどでごったがえすそうだが、それでも週末を控えていることもあってか、セリと合わせて行われる魚の入札も含めて、早いテンポで取引が進み、30分で終わった。このわずか30分で約2000万円の取引高だった、という。

「50センチの津波確認」という
3.11当日の津波警報がミスリード
宮古魚市場の施設は「3.11」当時、大津波でダメージを受けたが、鉄骨の支柱と屋根が残ったので、リースで発電機を導入、またプレハブの事務所も建てて、1カ月後に何とか再開できた。とはいえ、現場リーダーで参事の佐々木隆さんによると、大地震、その30分後に続いた大津波で、魚市場のコンクリートに亀裂が入るとともに一部が浮き上がり、海水が噴き出すように出てきた。パニック状態だったが、職員や仲買人をいち早くすぐ近くの山に避難させて難を逃れた、という。

ただ、佐々木さんは「実は、3.11の2カ月前ぐらいから地震がたびたびあったが、そのつど、大きな揺れでなかったので、やや楽観していたのは事実。でも、3.11当日、ラジオの津波警報ニュースで、50センチの津波を確認、というアナウンサーの話が流れ、『それならば大丈夫だ』と楽観視してしまった。結果はとんでもない大津波で、結果論ながら、あのニュースはミスリードだった」という。現に、消防団員が同じように楽観視し防潮堤を閉めるのが遅れてしまった、と聞いている、という。

宮古魚市場はカツオ水揚げ港の座確保のため
インフラ整備に躍起
宮古漁協組合長の大井さんは「宮古にとって、盛漁期の9月から年末にかけての時期までには、喪失した漁船に代わる新漁船の確保は到底、望めないので、出漁は我慢するしかない。しかし宮古の魚市場に、県外漁船が寄港し魚を水揚げしてくれるように、製氷所の復旧はじめインフラ整備が重要になるので、がんばる」と述べていた。

魚市場参事の佐々木さんの話では、今はカツオが三陸沿岸まで北上してくるシーズン。これまでは宮城県の気仙沼港が唯1つのカツオの水揚げ受け入れ港だったのが、大震災で復旧が遅れたため、宮古や大船渡など4漁港が指定港になった。そのため、気仙沼は必死でカツオシーズンに間に合わせるべく漁港の復旧を急いで6月23日に魚市場の再会を果たした。しかし4漁港指定は生きており、気仙沼港よりも北にある宮古魚市場は7月下旬に、北上してくるカツオの水揚げとなるので、目先のチャンスを狙わざるを得ないという。

日本漁業の復興・再生も重要テーマながら
目先の現場競争もし烈
ある漁業関係者が興味深い話をしてくれた。カツオ漁船にとっては、高値をつけてくれる漁港に水揚げするのが最大のポイント。しかし同時に、カツオのエサのカタクチイワシが大量確保できるか、燃料や食料の補給体制はどうか、器材の修理体制が整っているか、さらには冷蔵用の氷がたっぷりあるかも重要なファクター。気仙沼港はそれが整っていたので、一極集中ができて、独占的な利益を確保していた。

ところが今回、東日本大災害で、結果論ながら、三陸沿岸の4漁港にとっては、その独占にクサビを打つことが出来た。共存共栄が各漁協や魚市場の原則だが、宮古魚市場の現場は今回のカツオ水揚げ指定港のチャンスを活かすのに躍起にならざるを得ない。これも現場の現実だ、というのだ。

いわば漁業の現場にとっては、日本漁業の復興や再生は重要なテーマながら、他方で、目先、カツオの水揚げ港の主座を狙って競争しなくてはならない現場の現実もあったのだ。とても勉強になった。やはり現場には行ってみるものだ。

原発全部停止のリスク対応も必要 安全確保保証の担保、まさに正念場

日本国内の54基の原子力発電所のうち、東京電力福島第1原発事故で廃炉が決まっている4基を除く50基の安全性について、現時点で信頼する術(すべ)が本当に見当たらない、東電事故の二の舞は絶対に避ける、という理由で、国の定期検査終了後も、原発立地地域の自治体や住民の人たちの最終同意を得られないため、すべてが再稼働停止状態に陥る、という可能性が出てきた。
その場合、日本の電力エネルギー供給の30%が一時的に喪失するリスクが来年2012年5月に現実化する。5月は既存原発の最後の原発定期検査終了の時期のことだ。現状を見ていると、その可能性はどう見ても強まってきているように思える。となると2012年の夏は、今年とは比べものにならないエネルギー危機が訪れるかもしれない。

最悪シナリオは来年夏のエネルギー危機、電力の供給不安リスク
最近の菅政権の原発政策、とりわけ原発再稼働政策の迷走ぶり、九州電力のコーポレートガバナンス・ゼロとも言える「やらせメール」事件の発覚はじめ、後で述べるさまざま理由で、原発の安全確保が依然として確信できないといったことが背景にある。
ただ、ここで大事なのは、原発の安全性確保は何にもまして最重要で、今後もあらゆる手立てを講じる必要があるが、もし電力の30%が供給不安という最悪シナリオに陥った場合の日本経済全体への影響も、真剣に考えておかなくてはならない、という点だ。

メディアでも報じているが、最近、起きているさまざまな問題を考え合わせると、冷静に考える必要がある問題なので、やはり書いてみようと思った。ぜひご覧いただきたい。

「想定外」という東電のリスク想定の甘さ、安全神話崩壊が原因
結論から先に申上げよう。東電の原発爆発事故で、「想定外」という、東電のリスク想定の甘さや予見判断の失敗によって、日本国内ばかりか世界中を震撼させる大問題になった今、原発の新増設は到底、認められない。同時に、既存原発に関しても、想定されるすべてのリスクをクリアする安全保証の担保が必要だ。もし、その担保が信頼に足るものであれば、既存原発の再稼働はやむをえない、と私は考える。

太陽光発電など再生可能エネルギーにシフトすることは必要で、ライフスタイルも当然、変えていくべきだろう。ただ、再生可能エネルギーの制度的な基盤が出来ていない現状で、過度に頼るのは非現実的だし、石油火力や液化天然ガス(LNG)に頼るとなれば、電力コストが跳ねあがり電気料金引上げを甘受せざるを得ない。この点は国民の選択だ。
私は現時点では、既存原発の再稼働を全否定すると、日本国内の巨大エネルギー需要を到底、まかない切れない。そこで、既存原発に厳しい安全性確保を求めたうえで、当面、既存原発の活用を図る、むしろ今は電力供給不安定の事態回避が重要、との判断だ。

政府統一見解の原発再稼働の新基準は今1つ中身が不透明
そこで、本題だが、問題は、既存原発の安全性確保は大丈夫だろうか、という点だ。東電の福島第1原発の爆発事故で、「原発は絶対安全。5重の防護壁があるから大丈夫」という安全神話が崩れた今、誰もが最悪のシナリオを想定して既存の原発にも同じ問題が起きるリスクはゼロとは言えない、と厳しく見ているのは間違いない。
そんな中で、政府は7月11日、既存原発の再稼働に際しての安全性チェックの統一見解を発表したが、原子力安全・保安院がこれまで行ってきた定期検査の評価と、今回新たに導入されたストレステスト(設備やシステムに大きな負荷をかけ、安全性をチェックする耐性テスト)の評価のつながりが何とも不透明だ。

早い話が、ストレステストは東電福島第1原発事故の教訓として、大地震のみならず大津波のリスクへの備え、さらには外部電源や冷却水も遮断、飛行機墜落事故リスクにどこまで対応できているかがポイントだ。しかし、そんなことは、これまでの13カ月ごとの定期検査でしっかりとやっておくべきことで、ストレステストに委ねる必要はなかったはず。これまでは技術検査だけで、リスク管理を怠ってきた、というのだろうか。

菅首相は脱原発政策を優先、既存原発の再稼働容認は邪魔?
海江田万里経済産業相が6月末に、定期検査で稼働停止中だった九州電力玄海原発に関して、「国の定期検査を信頼してほしい。国が責任を持つ」と言明した。ところが、そのあとで菅直人首相がそれを否定するかのように、原発再稼働の条件はストレステストに合格評価を得ることが必要、と日本も欧州共同体(EU)が導入したこのテストに追随する方針を急に打ち出した。この混乱、迷走が政権の原発政策に不一致問題に発展し、今回の異例とも言える政府統一見解の発表となった。

しかし、友人の政治ジャーナリストの話では、政治的孤立を深める菅首相が、首相顧問のアドバイスをもとに8月6日の広島、9日の長崎での原爆被害者慰霊の場、さらに原発事故のあった福島で「脱原発・再生エネルギー政策への転換」をアピールし、政権存続の切り札にする考えが濃厚、そればかりか、これらの政治行動への世論評価がよければ、「脱原発・再生エネルギー政策への転換」で解散も辞さずの姿勢を変えていない、という。

最終の安全評価権限を与えられた原子力安全委も逃げ腰
もし、その話が確かならば、菅首相は、自らの政治延命には原発の再稼働は邪魔、むしろストレステストなどで再稼働のハードルを高くした方が政治判断を示す必要もなく都合がいい、と言っているようなものだ。何のことはない。政治延命のために利用できるものは利用しようということなのだろうか。何とも薄汚い政治の思惑が見えで不快だ。

一国のエネルギー政策、とりわけ原発政策が政治の思惑で振り回されるのは大問題だ。しかも、今回の政府統一見解で、最終安全確認の評価権限を与えられた政府の原子力安全委員会の斑目春樹委員長は、安全委が首相への単なる助言機関でしかなく、原発再稼働の判断には直接関与しない、と腰を引いている。要は、リスクをとりたくない、という逃げ腰の姿勢が見え見えだ。こんな安全評価の姿勢では、原発立地の自治体や原発周辺の住民にしてみれば政府のどこを、誰を信用すればいいのかと不安になるのは確実だ。

国が原発安全の最終責任の確約表明を、自治体広域協定の容認も
私の考えでは、今回の原発事故の教訓をしっかり踏まえて、政府が既存原発の安全確保対策に関して、基本方針を示すことが大事だ。つまり国が安全確認に最終責任を持つことを明確に打ち出すことだ。事故が起きた場合、事業者の電力の責任発生と同時に、国の責任が無限責任として起きることを示す。これは原発立地の自治体には重要なポイントだ。

同じく今後の国と原発立地の自治体の関係で、大きなポイントは、関西の2府5県でつくる広域行政組織「関西広域連合」が最近、関西電力との間で福井県内の原発再稼働に際して、関係自治体すべてと原子力安全協定を結ぶように申し入れたことだ。原発立地自治体のみならず、事故次第で広範囲に影響を受ける自治体が連合軍を組むわけで、電力会社から強力な安全確保策を引きだす武器となる。今後、全国に広がるのは間違いない。国は、この原子力安全協定を容認する姿勢を示すことが必要だ。

電力会社に「想定外リスク」に対応出来る安全確保策の義務付けを
次に、私がぜひ訴えたいのは、電力会社経営のクライシス・マネージメント策にからめて、「想定外のリスク」にも対応出来る原発の安全確保策をとるように電力経営に義務付ける問題だ。これは極めて重要な安全確保策になる。
今回の東電の福島第1原発事故での「想定外の大津波による事故」という清水正孝前社長が記者会見での発言がその後、事故そのものが天災、人災のいずれによるものか大きなポイントになった。清水前社長の発言は、東電としては不可抗力の大津波だった、というものだが、先日、東北電力の関係者に聞いた話を聞いて、むしろ東電経営のリスク想定の甘さや予見判断の失敗があったと言わざるを得ない。

東北電力女川原発が奇跡的に助かったのは元副社長の経営判断
東北電力の女川原発が大津波で奇跡的に大惨事を免れたのは、今は故人の副社長が役員会で孤立しながらも原発担当責任者として、過去の大津波災害を教訓に原発の高さを14.8メートルにまでかさ上げすることを強硬に主張し譲らなかった、という。当時の最大の反対論は、巨額の設備投資額が経営に過重な負担となる、予測不能のリスクに経営は対処できない点だったが、元副社長は押し切ったのだから、すごい経営判断だ。

この点に関連して信越化学工業の金川千尋会長が最近、雑誌インタビューで「想定外に備えるのが経営のリスク管理であって、われわれは想定外という言い訳をしない、その事態が起きてもびくともしない経営のバックアップシステムをつくるのが経営だ」といった発言をされている。こういった経営者がいることに心強さを感じた。

九州電力の玄海原発再稼働向けの「やらせメール」事件はひどい
最後に、最近、大問題になった九州電力の玄海原発の再稼働に向けての「やらせメール」事件について述べておきたい。九州電力の原発担当の元副社長が社内の担当者を通じて関係会社に対し、経済産業省が6月に佐賀県民向けに主催する原発再稼働説明会で、再稼働を支持する一般市民の声として取り上げられるように意見メールを送れ、というものだが、内部告発で、表面化し、大問題になったものだ。

国会で取り上げられ、真部利応九州電力社長が7月6日、緊急記者会見で陳謝したが、メディア報道では「そんなに大きな問題ですか」と思わず口走った、という。それに「社内指示はしていないと明確に申上げる」と言っていたのが、数日後に原発担当副社長ら「原発村」の組織行動だったことが判明し恥の上塗りだった。古川康佐賀県知事にすれば、玄海原発再稼働で動いていただけに、後ろから鉄砲で撃たれる心境だったに違いない。

企業の不祥事問題で厳しい危機管理、ガバナンスの重要性を指摘する国廣正弁護士に最近、会った際、「いずれ表面化することが目に見えているのに、組織ぐるみで事件を引き起こすのが信じられない。企業ガバナンス以前の問題で、地域独占の電力会社の思いあがり体質こそが問題だ」と述べていたのが印象的だ。

日本企業モデルは少量・多品種経営? 「気配りミラー」コミーの中小経営にヒント

女子ワールドサッカー・ドイツ大会での「なでしこジャパン」優勝は本当にすばらしい。死闘とも言える厳しい闘いぶりもすごかったが、あと数分で試合終了と言うギリギリの逆境下で何と2度も同点に追いつき、最後はPK戦で跳ね返すたくましさは感動的だ。

東日本大震災や原発爆発事故で日本中を覆っていた重苦しい空気を払いのけてくれる快挙だと言っていい。日本中に元気を与えてくれた「なでしこジャパン」には思わず感謝、感謝という気持ちでいっぱいだ。今回の試合ぶりにはドラマがあったうえ、苦難を乗り越えようとする日本人選手の不屈の闘志があった。この点は、日本のみならず世界中の人たちに感動を与えたのは間違いない。日本はまだまだ、捨てたものでない。

「なでしこジャパン」と同じく「山椒は小粒でもピリリ」企業に
そこで、今回のコラムでは、この日本女子サッカーチームと同じようにハンディキャップを克服し、アイディアと技術力で「山椒は小粒でもピリリと辛い」のたとえどおり、たくましい経営によって高収益を実現する中小企業の経営にスポットを当てようと思う。

ポイントは、今後の日本のものづくりに携わる中堅・中小企業のビジネスモデルが、少量・多品種・高品質生産で高利潤をあげるべきだという点、また「秘伝のタレ」とも言える独自技術の特許をいち早くとってブラックボックス化し、それを強みにする、こうすれば大企業の系列に入って下請け生産で必死に生き残りを図るといった従来パターンから抜け出し、アクティブな企業経営が行えるのでないか、という点だ。

韓国は優れもの技術持つ日本の非上場オーナー企業に照準
この「少量・多品種・高品質生産で高利潤」というビジネスモデルの考え方は、私の友人で、愛知淑徳大学ビジネス学部教授の真田幸光さんが企業の現場体験を踏まえて日ごろから主張されている点だ。私も、まさにそこが日本のものづくり企業のポイントと思っている。時代を刺激するキーワードという形で、ぜひ活用させていただこう。

その真田教授と話していたら、面白い話を聞いた。日本を追いつき追い越せで必死だった韓国企業が最近、後発の中国企業から急速に追い上げられる立場にあり、その対策として優れもの技術を持つ日本の中堅・中小企業のうち、株式非公開かつオーナー企業で資金繰りに窮する問題企業に照準を当て、経営連携を狙っている、という。
中国企業も同様に必死だ。国際競争力確保のため、日本企業の買収や経営連携によって品質管理技術などの獲得を狙う行動に出ている。そこで、日本のものづくり企業の成長戦略とからめ、韓国や中国に対抗するビジネスモデル再構築の問題もレポートしてみよう。

コミーはアイディアと技術で世界オンリーワンの特殊ミラー企業
今回、ご紹介したいのは、埼玉県川口市に本社のあるコミ―株式会社だ。社員がわずか16人の中小企業だが、小宮山栄さんという、ぼくとつな、でも人との出会いを大事にする理系社長のアイディア力と技術力を武器に、実にユニーク経営によって、今や世界的にオンリーワンの特殊ミラー(鏡)メーカーに成長した企業、と言っていい。

実は、このコミ―は、今年元旦に放送のテレビ「NHKスペシャル」が「新たな日本ブランドを売れ」というタイトルで取り上げた企業の1つで、第116回のコラムでもちょっぴり紹介した企業だ。しかしジャーナリストの好奇心で、その後、小宮山さんに2回会い、話を聞いているうちに、日本の中小企業の新しいビジネスモデルだと感じ、中国や韓国の企業との競争とのからみで、再度、違ったアングルで取りあげてみようと思った

ローテクではなく特殊な技術を装備したハイテクのミラーが強み
コミ―のミラーはガラス素材の鏡ではなくて、特殊プラスチック、アクリルを素材にしており、ハンマーでたたきつけてもビクともせず壊れない。それ以外にも数々の特殊技術を装備し、磨きをかけている。低レベル技術のローテクではなくて、ハイテクを駆使している。ここに、中小企業といえども、コミ―の最大の強みがある。

小宮山社長は、信州大工学部卒業後に入社した大手ベアリングメーカーを脱サラし、いくつかの仕事を経て看板会社を創業する。1975年、重力摩擦方式による回転装置の発明技術を活用して、たまたまディスプレイ用に、と開発した回転式のミラーを「回転ミラックス」と名付け東京晴海で開催のビジネスショーに出展したら、万引きチェック用に有効という意外な市場評価で、スーパーマーケットやコンビニから注文が入った。

旅客機内のミラー、当初はテロ不審物チェックの注文で驚きも
そこで、コミ―は、広角度にいろいろなものを見ることが出来るようにさまざまなミラー製品をつくったら、一気に需要が増えた。こうして、コミ―はミラー専業メーカーに経営の軸足を移していく。

小宮山さんによると1996年に面白いことがあった。旅客機の客室座席の上にある手荷物入れボックスの忘れものをチェックする新ミラー設置の話だ。軽量でフラットタイプのFFミラーの開発を手掛けていた時期で、小宮山さんの発想では「死角を生かす気配りミラー」がポイント。ところが航空会社側はテロの不審物チェックがらみでコミ―のミラーに関心を示し、ニーズ把握にとまどいがあったが、ボーイング、エアバス社も活用法がわかって注文を行い、今や主要な国際線旅客機にはほとんど搭載されている、という。

少量・多品種・短納期型生産なので、大量注文に対応できないのが悩み
コミ―のミラーは、人の出会い頭の衝突防止などさまざまなニーズに応え、300種類以上の商品がある。年商は5億円。従業員は16人、パートタイマーを含めても30人弱だから、従業員1人当たりの売上高や利益は相対的に高く、高収益企業の部類に入る。
問題は、需要やニーズが高まっても生産能力を大きく拡大する路線展開でなく、あくまでも少量・多品種・短納期が経営の基軸を守るのが小宮山さんの考え。このため、規模拡大の利益は期待できないのが課題だが、基本路線を変えずに今後も続けて行く、という。
小宮山さんは「コミ―の経営は、顧客満足度を追求するのでなく、むしろユーザー満足度を高めることを大事にする。役に立つ商品をたくさんつくって売ることが基本」で、2週間の無料貸出制度もつくってユーザーの納得が得られるようにしているという。

オンリーワンの強みで高利潤生産に徹すれば日本で外貨稼ぎも
真田さんが述べるとおり、「少量・多品種・高品質生産で高利潤をあげる」経営は、日本のものづくりの中堅・中小企業にとっては必須のビジネスモデルだろう。この経営を貫けば、何も人件費などコストの低さ、安さを求めて中国やベトナムなど新興アジア市場に生産拠点を移さなくても、日本国内でオンリーワン技術を駆使して少量多品種に徹すれば、海外からの引き合いにも応え日本国内で外貨もたっぷり稼ぎ出せるかもしれない。
中堅・中小企業が大企業の系列を離れて、「秘伝のタレ」のようなオンリーワン技術をうまくブラックボックス化して、このビジネスモデルで生き残りを図るというのは重要な経営の選択肢だ。その点で、コミ―の経営手法は1つのヒントになる。

日本の内需が人口減少などでパイそのものが小さくなってくれば、大量生産・大量消費の高度経済成長時代のビジネスモデルが間尺に合わなくなってくる。しかも日本の産業成長を支えていた自動車、エレクトロニクスの2つの主力産業を見ても、イノベーションという基軸の変化を促す技術革新によって、大きな変革を迫られつつある。

21世紀はイノベーションが進み20世紀スタイルは通じない
先日、あるIT(情報技術)セミナーで、ソニーからグーグル役員を経て、新たなベンチャービジネスを立ち上げた辻野晃一郎さんの話は、その変革にからむもので、興味深いものだった。要は、家電、エレクトロニクス1つをとっても、20世紀の高度成長時代に日本の家電産業は大きな強みを発揮したが、21世紀に入ってインターネットの時代になり、かつクラウドコンピューティングという時代になると、テレビはクラウドと連携して新しい展開が求められつつある。その対応が出来ているか、という点だ。

同様に自動車もガソリン車から電気自動差への時代に入り、その先を見据えると、トヨタ自動車がつくるような車とは全く異なるイメージの車が出てくる可能性がある。まさに新たなイノベーションの時代に入りつつある、というのだ。
そうなると、自動車を頂点にしたピラミッド構造のすそ野にいる数多くの自動車部品企業も、真田さんが指摘するような技術力を駆使して「少量・多品種・高品質・高利潤」の経営展開で生き残りを図る、ということが必要になるかもしれない。

「秘伝のタレ」とも言える独自技術のブラックボックス化が必要に
そんな中で、冒頭部分でちょっと申上げた韓国の企業が、日本の優れもの技術を持つ企業のうち、株式非上場のオーナー企業で、資金繰りに窮したり、人材難で苦しんでいる企業を物色している、という話に触れておこう。真田さんがいくつかのところで聞いたという話以外に、私も似たような話を耳にした事があるので、かなり水面下で進んでいる可能性が高いし、十分にあり得る話だ。

この話の背景は、韓国のサムスン電子のような企業の強み、端的にはブランドイメージを高めるマーケッティング力や新興市場での現地化戦略、とくに機能を単純化した家電製品を割安価格で、かつ現地ニーズに対応して、コーラン機能がついたテレビをイスラム社会で低価格販売するといったやり方でシェアを拡大させたが、今後、中国が同じ手法でさらに低コスト化を図れば太刀打ちできない、ということだ。

韓国企業は中国追い上げ対抗策に躍起、日本はどうする?
そこで、韓国企業は、マーケットで資金力を武器に買える有形資産の技術ではなくて、「秘伝のタレ」のようなブラックボックス化された無形資産の技術を持つ日本企業と経営連携することが重要になってくる。ただ、真田さんによると、韓国企業は、強引な買収攻勢によるハゲタカ的なやり方では反発を招くので、資金繰りに窮するオーナー企業などに対しソフト路線で資金提供をエサに経営協力を申し出るやり方をとるだろう、という。

こうしてみると、日本の大企業のみならず中堅・中小企業も新興アジアという巨大な成長市場の魅力があるにしても、どういったグローバル戦略でもって、これら韓国や中国のしたたかな企業戦略、攻勢に対抗するか、実に悩ましい。まさに踏ん張りどころだ。

許し難い盗聴でのスクープ狙い 英紙報道はジャーナリズムの恥

「私立探偵を雇って情報収集したりするのは、英国の新聞業界では当然だった。うちだけでなく他の新聞社もやっていることだ」――思わずドキッとするようなこの話、実は違法な盗聴行為での情報をもとにした取材報道によって、一気に廃刊に追い込まれた英国の日曜版大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NoW)」のレベッカ・ウルックス元編集長が7月19日、英下院特別委員会に呼び出され、そこでの追及の中で思わずもらした証言内容だ。

同じメディアの世界にいる人間としては、許しがたいことだ。これが引き金になって、メディア不信が広がることを、私はとても恐れる。

英首相官邸や警視庁で疑惑の新聞社幹部が広報担当に
問題はそれにとどまらない。英キャメロン首相が、このNoW紙元編集長の前任の元編集長で、やはり似たような盗聴問題で4年前に引責辞任の人物を、何と首相官邸広報局長に起用していたのだ。

しかも世界的に有名なロンドン警視庁、スコットランドヤードのトップも同じくNoW紙の元副編集長を警視庁広報顧問に起用したうえ、メディアとの癒着関係があったことが判明し引責辞任している。これらが重なり合って政治問題化し、英国政界を揺るがす動きになると同時に、大スキャンダル事件にも発展してきた形だ。

盗聴という点で言えば、かつて米国で共和党が民主党本部に侵入して違法な盗聴を行った事件を、米ワシントン・ポスト紙がスクープし、当時のニクソン米大統領を辞任に追い込んだ事件を思い出させる。しかし今回の英国の場合、メディア自身が盗聴に関与し、それによって得たスキャンダルやゴシップがらみの情報を新聞記事にしていた、というのだから、同じメディアの関与する話とはいえ、大違いだ。

「メディア王」は英新聞メディアの40%シェア、世論形成に影響力
しかし、さらに重要なことがある。このNoW紙の事実上のオーナーが、英国や米国の新聞社などのメディア買収で「メディア王」と呼ばれて有名な豪州国籍の米ニューズ・コーポレーション会長のルパート・マードック氏であること、しかもそのマードック氏がメディア経営にあたって、センセーショナリズムを報道現場に強く求め、ジャーナリズムや言論という、言ってみればメディアが本来、基軸に置くべき報道姿勢を半ば2の次にしてしまう強引なやり方でいることだ。

加えて、マードック氏が率いる米ニューズ・コーポレーションは英国内で、NoW紙以外に高級紙タイムズ、日曜版高級紙サンデー・タイムズ、大衆紙サンを傘下に置き、メディア経営に携わっている。英国からの報道によると、これら4紙の英国内での発行部数などのシェアが40%に及び、そのメディアによる世論形成力を武器に英労働党、保守党の2大政党に隠然たる影響力を与えていることだ。

キャメロン首相がNoW紙元編集長を首相官邸の広報局長に起用した、という意味が何であるか、おわかりいただけよう。政治とメディアの不自然な関係が浮かび上がってくる。このことが問題を一段と複雑化させてしまっている。

平然と「私立探偵雇っての情報収集は当たり前」証言は驚き
そこで、今回は、メディアの現場にいる人間としても、これらの話が由々しき問題なので、ぜひ取り上げてみよう。話の舞台が英国や米国にあって、現時点で現場取材が出来ないので、現地報道や出版物などを手掛かり材料に取り上げることをお許しいただきたい。

結論から先に言えば、私は、今回のNoW紙の違法な取材、とくにスクープ目的のために手段を選ばずといったことは断じて許されない、しかもジャーナリズムの恥でもあり、糾弾されてしかるべき問題だと思っている。

ジャーナリズムの仕事に誇りを持ち、取材は正々堂々と、かつ公正な方法で行うのは当たり前のことだと、私は思っていたが、今回の英国の新聞メディアの現場で「私立探偵を雇って情報収集したりするのは、英国の新聞業界では当然だ」といったことを平然と議会で証言されると、英国のメディアはそこまで堕落していたのかと驚いてしまう。もし、目的のために手段を選ばずということになれば、取材先から相手にされないばかりか、公器としてのメディア媒体の信頼を傷つけることになるのは間違いない。

取材難航で「誘惑」に駆られたことあるが、違法は違法
私がかつて、毎日新聞やロイター通信の現場で経済問題の取材をしていた際に、ターゲットの取材先の極秘会議などの中身をつかむため必死の取材が空回りとなり、苛立ちが高じたころ、「会議場所にもぐりこんで、スパイもどきで精巧な超小型テープレコーダーか盗聴器を取り付けて会議の全貌を探り出せたら、どんなにすばらしいことか」と、思わず誘惑に駆られたことがある。もちろん、そんなことはありえない話であることはいうまでもない。

ただ、そのことで思い出したことがある。昔、朝日新聞の優秀な経済記者がゼネコンの談合のための会合事実をつかみ、あるホテルで、その会合前に部屋にこっそり入って、小型テープレコーダーを取り付けたのだ。あとでそれがばれて、不法侵入か何かの罪で大問題となった。その記者の場合、あくまで正義感からやったことで、私個人も「チャンスがあれば同じようにやったかもしれない」と同情したが、違法は違法のため、退社を余儀なくされた。今回の私立探偵を使っての盗聴による情報収集とは明らかに大きな違いがある、と思えるが、ジャーナリズムが違法なことに手を染めるわけに行かず、やはり正攻法で臨まざるを得ないだろう。

マードック氏のセンセーショナリズム報道強要が盗聴事件の遠因

英NoW紙は、日曜版の大衆紙とはいえ、創刊から168年の歴史を持っており、風雪に耐えるものが何かあったはずだ。それがなぜこんなことに、と思うが、英国からの報道によると、マードック氏が経営権を取得して以降、NoW紙はスキャンダルやゴシップ好きの英国国民の体質にたくみに食い込むため、スキャンダルまがいの記事を売り物にし、センセーショナリズムで紙面を興味本位のものにして部数増につなげていった、という。

ここで問題になるのが、NoW紙のみならずタイムズ紙など英国の主要紙を傘下に置いたマードック氏が、新聞は売れなくては意味がない、そのためには読者のニーズや好奇心、興味をはっきりとつかみ、それにあわせたセンセーショナルな紙面づくりを行って部数を伸ばすことだ、という考え方を持っていることだ。

これが取材現場には、半ば業務命令と映り、現場記者が私立探偵に情報収集料を渡して携帯電話の盗聴をさせるという信じられない行為に至らせたのだろう。携帯電話の盗聴というのは、一般的には簡単でないように思えるが、諜報機関が会話内容を傍受するのと同じように裏技で行ったのだと思われる。まさに、問われるべきは、「メディア王」といわれるほど、新聞のみならずテレビ、映画などのメディア買収によって影響力を持つマードック氏自身だろう。

メディア経営の先を読む手腕あるが、良質のWSJ紙にも変容迫る
ただ、そのマードック氏も経営者としてメディアの先を読む力を持っていることは否定しない。米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙に2009年12月に寄稿し、こう述べているが、やはりセンセーショナルな紙面づくりがひっかかる。

「ニューズ・コーポレーションは、傘下のテレビ番組と新聞のコンテンツも携帯機器で受信できるようにするプロジェクトに取り組んでいる。多くの読者が、われわれニューズ社の新聞サイトに、さまざまな機器を使ってあらゆる時間帯にアクセスしている。今後、質の高いジャーナリズムの命運は、報道機関そのものが料金を支払うに足るだけのニュースと情報を提供することで顧客を獲得できるかどうかだ」と。

マードック氏が、米WSJ紙を傘下に置くダウ・ジョーンズを2007年に買収した。良質の経済専門紙といわれたWSJ紙はその後、この経営方針の影響を受けて次第に変質を迫られ、このあおりで優秀な記者が辞職を申し出て辞めていっている。こういった事態は何としても避けるべきだろう。

NYTコラムニスト「WSJには厳しい批判記事がなくなった」
最近、翻訳出版された「ウォール・ストリート・ジャーナル陥落の内幕」(プレジデント社刊)はなかなか読み応えがある本だ。ぜひ、一読をお勧めしたい。サラ・エリソンさんという長年、WSJの現場で取材、そして記事執筆に携わった元記者が、「なぜ世界屈指の高級紙はメディア王マードックに身売りしたのか」という問題意識で書き上げたものだ。その本の中でポイントをつく部分があるので引用させていただこう。

「WSJ紙がマードックのメディア帝国の一部となって2年がたつころ、アメリカ・ジャーナリズムを象徴する存在の1つだったWSJ紙は大きな変貌を遂げた。特徴的だったフロントページ(第1面)はありふれたものになった」、「ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙の企業担当コラムニスト、ジョー・ノセラ氏は『ウォール・ストリート・ジャーナルよ、安らかに眠れ』と題するコラムの中で、『もっとも惜しまれるのは厳しい批判記事がなくなったことだ。WSJにしか伝えられない企業の不正行為の舞台裏を暴くような記事である』と述べている」

質の高い経済ジャーナリズムが新聞の生き残りにつながる
私も経済ジャーナリストとして、WSJ紙は日本語版を含め、読んでいるが、確かにマードック氏のセンセーショナリズムへのこだわりが紙面全体に影響しているのか、専門紙としての突っ込みの鋭さ、分析力、他の新聞にない問題意識のようなものが薄れたような感じもする。

今のようなマーケットの時代、スピードの時代、グローバルの時代といった複雑かつさまざまな問題がすばやいスピードで連鎖する時代には、時代の先を見据える問題提起や論評、座標軸の定まった記事をしっかりと掲載する経済ジャーナリズム、それを映す質の高い新聞メディアが必要になる。

そういった点で言えば、マードック氏が率いる米ニューズ・コーポレーションのメディア経営はセンセーショナリズムをベースに、売上高・利益至上主義の経営であり、いわゆるジャーナリズムとは一線を画すものだ。もちろん、ジャーナリズムといってもきれいごとでは済まされず、利益を上げねば、競争の世界から淘汰されるリスクはある。生き残りが必要だ。だが、今回の英NoW紙の問題はセンセーショナリズム経営の行き過ぎがもたらしたもので、むしろ淘汰されなくてはならないのは、こちらだといえまいか。

「国会議員の怠慢、放射線除染急げ」 児玉東大教授の政治批判が共感呼ぶ

「7万人の人たちが原発事故で(未だに、住みなれた)自宅を離れてさまよっている時に、国会はいったい何をやっているのか」、「福島原発事故で漏出した放射性物質の総量は広島原爆の29.6個分に相当するものだ」――東大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授が今年7月27日の衆院厚生労働委員会に参考人として出席、原発爆発事故で被災する人たちの思いを代弁する怒りをぶつけると同時に、国民の放射線汚染の不安除去には今すぐ放射線の測定や除染が最重要であることを切々と訴えた。現場体験をベースにして行動する、真面目な学者の発言だけに、多くの人たちが胸を打たれる話だった。

国会参考人としての訴えがYouTubeなどネット上に拡がる
今のようなインターネットの時代はすごい。この児玉教授の怒りや訴えがあっという間にYouTubeはじめ、ネット上に、さまざまな形で流れ、大きな波紋を与えた。与野党を問わず政治家が、不毛の「政局」に明け暮れて、肝心の東日本大震災で苦しむ被災者の人たちの復旧・復興支援を後回しにしている現実があるため、この痛烈な政治批判が多くの共感を呼んで一気に拡がった。

実は私自身、取り組む分野が違っていたこともあり児玉教授自身を知るよしもなかった。だから国会での政治批判も「ぜひ、見ておいた方がいいぞ」と勧められるまでは気がつかなかった。でも、ネットの時代というのは、本当にすごいネットワーク力、情報の伝播力がある。2つのネットワークの仲間の人たちから、時間差を置いて声がかかった。見てみると、確かに具体的な事例をもとに放射線の除染が必要であること、そればかりか測定や検査する機器が極度に不足し、除染も後手、後手に回っている現実を知った。これは素早い行動が大事と、今度は私が伝言ゲームでのリレーのように、他の友人たちに伝えた。

メディアも関心、南相馬市の自治体主導の除染協力は1面トップに
メディアもやっと動き出した。東京新聞が8月1日付のコラム「筆洗」で、また2日後の3日付「こちら特報部」で児玉教授の訴えを取り上げた。毎日新聞も8月8日付の朝刊インタビューで大きなスペースを割いて、その問題提起を引き出している。それと、読売新聞が8月7日付の朝刊1面トップ記事で、福島県南相馬市が8月、9月の2ヶ月間に、自治体主導での放射性物質の除染作業を行うと発表したことを大きく取り上げていたが、その除染作業に児玉教授ら東大アイソトープ総合センターが積極協力する、というのだ。

まだ発言の訴え部分をご存じない方々のために、問題を浮き彫りにした国会での参考人発言のポイント部分を少し紹介させていただこう。児玉教授は発言前に、自己紹介していたが、それによると、教授自身は内科医で、東大病院での放射線の内部被ばく問題に取り組み、放射線の除染に数十年かかわってきた。とくに抗体医薬品にアイソトープ(同位元素)を付けてがんの治療を行っているが、人間の身体にアイソトープを打ち込むため、内部被ばく問題に関しては、研究者としても大きな課題であり取り組んできた、という。

教授は「個々の放射線濃度が問題でない、
総量こそが大事」と強調
そこで、本題に入ろう。まず、教授は「3月15日に、東大アイソトープ総合センターが(茨城県)東海村で5マイクロシーベルトという放射線量を観測し、(量が多かったため、放射線障害防止法にもとづき)第10条通報という形で文部科学省に通報しました。その後、東京で0.5マイクロシーベルトを超える線量が検出されました。一過性であとになって下がりましたが、東京(や原発周辺地域)でそれ以降、雨が降り、これが今日まで高い線量の原因になっていると思います。この時に枝野内閣官房長官が『さしあたって健康に問題はない』と、記者会見で言われましたが、私は、(むしろ)これは大変なことになるぞ、思いました」と。

教授によると、現行の放射線の障害防止法は、高い線量の放射線物質が少しあるものを処理することを前提にしている。このため、法的には総量はあまり問題ではなくて、個々の濃度だけが問題になる。しかし自分たちのような専門家は、放射線障害を診る場合、総量を見る。東京電力や政府は、今回の福島第1原発事故で漏出された放射能の総量がどれぐらいか、はっきりした報告をしていないことが大問題だ、という。

原爆放射線は1年で1000分の1に、
原発漏出分は10分の1しか低下せず
ここから核心部分だが、教授は「私どもアイソトープ総合センターの知識をもとに計算してみますと、熱量からの計算では広島原爆の29.6個分に相当するもの(放射線量)が漏出しております。ウラン換算では20個分のものが漏出していると換算されます。さらに、恐るべきことは、これまでの治験で、原爆による放射線の残存量と、原発から放出された放射線の残存量は、原爆が1年で1000分の1程度に低下するのに対して、原発からの放射線汚染物は10分の1程度にまでしかならないという点です」という。

そして、教授は、南相馬市で現在行っている緊急避難的な放射性物質の除染で、「えっ、そんな場所に放射線量が溜まっているのか」と驚く現実を述べている。具体的には「子供たちがよく遊ぶ滑り台に、雨水がザーッと流れて来ますと、子どもが手をつく滑り台には毎回、雨が降るたびに、放射線量が濃縮します。右側と左側とずれがあって、片側に集まります。平均線量1マイクロシーベルトの所だと、濃縮で10マイクロシーベルトの線量が出てきます。こういう所の除染は緊急にどんどんやらねばなりません」と訴える。確かに、日ごろ、われわれが気づかない部分に、目に見えない放射線量が濃縮し、子どもたちの生命をむしばむリスクがある、というのはとてもこわい話だ。

緊急避難とは別に恒久的な除染が必要、
民間の最新鋭技術を生かせ
現場体験を踏まえ具体的な事例で訴えるので、教授の話は自然と引きこまれてしまうが、スペースの関係で、とても全体を紹介できないので、最後の訴え部分を取り上げよう。
教授は、さきほど述べた緊急避難的な放射性物質の除染とは別に、内部被ばくから将来ある子どもたちを守るために恒久的な除染が必要であること、ただ、巨大な事業であり、財政面でも何十兆円という巨額なものになるため、利権がらみの公共事業になることを恐れるが、まずは除染研究センターをつくること、そして日本の民間が持っている最新鋭のイメージングなどを用いた機器を福島県に投入すべきであること――などが早急に必要だ。国会は、7万人の被災者が自宅に帰れずにさまよって避難所生活で苦しんでいる時に、いったい何をやっているのか、という政治家の怠慢を怒る結びとなった。

現行の放射線障害防止法が実体に即さず、
現場では問題が発生
この教授の話で、もう1つだけ付け加えておくべき話がある。現行の放射線の障害防止法が実体に即していないこと、早い話が今回の東電福島第1原発の爆発事故という、日本のみならず世界中を震撼させる巨大事故を、そしてその影響度合いを現行法がまったく想定していなかったことから、現場ではさまざまな問題が生じている。このため早急に法改正か新法制定に取り組むべきなのに、国会は何の対応も出来ていない、という批判点だ。

教授によると、東大アイソトープ総合センターが南相馬市で放射性物質の除染作業を行う場合、現行法では幼稚園など各施設で取り扱う放射線量が決められ、セシウムの使用量制限がある。現実問題として、除染作業によって高濃度の放射線量を検出しても、それらを施設に置いておくことなど、到底できないため、教授らはドラム缶に詰めて、東京に持ち帰っているのが現実だが、これらの行為はすべて法律違反。この矛盾は現時点でも、法改正も新法制定も出来ていないため、法律違反が続くおかしな現実がある、という。

見えない放射線のコントロールが大事、
がん治療には有効な面も
放射線という見えないものをどうコントロールするか、教授の内部被ばくを防ぐ内科医師にとっても重大課題なのに、よかれと思ってとった行動が法律違反というのは納得できない、となるのは当然だ。

この放射線コントロールという問題に関して、私には実体験がある。私は、放射線治療による手術で前立腺がんを克服している。正確には小さな金属片に放射能を埋め込み、それをがんのある患部に射ち込む小線源治療だが、1年近くかけて放射線でがん細胞を除去してしまった。要は、教授が指摘するように、放射線の内部被ばくに注意し、うまくコントロールすれば、がん治療には極めて有効なのだ。同じように放射線の測定、そして除染もしっかり行えば、恐れなくても事態の克服は不可能でない、ということだ。

福島県の行政現場は安全検査に必要な機器や
スタッフ不足で問題噴出
しかし、現実の世界は、東電福島第1原発の爆発事故を受けて、見えない放射線の恐怖に、多くの人たちが苦しんでいる。現に、牛肉やコメ、野菜などの食品の放射能汚染問題1つをとっても、大騒ぎになり、とくに牛肉に関しては、国や自治体が畜産農家対策、それに消費者対策もからんで放射能汚染の疑いのある牛肉に関しては買い上げざるを得ない状況に陥っている。この話は、私も少し取材したことがあるので、別の機会に現場の話はじめ行政の対応の遅れなどを取り上げてみたい。

福島県の現場からのメディアの報道だけを見ても、放射性物質の件差に当たる自治体ではゲルマニウム半導体検査機器などの設備が極度に不足しているばかりか、生ものの食品は時間をおかずに安全なのか、廃棄処分すべきなのか、その判断を急ぐ必要があるのに、肝心の検査機器だけでなく関連設備、さらには専門機能を持つスタッフの絶対数の不足などの問題が噴出している、という。
改めて原発事故の社会的な広がりの大きさに、試練が待ち受けていることを痛感せざるを得ない。その意味でも、スピーディな政治、それに行政の対応が必要だ。タテ割り行政の弊害がまだ現場では延々と続いている、というから恐ろしい事態だ。

ドル安不安消えず為替介入は限界 むしろ超円高対応の経済構造に

欧米の財政・金融不安がなかなか収まらない。それどころか深い闇に突っ込んでいると言った方がいい。最強の経済大国と言われた米国は、巨額財政赤字という構造問題にメドがつかず、外国為替市場では先行き不安からドル売りに弾みがついている。米国株式市場も乱高下を繰り返す不安定な状況だ。しかも、金融市場の不安心理は同じく国家財政に不安を抱える欧州共同体(EU)にも連鎖し、共通通貨のユーロ安などに及んでいる。

ドル売り・ユーロ売りで日本円がなぜか「安全資産」と逃避先に
あおりで、なぜか日本円が「安全資産と言えそうなので、一時的な逃避先に」という市場の思惑でもって買い進まれ、今や主要通貨の中で独歩高となった。8月16日現在、1ドル=76円台の史上最高値のレベルに張り付く異常な事態だ。しかし、われわれからすれば、日本経済は未だにデフレ脱却ができないまま、経済がゼロ成長を続ける状況なのに、なぜ日本円が買われるのか、おかしいじゃないか、という気持ちが強い。輸出企業にとっては、この円高によって、為替面での輸出競争力を失い、収益が悪化するばかりだ

まさに現状は、ドル安の裏返しの円高だが、財務省と日銀は8月4日、東京外為市場で4兆5000億円という過去最高規模のドル買い・円売りの為替介入を行い必死に円高に歯止めをかけようとした。この為替介入は、日銀の追加的な金融緩和策とリンクする形で行われたため、外為市場関係者の間では政府・日銀は行き過ぎた円高阻止には本気でいる、と受け止められて円売りを誘発し、一時、2円ほど円安方向に動いた。

日本政府の円高阻止の為替介入も米国債格下げで効果切れ
ところが、その後、強烈なドル売りが再び進む事態が起きたため、円はそれに引っ張られる形で円高方向に戻ってしまったのは、ご存じのとおりだ。そのドル売りの引き金は、日本の為替介入2日後の8月6日、米国の格付け機関スタンダード&プアーズ(S&P)が、世界で最も安全資産と言われていた米国債の格付けを引き下げたためだ。勝手格付けのようなものだから、無視してもいいようなものだが、金融市場では米国経済の先行き不安が再燃し、ドルや株式などが売り浴びせられてしまった。

何のことはない。4兆5000億円もの巨額介入は、わずか数日の効果しかなかった。世界の金融市場は、容赦なく冷酷に、かつ身勝手に行動するとはいえ、日本政府の必死の抵抗も、わずか数日の効果しかもたらさず、円は巨大な外為市場に呑み込まれた形だ。

そこで、今回は、円高の問題を取り上げよう。過去のコラムでも取り上げたことがあるが、今の円高はドル安の裏返しであり、そのドル安に歯止めをかける手立てが米国政府で大胆に講じられない限り、ズルズルと円高の深みにはまっていく。どうすればいいか。

ベスト対策は円の国際化だが、日本政府が半ば政策放棄
ベストの対策は、日本が円の国際化に踏み切ることだ。海外との貿易取引や金融取引に円を決済通貨にするだけの決断を日本が行えば、今のような為替変動リスクに振り回される「呪縛」から解き放たれる。円の国際化は、私が毎日新聞経済記者時代に、声高に叫ばれたテーマだ。ところが企業も輸出取引で円建て進めたが、輸入取引ではリスク回避でドル建てというチグハグな形をとったため、なかなか国際通貨になり得なかった。

しかも肝心の日本政府が、面従腹背と同じで、口では円の国際化を言いながら、現実は有価証券の決済システムの整備に二の足を踏んだり、外国人投資家などに不利な税制を残したりしたので、国際経済社会で信認を得られなかった。その後、日本経済がバブル崩壊のあと、長いデフレに陥り、経済自体が半身不随状況のため、国際通貨として名乗り上げる勇気もなくなったか、日本政府が半ば放棄してしまっている。

米国は「強いドル」にこだわらず、むしろドル安容認も
そうすると、あとの選択肢は現状の為替変動リスクにさらされた状況を甘受するか、あるいは超円高にも耐え得る経済構造にシフトする手立てをとるかどうかの2つしかない。結論から先に申上げれば、私は、ここまでの厳しい事態に来たら、超円高にもひるまない、びくともしない経済構造に切り換えることを真剣に考える時期にある、という考えだ。

本題に入る前に、現状の為替変動リスクにさらされる状況を甘受、という事態がいかに日本経済にとって不安定な状況をもたらすかについて述べておこう。率直に言って、米国経済は今や財政悪化の重圧に身動きがとれにくくなり、かつてのように厳然と「強いドル」にこだわることもなく、逆に半ばドル安を容認せざるを得ない状況になりつつある。このため、円の世界から見れば、際限なくドル安・円高のリスクの可能性が高い。

大胆な金融緩和効かず、日本と同じ失われた10年に陥るリスク
最近の欧米経済、とくに米国の経済状況を見ていると、日本がバブル崩壊後、失われた10年どころか20年に入った状況に陥ろうとしているように見える。まさに日本化現象だ。日銀がゼロ金利政策、そして非伝統的な金融政策と言われる量的緩和政策まで持ち出して大胆な金融緩和を行っても、さっぱり経済のデフレ脱却が進まなかった。米国も今、それと同じ状況にある。

端的には米連邦準備制度理事会(FRB)は8月9日に開いた金融政策決定会合にあたる米連邦公開市場委員会(FOMC)後に、「現在の異例の低金利(政策金利を0~0.25%に据え置く)を少なくとも2013年半ばまで継続する可能性が高い」と声明を出した。これはサプライズだった。FRBのバーナンキ議長らはかつて、日本の金融緩和政策が生ぬるいと批判していたが、いつの間にか、同じワナに陥ってしまっているのだ。

クーさん指摘のバランスシート不況と酷似、ドル復権は望めず
これはまさにバランスシート不況だ。私の長年の友人で、現在、野村総研主席エコノミストのリチャード・ク―さんが名付けた経済現象だが、要は企業セクター、それに家計部門の至る所が、ジャブジャブの金融緩和に対してバランスシート調整を先行させ、借金の返済、債務の縮小化に向かうため、資金需要、投資需要が生まれない。金融機関は貸し付けようにも需要が出てこず、国債などに運用するので、経済は再生しない。その結果、何が起きるか。米国経済は、かつての日本と同じように失われた10年の世界に陥る可能性が高くなる。となればドルの復権はますます望めそうにない。

逆に、ジャブジャブの金融緩和で市場に出回ったマネーは米国内での行き場を失いゴールド(金)はじめさまざまな商品や資源の先物買い、さらに新興アジアにも向かう。今やインド、ブラジル、それに中国へ投資もしくは投機マネーが押し寄せて、これらの経済が過熱しインフレになってきている。

特に、中国は自国に来る投資マネーが人民元買いを通じて自国通貨高になるのを回避のため、ドル買い・人民元売り介入を行う。ドル建ての外貨準備は今年3月末現在、3兆447億ドルという巨額のものとなり、うち2兆ドル近くを米国債、米政府機関債などに投資運用しているが、今回の急激なドル安で、保有ドルの目減りは馬鹿にならない。

榊原さん「効果期待できない為替介入は無意味」、いっそ復興資金に活用を
ドル安が半ば定着する中で、日本政府が行き過ぎた円高の阻止のために為替介入を行っても、今回の8月4日の介入のように、あっという間に効果が打ち消されてしまう。ある為替ディーラーは「自分から言うのもおかしな話だが、巨額のマネーが動きまわる今の外為市場で、日本が単独介入しても、為替の大海に介入液を一滴ポトリと落とす程度でしかない。本気で立ち向かったら、財政は破たんの危機に陥りかねない」と述べる。

現に、財務省の財務官時代に「ミスター円」というニックネームがついた同じく友人の榊原英資青山学院大学教授は最近、「私が現役のころは立場上、かなり大胆に為替介入操作をしたが、最近の為替動向を見ていると、為替介入しても効果が出ないように見える。効果が出ない介入は意味がない」と述べている。

これほどの巨額介入資金があっという間に効果なしとなるならば、最初からムダな使い方をせず、東日本大震災の復興資金に回すべきでないだろうかと言いたくなる。

超円高対応で決め手はないが、コマツは海外売上比率上げて対応
さて、問題は超円高にもびくともしない対策をどうとるかだ。待てば海路の日和あり、という言葉をご存じだろう。じっと待っていれば海は静かになって航海に適した日がやってくると言う意味で、あせらずじっくり待っていればいい、というもだが、このマーケットの時代、スピードの時代、グローバルの時代に、そんな悠長な対応姿勢ではいられない。今後さらに円高が進んでも、モノともしない日本経済に変えていくしかない。

そこで、私が以前のコラムで取り上げた建設機械のコマツは1つのビジネスモデルになる。コマツの坂根正弘会長がセミナーで講演されたり、著書「ダントツ経営――コマツがめざす『日本国籍グローバル企業』(日本経済出版社刊)での問題意識、経営面での取り組みは参考になる。坂根さんによると、海外にも、国内にも強い、つまりは経済危機がどちらで起きてもリスクヘッジ出来るような経営にすることが大事で、コマツは売上高も利益も、海外、国内で、相応に稼ぎだす経営体質にしている、という。現に、今回の円高局面でも、コマツが極度に影響を受けないのは、円高で輸出競争力が落ちたと見ると、海外生産の比重を上げ、コスト競争力を維持するのも1つだという。

円高活用のM&Aや「少量・多品種・高利潤」を武器にする戦略も
さらには、グローバルな過当競争状況を防ぐために、今のような円高の時には海外の企業の合併や買収(M&A)も選択肢となる。コマツは過去の円高局面では米国のナンバー2の企業と一緒に海外の有力大手建設機械の買収を行ったというが、最近、武田薬品工業もスイスの製薬大手を何と1兆1000億円の巨額資金で買収するなど、日本企業の間で円高を逆に活用してのM&A戦略に広がりが出ている。

とはいえ、円高対応で海外に生産拠点を移す、といったことが簡単に出来ない中堅・中小企業にはコマツのようなやり方は難しい。しかし、以前のコラムで紹介した愛知淑徳大学ビジネス学部教授の真田幸光さんが指摘される「少量・多品種・高品質生産で高利潤」というビジネスモデルを生かし、日本のものづくり中堅・中小企業が単独、もしくは経営連携して、日本に居ながらにして外貨を稼ぎだす、というやり方もある。

同じコラムで述べた「秘伝のタレ」とも言える独自技術の特許化で、いち早くブラックボックス化し、それを強みにするというのも、ぜひ主張したいポイントだ。有形資産は市場でカネにまかせて買われてしまうが、無形資産であれば、大きな強みを持つ。それが世界でのオンリーワン技術につながるものであれば、強みに磨きがかかる。超円高になっても、海外から注文がやってくるのでないだろうか。ピンチをチャンスに、の発想が必要だ。