帰郷困難が20年超とはひどい 政治の怠慢、放射線除染を急げ

またまた政治不信につながる問題が最近あった。次の首相を決める民主党新代表選に世の中の関心が移っていた8月27日、その前日に退陣表明した菅直人首相(以下当時)が東日本大震災被災地、福島県を訪れ、被災者らにとって重大と言える発言を行ったのだ。

菅首相は、佐藤雄平県知事に対して唐突に「今回の福島第1原発事故で、避難された住民の居住が長期間にわたって困難になる地域の生じる可能性が否定できない。心からおわび申し上げたい」と謝ったが、その長期間というのが、何と最長で20年以上かかる、というのだ。そればかりでない。放射性物質で汚染されたがれきや土壌などの放射性廃棄物の処分場所についても、持って行き場がないため、福島県内に「中間貯蔵施設」という形で場所の確保や整備をお願いしたい、というものだ。

菅首相がなぜ退陣直前に重大発言するのかと当然ながら反発の声
被災地の行政、さらには住民にとっては、なぜ、そんな重大な問題を、首相の退陣直前に聞かされるのか、今の民主党政治には被災者目線が決定的に欠けている、という思いが強まったのは間違いない。
新聞報道によると、菅首相は福島市内での「原子力災害からの福島復興再生協議会」という地元の市町村長らを中心にした集まりの場では放射性物質の除染の重要性を強調し、政府の取組みも説明したが、肝心の長期にわたっての帰郷困難が現実化する可能性については、いっさい言及しなかった。

ところが、そのあとの佐藤県知事との会談で、冒頭に述べた重大発言を行ったため、佐藤知事がまず反発した。「原発事故以来、猛烈に苦しんでいる県や被災地住民にとって極めて重い話だ」、「中間貯蔵施設の話も事前に何の連絡がなく突然のことで、困惑する」と声を荒げた、という。怒るのも当然だろう。
また、同じ新聞報道では、重大発言の中身をあとで聞かされた富岡町の遠藤勝也町長も、「首長との会議は、いったい何のための会議だったのだ。どうして、われわれに(長期に帰郷困難の)話をしなかったのか。とんでもないことだ」と怒った、という。

伝え方が唐突で被災者への思いやり、政治の責任対応に欠ける
この菅首相の伝え方は確かに唐突で、被災者への思いやり、政治の責任対応が欠けている。ジャーナリストの立場で見ても何とも納得しがたい面があり、今回のコラムでは問われる政治に力点を置いて、取り上げてみたい。

20年以上も帰郷が出来ない、ということは事実上、故郷を捨てろ、と通告したに等しい。原発事故からすでに半年がたとうとする今、住みなれた土地を追われるようにして避難先を定めきれない住民の人たちにとっては、実にむごい通告だ。20年という期間はあまりにも長すぎる。大震災の今年に生まれた子供が避難先で成人になっても、故郷、ふるさとを知らないままとなるのだ。
あとで申し上げるが、菅首相はもっと以前に、この情報に接していた可能性があり、それを考え合わせれば、後継政権に問題先送りする前に、果敢に政治対応する時間があったはず。それをせずに退陣間際になっての対応は、逃げの姿勢でしかなく、政治の怠慢としか言いようがない。

年間被ばく総量が推計200ミリシーベルト以上の4地区が対象
この最長20年以上も帰郷が困難という地域は、もちろん、原発事故周辺地域すべてではない。年間被ばく線量が200ミリシーベルトと推計される土地のことを指し、その地域で放射線量が、住民の帰宅可能となる年間20ミリシーベルトにまで低下するには20年以上かかるという政府の試算にもとづくものだ、という。
毎日新聞報道によると、文部科学省が福島第1原発の半経20キロ圏内の警戒区域の50地点で年間の積算放射線量を推計したところ、福島県大熊町小入野地区で508ミリシーベルト、同じ大熊町の夫沢地区で393ミリシーベルト、同じく熊川地区で233ミリシーベルト、そして浪江町川房地区で223ミリシーベルトと、4か所で200ミリシーベルトを超えていた。4地区に長く住んでいた人たちには、本当に耐えがたい現実だ。

その報道では、「放射能の除染をせずに、自然要因だけによる被ばく線量の減衰から試算したとみられる。除染の進行具合で、帰宅までの期間が短縮される可能性もあるが、同じ市町村によって、大きく線量が異なっており、実際に、誰がいつ帰宅出来るかを判断するには、より詳細な測定が求められる」という。何ともわかりにくい記事だが、要は、放射線の除染をしない段階での推定値で、除染によって期間短縮も考えられるということだ。

1か月以上前にオフレコで同じ情報、
菅首相は当時、知っていた可能性も
実は、この20年以上、避難した人たちが帰郷できない可能性がある、という話は今年7月に、取材力があって尊敬する友人ジャーナリストが東京電力の元副社長からオフ・ザ・レコード、つまり記事にしないという条件で聞いていた話と符合する。それをこっそり聞かされた私は思わず「エッ、本当か」と絶句した。オフ・ザ・レコードという形での縛りは、ジャーナリストにとっては厳しい制約で、しかも間接的な情報なので、そのままにしていた。そうしたら、今回、その話が菅首相の発言でオープンになったのだ。

私が問題にしたいのは、東電の元副社長がもらした情報が、東電の現役役員は当然、もっと詳細に持っている情報であり、それはそのまま政府の原子力災害対策本部を通じて、当時の菅首相ら政府中枢にも報告され、情報共有されていたと見て間違いない、という点だ。菅首相は、政権にとってのネガティブ情報が自身に報告の形で伝わらない時には、すぐにカッとなる体質があると言われた人だけに、この情報は当然、耳に入っていたはず。

ネガティブ情報でもいずれ直面する問題なら早く情報開示し対策を
ということは、政治のトップリーダーとして、とるべき行動が決まって来る。ネガティブ情報とはいえ、いずれ誰もが直面する問題なので、いち早く情報開示し、放射能の大掛かりな除染対策、それも外部被ばくだけでなく、内部被ばく対策、さらには農地などの土壌汚染対策を速やかに担当部局に指示することだ。同時に、除染度合いの工程表作りに関しても自治体と連携し、不安におののく被災者への対応を行うことだ、と思う。

ご記憶だろうか。松本健一内閣府参与が今年4月13日に菅首相と会った際、「原発周辺には10年、20年は住めない」との問題意識のもとに積極的な対策を、と進言した。松本参与は当時、そういうリスクもあるので、被災者の人たちを住まわせるエコタウンのような町づくりの必要性アピールのために使ったそうだが、一部の通信社が早合点して首相の言葉として、ニュースの形で流したため、大混乱が起きた。松本参与発言の誤報は問題だが、菅首相も4月当時、放射能汚染で厳しい事態が訪れることを想定し、早めに放射線量の除染対策を進めるべきだった、と言える。
菅首相はその後も、自身の政治延命に走り、保身が先行したため、結果的に与野党から「辞めろ」コ―ルが強まり、政治空白を作り上げた。野田新首相には思い課題が引き継がれてしまったが、菅首相が、本来ならば自身で道筋をつけるべきテーマをほとんど後任政権に押し付けた、としか見えない。

政府公表の「原発事故のセシウム137は広島原爆の168個分」は驚き
退陣間際のどさくさ時に、もう1つ、無視できないびっくりする問題が発表になったのをご存じだろうか。原子力安全・保安院が8月26日に公表したもので、福島第1原発の1~3号機から爆発事故後に放出されたセシウム137の量は、広島原発の168個分に相当するものだった、という話だ。
147回コラムで取り上げた東大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授が今年7月27日の衆院厚生労働委員会に参考人出席した際、「福島原発事故で漏出した放射性物質の総量は、広島原爆の29.6個分に相当するものだ」と問題提起した数字よりもケタ外れに大きい量にのぼっている。

日本政府が公式に発表した数字で、しかも今回の原発事故で放出された放射線量の多さがケタはずれであるというビッグニュースなのに、意外や、日本国内のメディアは大きな位置づけで取り上げなかった。全く信じられない。同じ8月26日に政府の原子力災害対策本部発表での「除染に関する緊急実施基本方針」とからめて、ケタ外れの放射線量の影響、今後の見通しについて、もっと鋭くメディアの問題意識で迫るべきだったと思う。

毎日新聞OB池田氏が「メディアウオッチ」で突っ込み不足を批判
そう思っていたら、「メディアウオッチ100」の最近号で、毎日新聞OBの池田龍彦さんが厳しくメディア批判をしていた。この「メディアウオッチ100」はメディアOBを主体にした組織だが、メンバーの私は以前から「言論はメディアの独占物でない。広く議論交流の場にすべきだ」と申上げており、企業人や大学教授の方々も参加している。

我が意を得たり、なので、ちょっと引用させていただこう。
「福島原発周辺に飛び散ったセシウム137の除染が焦眉の急になっている現在、国民の多くはシーベルトやベクレルの数値に翻弄されてだけで、安全基準など、さっぱりわからない。原子力安全・保安院の発表を“垂れ流し”した新聞の責任は重大だ。複数の放射線研究者に取材し、慎重に報道すべきケースだった。今からでも遅くない。『広島原爆168個分』の影響を再取材し、検証紙面をつくってほしい」と。

土壌汚染もひどく高濃度地点が34、
チェルノブイリ強制移住基準を超す
そんな矢先、今度は文部科学省が8月29日、福島第1原発から100キロ圏内の土壌の汚染度の調査結果を公表したが、これまたすごい放射線量なのだ。最も土壌汚染が厳しい地区は、冒頭の「20年以上、帰郷が困難」と言われた警戒区域内の大熊町の1地点で、セシウム134、137の2つの合計値が1平方メートル当たり約2946万ベクレルにのぼった、という。
高濃度であることは、数値の大きさから見てピンとくるが、まだ実感がわかない。読売新聞報道で、そのすごさがわかった。報道によると、旧ソ連で原発事故があったチェルノブイリで、1平方メートルあたりの放射性セシウム137が148万ベクレル超の量が検出された地区が強制移住の対象となったそうだが、今回の福島原発周辺の6市町村34地点で、その強制移住レベルを超えている、という。

野田民主党新政権の取組み課題は山積しているが、冒頭のように、原発事故による放射性物質の異常な蓄積で、20年以上も帰郷が困難という被災者にとって絶望とも言える状態を放置することは、政治的許されない。政治の被災者目線、国民目線を求めたい

中国を動かす?日本青年・加藤さん 鋭い問題意識、ぜひ日中架け橋役に

人口13億人を抱える巨大な中国で、若者だけでなく知識人と言われる人たちの間でもテレビやインターネットを通じて中国語で堂々と意見を言う若手の日本人が人気を集めているのを、ご存じだろうか。加藤嘉一(よしかず)さんだ。日本の高校を卒業すると同時に、中国政府の国費留学生にチャレンジして8年前に中国に行き、名門の北京大学で4年間、そしてその大学院でさらに2年間の学生生活を経て、現在、北京をベースに研究者の生活を続けながら、日中間を往来している。まさに日中の架け橋役的な存在だ。

加藤さんは最初、日本の現状に物足りなさを感じて海外へ、という気持ちで飛び出したが、外から日本を眺め直すうちに、日本人としての自分の立ち位置を持つ必要性を知る、また成熟国家で衰退の不安を抱える日本ながら、まだまだ捨てたものでない、日本は国益を主張しながら、いい意味での存在感を持った行動をすべきだ、という意識に変わってきた。その立ち位置でもって、今も中国とつきあっている。

中国人顔負けの行動力で中国社会に入り込み、
本音を聞きだすすごさ
野球にたとえて、加藤さんは面白い言い方をしている。「中国での発言については、いっさい手を抜くことなく渾身の剛速球を投げる。ストライクゾーンは外さない。暴投することもなければ、デッドボールも投げることもしない。自分だけのストライクゾーンを見つけ、いつでもそこに剛速球を投げる制球力を身に付けた」という。すごい若者だ。

こういったたくましさで、加藤さんは中国人顔負けの行動力を駆使して中国社会に入り込む。一時は、語学勉強を兼ねてアイスクリームを売る店の中年のおばさんの仕事の合間をぬって数時間、世間話から次第に日常生活の不満まで語り合ったこともある。こうして中国の本音を聞きだす、というタフさだ。中国人の側からすれば、「この若者は俺たちのことを意外によくわかっている。面白い」となり、それが直球勝負の発言と相まって、人気を集めているようだ。現在、27歳だ。何とも頼もしい。

私も加藤さんが日本に帰国した際、2度、会うチャンスがあり、いろいろ話し合ったが、肩にものすごく力が入っているかと言えば、そんなことはなく、快活に話す。私自身、ジャーナリストの立場で中国経済の動向を探る中国ウオッチャーのつもりでいるが、加藤さんの行動力、問題意識にはジャーナリスト顔負けの部分もある。中国の若手の間で「日中間に問題が起きたら、彼がどう考えているか、コメントを聞きたい」と加藤さんの名前があがるほどの人気ぶりなのも無理ない、と感じるほどだ。

日本で初めての加藤さんの著書「われ日本海の橋とならん」は
面白い
その加藤さんが最近、「われ日本海の橋とならん」(ダイヤモンド社刊)という本を日本で初めて出したというので、さっそく読んでみた。率直なところ、社会主義と市場経済という相矛盾する枠組みを巧みに使って急成長を遂げる中国にはまだまだ課題や問題が多いのに、やや理解者の部分があるな、という感じもあった。しかし全体を通して見ると、なかなか的確な中国分析だ。われわれ日本人が中国を見るうえで見落としている点もあり、ぜひ読まれたらいい。

そこで、今回は、こういった日中間のミゾを埋める人材が日本側に、それも若手の中にいることがとてもうれしく、この加藤さんの問題意識を紹介しながら、中国が抱えている問題や課題は何かなどに関して、ぜひ述べてみたい。

中国が大国と途上国の使い分け、
ダブルスタンダードの終えんを指摘
興味深かったのは、「中国は途上国なのか、それとも超大国なのか」という点に関する点が1つだ。結論から先に言うと、加藤さんによれば、中国は、国内総生産(GDP)というマクロベースでの経済規模でみると、確かに日本を追い抜き世界No.2になったが、現実には「戦略的途上国」という立場でもって、中国式ダブル・スタンダードをとっているのが問題だ、という。要は、高成長を背景に超大国を誇示したがるように見えるが、中国にとっては途上国であった方が有利、超大国としての責任を負いたくない、つまらない自尊心よりも実利を優先する発想がある点が問題、というのだ。

加藤さんは著書の中で、こう書いている。「僕は、中国国内のさまざまなメディアで『中国式ダブル・スタンダードの終えん』を訴えた」という。「もはや中国は、名実ともに超大国であり、国際社会で責任ある役割を果たさねばならない。国内に社会問題や貧しい人を抱えているのは、別に中国だけでない。アメリカだって、日本だって同じ問題を抱えている。中国式ダブル・スタンダードは通用しないし『戦略的途上国』から卒業しなければならない。この意見については、心ある中国の有識者から一般人まで、たくさんの賛同をいただいた」という。確かに、中国がここまで肥大化し、さまざまな影響力を及ぼし始めてきた時に、都合のいい時だけ「途上国」という逃れ方は許されない、との指摘は大事だ。

中国当局は「社会的な影響力持たない」層のネット書き込みに
神経質
次に、加藤さんの記述で「これは面白い」と感じた部分をさらに述べさせてもらおう。それは、中国共産党当局が今、最も神経質になっているのは、インターネット対策だ、という点だ。加藤さんによると、中国の「いま」を知ろうと思うなら、まずはインターネットを見ることだ。これは傍流ではなくて、5億人もの中国人が集う、明らかなメインストリームだ。北京大学の学生でさえ1人1台、必ずパソコンを持っている。テレビがなくてもパソコンやインターネットは勉強に必須だからだ、という。

しかし、加藤さんによると、中国の場合、むしろ注目すべきはインターネットのネット掲示板に過激な書き込みをしているユーザーたちだ、という。「そのほとんどが社会的な影響力を持たない若者だ。受験や就職の競争に敗れ、世の中に自分勝手な恨みを持っている者も多い。ところが、中国当局からすれば、彼らが『社会的な影響力を持たない』からこそ危険、との意識だ。社会的な影響力を持つエリート層、たとえば学者やメディア、企業経営者、文化人といった人々は、決して当局の意向から外れない。一度手にした地位や名声を失いたくないからだ。ところが社会的な地位に恵まれず、失うものはない人たちは、当局によるコントロールが効かない。彼らが一挙に蜂起すれば、さすがに国は持たない、との発想でいる」というのだ。

「5億人のインターネットユーザーのすべての言論チェックなど
不可能」
確かに、所得格差などの格差はじめ、物価高、就職難などの生活苦を半ば放置したまま、高成長政策を維持せざるを得ない中国の政策ジレンマに対して、いつ不満のガスに引火して社会混乱に陥るのか、その引き金が5億人のインターネット人口を持つネット上の書き込みになるのでないかと、神経質になる中国当局の姿が、よく浮き彫りにされている。

加藤さんによると、中国当局は5万人ものネット監視員を抱え、24時間態勢でユーザーの書き込み内容、言論を監視・削除している。さらには巨額の費用を投じて「グレート・ファイアーウォール」のシステムを構築している。しかし加藤さんは「そもそも5万人程度の監視員で約5億人ものインターネットユーザーすべての言動をチェックするなど、誰が考えても不可能だろう」と述べる。そのとおりだが、それでも監視せざるを得ないところに現代中国の当局サイドの苦悩があるのだろう。

中国当局も「情報の隠ぺいが露呈するデメリット」を認識し始めた
加藤さんが書いている中で、もう1つ、興味深いのは、中国で、当局がメディアの発信する情報をコントロールできた時代は終えんしつつある、と述べている点だ。加藤さんはその点について「今の中国においては『情報を隠すメリット』よりも『情報の隠ぺいが露呈するデメリット』のほうが大きい。当局がいくら隠そうとしても、情報は外国メディアやインターネットを通じて流れ出してしまうのだ。もし情報を隠していたことが明るみに出てしまえば、それこそ民衆の怒りに火をつけることになるからだ」という。

中国高速鉄道事故で、鉄道省が事故を隠ぺいするためか、あるいは一刻も早く復旧させ高速鉄道は運行再開したことをアピールするためだったか、定かでないが、事故の翌日早朝に事故車両を穴に埋めるという異常な行動に出た。それがインターネット上で、また新聞報道で取り上げられたため、あわてて北京中央が動き、温家宝首相自らが乗り出して事態の収拾に乗り出したうえ、事故究明委員会の立ち上げなどを指示した。以前ならば、警察や人民解放軍を大量動員して、事故現場への立ち入りを封鎖し、闇に葬り去ることもあったかもしれないが、現代のように、情報が一気に伝播する時代には止めようがない。その意味でインターネットの普及の持つ意味は大きい。

加藤さんは「中国にとって日本と敵対してもメリットはない」
と指摘
ただ、中国当局が最近、中国高速鉄道をめぐるメディア報道を管理し始めた、というニュースが中国から流されている。事故原因究明をめぐる中国政府の姿勢に対する厳しい批判がエスカレートして、体制批判に発展することを危惧したのかもしれない。私に言わせれば、何を守ろうとするのか、体制維持のために何にこだわるのか、確かに国内に課題山積だが、経済成長に弾みがついており、むしろ国際的にも大国の責任を果たす方向で動き出せばいいでないか、と思ってしまう。

日中間では、今後、さまざまな問題が起きる可能性は避けられない。しかし加藤さんは「中国にとって、日本と敵対してもメリットはない」、「日本と中国は驚くほど利害が一致している」といった指摘も行っている。私も日中の経済関係に関して、相互補完し合える分野が多いし、とくに環境問題や省エネ、さらには高齢化に対応した医療や年金などの社会インフラに関しては日本が今後、新たな先進モデル例をつくって中国にアドバスしたり提案して協調し合うことも可能だ、と思っている。

日本政府や企業は加藤さんをアドバイザーに委嘱すればいい
そういった意味で、日本にとっては、加藤さんのような若者が中国社会に深く入り込んで本音を聞きだしながら、日中間での不必要な、感情的反目を回避し、逆に協調の枠組み構築に踏み出す状況を作り出してくれる存在を大事にすべきだ。日本の政治はここ数10年、すかり内向きになってしまい、日中間での政治人脈のパイプづくりも出来ていないだけに、加藤さんら若者の新たな人的交流に期待したい。
加藤さんは、新渡戸稲造さんが昔、米国留学に際して「願わくば、われ太平洋の橋とならん」に刺激され、今回の著書の書名を、中国との懸け橋役をめざして「われ日本海の橋とならん」としたそうだ。日本政府も、企業も、こういった深い中国人脈を武器に中国を動かしかねない加藤さんをアドバイザーに委嘱すればいい。それにしても、こういった行動力のある問題意識のある若者が出てくるのは本当にうれしい。

民主党の「自民党化」?が心配 政策決定の失敗反省し新戦略を

ここ数年、国民は、政治に裏切られっぱなしだ。制度疲労状態に陥った自民党政治に幻滅し、政権交代めざす民主党に新たな政治を託したら、当初の「期待半分・不安半分」は政権運営の未熟さで、期待外れ度が一気に深刻になった。そればかりか東日本大震災、原発事故という文字どおりの国難への対応に関しても、スピード感がないうえ政治指導力が決定的に欠けた。国民が期待した日本のフルモデルチェンジなど、到底、望めない状況だ。

そんな中で、新たにスタートした野田佳彦首相率いる新政権の中核大臣の1人、鉢呂吉雄前経済産業相が放射能汚染で避難生活を余儀なくされた福島県の被災地住民の神経を逆なでする「人っ子1人いない死の町」という問題発言で反発を招き、あっけなく辞任となった。民主党政治の未熟度は相変わらずだ。ところが野党第1党の自民党の石原伸晃幹事長も10年の節目を迎えた米国での同時多発テロについて最近、「歴史の必然で起きたことでないか」と米国民の神経を逆なでする不規則発言を行った。与野党問わず、政治家の無神経さ、緊張感のなさが何ともこわい。

前自民党政権システム全否定から一転、
先祖がえりでは存在問われる
さて、今回のテーマは、民主党の野田新政権が進めようとする政策決定システムの変更が「自民党化」しつつある、という点をめぐる問題をとりあげたい。
結論から先に申上げれば、政権交代に際して、前自民党政権システムの全否定から始まって、民主党が新たに構築したシステムにもし問題が生じたのなら、躊躇なく変更を加えるのは望ましいことだ。しかし、これまでの政策決定システムのどこに問題があったのか、問題抽出をしっかりと行い、その反省のもとに、どうすれば機動的な、時代先取りのスピーディーな政策決定が行えるかの処方箋を明示すべきだ。前自民党政権への単なる先祖がえりだけだったら、民主党という政党の存在そのものが問われることになりかねない。

現時点では、民主党新政権の政策決定システムがどう変わるのか、全容が見えない。ただ、いくつかの主要な新聞メディアが報じるとおり、自民党前政権の政策決定システムを取り入れつつあり、それが「自民党化」していることは事実だ。

民主党政調が政府提出法案の事前審査、内閣一元決定から変更へ
たとえば前原誠司民主党政策調査(政調)会長が9月6日の民主党政調役員会で、政府提出法案については党政調が事前承認することを決め、党主導で政策決定を行っていく方針を打ち出したのは大きな意味を持つ。なにしろ、これまでは政策決定の一元化、とくに首相官邸に政策決定権限を委ねる内閣一元化が民主党政権の旗印だった。それが今回の決定では、かつての自民党政務調査(政調)会が政府提出法案の事前審査を行って内閣にニラミをきかし、また同じく自民党総務会も隠然たる力を持ち、党主導色、党の存在感を強めた自民党型政策決定のやり方に近いものに変えつつあるからだ。

そればかりでない。民主党は9月12日の党役員会で、この党政調が政府提出法案の事前審査することに加え、議員立法法案の提出も党政調に集約する、早い話、党政調がすべて仕切る、という考え方を打ち出した。しかも、この党政調の事前承認をもとに、政府・民主3役会議ですべての政策を最終了承することが制度化されるという。その顔ぶれは野田首相、藤村修内閣官房長官の政府側2人に、党側が興石東幹事長、前原政調会長、平野博文国会対策委員長の3人だ。

政策決定に関与しないと「蚊帳の外」状態で不満充満、
その対策に?
なぜ、こんなに大きく軌道修正しつつあるのだろうか。知り合いの民主党中堅幹部に聞いたところでは、この党主導の政策決定にしたのには背景があるという。具体的には、政権交代後の最初の政権、鳩山由紀夫元首相のもとでは民主党政調という組織そのものが廃止となり、内閣に政策決定を一元化するようにした。
そのあおりで首相官邸での政策関係会議にかかわらなかったり、あるいは大臣、副大臣、政務官という各省庁の政策決定権限を持つポジションにつけない民主党議員にとっては、政策決定の蚊帳の外に置かれてしまい、フラストレーションばかりがたまったという。

そして、そのあとの菅直人前政権になって、反動で、党政調が一応、復活したが、各議員は政調会長に政策提案や進言の範囲にとどまり、存在感がゼロ、つまりは政策決定に関与しない限りは、何の力も持てない状況だった、とも述べている。

「次期総選挙など国政選挙見据え、
中途半端な立場の議員にやる気を」
その中堅幹部は「ボク自身は、ある時期から行政機関の政策決定ポストにかかわれたので、何とか政策決定に関与出来たが、それまでは、フラストレーションがたまったのは事実。他にも同じような境遇の国会議員が多く、『政治主導の政策決定などを打ち出しているのに、なぜ関与できないのか』といった不満の声が多かった。だから、今回はガス抜きというよりも、今後の総選挙など国政選挙を見据えながら、党主導での政策形成で中途半端な立場の議員たちにやる気を起こさせるということでないか」と述べている。

ただ、ここは私の勝手な推測だが、野田首相が自らの政権基盤の弱さを補うために、民主党の党組織の政策への参加寄与度を強めさせようと、政調に事前審査機能を与えた。しかしこの政調が、下手に歯止めがきかなくなったり暴走したりするリスクもあるので、これまでの主流派仲間の前原氏に政調会長を、さらに政調会長代行に同じ前原派の政策通の仙谷由人元内閣官房長官を起用することでニラミをきかしたのでないかと思う。

民主党に政策決定の主導権委ねる「党高政低」型で大丈夫?
とはいえ、間違いなく民主党政治では党主導色が強まり、お天気の「西高東低」と同じごろ合わせだが、「党高政低」という形となり、野田新政権が政権運営や政策決定で自由な意思決定が行えるのかどうか、もっと言えば指導力の低下が危惧される。

しかし、ここで重要な点は、今回のテーマの民主党政権の「自民党化」という問題だ。前自民党政権時代には、自民党政調が政府提案の法案などの事前審査を行い総務会も利害調整の役割を担った。小泉純一郎元首相時代は例外にして、歴代政権は党の意向を無視することが出来ず、一種の自民党主導のコンセンサス政治が幅をきかした。とくに総務会が利害調整と同時に事実上、最終判断を下す機関となったため、各派閥の大物議員たちが総務会ポストにこだわった。

前自民党政権時代の総務会、政調に権限強まり族議員復活のリスク
しかし、自民党の政策決定では政調の存在が際立って大きかった。政策面での調整どころか事実上の政策決定機関となり、その下には、いわゆる族議員という隠然たる力を持つ利益集団がいた。農林族、厚生労働族といった形で、特定の政治分野で一種の利権あさりを行う政治家たちだと言われていた。

民主党が、党主導政治に比重を置くことで、これら族議員が復活し、かつての自民党と同じような利権あさりの政治家が増え、そこに官僚や産業界が群がるような利権政治の構造が再現したりしたら、それこそ大変だ。そのリスクだけは回避しなくてはならない。
この民主党新政権のもとで、党主導色が強まったが、これまで行政官庁で脱官僚、政治主導という形の政策決定の枠組みが今後どうなるのか、まだ、もう1つよく見えない。

大臣・副大臣・政務官の政治主導の政策も機能せずとの
官僚側の声も
いくつかの行政機関にいる友人の官僚の話を聞くと、口をそろえて言ったのが大臣、副大臣、政務官の政策決定3役の会議があまり機能せず、行政事務の停滞が進んだことだ、という。官僚サイドから、よかれと思って、意見具申や提案すると「お前たちの関与する問題でない。俺たち民主党政治家が政治主導で政策判断する。聞かれた時にだけ答えればいい」といった対応で、隙間風が長期にわたって吹いた。

ところが、彼ら官僚に言わせると、これら政務3役が過去の政策のしがらみなどを気にせずに大胆に時代先取りの政策判断をするなら、自分たちも不満をくすぶらせずに応じる。ところが、政策勉強もしないままムダな議論を続けて結論を先送りしたりするケースも多く、何が政治主導の強みだったか未だによくわからない、というのだ。
この行政機関の政策決定に、民主党主導での政策決定がどうかかわるのか、正直なところ、よくわからない。当面は、見守るしかない。
ただ、今回の民主党の野田政権の政策決定のシステム変更のうち、私自身が今後の推移に関心を持っているのは、前自民党政権時代の経済財政諮問会議に似た国家戦略会議(仮称)を新設し、新たな取り組みをする、という点だ。

国家戦略会議新設構想は賛成、マクロ経済運営の司令塔に
野田首相は9月13日の国会での所信表明演説で、野田首相自身が国家戦略会議の議長となり、古川元久経済財政・国家戦略相を軸に安住淳財務相、新任の枝野幸男経済産業相ら経済閣僚、それに白川方明日銀総裁、米倉弘昌経団連会長、古賀伸明連合会長らをメンバーに、学者ら有識者も加わってマクロ経済政策運営に関する政策を決めて行く、という。端的には予算編成、税制改正、そして税・財政と社会保障の一体改革、環太平洋経済連携協定(TPP)はじめ、中長期の成長戦略なども入るのだろう。

これだけみると、前自民党政権時代の経済財政諮問会議そっくりだ。さきほどの民主党中堅幹部の話では、この国家戦略会議に強い権限を与えるために法律整備するか、閣議決定で設置するか、まだ流動的なこと、また菅前政権時代に、首相官邸に数多く作ったマクロ政策関連の社会保障改革に関する集中検討会議などの会議を統廃合するか、国家戦略会議に一本化するかどうか、さらにはこれまで述べてきた民主党本部の党主導の政策決定とどのようにからませるのか、主導権争いをやっている余裕もないが、その調整を間違いなくやっておかないと、あとあとしこりになるので、これも課題だという。

大事なのは戦略構築力、
野田政権は日本のフルモデルチェンジ出来るか
ただ、民主党のこれまでの政策決定システムを見る限り、率直に言って、鳩山元首相、菅前首相には、そろってパワフルな政治指導力に欠けた。とくに菅前首相は自分の周辺に補佐官や顧問、参与などやたらにアドバイサーを置くと同時に、首相官邸内には重複しかねないほど数多くの経済関係の専門家会議を置きながら肝心の指示や方針を打ち出さなかったため、会議が空回りしていた、という話も聞いた。
そういった点で、民主党の野田新政権がこれまでの政策決定の「失敗の研究」を十分に行いながら、失敗の総括を経て、あとは強いリーダーシップを確保し、今後の日本のフルモデルチェンジを含めて、どういった国家にしていくのか、戦略なりビジョンを、この国家戦略会議で打ち出してほしい。また「期待半分・不安半分」が最後は期待外れに終わらないように頼みたい。

韓国は生き残りかけFTA戦略、 農業も被害対策講じ競争力を強化

新興アジアで高成長が際立つ中国に比べ、韓国は経済規模が小さいながらも最近、国際社会で、とみに存在感を強めている。その基軸が積極的な自由貿易協定(FTA)戦略だ。中進国から先進国への仲間入りを果たすこと、日本以上に貿易依存度の強さから生き残りをかけて貿易立国に徹すること――などのため、FTA戦略によって欧州連合(EU)や米国との間で関税障壁を取り外して貿易展開を進める、同時に通貨ウオン安を巧みに使って輸出競争力も強化する形だ。内向きの日本とは対照的で、大胆なグローバル戦略を国家の基軸に据えているように見える。

そんな中で、韓国は、日本と同じく比重の高い国内農業をどう位置付けているのだろうか。FTA戦略のもとで、今やグローバルレベルで強み発揮のエレクトロニクスや自動車などの輸出産業に優先度を与えることの方が国益の面で重要との判断で、農業は被害対策を講じればいい、という安易な政策判断なのだろうか。逆に農業の国際競争力をつける手立てをやらないのだろうかといった点に、ジャーナリストとしての関心があった。

狭い内需にしがみつかず
輸出戦略で攻勢が国家の生きる道との判断
私がメンバーの農政ジャーナリストの会で、FTA下の韓国農業を見る、という取材旅行プロジェクトがあったので、躊躇なく9月19日から約1週間、参加した。そのため、コラムを1回、お休みさせていただいたが、今回は、その出張レポートをしよう。

結論から申上げれば、韓国は4800万人口のもとで、狭い内需にしがみつくよりも、90%超の貿易依存度(世銀調べ)の現状を踏まえ、FTA締結に伴う海外からの輸入攻勢のリスクを承知で、積極的に輸出戦略をたてるのが国家の生き残る道との判断でいる。

この戦略のもと、国内農業に関しては、主食のコメだけは適用除外とし、それ以外のコスト面で競争に勝てない農産物分野には対策を講じる。逆に競争力強化策を講じれば生き残れる分野に関しては輸出団地の造成はじめ、状況によっては輸出補助金もつける政府や自治体の対応だ。しかも農業の国際競争力をつけ、攻めの姿勢で臨もうという点も特徴的だ。日本にとって学ばねばならない部分がありそうだ。

農協中央会幹部も本音ベースでFTA許容やむなし、
コメだけ例外扱い
農業分野で、政治に対して最大の圧力団体でもある韓国農協中央会の複数の幹部と話し合った際も、幹部の1人が、「これは個人的な発言で、農協中央会の総意と思われては困るが、あえて本音を申上げる。国内の農業担当記者には、この本音は絶対には言わない」という条件付きで語ったのが次のような点だ。

韓国は、輸出入を含めた貿易への依存度が今や90%台の貿易立国の国だ。日本のように巨大な国内需要(内需)が軸にある国と違って、海外との貿易を伸ばしていくしか生きる道がない。となれば、競争力のあるエレクトロニクスや自動車、造船などの製造業の輸出を伸ばすため、FTAを積極的に結び関税の自由化をうまく活用する手法に行かざるを得ない。農業はその分、しわ寄せを受けるが、そのための被害対策を、政府に短期的に講じてもらうと同時に、中長期的には逆に海外に農産物輸出が出来るように競争力強化策を展開する。それが貿易立国の韓国の農業の生きる道だ、というのだ。

要は、何が何でも絶対に反対というものでない。韓国としては、ある程度、FTAを許容し、むしろ、コメのように必ず適用除外品目にするものをハッキリと決め、それ以外のものについては自由化対策をしっかり政府や政治に求めると同時に、農産物輸出する力をつけることだ、と言う姿勢だ。

韓国は生き残りかけFTA戦略、
農業も被害対策講じ競争力を強化

日本市場をターゲットに競争力強化策、
ウオン安も援護射撃に
また、韓国のある農業関係者は「日本は、われわれ韓国農業にとっては、とても魅力的な市場を持っている。われわれがさまざまな面で競争力強化に取り組み、高品質、高価格、高利潤が見込める農産物の輸出を日本向けに行えばいい。そのため、最近は政府や自治体がバックアップしての輸出団地化を行い、生産農家も、その団地に集約を図るケース、あるいはR&D(研究開発)機能や集荷機能を持たせるケースなど、競争力のある農産物輸出のための戦略展開に取り組み中だ」と述べている。

そこで、われわれ農業ジャーナリストチームはソウル北にある日本市場向けのバラ、キクの花きの輸出団地を見学した際、団地を統括する幹部の話では、政府と自治体で合計15%の出荷輸送補助を行っている、という。早い話が一種の輸出補助金だが、国を挙げて農産物輸出のサポート体制も出来ている、ということだ。

言うまでもないことだが、今の韓国の輸出産業にとどまらず農業にとっても、韓国通貨のウオン安は大きな強みだ。為替面で価格競争力を補強する形になっている。韓国の農産物の輸出促進策を進めている韓国農水産物流通公社の幹部は、韓国農産物輸出増に対してウオン安が20%ほど寄与しているかもしれない、とポロっと漏らした。この数字はかなり意味のある数字だと言っていい。

サムスン研究所「日本は問題先送りばかり、
戦略性が必要」と耳の痛い指摘
私たちは、農業関係者だけでなくサムスン経済研究所でFTA問題に取り組んでいる研究者にも話を聞いた。サムスングループのシンクタンクなので、当然ながら、FTAを活用したグローバル戦略が韓国の生き残りの道という点に関しては積極姿勢だった。

ただ、興味深かったのは「韓国は大統領制という、政治の意思決定が早いシステムが特徴で、FTAが重要な国家戦略と判断すれば、すぐに政治決断する。その点、日本は例外品目なしの環太平洋経済連携協定(TPP)でいくのか、あるいはコメなど例外品目を認める二国間取り決めなどのFTAでいくのか、よくわからない。それに、政治そのものが問題先送りばかりしているように見える」という研究員の指摘だった。

その研究員はさらに、「日本も韓国も今後、マクロ政策面では同じ運命をたどる。内需拡大が難しくなる中で、FTAなどグローバル対応で外需に活路を求めざるを得なくなる。そこで、韓国はFTAにからむ農業対策に関しても、犠牲を最小限にとどめるため、まず、小国のチリで学習し経験を積み、次第にEUや米国などとのFTAに発展させた。日本はもっと戦略性が必要だ」とも述べた。日本研究もやっていて、指摘も鋭い。日本の政治家に聞かせたい話だった。

サムスン研出身の農村振興庁長官、
成熟社会下の日韓農業連携も提案
そのサムスン研究所から政治任用で大統領秘書官に引き抜かれ、そのあと副大臣を経て、農村振興庁という政府機関のトップについたミン・スン・キュー氏の話は逆に参考になった。民間出身者だけにアイディアマンで、発想も興味深い。

日本にもヒントになるなと思った発言部分は、「日本、韓国の農業は成熟社会の農業と言う点で、意外に似ているところがある。端的には、安全・安心、おいしさ、高品質、さらに信頼される農産物などのキーワードだ。私は、日本と韓国の農業が新たな生命資本主義といったパラダイムで連携し、新興アジアの農業をリードするのも役割でないかと思う。新しい先進モデル事例となる農業をめざすべきでないか」という点だ。

そして、長官は民間出身者の発想でもってSTRONG+アルファというキーワードを持ち出し、農業に情報技術(IT)を導入、消費者を感動させる農産物づくり、農業者に経営マインドを植え付ける、農業がマーケットリサーチをしながら売れる農産物のネットワークづくりが大事だという。韓国農業に新風を吹き込もうとする姿勢が感じられた。

韓国は中国とのFTAにはコスト競争力などの面で意外に警戒的
ただ、そうは言っても韓国農業は、日本農業と違って専業農家比率が極めて高く、圧倒的に小規模経営だ。今や輸入農産物比率が50%を超す状況のなかで、海外、とりわけ中国からの安い農産物との競争を強いられている。
この点に関連して、中国とのFTAについては、農業関係者の口が意外に重かった。理由はおわかりだろう。韓国の農業者の人件費を含めたコストと中国のそれは明らかに差があり、中国と韓国との間の経済国境を取り外すと、中国から相対的に割安の農産物がどっと韓国に流入し、あっという間に国内市場を席捲されるリスクがある。このため、韓国にとっては競争力があるエレクトロニクスや自動車などでは中国の巨大市場への輸出が可能で、外貨を稼ぎだせるが、こと、農業にとっては、明らかにコスト競争力の面で比べものにならないため、中韓FTAに関しては可能な限り先延ばしが本音、という印象だ。

ある農業関係者は「EUや米国とのFTAは地理的にも距離があり、生鮮野菜を除く冷凍加工の野菜や畜産物などが流入するリスクはあるが、大きな問題ではない。むしろ、その点で言えば、中国との間は、1日経済圏なので、韓国の農業にとっては、コストの安い中国産農産物が流入するリスクがある。その点では、中国とのFTAは他の国々とは異なる戦略対応が必要になるかもしれない」と述べていた。

ある農業関係者は「EUや米国とのFTAは地理的にも距離があり、冷凍の畜産物や食品加工品などが流入するリスクはあるが、大きな問題ではない。むしろ、中国との間は1日経済圏なので、韓国の農業にとっては、コストの安い中国産農産物が流入するリスクがある。中国とのFTAは他の国々とは異なる戦略対応が必要になる」と述べていた。

日本は韓国から何を学ぶか、
「農業国チリとのFTAで経験」は参考になる
今回、韓国のFTA戦略と影響を受ける農業の対応が大きな取材テーマだったが、韓国から学ぶべきことは、戦略を明確にし、強みと弱みが何かを見極め、そのうち弱みの部分の農業に関して、被害対策だけでなく、逆に攻めの対策も講じるやり方だ。

とくにサムスン研究所研究員が指摘していたように、まずチリという農業国とのFTAで競合するブドウなどの影響を見極め、廃園対策を講じる一方で、生産時期がバッティングせず、むしろ補完し合えるように対策を打っている。結果は、表現がよくないが、管理淘汰によって生産過剰をなくして、チリブドウとのすみ分けを実現している。

これによって、韓国としてはFTA農業対策の経験を積んで外堀を埋め、次第に本丸のEUや米国、さらに今後の中国、さらに日本とのFTAに備えようというものだ。日本はこと、FTAに関しては、国内農業が政治問題化しかねないというリスクばかりを考え、シンガポールなど農業とは無縁の国々とのFTAで臨み、どちらかと言えば弱腰の戦略だ。韓国のように、FTAが戦略的に避けて通れない課題と見たら、いち早く弱みの農業対策のために、農業国チリで対策の経験を積む。この韓国のやり方は、「なかなかしたたかに考えているな」と思わせるものだ。

韓国農業の現状で、もう少しレポートしたいこともあり、次回も韓国の話を取り上げる。とにかく韓国はたくましくなっていることだけは間違いない。

サムスンなど財閥企業依存の韓国 すぐ後ろに迫る中国にどう対応?

 韓国は、日本のような極度に内向きに陥っている国とは対照的に、国の内外にさまざまな課題を抱えながら、文字通り生き残りをかけて、必死に対応せざるを得ないという、常に緊張と背中合わせの不思議な国だ。特に、北朝鮮(朝鮮人民共和国)という体制の異なる政治・経済・軍事のいずれの面でも暴発リスクを抱える国と同居しながら、一方で、1997年のアジア金融危機、そして2008年の米国発の金融危機、リーマン・ショックの2つの大きな外的なショックをきっかけに、自由貿易協定(FTA)を戦略的に活用してグローバル展開を図るといった大胆な政策選択をとらざるを得ないからだ。

私にとって韓国は初めての訪問で、9月後半の約1週間の旅ではFTA下の韓国農業の現状を取材し、同じ問題を抱える日本農業にとって学びとる課題は何かをつかむと同時に、経済ジャーナリストの立場で好奇心旺盛に、多くの韓国の人たちに会い、農業問題に限らず経済問題全般について、現場ベースで見聞することができたのは、プラスだった。

アジア金融危機で国際競争に勝ち抜くため、
産業を大胆に管理淘汰
 そこで、今回は、これまでの2回のレポートコラムの最終回ということにして、サムスンエレクトロニクスなど財閥系大企業グループ依存の韓国経済の問題にスポットを当ててみたい。私の問題意識はこうだ。

韓国経済はアジア金融危機でどん底に落ちかけた際に、時の政権が産業政策の面で1業種2社体制に絞り込む産業の管理淘汰を大胆に行った。同時に、エレクトロニクス、自動車、造船などの業種ごとに、上位2社を政策面で、さらに政策金融面で、国際競争力強化という目的で徹底した支援体制をとった。それら2社がグローバル展開するためのサポートの極めつけがFTA戦略だ。同時に通貨面での輸出競争力をつけるために、場合によっては為替市場への介入でウオン安を作り出すことも辞さず、という競争力強化政策だ。

すでに前回、前回のコラムでも述べたように、韓国経済自体が4800万人の人口にとどまり、狭い内需にしがみついて縮小均衡で生き残れる状況でない。むしろ、国内区から一気に国際区、グローバル区に飛び出して積極展開しながら、国内総生産(GDP)を増やしていく政策選択をとらざるを得ない状況だ。とくに、その場合、際立っているのは時の政権が、その政策の基軸を財閥系企業の競争力サポートに置いていることだ。

「韓国の中国対策は日本企業の
秘伝のタレ的な技術の確保」と真田教授
 しかし今回、ぜひ取り上げてみたいのは、その韓国のすぐ後ろに新興経済国で急成長を続ける中国の追い上げが強まっており、しかも韓国モデルを徹底研究して凌駕(りょうが)する可能性も否定できない。これを受け止める新たな戦略構築があるのかどうかだ。

この問題に関して、144回のコラムで、日本の中小企業の生き残り戦略を取り上げた際、ご紹介した私の友人の愛知淑徳大学の真田幸光教授の興味深い話がヒントになる。韓国のサムスンエレクトロニクスのようなグローバル展開する企業は、ブランドイメージを高めるマーケッティング力を駆使しながら、新興市場での現地化戦略、とくに機能を単純化した家電製品を割安価格で、かつ現地ニーズに対応して、たとえばコーラン機能がついたテレビをイスラム社会で低価格販売するといったやり方でシェアを拡大させた。今後、中国が同じ手法でさらに低コスト化を図れば太刀打ちできなくなる恐れがある。

そこで、真田教授によると、韓国の企業は、中国からの追いあげをかわすために、日本の優れもの技術を持つ企業のうち、株式非上場のオーナー企業で、資金繰りに窮したり、人材難で苦しんでいる企業を秘かに物色して経営連携を図り、マーケットから買えない無形の技術資産を手に入れようとしている。それさえ持てば、技術革新力、品質維持管理力などで劣る中国を引き離せる、と踏んでいる。もちろん、グローバルに売れる商品を見つけ出し、戦略特化するのも大事だが、真似の出来ない日本の老舗企業が持つ一種の秘伝のタレ的な独自技術の獲得に躍起だ、というのだ。

出井ソニー元CEOは「サムスンがさらに
グローバル戦略を追求するしかない」
これに対して、最近、会う機会のあったソニーの元CEO(最高経営責任者)で、現在、クオンタムリープの代表取締役の出井伸之さんは違う見方でいた。このサムスンエレクトロニクスなどグローバル展開する企業の中国追い上げ対策に関して、「秘伝のタレのような技術を追い求めるのでなく、あくまでもグローバル競争に勝ち残れるような新たなビジネスモデルを探ることだ。マネージメントの課題は常に、それを追い求めることでしかない」と述べている。

出井さんによると、グローバル企業のソニーのトップとして、出井さん自身が常に課題にしてきたのは、グローバル競争に勝ち抜くための技術力はじめ、それに裏打ちされた売れる商品づくりなどだ。経営は、そのために不断の取組みが求められた、という。

「中国はまだ国内が主戦場、韓国ベンチマーク経営に太刀打ちできず」と深川教授
 韓国経済研究では専門家の深川由起子早稲田大学教授は、いくつかのセミナーで、韓国のグローバル展開する企業には、中国にない強みを持っていること、また中国自身が国内市場を主戦場にする状況で、韓国とのグローバル戦略には大きな開きがあるため、韓国を抜き去る可能性は少ない、という見方を述べている。

深川教授の分析はこうだ。具体的には、日本を追い上げる形で来た韓国企業は、日本の膨大な企業投資、とくに基礎研究開発には強い関心を示し市場性のある売れる商品とのオーナー経営者の判断がつくと、すさまじい勢いで設備投資を行い、一気にコストダウンを図って、あとはマーケット戦略で抜き去ってしまう。この経営判断のスピードの早さ、米国から取り入れた財務感覚で、しかも短期間に収益をあげることに躍起となる。日本の現場主義もすかさず学びとってしまう巧みさも身につけている。

こうした点で、中国企業にとっては、日本企業などをベンチマークにする韓国の経営手法はまだ真似できない。同時に、さきほどの指摘のように、中国企業が主戦場を国内に置いているのと違って、韓国企業は外国企業の経営統合や合併(M&A)を積極的に行い、グローバル展開でも中国とは格段の差がある、という見方だ。

中国企業経営には課題が多いが、
後発のメリットを活かすのは時間の問題?
 私自身は、この深川教授の指摘に関しては、現状ではそのとおりだろうと思う。しかし、今のようなグローバルの時代、スピードの時代、そしてマーケットの時代には、後発のメリットはすさまじいもので、中国のように急成長の経済力を背景に、徹底した技術の模倣を経て、あっという間に、追いついてくる可能性が高い、と見るのだ。

問題は、韓国のサムスンエレクトロニクスのようなオーナー経営者などによるスピーディな意思決定が出来る経営体制にあるかどうか、中堅幹部を含めてグローバル人材を活用し、成果主義で大胆に評価する人事マネージメントが出来るのか、韓国のウイークポイントの技術の応用のみならず、日本の強みの基礎技術の研究開発力を備えているかーなど課題を克服できるか、中国のように社会主義と市場経済主義を宅に使い分けながら、後発のメリットを活かす、というやり方だけでは、いずれ限界が露呈してくる。そういった点で、中国がどこまで韓国を追いあげ得る力があるかどうかだ。

サムスングループ連結売上高が韓国の名目GDPの10%はすごい数字
 ところで今回の旅で、韓国のある大学教授は意味深長なことを言っていた。「かつての日本のような政、官、財一体の日本株式会社的な国家経営が今の韓国にある。政権にとっては、サムスングループなど財閥系企業グループのグローバル展開力への依存度は強まるばかり。サムスングループの2010年度連結年間売上高は154兆ウオン、連結利益が16兆ウオンだが、売上高は韓国の同じ年度の名目GDP1172兆ウオンの10%にのぼる。韓国経済のサムスングループの依存度の大きさが理解できよう。この企業経営が破たんでもしたら、韓国自体の経済危機になりかねない。明らかに異常だ」というのだ。

別の韓国人の大学研究者も「以前、サムスングループの顧問弁護士が良心の呵責か、時の政権との癒着、とくに贈賄などの問題を内部告発し、検察がそれを受けとめてサムスンエレクトロニクスの会長が逮捕されたりして、企業のガバナンスも厳しくなったのは事実。でも、まだまだ、われわれのうかがいしれない部分で、財閥系企業と政治や行政の癒着も出かねない。日本のように、しっかりとしたモノづくり技術を持つ中堅・中小企業が育っていないのも課題だ。それに、グローバル化のもとに役員報酬や幹部の給与がエスカレートし、一般企業などとの所得格差は広がるばかり。これも課題だ」という。

日本企業の韓国戦略に変化、
FTAと法人税安の活用で韓国に立地
 これら課題を抱える韓国に対して、直接投資の形で進出する日本企業の動きが最近、際立ってきた。経済ジャーナリスト的にも興味ある点だ。いくつかの動きを挙げると、旭化成ケミカルズが2011年1月に約2700億ウオン(円換算200億円)を投じて東西石油化学の工場に化学プラントを建設、同じく東レが約630億ウオン(円換算50億円)をつぎ込んで主力の炭素繊維工場を建設する。また三菱商事と日本曹達が韓国の南海化学と合弁会社を設立、石油化学コンビナートに農薬原料の生産工場をつくるといった点で、文字どおり枚挙にいとまがないほど、急増している。

韓国のFTA戦略を巧みに活用しようという戦略にほかならない。韓国がFTAを結んで関税の自由化がこれから本格化するEU、それに米国に対しては、韓国の工場で生産したものをEUや米国に輸出すれば、韓国企業との競合になるが、日本から輸出するよりも、はるかに関税面で割安感が出てコスト競争力がつくというものだ。そればかりでない。韓国の産業用電力の料金が日本の3分の1のキロワットアワーあたり3.8円、法人税も日本の実効税率40%よりも安い24%などの立地メリットも大きいというものだ。

トヨタは米韓FTAを活用し、日本発から
米国産カムリを韓国に輸出検討も
さらに、最近のメディア報道で、おやっと思ったのはトヨタ自動車が2012年から韓国向け輸出用の中型セダン「カムリ」について、日本からの輸出を米国で生産したクルマに切り換えることを検討中、というのだ。東レなどのように、韓国工場からのFTA活用による輸出とは違って、逆に、米国と韓国とのFTA批准が今年中に終わる見通しのため、米国から逆に韓国市場向けに輸出すれば、円高で為替リスクが増大するリスクも回避できるし、米国トヨタが米韓間の関税撤廃のメリットを享受できる、というわけだ。

今回の韓国の旅で、ソウル市内のみならず至るところで、圧倒的に韓国の現代自動車が走っていた。韓国の人たちの話ではニューリッチ層や富裕層はトヨタの高級車レクサスに人気があり、ステータスシンボルになっているが、輸入関税が高くて、一般の人たちは手が出ない、という。これも考えようだが、カムリと同様、韓国のFTAの逆利用もあり得る。こうしてみると、日本自身が韓国の土俵で相撲をとるよりも、日本自身が大胆なFTA、あるいは環太平洋経済連携協定(TPP)の戦略展開が必要になる。いかがだろうか。

ユーロ圏からギリシャ一時隔離も リスク連鎖を断ち切るのが最重要

 グローバル社会のすごさは、世界中のどこかで、金融市場が必ずオープンしていて、金融取引が24時間切れ目なく、そして際限なく、さまざまな形態で行われていることだ。インターネットがそれを加速している。そのスピードはすさまじく速く、瞬時に金融取引が行われる。マネーは貪欲だから、儲かると判断すれば、文字どおり国境を越えて、世界中の至る所で動き回る。抑えようがないが、好循環している限りは問題ない。

ところが、それらのマネーはひとたびリスクがあると感じたら、もともと臆病で、保守的な性格があるので、リスクを最小限にするため、必死に逃げの姿勢に転じる。特定の国に集中していた巨額のマネーがあっという間に資金引き揚げに転じたら、その国は一転して資本不足、外貨不足に陥る。場合によっては、それがリスクの連鎖という形で、世界中に波及し、金融不安を招きかねないことだってあり得る。

ユーロ危機は民間銀行破たんだけでなく国家デフォルト不安だから
厄介
 2008年の米国発の世界金融危機、リーマンショックがその典型だ。しかし、今回のギリシャに端を発したユーロ危機はもっと難しい問題を抱える。リーマンショック時のような金融機関の破たんリスクにとどまらず、国家の債務危機、端的にはギリシャという国家の発行した国債の返済不能となるデフォルト・リスクが現実味を帯びてきているのだ。

このため、そのギリシャ国債を、資金運用の形で抱え込んだドイツやフランスの銀行の損失リスクが一気に巨額に膨れ上がり、金融システムに甚大な影響が出かねない状態に追い込まれた。欧州連合(EU)加盟国の首脳や財務相による会議、欧州中央銀行会議、先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議、果ては新興国を交えた20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議(G20)など、会議が踊るように開催され、必死で対策に頭を痛める。

日本が金融システム不安対応で批判された「小出し・遅すぎる」が
再現
 しかし、決定的な事態打開策が見当たらないまま、時間がどんどん過ぎていく。問題の所在はわかっていても、誰もが大きなリスクをとりたくないためだ。その結果、かつて日本が金融システム対応で「対策がいつも小出し、遅すぎる」と欧米諸国から痛烈に批判を受けたことが今、同じような形でユーロ危機対応の現場で起きている。これが、世界中のさまざまな人たちの不安感を増幅し、それが欧州にとどまらず、世界中に拡がる事態になってきているから、まったく厄介だ。

さて、前回までのコラムで、韓国FTAと農業の問題にかかわっているうちに、グローバルな世界では米リーマンショックに続くリスクとも言えるユーロ危機がますます深刻化し、大問題になってきた。そこで、経済ジャーナリストとしても、看過できない問題なので、今回は、このユーロ危機の問題を取り上げてみたい。

証券取引所での問題株の監理ポスト入りと同じ、
改善すれば復帰可能に
 結論から先に申上げれば、私は、いま連鎖のリスクをどこかのタイミングで、断ち切ることが重要だと思っている。端的には、ギリシャを一時的にユーロ圏から切り離すことだ。スペインやポルトガル、イタリアなど、ギリシャと同じ問題を抱える南欧の他の国々へ飛び火し、火の海になって手のつけようがなくなる事態に至らないようにする、早い話が延焼を食い止めるしかない、と思うのだ。

一時的な切り離しと言っても、証券取引所で、上場企業の株価が、企業業績に大きな影響を及ぼす重要情報ながら、未確認のため、思惑もからんで乱高下し投資家に大きなリスクを与える場合、事態解明が行われるまで監理ポストに入れるのと同じだ。株式の上場基準を満たすような事態に戻れば、当然、元に戻される。だから、今回もギリシャを一度、ユーロ圏から切り離し、ギリシャ自身で財政再建や構造改革への真剣な取り組みを行ってもらい、先行きに展望がつくようになったら、またユーロ圏に復帰させればいいのだ。

ギリシャ隔離措置で支援打ち切るか、
旧通貨へ戻れるかで市場混乱も
 と言っても、現実問題として、なかなか厄介な問題が多いことは事実だ。ギリシャがいま抱える国債の償還期限が次々と押し寄せるものに関して、EU、そして国際通貨基金(IMF)が数回にわたって財政再建努力などを条件に、元本と利息分の償還のための巨額の金融支援を行っているが、肝心のギリシャ自身の財政再建は、大幅な歳出カットが景気後退や税収減の悪循環となり、スムーズに進んでいない。
この状況下で、仮に、ギリシャをユーロ圏から一時的に切り離すといった場合、この政策支援をどうするのか、またこれまではユーロ圏のメンバーだったからこそ、他の国々への波及を食い止めるために積極支援してきたが、今後は自助努力を求めるとギリシャを突き放すのか―など、悩ましい問題が山積する。

そればかりでない。ギリシャ自身がユーロ圏から一時的とはいえ、離脱、もっと言えば半ば強制的に一時隔離の形で離脱を強要された場合、ギリシャ政府としては元のギリシャ通貨を再発行し、銀行決済を含めて、市場経済取引などシステムの再設計をしなくてはならない。これに要するエネルギーやコストなどは計り知れない。政治混乱はもとよりだが、金融を含む経済、さらには社会混乱も、まさに予測がつかない。

荒っぽい方策だが、他国への「延焼」阻止が必要、
現実は政治利害からむ
 荒っぽいやり方だと思われるかもしれないが、ギリシャ以外の国々への延焼を防ぐことが、今は何よりも必要だ。ところが、現実問題として、ギリシャ対応でのユーロ圏17カ国の利害が錯そうしての行動を見ていると、あとに続く可能性があるスペインなどのデフォルトリスク、金融機関の経営不安に、とても対応しきれない、と思える。はっきり言って、今の支援の枠組みでは、ギリシャはいろいろな意味で限界があるのだ。

ごく最近の問題で言えば、ユーロ圏17カ国の財政や金融危機に対応するための欧州金融安定基金(EFSF)が、域内の金融機関が抱えるギリシャ国債などの損失リスクのカバーのための資本増強、関連する融資能力拡大など機能強化策も危険な綱渡りだった。17カ国全部の議会同意が必要なのに、政治の利害や与野党確執がからみ、大詰め段階で中欧スロバキア議会がいったん否決し、再度の政治調整でやっと可決する状況だったからだ。

ユーロ圏各国の財政負担増に歯止めがない、常に国債格下げリスクも
 小国スロバキアがなぜ国民負担の犠牲を強いてでもギリシャ支援する必要があるのか、といった反発からだが、この政治の理屈は、スロバキアに限らず最強のドイツにも根強い。今後、スペインなど同じ問題を抱える国への支援で、17カ国の1つの国でも反対行動に出たら、ゲームセットという、リスクを常に抱える。

もっと重要な問題は、ユーロ圏の各国の財政が危機対応で膨大な負担増になっているうえ、財政悪化の歯止めをかける術(すべ)がない。今後、スペインなどに延焼していった場合、さらに財政負担増となり、それ自体が国民の負担増に跳ね返り、しかも景気押し下げ要因ともなっていく。そればかりでない。健全財政だった国でさえ、この際限ないユーロ危機によって、座性負担増のあおりで、常に国債の格下げリスクさえつきまとう。

ギリシャ国債の債務削減率を引き上げるデフォルト管理案は有効か
 そのギリシャ危機対策として、最近、管理型デフォルト案が浮上している、という。要は、ギリシャの国債債務返済が厳しいため、EUが危機を最小限にとどめるため、債務の削減率を当初、ギリシャ向け第2次支援策で21%削減の幅で合意していたが、最近、一気に50~60%まで拡大して、その代わり損失リスクを抱える金融機関への資本注入による自己資本比率増強などで計画的に対応しようというものだ。

返済不能というデフォルトを未然に防ぐために計画的に管理するのは一案だが、ドイツやフランスなどギリシャ国債を大量に保有する金融機関を国内に抱える国々にとっては、財政負担が大きく伴う。その点で有効と言えるか、疑問な面もある。現に、経営破たんを余儀なくされたフランス、ベルギー系の金融大手、デクシアの場合もフタを開けてみれば、事態は深刻だった。ストレステストと呼ばれる財務の健全性検査を受けて、パスしたにもかかわらずだ。デクシアは、ギリシャ国債を大量保有していただけでなく、イタリア、ポルトガル、スペインなどへの国債投資、それに貸付の残高も多く、その残高は中核資本の1.3倍にのぼる額に及んでいたという。ストレステストの信ぴょう性もあるが、財務内容次第では公的資金注入の形で各国政府にしわ寄せが及ぶことを暗示している。

ギリシャ自身が一時的に集中治療室で再生努力するしかない
 最近、欧州の旅から帰国した友人に現地情勢を聞くチャンスがあった。好奇心もあって訪問したギリシャの現状は、首都アテネ1つとっても、政府の緊縮財政策に反対するデモが目立ち、昔のギリシャの栄光などは微塵も感じられない、という。あるギリシャ人は、ユーロ圏の仲間入りしたことで、ギリシャの信用がユーロの信用と同じになったと錯覚、低利での銀行融資も受けられドイツの高級車を買えたりした。しかし借金が膨れ上がることに安易だった。政府も低利で国債を発行し、その借金で増えた財政資金を無駄遣いし、そのツケが今やってきている、と述べていたという。

ギリシャの現地からの報道を見ても、ギリシャ政府と国民の間のミゾは深まるばかりで、EUやIMFからの金融支援の見返り条件の財政再建や構造改革の展望は見えない。そのギリシャのリスクがユーロ圏にとどまらず、冒頭のグローバルの時代のマーケットのように、あっという間にリスクの連鎖が24時間、世界中を駆け巡る事態に歯止めがかからなくなったら、それこそ非常事態で、かつてのリーマンショックの比でなくなる。となれば、いまはまだギリシャでとどまっているユーロ危機を、ギリシャの切り離しによって連鎖のリスクを断ち切るしかないのでないか。その出口シナリオ、スキームをみんなで考えるしかないように思う。
要は、ギリシャ自身が一時的に集中治療室に入って再生への努力をするしかない。改善の道筋が見えれば、またユーロ圏に戻ればいいのだ。大事なのは、くどいようだが、リスク連鎖、それもグローバル連鎖を何としても止めることを真剣に考える時期にきたように思う。ギリシャの一時隔離の考え方は、乱暴な意見かもしれないが、考えてみる必要がある。

TPP参加で経済外交展開を 日本がアジア巻き込むチャンス

 環太平洋経済連携協定、正確には環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の文字がほぼ連日と言っていいほど、どこかの新聞紙面やテレビニュースに出る。野田政権が11月12、13日のハワイでのアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で、この協定に日本が参加するかどうかの表明を行う必要ありと判断し、そのための最終方針を決める前に、日本全体での合意形成が必要と、国会を中心に、さまざまな場での議論を求めているため、メディアにTPPが登場しない日がない、という状況になったのだ。

合意形成は大事だが、ちょっと異常だなと感じるのは、協定への参加をめぐり与党の民主党を中心に、野党も加わって政局化し始めたことだ。TPPは関税撤廃を原則にした貿易自由化をテーマにしたものだが、日本では輸出競争力強化のメリットをめぐる論議よりも、輸入面で海外から安い農産物が流入し日本農業が壊滅的被害を受ける懸念ありと、被害に半ば論議集中している。早い話が、TPPイコール農業問題になっていることだ。

与野党で農業問題にしぼっての政局化、米国属国の論議は異常
 しかも衆院総選挙が想定される中で、政治家特有の票田としての農民、農協を意識した農業保護のための反対論が見え隠れする。政治は本来ならば、与野党を含めて、グローバル時代に対応した農業の国際競争力強化をどうするか、国内農業の新成長モデルは何か、あるいは循環型農業を軸に自然環境を守る農業をどう構築するか、高齢化で担い手が減る農業をどうするかの議論をすべきだが、輸入自由化反対だけの1点に絞り込んでしまっている。それを政局に結び付けようとする動きさえ感じられるから、何とも理解しがたい。

もう1つ、これまた異常と思うのはTPPの枠組みが米国主導で行われているとの見方をもとに、一部で「日本は、米国の輸出増強による低迷経済打開の戦略に振り回されている。協定参加で国内市場を差出して、米国の属国になるのか」といった議があることだ。

当初、シンガポールなど4カ国でスタートしたTPPに、米国が後発国として加わったのは、輸出拡大のための市場を求めたことは間違いない。しかし、米国を含めて5カ国が加わってのTPPになったことで、9カ国がそれぞれの主権をぶつけながらルールづくりをしている。米国だけが強引にルール押し付けはあり得ない。だから、日本が参加しても主張すべき点はすべきで、米国の属国になる、というのはどう見ても論理の飛躍だ。

日本はTPPにとどまらずASEAN+3も巻き込み広域経済圏づくり主導を
 そこで、今回は閉そく状況の時代を刺激する、という時代刺激人ジャーナリストの立場で、このTPP問題を取り上げたい。ちょうど1年前の108回コラムでも問題提起したが、その際、「日本は、TPP参加を表明して国のドアを大きく開け、戦略的強みの技術革新力や環境分野で競争力を強め、同時に戦略的な弱みの農業などに関しても、大胆に強化策を打ち出すという形で、骨太の国に脱皮するチャンスにすべきだ」と述べた。この主張ポイントは変わらないが、今回はこうも言いたい。TTP参加表明で、日本はアジア大洋州、そしてアジア全体を巻き込んで大胆に、存在感のある経済外交を展開すべきだ、と。

大胆にというのは、TPPにとどまらず、東南アジア諸国連合(ASEAN10カ国)プラス3(日本、中国、韓国)による東アジア地域経済統合に向けて、日本が主導的な役割を果すべきだ。

日本国内でいろいろな人たちと、このTPP問題で議論していると、日本はTPPを選ぶか、あるいはASEAN+3を選ぶかといった、互いを対極に置く発想がある。しかし私に言わせれば、TPPとASEAN+3は対立しあうものでないし、双方にかかわることは矛盾しない。現にベトナムやマレーシア、シンガポールといったASEANメンバー国が双方にかかわっている。大事なことは、双方に大きな影響力を持つ日本が広域経済圏づくりで主導的な役割を果たせる絶好のチャンスなのだ。

米国や中国の政治的思惑とは別に、
日本が独自経済外交戦略示すこと必要
 その枠組みが整えば、さらなる広域経済圏づくりをめざして、ASEANプラス3に、インドや豪州、ニュージーランドを加えASEANプラス6の経済圏を立ち上げることも重要テーマになる。南アジアに位置するインドは今、LOOK EASTという形で、東のASEAN、そして大洋州に熱い視線を送っている。中国と並んで、インドは新興アジアの中核にあり、無視できない存在だ。同様に、豪州やニュージーランドもアジアとのつながりが強まっているうえ、鉄鉱石はじめさまざまなエネルギー資源を持っている。

中国はASEAN+3の枠組みに、これら3カ国を加えることについては抵抗している。逆に、米国は、中国の力が強大化することを警戒して、豪州など3カ国を押し込もうとし、その仲介役を安全保障上の同盟国日本に委ねようとしている。しかし、日本は、米国の政治的な思惑とは別に、日本独自の経済外交を展開するため、戦略軸をつくり、アジア、そして大洋州で存在をアピールする行動に出ればいいのだ。そうすれば米国の属国などという、おかしな議論もなくなる。

アジア金融危機を克服しグローバル展開の韓国の戦略性に学ぶべき
153回コラムで指摘したように、隣国の韓国は、狭い内需にしがみつかず、グローバルな世界に生き残りの活路を求めて、TTPのような多国間の貿易協定の枠組みとは別の二国間の自由貿易協定(FTA)を戦略的に活用している。しかも国内農業が政治問題になると見るや、最初のFTA対象国にあえて農業国のチリを選び、そこでの農産物輸入被害対策の経験をもとに、最後は世界最大の農業国の米国とのFTAに臨む、というしたたかな戦略だ。日本は、韓国から学ぶべき点は大だ。

韓国でFTA下の農業の課題取材をした際、興味深い話を聞いた。韓国農業にとって守るべきはコメであり、これを関税撤廃の適用除外扱いにするには二国間FTAの枠組みの方に自由裁量余地がある、この点、TPPは例外を認めないため、韓国としては、あえて二国間FTAで貿易自由化に臨む、というのだ。

米国が豪州乳製品の輸入関税撤廃に難色、
日本がTPP交渉で例外づくりも
 確かに、TPPは原則として、関税撤廃では例外を認めず、としており、これが韓国のみならず、日本国内で「主権侵害だ。各国にはどうしても産業政策上、守るべきものがあり、例外を認めず、というTPP参加は反対だ」との拒否反応につながっている。しかし外務省、それに経済産業省の担当者は口をそろえて面白い話をしている。それによると、TPPの関税撤廃はあくまでも原則の話で、米国にも実は弱みがあり、最終的には例外品目をTPP全体で認める可能性がある、というのだ。要は、米国は豪州との間で、豪州が強みの酪農製品、とくにチーズなど乳製品、それと砂糖に関しては、米国農業を保護のために、関税撤廃に強い抵抗を示しているためだ。

その点から言っても、日本がとりあえずAPEC首脳会議でTPP参加の表明を行い、そのあと来年6月の正式合意に向けての本格交渉で例外品目を互いに認め合い、ある程度、フレキシブルな貿易自由化市場づくりに主導性を発揮すればいい、と考える。TPPで影響力のある米国に対峙する形で、日本が、各国の特殊性を認め、例外品目に柔軟対応で指導力を発揮したとなれば、ベトナムやマレーシアからの日本評価が上がるのは確実だ。

そのTPPゴールラインが見えてくれば、例外品目なしの関税撤廃にネガティブな姿勢の韓国が、二国間よりも多国間の枠組みがいいとTPPに柔軟対応する可能性もある。その意味で、日本がTPPに参加表明し、交渉の中で主導的役割を果たすことがまず大事だ。

中国も本音はTPP参加したいが、投資など資本自由化要求を警戒
 ただ、日本が、仮にTPPだけでなくASEAN+3あるいはASEAN+6の広域経済圏づくりに主導的な役割を果そうと踏み出す場合、最大の問題は、中国をどう巻き込むかだろう。中国は韓国と同様、自由裁量が働く二国間のFTAには柔軟ながら、TPPのような多国間の関税撤廃に例外なしの枠組みに反発を見せており、そこがクリアにならなければ参加は難しい、と見られていたからだ。

しかし、もし米国の豪州産乳製品などの輸入関税撤廃への反発が引き金になって、TPPも関税撤廃に例外あり、となった場合、中国はどう出るかが関心事となる。中国がその場合、TPPへの対応姿勢を変えていくかどうかだが、経済産業省の担当者は「中国の最大の弱みは、資本の自由化に踏み出せないでいることだ。TPPという多国間の経済市場には魅力があるだろうが、ヒト、モノ、カネの自由化のうち、資本の自由化には国内的にも強い警戒感があるので、最終的には時間がかかるのでないか」と述べている。確かに米から強い要求の出ている人民元改革についても、資本の自由化がネックになっている。

日本がリーダーシップ発揮し、中国を広域経済圏に巻き込めば面白い
しかし冒頭から申上げている日本がTPPに参加表明し、合わせて広域経済圏づくりの経済外交を展開せよ、という場合の最大のポイントは、今や米国の存在を意識すると言うよりも、むしろ日本が中心になって、新興アジアの中核の中国をどう広域経済圏に巻き込むか、と言う点だ。その際、中国にお行儀よく経済行動してもらうために、さまざまな国際的な経済ルールや規律を守ることの重要性を認識させることが出来るかどうか。日本が、そのためのリーダーシップをとるのは、なかなか容易でないが、まさに、そこが経済外交での手腕にかかっている。そのためにも韓国のような戦略性を持つことだろう。

さて、日本国内で大きな議論になっている肝心の農業の問題はどう考えているのか、という不満が出かねない。そこで、私が数多くの現場で見てきた日本農業の新たなチャレンジぶりをぜひ、次回のコラムでレポートしよう。私自身の問題意識は、政治や農協が、農業の保護や農業の守りに躍起になるのではなく、攻めの農業を確立するためにはどうしたらいいか、国際競争力のある日本農業はどうあるべきか、もっと議論した方がいいということだ。TPP参加をめぐる問題で言えば、政治が主導して、農業に影響が出る部分に関しては韓国のFTA対応と同様、綿密な対策を講じる一方、攻めの農業づくりには大胆な対策でバックアップすることだろう。次回はぜひ、そういった問題を取り上げたい

日本農業は守りから攻めへ TPPは一里塚、輸出含め戦略を

多くの課題を抱える日本の農業を今後、どういった方向に持っていくべきか、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加をめぐる議論の中で農業が最大のテーマになっている。TPPイコール農業問題になっているのは、ちょっと異常だ、という点は、前回のコラムでも指摘した点だが、今回は、お約束したとおり、農業の現場で新たなビジネスチャンスを求めて農業経営に積極的に取り組む人たちの動き、声を伝えながら、日本の農業をどうするべきか、問題提起したい。

結論から先に申上げよう。時代刺激人ジャーナリストとして、農政のみならず農業の現場を取材したことを踏まえて、私の問題意識を言えば、日本農業はこれまで守りの農業に終始したが、一転、攻めの農業に戦略転換すべきだ。TPPをめぐる問題は単なる一里塚だ。今後、ASEAN+3(日本、中国、韓国)、それにインド、豪州、ニュージーランドを加えた+6との本格的な経済連携を視野に入れた攻めの農業、グローバル世界でも十分に競争できる農業にすべきだ、というのが私の主張ポイントだ。

高関税での農業保護はマイナス、
6次産業化で農業経営イノベーションを
 農業分野で守るのは農山村の自然や水利、森林、さらに里山、そして土壌などの環境であるべきだ。しかし農業の自給率向上、生産力維持という大義名分のために、輸入高関税で農業すべてを必要以上に保護する必要はない。そのあおりで、農業の現場にイノベーションが作動しなくなったばかりか、グローバル市場で競争する力を放棄しビジネスチャンスも失っている。その点でも攻めの農業に戦略転換すべきだ。

では、どういった攻めの農業があるか。国内では、私の持論でもある農業の6次産業化でチャレンジすることだ。端的には第1次産業としての農業が市場流通に頼らず、独自の産直ルート、バイパス流通の開発に取り組むことで存在感を高める。そしてカット野菜など食品加工や冷凍加工の第2次産業に手を伸ばすと同時に、レストランやスーパーなど第3次産業にまで、農業が主体的にかかわる。1+2+3で足しても、あるいは掛け合わせても6となる6次産業化によって、生産から流通、消費分野まで、経営の独自センスでビジネス展開していく。農業の企業経営化、産業としてのパワフル農業化だ。

新興アジアのニューリッチや中間所得階層は日本農業のターゲット
 先進ビジネスモデルとなる農業者の人たちの現場を取材して、いろいろな事例を見てきたが、共通しているのは農業経営に自信を持っていることだ。しかも思わずわくわくする人たちばかりだ。こういう人たちには農業保護などは無縁だ。TPPも無縁とは言わないが、受けて立とう、という人たちばかりだ。

こういった人たちに共通するのは、海外、とりわけ新興アジアのニューリッチといわれる富裕層のみならず中間所得階層をターゲットに、日本の食文化というソフトパワーを携えて、農産物、農産加工食品を積極輸出してグローバルマーケットでの活路を拡げる、ということについて、壮大なチャレンジ心を持っていることだ。

日本の食文化がソフトパワー、
アジア経済成長で食の消費も旺盛に
 とくに日本の食文化が大きな広がりを見せていることが、日本農業にとっては強力なプラス材料だ。以前も、このコラムで指摘したが、日本の食文化は今や、新興アジアのみならず欧米諸国でもブームといったレベルから「安全・安心」「おいしい」「品質がいい」「おもてなしなどサービスが素晴らしい」といった形で、食文化そのものが定着し始めている。言ってみれば日本のソフトパワーになりつつある。農業現場が活用しない手はない。

中でも、新興アジアでは経済成長に伴い、かつての日本と同様、中間所得階層が急速に増え、都市化とともにライフスタイルが変わりつつある。豊かさを求めて食生活に関しても旺盛な消費購買力を持ちつつある。日本国内の消費市場が成熟化して、消費に爆発的なパワーがなくなっているのと対照的に、新興アジアは中国はじめどの国を見ても勢いが違う。しかも食物の安全・安心やおいしさにこだわりを見せる消費層が増えているということは、日本農業にとっても、食品加工企業にとってもチャンスと言っていい。

新潟の玉木青年は台湾でコメ現地生産、
円高対応に加え現地市場狙い
 過去に、このコラムで取り上げた新潟県の農業青年、玉木修さんをご記憶だろう。最近、TPP問題の対応で話を聞きたいと思って、携帯電話で連絡したら、玉木さんから折り返し電話があって「今、台湾にいます。台湾の農業者15人との間で、玉木米ブランドの新潟コシヒカリを現地生産する契約を終えて、本格生産します。100ヘクタール規模ですが、台湾市場で日本米へのニーズが高いので、十分にやれます」と、弾んだ声が聞こえてきた。

これまで日本から輸出した新潟コシヒカリは輸送コスト、為替コストなどで割高ながら、富裕層を対象に販売している。しかし玉木さんの新たなターゲットは台湾の中間所得階層で、「消費のボリュームゾーンであり、この消費層向けに手ごろな価格で玉木ブランド米を販売する必要があり、あえて現地生産に踏み切りました」という。実にたくましい。

玉木さんは、新潟で篤農家の父親と一緒に大規模な稲作栽培しているが、今年5月に農業生産法人「新潟玉木農園」を立ち上げ集荷、卸売、精米加工、さらに輸出など貿易業務も事業内容に含めた多機能会社にした。台湾での新潟コシヒカリの現地生産をベースに、玉木さんはTPPへの日本農業の対応も考えている。現地生産が軌道に乗れば、コストの安い海外の新潟コシヒカリを日本へ逆輸出するのも一案だ、という。考えることが大胆だ。政治や行政はこうした意欲的な農業者を先進モデル例にしてバックアップもすべきだ。

近江牛の6次産業化進める田原さん、
米国、アジアへの和牛肉輸出に意欲
 最近、出張取材で出会った田原善裕さんも、ぜひここで、取り上げたい1人だ。田原さんは苦労人ながら、農業経営に素晴らしい経営力を発揮し、今では滋賀県の中山間地域で和牛ブランドの近江牛の肉用牛生産のみならず酪農で乳製品生産、そして養豚生産を行う有限会社宝牧場を経営する。その一方で、牧場内に焼き肉レストランなどを経営し、生産から加工、レストランまでの6次産業化を進めている。

田原さんは、近江牛肉を米国だけでなく、シンガポール、タイにも輸出している。「東電の原発事故による放射能汚染警戒から米国向けが輸出ストップになったが、海外での日本産の和牛肉需要は極めて強い。TPPが今後、どういった展開になるか見極めが必要だが、日本農業の品質管理力、おいしさなどを駆使して、和牛肉の輸出は十分にやれると見ている。将来はロシアも味のいい高級肉志向が強まるとのは確実。狙いめだ」という。

京都や大阪の大消費地から遠く離れた中山間地域の宝牧場には、安くてうまい焼き肉を求めて消費者が観光バスでやって来る。田原さんは「生産者の顔が見える牧場レストランにすれば必ず消費者はついてきてくれる」という。その田原さんの経営者勘では、和牛肉の味の良さは国際競争力を十分に持つ、あとは輸出価格を含めて為替などのコスト対策、マーケットリサーチが勝負と見ている。玉木さんと同様、チャレンジ精神がすごい。

なぜ日本農業は守りにこだわる?
弱みと強みを見極め強みに特化を
 もっと紹介したい農業現場の先進モデル例があるが、このあとは、守りにこだわる日本農業の問題について、少し述べておきたい。ここまで述べてきたことで、私の農業問題に関する立ち位置はおわかりいただけよう。日本の農業には、モノづくりの技術力、品質管理力に裏打ちされた競争力と同様、高品質で、安全・安心などの強みがあり、その強みを伸ばせば十分に生き残れる。弱みを見極めて、むしろ強みに特化すればいいのだ。

ところが農業の現場は、過去の政府や旧自民党政権時代の高米価政策に依存し過ぎて、経営マインドを持たないまま、高コスト構造に手をつけず状況に流されて現在に至っている。それが弱みとなっている。農業を単なる票田としてしか見ない政治家、また最重要の営農指導せずに、金融や購買、共済で農家に対応した農協にも大きな責任があるが、何よりも自助努力を怠った農業者も問題だ。

元農水省次官の高木さん
「従来の守り方だと農業はさらに弱体化するだけ」
 ところで、最近、いくつかの新聞や雑誌のインタビューで、TPP問題と日本農業の在り方で鋭い問題提起をされている元農水省事務次官の高木勇樹さんの話を取り上げたい。高木さんは、私が旧毎日新聞時代から取材でおつきあいしている長年の友人だが、それらメディアとのインタビューでの指摘はポイントをついており、少し引用させていただく。

高木さんは「日本農業は今、負のスパイラルにある。高い輸入関税や多くの農業予算で農業を守ってきたが、この20年間で農業生産額は4兆円近く減り、農業所得も半減した。農業従事者の平均年齢は66歳に達している。従来通りの守り方を続けても、農業は弱体化し、農村は疲弊するばかりだ」と述べている。そのとおりだ。

「最後は日本農業を守りきれない」
という事態まで放置することは避けよ
 また、農家への所得補償制度についても、高木さんは「今の制度は、経営規模などに関係なくすべての販売農家が対象だ。民主党は農村活性化と国際化の両立を政策目的に導入したはずなのに、現状はバラマキと言われても仕方がないやり方だ。給与収入もある兼業農家にまで支払っていては、いずれは財政の負担の限界から、最後は『守りきれない』ということになりかねない」と、手厳しい。現実問題として、本当に農業経営に取り組む意欲のある専業農家にのみ所得補償するのが筋だろう。

農水省の事務次官を経験した幹部官僚にも、いろいろな人がいるが、高木さんのような骨太の論理で、正論を主張するOB官僚がいるのは心強い。率直に言って、信頼できる。今、大事なことは、さきほども述べたように、日本農業の強みと弱みをしっかりと見極めて、弱みの部分の何を守るか、補強が必要ならどうすべきか、逆に強みの部分は何か、それを見極めて、どのように戦略的に伸ばすかなどを明確にすることだ。守ることにばかりこだわっていては、最後は取り残されるのは農業だけ、ということになりかねない。それだけは避けるべきだ。高木さんが言うように「最後は守りきれない」と言う事態にまで、あいまいな対策で農業に必要な対策をとらないことこそ、最悪だ。
 

「企業はいったい誰のものか」 なぜ、なぜ多すぎるオリンパス

 カメラ大手企業のオリンパスが、財テク投資失敗による巨額損失を、過去の遺物とも思える「飛ばし」行為によって20年間にわたり隠し続けてこられたことも驚きだが、社内と社外双方の監査役、さらには公認会計士がそろう監査法人がチェックし切れていなかったことも驚きだ。もちろん他にもなぜがある。とにかくなぜ、なぜが多すぎる不可解な企業だ。
今回の問題表面化で、ここ数代の経営トップが介在した企業ぐるみの粉飾決算が明らかになっただけに、株式市場での上場廃止処分になる公算が強い。そうなると、優良企業ということで株式投資してきた機関投資家、大衆投資家などにとっては、すでに急落を続ける株価がさらに紙くず同然になりかねず、企業のもたらした罪は計り知れない。そればかりでない。胃カメラなど内視鏡では世界の75%シェアを握る優れた技術力を持つ企業だけに、何も知らされていなかった社内の技術者、一般社員が失うものも大きい。もとよりブランドを信じて商品を購入してきた消費者らへの裏切りも大きい。

外国メディア
「日本ブランドは優秀なモノづくり文化の象徴だったのに、、、」
 このオリンパス粉飾決算に対する外国メディアの論調は厳しい。中でも、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は11月10日の「真実から目を背ける日本企業」というタイトルのコラムで、当初、一貫して事実を否定し続けてきた企業姿勢について「日本ブランドと言えば優秀なものづくり文化の象徴だ。ところが、近ごろでは誤りを否認しようとする日本企業のイメージと重なって見える」とし、オリンパス損失隠しを厳しく批判している。米国エンロンなどのケタ外れの粉飾決算事例があり、何も日本だけの特殊事例ではないものの、今回の場合、マイケル・ウッドフォード元社長の内部告発をしっかりと受け止めず、逆に解任しただけに、外国メディアはぐいと踏み込んだ形だ。

メディアは好き勝手に、すぐ批判したがる、と言われそうだが、今回のオリンパス事件は、経済ジャーナリスト経験の長い私でも唖然とすることが多すぎる。冒頭に申上げたように、なぜ、なぜばかりだ。そこで、「企業はいったい誰のものか」という括(くく)りで、経済ジャーナリストの目線での疑問を「なぜ」の形で、いくつかぶつけてみたい。

なぜ、その1「20年間もどうして巨額損失を封印できたのか」
 まず、オリンパスの場合、20年間も巨額損失の存在を封印できたこと、隠し通せたことが信じられない。とくに、監督当局が、企業の目に余る粉飾決算事例をもとに、再発防止のため、早期発見できるような制度設計をしているはず。ところが、過去の山一証券が「飛ばし」を行って大問題になった際、抑え込んだはず。それがまた、依然とは違って手の込んだ形で出てきてしまった。経済犯罪をチェックする技術はなかったのだろうか。

メディア報道によると、2001年3月期からの時価会計制度の導入によって、含み損を時価で実損として決算計上することが義務付けられたため、放置すればばれると、あわてて大手証券OBの入れ知恵に従って社外の投資ファンドに損失を移し替える「飛ばし」を行った。つまりファンド発行の債券と、含み損を抱える問題金融商品をもっともらしく等価交換の形で取り繕った、という。悪い奴というのは徹底してワルに徹し、投資家や消費者など企業のステークホールダーのことなど関係ない、というわけか。その場合、何を守ろうとしたのか。明らかに企業だけが大事で、投資家や消費者は眼中になかったのだ。

なぜ、その2「一握りの財務出身のトップだけで隠し通せるものか」
 今回の場合、専門の弁護士らでつくる第3者委員会の解明に待たねばならないが、なぜ、一握りのトップが経営数字をすべて隠し通せたのか、未だに理解できない。財務出身者のトップが多かったというが、それにしても数字処理する財務や経理担当者は当然、知っていたはず。実は、オリンパス社内では財務・経理だけでなく管理部門では周知のことだったが、誰もが自分の首のみならず会社の命運を左右する情報開示のリスクを感じて、口にチャックだったのだろうか、そのあたりは全く見えてこない。今後の検証が必要だ。

オリンパスの歴代社長はいずれも異例の長期の在任期間だ。トップ交代が普通の企業のように、4、5年ごとに行われていれば、問題が表面化した可能性もある。その意味で、歴代の長期政権化は、問題隠しのためのものと、疑われてもやむを得ないかもしれない。
時期的に問われるのが、1984年から93年までの実に9年間、社長を務めた下山敏郎氏、そのあと7年間、社長職の岸本正寿氏、さらに2001年から10年間、社長そして会長職にあって今回の問題の中心人物の菊川剛氏がトップの座にあった。このうち下山氏はメディア取材に対して「損失隠しなど知らない」と全面否定、岸本氏はメディアに顔を出さないので、わからないが、菊川氏は損失隠しをハッキリと認めている。このトップに加えて今回の表面化で、関与を認めた森久志前副社長、山田秀雄常勤監査役の2人だ。

なぜ、その3「解任の監査役を除き、他の監査役や監査法人は
チェックできない?」
次の問題は、常勤監査役の山田氏が財務担当役員時代から、粉飾決算に関与していたのも大問題だが、口封じのためなのかどうか、そのまま常勤監査役というお目付け役に横滑りして本来の責務を果たさずに、ひたすら粉飾数字が外部に出ないように動いた、というのだから驚くべきことだ。常勤監査役というポジションの形骸化がなげかわしい。オリンパスの場合、監査役には社外監査役も名を連ねていたというが、お飾りだったのだろうか。

それと、監査法人も問われる。長年、監査を引き受けていたあずさ監査法人が過去の飛ばしなどの時期に、プロの大手証券OBが巧みに裏で仕組んだとはいえ、本当にわからず仕舞だったのだろうか。ただ、あずさ監査法人が2009年3月期決算の監査で、問題の英国医療機器メーカーのジャイラス買収に伴う投資助言会社への支払い報酬額が大きすぎること、さらにオリンパスの本業とは無縁の国内の健康食品企業など3社買収についても、買収額と企業価値との差額を損失計上すべきだ、との指摘を行っていた、という。

ところが、オリンパスは、監査意見を受け入れて国内3社分だけ、指摘の損失を計上して決算承認を得たが、そのあと、急きょ、新日本監査法人に切り換えた。ある監査法人の幹部は「過去にもわれわれ監査法人の存在が問われたことがあり、公認会計士協会はじめ業界団体でも、かなり厳しいル―ルづくりで対応している。もし粉飾を見て見ぬふりしたら、金融庁からも課徴金など厳しい処分があるので、いい加減な監査はしていないはずだ」という。しかし20年間、監査のプロがだまされたことは紛れもない事実だ。

なぜ、その4「取締役会はウッドフォード氏の告発資料をどうして
無視したのか」
 オリンパスの取締役会自体の問題も問われて当然だ。とくに、菊川会長や森副社長(いずれも当時)に対してマイケル・ウッドフォード社長(当時)が独自に海外の調査機関にチェック依頼した結果をもとに、買収した英国企業への不当な投資助言報酬の支払いを問い詰めても、はっきりした回答が得られなかった。そこで、取締役全員に対して外部調査結果の資料を送り、取締役会で問題視すべきだとしたのに、ほとんどの取締役が無視したことがウッドフォード氏のメディアインタビューでの証言で明らかになっている。

そればかりでない。私が見ても、おかしいなと思う健康食品企業など、本業とは無縁のベンチャー投資に巨額の買収資金をつぎ込んだことに関して、当時の取締役会はどういった議論を行い、買収案件にゴーサインを出したのか、むしろ反対意見はどうだったのか、ここも議事録などでチェックしたいところだ。結局、ワンマンリーダーの菊川社長の意に逆らえない、という眠れるスリーピング経営ボードだったということなのだろうか。とくに社外取締役の存在が問われる。

なぜ、その5「雑誌ファクタの調査報道記事を無視した
既存メディアの怠慢?」
 コラムのスペースが限られてきたので、ぜひ、時代刺激人ジャーナリストとして、なぜの形で指摘しておきたいことがある。それは今回の問題を鋭く提起した雑誌ファクタが、既存のメディアに無視されたことだ。
雑誌ファクタは、このオリンパスの企業買収の疑惑を問題視する調査報道記事を掲載し、マイケル・ウッドフォード氏が友人から、その記事の日本語訳記事コピーを読んで驚いた所からオリンパス社内で問題がスタートする。ウッドフォード氏は依頼した調査会社の調査事実が雑誌記事どおりだったので問題告発に踏み切った。ところが菊川社長に無視され、取締役会にも相手にされず、挙句の果てに解任という事態に及んで、一気に問題が表面化することになったが、なぜ日本国内のメディアが、そこに至るまでずっと雑誌記ファクタの記事を黙殺したのか、という点だ。

私自身、この雑誌の愛読者だが、オリンパスの問題記事が出た時には、私のカバー領域のテーマでなかったので、「これはすごい記事だ。大騒ぎになるのだろうな」と思うにとどまっていた。ところがどこにもフォロー記事が出ない。オリンパスが徹底して「知らない」「事実無根」を通しているのだろうか、でも新聞社の取材力をもってすれば、どこかで浮き彫りになるのに、と思っていたが、それでも記事化されず、今回、問題表面化した途端に怒涛のような新聞記事が出てくる。それだけの取材力があるのなら、もっとメディアの存在感をアピールすれば、と思った。率直に言って、既存のメディアの敗北だ。

オリンパス元専務の
「ウッドフォード氏を社長に復帰させ再建」案に賛成
 このオリンパス問題は、株式市場での上場廃止問題にとどまらず、株主の損害賠償要求を求める株主代表訴訟に発展する可能性が極めて高い。そうなったら、オリンパスと言うい名門企業の行く末は厳しい事態が待っている、ということになりかねない。歴代の一握りの財務出身トップの犯した罪は計り知れない。企業はいったい誰のものなのか、ということを改めて問いたいし、企業のガバナンスはどうなっているのか、という点も、それぞれの企業が自分たちの企業はどうだろうか、問い直してほしいぐらいだ。

このオリンパスという企業の再建に必死になっている元専務の宮田耕治さんが現役社員に働きかけて、解任された元社長のマイケル・ウッドフォード氏を復帰させ、再建の担い手にすべきだと書名集めをしている、という。また、オリンパスの株主の米投資会社、サウス・イースタン・アセット・マネージメント社も、同じくウッドフォード氏の経営裁量を認めて社長復帰を支持している、という。うれしいことにウッドフォード氏自身も、メディアのインタビューに答えて、オリンパスの技術力をベースにすれば再建は可能と意欲的だ。
私も、この際、現在の取締役は全員、退任し、新たな経営をウッドフォード氏に委ねて再建を図ればいいと考える。問題は、上場廃止などの厳しい現実も考えられる中で、どう再建が可能か、すぐには見えないが、チャレンジすることは必要だ。それにしても、ここ数代の損失隠しに躍起になってオリンパスという企業をダメにした経営トップの責任は本当に重い。

ASEANが独自に広域経済圏づくり 日本に好機、支援し米中に存在感を

 貿易自由化などを議論するアジア太平洋経済協力会議(APEC)、東アジア首脳会議(ESA)、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議が最近、相次いで開催されたが、今後のトレンドを探る上で、極めて興味深い動きがあったのを、ご存じだろうか。日本国内で大きな議論を呼んだ米国主導の環太平洋経済連携協定(TPP)のことではない。

それは、ASEAN首脳会議がASEANに日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランドの6カ国を加えたアジア広域経済圏づくりを自分たち主導で進める、という点だ。エッ?これまでASEAN+3(日中韓3カ国)とかASEAN+6(日中韓にインドなど3カ国を追加)と言われていた話で、何ら真新しい話でないはず、と思われるかもしれない。

だが、今回の場合、ASEANが自分たち主導で広域経済圏づくりを進める、という点に重要なポイントがある。つまりASEANが自らの存在感をアピールしながら、アクションを起こしたところが経済ジャーナリストの好奇心をそそるのだ。

ASEAN広域経済圏は米中の経済覇権への対抗と見て間違いない
 合意事項によると、ASEANは2012年11月の首脳会議までに、自由貿易圏の基軸となるヒト、モノ、サービス分野の開放策を決める。具体的には関税障壁をすべて取り外すのか、各国の事情に配慮して例外品目をある程度、認めるのか、また経済規制を大胆に取り外して欧米などからの投資受け入れに門を開けるのか、今後1年かけて決める。そのあと日本や中国など隣接する国々に対し、このASEAN主導の経済圏に参加するかどうか打診を行い、2013年以降、広域経済圏を完成させる2段階方式という。

ASEANは2015年に地域経済統合を行って新たな経済共同体をつくる予定でおり、今回の首脳合意は、それにつなげるものと見て間違いないが、私が興味深いというのは、最近、アジア大洋州で経済覇権を互いに狙う米国や中国に一線を画す形で、ASEAN主導の独自経済圏づくりを行い、大国の思惑に振り回されないぞ、というアピールが見える点だ。

10カ国の寄り合い所帯だが、
成長に弾みつき独自アピールも無視できず
 ASEANは現在、経済発展段階がさまざまなうえに政治体制もまちまちという10カ国が集まった地域協力機構だ。インドネシア、タイ、フィリピン、シンガポール、マレーシアの先行5カ国に、あとからベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー、ブルネイが加わった寄り合い所帯であることは事実。

率直に言って、誰が見ても、米国や中国、日本などを向こうに回して、張り合う大きな結束力、それに裏打ちされた経済力を持ち合せているか、と言えば、失礼ながらとても難しい。それでも、ASEAN経済は新興アジアの一角にあって経済成長に弾みがついてきている。勢いも出てきたため、ASEANのくくりによって、新成長センターになる力を持ち始めていることは確かだ。今回の存在感アピールの動きもそういった目線で見ると面白い。

米国がTPPにASEANを巻き込み、米主導ル-ル押しつけを危惧?
 ASEANがなぜ、米国や中国の経済覇権に急に対抗して独自の動きを始めたのか、と言う点が気になるが、まず、米国はAPEC議長国という立場を活用し、TPPに参加表明する9カ国の中に、日本を巧みに引き込んだ。そればかりでない。カナダ、メキシコもあわてて参加を表明した。しかも米国自身が国内の景気停滞脱却のために躍起で、オバマ米大統領が貿易量5倍目標の実現を打ち出し、TPPをターゲット市場にするのは間違いない。

それだけに、ASEANからすれば、すでにTPP参加表明しているマレーシア、ベトナム、シンガポールに加えて、米国がASEAN全体を米国主導のTPPに巻き込もうとしてくるリスクがあり、歯止めをかける必要がある、と見たのは間違いない。

ただ、ASEANにとっては、米国を敵視する理由はない。輸出先市場としての米国は、ASEANにとっては、極めて魅力的で、対立する必要はない。それに、海洋覇権を露骨に見せる中国をけん制するには米国の力を借りた方が得策という考えもあるのだが、米国流の自由貿易主義、例外品目も認めない強引さには応じられない、という気持ちが根強い。

ASEAN、むしろ地理的に近接する中国の大国主義の動きに警戒的
 もう1つは、中国の動きだ。ASEANにとっては、米国よりも中国に対する警戒感が根強い。米国主導のTPPの動きに対抗するかのように、中国商務省が11月17日の記者会見で突然、ASEAN+3による自由貿易協定(FTA)を実現し、その上にインド、豪州など3カ国を加えたASEAN+6をめざす必要がある、と発言した点を意外視するところがASEANにある。というのも、中国はASEAN+3の枠組み作りには積極的だったが、インドなど3カ国の参加については終始、冷ややかだったからだ。

そればかりでない。11月19日の日中韓首脳会議で、3カ国は日中韓FTAの締結に向け、早期の交渉入りをめざすことで一致したが、ASEANIにとっては、これまた驚きだったはず。この3カ国は、FTAで自由貿易が進むと、利害がぶつかり合うという危惧から、最後の交渉事にしようという意識があった。中でも、中国は資本取引の自由化がからむと困る、という意向が強いので、本音ベースでは積極的でないはずとASEANは見ていた。

私が推測するところ、中国は、米国がTPPを主導するだけでなく、東アジア首脳会議でも米国が主導して海洋安全保障問題をテーマにし、南シナ海での中国の海洋覇権にブレーキをかけ、中国包囲網を敷こうとする動きがあり、それらへの反発から、これまでにない動きをとったと見る。問題はASEANの対応だが、中国が米国への対抗心からASEANを自分たちの都合に合わせて利用する動きに出て来ると困る、との気持ちがあり、それがASEAN主導の独自の広域経済圏づくりへの動きに発展したのでないかと思う。

とくに中国の強引なメコン地域への南下戦略はASEANの強い不満
 しかし、ASEANにとっては、米国のグローバリズムの押しつけへの反発も強いが、中国の強引な南下戦略に対する警戒感、もっと言えば反発も意外に強い。中国の南下戦略という点で、際立っているのは、タイやベトナムなどメコン流域国の経済市場への輸出攻勢、とくに人民元を決済通貨に使うように現地で仕向け、人民元経済圏づくりをねらっていること、さらには活発な直接投資による資本攻勢で、中国よりも人件費や原料が安いメリットを活用し工業製品生産の拠点づくりを進めるが、現地にいる華僑の人たちとのリンクで、タイやベトナムの現地経済資本に揺さぶりをかけるため、反発を招くのだ。

ミャンマー政府が決断した水力発電ダム建設中止問題も象徴的な話だ。ミャンマー北部の水力発電所建設工事が中国の資金援助を得たプロジェクトとはいえ、建設作業員は中国からの出稼ぎ労働者ばかりで、現地雇用につながらないだけでなく、ダム発電で得られる電力の大半がエネルギー不足に苦しむ中国に送電される計画だったため、ミャンマー政府の反発を買って工事中止になったのだ。メコン川上流に位置する中国は、中国国内の水力発電ダムの水量調節で下流のタイやラオスの水利体系を崩すのも深刻化している。

中国経済の急成長は間違いなくASEAN経済にメリットだが、これらデメリットも与えており、ASEANにとっては、中国は、米国とは違った意味で根強い反発要因なのだ。

日本はTPPかASEAN+αの2者択一ではない、双方をつなぐ役割を
 さて、私は158回のコラムでは、TPP問題にからめて、「日本国内でいろいろな人たちと、TPP問題で議論していると、日本はTPPを選ぶか、あるいはASEAN+3、ASEAN+6を選ぶかといった、互いを対極に置く発想がある。しかし私に言わせれば、TPPとASEAN+3や+6は決して対立しあうものでない。むしろ日本が双方にかかわることは矛盾しない。現にベトナムやマレーシア、シンガポールといったASEANメンバー国が双方にかかわっている。大事なことは、双方に大きな影響力を持つ日本が広域経済圏づくりで主導的な役割を果たせる絶好のチャンスなのだ」と述べた。

この考え方は今でも変わっていない。それどころか、冒頭の11月にアジア大洋州で開かれた一連のAPECやESA、ASEAN首脳会議で、米中の経済覇権をめぐる動きが色濃くアジア大洋州に影を落とす中で、日本は、TPPにもASEAN+3や+6の双方にかかわっているユニークな立場を最大限に発揮し、双方をつなぎあわせて広域自由貿易経済圏を実現する旗振り役を果たせばいいのだ。まさにチャンスと言っていい。

日本は現代版「三国志」で臨め、
米中のはざまでASEANとの地域連携を
 この話を持ち出すと、またかと言われそうだが、私はかねてから、日本、米国、中国の3国間関係に関しては、日本が現代版「三国誌」展開をせよ、と主張している。要は、かつての中国の「三国誌」の世界における魏、呉、蜀が互いにつかず離れずで緊張関係を保ちながら独自の戦略的な展開をはかったと同じように行動することだ。

つまり日本は、米国に問題があれば中国と連携して揺さぶりをかける。逆に中国に問題があれば米国と連携する。しかし、最大の問題は日本に問題が生じた場合、米国と中国が手を携えれば日本はひとたまりもなく踏みつぶされる。そこで、日本はASEANと日ごろから連携を結び、その地域連携を外交、経済パワーにして中国や米国と相対峙(あいたいじ)する、というものだ。

日本にとっては、米国は極めて重要な国であり、日米安全保障条約を通じて同盟関係にあることは事実だが、過剰な対米依存はリスクだ。とくに、新興アジアの台頭によって、世界の富がアジアに移りつつある時に、日本が座標軸、外交戦略軸を機敏に変えるということは重要なことだ。同時に、近接する中国との経済交流が強まったとはいえ、過剰な対中依存もまた日本にとってはリスクだ。

それよりも、米中両大国のはざまで、日本は、むしろASENとの連携によって日本の存在感を強めるのだ。その意味で、今回のASEANが独自にアジア広域経済圏づくりに踏み出したのを巧みに捉え、日本の持つ経済面での強みの部分を惜しみなく提供し、経済交流を拡げることだ。