時代刺激人 Vol. 47
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
ここ数年、日本企業が米国企業などを大型買収する動きが目立ってきた。中でも金融・経済危機で厳しい経営環境に追い込まれた米国企業のうち、潜在力を秘める企業について、チャンスとばかり日本企業が買収攻勢をかけて傘下に収め、新たなグローバル展開への布石にしつつある。極めて積極的な経営判断で、素晴らしいことだ。
しかし日本はかつて1990年前後、資産バブルで手にした巨額マネーを武器に、円高を活用して米国企業を買い漁ったが、数年後、見るも無残に、買収した企業の転売を余儀なくされた苦い経験を持つ。何があったかは、ご存じだろう。当時、日本経済のバブル崩壊の影響も無縁ではなかったが、実はアングロサクソン系企業のマネージメントに予期せざる難しさがあり、経営断念せざるを得なかったのだ。今回、再び買収攻勢をかける日本企業には、過去の「学習効果」が当然、あるだろうが、本当に、したたかでワイルドなアングロサクソン系企業をマネージ出来るのだろうか、ということが関心事となる。
そんなことを考えていた矢先、ヒントを与えてくれる凄腕(すごうで)の日本人経営者に出会った。世界最大と言ってもいいコングロマリット、米ゼネラル・エレクトリック(GE)で15年間、グループ企業社長を含めてさまざまな経営に携わり、今またスイス系の製薬大手ノバルティスの日本法人ノバルティス ファーマ社長を務めておられる三谷宏幸さんだ。
実は、その三谷さんにグローバル企業をマネージする秘訣を聞いた私のインタビュー記事が最近発売の週刊エコノミスト誌8月4日号の「問答有用」に掲載されている。ぜひ、ご覧いただけばと思うが、ここでは、そのポイント部分をご紹介しよう。
三谷さん「あうんの経営ではダメ、異文化社会に通用するロジック必要」とアドバイス
三谷さんのアドバイスは、なかなか鋭い。まず、「GEなどの米国企業は、相手を納得させる論理の組み立てが本当に巧みで、異文化の人や企業を傘下に置いて経営する場合、ロジックを重視する。グローバル展開、とくに異文化コミュニケーションの場合、どうしても経営の意思疎通をはかるようにすることが大事。起承転結がはっきりするロジックがそれで、日本企業は、このロジック部分を見習うべきだ」という。
さらに、三谷さんによると、日本の企業経営者は、そのロジックとは対照的に、どちらかと言えば「あうん」の呼吸で物事を判断したり、行動することが多い。大所高所でモノを言ったあと、突然、個別論、それも細かい話になり、真ん中がないのが、その典型。「あうん」の呼吸で行くというのは、日本のように同質あるいは均質の文化のもとでは、くどくど説明しなくてもわかってもらえる、という点では通用するかもしれないが、こと、グローバル企業展開した場合には、全く通用しない、という。
日本は技術革新力など戦略的強み部分を生かし世界に共通する価値アピールを
日本の企業経営者の方々にとっては、なかなか耳の痛い話だろう。ただ、日本の戦略的な強み、そして弱みを見てみた場合、こと強みに関しては、環境や省エネの技術のみならず技術革新そのものに関して、素晴らしいものがある。アニメや食文化などのソフトパワーの部分に関しても同様で、これらは、日本が世界に誇る強みの部分だ。
三谷さんも、そうした点は認めており「日本人のモノづくりの技術や品質に対する感性の高さは世界に誇っていいし他の追随を許さない。それに、日本の顧客の素晴らしさも同じ。企業に対して、ここを手直しすればもっと良くなるといった提案を気軽にしてくれることだ。米国では、企業はもとより消費者の側にも、そういったものがない。これは日本企業というよりも、日本の強みだ」と述べている
でも、こういった強みの部分を世界にアピールしていくには、三谷さんが指摘するように「あうんの呼吸」ではダメで、起承転結がはっきりしているロジックを前面に押し出す必要がある。さらには、世界に共通する価値観に持って行く努力を、日本、あるいは日本企業自身が積極的に進めていく必要がある、ということだろう。
GEには世界に通用するグローバル・マネージャーがごろごろいるとは驚き
三谷さんはこんなことも言っている。「経営者に必要な資質は、どこの国でも実はそう大きく変わらない。少なくとも経営力の80%の部分は万国共通、世界共通。その部分がきちんと出来ていれば、どこの国へ行っても経営的には通用する。私だってあす、米国に行ってどこかの企業経営を任されても、その経営力を発揮できる。そういう鍛えられ方をしているからだが、GEには、そういったグローバル・マネージャーがごろごろいる」という。何とも驚きだ。グローバル展開をめざす日本企業の場合、GEのように、世界のどの地域に送りこんでもタフに経営力を発揮するグローバル・マネージャーがごろごろいるだろうか、そこが気がかりだ。
ところが、三谷さんによると、グローバル経営にとっての問題は、むしろ残り20%部分で、これは単なる経営力ではなく、人脈ネットワーク力といった国別の味付けの所で経営者に差が出てくる。GEの場合、その20%部分でも競争力を発揮するマネージャーが多いという。三谷さんの場合、いまノバルティス ファーマの経営を引き受けてわずか2年だが、その20%部分で経営手腕を発揮している。GE横河メディカルシステムでの5年間の社長時代に培った日本での医療関係の人脈ネットワーク、監督官庁の官僚の人たちとの医薬政策をめぐる議論交流の蓄積、日本の文化などに対する関心度といった部分を生かしたからだ、という。
東芝は買収した米ウェスチングハウスを活用し原発ビジネスで世界に踊り出るか
日本企業が、米国や英国のしたたかでタフなアングロサクソン系企業をマネージ出来れば、たぶん、他の世界中の企業経営も可能でないか、と思う。そういった点で、私が注目しているのは、原子力発電ビジネスでは世界でトップランクの米ウェスチングハウスを巨額資金で買収した東芝の動向だ。東芝の西田厚聰社長(現会長)が2006年当時、4700億円の巨額資金を投じて買収に踏み切り子会社にした。当時、米ウェスチングハウスは三菱重工と原発機器で連携しており、一方で、東芝は日立製作所とともにGEとの企業連携にあったが、西田社長が、独自の経営判断によってウェスチングハウス買収に踏み切った。経済ジャーナリストからみれば、それだけでもビッグ・ニュースだと思ったが、東芝の凄さは、中国を中心に、世界的に原発需要が急速に高まるとの予測をもとに、この大胆な企業買収によって、原発ビジネスで世界に躍り出ようという経営トップの判断だ。
ただ、問題は、こうした東芝の積極果敢な経営判断とは別に、冒頭から申し上げてきた問題意識のように、東芝がアングロサクソン系のウェスチングハウスを本当にマネージ出来るのかどうか、という点だった。そうした中で、NHKが2008年にNHKスペシャル番組「日本とアメリカ」で、この東芝のウェスチングハウス買収問題を取り上げた。当時、食い入るように、その番組を見たが、結論から申上げよう。
NHKスペシャルで放映したウェスチングハウス役員会での東芝側役員に不安も
その番組では、子会社化したウェスチングハウスの月1回の役員会議の場を映し出し、13人で構成される役員会議のうち、東芝側から派遣したナンバー2の上級副社長を含めて2人の役員が議論している光景が印象的だった。私の印象では、東芝の上級副社長が技術系の方で、温厚な性格がにじみ出ているのはいいが、明らかに、ウェスチングハウス側役員を強くリードし経営の方向づけをしているというよりも、東芝側の意向はこうだ、といった説明に終始していて数の力で押しきられるのでないかという不安を抱いたほどだ。その心配が冒頭に申上げたしたたかでタフなアングロサクソン系企業を、日本企業は本当にマネージ出来るのか、という問題意識だが、当時の東芝は、それが現実のものになっているな、という感じがしたほどだ。
私自身、45歳の時に、毎日新聞から英国系のロイター通信の編集局に転職したが、当初は企業文化の違いにショックを受けたこともある。ただ、私自身の行動力やコミュニケーション力などで次第にロイター通信の企業風土にも慣れ、同時に自己主張が強い一方でロジック先行の経営にも対応できるようになった。そういった意味で、三谷さんの話は極めて参考になった。
東芝も、ウェスチングハウスとの問題に関しては、ある面で社運を賭けたプロジェクトと位置付けているはずで、NHK番組で見た2008年当時と違って、今はウェスチングハウスとは経営戦略も合致し、方向付けもしっかりできていることを期待したい。
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