時代刺激人 Vol. 302
牧野 義司まきの よしじ
1943年大阪府生まれ。
DJIは宅配便よりも肥料散布ドローンに関心、重量・長距離運搬はバッテリーに課題
DJI関係者の話を聞いていて興味深かったのは、哺乳類動物のクジラが海面で噴水を上げて呼吸する際、DJIドローンで唾液収集を巧みに行い生態研究に寄与する。研究用の船が近づくとクジラが警戒し逃げるため、特殊用途のドローン開発も行っている、というのだ。
私は中国、日本、米国で急速に広がるネット通販対応の宅配便ドローン開発の考えを聞いたところ、DJI関係者は「現時点でNO」とし、むしろ農業現場で人手不足が深刻になるため、5機で同時に肥料の空中散布、とくに夜間も作業可能なドローン開発に取り組んでいるとか。しかし専門家の話ではDJIの弱みはバッテリー充電器開発が遅れたことで、重量のあるものを運搬し長距離輸送できる大型ドローンへの取り組みが今後の課題、という。
とはいえ、DJIを見ていて、ユニコーン企業の座にまで駆け上がるだけのバイタリズムを感じた。なにしろ平均年齢26歳という、若者たちが主導してソフトウエアとハードウエア双方のイノベーションを生み出している、というのが実感だ。
深圳にTENCENT、HUAWEI、MAKEBLOCK、BYDなど目白押し、海亀組が起業も
DJI以外にも深圳には、ハイテク企業を中心に数多くの腕力を感じさせる企業が目白押しだ。具体的には米FACEBOOK中国版ともいえるTENCENT(テンセント)、通信機器メーカーのHUAWEI(ファーウエイ)、レゴブロック(LEGO)タイプの教育用ミニロボットをつくるMAKEBLOCK、電気自動車生産で急成長のBYD、0.01ミリの薄さの開発素材メーカーのROYOLE、3DセンサーカメラメーカーのORBECなどだ。
中でもTENCENTやHUAWEIなどデジタル社会化を背景に急成長した大企業は、スタートアップ企業に人材や資金を提供、場合によってM&Aも行い自らの事業領域の拡大につなげるなど、スタートアップ企業との間でWIN・WINの相乗効果を生み出している。
しかし興味深いのは、ROYOLEやORBECの創業者がいずれも深圳地方政府の孔雀計画、前回コラムで紹介した海外からの人材招致計画の一環で中国に帰国した海亀組と呼ばれる豊富な海外留学経験を持つ若手中国人エリートたちであることだ。彼ら海亀組は、米国などの大学で「旗揚げ」する考えで母国を後にしたはずだが、今や深圳でのイノベーションチャンスに魅力を感じたのか、孔雀計画に呼応している。そして帰国から数年とたたないうちに起業し、メガベンチャー企業になっているのだからすごい話だ。
MAKEBLOCKは教育ロボットキットで世界の450万人ユーザーを抱える企業に
深圳で訪問したMAKEBLOCKはユニークな企業だった。レゴブロックを使って子供たちがミニロボットをつくれるように、と教材用のロボットキットの開発や販売に取り組む会社だが、ユニークなのは、米国などで広がっている「STEAM(SCIENCE、TECHNOLOGY、ENGINIERING、ART、MATHEMATICS)教育」にヒントを得て、子供たち向けに遊び感覚でプログラミングが可能なロボットキットを開発、いずれはロボット工学にも関心を持ってもらおうと世界中の教育機関を通じ450万人のユーザーを確保した点だ。
DJIと同様、2012年の創業当初から海外市場先行で、現在、日本を含めた海外諸国での売上高が全体の70%を占める。ユニコーン企業ではないが、優れもの企業だ。
深圳版エコシステム活用例、スタートアップ企業支援の米系HAXの存在は大きい
しかしMAKEBLOCKは深圳版エコシステムを活用した点で興味深い。要は、米国シリコンバレーを本拠に深圳などでスタートアップ企業を支援するHAXとの出会いがあり、その支援を得てさまざまな開発に取り組んだ上に世界最大のクラウドファンディングのサイトKICKSTARTERへのエントリーも勧められた。そのサイトでの評価によって、大手セコイアキャピタルから出資を得て本格製品化に踏み切って成功した。
HAXは、有望なスタートアップ企業に出資、見返りに株式を取得して支援を行う。仮にユニコーン企業になれば巨額利益を得る仕組みだが、深圳がハードウエア、ソフトウエアのイノベーションセンターであることに着目、冒頭の華強北地区に拠点を持ちスタートアップを目指す企業を育てている。ネット上で半年に1回、チャレンジ企業を世界中から募集し15社を選び深圳で特訓、その中から優秀企業をKICKSTARTERサイトへ仲介している。こうした意味で、HAXに限らず世界中の企業にとっては、今や深圳が、世界のイノベーションセンターになりつつある、という評価対象になっていることだけは間違いない。
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