日本はおもてなしサービスの戦略商品化を 「7分間新幹線清掃チーム」は強み、磨き必要

最近、東日本大震災の被災地復興の定点観測や北関東、東北地方への出張、旅行でJR東日本の新幹線利用ケースが多い。そのつど、すごいなと思うのは、東京駅での分刻みの新幹線の定刻発車運行管理が1つ、それと新幹線清掃チームが折り返しで次の目的地に向けて出発する新幹線内の清掃サービス作業を、わずか7分間内に手際よくやることだ。とくに「7分間新幹線清掃チーム」に関して、米ハーバードビジネススクールの教授陣が顧客サービスのモデル事例として現場見学したうえでケーススタディ必須科目にしたほど。
そこで今回は、これらJR東日本の新幹線運行管理システムや清掃サービス作業にとどまらず、日本企業にとって優れて強み部分とも言えるさまざまなサービス、とくに顧客向けおもてなしサービスに関して、日本は、サービスノウハウそのものをビジネス化して戦略ビジネス、戦略事業にすべきだ、という問題提起を行ってみたい。

海外での「日本おもてなしサービス」高評価などを背景に、
日本の戦略的な強みに

なぜ、こんなことを考えるに至ったか。実は2015年12月のASEAN(東南アジア諸国連合)の地域市場統合化を前にしたアジアでの現場体験がベースだが、新ライフスタイル願望に合致する安全・安心食材の日本食文化への評価が高く、中でも日本の外食企業のおもてなしサービス評価への高まりが1つ、それら東南アジア諸国にとどまらず中国や欧米、中東の人たちが円安・ドル高を背景に観光目的で日本訪問した際、日本のデパートや量販店、ホテル、レストランなどでの顧客対応、サービスの質の高さを評価し、それがそのまま日本評価につながっていること――から、おもてなしサービスを日本の戦略的な強みにして、ソフトパワーという形で、国の内外にアピールすればいいと考えたのだ。

要は、これらのおもてなしサービスに関して、日本はこれまで、とりたてて外部にアピールすべき問題ではない、やって当たり前の話で、付随的な問題だ、サービス自体を定量化出来る話でない、サービスでもうける発想がおかしい、といった形で、積極的に戦略商品化、ビジネス化する発想がなかった。しかし私は、日本が圧倒的な強みを持つモノづくりにからめた品質管理などの強み部分と一緒に、おもてなしサービスも強み部分として、一気に磨きをかけてシステムづくりをめざせば、日本の存在感を強める強力な武器になると考えるのだ。

サービス産業生産性協議会(SPRING)も
「日本サービス大賞」でモデル例発掘

そんな矢先、最近、日本生産性本部がかかわるサービス産業生産性協議会(SPRING)という民間組織のシンポジウムに参加したら、「サービス産業のさらなる発展に向けた『おもてなし産業化』の推進」というテーマで、さまざまなプロジェクト展開しているのを知った。質の良しあしを客観的に評価しづらいサービスに関して、今後、研究対象にして研究者間でサービスの質的評価基準を考えだし、第3次産業と言われるサービス産業の生産性を高めることは極めて重要だ。

SPRINGは2015年度から新たに「日本サービス大賞」を設け、独創的なサービスへの取組み、地域で輝いているサービスなどを選び出して、先行モデル事例にしていく、という。また、別の民間組織も「おもてなし経営企業選」という形で、おもてなしサービスの優れ者企業を選び出す、という。いずれも私が考えていたこととも密接にからむ話だが、こういった動きが具体化しているのを知って、うれしくなった。改めて、日本は捨てたもんじゃない、戦略的な強み、弱みの見極めの中におもてなしサービスをしっかりと位置付けて磨きをかければ、日本は世界のトップランクの評価対象になる、と思った。

JR東日本TESSEIは清掃会社を見事にビジネス化し
「おもてなしサービス会社」に

そこで、本題に入ろう。私は、ジャーナリストの性分として、「7分間新幹線清掃チーム」を現場で実際に見てみたいと思い、このチームを生み出した株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(旧鉄道整備株式会社)元専務の矢部輝夫さんにインタビュー取材すると同時に現場見学させてもらった。

すでに数多くのメディアで取り上げられているので、新鮮味がないと思われるかもしれないが、私の問題意識は、少し違う。プロジェクトリーダーの矢部さんが、パートタイマーを中心につくった車両清掃専門の清掃会社のサービスに関して、独自ビジネスモデルをつくって「おもてなしサービス会社」として再生させたこと、パートタイマーを「パートナー」として位置付け、優秀度に応じて社員化も進め、それらの人たちのパワーをもとに清掃事業をおもてなし清掃サービスに切り替えたこと、新幹線に乗る顧客のみならず、多くの人たちから「7分間の限られた時間内に車内を手際よく清掃する姿を外から見ているとまるで新幹線劇場だ」との評価を得るところまで高めビジネス化したことが素晴らしい。

2チーム44人で全長400メートル新幹線車両を
わずか7分間にスマイル絶やさず清掃

親会社JR東日本からの新幹線車両清掃の受託という枠組みが基本のため、新規の需要創出、ビジネスチャンス作りが出来るかどうか難しい面があるのは事実。しか単なる清掃作業に大きな付加価値をつけて、おもてなしサービスという形に変えて顧客満足度を上げたばかりか、顧客の新幹線利用に際してのニーズや注文、さらにはクレーム処理の先端窓口になって、新幹線評価を高める役割を担うようになった意味は大きい。
矢部さんによると、1チーム22人の構成で、合計11チームが早朝から深夜までをカバーする。全長400メートルの長い新幹線車両の車内清掃、それも座席、テーブル、棚、床、窓、さらに共用トイレの清掃のほか、終点で降り立つお客、とくに年配者が重い荷物を持っていたりする場合のサポートもあり、1チームでは無理のため2チーム44人で取り組む、という。

お客のクレームやニーズ、評価を素早く
「エンジェルレポート」にして改善につなげる

ラッシュ時は東北、上越、長野・北陸新幹線の発着が分刻みで多いため、各チームには大きなストレスが加わる。しかし「さわやか」、「あんしん」、「あったか(温かい気持ち)」をキーワードに笑顔を絶やさず、さわやかな身だしなみで対応、清掃後は各車両ごとに整列し、次に乗車する人たちに向けて「どうぞ快適な旅を」と頭を下げるのが基本という。

極め付きは、7分間という限られた時間との勝負。矢部さんによると、JR東海とは別にJR東日本の場合、東京駅の新幹線ホーム2つにピーク時に4分間隔で出入りするため、最大12分間しか停車できない。お客の降車、乗車を合わせて5分間、残る7分間がTESSEIチームの勝負どころとなる。それでも10年前は年間30件ほどあったクレームが、今は4、5件程度。マニュアルだけでなく、お客の声をすばやくレポートにして情報共有し改善や工夫にもつなげる「エンジェル・レポート」などが役立っているという。

私が新幹線清掃の「おもてなしサービス会社」を取り上げたのは、清掃サービスにさまざまな工夫を加え、ビジネス化することによって、今やJR東日本の新幹線ビジネスを側面でサポートするほどの重要なおもてなしサービスとなったことに今後の日本がおもてなしサービスを含めたさまざまなサービスを戦略化する際のヒントになる、ということだ。

「ホスピタリティ」と「おもてなし」サービスに差、
国際基督教大の稲葉さんらが分析

このおもてなしサービスのビジネス化を考えていたら、国際基督教大上級准教授の稲葉祐之さんらが「社会科学ジャーナル」誌に寄稿した「『ホスピタリティ』と『おもてなし』サービスの比較分析」結果が面白い、という友人の勧めで読んでみたら、確かに、なかなか興味深い分析結果が出ている。ぜひ、ご紹介しよう。

それによると、欧米でいうホスピタリティ、日本のおもてなし双方とも、高付加価値を可能にする質の高いサービスの提供と言う点では差はないが、両者のマネージメント戦略の面で、それぞれの背景にある文化や風土などの差で違いがある、という。面白いのは、そこからだ。
ホスピタリティはホテルチェーンのザ・リッツ・カールトンに代表されるもので、顧客満足度を上げてもらうため、いかに宿泊時のサービス面で納得してもらえるかに力点を置いた加点法的な考え方でのサービス提供、しかもお客にわかりやすい演出で「感動」という価値を付け加えるなど、アピールを全面に押し出す。これに対して、おもてなしの代表例が高級な宿屋の能登加賀屋で、逆に減点法的なサービスが特色。要は、加賀屋の場合、もともと高い質のサービス、気の利いたサービスを提供しているという自負があるため、お客にいかに失礼に当たらないようにするか、質を維持することに重点を置いた減点のマネージメントになり、アピールよりも「配慮」が軸になる、という。

日本の顧客志向のサービスシステムに
「おもてなし」文化を加えてシステム化を

ホスピタリティ、おもてなしのサービスの違いにこだわる考えはない。すでに冒頭部分で申し上げたとおり、私のアピールポイントは、日本が圧倒的な強みを持つモノづくりにからめた品質管理などの強み部分と一緒に、おもてなしサービスも強み部分として、一気に磨きをかけてシステムづくりをめざせば、日本の存在感を強める武器になるという点だ。

その点に関連する話として、2014年11月8、9日の両日、NHKスペシャルが「日本式サービスの強さの秘密」というテーマで取り上げた番組にいくつか面白い部分があった。そのうちの1つに、UAE(アラブ首長国連邦)のザイード王子が日本のセブンイレブンのコンビニエンスストアの商品陳列システムに関心を示し、独占契約を結んでUAEにシステム導入した。ザイード王子はその際「日本のコンビニに入ると、手の届くところに顧客ニーズに合った商品が効率的に置いてある。よりよい生活スタイルを追求していく日本文化とうまく融合している。UAEにとって参考になる」と述べ、積極評価したのだ。
コンビニシステムは、日本企業がアジアにすでに積極導入してポピュラーだが、顧客ニーズをうまくつかんでビジネスにする日本のコンビニのサービスシステムに「おもてなし」文化を加えて、もっとビジネス化、システム化したら、日本の評価はもっと高まるのでないか、という感じがする。

アジアでは中国や韓国にない日本のきめの細かさ、
アフターケアサービスなどが評価

しかし私は、アジアの現場で、市場シェアをとるために必死の攻勢をかける中国や韓国の企業の動きを見ていて、あるいは現地の企業の動きなどを見ていて、彼らはモノを売りつけることに関して、すさまじいエネルギーを費やすが、ことサービスのきめ細かさ、売ったあとの欠陥商品の取り換えなどのアフターケア、部品交換などのメインテナンスサービスなどについては、日本企業には逆立ちしてもかなわない、トラック競技に例えれば、日本は数周先を走っている、という強みがある。ここが重要ポイントだ。

今後は、このサービス競争の差で企業評価が変わってくる、と思っており、日本は、このおもてなしサービス、メインテナンスを含めたアフターケアサービスなどのノウハウを事業化するとか、場合によってはブラックボックスに入れてノウハウを見せないといった戦略化するようにすればいいと思っている。いかがだろうか。

地政学イアン・ブレマー氏が面白い 「Gゼロ」後の世界リスク分析が的確

国際政治経済の先行きが不透明な中で、世界中いたる所で起きるさまざまな出来事、問題がどういった展開を見せ、それがからみあって何か重大なリスクになっていくのだろうか、といったことは、まさに地政学の領域の話だが、私たちのようなジャーナリストは、いつもアンテナを張り巡らし、地政学にからむ情報や分析ヒントを得たいと必死になる。
最近、その地政学アプローチで国際政治経済情勢分析を行う著名なユーラシアグループ代表のイアン・ブレマー氏の話を東京で聞くチャンスがあった。結論から先に申し上げればブレマー氏持論の世界主要国リーダー不在による混乱とも言える「Gゼロ」状況が欧州を中心に世界に広がる、というもので、なかなか説得力があった。そこで今回のコラムは、先行きを読むに際して、とても重要ヒントになるブレマー氏の話を軸にお伝えしよう。

世界動かすエンジ役の米やEU、日本が悪戦苦闘、
リーダー不在が問題で「Gゼロ」

私がなぜ、ブレマー氏の地政学的分析に興味を持ったかをまず、申し上げよう。実は、2年半前に、ブレマー氏の著作の翻訳本「『Gゼロ』後の世界――主導国なき時代の勝者はだれか」(日本経済新聞出版社刊)が出た際、好奇心をそそられるタイトルだったので、さっそく購入して読んでみた。そこには目からウロコ、つまりは日ごろ、モヤモヤして見極めがつかなかった問題がクリアに描かれていて、まさに大当たりの内容だった。それ以来、ブレマー氏の地政学をベースにした分析情報に強い関心を持っていた。

なぜ「Gゼロ」なのか、ポイント部分を少し引用させていただこう。
「世界からグローバル・リーダーシップが失われている。米国では党派対立による政治闘争と山積する連邦債務のため、1930年代以降で最悪の不況からの回復が遅々として進んでいない。今も続く債務危機はヨーロッパ、その諸機関、その未来への信用を損なっている。日本では地震、津波、原発事故という三重の災害からの回復について目覚ましいものがあるのに、20年にわたる政治と経済の停滞を克復できないでいる。30年ほど前、これらの国々は世界経済を動かすエンジンであり、G7(主要先進7か国会合)という世界秩序の心臓部だった。今は、ただ単に足場を取り戻そうと悪戦苦闘している」と。

新興国中国、インド、ロシアなども国内に問題抱え
世界の重い責任背負いきれず

さらにG7以外の「中国、インド、ブラジル、ロシア、トルコのような新興国は、拡大しつつあるこの権力の真空状態を埋める能力も、意思もない。新興国は、それぞれの国内で非常に困難な問題を抱えているため、世界的な政治と経済のリーダーシップの分担について、今以上に重い負担を引き受けることが出来ない」という。
「(中略)最近誕生したG20(20か国地域・首脳会合)は、根本的な政治的・経済的価値観が、まとまりがつかないほど多様であるため、切迫した問題でない限りコンセンサス提供が出来ない。誰がリーダーになるのか。今後数年間、世界の誰もリーダーになれないだろう。これが『Gゼロ世界』、第2次世界大戦が終わって以降、グローバル・リーダーシップという課題を引き受けられる国や国家連合がどこにも存在しない状況なのだ」と。

実は「Gゼロ」の予兆は40年前に、
サミットに首脳が集まって決めるスタイル定着

しかし、私は「Gゼロ」は今から40年前の1975年に始まった、と思っている。当時、フランスのランブイエに先進6か国と言われた米国、ドイツ、フランス、英国、日本、イタリアの首脳が集まって先進国首脳会議(サミット)を開いた。米国を含めて当時、突出したリーダーシップをどの国もとりえず、みんなで集まって決めないと何も決まらない、方向付けができない状況になったため、サミットという形で首脳が集まって決める枠組みをつくらざるを得なかった、ということだ。裏返せば「Gゼロ」現象の予兆は、すでに40年前から始まっていた、と言えるのでないだろうか。

以後、このサミット会合は毎年1回、持ち回りで開催され、EU(欧州共同体)がオブザーバーという形で加わった。途中からカナダが参加してG7、さらにそのあとにロシアが加わってG8となった。ロシアのウクライナへの軍事介入、クリミア半島併合問題で主要国の対ロシア制裁が表面化し、現在は残る7か国によるサミットとなっている。

ユーラシアグループが1月公表の
「2015年世界10大リスク」も興味深い

さて本題だ。ブレマー氏が「『Gゼロ』後の世界――主導国なき時代の勝者はだれか」を出版した当時から2年半後の今、世界の動きをどう見るのか、ぜひ知りたいところだ。その前に、ブレマー氏が代表を務めるユーラシアグループが今年1月に公表した「2015年の世界の10大リスク」を挙げておこう。これも参考になる。

それによると、トップは欧州政治の弱体化だ。ユーロ債務危機は一時ほどのリスクでなくなってきたが、極右、極左政党が勢いを増し社会不安を招いている、欧州でリーダーシップを発揮すべきドイツ、フランス、英国が国内に問題を抱えていることが問題、という。2位が欧米と対立を深めるロシアで、2015年全体のリスクとなる。ロシアの中国、イランとの連携、中でも北京とモスクワの協力体制が深まると地政学的リスクをはらむ、という。以下、3)中国経済減速の波及 4)米国がならず者国家への金融制裁を兵器化 5)広がる「イスラム国」の脅威 6)新興国指導者の求心力低下 7)政府の企業への影響力拡大 8)サウジアラビアとイランの対立 9)中国と台湾の関係悪化 10)トルコが失政で混迷、など。ただ北朝鮮、韓国、日本の東アジアに言及がないのが意外だ。

欧州政治弱体化とロシア関係を危惧、
ギリシャの「ロシアカード」使用のリスク指摘

今回の「2015年の世界リスク」4月講演で、ブレマー氏が地政学観点からのリスクとして取り上げたのが欧州とロシアの問題だった。分析が興味深いので、ご紹介しよう。
ギリシャのチプラス首相が4月8日にロシアを緊急訪問しプーチン大統領と会談、その際、EUのウクライナ問題をめぐる対ロシア制裁に反対と表明したことを取り上げ、ブレマー氏は「ギリシャは、財政改革を前提にしたIMF(国際通貨基金)やECB(欧州中央銀行)とのギリシャ金融支援交渉が難航する中で、ロシアカードを切り、欧州に揺さぶりをかけた。ロシアが今後、ギリシャを取り込み、その一環としてNATO(北大西洋条約機構)からの離脱を求め、ギリシャにロシア軍基地を設けるなどの動きに出たら地政学的リスクが高まる」と述べた。興味深い視点だ。

ブレマー氏は「ギリシャのEU離脱はない。国民の80%がEU残留を求めているためだ」と述べたが、「ギリシャがロシア接近というロシアカードを切ってEUとの金融支援交渉に揺さぶりをかけるのはロシアを喜ばすだけで、欧州とロシア関係をこじらせるリスクだ」と。国際的に孤立状態にあったロシアが中国に接近していることやロシアにサイバーテロの力があり、武力行使よりも、その行使力を警戒すべきだ、と述べたのが印象的だ。

英国のEU離脱リスク、右派台頭の仏も同じリスク、
米国のキューバとの和平評価

ブレマー氏が今回の講演の中で危惧していたのは、1月時点と同様、欧州政治の弱体化だ。1つが5月7日投票の英国下院選挙での最大争点のEUからの離脱問題で、保守党が英国独立党の急伸に背中を押されEUからの離脱となれば、EUのリスクが高まると指摘。またフランスでも右派が台頭しEU離脱論が力を増している点も無視できない、という。ドイツもメルケル首相が大衆迎合のポピュリズムへのコミットに苦しみ、結果としてリーダーシップを失いつつあり、EU弱体化の遠因となっている、という。ブレマー氏流に言うと、これらの動きはすべて互いに絡み合い、地政学的リスクなのだ。

米国に関しては、課題山積としながらも、最近の米国、キューバの歴史的な和解、国交正常化に向けての動きを主導したことをブレマー氏は評価した。ただ、ブレマー氏によれば、今回の動きは、むしろキューバ側の要因によるもので、原油価格の低落によって友邦国だったベネズエラが激しく凋落し、原油供給や財政支援の面で頼りにできず、米国の歴史的な和解によって米国からの投資などに戦略転換したことだ、という。ただ、米国が反米のベネズエラなど抑え込むチャンスと見て、キューバを取り込んだことは間違いなく、その点で地政学的な戦略判断が決め手になった、と私も思う。

中国政権の政治改革は評価だが、
経済は減速、国内に年金・医療投資課題も多い

また、ブレマー氏の講演で、今後を考えるに際して興味深かったのは、中国、ロシア、インド、ブラジルを含めた新興国の動きに関する部分だ。G7諸国の低迷のもとで、それに続く新興国がそれぞれの国に政治、経済両面で問題を抱え、とくにガバナンスの課題が多い点は変わっていないため、Gゼロ状況が続かざるを得ない、と述べた。

問題は、中国に関する部分だ。ブレマー氏は「中国の習近平政権は、国有企業の改革や共産党内部の汚職撲滅キャンペーンに乗り出しているのは評価できる」と述べたが、「経済の減速は避けられない。国有企業や地方政府の不良債権や債務リスクにどこまで対応できるかが課題だ。中国は今、AIIB(アジアインフラ投資銀行)などでアジアにインフラ資金を供給しようとしているが、年金や医療の制度が弱く、そのための国内投資に資金をつぎ込む必要がある。人口動態を見ても高齢化が進んでいるし、環境汚染対策投資も必要だ」と述べ、これら国内対策を行わないと政治不安を引き起こすリスクがある、という。

中国独自の世界標準・基準づくり無視できない、
ブラジルは先進国入り潜在可能性

ただ、ブレマー氏は、中国がAIIB創設に踏み出し世界銀行やIMFなどワシントンコンセンサスと呼ばれる米国主導の国際金融機関システムに対立する枠組みづくりにチャレンジしていること、とくに人民元改革やインターネットアーキテクチャーなどを通じて中国独自の世界標準・基準を作り出そうと考えていることを問題視し、すぐに機能するとは思えないが、無視すべきでない、と述べた。私も同感で、なかなか鋭い指摘だと思った。

また、他の新興国のうち、ブラジルに関して、ブレマー氏は、政治、経済両面で数多くの問題を抱えていることを指摘しながらも「先進国の仲間に入る潜在的な可能性が一番ある」と述べた。私自身、40年ほど前にブラジルに仕事で行った経験があるだけで、定点観測が出来ていない。当時も貧富の格差が大きく、経済面では不安定ながら、飛行機の国産はじめ、工業化にも積極的に取り組んでいたのが印象的という程度だが、ブレマー氏は「中国やインド、ロシアと比べても潜在的な成長力がある。周辺国は最悪と言っていい国々が多い中で、最高の部類に入る。長期的には成功できる方向に向き始めた」というのだ。

日本は地政学的リスクとは別に、
女性登用が不十分、サウジと変わらないと厳しい

このほか、インドはじめアジア、さらにサウジアラビアを中心にした中東などの問題に関しても、ブレマー氏は、地政学的な見地から、ジャーナリストにとってもユニークな切り口の指摘があり、とても参考になった。
最後に、ブレマー氏は、日本をどう見ているのだろうか、という点が気になる。興味深かったのは、女性への対応問題だ。「日本で仕事することが多いが、安倍政権が女性の登用などを成長の起爆剤にとか言っている割合には、私の見る限り、サウジアラビアと変わらない。女性の力を本気で活用すべきだ」と。ブレマー氏得意の地政学とは直接結びつかない話だが、外部の目線が手厳しいことを、私たちはしっかりと受け止めることが必要だ。

無視できない中国版マーシャルプラン 大国意識など思惑先行だが、課題山積

最近の中国の動きを見ていると、対外経済戦略とも思える中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)プロジェクト、それに「一帯一路」という、中央アジアからユーラシアに至る陸上のシルクロード経済ベルトの「帯」、インド洋からアフリカ沿岸、中東に至る海上シルクロードの「路」の2つのシルクロードを軸にして巨大な経済圏を建設するというプロジェクトなどは「中国版マーシャルプラン」という括りで見てみると、形が見えてくる感じがする。
いずれもスケールの大きい中国の対外経済戦略だが、日本にとって無視できない問題なので、今回はこの「中国版マーシャルプラン」の背景や問題点を探ると同時に、本来のマーシャルプランと重ね合わせて、米国や中国の姿を浮き彫りにしてみたい。

米国は第2次大戦後の欧州復興計画マーシャルプランで
戦後リーダーの地位確立

マーシャルプランは、ご存じの方が多いと思うが、第2次世界大戦の激しい戦火の舞台となって荒廃した欧州各国・地域の復興のために、米国が戦勝国の立場、そして経済余力を誇示して、積極的に主導した欧州復興援助計画のことだ。計画を提唱した当時の米国務長官、ジョージ・マーシャルの名前をとっている。

当時、米国は100億ドルにのぼる無償贈与を軸に、さまざまな経済技術協力を行い、戦後経済復興を主導した。欧州16か国の中にはドイツ、イタリアの戦時中の敵国も含まれていたが、各国にとっては干天の慈雨で、復興4か年計画をもとに、次第に復興に弾みがつき、米国は自由世界の新たなリーダーとしての存在感を高めた。同時に、ユーロダラーといった言葉が定着したのをはじめ、米国企業が欧州での復興プロジェクトにかかわり戦後の米国多国籍企業化への道筋もつけるなど、米国企業の影響力が際立った。

2つのマーシャルプラン重ね合わせたら中国の
「米中2大覇権大国」狙いが見える?

今回、中国の最近のいくつかの対外経済戦略と位置付けていいプロジェクトを「中国版マーシャルプラン」という形で、戦後の欧州での米国主導のマーシャルプランと重ね合わせたのは、多分、おわかりいただけよう。
米国が当時、無償援助などをもとに経済のみならず政治、軍事、外交などの面で戦後世界に影響力を行使したのと、中国が今、巨額の外貨準備をベースにした資金力を背景に、アジアのインフラ需要に応えるAIIBのみならず、「一帯一路」の陸と海の現代版シルクロードをもとに巨大経済圏づくりに踏み出したこととは、プロジェクトレベルも異なるし、同一次元ではとらえにくい。
とくに中国の今後のプロジェクト展開は、不透明部分が多いので、即断は禁物だが、中国がこれらの対外経済戦略をもとに影響力を行使するようになれば、中国が秘かに狙う「世界の米中2大覇権大国」ということが、ひょっとしたら現実のものになるかもしれない。その意味で、「中国版マーシャルプラン」は無視できない。どこまで実効力のあるものなのか、あるいは単なる張り子のトラなのか、見極めが必要だ。

王北京大教授が3年前に「西進――
中国地政戦略」打ち出し、その布石を打つ

友人のある中国ウオッチャーの話を聞いていて、今回の「中国版マーシャルプラン」に関して、中国は戦略展開の面でかなり以前から布石を打っていたなと思ったことがある。

その中国ウオッチャーによると、北京大学教授で、大学国際関係学院の王絹思院長が2012年10月に提唱した「西進―中国地政戦略のリバランス」戦略とからむ。王院長は当時、米国のアジア回帰に連動する形でロシアが極東アジアに、またEU(欧州連合)が中国などの北東アジアのみならず東南アジアに強い関心を示しているのに対し、中国は西部大開発という国家発展プロジェクトで内陸部、とくに西部地域を活性化すると同時にその延長線上の中央アジアを抜けて中東、欧州に西進し、ユーラシア大陸に新たな戦略支柱の「中央国家」をつくることで東の地域大国からグローバルプレーヤーになる必要がある、それ自体が、MIDDLE STATEという中心、中核の国としての「中国」にもつながる、という問題提起だ。

中国人エコノミストは、中国東側での領有権や
海洋権益めぐるこう着対策も指摘

日本のシンクタンクに勤める中国人エコノミストも興味深い指摘を行った。先日、この「中国版マーシャルプラン」に関連して、中国は、「西進」戦略とは違った背景もある、というのだ。それは、オバマ米国大統領ら率いる米国がアジア回帰を米国の新たな外交戦略にすると同時に、中国の尖閣諸島などの領有権主張をめぐって、日本と連携しての安全保障面での中国けん制に踏み出していること、また南シナ海での領有権や海洋権益をめぐるフィリピン、ベトナムを中心にしたASEAN(東南アジア諸国連合)との対立など、中国の東側、太平洋岸地域ではこう着状態に陥っている問題が中国の東側、東方には多い。

そこで、中国は事態打開策として「一帯一路」戦略によって「西進」に切り替えると同時に、AIIBを通じて欧米がバックにある世銀、国際通貨基金(IMF)などの欧米金融システムと一線画す形でアジアなど新興地域のインフラプロジェクトでリーダーシップをとろうとした、という。王北京大教授の「西進」戦略とは別に、中国の東方がこう着状態に陥っており、局面打開策として「西進」に切り替える戦略をとったというわけだ。

習近平政権はスタート後から大国意識を
全面に押し出すが、国内には格差など不満

中国の対外経済戦略に関して、習近平政権になってからの中国は、習近平主席自身が最初に打ち出した「中国の夢」戦略をはじめ、一貫して大国・中国を全面に押し出した戦略を出してきているのが特徴だ。13億人の巨大人口を抱える中国経済に関して、中国共産党政権は、社会主義中国と市場経済化の資本主義経済の2つの相反する枠組みを使い分けながら、成長政策を取り続けて現在まで来たが、その反動で、現場では数えきれない矛盾が噴出してきた。
国内に社会格差、都市間格差、所得格差などさまざまな格差が広がると同時に、都市化に伴って重慶市など地方の巨大都市には農村部から出稼ぎ労働者の流入が活発化するのに、都市戸籍を持てないため、医療や教育など都市生活者のサービスを十分に行けられず差別が広がる現実、国有企業の工場での大気汚染、水質汚染公害など環境破壊に住民の不満が増幅する現実などだ。

経済ジャーナリスト目線で申し上げれば、これら社会不安や経済不安がいつ、政治不安に転じて共産党政治に対する反発に発展し、政権基盤を揺さぶられかねないため、中国共産党政権は成長政策を取り続け、所得引き上げによって生活不安への反発を回避させる政策を行う一方で、国民の不満の発露を外に向けさせるため、反日キャンペーンを行ったが、さらに大国中国の世界展開によって、あとしばらく我慢すれば、豊かな中国にたどりつける、という政策を展開せざるを得ないジレンマに追い込まれていたと考える。

「新常態」政策はGDP至上主義抑え、
改革強化の一方で環境保護などにも配慮

しかし、今年3月の全国人民代表大会(全人代)で、共産党政権は今後の経済運営に関して、「新常態(ニューノーマル)」という聞きなれないスローガンを打ち出した。
要は、中国経済がさまざまな課題を抱える中で、これまでのような高成長を見込める情勢でなくなったこと、財政資金をつぎ込んで成長政策をとり続けるよりも環境保護や貧困減少などに取り組まざるを得なくなったこと、その一方で、安定した成長経済を続けるためにイノベーションによって新たな中国現代化の推進が必要であること、とくにこれまでの国有企業改革の一方で、新創業や起業を促して経済自体に活力を生み出すことが必要といった状況となったため、大国意識の強い中国共産党政権としては、新しいキャッチフレーズやスローガンをつくる必要がある、と判断したようだ。

それにしても「新常態(ニューノーマル)」は、なかなかわかりにくい言葉だ。ただ、2015年の経済運営の目標設定を見ると、経済成長率を前年14年の7.4%から「7%前後」と6%台への落ち込みも容認したこと、都市部の新規雇用者数を前年の1322万人から「1000万人以上」と控えめにしたことなどを見る限り、右上がりの目標設定から軌道修正を図り、言ってみればGDP至上主義を改めて、環境保護や貧困削減などに手をつけざるを得なくなったことだな、と言えそうだ。

孟精華大教授「アジアのみならず
中国国内でも社会資本整備に積極化」と指摘

ところが、中国の精華大学の孟健軍教授が最近、日本の経済産業研究所で「新常態下の中国経済」と言うテーマで講演したのを聞きに行ったが、極めて興味深かった部分がいくつかある。その1つが、共産党政権は、社会資本のさらなる整備を行うため、AIIBを創設してアジアでインフラ整備に積極的に取り組むと同時に、中国国内でも積極的にインフラ整備に取り組んだ。1980年代には通水(水道を通す)、通電(電気を通す)、通路(道路を通す)の「3通」、90年代にそれに高速道路、携帯電話など通信の2つの「通」を含めた「5通」、2000年にはさらに天然ガス、高速鉄道を加えた「7通」のプロジェクト展開を行ったが、新たに社会資本整備はハードからソフトに切り替えて生活の便利さ、資金、サービスなどに取り組む方針を打ち出した、という。

さらに2015年から北京、天津、河北の3地区の行政を統合し1億1000万人の巨大な生活圏にする。200キロ圏内を1時間以内で移動できるように高速鉄道を運行させる、PM2.5の大気汚染物質除去にも努めるなど、新たな施策を打ち出しているという。

3月全人代時、CCTV元キャスター女性の
大気汚染告発ネットが突然禁止処分に

そんな中で、「新常態(ニューノーマル)」を象徴する、と言ってもいい事件が全人代開催前に起きた。中国CCTVという国営テレビの元ニュースキャスターだった柴静(チャイチン)さんが2月28日、現場取材して大気汚染の深刻さを浮き彫りにすると同時に、汚染源の国有エネルギー企業の問題を告発するという衝撃的な映像をネット公開したのだ。

「UNDER THE DOME」(ドームの下で)というもので、柴静さんの知名度、綿密な取材にもとづく調査報道で共産党当局者もインタビューに応じていたことなどもあり、一気に話題を呼び、3月1日時点で9939回というほぼ1億のアクセスがあったこと、また政府当局の環境保護部(日本でいう環境省)トップの陳吉寧部長も記者会見で称賛したことから翌日3月2日時点で2億回以上のアクセス数になった。ところが、3月6日になってネット配信禁止処分にしたのだ。「中国版マーシャルプラン」で対外的に亜ピルするが、まだまだ共産党政権は、あらゆる事態にオープンになれるほどの余裕がないのだ。

AIIBは中国企業のひも付き輸出や
雇用不安解消対策懸念もあり透明性が課題に

問題のAIIBも、中国が巨額の外貨準備をベースにした資金力を背景に、アジアのインフラ需要に応えるべきだと創設を打ち上げたが、厳密な融資プロジェクト審査を通じた不良債権化リスク回避などのガバナンスの面で大丈夫なのか、中国主導のインフラプロジェクトは中国企業がひも付きで参加、それに中国国内の雇用不安、過剰設備のはけ口解消に使うのでないかといった懸念もある。「中国版マーシャルプラン」が、かつて米国が欧州復興で見せたような大きな成果を生み、時代を変える方向付けが出来るのかどうか、まだまだウオッチが必要だ。

農協は全中とおさらば、自立へ挑戦を 大組織病に終止符打たないとダメだ

今、農協改革の問題が大きくクローズアップされている。私は、これまで農業の現場を歩いていて、たくましいリーダーのもとで、すばらしい経営で成功している農協を見て、うれしくなることも多いが、大半の農協は、組合員の農業者自身から反発を招く存在になってしまっている。なぜか。それは、農協自体が組織の肥大化によって、組織保身が最優先となり、1947年設立時の農協法でうたった「農業者の協同組織の発達を促進し、農業生産力の増進および農業者の経済的社会的地位の向上を図る」という立法の精神から大きく離反してきているためだ。

組織肥大化で農協法設立時の立法精神から
遊離、農業者のための農協でなくなった

具体的には、利益を稼ぎ出す金融、購買、共済の事業部門に組織運営の偏りが見られ、肝心の現場農業者のための営農指導、販売開拓などの営業部門が極度に弱体化している。しかも農産物の集荷や出荷の手数料だけは有無を言わさずとっておきながら、農業者が期待する共同購入でメリット還元すべき肥料に関して、専門商社や肥料メーカールートの方が相対的にコスト安なのに、農協ルートは割高で、現場農業者にすれば、誰のための農協なのだ、と反発せざるを得ない面がある。いわば現場農業者のための農協になっていないことが最大の問題だ。

そこで、今回は、私の現場体験をもとに、素晴らしい農協経営の先行事例を紹介しながら、大組織病に陥った農協の改革は、どうしたらいいのか、申し上げたい。
その前に、日本農業は担い手農業者の高齢化、耕作放棄地の増大などを抱えており、私が現場を歩いてみて、課題山積をいつも実感する。しかし私自身は悲観していない。日本農業は決して捨てたものでない、経営感覚をもって消費者ニーズを探り、売れる農産物づくりに取り組むだけでなく、川中や川下レベルで異業種企業との連携で新ビジネスモデルをつくりあげること、さらに世界の成長センターとなってきたアジア向け輸出にチャレンジすれば、農業は十分に成長産業になると思っている。

3段階ピラミッド組織に問題、全中の改革だけでなく
独禁法適用除外で競争原理も

現在、全国に700ある地域農協のすべてに問題があるとは思わない。あとでも申し上げるが、優れた経営実績を上げて、組合員農家のために大きな貢献をしている北海道のJA浜中町、福井県のJA越前たけふなど先行例がある。だから、私は一部にある農協解体論には乗らない。問題は、そういったビジネスチャンスづくりの中核になるべき農協が大組織病で、「守り」に入って機能していないところがネックなのだ。結論から先に申し上げれば、農協自体を独占禁止法の適用除外から外して、いい意味での競争原理が働くようにするべきだろう。

農協組織は3段階のピラミッド構造になっていて、末端に優れ者と経営ダメ農協などが混在する地域農協、その上に都道府県レベルの農協連合会、さらにその上に全国組織として、いまメディアなどでいろいろ話題になるJA全中、いわゆる全国農協中央会の組織構造に問題がある。

安倍政権や自民党の最終改革案はまだ不十分、
末端農協が「攻め」に転じる改革を

歴代の自民党政権は、政治的な票田となっていた農協組織の改革を先送りしてきたが、今回の安倍政権と自民党は、やっと改革に手をつけた。改革最終案では組織ピラミッドの頂点に立つ全中について、今後5年間に一般社団法人に移行させることにし、全中の農協監査・経営指導権にもメスを入れ、監査を分離して外部に新監査法人をつくると同時に、今後は、末端の地域農協は、農協系の外部監査法人か、公認会計士の監査法人かを選択できるようになったが、一歩前進という程度。また全国農協の商社機能を持つ全国農業協同組合連合会(JA全農)を株式会社への移行も可能にさせたが、改革のポイントはこのあたりまでだ。

つい最近、自民党の斎藤健農林部会長が農政ジャーナリストの会で講演&質疑会見したので出席し、話を聞いて質問してみたが、肝心のピラミッド構造の末端にいる地域農協が今後、自由度を高めて、どこまで競争力を発揮できるようにするのか、とくに大組織病の原因ともなっていた金融や共済事業部門への偏りをなくすための事業分離、さらには農協本来の生産力や販売力、営業力をつけるための新たな株式会社化などへの道筋、独占禁止法の適用除外をあえて外し「守り」から「攻め」に転じる枠組みづくりの構築などをどうするのかに関しては、はっきりした方向付けが見えなかった。こと、これらの最重要課題に関しては、引き続き問題先送りという印象が否めなかった。

先行モデル事例はJA浜中町、JA越前たけふ、
いずれもプロ意識の組合長が経営

そこで、これから農協経営の先行モデル例となるJA浜中町やJA越前たけふをご紹介したい。これら農協経営に共通するのは、組合長にあたるリーダーがいずれもプロ意識、経営感覚の面でなかなかの逸材なのだ。JA農協の役員会にあたる理事会も、こういったプロ意識のあるメンバー構成が必要だし、場合によっては外部から経営人材をヘッドハンティングするぐらいの大胆な経営改革に取り組める枠組みづくりが必要だ。

このうちJA浜中町に関しては、以前も、このコラムで取り上げたことがあるが、間違いなく経営は素晴らしい。リーダーの石橋榮紀組合長は1990年に代表理事に就任して今年で25年たち、正直なところ世代交代も必要な年齢だが、年齢を感じさせない指導力や見識、行動力がある点がすごい。以前、取材していて、既存の農協組織の経営手法に対する強い不満や反発にスジが通っている。要は、全国の多くの農協が金融や購買、共済といった組織維持や保全のための営業に比重を置き過ぎて本末転倒で、組合員農家向けの営農指導に力を注げていない、というのだ。

JA浜中町は米国高級アイスクリームと連携、
企業の農業参入の積極受け入れも

具体的には、石橋さんは酪農比重の高いJA浜中町の経営に関して、全国に先駆けて1981年に酪農技術センターを立ち上げて品質管理に力を注ぎ、強み部分を確立すると同時に、一方で、企業の農業参入を積極的に受け入れ、企業の効率的な工程管理を学び組織強化に活かした。時代先取りの農協経営を行ってきた点は企業顔負けだ。
この徹底した品質管理技術への長年の取り組みが高評価を得て、JA浜中町は神奈川県の中堅乳業メーカー、タカナシ乳業と連携し、牛乳の全量納入と同時に、高級アイスクリームで有名な米国系ハーゲンダッツの原料の一手引き受けを行っている。多くの酪農農家の悩みは生乳の販売先の確保だが、JA浜中町の場合、その心配が全くないのだ。石橋組合長は「新鮮な生乳に関しては、品質の良さ対策をとっていれば、輸送距離の面で外国産に対しては100%勝てる」というのだ。

企業の農業参入、とくに農地保有に関して、全中などの冷ややかな対応とは対照的に、JA浜中町は石橋さんの主導で2009年に農協と地元企業などの共同出資で、株式会社「酪農王国」というユニークな名前の企業を立ち上げ、大規模な酪農の農場経営に乗り出して成果を挙げている。企業との共同経営は当時、北海道のみならず全国でも初めてで、画期的だった、というから先見性がある。

JA越前たけふは全農ルート使わず
肥料メーカーから直接仕入れ、台湾へコメ輸出も

もう1人の優れ者の農協リーダーはJA越前たけふの富田隆組合長だ。残念ながら、私が現場に足を運んでお会いするチャンスに至っていないが、テレビのインタビュー、新聞や雑誌のインタビュー記事をたびたび見ており、そのつど、すごい経営手腕だなと感心する。
富田組合長は「農家のための農協」を掲げて、肥料は飼料メーカーからの直接仕入れ、コメも系統農協出荷に委ねず消費者への直接販売に切り替えた。とくにコメに関しては台湾など海外への輸出にも取り組んだ。要は、上部組織の県経済連、さらに全国組織の全国農協連合会(JA全農)のルートを離れて独自の購買、さらにコメなど生産物の販売に乗り出すことで無駄な手数料支払いのコスト管理を厳密化し、収益向上につなげた、という。

JA浜中町の石橋組合長、それにJAたけふの富田組合長は、いずれも農協組織が今や大組織病に陥って農協本来の営農指導や組合員農家本位の購買や販売に携わっていない、という強い危機意識のもとに独自行動に動きだし、それぞれ成果を挙げているのだ。

農協は日本農業の担い手の自覚必要、
人口減少で消費重要の落ち込み対応重要

日本農業の課題山積は冒頭に述べたとおりだが、今後、とくに大きな問題になるのは、生産現場では人口減少と同時に人口の高齢化で、農業の担い手不足に拍車がかかって生産力構造にも、現在以上に問題を生じるのは間違いない。しかも日本全体の人口減少に伴い農産物を消費してくれる消費者など需要層のパイが先細りし、供給過剰になってつくっても売れないという状況があり得ることだ。日本農業の担い手の農協が、こういった事態にどう対応するか、本来ならば、日ごろから常に考えておかねばならない問題だ。

そうしたことを踏まえれば、日本農業は、海外に新たな需要を求めて、とりわけアジアのような成長センターを視野に入れた農産物輸出のみならず、農業の海外、とりわけアジア展開を真剣に考える必要がある。その場合、日本が農業政策面で海外に活路を求めることは、同時に、海外に向けて日本国内市場の開放を意味することになり、それは国内農業にとって競争力のある安い農産物の流入を招き、深刻な打撃を受けかねない、という形で、途端に「思考停止」状態になってしまっている。それが、JA浜中町やJA越前たけふのような先行モデル例になる農協は別にして、大半の農協が陥っている偽らざる現実だ。

「攻め」の農協対処策は先細る内需を補う
外需への切り替え、アジアへの輸出戦略を

しかし、ここは、発想を転換し、「攻め」の農協として、どう戦略転換をするか、真剣に考える時期に来ているのだ。アジア1つをとっても、急激な経済成長志向に伴い都市化が進み、中間所得層が次第に膨れ上がり、新たなライフスタイル願望が高まっていること、とりわけ日本が強みにする「安全・安心」「品質のよさ」など日本の食文化を裏打ちする強み部分へのニーズが高まっていることなどを見れば、日本が、国内農業への影響阻止の一点で抑制的だった農産物の海外への輸出に大きな舵を切る時が来た、と言える。先細る内需を補う外需への切り替えの発想が重要なのだ。

それに、アジアの人口が多い国々を中心に今後の大きな問題は、食料に対する需要が爆発的に高まり、中国の食料買いあさりのような現象が他のインドやインドネシアを中心に着実に広がってくると、食料不足どころか食料危機の問題が起きる。このため、日本がその場合に備えて、守りの姿勢で臨むのか、危機に対応して積極的に農産物輸出で対応できる農業の生産基盤をつくるかどうかも重要なテーマだ。
これらの重要な課題に、ビジネスチャンスと積極的な経営展開を農協にも期待したい。くどいようだが、農協は、本来ならば、農業の専門家集団のはずだからだ。

「日本発!世界のヒット商品」にヒント 現地ニーズ見極め戦略マーケティングを

「日本発!世界のヒット商品」にヒント
現地ニーズ見極め戦略マーケティングを

 毎日新聞社の毎週日曜日付の朝刊で連載している「日本発!世界のヒット商品」という企画が意外に面白い。タイトルどおり、日本ブランドの製品の売れ行きが、新興アジアを中心に世界の主だった地域でヒット商品になっている秘密は何か、という点にスポットを当て、ジャーナリスト目線で探ったものだ。私が以前勤めていた新聞社だからというわけでの評価づけではないが、時代のトレンドを見るうえで、なかなかの好企画だ。

現地化が最大のポイント、モノづくりの
得意技活用や日本食文化の強み発揮など

ヒット商品化したポイントは現地化だ。それぞれの地域の消費者ニーズをマーケットリサーチなどで見極め、そのニーズに対応するため、日本のモノづくりの得意技を生かして製品に工夫をこらし、機種によっては生産の現地化も行い、販売に踏み出したら一気に売れた、という事例が多い。モノづくりだけでなく、外食レストランビジネスは「食の現地化」に徹すると同時に、「おいしい」「安全・安心」「品質がいい」「おもてなしサービスが抜群」といった日本食文化の強み部分を生かして「成功物語」に発展した事例もある。

たまたま昨年2014年夏に毎日新聞社から出版された同名のタイトルの本を読んでいたら、私が最近旅行したベトナム、ミャンマーでの現場体験ともリンクする話があったので、今回は、グローバル市場で日本のモノづくりが力を発揮するカギは現地化だ、という観点で取り上げてみよう。

「丸亀製麺」はインドネシアで「食の現地化」、
イスラム教徒対応のメニューを開発

さっそく、そのうちの1つを紹介しよう。セルフ式讃岐うどんチェーン「丸亀製麺」を経営する株式会社トリドール(本社神戸市、粟田貴也社長)が2013年3月、インドネシアに進出して現地化に成功した話だ。
新聞企画を抜粋した本の記事によると、インドネシアは豚肉やアルコールなどの飲食が固く禁じられているイスラム教徒が多いため、既存の原材料が使えず、現地の食文化に対応したメニューを開発した。具体的には日本で使われる調味液は豚由来の調味料が入っており、店ごとに鶏ガラからスープをつくった、という。「鶏白湯(バイタン)UDON(うどん)」(4万5000ルピア=円換算約405円・2014年3月当時)がそれだ。

この「鶏白湯うどん」は、鶏ガラスープのうどんの上に団子ふうの鶏肉ボールを乗せたのが特徴だが、記事によると、釜揚げうどんやかけうどんなどの定番メニューも、味は現地の好みに合わせた。しかもインドネシアの現地では麺のこしの強さよりも喉(のど)越しの良さを好む傾向がある。このため讃岐うどんでは「硬すぎる」と感じる人が多いので、少しやわらかく細めのうどんを使っている。「イスラム対応メニュー」が受け入れられ、今では店舗数も増え、各店1日平均1000人が訪れる、という。

粟田社長は日本食文化シンポジウムで
「郷に入れば郷に従えが成功の秘訣」と表明

実は、最近、日本食文化をアジアにアピールするためのシンポジウムがミャンマーのヤンゴンで開催され、私はそのプロジェクトに参加した。その際、この株式会社トリドールの粟田社長がパネリストとして登場したのだ。そして粟田氏はシンポジウムで、この「丸亀製麺」ブランドのうどんの現地化の話をしたので、具体的に聞けるチャンスがあった。
粟田氏によると、インドネシアが有望な成長市場と見て、日本のうどんを食べてもらいたいとマーケットリサーチして出店準備を進めたが、当初、うどん味に対する現地の志向の違いでパートナー選びにかなり苦労した。しかし運よく現地の1社が名乗りを上げてくれ、「食の現地化」に積極対応しながら、試行錯誤の上に出店したら大成功だった、という。

その際、粟田氏は「当初、日本での讃岐うどんに使うトッピングのネギやショウガにこだわったが、『それでは売れない』という現地パートナーの進言を受け入れ唐辛子など現地の香辛料を使ったら見事に当たった」という。毎日新聞記事にあるうどんスープ以外に香辛料もポイントだったわけだが、粟田氏は「郷に入れば郷に従えのことわざどおり、現地の風味に合せた現地化が食の世界の成功の秘訣だ、と実感した」とシンポジウムで語った。

東芝は同じインドネシアでイスラム教礼拝時間を
知らせるテレビを開発し大当たり

「日本発!世界のヒット商品」の本では、イスラム教がらみの面白い現地化対応の話があるので、それも紹介しよう。大手電機メーカーの東芝が同じインドネシアで、イスラム教の礼拝時間を知らせるテレビを開発して販売したら大当たりだった、という話だ。
記事によると、東芝は新興国で発売中の「パワーテレビ」シリーズのインドネシア向け機種(2012年6月発売)に、礼拝時刻のアザーンに合わせてアラームが鳴る機能を搭載した。現地社員の「礼拝をうっかり忘れないように、みんなが見るテレビにタイマーを付ければ便利ではないか」というアイディア提案が開発のきっかけになった、という。

さらに、記事はこう書いている。「アザーンの具体的な時間は、祈る場所の日の出、日没の時刻で決まる。ところがインドネシアの東端と西端の距離は、米国の東西両岸とほぼ同じ約5000キロ。現在地の正確なアザーンを知るのは意外と難しい。そこで、インドネシア向け機種のテレビに国内256か所を登録、自分のいる地域を選ぶだけでアザーンに合わせ正確にアラームを鳴らすようにした。東芝TV商品部の新興国担当、竹永貴子グループ長は『徹底的に現地のライフスタイルを調査した』と自信を見せる」と書いている。
東芝のヒット商品化は、現地のイスラム教徒のニーズを鋭くつかんだ開発の勝利だ。

グローバル市場での現地化がカギ、
「供給先行型」・「ガラパゴス化」からの脱却必要

現地化という場合、経営トップから幹部までを現地人材に委ねて、経営の意思決定の権限まで与えるマネジメント自体の現地化もあれば、生産の現地化、販売システムなどの現地化もあるだろう。
ただ、最大のポイントは、世界各地で、各地域の消費者、ユーザーのニーズを見極め、その地域で売れる商品づくりを志向する、そのために現地人スタッフ主導でマーケットリサーチを行い、その地域の新たなライフスタイル願望に合わせた商品づくり、サービスづくりを定着させることだろう。生産の現地化、あるいは必要に応じて現地の販売手法の活用、さらに経営を含めて意思決定の現地化はそれに付随して出てくる問題だ。

日本のモノづくりに限って申し上げれば、かつては「いいものをつくれば売れる」、「日本の最高品質に裏打ちされた技術で作り出された製品は売れないはずがない」といった供給先行型の企業成長パターンで来た。その極めつけが、1980年代のソニー「ウォークマン」で、世界市場も制覇しかねない勢いだったが、その後、日本の産業企業の一部ではガラパゴス化現象という、日本でしか通用しない多機能のシステム志向に走り、消費ボリュームゾーンの新興国の成長市場に対応できず、あっという間に先行した韓国のサムスン電子などに先を越されてしまった。「供給先行型」やガラパゴス化からの脱却が必要だ。

「脱ガラパゴス戦略」の北川・梅津両氏が
提案する新興国攻略のキーコンセプトは3つ

私は、このガラパゴス化には大反対で、ずっと以前からASEAN(東南アジア諸国連合)を軸に新興国市場に活路を求め、マネジメントや生産、人材などの現地化を積極的に行い新興国とはWIN/WINの連携で臨むべきだと主張してきた。
以前読んで「これは鋭い」と思った北川史和氏、海津政信氏共著の「脱ガラパゴス戦略」(東洋経済新報社刊)を最近、読み直してみたら、北川氏らが指摘している点がポイントを突いているので、改めて引用させていただき、みなさんにぜひご紹介したい。

北川氏らは、新興国を攻略するキーコンセプトとしては「日本の世界観を売る」「ちょっとした工夫」「マネジメントレベルの現地化」の3つだと述べている。具体的に言うと「日本の世界観を売る」については、新興国が経済成長によって所得水準も上がるにつれて、新製品だけでなく新ライフスタイルや価値観を求めるようになるので、日本の豊かな世界観がそれらのニーズに応えることができる。TOTOの温水洗浄の便器が典型例という。
2つめの「ちょっとした工夫」は、「日本の世界観が新興国で大きな武器になるとはいえ、日本の製品をそのまま売ればいいわけでない。かといって、現地に合わせて完全にローカル化すればよいというものでもない。そこで大事なのは、ちょっとした工夫で、現地の実情を前提にツボを心得た改善を行い、リーズナブルな価格設定をすることだ」という。3つめは、「マネジメントレベルの現地化」で、日本から世界観を持ち込むだけではなく、販売方法や管理までを含めた模倣困難な経営システムの構築だ、という。

ミャンマー・シンポジウムで日本食の
オリジナリティと「食の現地化」の整合性で議論

ところで、この現地化をめぐって極めて興味深い問題提起が、私もかかわった最近のミャンマーでの日本食文化をアジアにアピールするシンポジウムで起きた。タイから現地参加した浅井モスフードタイランド社長が「日本食文化をアジアに定着させるにあたって、現地化がベースになるのは当然のことだ。しかし、その一方で、それぞれの企業の日本食の味や風味などのオリジナリティの部分と、味付けなどを現地に合せる『食の現地化』とのバランスをどう維持すればいいのか、悩ましい問題がある」と述べたのだ。

この問題提起は、日本食文化をアジアに、というアピールを展開する場合の重要ポイントだが、浅井氏の出した事例が実に興味深かった。浅井氏によると、日本政府が2015年1月から中国向けと同様、タイ向けにもビザの発給条件を緩和したところ、円安・タイバーツ高も加わって富裕層などを中心に日本に旅行する人たちが増えた。その人たちが、日本で日本食文化を味わってみたら、タイで食べている味とは違う本物の味だ、といった評価が広がり、帰国して口コミで広がった、というのだ。
浅井氏は「現地の人たちの食や味の志向に積極対応する『食の現地化』の判断は間違っていないと考えるし、経営者としてもそれを基本にする考えに変わりはない。しかし、その一方で、日本に旅行して日本のオリジナル味を知って『本物の味だ』と本物志向を持った人たちを現場でどう取り扱うか、なかなか悩ましい問題だ。タイに限らずシンガポールやミャンマーでもあり得る話であり、それなりに対応を考えておく必要がある」と述べた。

ハチバンラーメンの清治氏「日本も海外も
品質面で同一ポリシーだが、味は現地化」

この点に関して、シンポジウムの議論を少しご紹介しよう。パネリスト参加のハチバントレーディング社長の清治洋氏は「ハチバンの場合、ラーメンなどの品質は日本も海外も同一がポリシーだが、味付けに関しては、海外のそれぞれの地域でローカル志向に合わせて対応するようにしている。タイの場合、現地の人たちの好みで砂糖をラーメンに入れるケースもある」と述べた。
また、さきほどの粟田氏は「丸亀製麺韓国店の事例を申し上げよう。現地の韓国人パートナーが日本食好きの人で、『韓国でのうどんにキムチを入れてはダメだ。うどんのダシの繊細さが出ない』とキムチ入りうどんに批判的だった。当初、そのアドバイスを受け入れたが、1号店、2号店とも振るわずの結果だった。そこで、私は現地化策として、3号店からキムチ入りうどんに切り替えたら、これが大当たりだった。『食の現地化』は、それぞれの地域の風土や志向に合わせることが重要だ」と述べ、日本のオリジナル味とは別に現地化がポイントになるとの指摘だった。
以上が、私の問題提起だが、いかがだろうか。

めざせ、外国人が思わず訪問したくなる日本 観光・社会探索地を掘り起し線や面でつなげ

最近、ベトナム、ミャンマーに仕事で1週間ほど、出かけるチャンスがあり、1年4か月前に私が訪問した陸のASEAN(東南アジア諸国連合)と言われるタイ、ベトナムなどメコン経済圏諸国の変貌ぶりを見てきた。両国とも相変わらず課題が山積しているが、その一方で、新ライフスタイル願望への動きが一段と強まり、「きょうはダメでも、あしたはよくなる」という期待感がエネルギーになっていたのが、印象的だった。
その旅行のあおりで、コラムを書く時間がなくなり、先送りになってしまったことを、まずはおわびしなければならない。そこで、今回のコラムは、アジアの現場の最新の動きをレポートしたいところだが、その前に、取り上げたい問題がある。実は今回の旅行に際してたまたま成田空港で見かけた数多くの訪日外国人旅行客、ビジネス旅行客の動きを見ていて、「魅力ある日本」を強くアピールし日本ファンになってもらうにはどうすればいいか、と考えた。日ごろから取り上げてみたいと思っていたので、ぜひご覧いただきたい。

オンリーワンあればベスト、でも日本の強みに
磨きかけわくわくする魅力づくりで十分

結論から先に申し上げよう。日本政府がここ数年、経済成長戦略とからめて、観光立国日本を全面に押し出したが、それ自体、異存ない。ただでさえ、国際社会で存在感に欠ける日本なので、この機会に、観光だけでなくビジネスでも訪日客をどんどん増やす必要があり、日本を積極アピールするのは当然、必要だ。

問題は、そのアピールの仕方だ。そこで、観光にとどまらず訪日外国人を増やすための方策をいくつか提案してみたい。要は、外国人が思わず日本に行ってみたいという衝動に駆られる、言ってみれば、わくわくするような魅力をいかに作り出すかが最大ポイントだ。それがうまくワークすれば1回限りの日本への旅ではなく、リピーターとなって「ぜひまた日本に行って、新たな発見をしてみたい」といったファンが次第に増えていく。

その場合、日本にしかないというオンリーワンをアピールできればベストだが、グローバルの時代、スピードの時代に模倣によって、あっという間に一般化しオンリーワン誇示も限界がある。むしろ、私は日本の強みの部分に磨きをかけ、それを点から線に、線から面に広げて行き、広範なシステムにまで持っていけば、他の追随を許さない、と思う。

観光地を地域間連携でつなぎ合わせストーリー性を、
食文化や里山文化もリンク

わかりやすい例で言うと、水のプロジェクトが好例だ。日本は水のろ過膜などで突出した技術を持つほか、自治体ごとの水道管理で漏水率が低いばかりか料金徴収でも抜群の制度を確立している。ところが個別、単体ではすごいのに、それらをつなぎ合わせてトータルのシステムに持って行く力量に欠ける。今年12月から地域・市場統合に踏み出すASEANで地域横断的な水プロジェクトも始動するので、技術力に裏打ちされた日本のソフトパワーをもっとアピールすれば、圧倒的な世界シェアを持つフランスのスエズとヴイヴェンディの2大企業とは遜色ない競争を展開できると、私は思っている。

さて本題だ。日本に海外から観光客を呼び込む際、私が申し上げた点から線、線から面への発想が十分に活用できる。要は、日本が誇りにする観光地をいくつかつなぎ合わせて、自治体あるいは観光地が互いに地域連携しストーリー性のある観光物語のツアーにしていくこと、そればかりでない。現代日本の工芸づくり、食文化、里山文化などをからませていけばいいのだ。たとえば倉敷市の大原美術館とその周辺の古風な家屋敷の美しさも、点に終わっていて線や面への広がりがない。日本人のみならず外国人までが行列をつくるような魅力ある地域デザインが出来るはずだ。まさに地域経営資源の掘り起こしが必要だ。

メーカー系列店軸の「20世紀型」モデルが変容、
量販店などからの低価格攻勢

この点に特化した経営を行えば、低価格と品ぞろえの多さを武器に攻勢をかける家電量販店やネット販売網と競争しても生き残ることは十分に可能だ、という。確かに、戦略的な発想だ。

井坂社長の話によれば、これまでの「20世紀型」の町の電器屋さん経営では事態を乗り切れない現実が出てきた。パナソニック(旧松下電器)など数多くの大手家電メーカーがかつて需要旺盛な国内市場で元気よく競争していた時代には、町の電器屋さんも、どこかのメーカーの系列下に入って系列販売店、特約店を「売り」、つまりは「強み」にした。あとは町の電器屋さんが独自に持つアフターケアなどのサービス力、電器製品の取り付け工事、修理対応力の「強み」で地域セールスを展開し、存在感をアピールしてきた。

観光だけでなく現代日本の
先端技術探索プロジェクトをからませるのも一案

私は、点から線、線から面へのプロジェクトづくりに関して、いま申し上げたように食文化や里山文化などをからませて日本の文化をアピールすると同時に、そのプロジェクトに、現代日本の先端技術探索プロジェクトなどもからませるのも一案かと思っている。

たとえば日本のロボット技術は素晴らしく、今や工作ロボットよりも、今後の高齢化の「化」がとれた高齢社会のもとでの介護ロボットなどへのニーズの高まりを考えれば、日本を訪れる人たちが、日本で、それぞれの国の次の時代を考えるヒントを得るチャンスとなるかもしれない。単なる観光コースだけでなく、この先端ロボットの現場を見る現代社会探索コースというバリエーションをつくればいい。

そうすれば、すでに申し上げた地域経営資源を生かす地域デザインと同様、ある面で外国人にとって、自分たちの次の時代を予見もしくは想定するヒントとなる新たな国のデザインが日本にあると見てくれるかもしれない。彼ら外国人に、日本を「面白い成熟社会国家」、「高品質社会をめざす国家」、「新たな技術革新で社会の変革にチャレンジする面白い国家」として位置付けてもらえるようにすれば、彼らの日本を見る目も変わってきて、単なる観光だけでない捉え方をしてくれると、私は期待する。まさにチャレンジだ。

中国観光客の異常な買物はPM2.5や
食の安全不安が背景、日本アピールチャンス

ご記憶だろうか。今年の正月に東京池袋の西武百貨店で、観光に訪れた中国人女性が一度に福袋を30袋も買って大きな話題になった。その話には思わず笑ってしまったが、私自身が昨年12月に、東京銀座での友人との会合に早く着いたため、ドラッグストア、マツモトキヨシ銀座4丁目店をのぞいたら中国人観光客が買い物かごに薬や化粧品を大量に入れて免税カウンターにずらりと並んでいて、圧倒された。

中国国内での根強い反日の動きとは別に、中国人の買い物ツアーとしての日本旅行熱は高まるばかりだ。彼らは円安・人民元高の為替メリットのみならず、日本の高品質のモノを買い、サービスも享受したいという気持ちが強い。裏返せば、中国国内でのPM2.5などの環境汚染、さらに食べ物の農薬や異物混入など安全性に対する根強い不安があるからだ。
中国観光客の買い物を通じた消費が、消費増税の反動で低迷する日本の国内消費を押し上げる力になっているばかりか、中国国内での反日教育内容と違って、自身で見た日本はなかなかの素晴らしい国だ、という評価が中国に持ち込まれれば、冷却した日中関係の改善につながるメリットさえある。その意味で、中国を含めた外国からの訪日旅行客に現代日本の強み部分をアピールすることは、間違いなくプラスだ。

海外に向けての外国語での積極的な
情報発信も重要、SNSもどんどん活用を

ポイントはまだある。情報発信もその1つだ。観光スポットと言われる富士山など「定番」の場所、歴史の重みを感じさせる有名な名所、旧跡だけでなく、日本の生活文化を味わえる旅館や民宿、日本の強みである「おいしい」「安全・安心」「際立った品質管理」「おもてなしサービス」の日本食文化を満喫できるレストランや居酒屋などをラインアップし、それらを英語、中国語、韓国語など外国語でインターネットを通じて、積極的に情報発信することだ。とくにフェースブックなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用するのが重要だ。日本にこれまで決定的に欠けていたのがこの情報発信だ。

その点で興味深い事例がある。昨年2014年10月に、東京都が2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けてのプロジェクトとして、海外から新聞、雑誌、テレビなどのメディアの記者6人を公募で招待し、彼らの目線で自由に東京を取材してもらい海外へ東京情報の発信する場をつくった。国際メディアをどう活用すればいいか熟知している舛添東京都知事らしい発想だが、これを参考に、日本政府も、同じように世界中のメディアの記者を1回と言わず、何度もさまざまな国から取材招待し「何でも見てみよう日本」といった形で、日本の面白スポットを東京発で海外に発信してもらうのも一案だ。

東京都招致の外国人記者
「英語など外国語、無線LANの普及が必要」と指摘

朝日新聞が、東京都招聘の記者の指摘した問題を1か月後の11月5日付の朝刊で、「外国人記者が見たTOKYO」という形で取り上げた。その中で、なるほどと思わせたのは、やはり英語会話がもっとオープンになること、街路表示などにも英語案内がほしいことだったが、外国人が道に迷ったり、次の移動場所へのアクセス情報を得るのに困ったりする際の方策として、インド人記者が公衆無線LANのWiFiをもっと自由に使える通信インフラ環境の充実を求め、米国人記者はスマートフォーン用の地図アプリが必要などの指摘を行っていた。いずれも参考になる。

外国人旅行客を意識して、最近、英語のほかに中国語、韓国語のアナウンスがJR東日本の東京駅で耳にするが、東京都内の主だった場所ではまだまだ。しかし農業の出張取材で地方に出かける私が、「おっ、少し外国人旅行客を意識して変わったな」と感じさせたのは広島空港からダウンタウンに向かう空港リムジンバス、さらに福岡市内の観光スポットを周遊する「シティループバス・ぐりーん」での音声案内だった。そんな話を友人としていたら、外国人が好きな飛騨高山でも同じく英語、中国語、韓国語の3か国語の道路表示などに行われている、という話を聞いて、うれしくなった。

スイス人編集の「ジャパンガイド」が好評、
別府市の山田別荘はネットで英語発信

外国人の目線で日本を正確に紹介してくれているのが、スイス出身のステファン・シャウエッカーさんだ。1996年に訪日してから日本に強い興味を持ち、国内1000カ所を歩き回って得たさまざまな情報をもとに、外国人向けの日本観光情報サイト「ジャパンガイド」(JAPAN-GUIDE.COM)を立ち上げている。シャウエッカーさん自身で編集した観光地、食文化、ショッピング、生活風土などの日本情報は、私が読んでもわかりやすく、とても参考になった。
興味深いのは、シャウエッカーさんがあるメディアインタビューに答えた日本に関する部分で「多くの外国人が感動するのは、日本の食べ物や料理は、目でも楽しめるというところだ。盛り付けはもちろん、食材の彩り、それに料理を盛るお皿の色やデザインまでが1つのつながりを持っているように見える。まさにアートと言っていい」と。こんなに日本好きの外国人に日本を紹介されるというのはうれしいことだ。

最後に、日本の観光現場が英語でも自前の情報発信を行い、成功している事例を聞いたのでチェックしてみたら、なかなか素晴らしい。ご紹介しよう。大分県別府市の山田別荘という、地元で名家の山田家が昭和初めに建てた別荘を今では宿として活用している。女将の才覚で、英語でインターネット上のホームページを使って宿のアピールをすると同時に、オンラインでの予約も受け付けている。外国人が好みそうな部屋のつくり、ゆとりを感じさせる庭園などが魅力だが、地元の工芸作家らが工芸品展示にも協力している、という。宿泊料金もリーズナブルで納得価格だ。私もチャンスをつくって泊まってみたいほどだが、外国人の口コミで人気スポット化している、というから素晴らしい。
行政など上からの発想ではなくて、地域が自然体で、外国人が気軽に歩き回れる安全な国づくりに積極的に取り組めば、日本も変わる。そうすれば、外国人からは「世界中で行ってみたい国NO1」となるかもしれない。早くそうなってほしい。

町の電器屋さんの「攻めの経営」がすごい 独自ビジネスモデルで家電量販店と競争

今回のコラムは、大阪を拠点に「21世紀型電器店」を標榜して町の電器屋さんの全国フランチャイズ展開を行い、ライバルの家電量販店、それにインターネットを使った家電品低価格ネット販売ビジネスに対抗し、タフにがんばっている事例を取り上げてみたい。
その経営リーダーは、「経営規模の小さな店は、大手企業には価格競争などで負けて淘汰されていくものだという常識がまかり通るのはおかしい。その常識を打ち破る」とチャレンジ精神旺盛に取り組んでいる。既成概念、固定観念を打ち破ろうとするたくましい取り組みこそが、日本を元気にするポイントになると考え、アタック取材してみた。

全国870のフランチャイズ店網持つ
アトム電器チェーン、「21世紀型電器店」めざす

実は、この話は、私の自宅近くの町の電器屋さんから「面白いビジネスモデルで、がんばっている町の電器屋さんネットワークがある。ジャーナリストならば、たぶん興味を持つだろうと思う。ぜひ、取材してみたらいい」ということを聞いたのがきっかけだ。
経済ジャーナリストの好奇心で事前調査してみたら、ずっと以前にNHKのテレビなどメディアで取り上げられていた。しかし、最近の状況を独自に現場取材して、経営チャレンジ部分を詳しく聞いてみたい、と思い、大阪に別の仕事で出かけた際、足を延ばして現場取材してみたら、これが大当たりだったのだ。

具体的に申し上げよう。町の電器屋さんネットワークを作り出したのは、アトム電器チェーン本部(本社・大阪府羽曳野市)で、井坂泰博社長が経営にあたっている。現在、全国に870店のフランチャイズ契約店を持ち、それらをネットワーク化し、その大口購買力を武器に家電メーカーからエアコンを中心に数多くの電器製品を仕入れてフランチャイズの電器店に卸すのが基本部分だ。井坂社長が標榜する「21世紀型電器店」のビジネスモデルは、過去の井坂さん自身の経営失敗を踏まえて編み出したものだ、という。

家電量販店などの「弱み」を見抜き
アフターサービスや取りつけ工事力を武器に

そのポイントは、ライバルの家電量販店やインターネット販売が圧倒的な強みとして持つ「価格の安さ」、「製品群の多さ・品ぞろえの多さ」、とくに価格面での競争に負けないように必死でチャレンジすることが1つ。同時に、町の電器屋さんが本来的に持つ強み、端的には「痒い所に手が届くアフターケアなどのサービス」、とくに「声をかければ時間調整して早めに対応するクイックアクション」、さらに「電器製品の取り付け工事、修理対応」に磨きをかけるのが2つめ。その2つを兼ね備えた経営展開を武器にする、という。

要は、戦略的に、弱み部分の価格競争力を必死で強み部分に変える経営努力を行う一方で、ライバルの弱み部分の取り付け工事や修理、さらにアフターケアのサービス力に決定的な差をつけて自身の強みを倍加させる。どちらか1つだけでは、競争には絶対に勝てないため、この2つを合わせ持つビジネスモデルにして戦略的な強みをはっきりさせる。これが「21世紀型電器店」経営のポイントだ。

メーカー系列店軸の「20世紀型」モデルが変容、
量販店などからの低価格攻勢

この点に特化した経営を行えば、低価格と品ぞろえの多さを武器に攻勢をかける家電量販店やネット販売網と競争しても生き残ることは十分に可能だ、という。確かに、戦略的な発想だ。

井坂社長の話によれば、これまでの「20世紀型」の町の電器屋さん経営では事態を乗り切れない現実が出てきた。パナソニック(旧松下電器)など数多くの大手家電メーカーがかつて需要旺盛な国内市場で元気よく競争していた時代には、町の電器屋さんも、どこかのメーカーの系列下に入って系列販売店、特約店を「売り」、つまりは「強み」にした。あとは町の電器屋さんが独自に持つアフターケアなどのサービス力、電器製品の取り付け工事、修理対応力の「強み」で地域セールスを展開し、存在感をアピールしてきた。

韓国などの攻勢で家電メーカー再編成、
系列販売切られた電器店は独自競争に

ところが、韓国や中国の追い上げ攻勢を受けて、世界最強を誇っていた日本のエレクトロニクス産業、家電産業は次第にシェアを奪われ、中でも重電・弱電の2つの事業部門を強みにしていた日立製作所が、弱電の家庭電器部門から撤退を余儀なくされる厳しい事態に陥っている。家電メーカーの中には系列販売店網を維持することが厳しくなって整理に及ぶメーカーも出てきた。

井坂さん自身、昔、三洋電機中央研究所に勤務した関係で、独立して家電販売の電器店経営に取り組んだころ、旧三洋電機の電器製品を集中的に取り扱った。そんなかかわりで深いかかわりのあった旧三洋電機も今やパナソニックの傘下に入り、その後、経営統合で社名も消えてしまった。日本が圧倒的な強みを誇っていたエレクトロニクス産業が韓国サムスンエレクトロニクスなどとの競争に敗退を余儀なくされた結果だ。

このため、町の電器屋さんも当然のことのように、メーカー系列を外れ、特約店などの看板を外す店も次々に現れた。そこへ低価格を武器にした家電量販店やインターネット販売の攻勢も加わったため、小規模経営の町の電器屋さんは一気に姿を消すところも出始めた。「20世紀型」経営に代わるビジネスモデルの模索が始まってきた、という。

井坂さんのキーワードは「雑魚は磯辺、
クジラは太平洋に」、身の丈経営を主張

井坂さんは、私の取材に対して、何度も自身の経営のキーワードが「雑魚は磯辺、クジラは太平洋に」あることを強調した。最初は、なかなか理解しにくかったが、話を聞いているうちに、その意味が理解できた。要は、小さな魚は磯辺で泳いで棲みついている限り、クジラなど大きな魚に食われることもなく、うまくいく。逆に、クジラはエサを求めて磯辺に近づくと、次第に身動きがとれなくなり、下手をすると死んでしまう。互いに、棲み分けを行うと同時に、身の丈に合った経営をすればいいのだ、ということなのだ。

ただ、現実問題として、実際の経営の現場で、雑魚とクジラがうまく棲み分けして互いにハッピーということはあり得ない。では、なぜ井坂さんは、その言葉を経営キーワードにするのだろうか。問題は、そこだ。

家電量販店に対抗して背伸びしたら負け、
むしろ弱み部分を探り逆手で勝負

井坂さんによると、身の丈に合った経営をすることが重要で、フランチャイズ契約を結んだ企業に説明する際のポイント部分として、このキーワードを使っている。たとえば家電品の販売競争が厳しい中で、ある町の電器屋さんの近くに大型の家電量販店が進出してきた場合の対抗策に関して、その電器屋さんが値引き競争を行うばかりか、品揃えの多さを見せるために、背伸びして電気製品を買い入れて見栄えよくしようと競争を仕掛けたりする地域へのチラシ配布も活発に行い、特売セールのためにアルバイトも確保する、といった段階で、身の丈を越す経営になってしまい、自滅の道をたどるリスクがぐんと高まる。

それよりも、町の電器屋さんの取るべき道は、近くに進出してきたライバルの家電量販店の弱み部分が何かを徹底的に探って、その弱み部分を逆手に取って勝負を仕掛けられるかどうかの見極めが必要だ、とアドバイスする、という。

家電量販店の弱みはエアコンなどの
取り付け工事と見抜き、サービス体制強化も

とくに取り付け工事などで待ち時間のかかるエアコンなどの電気製品に関して、家電量販店は顧客との間で売買契約を結んでも、いざ顧客の家やオフィスへの取り付けでは下請け工事業者の人繰りや作業工程の関係で、順番待ちを理由に、取り付け工事が先になることの了承を求めるケースが多い。そういった時に、町の電器屋さんとしては、スピード対応が十分に可能で、機動的対応が可能だ、という点を全面に押し出すことだ、という。

井坂さんによると、家電量販店、またインターネットでの家電品ネット販売のいずれも、価格面ではそれぞれの経営判断で他社、他店との競争に負けまいとして、価格政策に関しては異常なまでに神経質になる。しかしエアコンなどの取り付け工事が必要な電器製品になると、工事作業人員や作業スケジュールの面で弱みが露呈し、逆に町の電器屋さんの強み部分がぐんと浮上する。しかも町の電器屋さんにとっては、工事費用で利益幅を大きくとれる面があるため、電器製品自体の値付けで家電量販店ともそん色ない低価格に仮に持ち込んでも、この取り付け工事のスピード、さらに工事費用の利幅の部分で十分に競争力を維持できる場合もある。だから、身の丈に合った経営こそがポイントだというのだ。

アトム電器チェーン本部は契約店向けの
修理工事の技術研修でも体制整備

そこで、アトム電器チェーン本部は、全国870のフランチャイズ契約を結んだ電器店に対し、この電気製品の取り付け工事に関して、家電量販店などへの戦略的な強みを維持するため、作業員が不足して顧客のニーズに対応できない、といった事態を避けるため、バックアップシステムをつくっている。端的には、取り付け工事をスムーズに行えるように、本部がそれぞれの地域で取り付け工事業者を確保し、派遣するシステムをつくっているほか、町の電器屋さんのスタッフの取り付けや修理の技術研修などを行う研修センターも独自に確保している。研修センターは10日間、15万円コースを設定している。

しかしアトム電器チェーン本部にとっては、家電量販店などとの価格競争をどうするかだ。井坂社長の打ち出す「21世紀型電器店」モデルのポイントは、町の電器屋さんの強み部分の電気製品の取り付け工事、アフターサービス分野では戦略的な強みに磨きをかける、と言っていたが、やはり価格競争にどこまで太刀打ちできるかだろう。

量販店との価格競争対策が勝負、
最新価格を毎日チェックし契約店に卸すシステム

870店のフランチャイズ契約店の大口購買力を武器に、アトム電器チェーン本部は、家電メーカーから可能な限りの低コストで電気製品仕入れを行うが、契約店が現場でその日、その日の価格競争にさらされる。本部としては、契約店のニーズに対応して、電器製品を卸す際には、家電量販店とギリギリの競争が出来る価格で出す。
井坂社長によると、売れ筋の電器製品などの機種や価格などを網羅した販売促進カタログを毎月、870店に配り、そのカタログの品名、型番などをもとに受発注の作業を頻繁に行うが、このカタログづくり、配布に2か月近くかかってしまう。当然、最新の価格データが反映されていない。そこで、本部は、インターネット上で家電量販店、インターネット販売店の最新の価格データを、そのカタログに毎日のように反映させて価格データを更新し、それをもとに契約店から最終の発注を受け、配送体制に入るという。

井坂社長は「雑魚は磯辺で、という点をキーワードにして、小さくても勝てる仕組みをつくればいい。大事なのは、利益の出る仕組みづくりと経営努力だ。フランチャイズの契約店は着実に増えてきており、多くの町の電器屋さんが地域での生き残りに自信を持ち始めてきた。21世紀型経営でがんばりたい」と述べていたのが印象的だ。要は、戦略の見極めに尽きる、と言える。いかがだろうか。

今こそ日本はASEANに本格連携提案を 中国や韓国にない強み部分で勝負せよ

2015年最初の「時代刺激人」コラムをお届けしよう。今回は、日本の立ち位置を戦略的に考え直す格好のテーマを取り上げてみたい。それは、今年12月から新たに地域統合、市場統合に踏み出すASEAN(東南アジア諸国連合)10か国の巨大地域経済圏にからむ問題だ。以前から、このコラムでも申し上げてきたが、ASEANとの本格的な連携は、中国のASEANへの南下攻勢などとのからみでも戦略的に極めて重要だ。
その場合、日本は、成長志向の強まった6億人のASEAN巨大地域経済圏との戦略展開にどういったカジの切り方をするかがポイントだ。結論から先に申し上げれば、私は、成長への取組みに際してさまざまな課題を抱えるASEANに対し、日本自身がASEANの現場の実情をしっかりと見据えて、兄貴分として、あるいはまた、先行ランナーとしての成功体験、失敗体験をもとにした改革モデル提案を行い、ASEAN各国が不必要な政策判断、誤った企業行動をとらないように互いに協力し合う形をとること、そのことが、ASEANにとって、日本は、中国と違って頼りがいのある、信頼できる戦略パートナーだと位置付けてもらえることになる。日本にとって、それは戦略的にも地政学的にも極めて重要だ。

日本は過去の成功、失敗事例をもとに
ASEANに改革モデル提案することが重要

今年は、そういった意味で、ASEANが地域統合、市場統合という重要な時で、新たなチャレンジに踏み出す時であり、日本にとっては間違いなくビッグチャンスだ。その場合、日本にとって、2つのことがチャンスとなる。

1つは、日本が過去の成功事例、失敗事例をもとに、後発のASEANに対して改革モデル提案を行う際、日本にとっても年金制度や医療制度など綻びのきた制度を見直し、再設計するチャンスでもある。要は、ASEANの改革と同時並行的に、日本自身の大胆改革を行うチャンスが出来るということが重要だ。

もう1つのチャンスは、言うまでもなく成長センターのASEANに深くコミットすることで、日本経済にとって成長の果実を享受できるチャンスがあることだ。この点は、日本がデフレ脱却を果たすためにも必要な点だ。そのためにも、日本はASEANを新たなビジネスチャンスの場とするのは言うまでもないことだが、ASEANの企業との連携を深め、その投資マネーを日本に呼び込み、日本、ASEANでWIN・WINのチャンスを作り出し得る。

ASEAN対応で日本は「上から目線」改めよ、
1人あたりGDPでシンガポールに負け

幸いにして、ASEAN各国は、総じて言えば、親日国が多く、中国や韓国と違って歴史認識などで近親憎悪のような関係に陥るリスクがなく、むしろ兄貴分として、また経済成長面で学びとることが多い国としての評価もある。いい意味で、連携しやすい。

しかし、ここで重要なことがある。日本は、この機会に、ASEANへの立ち位置を変えることも重要だ。率直に言って、日本はこれまで、ASEANへの接し方は「欧米先進国と競合しながら、アジアで最初に経済発展、経済成長を遂げた国」、「アジアで唯1つの先進国としてG5(先進5か国)、G7(先進7か国)に名前を連ねる国」といった形で、主として、経済成長力を武器に、アジアを代表する先進国にこだわってきた。

しかし今や中国にGDP(国内総生産)で世界第2位の座を譲って後塵を拝すると同時に、1人あたりGDPでもシンガポールの5万ドルにも追いつけない状況にある。このため、日本は「上から目線」を止め、ASEANと相携えて、新時代を築く仲間国という発想で対応することが必要になってきた、と思う。

日本提案のASEAN向け改革モデルは
医療や年金、介護など日本の強み分野に絞れ

さて、本題だ。ご記憶かどうか、定かでないが、私は、陸のASEANと言われるタイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマーのメコン経済圏諸国を陸路、動き回り、ジャーナリスト目線で各国の経済社会状況を取材したものをもとに、昨年春、7回ほどにわたり、このコラムを使ってレポートの形でさまざまな問題を取り上げた。今回、その当時、知り合った方々とEメールで情報交換したりしたが、その人たちの情報、あるいはASEANを回って日本に帰国した人たちの情報をもとに、最近の動きなどを踏まえて問題提起してみたい。

冒頭に申し上げたASEANへの改革モデル提案について、日本が提案する場合、ASEANが成長セクターを何に置いて政策の優先度をどうつけるのか、急速な都市化に伴う問題にどう対応するのか、成長のひずみとも言える環境破壊や公害問題の解決には何が課題か、さらにもっと大きな問題は、経済成長を実現しない前に押し寄せ始めたASEANのいくつかの国の人口の高齢化に伴う年金や介護の新たな問題にどう取り組むべきか、といったさまざまな課題への対応がポイントになる。

吉野アジア開銀研究所長も同意見、
医療や介護に加え中小企業金融も指摘

最近、こういった視点で、私がメディアコンサルティングでかかわっているアジア開発銀行の戦略シンクタンク、アジア開発銀行研究所の吉野直彦所長とディスカッションしたら、いくつかの点で意気投合したので、ぜひ、お伝えしたい。中でも興味深かったのは、日本が、タイのバンコクに産業集積している自動車、エレクトロニクスの企業群の次の日本の強み部分のビジネスを、タイを含めたASEAN各国に示せるかどうかだ、という。

吉野所長によると、アジアで急速な都市化が進むにもかかわらず対応の遅れている医療や教育などの社会インフラを充足させるビジネス、いずれASEANで深刻な問題になる人口の高齢化に対応した年金や介護がらみのビジネス、さらにASEAN経済のすそ野部分の中小企業の資金ニーズに対応する中小企業向け金融などが候補だ、という。いずれも日本は欧米諸国のみならず、中国や韓国などに対しても、先行モデル、実績ノウハウを持っており、他の追随を許さない強み部分なので、これらをうまくビジネスモデル化することが重要だ、という。

日本は戦略的な強み、弱みを見極め、
中国や韓国が太刀打ちできない分野で勝負を

私も、以前のメコン経済圏取材レポートで、各国の現地の動きを踏まえて、成長志向の強いASEAN、特にメコン経済圏諸国ではさまざまな日本企業のビジネスチャンスがあること、中でも都市化に対応したさまざまな社会インフラシステム、端的には医療や教育、介護、年金などのビジネス、さらに交通渋滞などに対応するスムーズな交通安全管理システム、水道、ガスなどの都市エネルギーインフラの安全管理システムなどに関して、日本は強み部分を持っているので、日本での成功体験、失敗体験を交えて、ASEANの現場ニーズに合う提案なり、問題提起をすべきだと述べてきた。吉野所長と同意見だ。

とくに、私は、日本としては戦略的な強み部分と弱み部分を吟味、かつ見極め、ある意味では弱み部分を捨てて、むしろ強み部分で徹底的に勝負すべきだ、という考えでいる。メコン経済圏諸国を旅行した際、気が付いたことだが、日本がかつては強み部分として誇示してきたテレビなどエレクトロニクス絡みの家電製品に関しては、中国や韓国、とくに韓国のサムスン電子の製品群が幅をきかせ、価格面でも太刀打ちできない強さを発揮しているのを見た。そればかりでない。サムスン電子の場合、ブランディング戦略やマーケティング戦略の面でも巧みで、日本の同種の製品が店の片隅に追いやられるほどだったのを憶えている。

エレクトロニクス分野は今や韓国が
価格面、ブランディングなどで強み

このエレクトロニクス絡みの家電製品は一例だが、中国や韓国にはモノによっては、価格競争の面で太刀打ちできないばかりか、品質面でも差がなさそうな分野のものを見ていると、日本は、不必要に競争しても無意味とは言わないまでも限界があるのでないだろうか、と思わず考えた。しかし、日本は、それでも技術力に裏打ちされた高品質の製品、さらにそのメインテナンスでは日本は圧倒的な強みを持っている。そういった中国にも韓国にもない「強み」部分に関しては、日本は、間違いなくASEANのニーズに対応して、期待にもこたえられるのだから、そこをどう伸ばすかだ。

しかし、都市化に対応したさまざまなインフラシステム、医療や教育、介護、年金などの制度設計に関しては、日本自身が現在、日本国内でそれらの制度改革の必要に直面しているが、こと、これらの分野は、中国も韓国も、ややオーバーに言えば、逆立ちをしても日本には格段の差があるのだから、この強み部分に焦点をしぼって、新たなビジネスモデルをつくってASEANで勝負していけばいいと考える。

日本の年金や介護制度の弱み部分は
ASEANも研究済み、再設計して提案を

もちろん、ASEANも、日本の年金制度や介護制度などが問題を抱えているのは、十分に研究していて、先刻承知のことかもしれないので、当然ながら、ASEANにモデル提案する際には、制度設計を徹底的に見直し、ASEANの現場のニーズ、現場で受け入れられやすいような制度設計に組み替えることは当然のことだ。

いずれにしてもASEANは2015年12月に地域経済統合のスタートを切るが、関税率の撤廃や国境の税関業務のスムーズ化など「経済国境」を一気に引き下げることで、ヒト、モノ、カネの自由な往来が大きく進み、経済成長に弾みがつく、といったバラ色の事態がすぐに現出するとは、失礼ながら、誰も思っていない。

しかし、ASEANは、すでに申し上げているとおり、6億人の消費市場を含めた広範な広がりがある。各国間の「経済国境」が引き下げられ、地域横断的なプロジェクト展開がどんどん進む可能性が高い。いわゆる互いを連結させるCONNECTIVITY(連結性)が成長をもたらすのは間違いない。日本が、ASEANと戦略的に連携して、成長のチャンスを共有することが必要だ。2015年はまさに、そういった点で面白い年なのだ。