「第3の矢」は大胆な改革策に欠けた まだチャンス、首相「真剣度」が正念場


時代刺激人 Vol. 220

牧野 義司まきの よしじ

経済ジャーナリスト
1943年大阪府生まれ。
今はメディアオフィス「時代刺戟人」代表。毎日新聞20年、ロイター通信15年の経済記者経験をベースに「生涯現役の経済ジャーナリスト」を公言して現場取材に走り回る。先進モデル事例となる人物などをメディア媒体で取り上げ、閉そく状況の日本を変えることがジャーナリストの役割という立場。1968年早稲田大学大学院卒。

アベノミクスと言われる安倍自民党政権の経済成長戦略が6月14日の閣議で正式決定となった。異次元金融緩和の「第1の矢」、財政出動の「第2の矢」、そして今回の「第3の矢」によって、デフレ脱却を目指した「3本の矢」政策が出そろった形だが、多くの人たちの関心事は、民間企業の競争力を高める「日本再興戦略」、それに安倍首相自身が「1丁目1番地の問題」と位置付けた規制改革実施計画の2つの成長戦略がどこまでインパクトあるものになったのか、そして日本を大きく変える起爆剤になるのかどうかだ。

成長戦略は期待外れ、
なぜ「異次元」金融緩和と同じ大胆改革に踏み込めなかった?
 結論から先に申し上げよう。残念ながら「おっ、これはすごい」と思わず声を出せるほどのものではなかった。要は、数多くの対策を盛り込んだ成長戦略にしたが、総花的で、政策がインパクトに欠け、大胆な改革策だと言えるものが乏しかったことだ。しかし世界の主要国はアベノミクスがデフレ脱却の先例となるか注目している。ここまでくれば次々と実行に移すしかないが、まだチャンスはある。安倍首相にとっては正念場だ。

それにしても不思議なのは、安倍首相が「第1の矢」で、日銀から異次元の大胆な金融緩和策を引き出したのに、「第3の矢」でなぜ同じことをやれなかったのだろうか。かつて小泉政権の官房長官時代に郵政改革で学んだ「敵をつくって叩く」政権運営手法を真似て、今回の大胆金融緩和では日銀に揺さぶりをかけ、インフレターゲット派の黒田アジア開銀総裁(当時)を日銀総裁に送り込んでアベノミクスの先鞭をつけさせた。その同じ手法を使って、企業の農業参入などの規制改革についても、大胆に踏み込むべきだったのだ。

参院選対策で改革先送り、
農林族や厚生労働族議員らの「穏便に」主張受け入れ
 政策にかかわった複数の関係者の話を総合すると、7月の参院選を前に、政権与党の自民党、とくに農林分野に支持基盤を持つ農林族議員からの「内閣の高い支持率という支えがあるにしても、参院選で万全な勝利を勝ち取るためには大きな票田となる農協や農業生産者に対してアゲインストとなる政策を回避すべきだ」との声を無視できなかった。その点は厚生労働族議員絡みでの医療制度改革でも同じだった、という。

何のことはない。旧来の自民党体質がまた出てしまった。自民党は昨年の総選挙で、有権者の民主党政権不信が高じたおかげで、3年ぶりに政権奪取したが、得票率で見た場合、自民党が意外に伸びていない。このため参院選に慎重を期したようだ。しかし党利党略でコトを運ぶ時期ではない。いまはデフレ脱却を賭けた安倍政権の成長戦略であり、日本を変えるきっかけにする、という強い決意が政権政党の自民党に必要なのだ。

甘利経済再生相は農業を成長産業とし改革に取り組むと表明していたのに、、、
安倍首相自身は今回、「規制改革は1丁目1番地の重要問題」と発言して強い決意で臨んだはずで、その決意を貫くべきだ。その点で興味深かったのは成長戦略にもろにかかわる甘利経済財政・経済再生担当相だ。当初、「農業を成長産業として捉え、さまざまな改革を試みる。かつて自民党は、農業を政治的な票田として位置付け、結果として農業保護の政策に甘んじたが、これからは攻めの農政に切り替え、輸出産業として対策も講じる」と公言し、それを聞いた私は「おっ、歴代政権と違って、今度は本気かもしれない」と思った。

しかし閣議決定した「日本再興戦略」では「今後10年間で農業所得を倍増させる」「農業構造の改革と生産コスト削減推進のため、農地中間管理機構(仮称)を整備し活用する」「2032年に農産物・食品の輸出額を1兆円とすることをめざす」となった。ほとんど官僚の作文に近いものだ。焦点の企業の農業参入、とくに企業の農地取得に関しては、農地中間管理機構が全国の耕作放棄地を集約し賃借などのあっせんに依存するだけで、問題先送りだ。甘利担当相が公言した「農業を成長産業として捉え改革を試みる」は消えた。

東京株式市場で大幅買い越しの米国ヘッジファンドの失望売りが強烈な影響
この結果、東京株式市場などの金融市場では、失望売りが出て冷ややかだった。期待が先行して株価が大きく上昇していただけに、その期待を増幅させる成長戦略にならなければ、結果は失望売りにつながってしまう。海外、とくに米国のヘッジファンドなどの売り行動が大きかった。彼らの動きは複雑で、株価指数先物を巧みに使い、空売りで仕掛けるやり方もするので、それが現物株の売りを誘ってしまう。日本はヘッジファンドに振り回されているといっても過言でない状況だ。

しかし興味深いのは、米国から最近帰国した友人の話だ。ニューヨークなどでのセミナーで、以前はデフレで停滞した日本経済は見向きもされず、中国や韓国セミナーが大盛況だったが、最近はアベノミクスをテーマにするとヘッジファンドのマネージャーらが数多く集まり、様変わりの状況だ。ただ、彼らは日本経済再興に株式投資チャンスを見出そうとし、その際、景気刺激策ではなくて経済構造改革を期待している、という。その期待が失望に変わって売りに転じたのだが、日本はこの際、アベノミクスで構造改革に着手したと、彼らに思わせる大胆さも必要でないだろうか。

欧州、アジアが米に追随買いで一時は日本株高演出、
日本人投資家は売り越し
野村資本市場研究所の友人によると、米国のヘッジファンドなどがアベノミクス期待で昨年秋から日本株投資に動き、10兆円もの買い越し、つまりは買いが売りを上回って、そのレベルに及んだ。この米国投資家の動きに刺激された欧州、新興アジアのヘッジファンドがあわてて追随買いに走り、それが異常な短期間での急速な株高を誘発したという。

ところが日本国内の個人投資家や法人は、この間、逆に株式の売り越しだった。過去の株価低落で塩漬けにしていた保有株が、突然の外国人投資家主導のアベノミクス相場で株価上昇となったため、一斉に売りに走ってキャピタルゲインを得たのだ。その後も積極的な買いに動いていない。何のことはない。日本人投資家は安倍政権の成長戦略に連動して民間企業への株式投資をする動きになっていない。むしろ東京株式市場の株価は60%を超す外国人投資家の動向に左右されたままだ。決算情報を対外広報する上場企業のIR担当者は、国内投資家よりも海外ヘッジファンドなどを重視せざるを得ないのが現実だ。

安倍首相は抵抗勢力と徹底勝負を、
投資減税策めぐり財務省が一時は抵抗
こうした金融市場の冷ややかな動きに危機感を持った安倍首相は、閣議決定した「日本再興戦略」に、当初案になかった民間企業の設備投資を促すための投資減税を盛り込み、法人企業の税負担の軽減を図って競争力確保策に加えた。「民間設備投資を今後3年間で10%増やし、リーマンショック時以前の年間70兆円水準に回復させる」という当初案に、なぜ投資減税を盛り込まなかったのか、と不思議に思う。税収減を危惧する財務省の強い抵抗が背景にあった、というが、いま大事なのは、最大限で効果を上げ得ることだ。政治主導で次々と実行に移し、まずは実績を積み上げてこそ、内外の評価につながる。

最近、首相官邸で安倍首相側近として切り盛りする政治家から政策決定現場の生々しい話を聞いて驚いた。成長戦略に政策が組み込まれることで権益を失いかねないことを危惧して抵抗する行政省庁の官僚、業界団体、族議員の抵抗勢力が依然として多く、首相官邸とそれら抵抗勢力との水面下での闘いが未だに続いているのだ。重ねて言えば、ここは日本を変えるという強い決意で、安倍首相は踏ん張るしかない。間違いなく正念場だ。

産業競争力会議には大胆な構造対策を打ち出してほしかった、
継続して取り組みを
 民間の企業トップらをメンバーにした産業競争力会議が「日本再興戦略」に深く関与したが、率直なところ、もっと大胆な日本経済のシステム改革、さらには産業の構造改革につながる改革案を打ち出してほしかった。
メンバーの1人、竹中平蔵慶応大教授は6月16日のNHK討論番組で「さまざまな抵抗勢力と闘いながら、今までにない改革の基盤づくりをやれたと思っている。これから秋にかけて、対策の具体化をしっかりとやっていくことで、成果につなげる」と述べていた。  ただ、竹中氏が事例として挙げた3大都市圏での国家戦略特区も、税制面はじめさまざまな政策面で規制の対象外の政策特別区にするのだが、官僚の強い抵抗が予想される。そこで、この際、対象地域や特区の中身を早く決めて先行事例をつくり、それをもとに他の地域に広げていくことが重要だ。

安倍首相の「切れ目なく改革努力続ける」は重要、
対策具体化で骨抜きチェックを
ところが、東京都の企画担当者によると、東京の丸の内などビジネス街に国家戦略特区を設け、欧米や新興アジアから企業を呼び込むにしても、法人税をどこまで特例減税でいくのか、所得控除をどうするのかといった税制面でメリットを与えないと、見向きもされかねないため、財務省とやりあわねばならず、政治の助けが必要だ、という。

確かに、そのとおりだ。閣議決定された「日本再興戦略」などの成長戦略は、私から言わせればインパクトに欠け物足りないものが多いが、まずは実行に移し、実績をつくっていくことだ。安倍首相も、「改革は切れ目なく続けていく」と発言しているので、それを信じよう。これからの重要作業は、対策の具体化段階で骨抜きになり、たとえば国家戦略特区が「名ばかり特区」と言われないようにするため、フォローアップが重要になる。

民間競争力会議はお役御免にせずフォローアップ役を、
「第4の矢」で財政規律も
それと今後、秋にかけての重要な問題がいくつかある。日本が具体的な交渉に入るTPP(環太平洋経済連携)の問題もその1つだ。農業問題はじめ国内の政策との整合性をどうとるか、成長戦略とからめて、しっかりとした取り組み努力が必要になる。

また、成長戦略のフォローアップという点では、産業競争力会議を、お役御免にせずに、メンバー全員に権限を与えて、それぞれの政策の点検評価、さらに、これまで取り組めなかった重要案件など追加対策の策定などを求めることだ。私がかかわった東電原発事故調査の国会事故調のケースでも、国会事故調法では衆参両院議長への報告書提出と同時に黒川清委員長らの委員は任を解かれ、フォローアップも何もできなかった。おかしな話で、法律が許容限度を与え、実行責任のチェックも求めるのも一案だったが、今回の民間競争力会議は、そういった点で追加対策策定などの権限を与えるべきだ。

そして、もっと重要なのはアベノミクスの副作用点検がらみで、財政規律をしっかりと確保する問題が残されている。場合によっては「第4の矢」に、財政規律の確保、財政再建との両立問題を加えて、取り組みの継続を図るべきだろう。

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