信じがたい!中国の大気汚染緩慢対応 日本の協力提案になぜNO,尖閣が影響?

 中国の大気汚染は深刻の度を深め、北京など中国国内だけでなく、今や日本はじめ周辺国にも風向きによって、影響が出てきている。日本としても看過できない問題で、明らかに中国政府の責任問題だ。中国は都合のいい時だけ世界に向かって、経済大国を誇示しておきながら、誰もが求める人間の安全にかかわる問題に関して、対応が緩慢なのは、中国共産党政府の統治能力のなさを示している、と言われても抗弁できないだろう。

経済大国を誇示しながら対策放置では共産党政府の統治能力が問われる
 それに加えて、中国政府も狭量だなと思うのは、日本政府が最近、外交ルートを通じて、過去の日本の公害対策の教訓をもとに、協力を申し出ているのに、それに対して応じようとしないことだ。内政干渉されたくないと、メンツにこだわっているのか、あるいは尖閣諸島問題で日本とは緊張関係にあるので、応じられないというのだろうか。いずれにしても周辺国にまで被害を放置するのは、人道上の問題で、許されるべき問題ではない。

実は、北京オリンピックがあった2008年の1月の寒い時期に、私は先輩のジャーナリストと2人で中国に環境や省エネルギー問題の取材で出かけた際、今ほどの大気汚染のひどさでなかったものの、同じような空気の悪さを体験した。中国の環境問題には強い関心があり、今回は、当時の取材体験も含めて、最近の大気汚染問題を取り上げよう。

大気汚染の複数の汚染源を特定し、
徹底した規制強化するのが先決
結論から先に申し上げよう。中国政府は、まず、大気汚染に関する複数の汚染源を特定して、その規制策を大胆に講じるべきだ。汚染源が複合要因で、特定できないために対策が打てない、というのは逃げでしかない。環境問題を優先する結果、経済成長がダウンすることを中国政府が危惧しているとすれば、それもおかしな話で、国民の生活安全重視、そして周辺国への配慮を前面に押し出すべきだ。
それと、環境や公害問題では先に進んでいる日本の教訓に学び、東アジアの大気汚染対策で連携をとることが必要だ。それらに踏み込んで対応すれば、さすが経済大国・中国だと評価されるのに、そのことに踏み込まないというのは残念なことだ。

中国の春節(旧正月)休みで、日本に一時帰国していた中国の政策研究をしている友人の話を最近、聞いて驚いたことがある。数年前の有害粉ミルク事件の時には、生産メーカーが特定できたので、中国政府は、企業に対して生産中止など責任追及したが、今回の大気汚染の場合、汚染源がこれだ、という決め手を欠くため、北京中央の共産党政府は、積極的な行動に出られないでいる、というのだ。それは明らかにエクスキューズ、言い逃れで、責任回避でしかない。国家の責任というものをどう考えているのだろうか。

ロイター通信「環境基準強化に抵抗の国営企業2社、複雑な政治力学」と指摘
そんな矢先、私がかつて勤務したロイター通信が2月3日の北京発で、なかなかポイントをつく記事を発信した。記事のヘッドラインは「深刻化する中国の大気汚染、背景に複雑な政治力学」。これだけで、何が問題か、理解できよう。記事によると、「悪化する大気汚染の背景には、環境基準の強化に抵抗する国営企業2社、中国石油天然ガス集団(CNPC)と中国石油(シノペック)の存在が浮かび上がっている」という。

さらに、その記事は「中国の環境保護省とCNPC、シノペック2社の間では、お役所的なやりとりが行われるだけで、大気汚染の主因とされる自動車用ディーゼル燃料の環境基準強化は遅々として進んでいない。大気汚染の原因は他にもあるが、この2社が腰を上げないうえ環境基準に無関心であることが、権限のさほど強くない環境保護省が直面する試練を浮き彫りにしているとアナリストらは指摘する」という。

環境保護省の規制強化にシノペックなど2社は口約束で終わったまま
中国の大気汚染問題を読み取る上でのポイント部分なので、ロイター通信記事をもう少し引用させていただこう。
「大気汚染問題をめぐる国営企業と(行政機関の)省庁の綱引きは、何年にもわたって続いている。環境基準の強化が何度も遅れていることに業を煮やした環境保護省の張力軍次官は、2011年後半にCNPC、シノペック2社の幹部らとの会議で、これ以上、基準の強化を遅らせるつもりはない、と明言した」
ところが「2社の幹部は、これに対して2012年の旧正月以降にクリーンな燃料を供給すると、誓約したが、環境保護省が数か月後に検査したところ、2社は依然として通常のディーゼル燃料を供給していた」という。

シノペック会長の自助努力発言受けた国務院の規制強化策、
なぜ前倒しできない?
 最近の北京での別の現地報道では、シノペックの傳成玉会長がメディアに対して北京や上海などの一部大都市を除き、全国で供給しているディーゼル燃料の基準「国3」を、2014年からワンランク高い「国4」にすると表明した。要は、国営石油会社としても自助努力で対応する、というのだ。この「国3」は、専門家によると、硫黄含有量を150ppm(1ppmは100万分の1)以下にしたディーゼル燃料のことで、比較的質のよくなく、今回の汚染源の1つだ、と言われている。

中国の国務院は、このシノペック会長発言に連動するかのように規制強化策を発表した。タイミングがよすぎるが、それによると、2014年末までに硫黄含有量の排出基準を3倍厳しい「国4」にする、さらに2017年には欧州の排ガス規制基準「ユーロ5」に相当する「国5」を義務付ける、というのだ。中国は国家社会主義と資本主義的な市場経済化を巧みに使い分けて、急成長を遂げてきたが、こと、環境規制強化に関しては、社会主義の部分を前面に押し出して、規制実施のスタート年次を2014年、2017年をそれぞれ1年前倒しするぐらいの強い姿勢で臨むべきでないか。

「世界トップランクの法規制だが、運用面で二重基準、ザル法だ」
という専門家発言
2008年に環境問題や省エネルギー問題の取材で中国を訪問した際、中国の環境問題を研究している中国人の大学教授が声を落として「わが国は、日本の公害問題の研究を進め、その学習効果によって、大気汚染防止法などしっかりとした法律を持っている。だから外国から、法整備の問題を指摘されれば、胸を張って誇れるほどトップランクの法体系だ。ただ、問題は、その法律の運用でいろいろ問題があって、対応が遅れている」と述べたのを、今でもよく憶えている。

その大学教授によると、中国は、2008年の時点で、公害や環境悪化に積極的な取り組み姿勢を示すため、大気汚染防止法や水質汚染防止法などの環境規制に関しては、たとえば汚染物質の排出基準も厳しく決めた。問題は、外国向けにアピールするための厳しい規制のため、中央レベルは対応可能ながら、地方政府レベルで混乱が生じかねないとの判断から、ダブルスタンダードにした、というものだった。明らかにザル法と言っていい。

5年前と変わらず二重基準のまま?
工場排水汚染公害で地方政府も対応に苦慮
 最近、早大中国塾という日本と中国の人たちの民間交流の場があり、そこに来ていた中国の人に、この話をぶつけて、大気汚染防止法は5年前と現在では変わったのだろうか、と聞いた。すると、「地方政府レベルでは現在、工場排水汚濁など公害問題が噴出しているが、地方政府は、経済成長と環境対応の問題をどうバランスさせるかで、苦悩しており、中央レベルの厳しい規制基準を打ち出せないはずだ。たぶん、基本的に変わっていないと思う」という話だった。十分に、あり得る話だ。

しかし、今回の北京を中心にした中国の大気汚染の深刻度は、春節で日本に一時帰国した私の友人のみならず、中国の人たちの話を聞いても、相当なものがある。北京はもともと地形から言って盆地みたいな場所なので、大都市全体に汚染物質が空中に滞留しかねない。「北京市内を歩いていても、濃霧で視界不良になるほどだから、汚染物質を吸い込んだら、ぜんそくなどの健康被害にとどまらず、肺がんなどのリスクも大きい」と、早大中国塾に来ていた中国人の人は述べていた。

駐中国米大使館のPM2.5独自公表は面白い、
北京市当局が「内政干渉」と怒る
 今回のメディア報道で、私も初めてPM2.5という微小粒子状物質の存在を知ったが、現地の中国と東京とでは、深刻度が全く違うのは当然だ。その点で言えば、個人主義が非常に強い中国の人たちがなぜ、北京市の共産党委員会や中央の共産党委員会を突き上げるような動きに出ないのか、信じられない。共産党当局は、大気汚染防止対策の不備などで社会問題が次第に政治問題化することを恐れて、至る所で、不審な市民などの動きに目を光らせているのだろうか。もしそうならば、社会主義という体制自体が問われかねない。

失礼ながら、思わず笑ってしまったのは、北京の駐中国米大使館がPM2.5の検出値を毎日、インターネットのウエブサイトで公表し、それが北京市当局の数値と違いが出たため、北京市当局が神経質になり「内政干渉だ」と発表中止を求めた、という話だ。公表する数値によって、米大使館は「不健康」という判断が出るのに対し、北京市当局が公表する数値では判定が「良」となっため、北京市民の間で北京市当局が不安感を植え付けないようにと、数値を改ざんしたのでないか、という声も出ている、という。

半ば大気汚染放置では中国の威信が問われる、
と日本はさまざまなアドバイスを
中国当局が厳しい検出値を示して、それに見合った対策を機敏に、たとえば北京オリンピック当時と同じように、市内に乗り入れする自動車の偶数、奇数規制を行うとかの対策をとるのがスジなのに、米国大使館に「内政干渉だ」という申し入れしかできない、というのは、全く残念なことだ。
今後、北京市民から自国政府への政治不信がぐんと広がったら、どう対応するのだろうか、と思う。そういった意味でも、冒頭に述べた政府としての大胆な規制強化策を打ち出す時期に来ている、と思うが、どうだろうか。いま、中国は間違いなく、国家としての威信が問われるぞ、と言いたい。

日本は、内政干渉だ、といった批判が仮に、中国側から出ても、気にすることはない。中国に対し、今回の大気汚染での協調行動の申し入れをすればいいのだ。メディア、それもネットメディアを使って、いま、中国が大気汚染問題で孤立するようでは、中国の威信が問われますよ、経済大国に見合った責任を果たしたらいかがですか、とアピールすればいいのだ。そして、公害対策での日本の経験をしっかりと伝え、「中国よ、大人になれ」と強く言えばいい。そして、中国が経済成長か、環境か、といった二者択一にこだわっているのであれば、日本の1960年代後半から70年代前半の公害対策の一方で、省エネ対策を積極的に取り入れ、日本が安定成長に弾みをつけたことも教訓として言えばいいのだ。

韓国最強のグローバル企業サムスン、技術力や生産性の低さに意外な弱み 逆に強みのマーケッティング力で突出、日本は「表」の競争力磨けば対抗可能

前回コラムで、韓国サムソンの経営に長く携わられた東京大学大学院ものづくり経営研究センター特任研究員、吉川良三さんの話などをもとに、日本企業のグローバル戦略はどうあるべきか、という点にスポットを当てた。そうしたら、うれしいことに反響があり、さまざまなコメントをいただいた。その多くは、韓国グローバル企業サムスンから学ぶものは何か、逆に弱点は何かといった点に関心があった。そこで、この際、サムスンがかつて日本企業の背中を見て自らの競争力を強化したと同じように、グローバル市場で力強く動き回るサムスンから日本企業が学ぶものは何かを今回、浮き彫りにしてみよう。

ご記憶だろうか。吉川さんの話で興味深かったのは、サムスンやLGといった韓国企業は当初、技術力に欠ける三流企業で、必死に日本企業の持つ技術力を模倣し、あとは安い労賃などコスト競争力を武器にキャッチアップを図る、という戦略だった。ところが、サムスンはある段階から、日本を後追いするやり方を止めた。要は、日本企業をターゲットにするよりも、グローバル化という時代の流れのもとで急成長するアジア新興市場にビジネスチャンスがあり、新興市場そのものをターゲットにすべきだと鋭く見抜いたのだ。

サムスンは日本企業の後追いを止め、新興市場戦略に切り替えたのが成功
 しかも、ものづくりがアナログからデジタルに変わり、技術のデジタル化によって、どこでも、そして誰もが難しい技術を装備しなくてもつくれることを知った。極めつきは、新興市場に戦略ターゲットをしぼり、現地のニーズに対応する徹底したマーケッティング戦略でサムスンのデザインやブランドをアピールして、あっという間にシェア確保した、という点だ。確かに、サムスンが技術のデジタル化に合わせて、マーケッティング戦略を巧みに駆使する戦略に転換したことは、なるほどと思わせるものがある。

しかし吉川さんに言わせると、日本企業は技術力などの強みの部分を活用しながら、サムスンと同様、新興市場などでの徹底した現地化という形で現地のニーズを見極め、製品に工夫を施し、あとはマーケッティング力で多様なグローバル市場に機敏に対応すれば、サムスンを凌駕(りょうが)できる、という。つまり日本企業には技術という底力があるので、吉川さん流に言えば、「表」の競争力をしっかり磨けば、サムスンには十分に対抗可能だ、というのだ。

日本企業は品質力、生産方式で優れた強みあるが、欠けるのは市場づくり
 この「表」と「裏」の競争力のうち、吉川さんによると、「表」の競争力は、サムスンが得意とするもので、デザインやブランド売り出し力、マーケッティング力、さらには価格政策力などで、消費者からよく見える表の部分。これに対して「裏」の競争力は、品質、それを支える生産方式、企業体質など、どちらかと言えば消費者からは全く見えない部分だ。日本企業は、この「裏」の競争力について、優れた強みを持っているが、「表」の部分の市場づくりという点では競争力に欠けている、と吉川さんは語る。
言われてみればそのとおりで、日本企業は、熟知した日本の国内市場を別にして、アジアの新興市場のような言語、文化、宗教、商慣習などが大きく異なる地域でのマーケッティング力では、これから述べるサムスンのすごさには、まだまだかなわないことは事実だ。

「携帯電話作った日本」「携帯電話『市場』作った韓国」はなかなか本質ついている
 吉川さんが言う「表」の競争力のうち、サムスンの市場づくりのたくましさで、ふと思い出したことがある。株式会社コムセル社長の飯塚幹雄さんが書いた「市場づくりを忘れてきた日本へ。」(しょういん刊)で、日本と韓国の企業の取組みの違いを浮き彫りにする、とても印象に残った小見出しがあったのだ。

それは「携帯電話を作った日本、携帯電話市場を作った韓国」という部分だ。技術力で優れている日本の携帯電話が、制度的なカベも加わって、世界市場でまったく通用せず、挙句の果ては日本以外の市場でのシェアがほとんどとれず「ガラパゴス化した日本の携帯電話」と、ひやかされた話につながる部分だ。

日本の携帯電話がカメラ機能を売り物にしてもアジア市場では無用の長物に
 飯塚さんはこう書いている。「東南アジアでフィールド・マーケッティングという手法で携帯電話販売店、ユーザーリサーチをしたことがある。東南アジアはサムスン・エレクトロニクス、LGエレクトロニクスといった韓国勢、ノキア、モトローラ、ソニー・エリクソン、さらに現地ディストリビューターが扱う携帯電話もある大混戦地帯。この市場で日本製の携帯電話も並べてもらい数カ月、調査したが、どうしても他国勢を抜くことが出来ない。理由はいつも『ラジオがついていない』といった点だ。カメラ機能などでは、どう見ても日本勢が勝っていたが、シェア・ナンバーワンをとることはできなかった」と。

飯塚さんは「日本が自慢するカメラ機能。いくら画質がよくても、コンピューターにデータを移さなければ、メモリーは数枚の写真でいっぱいになってしまう。コンピューターの普及率の低いインドや東南アジアでサムスンの何倍もの価格で売ろうとしていたのだ。(日本企業は)現地を知らない、ということになる」。なかなか痛烈な指摘だ。サムスンは徹底したマーケット・リサーチによって現地ユーザーのニーズ、消費購買力レベルを調べ上げ、日本のような多機能の機種でなくても低価格の使いやすいもので、一気に販売攻勢をかけてシェアを握るのだ。

サムスンの戦略転換は1997年アジア金融危機、国際化からグローバル化へ
 さて、ここで、本題のサムスンの企業研究に話を移そう。10年間もサムスンの経営に携わった吉川さんは、サムスンの経営の強み、弱みを知りつくしている人なので、吉川さんがセミナー講演された「サムスンに学ぶ新時代の経営戦略」のポイント部分をぜひ、みなさんにご紹介したい。というのも、私自身、サムスンを取材したいと思っているが、なかなかチャンスがないためだ。ご了解願いたい。

まず、サムスンは、1997年のアジア金融危機に韓国も大きく巻き込まれ経済危機に陥った際、国際化からグローバル化へと経営を移行させた、という。ポイント部分なので、少し述べておこう。吉川さんによると、国際化は、サムスンが海外に工場や拠点を持っているだけのことで、製品は現地ニーズに関係なく韓国で企画立案、設計されたものを安い労働力のある海外で生産するだけの意味合いだ。ところがグローバル化は、市場として期待される国や地域に向上や拠点を置いて、その国の文化に合った地域密着型ものづくりをする、というもの。現在の新興市場戦略が、この時点でサムスンの経営にとって最重要課題になると同時に、それまでの日本追従政策に見切りをつけた、というのだ。

サムスン会長「すべての商品が日本のモノマネ、品質も劣る」と93年に荒療治
 さらに吉川さんによると、サムスン経営陣は1993年に徹底したライバル研究を行い、生き残りをかけた大手術をやった。危機意識のポイントは、「すべての製品が日本のモノマネで、かつ品質が著しく劣っている」「コストは日本よりも高く、販売価格は日本製品よりも20%安く設定しないと競争力がない」「このままでサムスンはつぶれる、サムスンがつぶれれば韓国がつぶれる」というものだ。そして、サムスングループ企業の自動車をルノーに、重工業部門をボルボに、防衛産業をトムソンに売却すると同時に航空機や発電事業、船舶エンジンなどを韓国他企業と合併や統合させた。これらによってグループ会社140社を83社に、主力のサムスン・エレクトロニクスで1万2000人の従業員の強制退職、分社化を大胆に進めた、という。

このあたりの経営の大胆さは、サムスングループの総帥で李さんというワンマン会長がいればこそ出来ることで、サラリーマン経営者が多い日本企業では到底、考えにくい。しかし、この李会長のすごさは、吉川さんによると、「顧客は最初にデザインによって心を動かす」という経営哲学に沿って、各国から1000人以上の優秀なデザイナーを集め、製品の機能や品質よりもデザイン力を重視した組織能力に力を入れたことだ、という。

また、グローバル化への対応という点では、やや専門的になるが、組織能力についても情報技術(IT)を活用した生産データ管理の整備、知識共有センターの設置などを積極的に進め、世界中の市場の動きに素早く対応する組織にしている。当然、情報戦略に関しても似たようなグローバル対応だという。要は、人口4800万人の相対的に少ない人口の韓国の国内市場はサムスンにとっては、ターゲット市場でも何でもない、という明確な割り切りなのだ。

サムスンは自身の弱み知り戦略転換の可能性、ソリューション・ビジネスを視野に
 ただ、吉川さんによると、サムスンの弱みは、いくつかあるが、サムスン自身は十分に弱みを知っていて、次への戦略転換も考えている、という。その弱みは、研究開発にはかなりの力を入れているが、まだまだ基礎技術の面で弱さがあること、生産性の面でも立ち遅れがあること、さらに韓国には日本のような優秀な中小企業、とくに部材を支える企業が育っていないため、サムスンを支える企業インフラ面でも決定的な弱さがあることだという。サムスンの李会長は「あと5年以内に、現状維持にとどまり、新たな戦略展開をしないと韓国は吹っ飛ぶ」といういい方をしているそうだ。
吉川さんが見通すところ、サムスンは場合によってはモノづくりから撤退し、ソリューション・ビジネスに移行する可能性がある、という。このビジネスは、最適の解決提案でIT市場を攻略するビジネス、問題解決型ビジネスと言われ、IBMなどがチャレンジしている事業分野だ。

吉川さん「日本企業はグローバル社会の変化に常に着目すべき」と強調
 私に言わせれば、サムスンはいま、新興市場で「表」の競争力でもって、しかも低価格攻勢で市場シェアを確保しているが、「1人勝ち」でないにしても、いまの高い市場シェアをどこまで持続できるか不透明だ。つまり、いずれ中国などの後発メーカーが同じビジネスモデルで新興市場に本格参入する可能性が大きい、さらには新興市場での中間所得階層が膨れ上がりレベルの高い品質のものなどを求め始めると、サムスンにとっては厳しい競争を強いられる可能性が出てくるからだ。
こういった中で、日本企業のグローバル経営戦略はどうあるべきだろうか。吉川さんはサムスンのような「表」の競争力を強化すれば、十分にグローバル市場展開は可能だという。さらに、吉川さんは「グローバリゼーションとデジタルものづくりによって、社会が大きく変化したことに着目すること、独創的な新技術よりも既存の技術を進化、あるいは深化させることで新たな競争力をつけることが重要でないか」という。みなさんは、このあたりを、どう受け止めるだろうか。

“飲食業界の帝王”が開いた、農家が主役の『丸ノ内食堂』(vol.32)

東京駅前に「仕入れは全国各地の農家に任せる」という郷土料理店がある。
新丸の内ビルの「musmus(ムスムス)」という店だ。
扱っているのは全国各地から取り寄せた新鮮な野菜ばかり。どれも瑞々しくて一見、十分吟味された野菜に見えるが、店側では毎日、どんな野菜が送られてくるのかわからないという。

佐藤この店の主役は全国の農家です。私たちは信頼できる農家の生産に合わせてダンボールで送っていただいています。毎朝、どんな野菜が届くか楽しみです。

と経営者の佐藤としひろさん(59)。
ダンボール1箱の価格は10,000円前後と決めているが、送られてくる野菜は例外なく瑞々しく新鮮なものばかり。どのダンボールにも張ち切れんばかりにたくさんの野菜が入っているという。

佐藤日によっては、東京では手に入らない珍しい野菜やまだ出回っていない旬の野菜が入っていることがあります。そんなとき、私たちは新鮮さを尊重し、食材に合わせて蒸したり、和え物にしたり、焼いたり、揚げたりして提供します。『ムスムス』は、食材を一番いい形で表現できる調理法の蒸すということと、生産者と消費者を結ぶという意味があります。

価格は驚くほど良心的だ。

魚料理と野菜のランチセットで1,000円前後。郷土料理のおかずも食べ放題。夜の単品料理も1,000円前後の料理が大半を占める。丸の内では、一桁違うと安さと言っても過言ではないだろう。

しかし採算はとれているのだろうか。

佐藤もちろん僅かですが、利益はいただいています。そうでないと経営できませんから。

と佐藤さん。新丸ノ内ビルに店を開いて約5年。
一度も赤字を出したことはないという。

ただの経営者ではないと思ったが案の定、佐藤さんの履歴を知って驚いた。
バブル全盛期に一世を風靡したディスコ「新宿ツバキハウス」や「芝浦GOLD」などの企画を仕切り、いっとき“飲食業界の帝王”と呼ばれた強者だったとか。

佐藤あの頃は好き勝手にやっていましたが40代になって体調を崩し、故郷の山形に帰って養生したんです。そのとき食べた食材がほんとに美味しくて感動しました。その食材が近所の農家が持ってきてくれる食材と知り、『ムスムス』の構想を練りました。

体調の回復とともに再び上京し、新丸ノ内ビルとテナント契約を結ぶとともに、故郷の農家から野菜を取り寄せるシステムを整えた。

佐藤その後、山形だけでなく全国の農家とのご縁をいただき、今では全国各地の素晴らしい野菜が届くようになりました。仕入れる農家には必ず一度、足を運ぶのですが、見込んだ方は皆さん誠実な方ばかりで裏切られたことはありません。

最近では、「東京で地元の野菜の魅力を紹介してくれる」と評判になり、地方の県庁マンが売り込みに来ることもしばしば。
県庁仕切りで地方野菜のお披露目会を開催することもある。

佐藤ここは、農家が主役の『丸ノ内食堂』。
お客様はもちろん、たくさんの人々が喜んでくれる店であれば本望です。

これからの展開が楽しみだ。

TPP参加は日本を変えるチャンスだ 関税撤廃までの10年に構造改革を

 TPP(環太平洋経済連携協定、正確には環太平洋パートナーシップ協定)への日本の交渉参加表明をめぐって、民主党政権は、参加ポーズをとりながらも、最終的になかなか踏み出せなかったが、政権交代後の自民党、公明党の連立政権が一転して、正式に参加表明が行った。国内の政治的な反発を押し切っての安倍首相の決断だけに、なかなかやるではないか、という感じだ。率直に言って、この政治決断を評価したい。

安倍首相の交渉参加表明は率直に評価、
世論調査でも反対より賛成が多数
 アベノミクスと言われる安倍政権のマクロ経済政策は、金融政策面で危うさを残しながらも、株式や為替の金融市場での期待先行の相場展開によって、経済が上向きに転じる兆しも見えてきている。そのためか、最近の主要な新聞社、通信社の世論調査では、安倍政権の支持率が70%台という高い数字を連続的に維持している。そればかりでない。今回のTPPへの参加表明に関しても、反対よりも賛成が上回っている。安倍政権の政策が国民から信任されたということだろう。

安倍首相には運が味方しているところもあるようだ。昨年12月総選挙は、民主党前政権への有権者の失望という敵失が幸いして、自民党と大勝なったが、その直後に安倍首相の打ち出したアベノミクスがプラスに働いた。しかも政治にスピード感が出てきた。そこで、安倍首相は、7月参院選を目前にして、TPPで賭けに出たのは間違いない。

政権支持率が高い今なら自民党内を二分せず押し切れる、
と安倍首相は判断?
政権が弱体であれば、TPPへの交渉参加表明は自民党内を二分しかねない政治マターだった。しかし、政権への支持率が高い今しかタイミングがない、押し切れると判断した安倍首相は、参院選勝利を目指して、「ピンチをチャンスに」「ラストチャンスだ」というキャッチフレーズで押し切った。さすがの農林族議員も政権に勢いがついており、抗しきれず、あとは今後の条件闘争で行くしかない、との判断に変わったと見ていい。民主党前政権であれば、政治的リスクをおかせないと、問題先送りにしたのだろう。

そこで、今回は、このTPP問題をぜひ取り上げたい。私は過去に、このコラムで何度かTPP問題を取り上げた際、「日本は、TPP交渉参加を表明し自由貿易経済圏づくりに向け日本の国のドアを大きく開けることが必要だ。その際、日本の戦略的強みと弱みをしっかりと見極め、技術革新力など強み部分の競争力をより強める一方で、弱みの部分の農業などに関しては、大胆に競争力強化策を打ち出すことによって、国際的に骨太の国に脱皮するチャンスにすべきだ」と述べてきた。

日本は自由貿易経済圏づくりに踏み出せ、
反対派も思考停止に陥らず議論を
さらに、こうも述べた。「アジア大洋州地域、とくに新興アジアで、日本の気がつかないうちに、大きな地殻変動が起きている。日本は、TPP参加表明によって、アジア・大洋州地域に踏み込み、大胆に、存在感のある経済連携の外交を展開すべきだ」と。

もう少し踏み込んで言えば、TPP反対論者の人たちも「絶対反対だ。聞く耳を持たない」といった形で思考停止に陥るのでなく、この際、日本を根底から変える、という前提に立ち、たとえば農業の競争力強化のために、どうすればいいか、議論して方向付けをすべきだと思っている。
TPPは関税の無条件撤廃が原則ながら、各国とも国内産業保護のために、例外品目をつくりたいケースが十分にありえる。そこで、今後の交渉過程で、日本も国益のために、たとえばコメや乳製品、砂糖の関税撤廃だけは例外品目扱いを主張するのか、大いに問題提起すればいいのだ。まさに、そこは交渉力だ。

TPP参加交渉でのカギは交渉力、
日本の戦略的な強み・弱みの見極めが必要
そのためには、今回のTPP交渉をきっかけに日本を変える、日本のシステムを変える、との立ち位置のもとで、まず、日本の戦略的な強み・弱みを見極めることが必要だ。そして弱みの部門のうち、何をギブアップし、逆に戦略的に絶対に残すものは何かを決めることだ。自由貿易経済圏に大きく踏み出す限りは、そういった戦略が必要だ。

このTPPに参加するアジア・大洋州地域の国々は、日本と同様、強みの戦略産業部門と弱みの産業部門を抱えて、新たにつくる自由貿易経済圏に臨む。だから、どの国も、競争力のある産業部門では強気の交渉力で、さまざまな主張をするだろうが、こと、弱みの産業部門に関しては、関税政策で産業保護を主張し、できれば関税撤廃の例外品目に持ち込もうと躍起になるだろう。それこそがTPPの正式発足までの参加各国の交渉に委ねられている。だから、日本はこのTPPをきっかけに、日本を変える、日本の産業システムや社会システムを変えるためにも戦略的思考で臨み、方向性が決まれば、あとは交渉力でぶつかるしかないのだ。しかしグローバル時代のもとで、自由貿易経済圏に加わるメリットは計り知れないものがあるので、戦略的な取り組みをすべきだと、重ねて言いたい。

米国にも弱み、日本の自動車だけでなく
豪州からの乳製品、砂糖の輸入にも抵抗
TPP参加を表明し、早くも交渉の場に出ている11か国、具体的には米国、カナダ、メキシコ、ペルー、チリ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、ベトナムのうち、建前は無条件の関税撤廃ながら、すでに述べてきたとおり、各国とも産業分野で強み、弱みがある。とくに、国内産業保護、それによって雇用の場の維持を図らねばならない弱みの部分を抱える国々にとっては、関税撤廃で自由化の嵐にさらされるリスクをとりたくない、と考え、例外品目扱いを求める動きが出ている。

たとえば自由貿易の旗を振っている米国で、日本がTPP交渉参加を表明した途端、あの自動車王国と言われた米国の自動車ビッグスリーの自動車メーカーから、日本の対米輸出車に対する関税率の維持によって自分たちの競争力確保を求める動きが高まっている。そればかりでない。米国内では、豪州が強みにする酪農製品、とくにチーズなど乳製品、それに砂糖に関しては、米国農業を保護のために、関係業界が関税撤廃に強い抵抗を示している。

無条件関税撤廃は10年後とし、
それまでは準備期間として現行関税容認が有力
 同じことは、すでに参加表明している11か国全部に言えることだ。このため、日本が加わった12か国交渉の場でも、当然ながら、無条件の関税撤廃が原則ながら、各国がそれぞれの利害得失を考えながら、どのように自国の国益を守るか、激しい議論が行われることは間違いない。どの国も完璧な産業体制を整えて、自由貿易経済圏のうまみだけを享受する、といったことは考えにくい。このため、TPP実現に向けてのさまざまな交渉を経て合意形成が行われる。
しかし、例外品目ばかりがずらりと残る結果になったら、TPPの自由貿易経済圏の原則ルールである関税の無条件撤廃から逸脱してしまう。そこで、例外品目を容認するにしても、経過措置として、関税撤廃の期限を10年間とし、それまでの間に、各国が競争力強化策をつける準備期間とする、という形になるのは間違いない。言ってみれば、TPPスタートから10年間は、参加各国の国内の産業事情、政治情勢などを勘案して、関税撤廃に向けての準備期間とするが、10年後には文字どおりの自由貿易経済圏として、フル稼働する、という形だ。

日本農業には潜在成長力が十分にある、
新興アジアへの輸出を武器に
そこで、TPPへの交渉参加表明をきっかけに日本国内を半ば二分するような議論になっている農業分野に関して、私の得意分野でもあり、今後の取り組み課題を含めて、少し述べてみよう。
結論から先に申し上げれば、日本の農業には産業としての成長力を潜在的に持っているうえ、新興アジアには中間所得層や富裕層を中心に、安全・安心、品質のよさ、おいしさなどに裏打ちされた日本の農産物、加工品に対する需要がきわめて高い。そこで、それらの地域をターゲットにした輸出戦略を講じると同時に、国内市場対応の面でも売れる農産物づくりのためにマーケットリサーチはじめ、市場流通だけに頼らない農業経営の枠組みづくりに取り組む。
それを踏まえて、TPP対応として、仮に関税が撤廃になって競争力の面で全く太刀打ちが出来ない分野ながら、食料安全保障の観点で政策的に保護あるいは維持すべき分野はどこか、あるいは逆に、生産農業者には申し訳ないことながら、需要先細りのもとで政策的に保護が限界で、ある程度、見限らざるを得ない分野はどこかを、この際、見極めることが必要だ。

乳製品や砂糖は競争力強化が必要だが、
コメは対策次第で自由化にも対応可能
その点で、食料安全保障、そのからみで食料の自給率維持のため、地域産業や雇用維持のために政策的にサポートが必要な分野となれば、コメ、乳製品、砂糖など限られた分野だろう。その点で、自民党が打ち出した5品目は1つの参考になる。
しかし、ここで重要なことは、10年後の関税撤廃は大きな原則のため、その10年間に徹底的に競争力強化策をみんなで考えるようにすることが必要だ。その点で、乳製品や砂糖に関しては、米国がオーストラリアに歯が立たず、苛立っていると同様、日本の酪農などの現場事情からすれば、10年後もどこまで競争力を維持できるかわからない、という問題が付きまとう。ここは、今後、どういった競争力強化策を講じるかだ。

与野党ともグローバル時代の農業のあり方で
もっと政策づくりの努力を
 私は、コメに関しては、乳製品や砂糖などと違って、やりようによっては十分に競争力を確保し、逆に、新興アジアを中心に輸出で十分に勝負ができる潜在的な力を持っていると思っている。そのために、中途半端な形の二種兼業農家対策を行うと同時に、それら二種兼業農家の農地を大規模経営農家に経営委託の形で貸与し、大規模経営農家主体のコメ生産体系に持っていくことが重要だ。

7月の参院選を前に、自民党のみならず、与野党とも政治家特有の票田としての農民、農協を意識した農業保護のための反対論が依然として見え隠れする。政治は本来ならば、与野党を含めて、グローバル時代に対応した農業の国際競争力強化をどうするか、国内農業の新成長モデルは何か、あるいは循環型農業を軸に自然環境を守る農業をどう構築するか、高齢化で担い手が減る農業をどうするかの議論をすべきが大事だ。
 

円高で大変とすぐ海外に拠点移す経営はダメーー吉川さんのアドバイスは鋭い 「韓国サムスンのしたたかなグローバル戦略に対抗力必要」と安易な進出に警鐘

 急激な円高による為替面での輸出競争力の相対的な弱体化に耐えかねて、この際、海外に生産拠点を移して事態の乗り切りを図ろう、という日本国内の輸出企業の考え方はわからないでもない。しかし円高は今に始まった話ではない。日本経済はずっと円高局面にある。むしろ円高を克服する企業の競争力をどうつけるか経営面での工夫が必要だ。円高回避のために海外進出と言っても、たとえば中国では中国ルールがあり、ゴルフでつけるハンディ―もいっさいなし。勝てる自信があるのか。それに韓国のサムスンのようなしたたかなグローバル戦略に対抗出来る力をつけておかないと、海外でも負けてしまう――と。

日本企業の安易な海外進出に警鐘を鳴らす鋭い指摘だ。実は、これは東京大学大学院ものづくり経営研究センター特任研究員、吉川良三さんの問題提起なのだ。吉川さんについては、ご存じの方も多いかもしれないが、産業人として波乱万丈の生き方をされている。日立製作所でソフトウエア開発に長く従事したあと、旧日本鋼管(現JFEホールディングス)に転出、そこでのエレクトロニクス開発本部長を経て、韓国サムスンからのヘッドハンティングによって一転、サムスンの常務として開発や企業革新の業務に10年間、携わった人だ。ある面で、急成長を続けるサムスンの躍進の原動力を作り出した人といってもいい。それだけに、冒頭に述べた話に関しても、実に説得力がある。

「日本企業はアジアで勝てるのか」という立場での経営再構築論は興味深い
 最近、吉川さんが「サムスンに学ぶ新時代の経営戦略――日本企業はアジアで勝てるのか」というテーマで講演をされた。経済ジャーナリストの好奇心で以前から会ってみたいと思っていた人だったので、躊躇(ちゅうちょ)なく講演を聞きに行った。そして、講演後もいろいろ追加的に取材の形で話を聞いた。そこで、今回は、私の問題意識とも合致する吉川さんの話を中心に、日本企業のグローバル戦略はどうあるべきか、という点にスポットを当ててみたい。

その前に、経済産業省が今年8月11日から2週間、輸出製造業を中心に200社を対象に行った「円高の影響に関する緊急ヒアリング」調査の結果を見ておこう。調査当時は、現在の1ドル=80円台の為替レートと違って、85円前後のレベルでのヒアリングだ。結果は予想どおり、「大変」というものだった。具体的には対ドルでの円高によって製造企業の60%強が、また対ユーロで50%強が企業収益面で減益は避けられないと回答、この円高が半年以上続いた場合、収益の悪化はさらに深刻化すると大半が答えている。とくにその場合、製造業のうち40%が「生産工場や開発拠点などを海外に移転する」と答えたほか、60%が「海外での生産比率を拡大する」と答えている。

経済産業省の円高ヒアリング調査結果は予想どおり、問題は円高の活用策
 今の円高は明らかに急ピッチ過ぎる。ただ、この円高は、米国経済の弱さに失望してのドル売り、ドル安の裏返しのものであって、日本経済が高い評価を得て円買いされた結果ではない。いわば日本にとっては、意図せざる円高だ。しかしこの経済産業省のヒアリング調査結果に出ているように、日本国内の輸出産業を中心にした企業の間では「大丈夫。この程度での円高など心配ない」と自信を見せる企業は皆無で、ほとんどの企業が程度の差はあれ、大いに危惧していることは事実だ。

私自身も、ずっと以前は、円高の行き過ぎがもたらす経済へのデメリットに危機意識を持っていたが、最近は「通貨には表と裏があるのと同じで、円高にもメリットとデメリットがあり、プラス思考でいくしかない。発想の転換が必要だ」と思っている。第8回のコラムでも、そういった趣旨で書いているので、ぜひ、ご覧いただけばと思う。要は、円高をどこまで容認するかによるが、米国経済の地盤沈下、弱体化によるドル安のツケが円高に来たりするような為替構造のもとでは、円高を逆に活用して経済の体質を強める方向に持っていかなければならないと思う。手をこまねいているだけでは、経済産業省調査のような形での「大変だ」「大変だ」といったお決まりのパターンになるだけだ。経済政策はもとよりだが、企業の経営対応としても、「そんな無策の対応でいいのか」といったあり方が問われかねないことになる。だから、円高を克服しながら競争力を強化する方策を考えることが大事だ。

日本は産業間競争でも海外で負けつつある、と吉川さんは厳しく指摘
 さて、本題の吉川さんの話をもとに、日本企業が、世界の成長センターとなっているアジアに積極進出する場合のグローバル企業経営戦略には何が重要か、という点にしぼって問題を考えてみたい。吉川さんは、自らの日本企業での経験、そして韓国サムスンでの経験を踏まえて、こう述べている。「日本企業の間で『海外での競争では企業対企業レベルで負けている分野もあるが、産業対産業というレベルでは決して負けていない』と指摘する声がある。しかし私が見る限り、そんなことはない。むしろ、日本は産業レベルでもグローバル競争に負けている」という。

吉川さんによると、エレクトロニクス産業で見た場合、経済成長に弾みがついている新興アジアと呼ばれる中国やインド、東南アジアの国々ではエアコン、冷蔵庫、洗濯機が「3種の神器」になっていて、その需要急増ぶりは目覚ましい。この需要層は、いうまでもなくアジアの人口30億人のうち、ボリュームゾーンと呼ばれる中間所得階層8億人で、経済成長に伴って、その数は着実に膨れ上がっているうえ、消費購買力は力強い。ところがこれら3製品に関しては、日本の家電メーカーは、日本国内の需要がピークアウトして買い替え需要しか見込めないと、生産の比重を落としているものばかり。それどころか、新興アジアでは何と韓国サムスン、LG、そしてオランダのフィリップスの3社がこの3製品の大半のシェアを握っているのだ。彼らには新興市場への戦略がはっきりとあり、生産特化しているのだ。日本メーカーは、産業として戦略性の面で負けている、という。

巨大需要を生み出す新興アジアでの企業・産業の戦略展開を考えることが重要
 そればかりでない。吉川さんによると、日本メーカーが生産特化している液晶の薄型テレビなど情報家電と言われる分野に関しても、サムスンやLGなどのメーカーも対抗しているうえ、最近は新興アジアの国々のメーカーが次第に生産力や技術力をつけ始めており、日本メーカーは気を抜けない。ただ、これら情報家電といわれる技術や品質などに裏打ちされる製品分野の普及率はまだ低いので、日本メーカーが価格政策を含めて戦略的に本格参入すれば、十分にシェア確保できる分野かもしれない、という。

ここでのポイントは、世界の大きな潮流という点で見た場合、需要の大きな源泉が新興アジアにあり、これに伴って生産拠点が需要地のアジアに移りつつあること、しかも技術のデジタル化によって、極端な話、どこでも、かつ誰でもがつくれるようになってきたため、当然のことながら需要地のアジアが重要な生産拠点化しつつあること、裏返せば、製品開発や生産、アフターサービスなどさまざまな点で、新興アジアに合わせた企業戦略、産業戦略をとらないと負けてしまうこと、日本が成熟市場で、まだまだ大きな需要が見込めるといった発想でいると、グローバル企業との競争にますます負けてしまう、ということだと、私は理解した。

旭化成前社長の蛭田さんの「ドメスティック・グローバルからの脱却を」と同じ
 そこで、吉川さんは、韓国サムスンがいち早く狭い韓国の国内市場での経営展開をを見限り、新興アジアを含めてグローバルな市場で勝ち抜く企業戦略をたてて実行に移している点を、日本企業は参考にすべきだ、と述べる。この発想は、第89回コラムで紹介した旭化成前社長の蛭田史郎さんの問題提起と同じだ。蛭田さんは「日本の産業の成功パターンは、1億人のうるさ型消費人口の国内市場で勝ち抜き、それを武器に欧米中心の10億人の世界の商品市場に進出しシェアを勝ち取ってきた。しかし今や世界は新興国の消費購買力を含めた40億人の市場に急拡大しているのに、日本産業は過去の成功体験をもとに1億人市場での勝利にとどまり、すべてをグローバル基準で対応する態勢にない。私の造語英語で言えば日本産業は早くドメスティック・グローバルからの完全脱却が必要だ」と。

吉川さんの話の中で興味深かったのは、企業の競争力には「表」と「裏」があり、日本企業は強みの部分を活用しながら多様化しているグローバルな市場のニーズに鋭く、かつ機敏に対応して本来の力を発揮すべきだ、という点だ。この「表」の競争力とは、デザインやブランド売り出し力、マーケッティング力、さらには価格政策力などで、消費者からよく見える表の部分だ。これに対して「裏」の競争力は、品質、それを支える生産方式、企業体質など、どちらかと言えば消費者からは全く見えない部分だ。日本企業は言うまでもなく「裏」の競争力では強みを持っている。

日本企業は海外でハンディ―なしに勝てるグローバル戦略づくりこそカギ
 しかしサムスンやLGといった韓国企業は当初は技術力にも欠ける三流企業だったが、ある段階から、日本を後追いするやり方を止めた。そして、グローバル化という大きな時代の流れ、アナログものづくりからデジタルものづくりの環境変化を鋭くつかみ、新興市場戦略をそこに重ね合わせて、現地のニーズに対応するマーケッティング戦略のたくみさでブランド価値をアピールするという「表」の競争力でもってシェア拡大を図った。この点は日本企業も学習することが大事だ、という。
冒頭で、吉川さんが述べた「円高回避のために海外進出と言っても、たとえば中国では中国ルールがあり、ゴルフでつけるハンディ―もいっさいなし。勝てる自信があるのか。それに韓国のサムスンのようなしたたかなグローバル戦略に対抗出来る力をつけておかないと、海外でも負けてしまう」という点がわかるような気がする。みなさんはいかがだろうか。

朝日新聞の大阪地検特捜部データ改ざん事件の調査報道は素晴らしい メディア生き残りは間違いなく調査報道、掘り起こしジャーナリズムが信頼得る

メディアの取材現場に長く携わった私自身の経験から言って「これは素晴らしい。よくやったな」と思ったのは、朝日新聞が今年9月21日付の朝刊1面トップで「郵便不正事件で大阪地検の主任検事、押収資料改ざんか」と報じたことだ。「検察、それも特捜部が裁判を検察のシナリオどおりに有利に運ぶため、故意にデータ改ざんしたというのは前代未聞。朝日新聞は『改ざんか』と見出しで疑問符をつけているが、ここまで報じる限りウラをとってのことだろう。すご~い」と当時、報道の持つ意味の重要さに驚いた。

報道の波紋は大きかった。事態は予想外に急進展し、最高検察庁が異例のスピードで報道されたその日の夜に主任検事を緊急逮捕、さらに当時の大阪地検特捜部の部長と副部長についても犯人隠匿容疑で逮捕した。そればかりでない。これをきっかけに、検察庁の中でも特捜部という検察エリート集団に鋭いメスが入った。朝日新聞の調査報道が地検、高検、最高検という検察の中枢を直撃したのだ。他のメディアも徹底的に検察特捜部の実体に迫る分析追及の報道に走った。

巨悪を暴くはずの特捜検察の捜査手法に今や赤信号、「国策捜査」にも問題
 特捜検察といえば、戦後のさまざまな巨悪の追及や摘発したことで有名。端的にはロッキード事件での田中角栄元首相逮捕に及んだ時のように、国家の最高権力をモノともしない特捜検察の正義感に、国民は拍手喝采したものだ。ところが、最近は「国策捜査」といった形で、国家の権力サイドにおもねるような検察捜査が問題になったのをはじめ、栃木県足利市での女児殺害事件で無期懲役の確定していた菅家利和さんがDNA鑑定の結果、検事の取り調べに無理があったことが判明し、一転無罪判決となる冤罪(えんざい)事件もあった。今回の大阪地検特捜部が立件した郵便制度不正利用事件の検察捜査も同じで、厚生労働省の現役局長で逮捕された村木厚子さんの無罪が決まるなど、検察の捜査手法に疑問符がついていた。

記者クラブ制度に安住の発表ジャーナリズムよりも分析や調査報道で存在感を
 そこで、今回は、メディアの調査報道の問題をぜひ取り上げたい。私は、かねてから新聞などのメディアが記者クラブ制度に安住して、記者クラブで発表されたものを速報によってスピーディーに、かつわかりやすく報じるといった発表ジャーナリズムに関しては、ジャーナリズム本来のものではないこと、むしろ、メディアは今後ますます分析報道、それに調査報道、さらには一種の政策シンクタンク的な形での政策提案報道によって、その存在感をアピールすべきだと思っている。とくに調査報道に関しては、その丹念な取材手法によって、隠されていた問題をえぐり出して真実に迫るということが必要になる。言ってみれば掘り起こしジャーナリズムだ。メディアの生き残りはこれしかないと思っている。

そういった意味で、今回の朝日新聞のスクープ報道はまさに調査報道の成果であり、拍手を送りたい。この朝日新聞のスクープ記事が今年の日本新聞協会賞(編集部門)の追加受賞者に決まったのは、ある面で当然のことだ。実は2010年度の新聞協会賞は今年9月にすでに受賞者が決まっていたが、新聞協会関係者の間でも、追加表彰に値するとの声が高まり、異例の追加受賞となったようだ。

スクープしたのは下野新聞から朝日新聞への転職記者、取材力が評価される?
 朝日新聞が10月15日付の新聞週間特集紙面で、この取材にあたった板橋洋佳さんという34歳の記者のレポートが掲載されていたので、私自身、好奇心も手伝って、思わず読んでしまった。板橋さんは、もともとは栃木県の地方紙、下野新聞の記者だった。入社して8年後に朝日新聞に転職し、神戸総局を経て大阪本社社会グループに移り、スクープをものにしたのだ。その取材力が朝日新聞に評価され、ヘッドハンティングの形で引き抜かれたのだろう。日本のメディアも、今後は人材の流動性が高まり、プロ野球のスカウト人事のように、力があればライバル他球団へ移籍する形で、競争力強化を図る時代になってくるべきだと思う。

さて、板橋さんがどういった端緒でスクープをものにしたか、どういった調査報道の手法だったのかという点に関心が集まる。そこで、レポート記事の一部を引用させていただきながら時代刺激人ジャーナリストの立場で、何がポイントだったか取り上げてみよう。 板橋さんによると、取材応援で郵便不正事件の裁判の法廷でメモをとっていて、被告の上村勉・元厚生労働省係長が「1人でやりました。(上司で当時の担当課長だった)村木さんとの共謀はありません」と一貫して発言が変わらないため、検察捜査の際の供述調書と公判証言のどちらが本当なのだろうか、と疑問がわいたのが独自に取材することになったきっかけという。

「検事が捜査の見立てに合うようデータ改ざん」との検察内部証言がきっかけ
 「一連の問題の端緒となる話を検察関係者から聞いたのは、7月のある夜だった。『上村元係長の自宅から押収されたフロッピーディスク(FD)のデータを、捜査の主任である前田恒彦検事(当時、10月11日付で懲戒免職)が改ざんし、偽の証明書の最終更新日時を、捜査の見立てに合うように変えた』と。疑惑は検察内の一部で今年1月に把握されたが、公表が抑えられていた疑いもあった」「取材で得た証言を検察側にぶつけても、証拠がなければ否定される可能性もある。司法担当キャップの村上英樹記者と話し合い、FDの入手を最優先とし、改ざんの痕跡を見つけるために専門機関に鑑定依頼する方向で動くことにした。鑑定結果があれば、検察が否定しても記事に出来ると判断したためだ」という。

板橋さんは上村元係長の弁護人のもとにFDが返却されているのをつきとめた。しかし弁護士の側のガードも堅く、数週間の取材を通じてやっと理解を得てFDを借り受けた。そして独自に専門の鑑定機関に持ち込み、改ざんの痕跡を見つけて検察関係者の証言が間違っていなかったことを確認した後、検察幹部に事実を伝え、独自に内部調査に踏み切るかチェックしたあと、記事化する決断に至った、という。

検察のメディアリークというよりも取材の熱意と問題意識の勝利と見るべき
 ここで、奇異に思われる方も出てこよう。つまり検察の取材というのは、常に「捜査妨害」をタテにガードされ、夜討ち朝駆けというさまざまな取材を試みても難しい、という話なのに、どうして検察関係者から、主任検事による押収資料データの改ざんという、検察に100%不利な情報がとれたのか、と。確かに、そのとおり。朝日新聞は取材ソースに関しては、いっさい明かさないが、私が推測するに、ニュースソースは同僚検事か、その周辺の検察関係者であることは間違いない。これを検察関係者がリークという形で板橋さんに書かせたとみるか、あるいは板橋さんの取材の熱意が検察の良心を動かしたとみるかどちらかだ。でも、私に言わせれば、調査報道に際しての問題意識の勝利だと思う。
板橋さんはレポートの末尾で、こう述べている。「埋もれた話を聞きだし、証言を裏付ける取材を徹底的にしたことが記事につながった。自分が感じた疑問を出発点に、日常の取材から一歩踏み出す。それが記者としての基本動作であることを、改めて実感している」と。これこそが調査報道の原点だろう。

毎日新聞では2年連続の調査報道スクープで新聞協会賞受賞の女性も
 この調査報道でのスクープという点では、過去には同じ朝日新聞の川崎支局による有名なリクルート事件報道もあるが、特筆すべきは、私がかつて所属した毎日新聞で2003年、そして翌年2004年に連続して、大治(おおじ)朋子さんという記者の調査報道で防衛庁のスキャンダル2件を明るみにして、見事に日本新聞協会賞(編集部門賞)を2度続けて受賞していることだ。
また同じ毎日新聞で、ご記憶かどうか、わからないが、2000年に北海道報道部の取材グループが、東北旧石器文化研究所の副理事長(当時)の旧石器ねつ造事件、具体的には発掘調査の前にわざと地面の中に旧石器を埋めて、さも大発見というふうにねつ造した「神の手」事件とも言われている現場を綿密な調査報道で突き止め、ビデオ撮影して報じた。これも素晴らしい調査報道だった。

大治記者「記者が掘り起こさなければ永遠に公表されないニュースに迫る必要」
 この大治さんが「ジャーナリズムの条件シリーズ (1)職業としてのジャーナリスト」(岩波書店刊)で「防衛庁リスト報道の軌跡」と題して、調査報道の課題にも言及しているので、少しご紹介したい。以下がそのポイント部分だ。これを締めくくりにしたい。
「『社会正義』『義憤に駆られて』『スクープを書きたい』――記者の動機はさまざまだ。『調査報道に必要な記者の資質は何か』ということもよく聞かれるが、何であれ。長丁場で証拠を集める作業には、気力と体力が必要であることは間違いない。(専門家に調査報道でつかんだ事柄の法律違反の度合いの判断を聞くと、違反とは言えない、シロだ、と言われてしまう)『専門家の壁』に打ちのめされ、袋小路をさまよっていた時期、私を支えてくれたのは『シロウト感覚』だった。(中略)法律がどうであれ、専門家が何を言おうと、常識的に考えておかしいと思う時は、その問題意識はむやみに『シロウト感覚』として片付けるべきでない。そう思いなおして、私は再び取材を続けた」と。

「調査報道は、従来からメディアの重要な役割の1つとされてきた。それだけに、今ことさらに、調査報道の重要性を訴える必要があるのか疑問に思う人がいるかもしれない。しかし、私は、インターネットの時代であるからこそ、調査報道の重要性が一層増していると思う。(中略)ネットで読める情報と同じ情報をそのまま報道していては、メディアの存在意義は薄れて行く。どこでも得られる一般的なニュースとは別に、記者が着目して掘り起こさなければ永遠に公表されることがないであろうニュース――調査報道こそ、改めて必要とされるのでないだろうか」と。

民主化運動家へのノーベル平和賞授与、中国の猛反発は異常、何を恐れる? 経済大国化し国家運営に自信あるのなら劉さんを釈放し受賞受け入れがスジ

最近の中国が国際社会を揺るがす問題は、数えきれないほど多い。中でも10月8日にノルウェーのノーベル賞委員会が中国国内の刑務所で服役中の詩人で民主活動家の劉暁波さんに対し、ノーベル平和賞授与した問題は象徴的だ。ノーベル賞委員会が長年の民主化運動を評価した結果だが、中国政府は猛反発して容認せず、中国国内でテレビ、新聞、さらにはインターネット上でも情報封鎖する強硬措置に出た。このため欧米諸国からは劉暁波さんの即時釈放要求という形でエスカレートした。中国政府の頑(かたく)なさは変わらず、国際社会での中国の孤立がぐんと浮き彫りになる事態に至っている。

実は、経済ジャーナリストの立場で現代中国経済を見てきただけだったので、劉暁波さんの存在に関しては、今回初めて、その存在を知った。しかしジャーナリストの好奇心で、著書「天安門事件から『08憲章』へ」(藤原書店刊)に目を通したところ、民主化への取組みのすごさに圧倒される。とりわけ中国共産党の事実上の一党支配体制に対する批判は強烈で、共産党幹部は権力維持にのみ関心を持ち、中国人民の人の命に関して無関心である現実は恐ろしいことだ、といった形で、民主化を強く求めている。

ノーベル賞委員会判断は見識、平和賞授与で中国民主化を促したことが重要
 ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長は、メディア報道によると、授与の記者会見で「世界第2位の経済大国となった中国の新たな立場には、さらなる責任が伴わなければならない」とし、経済大国としての責任をキーワードにして中国国内での民主化要求の動きに対して柔軟に対応すると同時に、大国に見合った責任を果たすべきだ、という趣旨の発言をしている。

昨年のオバマ米大統領への平和賞授与が核兵器の非核化への政治的なリーダーシップへの期待を込めた意味合いがあったのと同様、今回も大国主義化が急速に強まる中国に、大国に見合った責任ある行動を、ということで、国内での民主化要求に応えよ、というメッセージ発信なのだ。ノーベル賞委員会が政治的になることには議論があるが、平和賞授与によって、中国の民主化に道筋をつける役割を果たすそうとするのは素晴らしい。

経済大国を自負する中国が北朝鮮と変わらぬ国内での情報封鎖行動は奇怪
 ところが、経済大国にのしあがった中国はノーベル平和賞授与に猛反発し、北朝鮮と同じような国内での情報封鎖に躍起になる。これは何とも奇怪であり、常軌を逸している。上海万博の中国国家館で改革開放30年の実績を高らかにうたい上げたこと、また北京オリンピックでは世界を先導した中国文明をアピールしたことは単なる国威発揚のためで、大国というには現実はほど遠いということになる。中国の人たちは「冗談じゃない」と反発するだろうが、いま中国政府の対応は、北朝鮮のレベルと大差ないのだ。

むしろ、私からすれば、中国全体が今回の受賞を素直に喜び、中国政府、それに共産党が国内での民主化総点検に踏み出すきっかけにすればいいと思う。もっと言えば中国はメンツなどを捨てて、新興経済大国の新しい政治、経済、社会モデルづくりのきっかけにすればいいのだ。事実、ここ数年、中国の人たちとつきあう機会が多いが、優れた問題意識、考え方の人たちが急速に目につき、中国という国のすごさを感じさせられることが多い。裏返せば、中国が国際社会で責任ある行動をとるだけの力をつけてきているのだ。

社会主義と相反する市場経済化に成功した中国、なぜ民主化に神経質?
 中国から離れて日本に帰化した評論家の石平さんは10月10日の民放のテレビ番組で、鋭い問題意識で的確な発言をした。「中国政府は、社会主義体制を維持しながら市場経済化を標榜し見事に経済大国化したと国家運営に自信を持つならば、劉暁波さんの平和賞受賞をきっかけに釈放し民主化を容認、そして政治改革などに踏み出せばいい」といった趣旨の発言だった。まさにそのとおりだ。そして石さんは「いったい中国政府は何を恐れているのだろうか」とも述べている。私も同じ気持ちだ。

体制が180度も異なる市場経済化を容認し、矛盾をはらみながらも社会主義体制との同居に成功した中国が、なぜ民主化の問題になると異常に神経質になり、国家政権転覆扇動罪といった、おどろおどろしい罪名で民主運動家を投獄するのか、本当に理解に苦しむ。早く国際的に高い評価を受けるように、中国も「大人になれ」というところだ。

国際社会を揺るがす中国リスク問題は数えきれないほど、問われる責任行動
 冒頭に、私は、最近の中国が国際社会を揺るがす問題は、数えきれないほど多い、と申し上げたが、たとえば尖閣諸島領有をめぐる日中間のあつれきも、単に2カ国間の問題ではなく南沙諸島、東沙諸島でも同じ問題に発展しており、いわば中国が周辺の海洋国家との間で海洋にあるさまざまな資源をめぐる海洋権益の争いが根底にある。急成長した経済を支えるための資源確保から、中国は世界中でいま、2兆5000億ドルに及ぶドル建て外貨資産を使って買いあさりを続け、資源価格の高騰を招き、買い負ける日本などの反発を買っている。

さらには人民元の通貨価値をめぐる問題も今や国際会議の主要テーマになりつつある。為替レートが経済の高成長度からみて明らかに人為的に低い相場にして、結果として中国の輸出競争力を強める結果になっているのは問題だ、という点だ。知的財産権をめぐる問題も主要国を巻き込んでの深刻な問題で、各国からすれば技術のパクリがひどすぎる、中国政府は大胆に国内規制を加えないと国際社会から総スカンを食らうぞ、と警告を受けてもノラリクラリの姿勢を変えていない。経済分野はまだまだこれにとどまらないが、軍事問題などに範囲を広げれば、さらに国際社会を揺るがす問題は多い。まさに中国は国際社会でのルールをどう守るか、大人のつきあいをどうするかが問われているのだ。

日本にとっては11月の横浜APECでの外交展開が最大勝負
 さて、ここで日本の問題だ。民主党政権は、政治主導を掲げて政権交代した割には、外交能力はゼロ評価だ。とりわけ今回の中国との尖閣諸島での中国漁船船長事件をきっかけにした処理対応は、確たる戦略判断のもとでの行動とはとても思えない、不安ばかりがつのるものだった。99回目のコラムでも「政治空白がこわい、『内ゲバ』していると日本経済はガタガタに?」と書いたが、マクロ経済運営のみならず外交問題でも政治空白のツケが回ってきてしまった。それにしても、政権交代をめざして外交問題でも綿密な対中国戦略をたてていたのではなかったのか、と思わず言いたくなる。

日本の対応に関しては、結論から先に言えば、11月に横浜で開催のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が、日本外交にとっての正念場となる。日本は、しっかりとした戦略、対応方針を決め、早めに布石を打つことだ。この会議には中国の胡錦涛主席はじめ東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳、それに米国のオバマ大統領らアジア太平洋の関係国の首脳が一堂に会して、さまざまな懸案を話し合う。10月4、5日にベルギーで開催されたアジア欧州会議(ASEM)首脳会議に比べてケタ違いに重要度が違う。

日本は尖閣諸島などの海洋権益、領有権問題で広域関係国会議開催に意味
 今年夏場ぐらいまでは、民主党政権は参院選敗退ショック、それに民主党代表選に追われてAPECどころでない、という状況だった。霞ヶ関の関係省庁に対応を見る限りでは際立って重要案件が大きなテーマになる状況でもなかった。むしろ、議長国の日本がどういったリーダーシップをとるかだけがポイントだった。ところが、9月に入って、一転、尖閣諸島問題をきっかけに、中国にからむさまざまな問題が噴出し、議長国の日本としては本来の経済問題だけでなく政治問題、さらには軍事問題まで、状況によっては首脳会議の場か、あるいは非公式会議の場を使って、方向づけのためのリーダーシップが大きく問われることになった。

私に言わせてもらえれば、日本が尖閣諸島、南沙諸島、東沙諸島を含めた中国と周辺関係国との間の海洋問題をめぐる対応処理、それに付随する領有権問題を討議する場を設定し、その場には日米安保同盟とのかかわりで米国をもからませることが必要だ。要は、すぐには結論が出ないだろうが、大事なことは、日本がAPEC議長国の権限で海洋権益をめぐる問題、領有権をめぐる問題に関する広域関係国会議の場をつくって、これは個別2カ国間の問題ではないことを強く印象付け、大国主義を背景に領有権や海洋権益問題で手前勝手な自己主張を続ける中国に歯止めをかけることだ。

そして、日本としては、日米安全保障条約がらみで米国もこの問題には利害がからむとして、会議では米国にも発言権があると引っ張り出し、米国に中国へのニラミをきかす役回りを演じさせることだ。ベトナムなどの関係国にとっては、さすが日本も修羅場では存在感を示してくれると外交的な評価をしてくれるかもしれない。

今こそ日本は現代版三国志で外交ゲームを、戦略軸はASEANとの連携
 ご記憶だろうか。このコラムの2回目、そして48回目で折に触れて、日本は米国、そして中国の3カ国間で「現代版三国志」のような緊張関係をつくることが大事だと述べたことを。つまり、かつての中国の魏、呉、蜀の3カ国が互いに生き残りをかけて権謀術数を繰り広げる三国志の世界がいま、日、米、中の3カ国の間での外交ゲームにぴったり当てはまるのでないかということだ。今こそ、日本は三国志に学んで現代世界で存在感をアピールすることだ。
3カ国間のうち、たとえば中国に問題が生じれば、日本と米国が連携して中国の行き過ぎに対処、逆に、もし米国に問題があれば日本と中国が連携し、場合によっては保有する米国債を売るぞ、というプレッシャーをかけて自制を求めたりする。最大の問題は、日本に問題が生じた場合、米国と中国が連携すれば、日本が踏み潰されるリスクがある。
だから、日本はそれに備えて座標軸をしっかり持つこと、端的には中国を除く東南アジア諸国連合(ASEAN)を戦略軸に置き、ASEANと連携しながら行動すること、そのためにも、日本は過剰な対米依存、そして対中依存も止め、アジア、とりわけパートナーになり得るASEANにもっとエネルギーを注ぐことだ。

活かせ!眠る深海底のエネルギー資源 国主導で自給率上げ経済安全保障を

 最近と言っても2週間ほど前の2013年3月12日、愛知県と三重県の境にある海域の深海に眠る次世代エネルギーのメタンハイドレートが、海底で海水と天然ガスに分離、天然ガスの主成分のメタンガスという形で産出することに成功した、というニュースが大々的に報じられた。ご記憶だろうか。間違いなくグッドニュースだ。
このメタンハイドレートに関しては、あとで申し上げるが、ドイツ人が書いた興味深い海洋小説で、深海のメタンハイドレートが取り上げられ、私は、ちょっとした関心を持っていた。そのからみもあり、このニュースを見て、ますます深海底の資源に好奇心をそそられたので、今回はその問題をぜひ、取り上げてみたい。

1300mの深海でメタンハイドレートを発見、
海水と分離して天然ガス化は見事
 ニュースで驚いたのは、独立行政法人の石油天然ガス金属鉱物資源機構の技術だ。この機構の技術者が、地球深部探査船「ちきゅう」号で1000メートルある海底まで深く潜ったあと、その海底から、300メートル掘り進んだ所でメタンハイドレート層を発見したのもすごいが、そのあと、海水と天然ガスを分離する技術を使って見事に分離、そして、すでに組み立ててあった井戸で海上まで天然ガスを送り上げたことだ。
鉱物資源掘削の世界では、「千三つ」と言って、油井を見つけるため千回穴掘りしても三回当たれば上出来、という確率の悪さが常識になっている。今回の探査も探査技術が進んでいるとはいえ、一朝一夕に実現したわけでなく、様々な試行錯誤の上に、やっとのことで、ここまでこぎつけたのだろう。だが、重ねて、そのすごさに加えて、メタンハイドレート層発見後の分離技術は見事だ。カナダで2007年から08年にかけて、ツンドラ(永久凍土)層から別の技術で取り出したケースはあるが、深海底で海水とガスに分離してメタンガスという形で産出するというのは画期的なことだ、という。元気の出る話だ。

南鳥島周辺の5700mの深海で希少金属のレアアース層発見も
サプライズ
 サプライズはそれだけでない。その9日後の3月21日に、同じく独立行政法人の海洋研究開発機構が東京大の研究チームと一緒になって、小笠原諸島の南鳥島周辺の水深5700メートル前後の海底で、希少金属のレアアース、それも高濃度のものを見つけた、というニュースが流れたことだ。これもビッグニュースだ。
このレアアースは、中国が陸上の露天掘りのような場所で産出して、全世界の90%以上の独占的シェアを持っている。中国が経済覇権戦略に使っているため、日本の産業界のみならず世界中が振り回され、代替資源開発を余儀なくされ切歯扼腕していたものだ。
ところが、プロジェクトに参加した東京大の研究チームの加藤泰浩教授によると、中国産のものよりも10倍の高濃度のものだ、という。深海底から掘り出して、事業化できるまでには、かなりの技術的課題や資金などの問題が重くのしかかるだろうが、これまた、「よくやった」、英語で言えば「GREAT JOB」と思わず声をかけたくなるものだ。

エネルギー自給率4%の日本には海底の天然ガス・鉱物資源は
先行きに光明
 さて、ここからが本題だ。資源エネルギー庁は「エネルギー白書2011年版」で、日本のエネルギー自給率は水力や地熱などを合わせても4%しかない、と指摘した。今も状況は変わっていない。裏返せば、残り96%を海外からの石油や天然ガス輸入に頼らざるを得ず、経済安全保障の面できわめて憂慮する事態が続いている。その点で、今回のニュースは、エネルギー自給に関して、先行きに光明を与えるものだ、といっていい。
日本の戦略的な強み、弱みを冷静に分析したら、弱みの中には、国際競争力ゼロの政治を別にして、戦略的にサポートすべき重要分野が2つある。自給率がきわめて低いにもかかわらず経済産業面で重要な食料とエネルギー資源だ。この2つに関しては、政治的にも政策的にも力を注いで確保しなくてはならない。経済安全保障という観点からも必要だ。

海洋資源開発は国主導が基本、
事業化チャンスが見えたら民間にバトンタッチを
とくにエネルギーに関しては、自給率引き上げのため、陸上での地熱発電や再生可能エネルギーの開発に加えて、海洋エネルギー資源の積極開発を行うべき時期に来た。しかし、海洋資源開発は、今回の2つの事例を見ても、深海底までの探査船、海中に立ち上げる汲み上げ用の井戸など、民間がリスクをとってチャレンジできるような状況でない。
このため、深海に探査船を送り込み、さまざまな技術を駆使して資源開発する場合、国が初期段階から、国策として取り組み、開発のめどがつき始めた段階で、民間企業の連合体を参画させ、民間の経営手法を導入する二段構えの取り組みが必要だ。いうなれば、事業化のチャンスが見えたら、複数の民間企業連合に競争入札で参画させればいいのだ。

海外で民間凄腕企業が開発現場に、
後発日本は最終的にオールジャパンで対応も
今回、いろいろ取材し、また谷口正次氏の「オーシャン・メタル」(東洋経済新報社刊)などの参考図書を読み漁ったが、それらによって、わかったのは、水ビジネスにおけるフランス企業でグローバル展開しているスエズ、ヴィヴェンディ2社と同様、海洋資源開発で、凄腕のグローバル企業がいることだ。
ノーチラス・ミネラル、ネプチューン・ミネラル、テクニップなどの欧米企業がそれだが、いずれも多国籍のさまざまな企業が参画し、民間企業でリスクをとって海洋資源開発に取り組んでいる。そればかりでない。韓国や中国が追い上げつつある。日本は、これまで問題意識を持ちながらも本格的な取り組みがないまま現在に至っている。間違いなく後発だが、日本得意の国、民間一体で行う「オールジャパン」方式で取り組み、弾みがついて、海外でプロジェクト受注が出来るほどの体力がつけば、民間連合企業体がグローバル社会で名乗りをあげればいいのだ。

「海洋立国研究会」が海洋新産業の創出や資源開発がらみの
経済安全保障を提言
 にわか勉強で恐縮だが、この海洋資源開発分野では民間のキャノングローバル戦略研究所の「海洋立国研究会」が問題意識旺盛に取り組んでいることを知った。とくに海底資源や海洋エネルギーの開発に取り組む海洋新産業の創出、それに排他的経済水域(EEZ)における資源開発と経済安全保障などの問題に関して、研究会としての提言も出ており、とても勉強になった。興味ある方々は、ぜひ、研究所のホームページでご覧になればいい。
ところで、ここに出てくる日本の排他的経済水域は、国連海洋法条約にもとづき各国の経済的主権が及ぶ水域のことで、日本は1977年にいち早く条約に参加し、国内法もつくって対応した。端的には沿岸から200海里内の海底の経済資源の開発権益などを得る見返りに海洋資源保護や汚染防止の責務を負う。経済ジャーナリストとしては、一昔前に取材テーマにした問題だが、いま起きている日本、中国、台湾との間で尖閣諸島の島の領有権をめぐる争いの背後には、この海洋権益争いが複雑にからむ。

日本プロジェクト産業協議会の分析では計り知れない経済資源が
深海底に
 この日本の排他的経済水域に、いったいどれぐらいの経済資源があるのかが関心事となるが、民間の日本プロジェクト産業協議会の分析データによると、熱水鉱床(海底の奥深くマグマ活動のある場所に海水が浸み込み、その熱水によって鉱物資源が海底部分に噴出されできる鉱床)には金や銅など原鉱石賦存量で7.5億トン、チタン、コバルトなどコバルト・リッチクラストと呼ばれる鉱物の原鉱石賦存量が24億トン、冒頭のニュースに出てきたメタンハイドレートが賦存量で12.6兆立方メートルある、という。
問題は、どれぐらい回収できるか、その技術力、さらに採算ベースに乗るかにもよる。しかし協議会の分析ではコバルト・リッチクラストで45%、メタンハイドレートで33%、仮にそれらを事業化によって商業生産すれば、それぞれチタンやコバルトなどが地金ベースで100兆円以上、また天然メタンガスで120兆円以上という。

米国のシェールガスの産出コストは安価、
メタンハイドレートのガスは競争力弱い?

 米国でいま、シェールガスという天然ガスの抽出を、陸上での地下資源開発で成功したばかりか、膨大な埋蔵量を商業生産化することが可能になったため、石油の中東依存からも脱却できるようになった。そして、いずれ日本への輸出も視野に入ってくるようで、米国が慢性的に苦しんでいた貿易赤字が解消し、貿易黒字国になる可能性も出てきたため、米国ではシェールガス革命が停滞していた米国経済を救う、といった評価になっている。
日本にとっては、冒頭の愛知、三重両県の県境海域で見つかったメタンハイドレートから分離抽出した天然ガスはエネルギーの自給率を変える新たな革命起爆剤になる魅力を秘めているが、問題は米国のシェールガスの生産コストがきわめて安く、その差に大きな開きがあるのが悩み。事業化にめどがついた場合の最大のポイントで、国が価格政策面でどこまでバックアップできるかは今後の問題であることは間違いない。

ドイツの海洋小説「深海のYrr」は面白い、
海の知的生命体が人類に反撃
さて、話が最後になってしまったが、メタンハイドレートに、強い興味を持ったきっかけは、ドイツ人作家のフランク・シェッツイング氏が書いた「深海のYrr」(早川書房刊)という奇妙なタイトルの海洋冒険小説で、それがカギを握る話になったからだ。文庫本で上、中、下の3冊に及ぶ大作だが、要は、人間社会の環境破壊に対する深海の知的生命体の大胆な反抗がメインテーマ。
その知的生命体が何と海中に生息するゴカイに命じて、大陸棚などにあるメタンハイドレートの鉱床をどんどん口でかじらせる。それが中途半端な行動でなく、広範囲に、大胆に行われるため、地盤が崩れ、地殻変動を引き起こして、ついに大津波が生じ、北欧などの沿岸部で壊滅的な都市災害に発展する。一方で、知的生命体はクジラなどに命じて観光船などを転覆させ、恐怖のどん底に陥れる。大学教授らが、この知的生命体のメッセージを読み取るのに躍起になるなど、これまでにない海洋小説だ。

小説の教訓は深海底の経済資源めぐり醜い争いを避け、
環境保護にも配慮?
 この小説をどう読むかは、みなさんの問題だ。しかし、われわれ人間社会が、1970年代の排他的経済水域の問題を再び持ち出して、とくに、尖閣諸島の領有権をめぐって争いを仕掛けるのも、深海底に眠る経済資源を得るためのもので、こういった形で見苦しい戦いを繰り広げたりすると、深海の知的生命体が小説のように反撃に出てくるかもしれない。各国がルールにもとづいて、資源保護などをしっかりやりながら、開発に取り組むという姿勢を見せないと、本当に、しっぺ返しを食らうかもしれない。そこは確かに重要なポイントだ。

中国経済レポート:中国は上海万博後も切れ目なく成長持続へさまざまな布石 東京オリンピック、大阪万博後に経済に陰り出た日本ケースを回避できるか

尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件は、中国人船長の釈放後も中国政府が謝罪と賠償を求め、これに対して日本政府が拒否姿勢を見せているため、日中間の関係改善はすぐには進まないどころか長期化が避けられそうにない。それにしても民主党政権には外交戦略が不在で、最悪の状態だ。ジャーナリストの好奇心で言えば、日中関係にどういった影響を及ぼすか、何が課題か踏み込みたいところだが、今回は、私の9月中旬の中国「定点観測」旅行を踏まえた中国経済レポートを書きたいので、ご容赦願いたい。

レポートのポイントは、上海万博後の中国経済がどうなるか、という点だ。中国はその後の経済運営に関しては、切れ目ない経済の高成長をめざし、さまざまなプロジェクトの布石を打っている。それによって、中国政府は、社会不安回避のための成長死守ラインと見ているGDP年率6.5%~8%の経済維持に必死にならざるを得ないだろう。問題は、果してシナリオどおりうまく経済をマネージできるのかどうかだ。

結論から先に申し上げれば、かつて日本で東京オリンピック、そして大阪万博といった巨大イベントで高度経済成長に酔いしれたあと、一転して経済に陰りが見え、とくに環境破壊など公害問題が噴出した。中国の現状を見ていると、同じリスクに陥る可能性がゼロとは言い切れないのだ。

4兆元の内需拡大効果出ているが、一方でインフレ過熱、過剰投資のリスク
 中国は北京オリンピック、そして今回の上海万博と日本と似たような歩みを続けた中で、米国発のリーマンショックに伴うグローバル経済リスクに対応するため、2年間で総額4兆元(当時円換算60兆円)という巨額の内需拡大策を大胆に実施した。現時点で、その経済効果が持続しているが、一方で土地や不動産の価格高騰といったバブル、インフレリスクを抱えている。また地方政府レベルでの過剰な投資が次第に過剰生産を生み、輸出にはけ口が求められなくなった場合に国内経済に重荷がかかる。そのリスクを回避するために、中国は新たな大型プロジェクトによって成長の輪を広げようとするが、うまくシナリオどおりにいくかどうかだ。

こんなことを申し上げると、経済ジャーナリストというのは、いつも危機を煽(あお)ってイソップ物語のケースと同様に大変だ、大変だと警鐘乱打したり、政策批判ばかりする。時に悲観主義も横行する。何とかならないのかと言われそうだが、決して職業病ではなく、事態を冷静に見て機敏なリスク回避を主張しているだけだ。

中国人エコノミストも上海万博後に「中国の底流にある問題」浮上の恐れ強調
 そんな折、民間シンクタンク、富士通総研の主席研究員で中国人エコノミスト、柯隆さんが最近の著書「チャイナクライシスへの警鐘――2012年 中国経済は減速する」(日本実業出版刊)で、私が問題提起した点に関して中国人の立場で興味深い問題提起をされていることがわかった。少し引用させていただこう。
「上海万博後、求心力の低下とともに懸念されるのが過剰投資のツケだ。過剰な設備投資によって生産能力が大幅に引上げられ、モノがどんどんつくられるものの、国内需要が伸びないため、輸出依存体質の経済にならざるを得ない。リーマンショック後の世界的な需要の後退によって、中国でつくり出される大量のモノを買ってくれる国がなくなっている。過剰投資のツケは確実に回ってくるはずだ」と。

さらに、こうも述べている。「今まで表面化してこなかった『中国の底流にあるさまざまな問題点』が浮上してくる恐れがある。(中略)不良債権問題もそうだが、(それ以外に)公害の問題もあるだろう。家族の絆(きずな)が崩壊したことによる弊害もあるだろう。そのうえ公的年金制度が整備されていないので、老後に対する不安も浮上してくる。これらすべてが、高速で経済成長を果してきたことの象徴としての上海万博が終わった後で顕在化してくる」

地方都市や上海で都市化が急ピッチ、課題は未整備の公共インフラなどへの対応
 私は前回101回コラムでも、中国経済に勢いがつき成長に弾みがついている半面、さまざまな格差の問題が表面化してきたとレポートした。しかし今回は、もう1つ、新たに感じた問題を指摘しよう。それは都市化が急ピッチで進んでいることだ。
三峡ダム見学で行った湖北省の武漢市といった地方都市では上海までの高速新幹線建設、交通渋滞解消のための地下鉄建設にとどまらず老朽化したビルが取り壊され新築マンションなどの建設ラッシュが続いていた。4兆元の内需拡大策が地方経済を支えているのだ、という印象だった。新たな中間所得階層の登場と合わせてプラスに見えるが、半面で、これら都市化に伴って住宅問題、都市下水道など公共インフラ問題、環境問題、高齢化対応の病院医療や年金問題などの整備へのニーズが強まってくる。地方政府の対応がうまく機能しているかどうかだ。

上海万博効果は景気浮揚だけでなく「新たな都市ライフスタイル浸透」も
 これは上海万博効果とも関連する。上海滞在中にJETRO(ジェトロ)上海センターの大西康雄所長からポスト万博の上海経済を聞いた際、興味深い話があった。大西さんによると、上海万博効果は2010年上半期の経済を押し上げたのは間違いないが、それよりも「新たな都市ライフスタイル浸透」という都市化に弾みをつけるような効果も無視できない、という。豊かさへの渇望が消費購買力の強さと結びついて経済成長に弾みをつけるプラスシナリオも当然、期待できるが、半面、武漢市で見たような都市化に伴う社会インフラの整備が追いつくのか、また医療や教育などの制度の未整備が表面化し社会問題化するのでないか、といったマイナスシナリオも想定される。このあたりは、今後の中国をみる場合の大きなポイント部分だ。

ところで、冒頭に申し上げた中国政府のポスト上海万博対策はどうするのか、端的には経済成長が切れ目なく持続できるように、どういった対策を講じているかがポイントになる。そこで、JETROの大西さん、それに日中経済協会上海事務所長の後藤雅彦さん、さらに地元上海の上海交通大学はじめ上海在住の中国人の方々からもいろいろ取材したので、それらを踏まえてレポートしてみよう。

上海市で国際金融・国際水運のサービス経済化やハイテク9業種の産業奨励策
 まず、大西さんによると、上海市当局はポスト上海万博の新発展戦略として、サービス経済化と高付加価値化の2つを強く打ち出している。このうちサービス経済化に関しては、具体的には国際経済、国際金融、国際水運、そして国際貿易の4つのセンターをめざす。また高付加価値化に関しては、新エネルギー、バイオテクノロジー、民用航空機製造などハイテク9業種を産業奨励していく。いずれも上海万博で得た技術やノウハウなどを活用して上海市経済に弾みをつけることを狙っている、という。

また日中経済協会の後藤さんによると、中国政府は直轄市の上海市、それに江蘇省など3つの地域を1つにした「長江三角州」の一体化を進め、ここを成長センターにしていくこと、また上海に多国籍企業の本部などを集め、その集積効果で新規ビジネスチャンスを生みだす「総部経済」化、さらにJETROの大西さんも指摘していた国際金融センター、国際水運センターなどサービス経済化を進めると同時に上海をその中核センターにしていく計画が進んでいる、という。

沿海部から内陸部への産業移転計画も、日本のむつ・小川原開発挫折はどう映る
 さらに後藤さんの話では、中国政府は切れ目なく経済成長を続かせるため、上海などの沿海部から中部や西部などの内陸地域への産業移転を図っていく計画を進めている。とくに中部地域などに産業移転させ、そこに新たな需要の創出、雇用の創出を図ることが狙いだが、土地のコスト、工場リース料、労働力コストの3つが相対的に安く、移転する産業にとってもメリットが見込まれる、という。

これらの話で、ふと思い出すのは、かつての日本でも全国総合開発計画や地域開発計画の一環として、新産業都市や地方工業整備特別地区などを積極的に計画し、地方開発拠点との均衡ある経済発展をめざそうとしたことだ。しかし今や新全総(新全国総合開発計画)といった計画は有名無実化し、また苫小牧東、むつ・小川原などの大型地域開発プロジェクトも計画されながら、ほとんどが計画倒れに終わって無残な結果になっている。
そうした日本の地域開発の現実を見るにつけ、中国は、日本の東京オリンピック、大阪万博後の経済の失速などの学習をしているのだろうが、社会不安を引き起こさないためのGDP6.5%~8%成長維持のために、うまく切れ目ない、シームレス経済成長を実現できるかどうかだ。このあたりは、じっくりと中国をウオッチしていくしかない。

中国の社会主義はどこへ行った?と思わず聞きたくなるほど市場経済化進む 経済成長に弾み、しかし他方で格差拡大し医療や年金など対策求める声も

巨大な三峡ダムはじめ宝山製鉄所、さらに上海万博会場を見るチャンスがあって9月中旬、2年ぶりに、わくわくして中国を訪問した。というのも、実は昨年を除いて、ほぼ毎年、ジャーナリストがよくやる手法でもある定点観測という形で、これまで中国経済の現場をウオッチしてきたので、その後どう変貌しているのか、自分の目で見たかったからだ。今回、湖北省の武漢市、それに経済中心地で政府直轄の上海市などを見た印象で言うと、中国は国内的に抱える課題が多いにもかかわらず、経済そのものにますます勢いがついてきていて、20年デフレに苦しむ日本とは格段の差がある、というのが私の実感だ。

その中国が、私の帰国後、尖閣諸島沖で日本の巡視船に衝突してきた中国漁船の船長を海上保安庁が公務執行妨害で逮捕した事件をめぐって、日中間での閣僚級の交流を停止すると日本政府に通告した。これによって一気に緊迫度を強める異常事態に陥っている。中国滞在中、そういった動きは全くなかったし、こと経済関係に関しては、日中はうまくいっていただけに、政治的にエスカレートするのが誠に残念だ。ここは日中両国政府に冷静な対応を求めたい。

「社会主義」と「市場経済」の巧みな使い分けで今まではうまく行ったが、、、、
 話を中国経済に戻そう。中国は、1978年に改革開放に踏み切ってから今年で32年に及ぶ。そんなに時間がたったのかというのが正直な受け止め方だが、スタート当初から、中国は「社会主義・市場経済」を標榜(ひょうぼう)したうえ、互いに異なる2つの枠組みを巧みに使い分けて、ここまで経済成長を遂げてきた。
資本主義そのものと言える市場経済と社会主義がどうして同居なのかといった疑問が未だに残るが、中国はそれをうまく両立させながら見事に経済の立て直しを図った。そればかりでない。今や日本のようなデフレに陥るリスクにおびえる米国や欧州諸国からは、8~9%の高成長を続ける中国は格好の輸出先でもあり、成長期待が強まっているのだ。率直に言ってすごいことだ。

不平等や格差是正してくれるのが社会主義でないのか、といった不満意見も
 ところが、「市場経済化」によって、経済成長にアクセルがかかったのはメリットだったが、デメリットも目立ってきた。成長のひずみとも言える所得格差はじめさまざまな経済的格差が表面化し、置いてきぼりにあった人たちの経済生活、医療、年金、教育など社会保障面への対応が重要課題になってきている。
今回の旅行では、ジャーナリストの好奇心で、中国人、さらに中国に在住の日本人に取材したところ、医療など社会保障面での不満、さらに土地や不動産の値上がりに歯止めがかからずマイホームが持てないことへの苛立ちが一般大衆に広がっている、との声が強かった。それはあとで、ご紹介するが、要は、一般大衆を支えてくれるはずの社会主義はいったいどこへ行ってしまったのか、不平等や格差の是正に取組むという社会主義が市場経済化の行き過ぎに歯止めをかけるのが使命でないのか、と指摘する声が意外に根強かったことは間違いない。

鄧小平氏の「先富論」が公の場から消える、格差拡大を助長しかねないと判断?
 ところが、上海で上海交通大学の副教授はじめ複数の中国人が異口同音に面白いことを言っていた。それは、中国の改革開放に先鞭をつけた中国リーダー、鄧小平氏(故人)の「先富論」が最近、「公の場から消えた」、「当局が口にしなくなった」と言うのだ。この「先富論」は「先に豊かになれる者から豊かになれ、そして後に続く落伍者を助けよ」というものだ。同時に、鄧小平氏の有名な言葉には「白ネコでも黒ネコでもネズミを捕まえるのがいいネコだ」とし、社会主義の体制や枠組みにかかわらず資本主義的な手法で利益をあげて豊かになっても構わない、それによって国の経済成長に貢献せよ、とした。
中国の改革開放を象徴する政治家のメッセージだが、この「先富論」が公の場から消えたとすれば、極めて興味深い。私なりの解釈では、格差拡大を助長しかねないので、中国政府や共産党が意識的にブレーキをかけたのではないかと思う。

上海の病院で名医に診てもらうには割高な予約券買いが必要、貧困者には無縁
 中国人の人たちから聞いた格差問題のヒントになる話を申し上げよう。まず医療の話。いま上海市内では公立の病院が大半、一部に民間経営の病院があるという状況だが、日本のような医療保険制度が中国では未発達のため、医療費負担がかさむ。そのうえ腕のいい名医と評判の医師のもとには患者が殺到し、予約券を買わなければならないのだ。ある中国人によると、その予約券自体は、名医であればあるほど入手が極めて困難で、かつて野球場のそばで横行したダフ屋まがいの連中が割り増し料を上乗せして売りつけるのと同じことが予約券買いで起きている、という。
これに本来の治療費が別途、必要のため、資金的に余裕のある人でないと、いい医師には診てもらえない。これは特定の病院の話でなくて、上海に限らず北京市など大都市のどこでも見受けられることだ、という。地方から子供の病気治療で上海に来ても、医師のところにたどりつくまでには二重、三重のカベがあり、挫折感を味わう患者事例は枚挙のいとまがないほどだ、というのだ。
中国のような社会主義を標榜する国の主要都市の医療の現場で、公然と格差を助長するような問題が起きていながら、共産党を含めた中国政府が対応しきれないでいるのは、上海の低所得者にとどまらず農民工と呼ばれる農村部からの出稼ぎ労働者などにとっては、なぜなのだ、といった不満増幅につながっていくのだろう。

「日本はいち早く国民皆保険制度を導入、中国よりも社会主義国」には苦笑
 数年前に中国を訪れた際、北京で社会科学院の人から、面白い話があった。ご紹介しよう。その人は真面目な顔で話すものだから、こちらがとまどってしまったのだが、要は「日本は、中国よりもはるかに進んだ社会主義国だ。1960年代にいち早く国民皆保険、国民皆年金を実現した。社会保障制度の充実は、中国にとっても大きな政策課題だが、13億人というケタ外れの巨大人口をすべて対象にした国民皆保険、国民皆年金の実現は正直なかなか難しい。人口規模が違うとは言え、日本は素晴らしい。戦後、計画経済で復興を成し遂げた延長線上に国民皆保険などがあるのだから、社会主義国といっていいのでないか」と。
中国の人から「日本は中国よりもはるかに進んだ社会主義国」という評価を受けるとは思わなかったが、肝心の羨望(せんぼう)の的になった日本の医療保険制度や年金制度が今や制度疲労をきたしているのだから、気恥ずかしい限りだ。
でも今回、上海で別の中国人から似たような指摘を受けた。「中国は国民皆保険制度を導入するには財政負担をどうするかの問題がある。しかし日本は高度成長経済時代にいち早く制度を実現したので、その後、社会保障支出増の財政負担にも耐えられたのだ。中国も、ある面で、いまの高成長時にこそ、導入するチャンスだ」と。なかなか鋭い問題意識だ。まさにそのとおりだ。

日本は今こそ中国が抱える課題克服のための先進モデル事例をつくればいい
 前回100回の後半部分でも書いたように、いま日本が、中国を含めた高齢社会を迎える世界中の国々にとって先進モデル事例となるような医療や年金の新たな制度設計を行えばいいのだ。高齢化の「化」の部分がとれた高齢社会に耐える新制度に関して、日本が率先垂範で先進モデル事例をつくり、制度改革案を打ち出すことだ。その時点で、日本は「課題克服先進国」として、胸を張っていける。
米リーマン・ショック後の金融危機、世界景気後退の時期にも、中国は積極的な内需拡大策でもって高成長を維持し、世界の成長センターのアジアの中核にいる。さきほどの中国人が指摘したように、その高成長の時期にこそ、胡錦涛政権が打ち出す経済社会安定のための「和諧社会」実現に向けて、日本と同じような国民皆保険制度を導入すべきなのだろう。仮に、今後、経済が低成長を余儀なくされたら、社会保障支出が財政を圧迫し、導入が厳しくなるのは間違いない。中国にとっては今が制度導入の正念場かもしれない。

ところで、中国における格差の問題は何も医療制度の問題だけでない。宝山製鉄所見学の際に同行してくれた29歳の中国青年によると、「上海経済は勢いがあるので、自分たち若者の雇用などの面では不自由はない。しかしマンションなどの不動産価格が上海万博もからんで一段と値上がりし、ますます手が届かない。ニューリッチと言われる新富裕層の連中が平然と高級マンションなどを買いあさるので、値段がエスカレートしている。上海市の人民政府や北京の政府指導部がもっと政策的に手を打つべきだ」という。地価や不動産価格の高騰は、私が3年前に上海を訪れた時にも見られた現象だったが、経済成長に弾みがついて、再び上昇テンポを速めているのだろう。

格差拡大が社会不安にならないようにするにはGDP8%成長が必要、との声
 しかし上海で知り合った中国での生活が長い日本人は興味深い話をしていた。「市場経済化で上海経済1つをとっても、ますます生活レベルが上がってきている。しかし同じように、中国の内陸部の人たちにとっても所得が前年よりもそこそこ上がっているので、沿海部の上海などとの格差が広がっても大きな社会不安に発展するような事態にならない」という。
ところが、「もしこれがたとえば内陸部で成長が減速したりしたら、格差問題が一気に表面化し不満爆発となる。だから北京の中央政府としては、年率で8%成長、ギリギリでも6.5%成長は絶対に維持しなくてはならない。中国にとって、輸出環境がよくない今、内需拡大策にますます比重を上げざるを得ない。そういった中で、成長政策とのバランスを図る『和諧社会』政策に踏み込めるか悩ましいのでないか」という。

所得分配の不平等度合いを示すジニ係数で何と中国が米国を抜いたという話
 最後に、国際金融にかかわるある公的機関の首脳が言っていた気になる話をご紹介しよう。要は、所得分配の不平等の度合いを測る国際的な客観指標のジニ係数で見た場合、最近、競争を背景に所得格差が常に大きいと言われる米国を、何と中国がわずかながら抜いた。これが瞬間風速の数字になるか、恒常的なものになるかは、今後の推移を見なくてはならないが、中国政府首脳が、所得分配の不平等をなくすのが社会主義なのに、それを容認する米国を超えるようなことは許されないと激怒した、というのだ。なかなか公式数字が確認できないのだが、現在の中国経済の勢いを見ていると、あり得ないことではない。しかし社会主義を標榜する国がジニ係数で米国を上回ったとなればビッグニュースだ。