地方紙は地域課題の掘り起こしでガンバリズム発揮を、地域再生の担い手に 全国紙とは異なる独自性で生き残りめざせ、取材力・発信力ある人材獲得も

 全国展開する大手新聞社を含めて、今や厳しい競争にさらされる新聞、テレビ、雑誌などさまざまなメディアは生き残りをかけ必死だ。そうした中で、地方紙ががんばって、それなりに存在感を見せているので、今回、ぜひ取り上げてみたい。地域に現場を持ち、そこに大きな根っこを張って取材する地方紙が今後、さまざまな地域課題の掘り起こしだけでなく課題解決に向けて地域全体を巻き込んだ取り組み提案を行うなど、ガンバリズム(がんばるということが成果を生みだすという発想)で力を発揮してほしい。

実は、私は農業の現場でさまざまな取り組みをすることによって、日本農業の新たなビジネスモデルになる、言ってみれば先進モデル例となる人たちを毎月、取材している。その関係で日本全国に出かける。それぞれの地方に行くと、元毎日新聞記者だったジャーナリストの好奇心や問題意識もあって、必ず地方紙を手にする。最近訪れた新潟でも地元の新潟日報を読んだが、東京では得られない地域の抱える問題や課題を知って、とても勉強になった。

新潟日報の企画記事、地域の抱える課題などを描きとても勉強になった
 その新潟日報記事のうち、1面企画「にいがた着」で、たまたま上越市古川区坪野の集落に首都圏から移住した人たちが、地元の人たちと一緒に「道普請(みちふしん)」という作業に携わる話を取り上げ、よそ者と見られていた人たちが今やすっかり地域集落の人たちと同化、地域再生に向けて互いに協力し合う問題を取り上げていた。
この道普請は、毎年11月末ごろ、集落を流れる水路や側溝にたまった大量のブナの落ち葉をかき出す共同作業だ。放置しておくと、春の雪解けのころに、山から流れ出す水が側溝などであふれ出して道路が水びたしになりかねない。それを防ぐため、雪が本格的に降りだす前に共同で作業するのだが、都会への流出などで人口減少が進む集落に移住してきた都会の人たちの姿を描きながら、地域の抱える課題を取り上げているのだ。

長く東京に住んでいる私にとって、人口減少が進む地域集落の大変さは頭でわかっていても、現場の厳しい現実は把握できていない。それだけに、こうした地元紙の記者が現場に入って、現状をレポートするだけでなく、課題の解決によって地域の再生につなげるには何がポイントかを発信しているのを見て、メディアの役割を自覚して報道する地方紙を心強く思った。

地方紙記事を収録した「日本の現場――地方紙で読む」はなかなか読みごたえ
 この新潟日報の企画記事で、私はふと昨年2010年9月に発刊された「日本の現場――地方紙で読む」(株式会社旬報社刊)という本のことを思い出した。この本は、北海道新聞記者の高田昌幸さんと昭和女子大学人間社会学部教員の清水真さんの2人が編集したもので、日本全国の地方紙の連載企画を中心に、鋭く掘り下げたルポ主体の記事、調査報道記事などのうち、優れた内容のものを収録している。ぜひ読まれたらいい。なかなか鋭く、しかし味わいのある記事が多く、それぞれの地域で抱える課題や問題を新聞記者の目線でしっかりと描いている。地方紙の記者もがんばっている、頼もしいなと感じた本だ。

編集者は冒頭の「はじめに」でこう書いている。「地方紙がよくて全国紙はよくないとか、そんな話ではない。『地方紙の優れた記事を全国の人に読んでもらいたい』、『東京発信の記事では見えてこない、地方の実情、すなわち日本の現場を知ってもらいたい』という、極めてシンプルなものだ。『地域』、『地方』は単なる地理的な概念を指しているのではない。東京にも大都市圏にも『地方』はあるが、いろいろな地方紙を読み込んでいくと、各地域の固有の問題が、実は日本のあちこちで起きているのだ、ということがわかる」と。

輪島塗のモノづくり現場がルイ・ヴィトンと連携し地方区から一気に世界区へ
 経済ジャーナリストの目線で面白いと思った記事があった。石川県に本社を置く北國新聞で2008年1月に掲載の「能登が揺れた――ルイ・ヴィトンとの出会い」という企画記事だ。輪島塗の桐本木工所と世界的な高級ブランド、フランスのルイ・ヴィトンが連携して共同で仕上げた小物ケース「ボワット・ラケ・ワジマ」が話題になり、200個の限定販売だったのが、思わぬ反響で取扱い数の5倍近い予約殺到となったこと、世界的な高級ブランドが価値評価してくれ、その連携で輪島塗が一気に世界ブランドとなって世界の消費者に注目される可能性が高まったこと、能登地震で一時、壊滅的な影響を受けた輪島塗の現場がまた再生のきっかけになったことなどが克明に描かれている。

私の興味は、日本のモノづくりのこだわりの技術が、ちょっとした国際ブランドとの出会いで一気にブランド価値を高めたという点だ。コラム107回で取り上げた韓国のグローバル企業サムスンの国際的なマーケット戦略の話で気付かれたと思うが、サムスンは日本のエレクトロニクス企業と比べて技術開発力や生産性の低さで弱みがあると判断し、逆に「表の競争力」であるマーケッティング、ブランド売り込みで戦略的なアクションをとり見事に成功した。今回の輪島塗の木工所に限らず、モノづくり技術で突出する力を持つ地方企業でも、戦略次第では十分に日本の地方区から一気に世界区に躍り出ることが可能、ということだ。そんなヒントを得ただけでも、この北國新聞記事はとてもプラスだ。

岩手日報「SOS地域医療」、南日本新聞「故郷かごしま地域再生」など重厚企画
 「日本の現場――地方紙で読む」の本のうち、企画記事タイトルだけを取り出しても、たとえば岩手日報の「SOS地域医療」、岐阜新聞の「命をつなぐ――岐阜の医療の現場から」といった地域医療や高齢化社会の介護、福祉の抱える問題から、南日本新聞の「故郷かごしま地域再生――担い手の形」、高知新聞の「500人の村がゆく」といった地域再生などの問題まで、さまざまな現場の実態を知ることが出来る。とても貴重な問題提起集だ。

この本を読んでいて、もう1つ、参考になったのは「ネット時代の地方紙」という関連コラム記事だ。読売新聞記者を辞めて、今はインターネットのポータルサイト「ヤフー・ジャパン」でメディア編集部長の奥村倫弘さんが書いている。

ネット時代に地方紙情報は世界中に、戦時中の供給先行型の伝達情報と大違い
 要は「インターネットのすごいところは、都道府県や市町村という枠を越えて世界中を情報が行き交うことです。沖縄県のニュースが北海道にいながらにして読め、ニューヨークで四国4県のニュースが読めるのです。こんなことは、10年前には考えられなかったことです。そこには中央と地方という対立軸で語られる『地方』ではなく、広い地域としての『地方』があります。その地方からの情報発信を追求していきたいです。個人ホームページやブログに代表されるネットメディアから発せられた地域や個人の小さな声がいつの間にか大きなうねりになって全国に届くようになっています」という点だ。

地方紙が1県1紙体制になったのは、太平洋戦争中に軍部・大本営が全国紙とは別に、各県・各地域に軍部の意向を伝え戦争指導するツールとして活用するためだったと聞いている。その地方紙は、戦後の長い間、地域の土着権力化して、つくればモノは売れるという供給先行型成長パターンにならって情報も供給サイドの発想、中央の政治や行政の情報伝達役を担っていたが、今や、そこが大きく変わってきた、ということだろう。

信濃毎日新聞論説主幹・中馬さんの「狩猟型と農耕型」取材の指摘は興味深い
 朝日新聞の政治部記者を経て論説主幹まで昇り詰めた中馬清福さんが現在、信濃毎日新聞主筆に転じて新聞の現場にこだわっている。新聞記者OBとして、素晴らしい生き方だと思うが、この中馬さんが、オピニオンリーダー向け「ジャーナリズム」誌2010年4月号の「地方報道の可能性」という特集の中で、「地方報道はどうあるべきか――『狩猟型』と『農耕型』取材を考える」と題して、なかなか興味深い指摘をしている。引用させていただこう。
東京で政治や行政の中枢を取材対象にしている全国紙の新聞記者、地方の現場取材に走り回る地方紙の記者との差をうまく浮き彫りにしている。「東京から現地を訪れて取材するにしても、さっと来てさっと帰る、いわゆる『狩猟型』である。厄介なのは、たまにだが、思いこみ先行、事前に『枠をはめて』取材に乗り込む記者がいることだ。中央での取材や読書で得た知識をもとに『こうあるべきだ』と考え、それに合った方向へ持っていこうとする。これでは正しい姿は描けない」という。

中馬さんの話はさらに続く。「地方紙はそうはいかない。(たとえば)町村合併で、旧町村部は行政と住民の連帯が弱まり、周辺部の衰退が進んでいる。それが地方の記者にはよく見える。それはそのまま暮らしに直結しているから、(全国紙記者が往々にして書くような町村合併歓迎の記事と違って)大合併が一段落したあとも、なお新しい問題(としてフォローアップを続ける問題)なのだ。地方紙は『農耕型』の取材でないと、読者に相手にしてもらえない」と。
中馬さんはいま、信濃毎日新聞をベースに仕事をしておられるので、『農耕型』取材の必要性を強調し、地方紙の存在感はその取材方法で出てくる記事、情報発信だ、ということは言うまでもない。

地方紙、全国紙とも取材力ある人材の戦略的補強を、人材の流動化が重要に

 私は、この中馬さんの話に関連して、考えたことがある。地方紙には優秀で問題意識を持って取材にあたる人も多いと思うが、地方紙は今後、鋭い問題意識をもとに取材力や情報発信力がある現役記者やOB記者を全国紙からスカウトや中途採用で陣容を豊富にすればいい。同時に、問題意識、それにいい意味での上昇志向の強い人は全国紙でチャレンジしたらいい。私自身、毎日新聞からロイター通信に転職して、さまざまな勉強をすると同時に、自分の生き方に広がりを感じた経験を踏まえれば、全国紙と地方紙で人材の転職を含めて流動化の道筋をもっと大胆につくればいい。同時に、年俸制で、仕事の評価システムも厳しくして、戦略的に弱い取材分野があれば躊躇なく外部から戦力人材をとるような経営手法をとることで、地方紙はすごい存在感があるイメージを作り上げることだ。信濃毎日新聞はまさにそういった狙いもあって中馬さんを引っ張ったのでないかと思う。

地方紙の若手の優秀な記者をスカウトするというのは、全国紙、とりわけ朝日新聞がかなり以前から行っていることだが、朝日新聞は、そのおかげで、下野新聞から引き抜いた板橋洋佳さんという記者の取材力が功を奏し、2010年度の日本新聞協会賞を受賞している。私に言わせれば、こういった形での人材の流動化は、私がいたロイター通信にとどまらず、外国メディアでは当然のこととなっていた。地方紙、そして全国紙も人材の交流、あるいは中途採用で優秀な人材採用によって、常に組織の活性化、取材力の強化を図ることで、ニュース報道のみならず分析報道、調査報道、さらには政策提言報道まで、戦力活用の成果が及び、存在感が強まって来ると考える。とくに地方紙は地域課題の掘り起こし、課題解決への取り組み提案では今後、重要な役割を担うべき時期に来ている。

秋葉広島市長がネット上で記者不在の選挙不出馬発表したのはとても残念 「メディアは信用置けない」が理由、でも説明責任拒み一方通行発信は問題

 広島市の秋葉忠利市長が2011年1月4日、インターネット上の動画投稿サイトの「ユーチューブ」に、「広島市長不出馬会見」と題する14分50秒の動画を投稿し、その中で4月の統一地方選で行われる市長選には出馬しないと表明、言ってみれば一方的な情報発信だけを行って記者会見を拒んだことが大きな話題になった。

この秋葉市長の行動の真意はその後、1月7日の産経新聞とのインタビューで明らかになった。つまり「テレビや新聞は、1時間話しても使われるのが数秒、数行にしかすぎず、私が伝えたいことがほとんど伝わらない」「一部のマスコミは、自分のつくったストーリーに合わせてコメントを利用する。信頼が置けない」というのだ。そして秋葉市長は「選挙への出馬、不出馬について記者会見をしなければならないという必然性はない。それ自体、市長の職務でない」と述べたが、本音は「(ネット上の動画投稿サイトならば)自分の伝えたいことをカットなしに伝えることができる」という点にあるのは間違いない。

菅首相、小沢民主党元代表もネット・インタビュー志向、ノ―カット・編集なしを好む
 そういえば最近、民主党の菅直人首相が1月7日にニュース専門のネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」という番組に出演して、「生(ナマ)の私の姿を伝えたいと思って出ました」と言ったあと、インタビュアーの学者の質問に答える形をとった。この番組内容は、ネット動画配信サービス「ニコニコ動画(ニコ動)」でも流された。そればかりでない。政治とカネのあり方が問われている小沢一郎民主党元代表も同じく昨年11月以降、続けて3回、「ニコ動」に出演し、やはりインタビュアーの質問に答える形で、自らの主張を繰り返したが、その場で「ネットはありのままの情報を伝達してくれるのがいい」と述べている。

ここまで申し上げれば、問題の所在が何かはおわかりいただけよう。秋葉広島市長、菅首相、小沢民主党元代表はそろって、「既存メディアは、自分たちの言いたいことを正確に、すべて伝えていない。その点、ネット上の動画サイトなどは、ありのままにノ―カット、編集なしで伝えてくれるのがいい」という点で共通していることだ。

秋葉広島市長にメディア不信があったとしても「会見せず」はやはり行き過ぎ
 そこで、今回は「時代刺激人」ジャーナリストの立場で、新聞やテレビ、ラジオなどの既存メディアの報道姿勢が指摘どおり偏りがあったり、また正確に報じていないのかどうか、逆にネット上の動画サイトならば国民、有権者に政治家らトップリーダーらの主張すべてが正確に伝わるのか、メッセージや主張が大きな広がりをもってマスコミュニケーションという形で波及すると期待していいのかどうか、という問題を取り上げてみたい。

毎日新聞、ロイター通信という国内メディア、外資メディアという2つの既存メディアにいた私の経験を踏まえて、かつ、インターネットが既存のメディアと異なる新しいメディア媒体であることを認めたうえで、結論から先に申し上げよう。秋葉広島市長、菅首相、小沢氏のうち、秋葉市長の場合、動画投稿サイトで菅首相らのようにインタビュアーの質問に答えるという形をいっさいとらず、記者会見自体を拒み、ワンサイド、一方通行の形で情報発信して「不出馬会見」としたのは、明らかに行き過ぎで、トップリーダーのとる行動ではないと思う。

秋葉市長が記者会見の際、インターネットメディアも同席させれば問題解決だった
 メディアにかかわる記者もピンからキリで、優秀で切っ先鋭い記者もいれば、問題意識がなく御用聞きのような質問しかできない記者もいる。とはいえ、そうした記者の質問をすべて遮断するため、会見に記者をいっさい介在させずに、ネット上の動画サイトを使って一方通行なメッセージ発信だけ行って、「私は会見した」というのでは、「あの市長は、『メディアは私の伝えたいことをいっさい報じない』ことを理由に、自分の都合のいい情報だけを伝えようとしただけだ。リーダーとしての説明責任を果たしていない」と批判されても抗弁出来なくなる。

率直に言って、秋葉市長は被爆都市の広島市長という特異かつ重要な存在で、しかも過去に大きな業績を残した人だ。その秋葉市長が多選によるマンネリズムを嫌って、あえて今回は出馬せず、となれば、それ自体がニュースなので、ここは記者会見を行って市民や有権者、それに広島に関心を持つ全国の人たちに伝える責任があったはず。
私に言わせれば、既存メディアの報道姿勢に問題があり不満ならば、今回、記者会見にネットメディア、フリーランスのジャーナリストらを同席させ、自由に、かつ会見すべてを即時に情報発信させるようにすればよかったのだ。その際、ポイントはネットを常時、丹念に見ている人たちはそう多くないかもしれないので、事前にネット上にアナウンスをして、「ぜひ、ご覧を」とアピールしておけばいいのだ。そうすれば、秋葉市長の重要メッセージを既存メディアが報じていないかどうかも、一目瞭然となる。

北川元三重県知事も「公人として客観的な判断に耐え得る報告する義務がある」
 この問題に関して、取材を通じて知り合い友人づきあいの元三重県知事で早稲田大学大学院公共経営研究科の北川正恭教授は1月17日付の毎日新聞で、こう述べている。
「秋葉広島市長が動画サイトで一方的に都合のいいところだけを話すやり方には疑問を感じる。政治家の出処進退では、国民の代表として聞いている報道機関の質問に真摯(しんし)に答える必要がある。会見では自分の意に沿わないような質問が当然出るだろうが、公人としては客観的な判断に耐え得る報告をする義務がある。だから、政治家は自分の都合のいいことだけを話しても説明責任を果たしたとは言い切れない」と。
メディアの報道姿勢にいろいろ不満や言い分があるにしても、北川教授が言うように、政治家やトップリーダーは向き合って、しかもその場合、メディアと質疑応答しているのでなく、メディアの後ろにいる国民や有権者、一般の人たちと会話しているのだと割り切ること、そしてもっと重要なのは、メディアが記事にせざるを得ないような強烈なメッセージを発信することだ。それは説明責任にも通じることだ。

メディア嫌いの佐藤首相が1972年にテレビカメラに向け最後の異常会見
 そのことで、ふと思い出したのは、私が毎日新聞経済記者時代の1972年、今でも鮮明に憶えているが、佐藤栄作首相(当時)が首相官邸での最後の記者会見で、「新聞は報道が偏向している。嫌いだ。テレビは(カメラに訴えれば)真実を伝えてくれるから、(記者不在で)直接、国民のみなさんに最後のあいさつをする」と、今回の秋葉市長と同じような一方通行の情報発信を行ったことだ。
私は首相官邸の現場にいたわけでなく、異常な会見を食い入るようにテレビで見た。佐藤首相が大きな目でギョロッとにらみつけるように、そして吐き捨てるように、記者団に対して「君らは会見場から出て行ってくれて結構。私はテレビカメラを通じて国民のみなさんにあいさつする」と述べたのが印象的だった。もちろん、これでも首相なのか、政治リーダーとして見識が問われる、恥ずかしい行為だと思ったことは言うまでもない。

メディアの側にも反省点多い、記者クラブに安住せず調査報道など独自取材を
 さて、ここで、秋葉市長らから批判の対象になっているメディアの報道姿勢に関して、述べておく必要がある。率直に申し上げて、メディアの側にも問題が多いのは事実だ。時々、メディアの現場での記者会見に出た場合、質問力がないのか、問題の所在を十分に把握していないのか、あるいはライバル他社に手の内を明かすような質問をしないようにしているのか、定かでないが、どうでもいいような中身のない質問とか、突っ込みの足りない質問があり、がっかりさせられることがある。それを受けての報道ぶりも、「問題意識がないから、この程度の記事しか書けないのだなあ」という場合もある。
もとより、逆に、この記者はなかなか鋭い、よく勉強していると感心するケースも多い。ただ、総じて言えば、今の政治の劣化と同様に、メディアの現場の質の劣化も間違いない事実だ。私は、個人的には記者クラブ制度が記者をダメにしていて横並び取材、状況に流されやすい取材という悪い状況をもたらしているので、この制度を必要最小限のものにして、むしろ、記者クラブに安住せず、メディア向け発表ものにも頼らず独自取材を重視するシステム、調査報道取材などに特化して、競争力をつけることが大事と思う。

ネット上では「新聞がネットでの市長表明の全文を報じればいいでないか」との声も
 ところで、今回、秋葉広島市長のネットの動画投稿サイトを使った一方的な情報発信に関して、ツイッターやブログなどでの「つぶやき」をネット上でみると、賛否両論だった。そのうち今回の秋葉市長の行動を容認しメディア批判するもののうち、いくつか興味深いものを挙げよう。たとえば「マスコミは『説明責任』がお好きなんですね。『ネットを見られない人への説明責任を果たしていない』というなら、新聞が全文を掲載すればいいだろうに」という。
また「秋葉広島市長がYOU TUBEで不出馬表明したことを、マスコミが叩いている。しかも『ネットが見られない人はどうする?』という『市民の声』を引用して。広島市民のみなさん、ネットのYOU TUBEっていうだけで、テレビで流さないのはテレビ局自身ですよって言いたいです」などがそれだ。逆のコメントは、私が申し上げたようなものも含めていろいろあるが、総じて言えば、ネットのオピニオンをしっかりと受け止めよ、新聞など既存メディアだけがメディアではない、といった立場が多い。

ソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)が既存メディアの世界を変える?
 確かに、ネットの広がりはすごいものがある。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のうち、米国の「フェイスブック」は実名でコミュニケーションするネットワークで、今や世界中で5億人の利用者がいる、という。日本国内のSNSとは比べようがない広がりだが、こういったネットワークを通じて、新たなメディア発信が進めば、確かにメディアの位置づけが変わってくる。この5億人の人たちが現場で見たもの、聞いたものを「ニュース」という形で情報発信していけば、既存の新聞やテレビとは異なる情報発信力を持つ。
私が、新聞社に入った時には、ジャーナリズムや報道に携わる者の重い責務といったものを叩きこまれ、それを使命としたものだが、ネット上のブログやSNSなど、既存のメディアとは異なる情報発信のシステムは今後、新たな世界をつくっていくだろう。秋葉広島市長や菅首相はどこまで、そのあたりを見抜いて情報発信しようとしたのか、あるいは単なるメディア批判からネット志向に走ったのか、定かでないが、情報を受け止めるメディアの世界が今や新たなネット媒体の登場で、大きな変革を迫られつつあることは確かだ。

中国はGDP世界第2位の経済力を誇示するなら、今こそ「大国の証明」を OECD加盟で名実ともに規律ある行動を、社会主義国なのだから格差是正も

何ともタイミングがよく、まるで計算し尽くした演出でないかと思わせるようなことが最近、起きた。米国のオバマ大統領が中国の胡錦涛国家主席を国賓として米国に招き、米中首脳会談を終えて共同記者会見を行った1月19日。そのわずか8時間後に、中国政府が2010年の中国の国内総生産(GDP)の数字を発表、名目ベースでのGDPが5兆8790億ドルに達し、日本を追い抜いて世界第2位になることが確実としたからだ。

中国のメディアは米中首脳会談とからませて大々的に報じ、主要国のメディアも、中国が日本を追い抜いて名目GDPで世界第2位の経済大国に躍り出たことを一斉に報じた。訪米中の胡錦涛主席にとっては、中国の存在感が一気に世界中に広がったので、鼻高々だったことだろう。いずれこうなることは、すでにわかっていたことだが、こういう動きをみると、中国経済をウオッチしてきた経済ジャーナリストの私としては、過去の時代刺激人コラムでこの問題を取り上げているとはいえ、この際、言及したい点が出てきた。

「中国モデル」確立は評価するが、高成長に酔いしれての新重商主義が気になる
 実は、69回目のコラムで、私は「中国がGDPで世界第2位になっても驚かず、経済の勢いの差は歴然、日本の『追いつき追い越せの時代が終えん』、日本は量よりも質的な成長をめざせ」といった話を書いた。そのコラムでは、日本自身の問題を取り上げたのだが、今回は、一転して、中国経済の問題にスポットを当てて、以下の点を指摘したい。

率直に言って、中国が、途上国に共通する経済成長の制約要因だった人口の多さに関して、消費購買力をつけて経済市場をつくり、成長に弾みをつけたこと、しかもその際、社会主義と市場経済化の相矛盾する枠組みを巧みに同居させながら「中国モデル」と言われる新たな成長メカニズムを確立したこと、これらによって中国が世界の成長センターの中核に位置していることは間違いなく評価できる。しかし、その一方で、中国は最近、高成長に酔いしれて大国主義を誇示、そして新重商主義的な行動をとっているところがとても気になる、それどころか問題だ、と考えている。

国際商慣習を無視し、なりふり構わずに資源プロジェクト奪い取りは問題
そこで今回、私が言いたいと思ったのは、中国がもしGDP世界第2位の経済力を誇示するならば、今こそ「経済大国の証明」とも言える行動、端的には経済協力開発機構(OECD)に正式加盟して経済大国にふさわしい規律ある、また競争ルールを守っての行動をとると同時に、さまざまな国際的責任を果たすことを求めたい、という点だ。

この「経済大国の証明」を持ちだしたのは、他でもない。新興アジアでプロジェクト展開している大手商社の人と話をしていて、中国がある国のエネルギーがらみの大型プロジェクトの受注競争をめぐって、なりふり構わずに国際商慣習を無視した極めて低利の好条件融資をつけて、その国の強い関心を引き、あっさりとプロジェクトをさらっていった、という話を思い出したからだ。この大手商社によれば、日本企業はOECD加盟国に課せられた過当競争防止の輸出信用ガイドラインに従って行動せざるを得ないのだが、中国はその加盟国でないため、平気で常識外れの融資提案し、しかも今や2兆8000億ドルにのぼる巨額のドル建て外貨準備を自由に活用する、という。

アフリカで中国がヒモ付き援助の資源買い漁り、現地雇用なしで反発も招く
 そういえば、NHKのテレビで最近、中国がアフリカで、外貨準備のドル資金を開発援助の形で活用して資源買い漁りを行う現場をレポートしていた。その際、中国は、日本がかつて行ったヒモ付き援助と同じように、援助と抱き合わせで中国企業を現地に常駐させ中国製の器材購入などで中国企業に援助資金が転がり込むようにする。しかも中国人労働者を引き連れてチャイナタウンを現地につくりあげてしまっていた。

そのテレビ報道では、現地の国の労働者が「中国はこの国に来て、なぜ、おれたちを雇用しないのだ。失業問題が深刻だというのに、ほとんどが中国人雇用だ。おかしい」と反発していた。これもある面で、国際的にはルール違反だ。レアメタルや石油などの豊富な地下資源を持ちながら、開発資金不足で身動きが取れず、しかも失業問題で苦しむアフリカ諸国にとっては、中国の開発援助はとても魅力だが、こういった場合、中国は、やはりOECDルールに沿って、「大人の援助」で臨むべきだろう。

OECDには新興アジアから日本と韓国だけが加盟、ガイドラインなどがポイント
 ここで持ち出したOECDは単に一例であって、国際経済社会では、さまざまな国際的な機関や機構がある。主要国を中心に、多くの国々は、それらの機関などに加盟し、その共通のルールに従って行動し、いい意味での秩序や調和が保たれている。とくに、OECDの場合、もともとは第2次大戦後の欧州経済復興を目的につくられた欧州経済機構(OEEC)を発展させ、国際経済協力につなげるための組織として、1960年に出来上がった。発足当初は20カ国だったが、その後、日本やオーストラリアなどが参加、韓国も1996年に加盟し、現在は34カ国にのぼっている。

このOECDは、パリに本部を置き、加盟各国間の経済などのモニターを行い、時に経済政策に関して勧告も行ったりする。とくに高齢化に伴う年金や社会保障政策の在り方、規制改革、税制、マクロ政策などに関する政策勧告と並んで、前述した輸出信用ガイドラインに関しても、一種の紳士協定を決め、過当競争などを防ぐと同時に、輸出補助金についても規制ルールを決めたりしている。新興アジアというくくりで言えば、日本と韓国だけしか加盟していない。中国やインドといった経済に勢いがついている国々が未だに加盟していないことは問題なのだ。とりわけ中国に関しては、そう言えるのでないだろうか。

中国の「まだ発展途上国」との言い方は許されず、米国世論調査でも「大国」視
 ところが東京で開催されるアジア開発銀行研究所のセミナー参加で来日する中国の政府系機関、社会科学院の研究者や大学教授らに会って話し合ったりするときに、時々出てくる言葉が「中国は確かに急成長を遂げており、一昔前とは大きく違うが、沿海地域と内陸部との格差は大きく、発展途上国の域を出ていない」という。それが政府関係者になると、使うタイミングが巧みで、急に都合悪い話になったりすれば、それまで誇示していた経済大国的な発言から「中国はまだ発展途上国なので、、、」という言い方に変わってしまう。

確かに、中国は1人あたりのGDPでは、まだ日本のそれに比べて10分の1と低いレベルにあることは事実だ。しかし13億人という人口の多さが加わって、全体のGDPはすでに今回の発表どおり世界第2位のGDP大国になっているのは間違いない。現に、米国のシンクタンク「ピュー研究センター」が最近実施した世論調査結果が公表になっているが、それによると、今後の世界一の経済大国について、米国人の47%が中国と答え、米国だとする比率は31%だった、という。要は、中国の政府関係者が都合悪い議論の時に使う「発展途上国」と違って、一般の評価は経済大国なのだ。だから、中国はOECDを含めた国際機関に加わって、しっかりとした責任を果たすと同時に、規律ある行動をとりながら協調しあうことが大事と思う。

「中国は未来に希望を抱き、日本は未来を前にたじろぐ」との仏教授の見方は鋭い
 パリ政治学院のクロード・メイヤー教授が「金融危機後のアジア――リーダーになるのは中国か日本か」(時事通信社刊)という著書の中で、中国と日本の現状を鋭く分析している。フランスの政治学者から見れば、中国はきわめて上昇志向の強い国で、逆に日本は今や守りの姿勢にあるだけという。参考になるので少し引用させていただこう。
「中国は未来に希望を抱き、日本は未来を前にたじろいでいる。中国は渇望し、日本は失望している。中国はこれから欲しいものを手に入れようとし、日本はすでに手にしたものを守ろうとしている。日本の人々が今、見つめているのは『未来の夢』ではなく、アジアにおける自分たちの特殊な位置付けという現実であり、またこれからの世界の中での自分たちの居場所はどこにあるのかという大きな不安である」と。

このクロード・メイヤー教授によると、中国は米国との間では日本との場合と違って、相互依存の関係を強め、米国が中国の貯蓄のみならず輸出先市場として中国を必要視するのと同様、中国も米国の市場を必要とし、互いが好むと好まざるとにかかわらず、関係を強めている、という。その中国は、手元の巨額のドル建て外貨準備を使って、米国債を購入し、今や米国の財政赤字のファイナンスをまかなっている。

中国には人民元改革はじめ国内の格差是正でも「大国」の責任を期待したい
 しかし中国の本音は、米国の金融の量的緩和政策の長期化でドル安が続けば、保有する米国債の為替差損などのリスクをどう回避するか、という点であることは間違いない。中国は今や必死で、それらのリスク回避に走ると同時に、その一方で、人民元の国際化という形で、アジアの周辺国で地域決済通貨としての活用に踏み出している。ただ、ここで重要なのは、中国の動向が国際通貨の世界でも存在感を示してきたということだ。それだけに、人民元改革を含めて、中国にも国際通貨改革に関して、責任を果たすように求めるという事態もやってくるかもしれない。この点でも、中国は「経済大国」という立場を忌避はできなくなっているのだ。

それと、過去の101回、102回のコラムでも指摘した点だが、中国は社会主義と市場経済化を巧みに使い分けながら、経済成長を続けているが、国内の所得格差、地域格差などの経済格差に関しては、ますます拡大傾向を見せているように思える。その点で、日本もかつての高度成長期に同じような格差問題に直面したが、税制面で所得への累進課税などの政策で分配の不平等を是正して、1億総中流化を図った。中国もこの際、社会主義の「顔」の部分をどう全面に出して、格差の是正を図るか、今回のGDP世界第2位の経済大国化したのをきっかけに、期待したい、というところだ。

日本国債格下げに市場冷静で一安心、でも財政悪化への警鐘受け止めは重要 むしろ菅首相「疎い」発言の感度鈍さ心配、米国債無視の米格付け会社も問題

日本の政府債務比率がさらに悪化の恐れあり、長期国債を1段階格下げ――米国の格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が1月27日、日本の10年物長期国債の格付けをAAからAAマイナスに引き下げた。唐突に、しかも8年9カ月ぶりの格下げだったので、サプライズであることは間違いなかった。そこで今回は、この問題を取り上げよう。

日本政府にとっては、米格付け会社に頼んでもいない「勝手格付け」であり、大きなお世話だ、との受け止め方もあるが、今のようなマーケットの時代はじめ、スピード、そしてグローバルの時代にはあっという間に、格下げ評価がマイナスに働き、内外の金融市場に大きなインパクトを与えかねない。とくにギリシャ財政危機を背景にしたギリシャ国債の格下げ評価が昨年、欧州共同体(EU)全体に連鎖し、ユーロ通貨安にとどまらず、ギリシャ国債を保有するEU各国の金融機関のリスクに発展して大騒ぎになったからだ。

日本国債の95%は国内金融機関など保有、国家破たんないと狼狽売りせず楽観
 幸いにして、円相場が一時、円安に下落した程度で、円のみならず株式、長短金利が売られて「日本売り」に発展する事態に至らず、まずは一安心だった。しかし日本の財政悪化が一段と厳しい事態にあることは確かで、深刻に受け止めねばならず、その意味で、今回の格下げ評価が警鐘になってしかるべきだが、国内の金融市場が比較的、冷静に終始したのには、それなりの理由がある。

ご存じの方が多いかもしれないが、日本国債の保有構造は、欧米諸国と違って、極めて特殊だ。日本国内の銀行や生保の金融機関、それに個人投資家などが投資の形で保有し、その比率が95%に及んでいる。しかもこれら投資家は、日本政府の財政悪化にもかかわらず、しかも今回のような格付け会社の格下げ判断が出ても、国家破たんに陥るリスクが少ない、と見て半ば狼狽(ろうばい)して投げ売りしない。このため長期金利が急上昇という事態にもならない。あとでも申し上げるが、日本政府は、現時点では、これら95%の機関投資家などには足を向けることさえ許されない状態なのに、財政赤字に関して規律がなく、リスクを次第にマグマのように膨らませている、と言えなくもないのだ。

欧米では海外投資家保有多く常に市場リスクにさらされる、ギリシャ国債が典型例
 これに対して、海外、とくに米国や欧州などでは日本とは対照的に、海外の投資家保有比率がとても高い。欧州では、2007年以降の米国サブプライムローン問題をきっかけに、各国金融機関の不良債権問題が高じて経営不安、経営破たんリスクが噴出し、欧州中央銀行(ECB)が流動性供給で支援し、他方で政府が財政出動で公的資金も注入してテコ入れを図ったのは、ご存じのとおり。
とくに財政危機に見舞われたギリシャ国債がEUの中でもドイツはじめ、数多くの国の金融機関で投資の形で保有されていたため、ギリシャの財政危機表面化と同時に、欧州全体に、いわゆるソブリン・クライシス(国家の国債返済能力不安など信用リスクがもたらす危機)に発展したのだ。一気に市場リスクさらされる、それが投げ売りなどの形でEU域内の広範な地域に及ぶと、リスクの連鎖はあっという間なので、問題のギリシャ国債を保有している各国の金融機関は簡単に巨大なリスクに巻き込まれてしまう。

ポルトガルやスペイン国債はリスクある半面、投資妙味もあると金融機関が保有
 これは、ギリシャにとどまらずポルトガル、スペインなど財政悪化に見舞われる国々の国債に関しても同じだ。ただ、これら国債にはリスクがある半面、投資対象として妙味もあること、国家が発行した債券なので債券償還のリスクは少ないだろうとの判断から各国の金融機関が保有していたため、ひとたびリスクの連鎖が広がると、一気に、欧州あるいはEU全体の問題となる。ここが、日本の国債の95%が同じ日本国内の金融機関や個人投資家に限られているのと、決定的に違う構造なのだ。

余談だが、最近、中国が2010年末時点で2兆8473億ドルに及ぶドル建て外貨準備高の資産運用先として、ポルトガルやスペインの国債の保有に動いて、金融関係者の間で大きな関心事となっている。言うまでもないことだが、中国は極めて戦略的な判断でもって、これら財政悪化で発行する国債が厳しい市場評価を受けかねない不安定な状況のもと、恩を売る形で赤字ファイナンス、つまり国債買いで財政赤字の支援をしようというものだ。表現悪いが、まさに「捨てる神あれば、拾う神あり」の世界だ。

米国はリーマンショック後に一段財政悪化、FRBが米国債巨額買い入れで支援
 本題の日本国債格下げ問題に入る前に、国債の問題では米国を抜きにしては語れないので、お話しておこう。米国の場合、リーマンショックをきっかけにした米国発金融危機がグローバルに広がり、震源地の米国政府は必死で巨額の財政資金を公的資金の形で金融機関救済のために資本注入したが、その財政資金のかなりを米国債増発でまかなわねばならなかった。このため、財政赤字の規模はケタはずれに膨らんできている。

いま、オバマ民主党政権は景気浮揚に躍起だが、中央銀行にあたる米連邦準備制度理事会(FRB)は、かつての日本と同じようにデフレに陥るリスク回避のために、ゼロ金利政策からさらに踏み込んで量的緩和政策に踏み込んだ。「日本化を避ける」がFRBの暗黙の課題となっている、というのがFRBウオッチャーの常識だが、そのためか、昨年11月には量的金融緩和第2弾(QE2)という形で、今年6月末までに約6000億ドル(円換算約49兆円)の米国債の買い入れを行うことを決めている。日本では考えられない中央銀行の財政支援だが、景気回復のためにはなりふり構わずの姿勢だ。

米格付け会社は米国債の格付け甘い、財政悪化ひどくトリプルAから格下げ必要
 そこで、今回のS&Pの日本国債格下げにからめて、この米格付け会社の米国債の格付け評価を見たところ、何とAAA、つまり最高ランクに位置づけ、3ランク下の日本のAAマイナスとは対照的だ。
ところが、国際通貨基金(IMF)がS&P公表の1日後の1月28日に公表した主要20カ国・地域(G20)の財政見通し・改訂版によると、格下げ判断のポイントになった国内総生産(GDP)比の政府債務残高は、2012年時点で日本が232.8%とケタ外れの突出数字になる見通しながら、米国も102.0%と急速に悪化する見通しだ、という。同じくGDP比での財政赤字見通しでも、米国が10.8%で、日本の9.1%を上回っているのだ。

金融専門家は「米格付け会社は米国グローバル金融戦略の先兵だ」と鋭い
 はっきり言って、米格付け会社は自国の米国に関しては、格付け判断が甘すぎる。ある金融機関の幹部の人が面白いことを言っていた。「S&P、それにライバルのムーディーズの2社は、米国のグローバルな金融戦略の先兵みたいなものだ。頼まれもしないのに勝手格付けによって、米国の金融機関と競合する欧州や日本の金融機関の財務格付けなどを厳しくして市場淘汰させ、本格進出する米金融機関の露払い役を担う。国債格付けも一見、もっともらしく理屈付けするが、財政悪化に苦しむ米国をトリプルAの最高格付けにしておくこと自体がおかしい」と。

作家の黒木亮さんが米格付け会社の問題を取り上げた小説「トリプルA」(日経BP社刊)はなかなか面白い。フィクションながら、不良債権に苦しむメガバンクを勝手格付けで市場にさらすと同時に、今回問題になった日本国債格付けでも遠慮なく格下げに追いやっていき、日本政府の反発を招く実態を鋭く描いている。黒木さんの問題意識は、格付け会社は資本市場のお目付け役を装いながら、利潤追求に走るディールメーカーでしかない、というものだ。ぜひ興味がおありの方は読まれたらいい。

S&P格下げ判断「民主党政権には債務問題への一貫した戦略が欠けている」
 さて、本題の日本国債格下げも、そういった位置づけで見て行くと、勝手格付けの日本国債格下げを無視しろ、という言い方もできないこともない。ただ、ここは、冷静に受け止めて、S&Pの格下げの根拠などを見てみたところ、鋭い指摘もある。
端的には「民主党政権には債務問題に対する一貫した戦略が欠けている」「政府は、2011年に社会保障制度と消費税率を含む税制の見直しを行うとしているが、これにより政府の支払い能力が大幅に改善する可能性は低い」「国債発行額の承認を含めた2011年度予算案と関連法案が国会の承認を得られない可能性さえある、と見ている」「国内には引き続き国債に対する強い需要があり、それに対応して超低金利環境が続いているものの、日本の財政の柔軟性はさらに低下すると予想する」という点などだ。

与野党がムダな時間を費消する余裕ないはず、投資家の国債投げ売り回避策を
 確かに、政府はもとよりだが、与野党とも財政再建にもっと真摯に取り組まないと、歯止めないまま赤字拡大が続くだけだ。誰が見ても今の政治のねじれ現象のもとで、菅政権のマクロ経済政策運営に展望が拓ける状況でない。ところが現実は、与野党が互いに政治的な思惑や駆け引きによって、政治的なエネルギーを費消している。日本のすぐそばにある新興アジアでは経済に勢いがついて、地殻変動が起きているだけに、国民の間では苛立ちが高まっていることは間違いない。

そんな中で、菅首相が、S&Pの勝手格付けの日本国債格下げ判断に過剰判断する必要などないものの、「そういうことに疎い」発言が批判を浴びたあと、「疎いとは情報が入っていなかった意味だ」と釈明したのもいただけない。こういった場合、毅然として「政権として、日本の置かれた厳しい財政状況を見据え、再建にしっかりと取り組むことが最大の政治課題だと思っている」とだけ言えばよかったのだ。テレビの映像を見ていると、気恥かしそうに「そういうことに疎い」では、内外のマーケットは「大丈夫かな」と思ってしまう。
我慢強く国債を保有する95%の国内投資家が失望売りに走るリスクが全くないではない。とくに横並び体質の大きい日本では、一度弾みがつくと、あっという間に国債暴落のシナリオが浮上するリスクはゼロとは言えない。その意味でも、政治は国債投げ売り回避のため、待ったなしの姿勢で財政再建に取り組むべきだ。いかがだろうか。

新日鉄と住友金属の大型鉄鋼統合、来るべき国内産業再編成の予兆と確信 グローバル競争への積極対応が魅力的、世界で戦える日本企業輩出は大賛成

 新日本製鉄と住友金属工業が経営統合――2月3日に緊急発表の大型鉄鋼メーカーの経営統合は、経済ジャーナリストにとっては思わずわくわくするもので、もしチャンスがあったらスクープしたくなるようなテーマだ。
というのも、金融資本力を使って強引にM&Aによる経営統合を繰り返し肥大化しただけの鉄鋼トップのアルセロール・ミタルと違って、日本の鉄鋼技術を学びとって後追いした中国や韓国の鉄鋼メーカーが新興アジアを舞台に急成長している現実を無視できず、この際、高張力鋼など技術面で間違いなく実力ナンバーワンの日本の鉄鋼は、グローバル競争時代に勝ち抜くには大型の企業経営統合しかない、と見ていたからだ。

互いの強み生かし「世界トップクラスの鉄鋼メーカーめざす」という自負が心強い
 その点に関して、今回の新日本製鉄と住友金属工業両社のステートメントを読んで、とても興味深かったのは、「技術・品質・コストなど、あらゆる面で世界最高の競争力を実現してまいります」「激動の中にあって、名実ともに世界トップクラスの総合鉄鋼メーカーに発展することをめざします」など、随所に「世界トップクラスをめざす」という自負をうかがわせる言葉が目についたことだ。

企業の経営統合は往々にして、経営的に苦境に陥った企業を救済合併するとか、あるいは資本の論理が露骨に出て吸収合併というケースが目立つ。ところが、今回の場合、両社ともグローバル競争に勝ち抜くために、新日本製鉄は高張力鋼や電磁鋼板、住友金属工業がシームレスパイプといった互いの強み部分を全面に押し出し、補完型の経営統合によって世界トップに躍り出る積極的な経営戦略をとった点が何とも心強い、と思えたのだ。

今回の経営統合は2、3周遅れ、でも日本鉄鋼の技術力に凄み、すぐ勝負可能
 経済ジャーナリストの立場で言わせてもらえば、欧米経済の成熟度が高まって停滞が見える中で、世界の成長センター、新興アジアでは、経済の勢いに合わせて鉄鋼需要が伸びている。そんな状況をみれば、新日本製鉄など日本の鉄鋼メーカーが、狭い日本国内の内需を当てにして力をすり減らす競争をするよりも、大型経営統合で力をつけてグローバルなレベルで、時代を先取りするようなアクティブな動きを進めるべきだと、思っていた。

その点で言えば、本当は2、3年前に、この大型経営統合が行われ、技術を軸にした総合力を武器に新興アジアに打って出てもよかった。つまりはグローバル競争のもとでは今回の経営統合は2、3周遅れかな、という気がするほどだ。しかし、日本の鉄鋼はゴルフでいえばリカバリーショットを打てる潜在的な力が十分にあるので、すぐに勝負に出ていける。日本の鉄鋼には凄みがあり、その力は捨てたものではないと断言できる。

国内での消耗戦よりもグローバル企業展開の時期、「産業構造ビジョン」も指摘
 そこで、今回は、新日本製鉄と住友金属工業という鉄鋼メーカーの大型経営統合の課題が何かを考えると同時に、今回の鉄鋼の経営統合をきっかけに、日本国内で産業再編成時代が到来する予感がする、という点を取り上げてみたい。とくに産業再編成に関しては、日本企業は、日本国内で消耗戦を繰り広げるよりも、新興アジアという世界の成長センターを前に戦線を再構築し、文字どおり世界で戦えるグローバル企業をめざすことがいよいよ必要になってきたと考えるのだ。

私は、このコラム第89回で「意外に面白い経済産業省の産業構造ビジョン」の話を書いた。その「産業構造ビジョン」によると、日本の産業の課題の1つは、国内の同一産業内部でプレイヤー企業の数が多すぎて、グローバル市場に出る前の国内予選で必要以上に消耗戦を繰り広げてしまい、あおりで低収益体質に甘んじている、という。

旭化成の蛭田さん「日本産業はドメスティック・グローバルからの完全脱却が必要」
 とくに韓国企業は、それこそ国内予選なしで、最初からグローバル市場に向けて大胆かつ迅速な投資戦略をとり、それを強みにしている。これに対し、日本企業は1億人の、しかも成熟した国内市場に成長のパイがあると国内に力を注ぐ結果、国内での競争で力を消耗して収益力も弱めている。これが日本産業の構造的な問題だ、という分析だった。

同じ問題意識で「日本の企業経営は変わる時期に来ている」と、経済産業研究所での講演で問題提起された旭化成前社長の蛭田史郎さんの指摘が今でも記憶に残っている。要は、「日本の産業の成功パターンは、1億人のうるさ型消費人口の国内市場で勝ち抜き、それを武器に欧米中心の10億人の世界の商品市場に進出しシェアを勝ち取ってきたことだ。しかし今や世界は新興国の消費購買力を含めた40億人の市場に急拡大している。それなのに、日本産業は過去の成功体験をもとに1億人市場での勝利にとどまり、すべてをグローバル基準で対応する態勢にない。私の造語英語で言えば日本産業は早くドメスティック・グローバルからの完全脱却が必要だ」と。

自動車、エレクトロニクス、化学、造船、海運、総合商社、食品などが注目分野
今回の新日本製鉄と住友金属工業両社が経営統合によって「世界トップクラスの総合鉄鋼メーカーをめざす」という点にこだわりを見せたのは、ある面で、明確な戦略転換であることは間違いない。もちろん、新日本製鉄と住友金属工業両社とも、日本国内市場を捨てて、グローバル展開に切り替えたわけでなく、経営の軸足を新興アジアなどグローバルな分野に置き、世界で戦える経営態勢を、という発想であることは言うまでもない。

私は、今回の鉄鋼の経営統合が来るべき産業再編成の予兆とみているが、問題はそれに続く産業、企業がどうかなるかだ。とはいえ、自動車はすでに世界でトップランクの実力を見せているが、参入する企業の数の多さをどう考えるか。同じように韓国のサムスン電子、LGと熾烈な競争を繰り広げるエレクトロニクスも競合企業の数の多さが気になる。化学、重電、建設、造船、海運、食品、総合商社なども同様だ。問題は、これら産業の再編成や企業の経営統合の旗振り役を誰がやるかだろう。最終的には、企業経営トップの判断だろうが、いろいろな利害や思惑がからみ、一筋縄でいかないことだけは間違いない。

経産省はかつての官主導の産業政策発想なく、民主導で阻害要因除去を強調
 その点に関して、かつては旧通産省が産業政策、行政指導という名のもとに産業再編成や企業統合を主導したことがあったが、現在の経済産業省は方向転換し、民主導、企業の自主性に委ね、政府の役割は、業界再編成を阻むような構造要因などの除去に比重をかける、というふうに変わってきた。「産業構造ビジョン」のとりまとめ役だった経済産業省の現大臣官房総務課長の柳瀬唯夫さんは以前、「業界再編成や事業分野に関する企業間での棲み分けについては、当事者である企業が主導して実現すべきものであり、政府の役割は主として、その阻害要因を除去することにある、と考えている」と述べていたのが印象的だ。

だから、今回の新日本製鉄と住友金属工業の経営統合に関しても、行政指導の名のもとに、所管官庁の経済産業省が両社に事前報告を求め、行政指導という形で方向づけをした、といったことはなかった。事実、経営統合計画を発表した時刻に、新日本製鉄の三村明夫会長、そして住友金属工業の下妻博会長が首相官邸や経済産業省に報告を兼ねてあいさつに行った。発表の翌日には新日本製鉄の宗岡正二社長、住友金属工業の友野宏社長が独占禁止法がらみで経営統合のよしあしの判断を下す公正取引委員会に、あいさつに行ったというのも、うなずけることだ。間違いなく以前のような官主導の時代でなくなってきた。

英エコノミスト誌が「産業政策の世界的な復活」を特集、流れは産業政策を待望?
 英エコノミスト誌が以前、「産業政策の世界的な復活」というテーマで興味深い記事を書いていたのを思い出す。そこでのポイントは、米リーマン・ショックをきっかけに世界経済の減速が表面化し、政府の政策課題が持続的な経済成長と雇用の創出となったこと、とくに米オバマ政権にみられたように緊急支援策による需要の創出が政府に求められたこと、金融経済から脱却し環境技術などを伴ったグリーン産業政策が重要課題になったこと、また中国や韓国などの新興国の産業政策的な動きへの対抗策が求められたことなどだ。
これは主として、経済の減速や新興国の台頭を背景に、欧米サイドで産業政策ニーズが一気に高まったということを挙げているのだが、新興アジアでも産業政策が際立っている。中でも中国は積極的で、鉄鋼、自動車、通信などの産業分野に財政資金をつぎ込んで国家主導で国有企業の再編成などを大胆に行っている。韓国も同様で、エレクトロニクス分野が代表例とも言えるが、サムスン電子とLGの2社に特化するなど、国家主導で強引ともいえる産業再編成を行っている。

民主導に委ねる政策判断に誤りなし、過去は自動車などは官が行政後追い
 日本の産業政策が産業再編成、業種内部の棲み分けを民主導に委ね、行政はそれら産業の自主的な動きの妨げになるような要因除去にウエートをかけているのとは対照的だ。私は、この政策判断は間違っていないと思う。かつて旧通産省がエネルギーの経済安全保障の観点から石油精製業を再編成し、産業保護したが、結果として、企業競争力が弱体化したのと対照的に、民間企業の動きが先行して結果として行政が後追いになって自由競争に委ねた自動車、エレクトロニクス産業が自由にはばたいた現実があるからだ。

ただ、産業再編成問題とは別に、経済産業省は、新興アジアを中心とした巨大な産業インフラ需要の高まりに対して、官民一体の「日本株式会社」的な組織作りを主導している。とくに個別企業でインフラビジネスに対応するのは限界があるため、さまざまな企業群の力を束ねるシステム輸出、端的にはプラントなどのハコものだけでなく、むしろ新興国が求めるシステムそのものの運行管理、技術者育成、料金制度設計などへの対応、さらに政府系金融機関の制度金融資金の活用などが必要と、官のサポート体制を打ち出している。これは今後のインフラビジネスをめぐる欧米、それに韓国、中国との各国間競争では重要になるので、産業政策的にバックアップ体制をとるのは異存ない。

公取委は今回の鉄鋼統合に関してグローバルな競争を視野に置き柔軟対応必要
 最後になってしまったが、新日本製鉄と住友金属工業は2年後の経営統合をめざすにするにしても、それまでには両社間で一気に膨れ上がる設備や人員など課題への取組みが多い。しかし最大の問題は、独禁法上で競争制限にならないかどうか、といった観点から公正取引委員会が、この大型鉄鋼統合を認めるかどうかにかかっている。

結論から先に申し上げれば、公取委は2007年に、企業の合併や経営統合計画の審査に際して、国内でのシェアなど寡占度だけでなく、海外市場での寡占度合いも考慮するように柔軟対応の姿勢を打ち出しており、それに沿った判断をすべきだろう。端的には、国内での両社のシェアが大きいことは事実だが、新興アジアでは中国や韓国の鉄鋼メーカーとの競合が激しく、新日本製鉄の宗岡社長によれば世界全体でわずか3%シェアという。
グローバル時代の競争政策に関しては、柔軟対応が必要になってくるように思う。経済産業省も今国会に産業活力再生特別措置法の改正法案を提出し、公取委の承認に際して、関係閣僚との協議を義務付けることをめざす、という。

「日本には対外戦略がない」、外務省OB田中均氏が官僚や政治家に鋭く問いかけ 菅首相の「ロシア大統領の国後島訪問は暴挙」発言、戦略踏まえてのものかと批判

今の日本にはハッキリ言って政治、経済面での外交戦略がなさすぎる――外務省官僚時代に北朝鮮との交渉などで手腕を発揮し存在感を示した現日本総研国際戦略研究所長で、日本国際交流センターのシニアフェローの田中均さんが最近、経済産業省傘下の独立行政法人、経済産業研究所で、「官僚の方々に問う――日本の対外戦略」というテーマで、冒頭のような刺激的かつ挑戦的な問題提起を行った。
「官僚の方々に対外戦略を問う」というテーマ設定が、経済ジャーナリストの好奇心をそそるものだったので、さっそく聞きに行ったが、これがなかなか興味深いもので、ジャーナリスト的に言うと、実に面白かった。そこで、今回は、田中さんの問題提起を出来るだけ多くの人たちで共有したらいいと考えるので、このコラムで取り上げてみたい。

現役時代に戦略実現に向け努力を、という気もあるが、中身はとても刺激的
結論から先に言えば、話の中身はとても刺激的で、興味深かったが、田中さんの話を聞いていて、そこまで明確な問題意識を持っておられるならば、現役官僚のころから、戦略実現に向けてもっと大胆に取り組んでほしかった、と言いたくなる部分もあった。しかし全体は、今でも十分に参考になるし、むしろ活用されてしるべき問題提起が多いので、ポイント部分を紹介しながら、何が今の日本にとって戦略課題かを考えることにしよう。

まず冒頭に、田中さんは「鳩山由紀夫前首相は、沖縄の普天間基地の移設問題で『最低でも県外に、願わくば国外に』と発言して波紋を投じた。しかし十分な戦略があっての発言だったのだろうか。さらに菅直人首相が最近、日本での『北方領土の日』に、昨年11月のメドベージェフ・ロシア大統領の国後島訪問に関して『許し難い暴挙だ』と発言し、ロシア側を反発・硬化させた。これも戦略判断があっての発言だったのだろうか。私には、残念ながら、いずれも十分な戦略があってのものだったとは思えない。これは民主党政権だけの問題ではない。その前の自民党政権時代にも似たような問題があった」と述べた。率直に言って、この問題意識については、私もまったく同感だ。

「戦略のなさは政治家だけの責任でない、官僚にも問題、責任放棄すべきでない」
この刺激的な問題提起に関して、田中さんは「日本はアジアの中核にあり、(多くの国々からは)十分な戦略を踏まえた上での日本の行動が問われ、同時に期待もされている。しかし戦略判断は、政治家だけの問題ではない。官僚も、政治家が十分な戦略構築が出来るようにバックアップしなくてはならない。その意味で、官僚は政治家に責任転嫁してはならない。そして職場放棄、責任放棄もしてはならない」と、政治家の戦略判断なき言動を批判するだけでなく、現役官僚にも厳しいプロ意識を求めた。
その際、田中さんは「戦略というのは、ビジョンでも構想でも、アイディアでもない。一定の目的に向けての方途だ。そして、戦略については必ず結果を出さねばならない。それは政治家だけの問題ではなく、むしろ官僚が問われる問題だ」と指摘した。

戦略形成に4つのポイント、とくに目的達成に向け「大きな絵を描け」が重要
田中さんによると、戦略構築には4つのポイントがある、という。具体的には、1)十分な情報を常に持ち合せているかどうか、とくに情報の収集や分析が出来ているかどうか、2)戦略目的に向けての確信があるかどうか、3)目的達成の方途のために大きな絵を描かねばならないが、描けているかどうか。外交戦略を構築する際、対外的には相手がいること、その相手が何を考え、どういった戦略判断でいるのかの分析が必要だ、4)構築した戦略を実現するためには、どういった力を活用するかが重要だ、という。

確かに、外交の場に限らず、どんな場合でも戦略を練る場合には、複数の相手を対象に、あらゆる出方を想定しながら、こちらの考え方や目的の実現に向けて、どういった手段で、また手順や工程はどうするかなどが必要であることは言うまでもない。その意味でも、田中さんが言う「大きな絵を描く」ことが極めて重要だ。

日米経済摩擦での「大きな絵」、米国の力を活用し日本の市場開放図ることだった
田中さんが「大きな絵を描く」例としていくつか挙げたうち、印象的だったのは、日米経済摩擦をめぐる対米交渉での戦略対応だ。田中さんは1985年、交渉の日本側窓口の責任者とも言える外務省北米2課長ポストに就いて交渉にあたった。当時、日米間では摩擦対象分野は自動車、半導体はじめ医療機器、電気通信など広範な分野に及んだが、田中さんの「大きな絵」は、経済大国になっていく日本の市場をよりオープンにしていくことが重要と考え、米国からの外圧をうまく活用して市場開放、規制緩和を大胆に推し進めるべきだと考えたことだった、という。

講演では「外圧利用しただけと言われるかもしれないが、米国の力をうまく活用することが日本の戦略だった」と述べた。外務省退職して数年後の2009年の著書「外交の力」(日本経済新聞出版社刊)で、当時の戦略判断について、「米国の力をテコにして日本国内を変え、市場を開放して日本経済を強くする。逆に、市場開放で当然の責務を果たすことによって、米国に対して対等な関係を主張することもできる。つまり、外交と国内改革は表裏一体だと考えていた」と書いている。田中さん単独の戦略判断ではなかっただろうが、交渉リーダーとしての腕力であり、結果的に米国とは26の協定締結にこぎつけている。

世界でどう地殻変動が起きているか見定め必要、新興アジアにパワーシフトも
そこで、田中さんは、日本の今の対外戦略を考える場合に、世界でどのような地殻変動が起きているかを見定めることが必要という。そして、「日本は、これまで『西側の一員』として外交を推進してきた。とりわけ日米同盟を基軸に置いて無難に過ごしてきた。しかし今やその位置づけを変えるべき状況にあるように思う。とりわけ日本の周辺を見わたした場合、新興アジアが急速に台頭するなど、世界が多様化し、パワーバランスも変わりつつある」という。
その戦略構築のもとになる変動要素として、田中さんが挙げたのが3つ。1つは、富が西から東へ、先進民主主義国から新興国へと移行している現実を見据えること、2つは世界の求心力構造が大きく変わってきたこと、とくに新興国が温暖化問題での対応が象徴的だが、先進国に対し途上国としての権利を主張し肝心の義務を避ける現実が強まっていること、3つが世界の経済成長に関するもので、成長センターが東アジアに移ってきて、欧米先進国も今や東アジアの内需拡大への依存構造が強まってきたことだ、という。

「日本は量的な大国ではなく技術力を強化し先進性を高めた質の高い国めざせ」
田中さんはこの3点を踏まえた日本の戦略について、講演でさらに言及したが、自著「外交の力」で的確な指摘をしているので、少し引用させていただこう。「中国やインドといった(新興アジアの)人口大国に比べての日本の優位は、明らかに国家としての先進性だ。(中略)日本は量的な大国ではなく、その技術力を強化し、あらゆる面で先進性を高めた質の高い国としての国力を維持していく以外に道はない」という。
また「能動的に政策を展開していくためには、政策判断の基準になる座標軸が明確でなければならない。座標軸に沿って政策を実現する戦略が必要になる」「強い米国を軸とする西側諸国と協調するという基本戦略だけでは不十分となっている。(むしろ)弱まった民主主義先進国主導体制自体を再構築していく必要がある。また世界の政治経済構造の変化の源と言っていい東アジアで、日本にとって好ましい秩序を構築する戦略が必要になる」と。

これら外交政策にからめて、今後のポイント部分のうちで、なるほど戦略的な発想はこういうことともリンクする、という点があった。田中さんによると、2012年が実に難しい年になるため、前年2011年は重要な年で戦略対応をすべき年になる、という。

2012年は米国、ロシアの大統領選、中国政権交代があり2011年こそ重要
要は、米国とロシアで相次ぎ大統領選挙がある、また中国で胡錦涛主席から習近平次期主席候補への政権交代がある、さらに北朝鮮が2012年を目標年次にする「強盛大国入り」をどうするのかーーなど、日本の戦略構築に重要と考えられる出来事が控えている。とくに米国やロシアは内政に大きな比重をかけ、場合によっては保護主義的な動きも台頭する。日本を含めた他の国々は振り回されるリスクが急速に高まるのは間違いない。
そういった点で、2011年はそれらリスクや変動に対応できるような外交戦略のフレームワークづくりに力もエネルギーも費やすべき重要な年になる、というのが田中さんの考えだ。確かに、言われてみると、2012年は国際政治のみならず経済面でもさまざまな課題が噴出する予感がする。その意味でも、政治の劣化が叫ばれる民主党が内向きの政治に浸る余裕はないし、ましてや田中さんが指摘するように霞ヶ関官僚群がしっかりとした対外戦略を構築し、政治に提示することが必要になってくる。

中国を含めた東アジアに関する日本戦略も大事、日本が軸のパートナーシップ
また、田中さんは、中国を含めた東アジアについての日本戦略にも講演で言及した。要は、日本の戦略の基本は、東アジア地域で中国が脅威とならない状況を作り出すことだという。諸外国が、今や高成長を背景に大国主義化する中国に対して、どう対応するかによって、中国も変わる可能性は十分にある、という。その場合、日米を基軸に日米安保体制を維持することが重要という。つまり中国への軍事的な抑止力を担保していくためには東アジにおける米国の軍事プレゼンスが必要で、その点で日米安保体制が大事というのだ。

ただ、田中さんによると、中国とも信頼関係をつくっておくことが大事で、日、米、中が協力し合える枠組みづくりをめざすと同時に、中国プラス5、つまりインド、インドネシア、韓国、豪州、ベトナムの5カ国をからませたパートナーシップも重要だ。その場合、決して中国を囲い込むような状況づくりではなく、むしろ日本が軸になってのパートナーシップづくりだという。

政治家も官僚も内向きになっている時間的な余裕はない、戦略軸構築を
そのからみで田中さんは、「日本はしっかりとした東アジア戦略を構築し、すべての力を活用していくことが重要だ。そうでないと、日本は東アジアでリーダーシップをとれない」と述べると同時に、話題の環太平洋経済連携協定(TPP)について「政策連携の枠組みも極めて大事だ。東アジアだけでなく太平洋にも連携の輪を広げておくという意味で、TPP参加は必要だ。TPPがピリオドで終わってはならない」と述べた。この点は、私も同じ意見で、中国とのからみでTPPを通じた経済開国は必要だが、同時に、東南アジア諸国連合(ASEAN10カ国)プラス中国、日本、韓国の3カ国の地域経済統合も同時にめざすべきだ。TPPとは決して対立軸に置くべきではない。

こうしてみると、政治家も官僚も内向きになっている時間的な余裕はなく戦略軸をしっかりもってほしいと言わざるを得ない。いかがだろうか。

政局騒ぎに明け暮れる日本の政治劣化ひどすぎる、国民や経済界にうんざり感 中東や新興アジアでの地殻変動に対応余裕なし、日本は取り残されるリスク

日本の政治がまたまた、危機的な状況に陥っている。北アフリカや中東で、深刻な若者の失業問題や食料価格高騰を背景にした「民衆革命」が次々と連鎖して起きる一方、新興アジアでは経済に一段と弾みがつき、今や停滞する欧米経済からの経済パワーシフトが確実、といった世界の地殻変動に対して、日本の政治は機敏に対応する余裕もない。日本は国際政治や経済の大きな変動についていけず、取り残されるリスクさえ感じる。

ここ1週間だけの動きを見ても、国民や経済界などはうんざりするような状況だ。端的には2011年度予算案、その関連法案といった経済活動、国民の生活に重要な影響を及ぼす巨額の予算案をめぐる審議が政争の具、党利党略に使われ、挙句の果てに、政権政党の民主党内部で小沢一郎元代表に近い衆院議員16人が民主党執行部の政権運営の仕方に反発して会派離脱という行動に出た。

首相早期退陣論、追い打ちかける内閣支持率低下で、政権の求心力は低下
 このため菅直人首相早期退陣論までが飛び出した。追い打ちをかけるようにメディアの世論調査では菅内閣の支持率がさらに低下、そこで、危機感を強めた菅首相周辺では解散・総選挙をちらつかせ揺さぶりをかけている。日本経済をどうするといった政策論議は吹っ飛び、政局化してしまうほどだ。政権の求心力は急速に弱まってしまったと言っていい。

これは民主党政権だけの問題ではない。旧自民党政権時代にもあったことだ。日本の政治は振り返ってみると、ずっと同じことばかり繰り返している。与野党の政治家の責任意識はどこへ行ったのか、プロ意識はないのかと、思わず言いたくなる。日本の外での地殻変動に、政治が相変わらず政争に明け暮れてしまっているのは、尋常なことではない。

民主党を支援した日本航空の稲盛会長は「政治の体たらくには落胆した」と発言
 最近、日本航空の経営再建に取り組む稲盛和夫会長の講演をプレスセンターで聞くチャンスがあり、経営再建の先行きに関心もあって出席した。講演後の質疑の中で、稲盛会長は現在の民主党政権の動向について、「いまの体たらくには本当に落胆している。これも民主主義 の結果なのだろうかと言いたくなる」と述べたのが印象的だった。

稲盛会長は経済界でも早い時期から民主党の政権交代を支持してきた人だけに落胆ぶりがありありだった。その際、「私は、真の民主主義が日本に必要で、そのためには2大政党政治がカギになると考え、民主党が政権交代につなげる力をつけてくれればという思いが10数年間あった。今後は静観してみているだけだ」と述べたが、表情を見ていると、がっかりだ、政治に託するものはない、という感じがうかがえるほどだった。

米倉経団連会長は「給料泥棒」と批判、「何もしてくれない方がいい」との声も
 政治の劣化は間違いなく経済をダメにしていくリスクにつながる。経済界の危機感は相当なもので、現に、日本経団連の米倉弘昌会長も同じ思いなのか、2月21日の記者会見で、辛辣(しんらつ)だった。
米倉会長は予算や税制関連法案の審議が難航していることについて「国民が税金を払っているのに、国民のために、政治は何もしていない。(国会議員は)給料泥棒のようなものだ」と批判すると同時に、「税財政と社会保障一体改革やTPP(環太平洋経済連携協定)という一連の改革を取り組まねばならない流れの中で、(早期解散論など)選挙でどうのこうのという状況でない」と手厳しく批判した。
親しくつきあっている大手企業のある幹部はもっと辛辣で、「今の政治に期待するものは何もない。むしろ、何もしてくれない方がいい。政治がやたらと混乱をまき散らし、結果として、経済を停滞に追い込んでしまう方が、われわれにとっては迷惑だ」と述べている。確かに、このあたりは、経済界の本音だろうが、政治が動かないと予算案や予算の執行のための関連法案が宙ぶらりんになって、経済活動そのものが大きく停滞するのもリスクだ。やはり、政治を厳しく追い込んで、まずは政策実行に持ち込まざるを得ない。

椎名日本IBM元会長は逆に人や組織動かすこと重視、菅首相に大総理チャンス
 経済界や国民の間で、日本の政治に対する不満、いら立ちが高まる中で、ご紹介したい話がある。今年1月に、日本IBM元社長・会長の椎名武雄さんに話を聞く機会があったが、さすが経営者の発想には広がりがある、と思ったことがある。それは、日本の政治を悲観しても仕方がない、危機的な状況をチャンスに変えるには強い信念に裏打ちされた政治指導者の決断力が必要で、アクションを起こさせることだ、という問題意識だ。組織を動かし、人を動かすには、やたら批判ばかりしていても仕方がない、というわけだ。

椎名さんの発言ポイントはこうだ。「政権交代によって、民主党の鳩山由紀夫前首相は、自民党と全く違うことを、政策的にやってみたが、すべてダメだとわかって身動きがとれずに退いた。後を引き継いだ菅直人首相は、こう考えた。ダメモデルの自民党を真似してもダメだが、長期政権になった自民党にはどこか学習できる所があるはずと考え、(日米同盟の基軸再評価など)いくつかを踏襲することにした。1つの考え方だ」という。

「菅首相は決死の覚悟でTPP参加と税・財政と社会保障一体改革に取り組め」
 そして、椎名さんは「菅首相がもし本気で手をつけてやり通せば大総理になるチャンスがある。6月までにやると公約している2点だ。新しい国の形を作り出すチャレンジが必要」と。その2つは、TPP参加に結論を下し徹底した自由化に踏み出すこと、そして税・財政と社会保障制度の一体改革のために消費税率引き上げを決めることだ、という。

これは、私が「日本企業も今やフルモデルチェンジが求められていますが、日本の政治も同様にモデルチェンジの時と考えます。経済人の立場で、どうみておられますか」と聞いた際の答えなのだ。椎名さんにすれば、問題先送りばかりでは事態の打開にはならない。政権交代した民主党に、すぐ大きな成果を求めるのは厳しいかもしれないが、政争に明け暮れるよりも、混迷する政治状況、日本の状況にクサビを打ち込んで光明をさす役割を政治指導者に果してもらう必要がある。考えようによっては、今こそがチャンスだ、という主張なのだ。

菅首相が政治的な抵抗でボロボロになってもやり通せば、拍手大喝采
 菅首相が、政治的な抵抗でボロボロになっても、それを振り切ってやり通せば、確かに歴史に名前を残す日本の首相になるかもしれない。私自身も、その時は拍手大喝采だ。経済ジャーナリストの立場で言えば、この2つの政治課題は避けて通れない問題だと思っている。日本が新興アジアで存在感を示すにはTPP参加に踏み出すことを早く表明し、同時に、椎名さんが言うように「日本の新しい国の形」を作り出す必要がある。過去の成功モデルにこだわるよりも、経済構造のさまざまな改革に取り組んで新生日本を打ち出すことが大事だ。税・財政と社会保障制度の一体改革のために消費税率引き上げを決めることも避けて通れない。その際、税の直接税と間接税の直間比率の見直しも必要だ。

私は115回のコラムで、日本のフルモデルチェンジのキーワードは「課題克服先進国」「課題先進国」だ、と申し上げた。私の友人で社会システムデザイナーの横山禎徳さん、それに東京大の元総長で現三菱総研理事長の小宮山宏さんが使われている言葉を拝借したものだが、ポイントは、成熟国家ながら古くなった年金や医療はじめ、さまざまな制度や枠組みを根本的に見直し、新たな制度設計、社会システムづくりを大胆に行い、課題を克服すれば、後発の国々にとっては先進モデル例となり、日本は胸を張って文字どおり「先進国」を自負できる、という点だ。

ここで政権が解散・総選挙に打って出たら政治混乱、政治空白のリスクだけ
 いま、日本で政治抗争の結果、菅政権が局面打開のために窮余の一策として、仮に解散・総選挙に打って出ても、結果は見えている。現状からみて、民主党は衆院で大きく議席を失うばかりか、自民党も野に下ってからの力の低下ぶりからして過半数をとれず、結果は連立政権づくりをめぐる駆け引きばかりが表面化し、政治空白は避けられない。

そればかりか参院のねじれ現象もそのまま続いており、日本の政治は何1つ大胆な政策決定を行えず、さらに悲惨な状況に陥るリスクが高まるだけだ。政治が専門でない私のような経済ジャーナリストだって、それぐらいは読める。その点でも、民主党政権には当初想定できなかった問題が噴出し、期待倒れであることは間違いないが、この際、逆に、日本IBM元会長の椎名さんが言うように、菅首相は開き直って、日本を変える政策の必要性をアピールしその実現に向けて政治信念を貫くことだ。

経産省幹部「内閣交代頻度高まれば対外政策に軸ぶれリスク、大いに気になる」
 経済産業省の幹部官僚の人が、政治混乱にからめて、とても興味深い本音の話をしてくれた。「政治主導や『政と官』の役割分担といった大問題に加え、内閣交代の頻度が極めて高くなると、そのたびごとに、日本の対外政策の軸ぶれの可能性が高まってくる。官僚が頑張ることで、日本の国際的な地位を維持向上させることも難しくなってくるという現実は、重いのでないかと受け止めている」と。
さらに「経済産業省はじめ政府部内の多くの人間が、渾身の力を振り絞って取り組んでいるTPPの問題にしても、仮に、近い将来に何らかの政局が動いた時に、いったいどういう扱いにされてしまうのか、大いに気になる」と。
現場で、政策本位をベースに、今後の日本にとってこれが必要との官僚の心意気で必死に取り組んだものが、政権が短命に終わったことで、政策が白紙に戻されるリスクがある。この経済産業省の幹部官僚も、日本の周辺で起きている新興アジアの地殻変動に対応すべく取り組み、いい意味での日本の存在感をアピールしたいのに、肝心の政権が、政治が党利党略や政争で身動きとれず、挙句の果てに政策がご破算となった場合のことを恐れているのだ。政治は、そういった不幸な事態に陥らないように政治責任を果たすべきだろう。

日本がアジア、米、オセアニア3交差点融合で成長力確保を、アタリ氏提言は参考に
 フランス人で、欧州復興開発銀行初代総裁を務め、その後、現サルコジ政権からフランス変革の委員会の委員長を委嘱され政策提言しているジャック・アタリ氏が自著「21世紀の歴史――未来の人類から見た世界」(作品社刊)の冒頭の日本語版序文で「21世紀。はたして日本は生き残れるか?」というメッセージを書いている。なかなか興味深く参考になるヒントがあるが、一部だけ、引用させていただこう。
「現在、多くの危機が日本を脅かしている。たとえば人口の高齢化現象に直面しながらその解決策を見出していない。(中略)韓国や中国などの近隣諸国が日本に対して抱く敵意に対しても有効な解決策を出していない。(中略)日本はアジアとの交差点、米国との交差点、オセアニア地域との交差点といった地理的に重要な拠点に位置しており、この3つの円が交わった部分をうまく組織できれば、また3つの円をすべて融合できれば、日本は多大な潜在的な成長力を持ちうるだろう」と。

新潟の米作農家・玉木青年がついに台湾で「玉木米」の現地生産に踏み出す 日本からの輸出と2本立て、「国際競争に勝てる強い日本農業めざす」がすごい

 今回は、思わず元気が出る、日本農業の現場での意欲的な取り組みを紹介しよう。コラム27回目で、私は「日本は農業でチャレンジを、発想変えればビジネスチャンスいっぱい」という話を書いたが、その際に取り上げた新潟玉木農園の青年農業者、玉木修さんが今回紹介するチャレンジ事例だ。

玉木さんは現在31歳だが、自信作の銘柄米の価格が大きく下落をたどる日本国内の状況に先行き不安を感じ、6年前の2005年に台湾への米輸出を決意し、試行錯誤の末に見事に実績を残した。その成果を踏まえて、何と2012年から台湾中部で「玉木米」ブランドの新潟コシヒカリの現地生産に踏み切るのだ。このチャレンジ精神はすばらしい。日本農業が閉そく状況に陥っている中で、まさに先進モデル事例だと言っていい。

TPP参加めぐり日本農業不安が懸念される時に、メディアでも間違いなく話題に?
 国内のメディアはまだ、玉木さんが取組む台湾での「玉木米」ブランドの新潟コシヒカリの現地生産に関しては、取り上げていないが、私の経済ジャーナリスト感覚でいけば、ニュースであり、間違いなく大きな話題になると思う。とりわけ、いま、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加をめぐり、日本国内では自由化に伴う関税ゼロによって、日本農業は壊滅的な打撃を受けるのでないか、という危惧や懸念ばかりが先行しているだけに、たくましい取り組みだ。

これからいろいろ申し上げるが、日本農業は守りに終始していてはダメで、攻めに転じて日本農業の品質管理技術やうまみなどすごみの部分を世界にアピールすればいいのだ。米に限らず野菜、果樹などに関しても、日本の戦略的な強み、弱みを見極め、このうちの弱みの部分を強みに変えて攻勢をかけるには何が必要かを考えることが必要だ。そういった点で、玉木さんのような先進モデル事例は間違いなく大きな刺激材だ。

米価下落で玉木さんの実家経営が一時資金ショート、米輸出で局面打開を決断
 27回目のコラムで、玉木さんへの現場取材を踏まえて、その生き方を紹介したが、今回の本題に入る前に、最近の状況を捕捉取材したものを踏まえ、玉木さんとはどんな人なのか、紹介しよう。玉木さんの実家は新潟市にある米の専業農家で、約13.5ヘクタールを耕作する大規模経営農家。父親の玉木森雄さんは篤農家で、玉木さん自身が「親父の背中を見て学んだ」というほど、影響力のある人だ。

ところが不自由でないはずの実家の新潟玉木農園の経営にショッキングな事件が起きた。玉木さんが20歳の時に米作農業を引き継ぐつもりで現場に入ったが、スタート時から4年間に米価が下落を続け、次第に経営を揺るがしたのだ。玉木さんは今でも言う。「24歳の時に突然、実家が一時的に資金ショートした。米価の下落で、予定した米代金が計画を下回ったためだが、うちの場合、仮に米価が5%値下がりするだけで数百万円レベルの減収となる。専業農家ほど、米価値下がりの影響を大きく受けるのはおかしいと思った」と。そこで、玉木さんは、自力で事態打開を図るしかないと考え抜いた結果、巨大な潜在市場のある海外へ日本の米を輸出してみよう、と考えた。

米が自由化されている台湾で日本米は競争力あると判断、品質と味を強みに
 玉木さんは当時、アジアで米そのものへの味の評価が定着していて、一定の経済成長を維持していた台湾を輸出先にしようと判断、そして精米詰めのコシヒカリ10キロを持って単身で台湾に売り込みに出かけた。25歳の若さでだ。
事前に、台湾で米を取り扱っている貿易専門商社も調べあげたが、不慣れさもあって苦労の連続だった。しかし持ち前の反骨心が、結果的に運を持ち込んだ。とくに、リンさんという、米国を拠点に日本、台湾、中国、香港、シンガポール、タイなどでビジネス展開する貿易会社社長と知り合い意気投合したのが幸運だった、と玉木さんは今でも語る。

台湾は日本と違って米の輸入が自由化されており、現地の台湾産以外に米国産、ベトナム産、タイ産の米がひしめきあって価格競争している。それでも玉木さんは各国の米を食べ比べたところ、日本産の米が味の点で群を抜いており、十分な競争力がある、と見た。このため、売り込みのために不必要に価格を下げるべきでないと判断、今も円換算して日本国内よりも高い値段で、数種類の価格帯の米を売っている。

玉木さんのがんばりは徹底したマーケットリサーチ、品質管理努力も怠らず
 でも、ここに至るまでに、玉木さんにはすごい経営面での努力がある。まず、今も欠かさないそうだが、徹底したマーケットリサーチを行う。台湾の消費者のニーズ、とくにどの価格帯の米が最も売れ行きがいいのか、高所得層はもとよりだが、中間所得階層、低所得階層のニーズは味が最優先か、あるいは価格なのか、十分にチェックする。

それだけでない。日本の強みでもある米の品質、とくに安全・安心部分の確保策に関しては、玉木さんも新潟の現場経験で鍛えられており、実践している。玉木さんの場合、有機肥料と海洋深層水で無農薬化を図り、日本食品分析センターでの分析試験を踏まえ残留農薬検出ゼロを連続して達成し、その実績証明書を付けて台湾でコシヒカリを売っている。とくに、コシヒカリBL(ブラスト・レジスタンス・ラインズ)というイモチ病に強く、農薬を減らした栽培が可能な新潟県独自の品種の証明も武器にし、さらに原産地証明を兼ねたトレーサビリティ―の強化も徹底している。
玉木さんによると、味だけでなく品質や安全性に対して台湾はかなり厳しいので、当然対応するが、それへのこだわりが消費者の人たちへの強いメッセージとなり、高い値段のものでも日本の米を買おう、と判断してくれる、という。

今年産米は国内向け3400トン、輸出が台湾300トン、米国が500トン計画
 いま、玉木さんの米輸出には弾みがついている。四苦八苦のスタートだった6年前にわずか6トンだった台湾向けが、2010年産米で実に150トンに及ぶ。今年作付けの2011年産米に関しては、台湾向けを300トンに倍増する計画のうえ、ビジネスパートナーのリンさんのサポートもあって米国向け輸出もメドがつき、その分として500トンを計画している、という。
現時点での玉木さんの売上げ計画は、2011年産米に関しては、主力の国内向けが3400トン、計画ベースで約8億3000万円、そしてすでに述べた輸出向けが台湾の300トンを含めた全体800トン、為替変動もあるにしても同じく計画ベースで約2億円を見込んでいる。父親の玉木森雄さんを含め、総合力での取り組みがベースになっているが、こと輸出に関しては、すべて玉木さんの経営手腕による。31歳の青年農業者のたくましさ、志の高さが伝わってくる。

現地生産は米の品質管理技術の台湾指導が縁、だが実際は輸出コスト高対策
 さて、本題の台湾での現地生産だ。玉木さんは「実は、できれば今年産米からスタートさせたかった。ところが台湾は年2回の2期作で、1月と7月に田植え、6月と12月に収穫というパターンのため、現地生産する場合のために準備する新潟コシヒカリの種もみが間に合わない。そこで、今年秋に収穫後の稲の種もみを来年1月の作付けに使うことにした」という。
現地生産に踏み切るきっかけは、玉木さんによると、いろいろある。まず2年前に、玉木さんが台湾の農林行政当局から評価を受けて、台湾中部、そして南部で日本の品質管理技術を含め栽培や生産などの管理手法の講演を兼ねて技術指導を頼まれたのがきっかけだ。そこで、親しくなって交流を続けた台湾中部の生産農家との間で、新潟コシヒカリの種もみをもとに委託生産の形で台湾での現地生産計画が具体化した。
しかし決定的なのは、日本からの輸出に際してのさまざまなハンディキャップ、端的には輸出にかかるコスト増、為替リスク、輸出手続きの煩雑さ、品質管理などを克服するためには、輸出先で新潟コシヒカリの現地生産をするのがベストと感じたからだ、と玉木さんは述べている。

為替リスクへの対応など課題多いが、グローバル対応できる日本の米づくりめざす
 玉木さんは「為替リスクへの対応など勉強することが多い。しかしグローバル対応が出来る日本の米のビジネスプランをつくりたい。そして、国際競争にも十分に勝てる力強い日本農業をめざしたい。それが私の今の気持ちだ。台湾でのマーケットリサーチを通じた現地ニーズへの対応、価格戦略など現地化で学んだことをベースに、日本が持つ強みの品質管理や安全・安心への取り組みを武器にすればいい」と述べる。
聞いていて、2年前に取材して話を聞いた時よりも自信に満ちていて、一段とたくましくなっており、うれしくなった。こういう意欲的な、チャレンジ力のある人たちに日本農業を託したい、と思ってしまう。

3月中に新会社設立、TPP参加決まれば台湾産新潟コシヒカリを日本へ逆輸出も
 玉木さんは3月中に農業生産法人として「株式会社玉木」を創立する、という。この農業生産法人がユニークなのだ。日本国内の農業生産法人は生産だけのための法人組織がほとんどだが、玉木さんの新生産法人は集荷、卸売、精米加工、さらに輸出など貿易業務も事業内容に含めた多機能のものにする。このあたりが経営者としてもすごい。

こうした経営態勢や海外での新潟コシヒカリの現地生産をベースに、玉木さんはTPPへの日本農業の対応も考えている。台湾での現地生産が軌道に乗れば、コストの安い海外の新潟コシヒカリを日本へ逆輸出するのも一案だ、という。なかなか考えることが大胆だ。
私は、日本がTPP参加をきめ、これをきっかけに農業のみならずヒト、モノ、カネなどあらゆる分野で「開国」に踏み出すべきだ、という考えだ。今や自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)など、アジア1つとってもさまざまな経済面での国境を外して自由に貿易活動を進める動きがスピーディに進んでいる。とりわけ韓国や中国、それに東南アジア諸国連合(ASEAN)で進み、TPPもその延長線上にある。だから、どの枠組みにかかわるか別にして、自由化は避けて通れない流れだ。あとは何を守るかは外交交渉であって、すべてが裸同然になるというわけでない。
日本農業の強みは品質、安全・安心力だが、コスト高の弱み克服こそ課題
 それに、日本農業に関しては、別の機会に、私の現場体験を踏まえた持論を展開したいが、日本農業は玉木さんが指摘するように、高品質、安全・安心などの面では強みを持っている。問題はコスト高などの弱みの部分をどうするかだ。政治や行政が新たに、骨太の農業になるような競争力をつける政策的な努力をすればいいのだ。
加えて、今や、日本の食文化はブームでなく、安全・安心のみならず、おいしい、健康的などの点で、新興アジアを中心に強い需要がある。裏返せば、日本の農業の現場は、今回の玉木さんの例にならって、輸出競争力をつける努力をすべきだ。底力を発揮する素地は十分にある、というのが私の見方だ。

日本農業の戦略的強み活かし、高コストなど弱みを克服すれば十分に競争力 農水省次官OB高木さんの問題提起に賛成、TPP参加表明で農業抜本改革を

 「国際競争に勝てる強い日本農業めざしてがんばる」と、来年から輸出先の台湾で新潟コシヒカリの現地生産に取り組む新潟玉木農園の農業青年、玉木修さんを前回コラムで取り上げたところ、反響があった。「時代刺激人」の役割を果せたか、とうれしくなった。そこで今回は、日本農業が閉そく状況にあると悲観する前に、課題克服に取組んで日本農業が持つ強みを活用すべきであることをぜひ述べたい。最近、農業問題専門家の話を聞く機会があり、問題意識がほとんど同じだったので、その人の問題提起を紹介しながら、意見が割れる環太平洋経済連携協定(TPP)について、私自身としては、参加表明賛成を通じて、日本農業の抜本改革につなげるべきだ、という考えであることを述べたい。

その専門家というのは、元農林水産省事務次官の高木勇樹さんのことだ。私は毎日新聞時代に農水省をカバーして農政をいろいろ取材したが、歴代の事務次官の中には旧自民党政権の農林族議員や巨大な農業団体、全国農協中央会(全中)との政策や利害調整に終始した調整官僚が多かった。その中で、高木さんは間違いなく骨太の政策官僚の1人だ。今回、ある研究会会合で、農政の現状や今後のあり方について、話を聞いたが、その問題意識はジャーナリストでないかと思うほど、現場を踏まえて鋭く、共感できるものだった。

成熟度高い国内市場に加え最終消費7、80兆円のアジア市場の存在はチャンス
 さっそく高木さんの問題提起を、ご紹介しよう。話のテーマは「TPPと日本農業問題――本当の課題は何なのか」というものだったが、高木さんの結論は、日本農業の強みを活かす制度やシステムの構築を図るべきだ、日本はTPP交渉の場に加わり、交渉を通じて情報収集を図り、TPP参加が日本の国益にかなうかどうか判断すればいい、という。

日本農業の強みについて、高木さんは、いくつか挙げている。まず、世界の中で依然として所得水準の高い1億人超の人口を抱える豊かで成熟した日本の国内市場を持っていること、同時に東アジアという、食料などの最終消費額が7、80兆円(円換算)、加えて富裕層が厚みを増しつつある中国など巨大な「食」を欲する市場をターゲットにできる現実があること、この2つは日本農業にとってチャレンジのチャンスである、という。全く同感だ。前回コラムでも述べたが、日本の食文化は世界中でブームを越えて、「安全・安心」「おいしい」「ヘルシー」といった点が定着しつつあり、この機会を活用すべきなのだ。

情報技術や異業種の科発技術、知財が農業のすぐそばにあり活用のチャンス
 続いて高木さんの挙げた強みは、IT(情報技術)、ロボット、品種改良、栽培技術など異業種の開発技術や知財が農業のすぐそばにあり、それらを活用出来るチャンスがあること、企画力や販売力、雇用力、付加価値力といった持続的経営体(法人経営体)の出現や活躍が十分に見込めること、さらに農業「経営」者のマインドの高さがあること――で、これらは日本農業の強みを活かすためのバックアップ材料だ、という。

このITの農業への活用の面白さを最近、実感した。三重県津市で株式会社オリザという企業を立ち上げアグリベンチャー(農業ベンチャービジネス)にチャレンジする若者たちの活動を、私が取材した時のことだ。31歳という若い最高経営責任者の浅井雄一郎さんは、オランダが施設園芸のトマト栽培技術に関して、オープン・イノベーションという形で世界中に技術をオープンにしているのに刺激を受け、日本でも応用に踏み切ったのだ。

若者のアグリベンチャーも技術のオープン・イノベーションで新農業にチャレンジ
 浅井さんらはいま、インターネット上で日本国内の若手農業者に働きかけて完熟トマトの独自栽培技術を共通マニュアル化し、全国8か所の農業者仲間でその技術をもとに同じ品質のトマトをつくりあげる。浅井さん自身も、4000平方メートルのビニールハウスで温度などをコンピューター制御して生産する。株式会社オリザがそれらを一括で買い上げ、伊勢丹や三越などの有名デパートに販売し収益をあげるシステムで成功している。

昔ながらの経験や培ったノウハウ活用によって、それぞれの農業者が自分だけで生産に取り組むのも大事だろう。しかしITで生産技術情報を共有し、全国各地でオリザ・ブランドの同質の完熟トマトをつくるところが農業ベンチャーのポイントだ。日本農業の持つ品質管理技術などを加味すれば、さらに競争力のある農業に変えることが可能になるはずだ。高木さんが指摘するのも同じことで、日本農業にはこういったさまざまな技術活用の素地が農業現場にあり、チャレンジ精神で日本農業が弱みを強みに切り替えるべきだ。浅井さんらの取り組みを見ていると、新しい時代の農業が登場しつつあることを感じる。

高木さん「TPP参加で高コスト構造、農地の非効率利用など弱み解決に取り組め」
 高木さんの問題提起はここからだ。TPP対応を含めた国際化、自由化への日本農業の対応について、高木さんは「国のあり方に対する戦略、覚悟をもった政治主導によってTPPの協議や交渉に参加することが必要だ。それら交渉などを通じて状況を把握しつつ、日本の水田農業や畜産、果樹などの生産に関して、地域ごとの徹底した経営分析を踏まえて強みを伸ばし、弱みを是正する処方の策定が必要だ。それによって、真の国益確保に万全を期すことだ」という。

その強み、弱みの処方の策定については、高木さんによると、水田農業で言えば強みは高品質、安全、安心の技術的な裏付けだ。弱みは高コスト。特に飼料用や加工用の米にそれが言える。また、農地の集約化をめざしても、受託などで借りることのできる農地が分散していて非効率な農地利用しかできないことも弱み。酪農に関しては、強みは欧州共同体(EU)並みの規模があることだが、弱みは高コスト、草資源の低位利用も問題、さらに減価償却の高さなどで、これらの弱みの克服だ、という。
そこで、高木さんは「強みを伸ばし、その一方で、弱みをなくす方策の実現のためにはスピードが大事。必要な制度や施策の提案をすること、端的には構造対策実施の影響額がどの程度かはじき、その対策に必要な額、財源、変動要因の的確な把握も重要だ。それらをもとに対処方針、工程表をつくる。やれば出来る」と述べている。まったく同感だ。

「農産物輸出でも国家戦略が必要、民間で対応困難な輸出インフラの整備を」
 前回コラムで取り上げた新潟の玉木青年の米輸出など日本の農産物輸出を進める環境づくりについても、高木さんは「国家戦略として、民間で対応困難な輸出向けインフラの整備に早急に取り組むことだ」という。具体的には検疫制度の整備、知財権の保護、関税のチェック、容器や包装を含めたきめ細かい物流システムの確立、民間輸出体制の整備や金融・税制面でのバックアップが必要だ、という。

新潟の玉木青年もその点を強調していた。具体的には「国の行政が、米を含めた農産物輸出に真剣に対応する、という態勢になっていない。たとえば新潟から台湾への米の輸出に関して、新潟東港からの船の直行便が少なく、現実問題として遠距離の横浜港を使わざるを得ないが、国内陸送運賃のコストが割高で経営圧迫材料だ。そればかりでない。集荷や検査・保管管理・精米・出荷・輸出の一貫システムにつながる低温倉庫がほしいが、行政には輸出志向が薄いので、そうしたニーズの把握もできていない」という。

TPP参加めぐり意見割れるが、守りの農業で事態打開図れず、ガラパゴス化が心配
 さて、日本はTPP参加を表明するかどうかがポイントになる。これまで述べてきたことから、おわかりのように、私は、日本がTPP参加を表明し、それに伴って日本の農業が国際競争力をつけるためのさまざまな改革に取り組めばいいと考えている。農業だけにスポットが当たっているが、ヒト、モノ、カネなどさまざまな分野での自由化が課題になるのは間違いない。政治決断も必要になるが、日本はいま、国の形を新たに考え直す、作り直す時期に来ており、農業に関しても、その延長線上で抜本改革するチャンスだと思う。

日本国内では、このTPP参加をめぐって、意見が割れている。メディアの世論調査では社会保障財源とからめた消費税率の引き上げへのリアクションと同様、TPPへの参加表明に関しても過半数の賛成が数字になって出ているが、農協など農業団体、大学の研究者の間では根強い反対意見がある。反対論のポイントは、例外なき関税撤廃、関税ゼロ化によって安い農産物が海外から流入すると、日本農業は価格競争の面で太刀打ちできず、結果として食料の経済安全保障上も問題が多くなる、というものだ。

しかし、私は、守りや保護にばかりこだわり国際競争の現場から距離を置いたことによって、結果として、日本農業は守りにこだわった部分だけ、攻めの部分でも取り残されてしまい、気がついてみたら、日本農業ガラパゴス化してしまい、せっかくの日本の食文化を武器に海外に出るチャンスも失ってしまう、という気がしてならないのだ。

TTP交渉での例外なしは建前、米国は弱みの砂糖の例外扱いを主張へ
 外務省や経済産業省のTPP問題担当者によると、TPP関係国同士の交渉では農産物に関して、原則的に例外を認めない、という方針で進んでいるが、それは建前であって、米国がTPP交渉で、豪州との間で結んでいる自由貿易協定(FTA)で例外扱いにしている砂糖などをTPPでも前例踏襲してほしい、と、原則から外れる主張をしている。日本が仮に交渉参加を表明しても、米国の砂糖問題を引き合いに、日本の米問題の特殊性を主張し、例外扱いにすることは十分に選択肢としてある。むしろ、交渉参加を表明して、各国の本音を探るなど情報収集に動いたほうが得策だ、という。
高木さんも、冒頭部分で述べているように、「日本はTPP交渉の場に加わり、関係国との間での交渉を通じて情報収集を図り、TPP参加が日本の国益にかなうかどうか判断すればいい」という姿勢だ。私も、この点は異存ない。

高木さんは1993年ウルグアイラウンドでのMA米受け入れの愚策避けよの主張
 ただ、高木さんは、今回、仮にTPP参加表明したあとでも、かつて日本が1993年のウルグアイラウンド(多角的貿易交渉)最終局面で、米の取り扱いについて「例外なき関税化の例外」を外国に認めさせた半面、778%の高率関税をかけて米の輸入に関する関税の壁を設け、代償として、米国の執拗な要求を受け入れてミニマムアクセス米(MA米)という最小限の輸入米を受け入れた愚策を二度と行うべきでない、と述べている。

確かに、そのとおりだ。このMA米は、あまり知られていないが、いまや日本政府にとっては泣き所になっている。国内では米の需給調整のために生産調整(米の減反)政策を続けている手前、国内市場から隔離し、義務で輸入する外国産米の大半を海外への食料援助などに活用するか、あとは数年前に社会問題になった米粉加工会社、三笠フーズによる汚染米の不正転売事件の原因になったのもこのMA米だ。
このMA米の在庫が膨れ上がり、政府の在庫保管費用などの財政負担が年間100億円にのぼり、その累積の財政負担額はすべて国民の税金でまかなわれている。米を守ったツケがこういった形で来ていることも事実だ。この教訓を忘れてはならない。日本は、TTP参加表明後は、まずは日本農業の抜本改革策を本格的に議論し、競争力をつけて本格交渉に臨めばいい。いかがだろうか。

東日本大震災の未曾有被害や死者の多さに心痛む、日本にとって大きな試練 原発事故含めすべてが想定外の連続、日本再生に向け打てる手立ては何でも

 3月11日午後に突然、東日本の太平洋岸地域を襲った巨大地震、その直後に津波がまるでジェット機のような速さで押し寄せたため、あっという間に命を絶たれた方々の数が日を追って膨れ上がっていく。テレビでの現場映像が、逃げまどう住民、そして家屋を無情にも押し流していく津波の荒々しさを映し出す。映画を見ている錯覚に陥る。だが、それが現実であるとわかると、なぜこんなことが起きてしまうのかと思うと同時に、天災のこわさを知る。亡くなられた方々、被災された人たちのことを思うと、本当に心が痛む。
東京電力の福島原子力発電所事故を含め、すべてが想定外のことばかりだ。日本国内の新聞、テレビのほとんどは、当然ながら連日、大震災の模様を報道している。海外メディアも同じで、欧米のみならず中国のメディアもトップニュースで日本の地震、そして津波で壊滅的な被害状況を報じているが、菅直人首相の「日本は第2次大戦後でも最悪の事態にある」との記者会見発言を大きく取り上げたのが印象的だ。日本は戦後、戦争の後遺症に苦しみながらも奇跡的な経済成長によって、見事に再生を図った。今回は、それが出来るだろうか。日本にとっては大きな試練だ。しかし私は、日本人の団結力、組織力など、本来持っている力が蘇ってきて再生のエネルギーにつなげていくと思っている。

中国紙「日本人の冷静さが世界を感動させた」との称賛報道は素直にうれしい

 その点で興味深く読んだのは、中国の「環球時報」が報じた大地震発生当初の記事だ。東京の交通機関が運行ストップなど大混乱の状況下で、自宅に帰るに帰れず一種の「帰宅難民」となった人たちがホテルや駅の階段に座って長い時間、交通機関の復旧再開をじっと待つ状景を見て「地震発生後の日本人の秩序正しい行動が素晴らしい」「日本人の冷静さが世界を感動させた」と書いている。要は、中国で起きた場合には暴動にもなりかねないのに、日本人は整然と我慢強く、かつ冷静に行動するところが素晴らしいというわけだ。
かつて、いくつかの途上国での地震災害などによって壊滅的な打撃を受けた被災地に救援物資を補給する際に、現場で、まるで奪い合うように救援物資をつかみとる光景をテレビ映像などで目にした。今回、東北のどの地域でも救援物資を整然とリレー式で運びだしている。給水トラックから水の供給を受ける際にも、順番に辛抱強く整然と並んで待っている。中国「環球時報」紙は、中国にはこの民度の高さがない、日本人は素晴らしい、と言ってくれているのだが、日本人の美徳というよりも、いい意味での連帯感、組織力が根強く日本人にあるので、これを日本再生のバネに活用できるのでないか、と思った。

東京での買いだめなどミニパニック行動は結果的に被災地支援に逆行

 と言っても、すべてがGOODではない。被災地への救援物資の輸送を最優先にすべきなのに、東京など大都市での買いだめの動きがブレーキをかけている。ガソリンが一時的に品不足状態に陥り、しかも東京電力の計画停電で鉄道など公共交通の運行にも影響が出たため、ガソリンスタンドでガソリン買いだめの動きが出たのだ。
そればかりでない。1970年代の石油ショック時のモノ不足現象が買いだめ心理を誘ってトイレットペーパーなどが品不足になったことが40年たったいま、またスーパーなどで起きている。パニックになって見苦しい奪い合い、殴り合いといった異常な光景が見当たらないのは幸いだが、ミニパニック状態はちょっと度が過ぎる。私の自宅近くのスーパーマーケットで、カップラーメンのような保存食から、計画停電用のためか懐中電灯、電池、ろうそくまでがあっという間に売り切れ状態。異常な仮需要が発生しているのだ。
今は、被災地の人たちの苦痛を共有するという意味で、救援物資輸送優先に協力することだ。ここで買いだめに走れば、その分の物資が被災地に届くのが遅れてしまう。デフレ時代で、モノは潤沢にあることを肝に銘ずるべきだろう。

政治の責任は重大、政局休戦どころか復興開発や日本再生に向け機敏な行動を

 ところで、日本にとっては、間違いなく、これからが大きな試練だ。どんなことが日本再生にとって試練になるか、いくつか考えてみたい。その1つは、政治がどういった機敏な行動をとれるかだ。与野党とも、政治休戦は当然だが、議員立法で打てる手立ては機敏に打つ、災害救助法などに関しても、過去の先例や法的解釈でこれはやれないとかいったことを棚上げにし、広域の復興支援や地域再生プログラムを考えることが重要だ。
1995年の阪神淡路大震災の時の被害総額は10兆円と言われている。大都市災害とはいえ、地域限定だったのに比べて、今回は太平洋岸の青森、岩手、宮城、福島県のみならず関東の茨城、千葉など広域に及んでおり、15兆円規模の損害額になるのは間違いない。デフレ脱却がままならない日本経済にとって、国内総生産(GDP)の下押し圧力は辛い話だが、常識的に考えて0.5%から1%はあるだろう。一時的にはやむをえない。その点でもマクロ経済政策を仕切れるかどうか、政治の責任は重い。

再生めざす東北を新興アジアにつながるハブ基地、経済特区地域にする大胆さも

 根こそぎ住宅も資産も奪われた地域にとっては、新たに再生に向けアクションを取らねばならない。政治が行政をリードして仮設住宅、病院など救護・介護施設、水回りなどインフラ整備などに素早く対応すべきだ。それと平行して、新たな地域共同体づくりをめざすことも重要課題だ。集落や村、町、市や県といった境界線を取り外して広域の新しい地域づくりをめざす、そのためにプランナーやコンサルタントなどから公募によって面白い、夢が持てるような地域モデルをつくる必要がある。その点に関して、かつてのような公共事業主導の復興ではなくて、本当に夢のある、次代の日本の姿を感じさせる地域再生モデル、わくわくするようなプロジェクトを打ち出してほしい。
その先頭に立つべきなのが政治家だ。内向きになって政局ゲームしているヒマはない。沖縄の那覇空港が新興アジアの国々からの航空貨物を集積する一種のハブ空港となり、そこから目的地別に積み替えて輸送する国際貨物ハブ事業基地になったのが参考例だ。新生東北が新興アジアへの新たな戦略拠点となるべく、経済特区地域にしてもいい。それによって新規需要創出のみならず雇用の創出にもつながる。出直すチャンスづくりが必要だ。

地震・津波含む気候変動で、日本がアジアとインフラづくりや研究成果共有も

 地球温暖化に見られるように、地球全体がおかしくなっている。日本は地震列島の上に立つ国家だが、ここ数年、地震のみならず津波がさまざまな形で起きている。アジア全体でも地震、津波に限らず気候変動という括り(くくり)でもって、日本が主導的に新興アジアで先進モデル事例にして、未然予防の対策をとることが必要だ。津波に関しては、スマトラ沖の災害で、津波の恐ろしさが認識されたが、今回の日本での津波はケタ外れであり、その予防策をどうとるか、大きなテーマとなる。
そのからみで、NHKテレビで東大の地震研究の教授が今回の津波被害に関して、リアス式海岸で起きる津波が狭い湾内に入って行き場がないために一気に隆起してしまい、後ろから来る津波に押し出されるようにして5メートル、10メートルという高さの津波に早変わりし、陸地に襲いかかったことが考えられると、シミュレーションをもとに述べていた。これはとても参考になった。津波恐怖にさらされる他の国々にとっても参考になる。日本が率先して津波対応のインフラづくり、研究成果の共有で主導的になるのも重要だ。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)に集団で陥るリスク、専門家で対策チームを

 試練という点では、家族や友人などを今回の大震災で失って茫然自失としている人たちがいまは非日常の世界で何とか過ごしているが、これから次第に現実の世界、日常の世界の戻った時に起きる心的外傷後ストレス障害(PTSD)が心配だ。
フリー百科事典「ウィキペディア」によると、地震や洪水、火事のような災害、戦争、テロや監禁、虐待などさまざまな要因で起きる。精神的な不安定による過覚醒症状、トラウマの原因になった障害などを回避したいと躍起になる傾向、異常な事故や犯罪、事件の目撃体験の一部や全体について思いだすフラッシュバック症状が典型だという。
今回の大震災で、ストレス障害に苦しむ人たちが極めて多いはず。これから2週間、1カ月、3カ月という時間の経過とともに、PTSDに陥る人たちが増えてくる可能性が高い。それが一種の集団ストレスになった場合には社会問題となりかねない。今回、社会問題化する前に、多くの専門家で文字どおり対策チームをつくって対応することが必要だ。

耐震性で世界的評価あった日本の原発に津波対応のもろさ、どう克服

 最後になってしまったが、もっと大きな試練がある。言うまでもなく世界中の関心を呼んでいる東京電力の福島の第1、第2原子力発電所のうち、とくに第1発電所での1号機、3号機の爆発事故、それが今では2号機にも及んだことだ。いずれも炉心溶融(メルトダウン)の恐れが出てきて、放射能汚染回避のために、30キロ圏内にまで避難地域が拡大したという厳しい事態に至っている。時々刻々、状況が悪化していき、だれもが不安を隠しきれない。過去最悪の原発事故と言われる旧ソ連のチェルノブイリ原発爆発事故ほど、ひどい事態ではないが、何とか歯止めがかかってほしい。
日本の原発は世界的にも耐震構造がしっかりとして、その技術も優れているという評価を得ていた。それが今回は、東京電力の説明では大津波という想定外の事態で電源系統が破損し、冷却水の水が原子炉にたどりつかず、原子炉の燃料棒が空炊きになる状態が起きてしまった。海水を急きょ、冷却用に使う応急措置を講じたが、原子炉を保護している格納容器と、その外のコンクリート製の建屋の間に水素が漏れ、酸素と結合して爆発が起きた。これが最初、福島第1発電所の原発1号機だったが、同じことが第3号機に及び、さらに第2号機にもそれが波及する恐れも出てきた、というのだ。

過去最悪のチェルノブイリ原発爆発事故の二の舞避ける、中国にも技術協力を

 原子力発電の専門家によれば、非常時対応での海水注入は塩分を含んだ水であるため、原子炉自体を痛めることになり、原子炉そのものの廃炉処分もせざるを得ない、という。しかし今はまず安全性確保に努め、チェルノブイリ原発のような格納容器、原子炉そのものの爆発、そして大気中に放射能汚染がまん延する最悪事態を避けねばならない。そのためには東京電力のみならず他の電力各社、原子炉プラントメーカー、大学や研究機関、政府の原子力安全・保安院などが最悪事態回避のために、知恵を出し合うしかない。
中国など新興アジア、中東諸国の間では原発に対する需要が高まり、建設ラッシュになりつつある。日本の原発プラントメーカーは電力会社と連携し原発のシステム輸出も行うと張り切っていたが、今回の事態で、様変わりの情勢となった。やむを得ない。
それよりも中国のエネルギー関係者が以前、話していたことが気がかりだ。「中国は今や日本から最新の環境や原発技術装備のハードウエアを得なくても市場から買える。問題はメインテナンスの技術がないことだ。日本に協力を仰ぎたいのは維持管理のノウハウ、人材、技術だ」と。裏返せば、中国が巨大なエネルギー需要をまかうため原発をつくっても、今回のような事故に遭遇した場合の対応が大丈夫か、という点だ。国際的に協力体制の枠組みづくりを確立しないと、中国リスクが海外に伝播する可能性もある。課題は多い。