弁護士が映画をつくる?「大きく徹底的に」伝える、自然エネルギーの力とは

宮川賢者の選択リーダーズ、ナビゲーターの宮川俊二です。

福井福井仁美です。

宮川今日のテーマは、自然エネルギーです。自然エネルギーと言いますと、太陽光とか地熱とか風力とか発電に使える資源ということですけれど、再生可能エネルギーとも言われますね。東日本大震災以降、非常に注目を集めているのですが、その普及ということになりますと、なかなか伸びていないというのが現状のようです。

福井原発は、安全性の問題が議論されていますし、石油などの化石燃料は、輸入に大きく頼っている分、安定的な供給が難しいという門外もありますよね。

宮川そうですね。自然エネルギーなのですが、これをビジネスとして捉えた場合には、やはり地域の理解ですとか、金銭問題、そして許認可など、超えなければならないハードルがたくさんございます。そこで今回は、自然エネルギービジネスを多角的に捉えて、その普及に尽力するある弁護士の取り組みに迫ります。

福井本日のゲスト、さくら共同法律事務所、弁護士の河合弘之さんです。どうぞよろしくお願い致します。

河合どうぞよろしくお願いします。

福井河合さんには、弁護士としてのお話ももちろん伺いたいと思いますけれども、今回のテーマは、自然エネルギーということで、まず初めにお伺いしたいのですが、河合さんにとって自然エネルギーとは、どのようなものなのでしょうか?

河合安くて、安全で、力強いエネルギーというのが私の考えです。

福井なるほど。

宮川河合さんは色々な歴史がありますから、歴史に触れながら、その自然エネルギーのお話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。

よくしゃべる子

福井さて、河合さんのプロフィールを拝見しますと、東大卒業後に弁護士資格を取られて弁護士になられましたよね。幼い頃から弁護士を目指していらっしゃったのですか?

河合そうです。小学校の先生に「河合君ってよくしゃべるね。君みたいなのは弁護士になったらいいんだよ」と言われてね。「ああそうか。僕は弁護士に向いているんだ」と思ったのが、そのまま大人になって弁護士になったのです。

福井そこからぶれずに、ずっと弁護士を目指して?

河合そうですね。

宮川成績は良かったのですね。

河合まあね。成績は良かったです。うん(笑)

宮川そう言ってみたいですね(笑)

福井元々。さすがですね。

人権派弁護士

河合僕ね。学生時代は、学生運動が盛んな頃だったのですけど、司法試験に受かって弁護士になる時期に、安田講堂事件とか浅間山荘事件とかがあって、テレビでそういうものを観て、「ああ、俺と同年輩の奴が、こんな社会改革のために戦っているなと。俺は一体何をしているのだろう」って思って。それで弁護士になってから一番初めにやったことは、学生事件と労働事件の弁護。あの頃は、逮捕者が毎日出る時代でしょう。そうすると全部接見に行くわけですよ。こうやって「前進」とか(の紙)を持って、「完黙だぞ」……完黙というのは、完全黙秘ね。「完黙だぞ。いいな?」「異議なし」ってね。それでまた次に行って、都内の警察を回るようなことを、2年くらいやっていましたかね。だから今で言う過激派の弁護をやっていましたけど。

宮川お金にはならない。

河合お金にはもちろんならないのだけど、やっているうちに、「ああ、よくわからないな」と。中核と革マルがどう違うのかもよくわからないし、革マルと社青同がどう違うのかもわからないし、よくわからない違いで、まあいわば殺し合いみたいなことをやっているのですよ。内ゲバでね。僕はここにいても僕の将来はないなと思って、今度はじゃあ何をやるか。企業派の弁護士が面白そうだと。ぱっと切り替えて、そっちに移ったのです。


ビジネス弁護士に転身した河合は、ダグラスグラマン事件をはじめ、数多くの大きな事件を担当し、脚光を浴びるようになる。

福井まあでも依頼者の中には、様々な方がいらして、「この人限りなく黒に近いな」と思う方もいらっしゃると思うのですが。

河合いましたよ。30年、25年前というと、バブル経済の真っ最中ですから、結構危ないことをして、のし上がってきて大金を掴んでいる人がいっぱいいて、そういう人たちが、「どうも河合のところに行けば、俺の難しい事件を勝ってくれそうだ」って来るわけですよ。僕は違法な依頼でない限り、どんどん受けましたね。当時のバブル経済ってね、100万円の札束がパーって舞っているんだよ。それで、ガバッ、ガバッってこうやってね(懐に入れる仕草)、重くてこんなふうになっちゃうみたいな、そういう社会だったのね。だから僕はそこで浮かれて、そういう依頼者がどんどん来るものだから、まあ、得意の絶頂みたいな時期があったのですよ。だけど、そういうことをやりながらも、「それだけ一生やっていていいの?」っていう問いがもう一人の自分から送られてくるわけですよ。自問自答がありましたね。

二足のわらじ

福井 さてこの番組では、ゲストの方の今を象徴するものをお持ちいただき、進行させていただきます。今日はどのようなものをお持ちいただいたのでしょうか?

河合はい。これです。ビデオカメラ。

宮川あら。これは私たちの仕事のものではないかと思うのですが。

福井かなり馴染みがありますけれども。我々も。こちらはどのような?

河合僕はね、映画を作るのですよ。それで、一作目は「日本と原発」という映画で、日本の原発の問題点を全て描いた映画。


2014年、第一作となる「日本と原発 私たちは原発で幸せですか」は、原発の問題をテーマごとに取り上げたドキュメンタリー映画。2015年には、第一作と同じドキュメンタリーで、「日本と原発 4年後」を制作。映画は全国各地でおよそ1800回も自主上映会が開かれ、観客動員数はおよそ10万人に上った。

福井河合さん。なぜ映画を撮ろうと思ったのですか?

河合世の中のために弁護士になったのに、お前バブルばかり食っているなと。じゃあ何かしなきゃいけないんじゃないかと。と言って色々考えていって、本当に人間として一番大事なことはなにかと、一生懸命考えたのですよ。そうしたらやっぱり、この美しい地球を後世にそのまま残すことが人間にとっていちばん大事なことだと。それは別の言葉で言えば、環境の問題じゃないですか。環境問題の中で一番厳しい環境破壊は何かと考えていったのですよ。そこで至ったのが、原発事故と、それから使用済み核燃料の後世への押しつけということだった。「よし、これだ」と思ったのが20年前かな。そこからその問題にずっと入っていったということです。

日本は現代版「三国志」型の日米中連携を アジアでの地殻変動受け止めASEANベースの外交戦略軸が重要

いま、日本全体が内向きになってしまって一種の「車座社会」のように外に背を向け、しかも世界の成長センターであるアジアの地殻変動をしっかり受け止めず、対外的なメッセージ発信も十分でないため、日本自身の存在感がなくなってしまい、あげくの果ては、海外でも日本が相手にされず、どちらかと言えば無視される状況に陥っている。
 現に、ごく最近、海外経験の長い小生の友人が海外旅行から帰国した際、「日本は魅力がなくなったと見られているのか、こちらが積極的にアピールしない限り無視される。それに引きかえ中国への関心が強く、どこへ行っても『中国は国内に問題を抱えているが、今後どう動くのか』といった質問ばかり。日本に関してはサッパリだった」と述べている。

そこで、申し上げたい。日本は、中国やインドといった新興経済国の急成長を背景に大きな地殻変動が起きているアジアの中で、しっかりとした外交戦略軸を再構築することが、いまこそ必要だ、と思う。具体的には、中国と米国との3国間で相互に緊張関係を保ちながら時に連携し、時にけん制し合うような外交軸で、その場合、日本はASEAN(東南アジア諸国連合=インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシア、シンガポールの5カ国が結成した地域協力機構、その後ブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアが加わり現在は10カ国連合)をベースにした外交戦略軸を持つべきなのだ。

中国の魏、呉、蜀がかつて権謀術数の外交展開したのがヒント

もっとわかりやすく言えば、現代版「三国志」型の日米中連携だ。

「三国志」は、ご存知のように、中国の魏と呉、それに蜀という3つの国が、ある時は魏と呉が、またある時は魏と蜀がそれぞれ緊張関係を保ちながら連携し、かつけん制し合って互いに権謀術数の外交を展開して生き残りを図る、というものだったが、これを現代に置き換えれば、日米中の3つの国の関係にも、それが当てはまる。

この場合、日本は、仮に中国に問題があれば、中国をけん制し、その行動に自制を求めるため、米国と連携して揺さぶりをかける。逆に米国に問題が生じた場合、日本は躊躇なく中国と連携して米国の行き過ぎた動きにブレーキをかけるようなアクションをとる。最も効果的なアクションは、日中が大量に保有する米国債(TB)を売るぞ、と揺さぶりをかけることだろう。いま、2008年6月末現在で中国が1兆8000億ドル、日本は1兆ドルというケタ外れのドル建て外貨準備を持っているが、その大半を米国債購入の形で資産運用し、結果的に米国の巨額の財政赤字を日中で補てんしている。その日中2カ国が、もし「米国債を売るぞ」と揺さぶりをかければ、間違いなく米国は縮み上がってしまい、それがけん制効果となって行き過ぎた外交行動を思いとどまるだろう。

もちろん、いまのようなマーケットの時代、スピードの時代、さらにはグローバルの時代に、日中が本気で公言したりすれば、その瞬間に、外国為替市場ではドル売りでドルが暴落し、日中双方が持つ米国債を含めたドル資産は一気に目減りして大損害につながる。だから、「米国債を売るぞ」というシグナルはこっそり外交ルートを使ってやるしかない。しかし米国にとっては、財政赤字補てんシナリオが狂うばかりか、ドル暴落で経済的に致命傷を受けかねず、必死になることだけは間違いない。

日本に問題があって米中が県警した場合、踏みつぶされるリスク

問題は、日本が問われる場合だ。これは率直に言って、日本にとっては大ピンチだ。米中が連携すれば、それこそ踏みつぶされるリスクがあるからだ。

そこで、すでに申し上げたように、日本はASEANを後ろ盾にしたアジア外交戦略軸を武器に、米中双方にニラミをきかすような行動をとることが大事だ。逆にいえば、米中双方が日本に対してアクションを加えれば、そのバックにいるASEAN10カ国が黙ってはいない、という状況をつくることだ。

では、現実問題として、日本は、そういったASEANをベースにした戦略展開をしているかと言えば、思わず首をかしげられることだろう。そのとおりだ。 いま、仮にASEAN+3(日本、中国、韓国)の首脳会議などを開催しても、日本の存在感は正直言って弱い。日本が指導力を発揮できるチャンスがあるのに、ASEANからすると、米国の顔をうかがってばかりいて主張がはっきりしない、あるいは日本はアジアの中に入って同じように汗をかこうとしない、と冷やかに見られてしまったりするのだ。

私が数年前、フィリピンに本部を置くアジア開発銀行のメディアコンサルティングにかかわった際、インド人エコノミストから「いま、日本は、米国のジュニアのような立場で行動していて、本当の顔がどこにあるのかよく見えない。かつてのアジアのリーダー的な元気さもない。インドや中国は国内にさまざまな問題を抱えているが、勢いがある。日本はもっとアジアと行動をともにすべきだ」と言われたことがある。

メコン経済圏プロジェクトに対する日本のかかわりを見てもそれが言える。タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、中国のメコン河流域諸国を巻き込んだ地域開発プロジェクトだが、日本は直接の当事者でないにしても、アジアの地域経済統合のモデルケースとしてプロジェクトを位置づけ、統合に向けた旗振り役を果たせるのに指導力を発揮していない。たまに、日本がメコン開発に資金協力するといった打ち上げ花火の話をするだけだ。

それに対し中国は当初、雲南省というラオスなどに隣接する最南端の省のプロジェクトだったのが、いまや北京中央政府のプロジェクトとし中国の南下戦略の1つにしている。

最近死去された千野忠男アジア開銀前総裁(元旧大蔵省財務官)が生前、「中国は1日数時間、アジア戦略を討議している。日本の霞が関や首相官邸は1日、わずか数分しかアジアのことを議論していない。アジア戦略をどう考えるか、という日中の差はいずれ大きな開きとなって跳ね返ってくる」と述べていたのが印象的だ。

米国は重要なパートナーだが、過剰な対米依存は再検討も

日本の外交軸は日米安保条約に裏打ちされた日米同盟関係だ、という人がいる。日本にとって、米国は間違いなく重要なパートナーだが、冷戦構造が崩壊し、その一方でアジアが世界の成長センターとなり、同時に東アジアで中国が存在感を増している中で、日米関係に関しては見直しが必要な時期に来ているのでないだろうか。むしろ、日本にとって、過剰な対米依存は、リスクとみるべきかもしれない。成長するアジアの一角に位置する日本がアジアから取り残され、場合によっては見捨てられるリスクさえある。

日本が同盟国と位置付ける米国は、いま、米中経済戦略対話といった形で双方の閣僚レベルでの会合密度が高まっている。米国の友人は、「米中間に課題や問題が多いから、頻度を多く戦略対話という形で閣僚レベルの会合を持っているだけ。日米は、懸案がなく信頼関係があるので、何も閣僚レベルの会合を重ねる必要がないだけだ」という。しかし私から見れば、米中間で頻繁に戦略対話の形で対話を重ねていけば、互いの懐疑が信頼に変わってくる可能性もある。

そういった意味で、私は、改めて、現代版「三国志」型の日米中の連携という形で、つかず離れずの緊張関係を維持しながら、戦略的展開をすることが重要でないか、と思う。

日本農業再生のキーワードは「6次産業化」 生産と加工、流通の連携で消費者につなぐビジネスモデルを

日本の農業はいま、思い切った手を打たないと間違いなく衰退の危機に陥ると思う。しかしそれを避けるために政治や官僚組織、さらに農協といった既存の枠組みに頼ったり期待してもほとんどダメで、農業に携わる人たち自らが、閉そく状況を打ち破る新しいビジネスモデルを考え出す努力が必要だ。そのキーワードになるのが「6次産業化」だ。
 この「6次産業化」という言葉は、専門家などの間で一般化しつつあり、あえて使わせていただく。要は、第1次産業の農業、第2次産業の製造業、そして第3次産業の流通・サービスの3つを足しても、掛け合わせても6になることから、その3つの産業を結び付けるという意味で「6次産業化」と言っている。

わかりやすく申し上げよう。3つの産業を結び付けてビジネス展開すること、たとえば今回の農業再生という点でいえば、農業の現場が農産物の付加価値をつけるためにさまざまな加工を行い、それを自らの手で流通の現場のスーパーマーケットや外食産業、さらにはその先の消費者にまでつなげていくことだ。その場合、大事なことは農業の側から積極的にアクションをとることで農業自体が産業としての農業になっていく、そうすれば農業再生の原点が見えてくる、というわけだ。

千葉県の農事組合法人「和郷園」はフロントランナー
 今回、農業の話を、と思ったのには理由がある。実は、最近、小生が、いくつかの先進的な農家や農事組合法人のひとたちの現場を見学するチャンスがあり、話を聞いていると、こちらまでがワクワクして、刺激を受けた。まさに農業再生のフロントランナーなので、そのチャレンジぶりをご紹介したいと思った。
 前置きが長くなってしまい恐縮だが、そのフロントランナーは、これまでの農業のイメージを打ち破るような先進野菜生産農家の集まりである千葉県の農事組合法人「和郷園」(木内博一代表理事)だ。 この「和郷園」は、17年前の1991年に木内代表を含めて5人の専業農家の若者たちで野菜の産直を始め、7年後の98年に農事組合法人を設立、今や正会員41人、準会員51人の合計92人の専業農家集団になっている。千葉県の成田市に隣接する香取市の専業農家が出発点だが、いまや周辺市町村の協力農家を巻き込み、自然循環型農業を基本に年商15億円をあげている。 木内代表によると、そのビジネスモデルは、農事組合法人「和郷園」が生産農家から野菜を集出荷する。そして株式会社「和郷」という別組織があとで述べる野菜カットや冷凍加工、直営のスーパーなどにもかかわる、という形で「6次産業化」を進めるやり方だ。

生産農家主導でマーケットリサーチしスーパーなどに提案
 首都圏の大手スーパーや生協など50社との産直や契約出荷を基本にし、野菜などはすべて受注生産で、値決めも当然、相対取り引きながら生産者主導で行っている。生産農家が農協を通じて野菜などを出荷し卸売市場でセリにかけるという既存の農産物流通システムに依存している限り農産物の価格決定はすべて市場に委ねられ、農家に将来性がないため、あえてこの産直方式にこだわった、という。
「時代刺激人」の立場で言わせてもらえば、原油価格の高騰で、それに影響を受けるさまざまなモノやサービスの価格がいったいどうなるのか、どこで落ちつくのか、いわゆる新価格体系の落ちつきどころがまったく読めない、ということが最大の問題だ、と思う。

「6次産業化」の核となるのは、パック・カットセンターという、会員農家で生産した野菜をスーパー向けにカット野菜に加工するセンターだ。木内代表らが独自に立ち上げ、さまざまなアイディア商品をつくりあげてスーパーやデパートに逆提案の形で売り込み、ことごとく成功している。「大きくて不揃いのなすやじゃがいも、大根などに関しては、生(なま)で食べる生鮮野菜として出しにくい。そういった場合、われわれがスーパーマーケットの惣菜売場で揚げたての天ぷら調理できるように鮮度がいい状態でカットしパック詰めで冷凍加工する。われわれはスーパーの人たち以上にマーケットリサーチを行い、何が流通の現場や消費者のニーズかを探ってから付加価値をつけた加工を行う。生産者が主導的に値段を決める代わりに安定供給を約束する、といった形で、生産者自らがマーケットにまでかかわるところに意味がある」と木内代表は述べている。

第2次産業とのかかわりでいえば、ほうれん草など7品目の野菜を旬の時期に収穫したら、すぐ衛生管理の厳しい「さあや‘キッチン」という冷凍加工センターで急速冷凍加工するシステムも完成させている。食べたい時に解凍すれば、旬の味がそのまま活きる。いまでは海外にも輸出するほどだという。

厳格な生産管理し農薬管理結果もネット上で公開
 そればかりでない。木内代表らがこだわっているのは独自基準による厳格な生産管理だ。「和郷園」は日本で最初に農薬安全管理システムを導入したそうで、消費者の強い関心事である安全や安心要求に応えるべく野菜生産の際の農薬使用に厳格にした、という。とくに千葉県が設けた「ちばエコ農産物」の認証基準である農薬や化学肥料などの使用量に関しても慣例的使用量の半分以下にするようにした。「和郷園」では農薬管理状況を明確にするトレーサビリティのシステムを採用し本部センターのパソコンのエクセルですべての会員農家の農薬管理を行うと同時に、トレーサビリティの中身をインターネットのホームページでも公開する徹底ぶりなのだ。
 また株式会社「和郷」は06年に東京都内に自前のスーパー「OTENTO」をオープンさせ安全・安心の野菜を販売している。さらに、「道の駅」や農産物直売所の延長線上のものとして、地域コミュニティショップ「風土村」を地元でつくり、会員農家がつくった野菜を直売すると同時に、レストランタイプの店内では地元の消費者に新鮮野菜を調理した料理を食べてもらい地産地消を実践している。いずれも収益をあげているが、「和郷園」や「和郷」は生産から加工、流通までの第1次、第2次、そして第3次を合算した「6次産業化」を実践しているところが興味深い。

この「6次産業化」に関しては、小生が見学した福岡県岡垣町の複合観光農園「グラノ24K」はじめ全国各地で、産業連携する試みがあり、それぞれ成果をあげている。

閉そく状況にくさび打ち込むのは農業者自身
 いま、日本の農業は高齢化のうえに後継の担い手がいなくなり、追い討ちをかけるように耕作放棄地が全国的に増える、といった現実が重くのしかかってきている。そのうえ、原油や穀物価格の高騰で飼料価格が上昇し、経営的に採算がとれず廃業の危機に追い込まれる農家もある。その一方で、中国産野菜や冷凍食品の安全性が問われる問題から国産の農産物回帰という状況が出てきているが、肝心の生産現場にとってはうれしい話ながら生産力が伴うのか、という問題もある。
 こういった閉そく状況にくさびを打ち込むのは、農業に携わる人たちの自助努力、創意工夫しかない。その意味では農業再生のキーワードの1つが「6次産業化」と思っている。生産農家が市場流通にすべて委ねて価格変動のリスクにさらされるよりも、「和郷園」のようなチャレンジで状況を変えていくことも重要でないだろうか。

求められれば国際的助っ人、スポーツだけなく経済でも、、、 北京五輪で見せたシンクロ・藤木・井村さん、女子バレー・朗平さんの凄さ

8月の北京オリンピックは、世界中から集まったスポーツ選手によって、さまざまな感動のドラマを生むという素晴らしい結果をもたらした一方で、主催国・中国のナショナリズムを随所で感じさせるものとなり、スポーツが国威発揚の場になると同時に「強国・中国」を世界にアピールする国際政治的な道具になったか、と複雑な思いが残った。
 しかし、「時代刺激人」感覚という点で、とても興味深かったのは、シンクロナイズド・スイミングでスペインに銀メダル、中国に銅メダルをそれぞれもたらした日本の藤木麻祐子コーチ、井村雅代コーチ、また米国の女子バレーボールを銀メダルに導いた中国出身の郎平監督の3人だ。

この人たちは国際的な助っ人として、ライバルともいえる国々へ行って徹底的に選手指導に携わりメダルをもたらした。「スポーツに国境なし」を印象づけたことも凄いが、それ以上に、これらの種目で日本や中国の技術レベルが十分に国際競争力を持つことを証明したことだ。しかもシンクロでメダルを手にしたスペインや中国の対日本評価までが大きく変わってきている。むしろ日本はそれを誇りにすべきだ。

日本のシンクロのすごさを見せることができた
 シンクロの井村さんが日本のメディアで大きくクローズアップされた。残念ながら、小生は現場には行っていないので、メディアの報道を紹介しよう。 「表彰式の後、中国の選手たちから日本語で『ありがとう』と言われ首にメダルをかけてもらった井村監督。『日本のシンクロがすごいということを見せることができた。アジアの一番が世界の一番になるようにしたい』と誇らしげだった」と読売新聞は報じている。 また日経新聞によると「五輪では、新興勢力がすぐにメダルを獲得するのは難しいとされる。わずか1年半でメダル獲得できたのも井村コーチの経験のたまものだ」という。
 井村さんに関する報道とは対照的に、スペインに銀メダルをもたらした藤木さんに関する報道がなぜか少ない。しかし日経新聞は「元日本代表の藤木コーチは、世界覇者のロシア追撃を目標に、妖艶な演技のできる選手をしっかりとまとめてきた。とくに表現力で同調性などの弱みを補ってきた」と報じている。

これに対して、銀メダルを米国女子バレーボールにもたらした中国人の郎平監督に関する中国国内の受け止め方が興味深い。

朗平さんは一時「祖国への裏切り」と中国国内で批判も
 産経新聞によると「中国女子代表のエースとして五輪、世界選手権、W杯の優勝に導いた。中国監督を経て2005年に米国監督に就任した。『祖国への裏切り行為』と批判されたが、『外国に認められることは中国の名誉だ』との擁護論もあり、中国国内では論争を巻き起こした。米国が進撃するにつれ『米国の勝利も中国の勝利だ』とネットでの支持が広がった」と報じている。
 郎平監督の場合、民族意識が際立って強い中国から離れ、ライバルの米国のバレーボールチーム監督を引き受けただけでなく、1次リーグで母国中国チームとあたった際にも、プロに徹して中国を打ち負かすというすごさには敬服する。そのプロ根性が素晴らしい。

しかし中国の中でも、米国バレーボールチームが勝ち進むに従って、郎平さんの活躍を中国国民が誇りにするようになった、というのは、国境を越えてうれしい話だ。中国が大人の対応ができるようになった、ということでもあるからだ。

そこで、われわれが考えるべきことは、スポーツでの国際的な助っ人に限らず、経済でも政治の世界でも国際的に通用する、しかも競争力を持つ人材を作り出すと同時に、チャンスがあれば、そういった人たちをどんどん海外に送り出すこと、また個人のレベルで請われてライバルの国に行く場合でも、われわれはそれを誇りにすることが重要だ。

ベトナムのインフレ対策支援で長期派遣の日限マンもがんばれ
 つい最近、日本銀行が、ベトナム政府からの要請に応えて急激なインフレを抑えるための金融政策支援で幹部を送りだすことになった、という話を聞いて、思わず「がんばれ」と声をかけたくなった。急成長してきたベトナムはいま、その反動でインフレ、通貨安に苦しんでいる。マクロ政策面で十分な政策ノウハウを持ち合わせていない、というのであれば、日銀は「スポーツに国境なし」と同じ発想で、金融政策に関しても国境などない、世界の成長センターのアジアで政策対応に苦しむ国があるならば国際的助っ人で応援する、と送り出せばいい。
 実は、この人材の送り出しで、日本は考えねばならないことがある。すぐれた人材を出すのは当然だが、問題は、ネアカで、フットワークがよく、語学力もそこそこあって、すぐに現地に溶け込んで現地化が可能な人材がポイントだ。

小生がかつてある企業の国際合弁プロジェクトで現地取材に行った際、その現場の日本人の大半は現地化対応ができておらず、しかも幹部は東京本社の方ばかりを向いていた。合弁プロジェクトなのだから、合弁先の国の人たちと、それこそ一心同体になるつもりで連携すべきなのに、コミュニケーション能力も十分でなかった。プロジェクトは戦争に巻き込まれ結果的にご破算になってしまったが、それ以前に、日本の側に、さまざまな課題があるな、という印象だった。

人を動かし組織を動かす面では東芝の西田社長も卓抜した力
 今回の北京オリンピックでの国際的な助っ人の人たちは、たぶん、当初はシンクロやバレーボールの技術面での凄みで、一種のコワモテで対応していたのだろが、そのうち心に通い合うものが出てきて一心同体になったからこそ、修羅場のところで選手と指導者が大きな力を発揮できたのだ、と思う。
 人を動かす、組織を動かす、というのは実に難しい。ましてや外国で、それも異文化の発想をする所で優れてリーダーシップを発揮するのは大変なことだが、それを実践している人たちに出会うと、小生も元気が出る。 その点で最近、チャンスがあってお会いした東芝の西田厚聰社長のお話を聞いていても素晴らしい。東芝のイラン現地法人採用の身でありながら、力を発揮され、東芝本社の社長に上りつめられた西田さんだが、タフなイラン人が多いイランでの経験がベースになって、人動かし組織を動かす術を体得されたのだろう。卓抜した力を持っておられる。

コミュニケーション能力に戦略性が加われば、日本のみならず外国でもどこでも活躍ができる。今回の北京オリンピックでの国際的な助っ人の人たちもまさにそれを実行したのだろう。

日本の政治の衰退・劣化がこわい 2人もの首相が政権を放り出すリスク、日本株式会社のトップは強い志を

9月1日午後9時半の緊急記者会見での福田首相の突然の辞任表明には本当に驚かされた。わずか1年もたたない間に、2人もの首相が政権を放り出すというのは明らかに異常事態だ。日本の政治の衰退、そして劣化がとてもこわい。
ある中堅企業の経営トップが吐き捨てるように言ったのが極めて印象的だ。「同族経営のオーナー社長ならいざしらず、数多くの従業員、株主、取引先を抱えた企業経営では経営を放り出すということは、許されることではない」「昨年9月には安倍前首相が国会での施政方針演説を行った直後に突然、辞任表明し、今回も福田首相が1ヶ月前に内閣改造を行って、しかも総合経済対策まで打ち出した直後に辞任表明したのだから、国民からすれば政治リーダーに2度も裏切られたようなものだ。企業でいえば経営方針を示して『諸君、厳しい状況を乗り切るためにがんばろう』とゲキを飛ばした直後に突然、経営を放り出すのと同じだ」

「民間企業なら命運尽きかねない。日本株式会社なら許されるのか」
 「われわれの世界じゃ、こんなことをすれば、その経営者はもとよりだが、企業の命運も尽きかねない。日本株式会社のトップなら、それが許されるのか」
 この中堅企業トップの言葉は辛辣だ。確かに、経営という点では首相も日本株式会社の社長として、日本という国の経営に携わっているはず。その経営トップが日本国の運営に関して、誰に相談することもなく突然、勝手に放り出してしまうのだから、許されることではない。

ご記憶だろうか。旧雪印乳業の社長が2000年6月に突然発生した低脂肪乳の集団中毒事件での対応処理の記者会見で、厳しい責任追及の質問に対して、苦し紛れに「私だって(対応に追われ)寝ていないんだ」と述べ、その「不規則発言」が原因で社長辞任に追い込まれたばかりか、雪印ブランドを失墜させ経営破たんに追い込まれたことを。

旧雪印乳業の市場退場は社長の「不規則発言」だけでなく大組織病にも問題
 この社長の発言がテレビで繰り返し取り上げられたため、被害にあっている消費者だけでなく、それ以外の雪印製品を愛用していた消費者の怒りを買ってしまった。当然だろう。売れ行きは一気にダウンして経営が悪化、マーケットから厳しい淘汰を受けてしまった。
 小生は、「失敗の研究」という観点で、この事例研究をしたので、よく承知している。トップランクのリーディングカンパニーがあっけなく退場を余儀なくされたのは、社長の軽率なひと言だけでない。実は、旧雪印乳業という企業の内部に大組織病に陥る素地があり、衰退や組織の劣化の予兆が随所にあったのだ。

今回の福田首相、それに昨年の安倍前首相の政権放り出しの問題を旧雪印乳業の問題と重ね合わすと、互いの問題は無関係ではない。つまり、日本株式会社自体にも大組織病の素地が同じようにあり、組織自体の衰退、劣化が進んでいるのかもしれない。だから政治リーダーにも自己規律、緊張感、使命感、志、構想力、指導力が欠け、厳しい状況に追い込まれると、躊躇することなくあっさりと日本株式会社のカジ取りを放棄してしまう。裏返せば、そうした政治リーダーを生み出す素地が今の日本にあるということでないのだろうか。

そういう点でいえば、日本は、年金制度や医療制度に限らず、さまざまな制度が文字どおり制度疲労をきたしている。本来であれば、自民党を含めた政党がマーケットの時代、スピードの時代、グローバルの時代といった時代の変化のもとで、それら制度上の課題を見極め、同時に構想力で政策を練り上げて制度の新しい枠組みをつくっていくべきなのだが、それをやれていない。政治家個々人の問題であると同時に、それら政治家がかかわる政党組織に問題があるからなのだろう。

米有力紙は自民党だけではなく政権交代めざす民主党も問題と指摘
 現に、米有力紙のウオールストリート・ジャーナルが興味深い記事を書いている。福田首相の突然の辞任表明に関しては冷ややかで、早期に経済改革に取り組まなかったことが最大の失敗だと首相の指導力のなさをあげている。ところが、同時に、総選挙で民主党が過半数をとって政権を担っても、民主党自体も経済改革には慎重なので、自民党政権よりもひどいことになるかもしれない、と手厳しい。要は、日本の政権政党だけでなく、政権交代をめざしているはずの野党の民主党も時代の変化を鋭敏にかぎとって時代を変える力を持っていない、と見ているのだ。
しかし、政治にばかり責任を押し付けているわけにはいかない。実は、経済界もしかり、社会全体もしかりで、日本全体が制度疲労にある。小生のかかわったメディアも同じだ。みんなで旧態依然とした組織や枠組み、制度に安住してしまっている。壊すこと、変革することがこわいのだろうか。この際、思い切って新しい制度づくりにチャレンジしていく時期にきている。今回の福田首相の突然の辞任表明を、そのきっかけにするいい時期だ。

だが、皮肉なことに、政治のみならず経済や社会も含め制度疲労をきたし、賞味期限のきてしまった制度やシステムの枠組みを変えるには、やはり政治リーダーに期待せざるを得ない面がある。冒頭の中堅企業の経営トップは「冗談じゃない。今の政治家に日本の閉そく状況を変える役割を期待などできない」と言いかねないが、日本株式会社のリーダーは政治リーダーでいくしかない。

「日本を変えよう」という志や使命感を持った若い政治家に期待
 そういった意味で、米国の大統領候補のオバマ氏が「CHANGE(チェンジ)」と変革を訴えたら、米国の停滞していた政治の流れが変わってきたことに注目する必要がある。もちろん、オバマ氏の政策はまだまだ見極めが必要で、巨大国家の米国のカジ取りをどうしようとするのか評価しにくい。しかし、少なくとも若い政治リーダーの登場で米国に新たな変化が出てきていることを日本の政治家もしっかり学びとることは重要だ。そして、若い政治家が志や使命感を持ち、政策の裏付けをもってわれわれに力強く「日本を変えよう」とアピールすることだ。そうしたら、われわれも真剣にボールを受け止めることにやぶさかでない。

「プロジェクトX 挑戦者たち」に続く人たちの輩出を いま日本に必要なのはチャレンジ精神、歴史に足跡残す活動

 NHKのテレビ・ドキュメンタリー番組「プロジェクトX 挑戦者たち」のエグゼキュティブ・プロデューサー、今井彰さんが番組で取り上げたさまざまな企業プロジェクトにかかわった人たちの生き様、番組制作の苦労などを話すことを最近知り、ジャーナリストの好奇心で、あるセミナー会場にもぐりこんだ。
 結論から先に申し上げれば、今井さんは想像していたタフな人ではなく、飄々(ひょうひょう)とした人ながら、とてもロマンチストで、しかも世の中でひた向きにチャレンジする人たちの心意気に感動し、ジャーナリストの目線で世の中に伝えるべきだという使命感のある素晴らしい人だ。だから、青函トンネル建設工事に24年という文字通り半生をつぎ込んだ人たちの苦闘の物語などを静かに語る話し方には情熱と凄みを感じる。小生は、聞いているうちに今井さんと問題意識を共有し、今、日本全体、とくにモノづくりの現場に欠けているチャレンジ精神、それに歴史に足跡を残す心意気、志につながる動きが今後、日本に力強く根付いてほしい、と願う気持ちになった。

青函トンネル建設、工期10年が24年に延びた中でもやり遂げた人たち
 この「プロジェクトX 挑戦者たち」をご存じない方もおられるかもしれないので、簡単に説明しよう。2000年3月にスタートしたNHKのテレビ・ドキュメンタリー番組で、戦後の日本の復興期から高度成長期、さらにその後の石油ショックなどの時期に、企業などの現場でのさまざまなプロジェクトをテーマに、そこにかかわった人たちの苦悩、葛藤、そしてプロジェクトを成し遂げた喜びの一瞬までを綿密な取材で描き上げたものだ。
 これらの話のうち、青函トンネル建設工事の話がとても感動的だったので、その一端をご紹介しよう。いまJRの列車がごく自然に海底を走り抜ける津軽海峡は、かつては本州と北海道を結ぶ交通手段が青森と函館間を運航する青函連絡船しかなく、それも欠航が相次ぐ荒れる海で有名で、洞爺丸沈没という悲惨な事故もあった。その津軽海峡の海底深い場所に、トンネルを掘り列車を走らせる一大プロジェクトだったことはご存じのとおり。

今井さんによると、工期は当初、10年だと言われていた。それでも他のトンネル建設工事からみれば、異例の長期プロジェクトだが、現実は未知の事態に遭遇し、その試行錯誤の繰り返しで、とくに度重なる出水との格闘がすさまじく、何と当初計画の2倍以上の24年間という長い年月を費やした。
旧国鉄から独立した旧日本鉄道建設公団(現独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)の技術者、それに民間のゼネコンからの出向者らによるプロジェクトだが、本州側の先進導坑(水平坑)を掘るための前進基地にした竜飛鉄道建設所周辺は1966年当時、漁業を営む人たちのわずかな集落しかない。担当者の1人が「作家の太宰治がかつて、竜飛のことを本州の極地であり、ここを過ぎて道はない、と書いたが、われわれの工事を始めた当初はほとんど同じものだった」と述べているほど。

「権力や組織ルールでは人は動かない。感動の共有が大事」
 今井さんによると、作業員ら数百人が水道はじめ生活インフラがなく、もとより学校も商店街もないところへ家族を引き連れて通算24年間もプロジェクトにかかりきり、生まれた子供たちも成人になるほど。気の遠くなる長い歳月で、大半の人たちの気持ちの中には言い知れない苦労があった。しかし、同時に、日本どころか世界でも例のない海底深いトンネルづくりに取り組むのだ、という切れることのない使命感もあった。こういった使命感を持ちながらへこたれずにプロジェクトをやりぬく心意気が、今の日本の企業の現場にあるだろうか、という。
 今井さんは番組の別のプロジェクトを引き合いにし、「窓際に追いやられていた日本ビクターのVTR(ビデオテープレコーダー)事業部長の高野鎮雄さん(故人)が技術者らの仲間と一緒に、ライバルのソニーを凌駕しグローバルスタンダードの家庭用VTRをつくって企業再生を図ったプロジェクトも、まさに人間ドラマだった」という。 そして、今井さんは、高野さんが後輩の経営陣に言い残した言葉、「権力や組織ルールでもって社員に指示しても、組織も人も動かない。感動によってこそ人や組織は動く。その感動を、経営者も含めて社員みんながどこまでしっかりと共有できるかだ」とのメッセージが素晴らしい、という。
あらゆるプロジェクト成功の秘訣は、まさにこの点にあると言っても過言でない。

今井さんの熱意に応えて歌手の中島みゆきさんが番組の主題歌「地上の星」を作詞、作曲する。これがまた、われわれの気持ちをかき立てる。中島さんは「いつもテレビなどでプロジェクトの完工式を見ていると、テープカットするのは行政トップの大臣や地元の政治家だけ。地を這うような厳しい現場で働いた人たちの気持ちが出ていない。私は歌でプロジェクトの現場の人たちの気持ちを伝えたい」と。

大組織病が官僚化ならぬ民僚化をもたらし製造ミスも
 ここまでが「プロジェクトX 挑戦者たち」の話だが、小生が「時代刺激人」のくくりで申し上げたいことがある。
最近、中部電力が浜岡原発5号機の最新鋭タービンのプロペラ破損事故で製造元の日立製作所に製造物責任のからみで損害賠償請求訴訟を起こすと発表した。電力会社と重電メーカーとの間は、発電機の技術開発などを含め、深い依存関係があるだけに、訴訟に至るというのはただ事ではない。しかし、小生からみれば、重電では三菱重工、東芝と並んで日立製作所はトップランクの企業で、その技術力は優れたものがあるはずだが、最新鋭のタービンに設計技術あるいは製造過程でミスが出るというのは明らかに大組織病がもたらした結果かもしれない。
 組織自体が官僚化、正確には民間企業だから民僚化なのかもしれないが、どこかで民僚化し、前例踏襲あるいは問題先送り体質が欠陥製品を生み出す結果となったのかもしれない。さきほどの日本ビクターの故高野さんが言う「感動によってこそ人や組織が動く」という点が組織の肥大化で出てこなくなった、とも言える。

神戸製鋼所のインドネシア産褐炭の高品質化への取り組みは朗報
 これとは別に、うれしくなる話をお伝えしたい。神戸製鋼所が原油高騰の中で価格高騰しつつある原料炭の褐炭という低品質炭を、技術開発によって高品質炭に変えることに成功した。もちろん、原料炭供給先のインドネシアにとっては、現地で本格プラントを立ち上げて実用化が軌道に乗れば、朗報どころか輸出による大きな外貨獲得につながる。神戸製鋼所のみならず日本の製鉄メーカーにとっても朗報だ。 この技術開発も担当者のちょっとしたヒントから出てきたものだが、そこに至るまでの苦労は「プロジェクトX 挑戦者たち」に位置づけられるものだろう。
 大事なことは、日本にとっては、今、アゲインストなことが多いが、モノづくりの現場が培ったチャレンジ精神、それに現場の人たちの情熱、使命感などがチームワークとなっていけば、またそうした現場の心意気を吸い上げるリーダーの見識や指導力があれば、日本はまだまだ捨てたものでない。今井さんのメッセージもそこにあるのでないだろうか。

米金融システム不安、リスク連鎖で世界に波及する恐れ 世界のマネーセンター決壊防止で米当局があらゆる手だてを

 何とも空恐ろしい事態になってきた。世界のマネーセンター、米国でケタ外れの金融システム不安という激震が起き、その影響が連鎖的に欧州、それに世界の成長センターともいえるアジアや中東の金融市場に波及しつつあるためだ。
 いまのようなスピードの時代、マーケットの時代、グローバルの時代にはリスク連鎖というか、危機の連鎖は、すさまじいスピードで世界中に及ぶ。1つの国の当局が、水際(みずぎわ)で止めようということなど、出来るはずがない。ましてや気休めのような「金融システムは維持されており問題ない」メッセージは、かえって不安心理をかきたてるだけ。今回の場合、まずは、米金融当局が非常事態宣言して、大胆な政策の総動員によって世界のマネーセンターの決壊防止を図るべきだ。

経済ジャーナリストという立場だと、どうしても、こういうメッセージ発信になってしまう。しかし、リーマン・ブラザーズやメリルリンチといった名だたる巨大企業がなぜ、いとも簡単に金融市場から退場をしていくのか、という疑問もさることながら、小生の最大の関心は、燎原(りょうげん)の火のごとくリスクがグローバルに連鎖という形で次から次へと波及していくことへの歯止めをかけることが最重要だと思っている。とくに、さきほども述べた時代のキーワードである「マーケット」「スピード」「グローバル」という時代状況のもとでは、その感を強くする。

日本の政治は危機対応よりも目先の自民党総裁選重視?

そんな中で、余談だが、強い危機感を持ったのは、日本国内の政治状況だ。政権政党の自民党は、福田首相の突然の退陣表明を受け、あわただしく総裁選に踏み出し立候補者たちが地方巡業さながらの地方回りで、支持のとりつけに躍起だ。狙いは、その直後に来る衆院総選挙での自民党支持確保にあるのは間違いない。
しかし、問題は、9月17日に開催予定だった経済財政諮問会議が一時、自民党総裁選優先で、あわや中止になりかねなかったことだ。内閣府関係者によると、諮問会議の有力メンバーの閣僚が前日の16日に会議を開いて米国の金融不安への対処を協議しているので17日は自民党総裁選で地方遊説を優先したい、という趣旨の提案をし、一時は中止とアナウンスがされた。ところが会議議長役の福田首相側から「待った」がかかり開催となった。それ自体は前進ながら、結果的に、突っ込んだ議論も行われず前日の危機対応策の確認にとどまり、それ以外のさまざまな政策課題についても中途半端なものに終わった、というのだ。政治家自身の危機認識が、この程度であることがとてもこわい、政治の劣化は間違いないと思う。

米当局は非常事態宣言し公的管理を、ドル暴落リスクも回避

さて、本題に戻そう。対応策としては、まず緊急に主要8カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G8)、あるいは中国やインド、ブラジルなど新興経済国を含めた会議を、いずれにしても素早く開催することが必要だろう。中央銀行ベースでは過去の金融不安時と同様、金融機関の決済資金などが滞るリスクを避けるため、巨額の資金を短期金融市場などに供給しており、今回も流動性を確保する手立ては矢継ぎ早やに実施すべきだ。

しかし、これでは抜本解決にはなりにくい。やはり、ここは震源地の米国の金融当局が主導権を発揮して、今の米国金融不安の根源を断ち切るべく大胆な行動をとることだ。端的には、米金融当局が「非常事態宣言」を行って、この際、経営危機に陥っている問題金融機関に対しては、傷んだ資本を毀損(きそん)させるか、あるいは逆に輸血のような形での資本注入で出血を止めるかのいずれかで、国が直接間接に公的管理することだ。
米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)が巨額の資金供給で財務体質の悪化が懸念されるとして、米財務省が臨時に国債を増発してやりくりする、という話を耳にしたが、米金融、そして財政当局は、単に金融システムのほころびを修復するだけでなく、ドルへの信認がなくなってドル流出リスクに伴う暴落リスクを防ぐという重大な使命もあるはず。この際、徹底して、かつ大胆に危機対応をすべきだろう。
ただし、公的資金注入による金融機関への危機管理は緊急避難的、かつ一時的な措置としてのものであり、政府介入をそのまま続ける必要は全くない。

米国内では巨額の成功報酬得る金融機関救済には批判も

金融機関救済に限らず私企業救済に関しては、米国では「競争自由」を原則にしているため、極めて批判が強い。とりわけ金融機関のトップは競争の「勝ち組」の成果とばかりケタ外れの成功報酬を得ており、「なぜ、国民の税金をつぎ込んで、彼らを救済する必要があるのか」という声が議会のみならずさまざまなところから巻き起こる。当然だろう。
今回の場合、金融システムのリスクのため、特例的に公的資金をつぎ込んでシステム維持を図ることが重要だが、こと金融機関に対しては、徹底して経営責任を問うと同時に、市場からの退場を求めるのは当然、必要だ。

それと同時に、制度上の再発防止策を講じることが、この際、もっと重要だ。今回の金融不安の発端となったサブプライムローン債権担保の金融証券化商品のようなマネー資本主義の行き過ぎた部分に対し、一定の規制を加えること、同時に、今後は金融技術を駆使した金融商品によって、金融システムが制御不能に陥らないようにするため、金融当局が監督を続け、常にチェックしていくことだ。

正直なところ、小生は規制そのものには実は反対だ。金融当局の規制はあくまでも事後規制にして、問題が起きれば厳しくペナルティをくらわせるほうがいい。そうでないと、競争原理が働かず、金融の活力も生まれないし、市場にも広がりがなくなると思っている。しかし今回の場合、マネー資本主義という言葉でくくれるような、あやしげな金融商品が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)して世界のマネーセンターを金融不安に陥れる金融主導の経済の枠組みには、何としても制度的な歯止め措置が必要だ。

ソロス氏「金融当局は自分たちで理解できない商品を許可するな」

かつてヘッジファンファンドを駆使して世界のマネーマーケットを荒らしまわった、あのジョージ・ソロス氏(ソロス・ファンド・マネジメント会長)が近著「ソロスは警告する」(講談社刊)の中で、鋭い指摘を行っているので、紹介させてもらおう。
「現在の危機で明らかなのは、手綱(たづな)を解かれ、タガが外れたままの金融業界が経済を大混乱に陥れているという事実だ。危機から脱出するには、まず金融業界に対する政府の監督と規制を再度、強化しなければならないだろう」「金融危機の原因は、当局がきちんと仕事をしてこなかったことにある。新たに生み出された金融商品や金融手法の中には、誤った前提にもとづいて組み立てられたものも少なくなかった。もちろん、リスクをヘッジしたり分散したりするうえで実際に役立つ金融商品も当然ながら存在する。しかし大事なことは、当局が新しい金融商品・手法をしっかり理解することだ。自分たちが理解できないような商品や制度は許可すべきでない」

今こそドル安・円高への備え急務、内需主導経済に切り替える好機 発想の転換で資源輸入インフレに円高メリットの活用も

米国の金融不安、金融システミックリスクは、まだ消えたわけでない。むしろくすぶり続け、今後は金融機関の貸し渋り、信用収縮を通じて実態経済への影響が出てくる。それにしても、こんな大きなリスクをなぜ、米財務省や米連邦準備制度理事会(FRB)はもっと早くに察知できなかったのか、楽観シナリオに終始したのはなぜなのか、「失敗の研究」が必要になる。しかし、それも重要だが、日本にとって、これから注意すべきはドル安、裏返せば円高への対応だろう。
 結論から先に申上げれば、ドル安リスクがどの程度まであるのか、市場参加者の多い為替相場だけに、なかなか読み切れないが、まずはドル安、その裏返しの円高への備えが急務だ。かつて円高が1ドル=80円を切るほど一気に上昇が進んだ時代には、円高恐怖症、円高脅威論が日本国内の輸出産業だけでなくメディアの論調にも強かった。しかし、いまは発想の転換が必要だ。
具体的には原油や穀物など資源価格の高騰が定着した状況のもとでは、むしろ輸入インフレに対応するため、円高にしておいた方がはるかにいい。それに、これまでは輸出など外需に頼り過ぎて、結果的に内需主導の経済への対応が十分でなかったが、これからは大胆な規制改革などで内需主導の改革、需要の掘り起こしを進めるチャンスだと思えばいいのだ。

ドルの弱さで円の運命が左右されるリスク
 ところで、いま、米国金融不安を映してドル下落に拍車か、、、、と思いがちだが、ドルは対円では大きく下落しているものの、意外にもユーロやアジア通貨に対しては相対的に強い。理由は、欧州経済の景気後退を映してのユーロ安が原因。それにアジア通貨安も、実は米国の金融機関や投資ファンドが自国の金融不安で急きょ、資金を戻さざるを得なくなってアジア通貨売り・ドル買いを急いだ結果だ。
 それよりも問題は、ドルと円の関係だ。ドル安・円高となっているが、円は経済のファンダメンタルズから言っても、景気が後退局面にあり、また低金利構造のもとで内外金利差から積極的に円買いが入る状況にもない。わずかに考えられるのは、低金利の円資金を新興国の高金利通貨に投資した円キャリートレードを最近になって巻き戻しせざるを得なくなり、円を買い戻しているためだろう。全体的にはドルが対円で売られ、その裏返しで相対的に円高になっている構造に変わりがない。逆に言うと、ドルの弱さで円の運命が左右されるというリスクが高まっているのだ。

友人の外資系証券の日銀OBマーケットエコノミストによると、ドル信認の裏付けとなる米国経済、金融が痛んでしまっており、当分の間、ドルは不安定な状況に追い込まれる。マーケット参加者は、通貨間の金利差などよりも、常にドルを取り巻くリスクを回避しようとする動きに出るので、読み切れない。マネー自体は今、行き場を失って右往左往している。基軸通貨となるドルの弱体化がますます進んでいくのでないか、という。

ドル不安の時限爆弾抱える産油国も交え国際通貨対策が必要
 となれば、この際、主要7カ国(G7)の財務当局、中央銀行だけでなくロシア、中国、インドなど新興国、さらには不安定なドル資金を、まるで時限爆弾を抱え込むようにする中東産油国などの国々で、国際通貨体制の在り方を議論する場を設ける必要がある。
しかし、今年7月洞爺湖サミット(首脳会議)での地球温暖化対策をめぐっての各国の利害錯そうぶり、それに同じ7月末のジュネーブ国連貿易機関(WTO)でのドーハ・ラウンド(多角的貿易交渉)決裂も、米国とインドや中国の新興国との間での農産物緊急輸入制限をめぐっての譲らぬ対立が原因だった。
それらをみれば、通貨は、それぞれの通貨主権や国益がからむだけに、交渉は容易でない。ましてや米国は、ドル信認を崩した金融システミックリスクへの対応、マクロ経済運営の責任が厳しく問われるだろうが、ドルの力を貶(おとし)める方向付けには強く抵抗するだろう。同時にユーロや円、あるいは人民元がドルに続く基軸通貨の役割を果たす決意、心構えがあるのか、と言えば、その負担の重さに及び腰になるのは間違いない。世界の成長センターのアジアで円や人民元などの通貨バスケットで地域通貨をつくりドルに依存しない体制をめざせるのかと言えば、これも時期尚早だ。
各国が基軸通貨ドルをサポートするに際して、米国に対して、さまざまな政策運営に注文をつけるのが事態打開の落とし所かもしれないが、果たしてうまくおさまるかどうかだ。
 それらも重要だが、ここは、円高への対応、心構えが重要だ。実は、小生も経済ジャーナリストして、国の経済力としての国力は、強い通貨価値で裏づけられるので円高が望ましいと思いながらも、急激な円高がもたらすリスク、端的には日本の外貨を稼ぎだした輸出産業の競争力をそぐような急激な円高には歯止めが必要、場合によっては円売り・ドル買いの為替介入が必要だし、円高の裏返しであるドル安を招いた米国の財政赤字、貿易赤字を含めた経常赤字の減少策を求めるべきだなどと、かつては主張していた。

価格変動の多い海外資源価格は新興国需要増で高値定着
 しかし、冒頭に申し上げたように、いまは発想の転換が必要だ、と思う。通貨に表と裏があるのと同じで、円高にはメリットとデメリットがあるが、プラス思考でいくしかない。
たとえば原油や穀物など資源価格の高騰が、中国やインドといった新興経済国の資源需要圧力の強さをバックに定着していくことは確実となっている。国際商品市況は価格変動が激しかったが、高値構造が定着するのは間違いない。となれば、日本は多額の外貨支払いを強いられる。海外に日本の所得が移転してしまう。その場合、日本の戦略的な弱みであるエネルギー、食料、その他のさまざまな資源の少なさ、海外依存構造が宿命であるだけに、日本としても資源国と長期契約を結ぶとか、あるいは資源消費を抑えたり、かつての省エネを強化するか、あるいは輸入インフレに対応するために円高にして、外貨支払いを相対的に少なくする戦略に切り替えるかだ。小生は、さまざまな対応の組み合わせが必要と考えるが、円高メリットを活用するのは最も有力な方法と考える。
 円高をどこまで容認するのか、これは重要な問題だ。輸出産業を中心に貿易立国できた日本の産業構造に大きな変革を迫る可能性があるだけに、なかなか結論が出ない。しかし発想の転換という点でいえば、外需への依存度を相対的に減らし、内需主導の経済に切り替えるため、これからは大胆な規制改革などで内需主導の改革、需要の掘り起こしを進めるチャンスだと思えばいいのだ。

内需創出の規制改革と同時に家計所得の引き上げも
 それに、輸出産業のうち日本の自動車産業もいまや収益構造をみると、グローバル経済時代に対応して、米国あるいはユーラシア、さらには世界の成長センターのアジア、そして中国などでの生産拠点の多角展開をしている。企業は時代の先を読んで、日本を拠点にした海外輸出戦略といった発想からとっくの昔に戦略転換している。円高に一喜一憂する悲壮的な行動パターンではなくなってきているのだ。
それからもう1つ。内需の掘り起こしには新たな需要創出のための規制改革が重要だが、同時に個人消費が増えるように家計所得を増やす手立てを考えること、それは収益力のある企業を中心に給与の引き上げを行うと同時に、金融資産が増えるように、金融機関が魅力的な金融商品の開発に取り組むこと、さらに金利生活者の人たちのために、いますぐではないにしてもいずれは金利正常化の形で預貯金金利の引き上げにつながる措置を講じることだ。いかがだろうか。

10年前の日本の金融システム危機とそっくり、歴史は繰り返す 米国のみならず世界各国が「日本の失敗」「市場の失敗」研究を

米国の金融システミック・リスクはとどまるところを知らず、まるで真っ暗な谷底へ落ちていくのでないかという不安に駆られる。金融不安は、いつしか金融危機という表現に変わってしまった。しかもその金融危機は、小生の持論でもある「スピードの時代、マーケットの時代、グローバルの時代」という時代状況のもとで、米国の水際(みずぎわ)でとどまることなく、リスクの連鎖という形でアジア、中東、欧州、そして再び米国へ、という形で地球を何往復もして、世界中を巻き込んでしまっている。
 そこで、今回は、ぜひ申し上げたいことがある。米国の一連の動きを見ていると、日本が1997年から98年にかけて経験した金融システム危機とそっくり同じような道を、いま米国が走っている。歴史は繰り返す、という一語に尽きる。なぜ、われわれ人間は同じ過ちを繰り返すのだろうか、他の事例をもとに学習して失敗を繰り返さないようにできないものだろうか、と思ってしまう。この際、米国、そして他の世界の国々はぜひ「日本の失敗」、そして「市場の失敗」の研究を行うべきだ。

米金融安定化法案の下院否決混乱は住専への公的資金投与時と同じ
 ご記憶だろうか。97年11月に準大手証券の三洋証券が突如、資金繰り破たんした。短期金融市場から資金をとれず、あっけなく経営破たんしたのだが、中堅や中小の証券会社ならいざ知らず、マネーに精通しているはずの準大手証券破たんに衝撃を受けた。それがきっかけで、大手銀の一角を占めていた北海道拓殖銀行が破たん、さらに大手証券の山一証券が自主廃業に追い込まれた。日本長期信用銀行、日本債券信用銀行という長期金融機関も相次いで経営破たんし、一気に歯止めなき金融システム不安に及んだ。
 予兆は既にあった。不動産投機バブルがはじけて資産価格が急落した時点から、土地神話を背景に不動産担保金融を行ってきた日本の金融ビジネスモデルが崩れ、不良債権の多いさが金融システム不安に波及するのでないか、という懸念だった。
その1つが住宅金融専門会社(住専)の経営危機だった。問題がピークに達した95年に、関係金融機関で損失補てんして不足する部分に関して、国が6800億円の財政資金を投入することにした。しかし、税金投入しての金融機関救済をめぐり国会が紛糾した。今回の金融安定化法案をめぐる米国下院での否決をめぐる混乱と全く同じだ。

日本と違って、米国は市場至上主義、自由競争理念が社会のベースにある。それを党是とする共和党政権のもとで、政府が巨額の財政資金をつぎ込んで金融機関を救済するという論理が議論のポイントとなった。とりわけウオール街の大手証券や大手銀行の首脳や幹部は、ケタはずれの年俸を得ていることに対して、反発も強い。そこへ、金融機関トップらの経営責任追及があいまいなまま、不良債権買い取りなどの救済が先行したことに国民の反発が強まり、選挙民の声を無視できない下院議員の否決行動につながったのだろう。

日本は10年前の金融システム不安では98年3月に大手21銀行に対して1兆8000億円、さらに翌99年3月には大手15銀行に7兆5000億円といった形で、公的資金を注入し、金融機関の資本を補てんした。当時、住専に対する6800億円注入で大騒ぎしたのはいったい何だったのかと思うほどだったが、当時、金融システム不安に対する国民の危機感が強まり、容認の方向に急転回したのだ。

日本もかつては米国や北欧にモデル事例を求め必死で研究
 問題は、日本の場合、政策決定が決定的に機動性に欠けていたことだ。とくに政策判断や行動に関しては、政治は与野党とも党利党略に終始、そして政治の顔をうかがう官僚も問題先送り、挙句の果てはマクロ、ミクロ両面で経済は長い、長い停滞、構造不況のトンネルに入ってしまった。言ってみれば、日本株式会社の重役たちが過去の成功体験にこだわったり、その一方で、リスクマネージメントに関して、その意味することはわかっていても行動が伴わなかったことなどが日本の歩むべき道を大きく狂わせた。
 そういった意味で、米国、それに欧州だけでなく中国やインドの新興国なども、日本の失敗事例を徹底的に学習すべきだ。場合によっては、日本が率先垂範して、事例研究になるように、その当時の政策判断のポイント、何が決定を遅らせるきっかけになったか、もっと端的には公的資金に関しても不良債権の買い取りでいくのか、その場合の買い取りの仕組みはどうしたか、何があとでネックとなったか、あるいは資本注入の場合、金融機関発行の株式取得での課題は何だったか、中央銀行の金融政策行動での反省は何だったかなど、いろいろ学習材料を情報開示したらいい。

実は、日本も当時、金融機関の破たん処理や不良債権処理を含めた金融システム不安への対応に関しては、米国や北欧の「先進事例」を必死に学んだ。自民党の政策新人類と言われた人たちも、官僚批判をしていた手前、官僚に政策をゆだねるわけにいかず、当時、外資系証券や銀行にこっそりアイディア頂戴をした。いずれにしても、海外のさまざまな事例、あるいは「失敗の研究」によって、同じ過ちを繰り返さず、しかも、今という時代状況に合った新たな政策を打ち出すことは十分に可能なのだ。

ところで、日本の政府関係者によると、日本は、米国政府関係者に対し、今年2月の主要7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)などの場で、日本の過去の事例を踏まえて公的資金の注入を進言したりした。しかしポールソン米財務長官は、聞く耳を持たなかった。それが今年9月の米大手証券のリーマン・ブラザーズ破たんに伴うマーケットの混乱であわてて方針変更した。さきほど述べた米共和党政権の市場至上主義、政府介入を極力避けるという考えがポールソン米財務長官の考えの中にあったのかもしれないが、結果的に、金融危機の傷口を大きくしたことだけは間違いない。金融システミック・リスク回避を最優先に非常事態行動とすればよかったのだ。

日本は逆に「市場の失敗」、とくに投資銀行モデル破たんを学ぶ必要
 最後に、今回の米金融危機局面で、日本は逆に「市場の失敗」という問題をしっかり学ばなくてはならない、ということを申し上げたい。
とくに、米国の金融システムの中核にあった商業銀行と並ぶ投資銀行のビジネスモデルが今回、完全に破綻している。投資銀行機能を持つ大手証券5社のうち、メリルリンチ、リーマン・ブラザーズ、ベイスターンズ3社が救済統合あるいは経営破たんといった形でマーケットから退場し、残るゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー最大手証券2社も銀行持ち株会社に移行した。早い話が投資銀行、それに証券会社の大手は米国の金融市場から消えてしまった、ということだ。
以前、日本国内では米国の投資銀行モデルを参考に、投資銀行化を求める論調まであった。しかし、7回目のコラムでも指摘したが、マネー資本主義という言葉でくくれるような、あやしげな金融商品が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)して世界のマネーセンターを金融不安に陥れる金融主導の経済の枠組み、というのは、これら投資銀行のビジネスモデルが生み出したものだ。
小生は、マネー資本主義にはもともと与(くみ)しない。投資銀行が悪者だとか、といった形で決めつける考えは毛頭ないが、今回の米国の金融危機をもたらした遠因が投資銀行にあるだけに、日本としても、「市場の失敗」という観点から学んでいくべきだと思う。

ノーベル物理学賞3氏独占、それに化学賞のダブル受賞はすごい 日本の科学研究が世界水準にあることの証明、日本は捨てたものではない

 ワクワクする話が飛び込んできた。2008年のノーベル物理学賞に南部陽一郎氏、益川敏英氏、そして小林誠氏の3氏が10月7日に決まった。日本人が、まるでオリンピックの金銀銅の3つのメダルを独占するような形での受賞で、驚きだったが、翌8日には化学賞で下村脩氏が受賞され二度びっくり。世界中の科学者にとっては垂涎(すいえん)の的のノーベル賞を日本人が一挙受賞というのは、本当にすごい。日本の科学研究が間違いなく世界水準にあることを証明したわけで、胸を張って誇りにしていいことだと思う。
 とくに、日本国内では、米国の金融システミック・リスクがグローバルに波及して大変な危機的状況にある時に、政治が解散総選挙のタイミング探りに躍起となる政局型政治に終始している。その一方で、食品偽装事件や「振り込め」詐欺事件などが起きるといった衰退の兆候が随所に見られる。それだけに、このノーベル賞受賞は、われわれに元気を与えてくれるばかりか、この国は捨てたものでない、という気持ちにしてくれる。

率直なところ、下村氏が、オワン型のクラゲから発光の仕組みを発見し緑色蛍光タンパク質を分離し人間などの細胞内で動く分子にくっつけて細胞観察する、という生命科学の発展に貢献したというのは、ある程度、理解できた。しかし、南部氏ら3氏の素粒子研究は、なかなか理解が及ばなかった。南部氏の「対称性の自発的破れ」が質量の起源を理論的に説明するものだ、と言われても、ウーンと思わずうなるのが精いっぱい。

ほぼ半世紀前の発見を評価するスウェーデン王位科学アカデミーも見事
 でも、もう1つすごいと思ったのは、ノーベル賞選考委員会があるスウェーデン王立科学アカデミーの存在だ。南部氏や下村氏の発見は40年以上も前のもの、益川、小林両氏の共同研究も30年以上も前のもの。ほぼ半世紀も前の発見や研究成果を人類にとっての成果として、今日的に評価しノーベル賞を授与するというのは、見事な見識だ。
いまのようなスピードの時代に、ほぼ半世紀以上も前にさかのぼる、というのは気の遠くなるような話だ。そればかりでない。その間に、さまざまな技術進歩や新たな技術革新があるはず。それを超越して、しっかりと基礎科学研究の成果を評価することを忘れていない。そこがスウェーデン王立科学アカデミーのすごさと言っていい。
 1973年にノーベル物理学賞を受賞された江崎玲於奈氏(横浜薬科大学長)が著書「限界への挑戦」(日経新聞出版社刊)で興味深い話をされている。紹介させていただこう。 「ノーベル賞は国家、人種、信条教義を越えたグローバルな賞です。言うまでもなく科学の研究業績が、それらを越えて客観的評価ができるということが、ノーベル賞のような国際賞を可能にしたのです。賞の選考過程を通じて、必然的に科学の世界では初めて研究業績の評価、ランク付けが導入され、研究の世界に大きな刺激を与える競争を引き起こすことになりました。それが結果的に科学の進歩を著しく促進させました。これこそ、ノーベル賞の最大の功績ではないでしょうか」

「国は研究現場に3-5年で結果出せと成果主義を求める。冗談じゃない」
 ところで、私が、問題提起したいのは、ほぼ半世紀以上も前の素晴らしい研究や発見がノーベル賞の受賞対象になったのは、誇りにすべきことだが、現代の日本の現場はどうなのか、国際的な評価に耐える研究が続けられているのかどうか、という点だ。
 ある大学の研究者の話を聞いて驚いた。「国から研究助成を受け開発研究に取り組んでいるが、国も財政が厳しい状況もあってか、3-5年で結果を出してくれとうるさい。確かに、予算制度が単年度主義で、会計検査院も予算執行がちゃんと行われているかチェックを入れるので、予算を出す側は成果主義を求める。しかしわれわれからすれば、冗談じゃない、のひとことだ。科学の研究なんて、すぐに結果が出るわけじゃない」
国の科学技術などに対する研究開発投資が、研究現場に早く結果を出せと、せかせる成果主義に走っては本末転倒だ。

文部科学省が出した「平成20年(2008年)版科学技術白書」にはサブタイトルがついていて「国際的大競争の嵐を越える科学技術の在り方」とある。
ポイントは、米国がかつて、モノづくり技術を武器にした日本の製造業の急激な台頭に危機感を抱き、官民一体で強力な科学技術政策、イノベーション政策を進めよという「ヤング・レポート」などで競争力回復を遂げたが、いまもそれをベースに世界のイノベーションセンターになっていること、最近は中国など新興経済国が後発のメリットを生かして台頭する大競争時代にあること、このため、日本は科学技術政策に関して、グローバルな視点からの取り組み、世界戦略が不可欠だ、というもの。

科学技術立国めざすにはどうするか、ノーベル賞受賞を機に議論を
 2006-10年度の第3期科学技術基本計画では、研究開発予算を25兆円想定しているが、07年度が3.5兆円にとどまり、米国の17兆円、中国の10兆円には及ばないため、あえて世界戦略が不可欠と白書でアピールしたようだ。
今回のノーベル賞受賞を1つのとっかかりにして、日本の科学技術力をどうするのか、科学技術立国をめざすにはどうしたらいいかを議論すればいいと思う。
 2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治氏は、今回の日本のダブル受賞に関するメディアインタビューで「日本の科学技術政策が時として、実利や経済効果が求められてきている中で、本当に基礎の、(そしてさらに)基礎の科学が認められたことはうれしい。これからの基礎科学研究者を勇気づけるものだ。日本としても自信を持っていい」と述べている。

企業はMOTで技術開発の成果を求めるが、国は科学技術の競争力強化を
 これに対して、ある企業の技術担当幹部は「今回のノーベル賞受賞は素晴らしいこと」と率直に基礎科学研究の成果を評価したうえで、「ただ、企業ベースでいえば、素粒子ではモノを生み出さない、企業としてメシが食えない、という問題がある。われわれの立場では、技術開発に関しては経済効果を求めざるを得ない」と述べている。
確かに、企業の現場ではMOT(MANAGEMENT OF TECHNOLOGY、技術経営)が定着している。要は、研究開発投資を行っても、その研究がどこまで市場価値を持っているか、製品化によってどれぐらいの付加価値を生むか、知的財産を含めた特許戦略ビジネスにつながるか、といった形で、マネージメントと研究開発現場が連携する経営手法だ。企業としては、研究開発投資は成果と無縁ではないのだろう。
 しかし、こと国家レベルみれば、「科学技術白書」でも問題提起しているとおり、米国が世界のイノベーションセンターになり、また中国が成長力を誇示しながら後発のメリットを生かして追い上げてくるのは間違いなく、日本としても科学技術の国際競争力の強化を進めざるを得ない、と思う。  現実問題として、日本の戦略的な強み、弱みを挙げた場合、技術水準、技術力は強みの部類に入っている。問題は、今後、競争力強化する場合、どういった分野を戦略的にとらえるかだろう。まさに、今後、詰めていかねばならない問題だ。

「とてつもないことを考えるのが好き」という南部氏のスケールの大きさは魅了
 ところで、余談だが、南部氏がメディアのインタビューで、40年以上も前の発見がいまになって国際評価の対象になったことの感想を求められた際に、「発見が早すぎたなんて、ことはありません。私は、ずっと先の、とてつもないことを考えることが好きなのです」と述べたのが印象的だ。本当にスケールの大きい人だ。 ただ、日本に帰る予定は?と聞かれたら、南部氏は「ありません。米国で研究を続けます」と。87歳になっても、この元気ぶりだが、研究環境としては米国が抜群にいいということだろうか。となると、人材流出をどう受け止めるかも国が考える問題かもしれない。